美人秘書はご機嫌斜め

    作者:一縷野望

    「いやーかなんわぁ。そんなん言われたかて、なぁ?」
     主語を曖昧にしてしゃべるこの男を、伏木・鶫(フシキ・ツグミ)というヴァンパイアの少女は内心軽蔑していた。
     しかしまぁ、仕方がない。この小金持ちの欲望を叶えてやるのが仕事だから。
    「誰の口を塞げばいいの?」
    「いやー、鶫ちゃん。やっぱ標準語はつめたいでぇ」
    「で」
     慣れぬハイヒールを履いた足で踵を鳴らし、切れ長の琥珀で音もなく見据える。
    「誰?」
     へらへら笑いでホールドアップの中年男、これでそこそこの規模の工場取り回す会社の2代目だというのだから始末が悪い。
     西の訛りで彼が語った話によると、優秀で人望も厚い工場長が待遇に嫌気がさして独立を目論んでいるのだという。
     技術を持つ工員の殆どは彼についていくと宣言しているオマケ付き。
    「成程、それは難儀ね」
    「やろ? やろ? なぁなぁ、鶫ちゃん。飴ちゃんあげるし、なんとかしてえやぁ」
     男の掌の上でころり、安っぽい包み紙の飴がころがった。鶫はすんなりとした指でつまみ上げると、ぴりりと解いて口に入れる。
    「甘いわね――まぁでも、アンタの人生もこれぐらい甘く進むんじゃないかしらね」
     ベリーショートの社長秘書は、ハイヒールを鳴らして背を向ける。
     扉を抜けて真っ赤な絨毯の廊下に足音を吸わせて、スマホを耳に当てる。
    「仕事よ。定年前のオッサンの始末、簡単よね?」
     

    「ゴッドセブンのナンバー3、本織・識音の手のモノが動くみたい」
     本織・識音は、古巣の朱雀門学園から女子高生ヴァンパイアを呼び寄せて、神戸財界を担う者達へ社長秘書として派遣している。
     社長秘書の仕事は、表沙汰に出来ない社長の欲望を叶えるコト。
    「絵に描いたような悪事なんだよね、これが」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は肩を竦め文庫本めいた手帳をひらく。
     
     伏木・鶫という名のヴァンパイア秘書は、社長浅沼の『お願い』に沿って、部下3人を連れて工場長を始末に向かう。
    「今回は工場長救出か鶫灼滅の何れかをクリアしてくれればいいよ」
     もちろん強化一般人の灼滅は前提で。
    「強化一般人3人と工場長宅に乗り込んで、拉致しようとしてる所――そこが介入できるタイミングだよ」
     事前に防げないのが残念だと標は眉を顰める。
     工場長は1階のリビングで気絶させられており、連れ出される直前の状態だ。どうやら失踪した事にして始末する気らしい。
     リビングは庭に面しておりカーテンを引いた窓で遮られている。反対側の位置には玄関がある。それぞれ灼滅者の手であれば破って入るのは容易である。
    「ただね。なにも考えずに突撃すると、間違いなく工場長さんは殺されちゃうよ」
     灼滅者達を前に失踪に拘る気は鶫にはない。さっさと殺してしまうのだ。それをさせないには気を惹く必要がある。
    「工場長には、18になる双子の娘と息子がいるんだ。で、鶫たちは顔も声もさすがに知らない」
     玄関から娘や息子の振りをして行けば、一瞬の気は引けるだろう。
     上手く演技をして鍵をあけにこさせたりできれば、リビングの人手が減らせるし、気を惹く時間も長くなるはずだ。
     ちなみに玄関とリビングは声だけのインターフォンでつながっている。

    「鶫はスナイパーで、ダンピールとバトルオーラ相当の足技を使ってくるよ」
     灼滅者達がくれば彼女は部下に任せて撤退しようとする。
    「部下は解体ナイフ使用のクラッシャーが1人と、クルセイドソード使用のディフェンダーが2人」
     鶫の撤退を阻み戦うとすれば苦戦は免れない。しかし工場長を助ける事を捨てて攻撃的に戦略を練れば勝機は0では、ない。
    「今回の依頼の成功条件は、工場長の無事か鶫の灼滅――どちらを取るかはみんなに任せるよ」
     ぱたり。
     手帳を閉じて標は髪を肩の後ろに流す。
    「ASY六六六の狙いは、HKT六六六のミスター宍戸みたいオッサンを探すコトみたい」
     悪の才を持つ一般人の発掘、これら悪事に手を貸しているのはその一環だろう。
    「ホント、絵に描いたよーな悪事だよ」
     だからみんなの手で阻止して欲しいと、標は唇を切り結んだ。


    参加者
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)
    ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)
    久寝・唯世(くすんだ赤・d26619)
    真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)
    日野原・スミ花(墨染桜・d33245)

    ■リプレイ


     遮光カーテンに指がかかるのを、窓際に潜んでいたナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)がいち早く気付き一旦引く。
    (「あそこまでなら、急げば2分で帰れるかな」)
     危なげなく仲間と下がる真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)は、道を挟んだ先のゴミ捨て小屋へのルートを何度も描く。
     カーテンが、開いた。
     ちらと顔を出す強化一般人に用心しつつ、ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)は中を伺った。
     女が工場長を抱え男2人が脇を固めるのを、把握。
     ――ピンポーン!
     同時に、貫くように呼び鈴が鳴った。

    「反応ねえな」
    「おとーさん寝てるのかも」
     インターホンのモニタでは、鶫と変わらぬ年の男女が顔を見合わせる。
    『そういえば子供がいたわね』
     寄った眉根を摘み呻く鶫へ指示待ちの視線が3つ。
     ――ドンドンドン!
    「オヤジー。寝てるトコ悪ぃんだが開けてくれねえか。鍵なくてよ」
     フードで顔を隠す赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)がドアを叩く音まで克明に、日野原・スミ花(墨染桜・d33245)はじめ庭待機組の携帯に中継されている。
    「ねむいー、おなかすいたー。早く開けてよおとーさん」
     双子役を演じる久寝・唯世(くすんだ赤・d26619)は、正体つかめぬ懐旧に小首を傾げた。
    (「……なんか、いやじゃない、かな」)
     唯世が双子として生まれ育ったのは、もう開く事叶わぬ小箱の中にある、記憶。
    『家族丸ごと失踪に作戦変更』
     鶫に頷き長物剣携え玄関へ向かう男に続き、白髪頭を同僚に託し女は玄関へ射線が通る位置へ。
     ――ドンドンドン!
     ――ぴんぽーんぴんぽんぴんぽん!
     無防備さに憐れみ浮かべ男がドアノブを握り、捻った。
     刹那、押しつぶされるよな圧力に瞠目する!
    「突入! 邪魔すんぜ美人秘書!」
     全体重を乗せ布都乃があけたドアから、
    「とつにゅー。おじゃましまーす」
     のほほん声とは裏腹、記憶無しの魂削り唯世が冷炎を浴びせてくる。
    『きゃあ!』
     ナイフ翳す女に蒼が着弾するとほぼ同時、工場長傍のガラスが遮光カーテン越しにくぐもった音をたて割れ落ちた。
     闇に咲く紅、赤いリボン揺らし素早く侵入した虹真・美夜(紅蝕・d10062)は、速やかに電灯スイッチの元へ。
     カチリ。
     LEDの明かりの元、不機嫌に牙を剥く鶫と奇襲に狼狽する男女3人が灼滅者達へと晒される。
    「――」
     柔らに眇めた櫻の瞳。スミ花は語る、薄紅花に纏わる死、雑霊騒がす百物語を――血が散る戦語り終わるまで、ここに人は来てはならぬ。
    「邪魔だよー」
     狼狽男へ星綺羅の踵落とし、悠は転がるように老人の傍に着地する。
    「わたしの生きる、証明を」
     ナイフを額に翳し瞼を下ろす杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)は、鶫から老人を隠すように立った。
     自分を棄てた親ではなくて、この年まで双子を育て上げた彼を殺させは、しない。


     作戦第一段階の軍配は灼滅者にあがった。
     一切気取らせず挟撃の形で状況開始に持ち込めた、その手際は賞賛に値する。
    『いいわ、ここで仕事を済ませるわよ』
     しかし鶫のメンタル立直しは迅速である。
     悠が腕を伸ばすのを見出しつま先に気を充満させる。もちろん狙いは工場長だ。
    「人間の悪事の手伝いなんて……吸血鬼も案外、やること小さいよね?」
     開口一番殊は音を封じつつ、挑発。
    「ヴァンパイアが強化一般人をこれだけ従えて、この状況なんだな」
     殊が呪いを放つのに続き、ナハトムジークが吊り上げた口元の横、掲げた指輪から黒を射出する。
     彼らの作戦は、鶫の撤退を阻み工場長から此方へターゲットを移すというもの。もちろん退路を塞ぎ抜け目無く包囲、追跡の目は潰してある。
    『言ってくれるわね』
     ひゅ。
     身を傾けても短い髪は靡かず、琥珀は真横通過する二つの魔弾を悠然と見送った。
    「はは、外した外した」
     何処か愉しげなのはそれが狙いだから。とにかく工場長から目を逸らせ!
    『ノーコンね』
     ひゅ。
     ストッキングに包まれた足が撓り、浮かべた気で赤髪の男を横殴り。
     ――まるで、使う技から能力が低いと踏んだのを見透かすように、鶫は彼を狙った。
    『仕事よ、はやく!』
    『は、はい!』
    「オッサンよりオレらの相手、してもらおうか!」
     玄関先の男が剣を下げ戻ろうとするのを妨害するように、布都乃が槍を真横に立ちはだかる。間を置かず鮮血色帯びた影で胴をつき裂いた。
    「ゆっくりしてけよ吸血鬼!」
     布都乃の足下から飛び出したサヤが跳躍、魔法を奏でた。
    「さぁ、遠慮はいらねぇ」
     別の意味で伝説級な歌声響かせて、ファルケがそこに追い打ちをかける。
    『がッ?! なんだこの酷い歌は!!』
    『おー、やーめーろー!!』
     ダメージを喰らってるのは玄関傍の男だけのはずなのだが、強化一般人一様に苦しげです。
    「殺虫剤を浴びてのたうち回るGが如く踊りながら、カンドーの涙を流すといいさ」
     ふふん。
     ファルケさんオープニングソングも快調です。
    『うっ、耳が腐りそう』
     涙をぐっと拭いつつ先程放てなかった呪いを今度こそと、女はナイフを窓側に向けつきつける。
     そんな女の瞳に気配なく映り込むは獣の腕、美夜は女の頭を掴むと力任せに引き千切ろうとする。
     猛々しい攻撃に反して美夜の表情のテンションは低めだ。
    (「宿敵を逃すっていうのは結構癪よね」)
     そう、今はともかく何れは逃がすのが確定している。
     とはいえ、罪無き命と引き替えに本懐果たす程の冷酷さを今回の美夜は持ち合わせては、いない。
    (「悪の才能を持つ一般人か」)
     全ての一般人が善良などと夢見るつもりもないけれど、すっきりしない話だ。
     そんな感情など伺えぬ平坦な眼差しで、スミ花は床ギリギリを穂先でなぞる。灯るように生まれた氷は、全て鶫へ。
    『……ちッ』
     全ての氷柱を捌ききれず、凍てついたふくらはぎの先にぶら下がるハイヒールに眉を顰め、疎ましげに履き捨てた。
    「人殺しは賛同できないから、邪魔させてもらうねー」
     ゆるりとした口ぶりとは裏腹に、唯世の取り回す標識は稲妻の如し激しさで注意を喚起。前衛の戒め避けのお守り施し。
     突然の攻撃と万が一の時は早々に撤退する鶫が残った事で、明らかに足並みが揃わない配下達。
    「ふははは、お宝はボクがいただいたー!」
     その隙をついて工場長を軽々抱え上げた悠は庭へと逃れる。


     悠を追わせぬよう、灼滅者達は更に包囲を意識し敵への攻撃を加えていく。
    『逃がさない、か』
     指示待ちの配下へ命令を示すように、鶫は絨毯を蹴りナハトムジークへ肉薄。
    『上等よ! お望み通り遊んであげるわ、トコトンね』
    「ぐっ」
    (「やっべ、挑発効きすぎ」)
     膝蹴りで背中が浮いた所へ手刀、更に顎に肘……容赦ない追撃にナハトムジークは自分の見立ての甘さへの修正を迫られる。
     そもそも鶫が一般的なヴァンパイアより劣るのだとしたら、灼滅のため一般人の命を諦めろという話が出てくるわけがない。
     更に続くは部下達からの集中攻撃。辛うじて蹴り返した盾役男が噎せ返るのを合図に、ファルケは再び歌声を響かせる。
    『ぐおっ……やめっ』
     耳を塞げばがら空きの胴体、そこはナハトムジークの重力に囚われた愚鈍さがおめおめと晒されている。
    「おっさん、隙だらけだぜ?」
     遣わせるように伸ばした帯は、リズムにあわせてざすざすと血穴を穿った。
    「さすが本物だー」
     指を通したリングを器用に取り回し、唯世はナハトムジークの傷を塞ぐ。きゅるり、応えるように彼の肩口でまわる光盾。毛を膨らませたサヤもリングを光らせせっせと回復。
     一方、敵側も集中攻撃を止める事は、ない。
    「ただい……まー?! だ、大丈夫?!」
     素早く戻ったのに既に深傷の仲間を前に吃驚。悠は祭壇を展開し癒しの光を注ぐ。
     ――被害者の退去、完了。
     鶫を場に留め置く時期は過ぎたと、灼滅者達は包囲網を緩めた。
     癪だと苦虫かみつぶす布都乃は攻撃へ転換、ダメージの重なる盾役を赤色の十字で斬り裂いた。その脇、同じく業腹な美夜は玄関への道を空けるように踏み切ると、鶫ではなく裂き傷抑え呻く男へ針を押しこむ。
     しかし、退路が開いた事に気付かぬのか、鶫は再び足下に気を流し込みナハトムジークへ狙いを定める。それを察知した殊は、迷う事なくその身を射線へと、投げた。
    「……案外、しつこいよね」
     苦は一切現さぬと噛みしめた奥歯は吸血鬼への憎悪も同時にすり潰し、殊を冷静へと導いた。そうして退路を示すように金糸揺らす。
    「目標はもう居ないよ」
     執拗に鶫を攻めていたスミ花は、敢えて構えを解いた。
    「ここでスミ花達を相手にするのは、割に合わないのではないかな」
     淡々とした声には即座に返る呆れ。
    『――なんで私が撤退してあげなきゃいけないの?』


    (「これは、まずいんじゃないか?」)
     サビにさしかかり殊更音程が外れるファルケの歌声をBGMに、灼滅者達は計算違いへの焦りと、如何にして繰り合わせるかに思考を傾ける。
    『割りにあうわ、アンタ達を潰せばいいんだし』
     救出最優先のため1人欠いた状態で相手をし、かつ撤退する想定で戦術を組んでいるため、鶫へは抑え程度の疵しか与えられていない。
     最初の撤退を潰された鶫からすれば、残り戦う事に不安材料がない以上、引く理由は何処にもない。
    「丁度良いわ」
     本音か強気か、美夜は黒い銃身を胸で構え切れ長の紅で鶫を射る。
    「聞きたい事があるし」
     黒に映える紅はさながら美夜そのもの、そんな『Scarlet Kiss』の刃が突き刺さったのは護りを固めた盾役だ。
    「鶫は囀りが上手、ってな」
     摩擦で破いた絨毯なぞ気にも止めず、瞬速でにじり寄るは鶫の懐。
    『アンタも大概煩い男』
     布都乃と鶫、皮肉で歪んだ唇は同じ形。だが穂先をナイフのように握りしめた彼の一撃は、庇いに来た盾役に刺さった――明らかにそいつを狙って。
     灼滅者の意志は早々に統一される。
     下がらないのなら、部下を剥ぎ取り下がらねば死ぬとの判断に叩き込むまでだ。

    『いい加減大人しくしててくれるかい? さっきみたいにさあ』
     指ファインダーで測るように、ナハトムジークが翳した指から射出される弾丸に、鶫は忌々しげに歯がみする。
    『アンタの攻撃も口も、本当に鬱陶しいわ』
     無理に動かすようにして何度目かの膝蹴り、とうとうナハトムジークは崩れ堕ちる。
     ……疲弊が果たしてピンチかというと難しい、そのためか闇に手は届ず。
    (「次に狙われるのって誰だろ」)
     完全に想定から外れてしまい、唯世はしばし先を見失ってしまう。スミ花が狙われると思ったが、そうではなかった。
    「――!」
     ぎゅっと目を閉じ祈るようにシールドを遣わせたのは、攻撃を庇いにまわる殊の元。
     礼のように一度だけ頭を揺らし整えるように息を吐く。
     幼少期から幾度も潜っているから知っている、これは――死線、だ。だから護りきれなかったと悔やんでる暇などない。
    「自分の意志で残ってると思ってるんだとしたら、おめでたいよ」
     狙いを選別する、狙いは足がふらついている盾だ。
    「それはあなたの本意なのかい?」
     喪服のような袖に下がる紋章をいじり、スミ花は妙に澄み渡った眼差しで問いかける。
    「小悪党の手先として振る舞うのはつまらんだろう」
    『だからウサを晴らさせてもらうわ』
     遮断するように腕を払うが、怪談語りは鶫の心身に纏い付き被害を及ぼす。
    「つぶされてなんかあげないんだからー」
     敵を引きつけてくれたから、工場長に一切危険が及ばず進められたのもまた事実。
    (「はやく臭い所から解放してあげないとっ」)
     むぅとあどけなく膨らむ悠の頬、同時に爆ぜる腕を力任せに振りおろした。


     唯世の稲妻の警戒が室内に満ちる中で、双方凄絶なつぶし合い。
     まず、灼滅者の集中砲火を浴びた男が敢えなく沈む。しかし返す刀で鶫はを悠を地につけた。
    「うぅ……こ、工場長さん、お願い……」
    「くっそ、真波!」
     血の海に沈む仲間に眉を下げる布都乃をサヤの羽が張り飛ばす。駆立てられるように伸びた影が、もう1人の盾役に覆い被さった。
    「……」
     薄紅が瞼に翳る。
     ポケットの中、いつの間にか握りしめていた携帯端末から指を離し、スミ花は花を瞼に翳らせる。
     彼女はいつになったら引くのだろう?
     ……いや、引かせなくては。
     ずっとやり合ってきたスミ花の氷に備え曲げた右足、だが氷は傍をすり抜ける。
    『ぎゃっ!』 
     べしゃり。
     床に氷漬けの人間『だったモノ』を押しつけて、頬に血飛沫跳ねるままに、美夜は平坦な声を響かせる。
    「赤い髪と目した、紅魔ってヴァンパイア知らない?」
    『知人にはいないわね』
     盾が2人落ちても引こうとしない上司を伺う女へ、マイクを向けるようにファルケは挑戦的に言い放つ。
    「魂に響かないのならば、直接叩きこんで響かせるのみっ」
    『次はアンタよ、この音痴!』
     だが、半円描くふくらはぎが捕らえたのは、殊の二の腕だった。
    「はぁ……ッ……」
     ブロックの内側で軋む息。
     口中に溢れかえる血が、甘い。
    『――ッ』
     殊から同族の香りめいたモノをかぎ取ったか、突き飛ばし下がる。
    『……これだけ潰したら、あとは1人でもお片付けできるわよね?』
    『え?!』
    (「やっぱり……その程度の……」)
     ハイヒールつっかけ去りゆく鶫の足音を聞きながら殊は殊のままで意識を手放した。

     手負いの強化一般人が、これ以上灼滅者を床につける事など叶わない。
    「堪能しな?」
     と。
     マイクをあてがうように差し出した杖。
    「これが俺のサウンドフォースブレイクだぜっ」
    『いやぁ、聞きたくないぃ!』
     ファルケの歌声を葬送歌に女はその命を手放した。

     唯世の手当に目を醒ます仲間達。皆で工場長の無事を確認し胸を撫で下ろす。
    「修理費、置いていかなくていいかなー」
     割れたガラスと壊れた調度品に俯いて、悠はううんっと唇を曲げた。
    「くっそ、悪徳社長に弁償させてぇ!」
    「悪が栄えたためしなし、いつか天罰もくだるだろ」
     頭をガリガリ掻く布都乃を宥めるように、ファルケはうんうんと頷いた。
    「是非、あたしたちの手で下したいものね」
     美夜の形の鋭い深紅が見通すのは、縦横無尽に足技を繰り出していたヴァンパイア。
     もし彼女と再度まみえることがあったならば、次こそは……!

    作者:一縷野望 重傷:杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083) ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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