●図書室での過ごし方
「ギャハハハハー!」
「おい、こっちこっち!」
放課後の中学校。図書室には似つかわしくない大きな笑い声とふざけた足音が響き渡った。ドンッ……ふざけている男子のひとりが書架にぶつかり、本がバラバラと落ちる。
「やべっ」
「こらっ!」
千聖は書架に駆け寄り、男子たちを怒鳴りつけた。
「図書室はふざけたり走ったりする場所じゃないって、小学校で教わらなかった!? 図書室の君に怒られるわよ!」
「やべーよ、にげろー!!」
千聖の表情があまりに険しかったからだろうか、それとも面倒臭いことになるのが嫌だったのか、男子数人は落とした本をそのままにして図書室から逃げ出してしまった。千聖はため息を付いて、本を拾うべくしゃがみ込む。
(「まったく、一年生はまだ小学生気分が抜けないんだから……図書室で騒ぐなんて非常識よ。図書室の君は静寂と、きちんと整頓された本たちが好きなんだから」)
昨年図書委員をやった時に先輩から聞いた話。この学校の図書室には『図書室の君』がいるらしい。誰もいない図書室に突然ひと気を感て見回したら、閲覧席に髪の長い女性がいたとか、本の整頓作業をしていたら、誰も居ないのに「ありがとう」と声が聞こえたとか。
(「あんなことをしていたら、図書館の君の怒りに触れるわよ」)
かつてたっぷり本の入った大きな書架が倒れ、下敷きになった生徒が打ち所が悪くて死亡するという事故があったという。死亡した生徒は本を大切に扱わずに傷つけてばかりだったとか、図書室で騒いでばかりいたとかで、図書室の君がお怒りになったんだ、そんなふうに生徒達には伝わっている。
「あっ……表紙が」
最後の一冊を書架に戻そうと手を伸ばすと、表紙が外れ落ちそうになっていることに気がついた。何度も修繕を繰り返した古い本のようだから、先ほどの落下の衝撃のせいだろう。
「本を大切にしないなんて……図書室を静かに使えないなんて……」
そろそろ放課後の部活動も終わる時間帯。図書室も閉めなくてはならない。夕日に照らされた千聖は、自身が『図書室の君』となっていっているのに気がついていなかった。
●
「5月にしては暑い日が続いているね」
神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は柔和な表情で灼滅者達を出迎えた。そして手にした和綴じのノートを開く。
「一般人が闇堕ちしてタタリガミになる事件があるよ」
通常ならば闇堕ちしたダークネスからはすぐさま人間の意識は掻き消える。しかし今回のケースは元の人間としての意識を残したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスには成りきっていないのだ。
「彼女が灼滅者の素質を持つようであれば、闇堕ちから救い出して欲しいんだ。ただ、完全なダークネスになってしまうようならば、その前に灼滅をお願いしたい」
彼女が灼滅者の素質を持っているならば、手遅れになる前にKOすることで闇堕ちから救い出すことができる。また、心に響く説得をすれば、その力を減じることもできるかもしれない。
「彼女の名前は金納・千聖(かのう・ちさと)。中学2年生の女の子だよ。本好きの彼女は1年の時から図書委員で、そして学校に伝わる『図書室の君』という都市伝説を信じているんだ」
いつになっても図書室の決まりを守れない人というものはいるもので、そういう輩を許せない千聖は、図書室を乱されることを嫌う図書室の君と化して生徒を襲ってしまう。
「千聖君は4階の図書室を出て、1年生の教室のある3階へと向かうよ。そして1年7組の教室で笑い声を交えて喋っている、男子5人を襲ってしまうんだ」
接触方法タイミングとしては、千聖が7組の教室へ来た時に接触するのが一番いい。事前に何らかの方法で5人の男子を7組の教室から追い出しておけば、教室で待ち伏せることもできるだろう。
「千聖君は7組の教室からは遠い西の階段を降り、1組の前、2組の前と廊下を通って7組を目指してくるよ。7組の教室に近い東側の階段は使わない」
千聖は本棚を召喚して倒したり、修繕用のテープや鋏を使って攻撃してくる。
「千聖君は本が大好きで、図書室という静かな空間を守りたいと思っている穏やかな子なんだ。彼女の気持ちに共感しつつも、彼女がやろうとしていることについて指摘してあげるといいかもしれないね」
頼んだよ、瀞真はノートを閉じて微笑んだ。
参加者 | |
---|---|
真白・優樹(あんだんて・d03880) |
竜胆・山吹(緋牡丹・d08810) |
近衛・一樹(創世のクリュエル・d10268) |
高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301) |
七塚・詞水(ななしのうた・d20864) |
天使・翼(ロワゾブルー・d20929) |
相神・千都(白纏う黒の刃・d32628) |
天羽・李(シンデレラ症候群・d34532) |
●彼女を出迎えるために
放課後の中学校。窓の向こうからは部活動に勤しむ生徒たちの声が聞こえる。差し込む西日が徐々に茜色に染まってきて、昼と夜のはざまの時間を作り出していた。
とてとてとて……猫姿で1年7組の教室を目指すのは七塚・詞水(ななしのうた・d20864)。
(「図書室で騒いでた男子は、もしかしたら千聖さんのこと好きで気を引きたかったのかもしれないですね」)
真実はわからない。けれどもその可能性がないわけではない。そんな風に考えてみれば、違った気持ちで彼らを見ることができるかもしれなかった。
詞水の後ろを歩いてゆくのは、この学校の制服に身を包んだ灼滅者たちだ。
(「図書室とか図書館とかのあの静かに張りつめた空気って緊張もしちゃうけどなんかいいよね」)
(「本を愛するあまりの闇堕ち、か。わからなくはないが……看過することはできんな」)
他の生徒や教職員に見つからないよう、辺りに気を配りながら真白・優樹(あんだんて・d03880)と相神・千都(白纏う黒の刃・d32628)は階段を登る。千都は男子制服を借りて、着物を肩からかけている。
(「私は武闘派だけど、マナーや雰囲気を大切にしているの。だから、図書館のように静かに過ごすべき場所で騒ぐ輩は嫌いよ」)
紅いフレームのおしゃれなメガネをポケットに忍ばせた竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)は、旅人の外套を纏っている。その後ろを歩く高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)は今にも鳴りそうなお腹に手を当てていた。食事と運動が生きがいの一葉は戦闘中でも常に何か食べているが、今回は図書室のルールを尊重しようと決めて、飲食は我慢することにしている。
「図書室の君は、出来ればお話しで聞きたかったところですね」
その後ろでぽつりと呟いて、天羽・李(シンデレラ症候群・d34532)は最後の一段を登り、三階へと足を踏み入れた。
(「図書室で騒ぐのは確かにマナーがなっていませんが、だからと言って襲うのはやりすぎでしょう。図書室を大切に思うあまり自信が図書室の君になってしまうとは……」)
6人の灼滅者たちとは若干間隔を空けて階段を昇りきったのは、用務員に扮した近衛・一樹(創世のクリュエル・d10268)と天使・翼(ロワゾブルー・d20929)。一樹は小さくため息を付いて、7組の教室の外で廊下の壁に寄りかかった。ちらりと西の階段方面に視線を投げて、千聖がまだ来ていないことを確かめる。
「にゃー」
「ん? 今猫の声しなかった?」
教室の入口で詞水が鳴き声をあげると、ひとりの男子生徒が会話を中断してきょろりと首を巡らせた。
「にゃあん」
「いた!」
椅子を蹴って立ち上がった男子たちの耳に、李の声が滑るように染みこんでいく。それはとっておきの、怖くて暗い怪談。百物語の効果が男子たちに染みこんでいく。
「まだ残ってたのか。これから窓の修繕するから、出てってくれるか?」
ひょこり、教室を覗きこんだ翼が王者の風を発動させつつ声をかける。
「早く出て行かないと邪魔だ」
千都も王者の風を発動させて男子たちを威圧していく。
「東の階段使って降りていくんだぜ」
「は、はい……」
翼が念の為に使う階段を指定する。萎縮した男子たちは百物語の効果もあってか、そそくさと荷物をまとめて教室から走り出た。廊下にいた一樹はきちんと五人が東階段を使ったのを確認してから、教室へと入る。
「なるべく荒らさないで済むように、机と椅子を移動させておかない?」
「そうだね、手伝うよ」
一葉の提案に優樹が頷き、他の仲間達と協力して、大きな音を立てぬよう注意しつつ机を動かしていく。山吹の願いで1席だけ窓際に残し、空間を作り出すことが出来た。
「足音がする」
千都の言葉に一同は息を呑み、耳を澄ませた。西の階段の方から何かが近づいてくる音がする。千聖に違いない。教室に入ってくるのを今か今かと待ち構える。
だんだんと近づいてくる足音。いやがうえにも緊張が高まる。
カタ……教室の入口。扉に手を置いて、足音の主が7組の教室を覗きこんだ。
「あら? どうしたの? ちょうどいい所だったのに」
窓際に残した一席に座り、紅いフレームのメガネを掛けて文庫本を開いていた山吹が、本を閉じた。
「貴方も本が好きなのね。友達になれそうだわ」
「本……好きよ。だから、大切にしない人……許せないの」
ゆっくりと教室に足を踏み入れてきた千聖。その退路を断つように、メガネを外した一樹が扉の前に立ち、一葉がサウンドシャッターを展開させた。
●図書室を愛する思い
「千聖さんの本を大切にする気持ちは尊い物だって思う。そうしてくれる人がいないと、本って保たれないし」
ゆらゆらと近づいてくる千聖に声をかけ、一葉は素早く彼女の死角へと入った。斬りつけて、軽やかなステップで距離を取る。
「ただ、苛立ち任せに他の人を傷付けて、苦しませたり悲しませたりしたらダメだよ」
追うように、ライドキャリバーのキャリーカート君が千聖へと向かっていく。
帽子に手を触れてよし、と気持ちを切り替えた優樹は、炎を纏った『タービュランス』による強烈な一撃を与えた後、千聖を見つめる。
「好きなものや場所を乱暴にされるの嫌だよね。でも静かな場所を守るために暴力とか乱暴な手段に訴えるのはよくないよ」
「でも、でも……」
「それは図書室の君の望むところなのかな?」
優樹の指摘に千聖の声が揺らぐ。ライドキャリバーのスチームダディが揺らいだ千聖に突撃していった。
「貴方は静寂と書籍が好きなのね。分かるわ。私も本を静かに読むのが好き」
山吹は、雷を宿した拳で千聖に迫り、そして打ち付ける。衝撃で倒れこんだ千聖を、山吹は見下ろして。
「図書館は静かに過ごす場所。それを踏みにじられたと感じたのね」
体勢を立て直そうとする彼女に言葉を投げかけ続ける。
「貴方は間違っていない。だけど自分で手を下すのは彼らと一緒よ」
「違う、私は違うわ。私は、ただ……」
否定しつつも具体的に反論できないところが、灼滅者達の指摘が間違っていないという証拠だ。
「図書室の君は間違ってないわ!」
それでも千聖は喚び出した本棚を前衛に向けて倒す。
「やあ、お嬢さん、そんな物騒ななりして何処いくつもりなん?」
構えた『冷妖槍-氷茜-』から氷柱を放ち、一樹が声をかけた。
「図書室の為って言っとるけど、お前が……お前のその動向が図書室から人を遠ざける行動に繋がっとるって気づいとんのか?」
「……!?」
一樹の指摘にわずかに千聖の動きが止まる。
「確かに図書室は静かになるけど、その代り廃れるで?」
真実だからこそ深く突き刺さる。一樹の言葉が刺さっている隙に、詞水が翼に矢を放ち、パワーアップさせた
「図書室の静寂が好きなんですよね。なのにどうして怒鳴って注意するのです?」
注意する側が頭ごなしに怒鳴っては伝わらない。穏やかに話すのが大事だと詞水は考える。
「相手に変わって欲しいなら自分が変わらなくちゃダメなのですよ」
目を覚まして、変わってほしい。だから、言葉を掛けるのだ。ウイングキャットのみけだまが、肉球をぶつける。
「好きなんだろ、図書室の静かな雰囲気が」
翼の指輪から放たれた魔法弾が、狙い過たずに千聖へ迫った。
「それを乱す奴が許せないからって、お前さんまでそれを乱すようになっちゃダメだろ」
胸に魔法弾を受けた千聖が苦しげに身体をひねる。
「あなたは図書室の君の話をするのでしょう。私は聞きたいです」
そんな彼女に李の攻撃と言葉が、染みこんでいく。
「でもそれはお話しとして、聞きたいです。だから戻ってきてください」
図書室の君になってしまった千聖と戦うのではなく、戻ってきた千聖の口からその話を聞きたいのだ。この気持ちが伝わるだろうか。
「本を愛する気持ちはわかるが、今のあんたは本当に図書室の静けさを愛していたあんたなのか?」
図書室の君と化してしまった千聖を、千都の真っ直ぐな問いとどす黒い殺気が侵食していく。
「俺には、今のあんたはその秩序とやらを乱す害悪にしか見えないがな」
そう、今の彼女は秩序を守るという大義名分をかざしただけの、ただの暴力だ。
「千聖さんの好きな本たちは、人を傷付けて良いって教えた?」
ギターを掻き鳴らし、前衛を癒やしながら一葉が問いかける。
「本も傷ついて、悲しんでるよ」
「……!」
その言葉に、千聖の表情が歪む。キャリーカート君がそんな彼女に迫っていった。優樹が『縛霊手・荒王』で殴りかかるのに合わせて、スチームダディも動く。追うように山吹が異形巨大化させた腕を振り下ろす。
「そんな……図書室の君は間違ってなんかいないのに……」
畳み掛けるような攻撃にふらついた千聖は、修繕技術で自身の傷を癒やす。しかしそれでもすべての傷を癒やすには足りない。
距離を詰めた一樹が盾を振り下ろし、詞水は黄色の標識で前衛を癒やす。みけだまが千聖を殴りつけたのと入れ替わるようにして、翼が素早く糸を繰った。
「お前さんが好きな図書室の君ってのは、そんな乱暴者なのか? 違うだろ、本と静寂を好む、穏やかな人なんじゃないか?」
口の端に乗せた言葉ほど思い入れを感じない翼ではあるが、全力で千聖を救う気持ちはある。それが、己が果たす役目だからだ。
「それに、本棚を倒したら本が傷んじまうぜ」
ゆらりゆらり、千聖の瞳の奥が揺れている。灼滅者達の言葉が、ダークネスに押し込められている本物の千聖に届いているのだろう。おそらく彼女が自分の行為に疑問を持ち始めているのだ。
「今ならまだ、戻ってこれますよ」
距離を詰めた李がささやくように告げ、ロッドを振り下ろす。触れた部分から流れこむ魔力の奔流に、千聖があとを引くような悲鳴を上げた。千都のライフルから放たれた魔法光線が、千聖の胸元を撃つ。
一葉とキャリーカート君が軽やかな動きで攻め立てると、優樹の帯とスチームダディが後を追う。山吹のロッドから流れ込む魔力に悶え、膝をついた千聖は翼に向けてテープを飛ばす。だが素早く間に割り込んだ一葉が、その攻撃を庇い受けた。
まだ立ち上がれない千聖を、一樹の槍から放たれた氷柱が床に縫い止める。詞水の矢が一葉の傷を癒している間に、みけだまが動いた。
「そろそろ終わりにしようぜ?」
翼が素早く繰った糸に斬り裂かれる千聖。上げた悲鳴がだんだん弱まっていき、彼女の上体が傾いでいく。
「あっ」
「……」
駆け寄った李と千都がその身体を受け止めると、彼女は図書室の君から千聖へと戻っていた。
●未来へ
机の配置を元のように戻し終わった頃、千聖が意識を取り戻した。彼女の身に起きたこと、学園のことを話して聞かせる。戸惑いつつも、千聖は静かに話を聞いていた。
「私達の学園には貴方のように特別な力を持った人揃い。その力の向きあい方を教えるし、友達になりたいと思うわ」
「私でも、やっていけるかしら?」
山吹の説明に不安そうな千聖。李は彼女と視線を合わせるようにして。
「学園に来たら、図書室の君のお話を聞かせてください。あなたから、聞きたいです」
その言葉に千聖の表情が和らぐ。それを見て、山吹が手を差し出した。
「だから私達の学園に来ない? 友達が難しければ姉妹でも良いわよ」
山吹の提案に目を見開いた後、微笑んだ千聖。そんな彼女を見守るように、詞水は見つめていた。
(「千聖さんがこの先どうしたいのかは、彼女自身の選択に任せるのですっ」)
そっと、千聖が山吹の手をとったのを見て、詞水はひとり、頷いた。
(「もし学園に来て灼熱者になるなら、ずっと図書室を護っていた彼女には、誰かを護る為に戦うのはとても似合ってると思うのです」)
きっと、彼女は優秀な灼滅者になることだろう。
何かを守りたい、その心は力になるから。
作者:篁みゆ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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