いちご味の涙

    作者:邦見健吾

    「栃木のいちごだ。よかったら食べてくれ」
    「あら、ご丁寧にどうも」
     いちご頭の怪人はいけないナースのいる部屋に入ってくると、まずいちごのパックを差し出した。
     いけないナースはパックを受け取り、いちご怪人を布団の上に導く。しかしいちご怪人は布団に横になると、いきなり枕に顔をうずめて泣き始めた。
    「うっ、うっ……俺はクズだ、いちごのクズだ……! 仲間を見捨てて、1人だけ……」
    「そう自分を責めないで。何があったのか話してちょうだい」
    「ううっ、うっ……」
     いけないナースは子どもをあやすように、いちご怪人の頭を撫でる。ととめどなく流れるいちご果汁の涙が、枕をピンク色に染めた。

    「軍艦島の戦いのあと、HKTは分化組織を各地に作りました。ゴッドセブンのナンバー2、もっともいけないナースが愛媛県道後温泉で設立したDOG六六六もその1つです」
     もっともいけないナースは配下のいけないナースを使い、他のダークネスに接待させている。冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)の予知によるとそこに、以前灼滅者との戦いで敗北し、栃木を追われた栃木いちご怪人が現れる。
    「ダークネスはいけないナースの接待を受けるとパワーアップし、もっともいけないナースと友好関係を結びます。それを妨害し、阻止してください」
     いけないナースと栃木いちご怪人がいるのは、古びた旅館の一室。いけないナースが接待用に貸し切っているので他に客はおらず、侵入は容易だ。
    「いけないナースは殺人注射器およびバベルブレイカーのサイキックを使います。いちご怪人はご当地ヒーローのサイキックの他、いちごの形をした爆弾をばら撒く攻撃もしてきます」
     ただし、いちご怪人は以前より力をつけており、2体のダークネスを同時に相手にするのは厳しいかもしれない。いけないナースは全力でいちご怪人を逃がそうとするので、いちご怪人は追わずに逃走させてもいいだろう。
     今回はいけないナースかいちご怪人、どちらか灼滅できれば十分だ。
    「皆さんも強くなったとはいえ、ダークネス2体を相手取るのは相応の危険を伴います。冷静に判断し、最善と思う選択をしてください」
     そして蕗子は緑茶を飲み、灼滅者たちを見送った。


    参加者
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    長姫・麗羽(シャドウハンター・d02536)
    若菱・弾(ガソリンの揺れ方・d02792)
    近衛・朱海(煉驤・d04234)
    阿剛・桜花(今年の春もブッ飛ばす系お嬢様・d07132)
    布都・迦月(幽界の調律師・d07478)
    黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)
    東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)

    ■リプレイ

    ●いちご&ナース
    「殺戮・兵装」
     旅館に侵入し、突入の準備を整える灼滅者達。久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)は着物の裾からスレイヤーカードを取り出すと軽く口付けし、殲術道具を身に纏った。
    (「淫魔さん達は本当、仕事熱心と言うか……」)
     ラブリンスター勢力といい、淫魔は他の勢力のアプローチに余念がない。感心するような呆れるような、複雑な気持ちを覚える。
    (「他に人は……いないね」)
     長姫・麗羽(シャドウハンター・d02536)は周囲を軽く見回し、念のため確認。エクスブレインの情報通り、一般人を巻き込むことはなさそうだ。
    「……うっ、ううっ」
    「ふふ、いいのよ。涙はここに置いていきなさい」
     部屋の前に辿り着くと、栃木いちご怪人のすすり泣く声とそれをあやすいけないナースの声が扉越しに聞こえてくる。
    「由緒ある温泉でハレンチな行為なんて許されませんわ! 覚悟しなさい、ダークネス達!」
     そして灼滅者達は頷き合い、タイミングを合わせて突入。阿剛・桜花(今年の春もブッ飛ばす系お嬢様・d07132)がダークネス達を指差して先頭に立った。
    「貴様ら、灼滅者か!」
    「いちご怪人さん、本日はお引取り願いますよ」
     怪人は立ち上がって臨戦態勢をとり、撫子が身の丈より長い鎌槍を構える。対峙する灼滅者とダークネス、両者の間に緊張が走る。
    「みぃつけた、いちご怪人さん! 全快される前に倒しにきたよ!」
     東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)の胸にクラブのスートが浮かび上がり、心身を一時的に闇へと傾ける。まずはいちご怪人が狙いだと思わせるのが灼滅者達の作戦だ。
    「いちご怪人覚悟!」
     近衛・朱海(煉驤・d04234)は見せつけるような大きなモーションでガンナイフを構え、引き金を引く。銃弾の軌道は弧を描き、怪人を掠めた。麗羽も漆黒の弾丸を放って威嚇する。
    「あなたは逃げなさい」
    「いや、奴らは俺の敵だ。た、戦わせてくれ!」
    「……足、震えてるわよ」
     いけないナースといちご怪人も応戦。ナースは怪人を背に庇いながら逃げるよう促すが、怪人は灼滅者に恐怖しながらも爆弾をばら撒く。
    (「せっかくの温泉郷なのに、ダークネスが居座っていては困りますよね」)
     黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)は天上の歌声を旅館内に響かせ、仲間の傷を癒した。温泉街からダークネスを排除するにはDOGを打倒しなければ。そのためにも、目の前にいるいけないナースを倒さなければならない。
    「死ねえ、灼滅者!」
    「お前……淫魔に騙されてるんじゃないのか?」
    「なんだと……?」
     灼滅者ダークネスの攻防がしばし続くが、いけないナースだけを残して行けないのか、いちご怪人は及び腰になりながらも逃げようとしない。そこで布都・迦月(幽界の調律師・d07478)が口を開くと、いちご怪人が動きが一瞬止まった。

    ●いちご味の思い
    「そのナース、貴方の弱みに付け込んで騙そうとしてますよ?」
    「そのまま騙されたら高額請求されますわよ! きっとイチゴ畑を借金のカタに取られますわ!」
    「そんなわけあるか!」
     撫子や桜花もいちご怪人とナースの関係を引き裂こうとするが、怪人は声を荒げて聞こうとしない。しかしその声には焦りと動揺が滲んでいた。
    「その女はお前の力にしか興味がねぇんだ。淫魔お得意の篭絡術って奴さ」
    「あなたを庇うのは利用価値があるからに過ぎない。淫魔のためにご当地と遠く離れた所で命を落としてもいいのかしら?」
    「……」
     若菱・弾(ガソリンの揺れ方・d02792)が縛霊手を打ちつけながら言うと、朱海も続く。灼滅者たちの誘導が効いたのか、いちご怪人は無言でうなだれた。
    「……俺のようなクズいちごに、少しでも価値があるというなら本望だ。俺は彼女のために――」
    「ちょっと優しくしてあげただけで自分の女扱いしないで」
     だがいちご怪人は顔を上げ、戦いを続けようとした。しかしその怪人を止めたのは、いけないナースだった。
    「え……」
    「こっちはこういうやり方で生きてるのよ? それを少し話を聞いてあげただけで本気になって……こいつらの言う通り、カッコ悪いにも程があるわ」
    「そ、そんな……俺は、俺は……」
    「どこへなりと行きなさい。あなたみたいな小粒に興味はないわ」
    「う、うわああああ!!」
    「……手のかかる子」
     ナースにも拒絶され、いちご怪人はピンク色の涙を流しながら部屋を出ていく。ナースは怪人を振り返ることなく、かろうじて灼滅者だけに聞こえる声で呟いた。
    「さて……あの子を泣かせたいけない坊や達、痛~いお注射でお仕置きしましょう」
     巨大な注射器を右腕に装着するナース。そして鋭い針を高速回転させ、灼滅者目掛け突き立てた。
    (「……いきましたね」)
     いちごは仲間を回復しながら、いちご怪人が去っていった方向を見やる。なにせ名前がいちごなので、いちご怪人の存在を少し複雑に感じていたのだ。
    (「少し悪いことをしたか? ……いや、今は集中しよう」)
     迦月は若干かわいそうな気したが、今はいけないナースの灼滅が先決。最小限の踏み込みで距離を詰め、ロッドを叩き付け、同時に魔力を注ぎ込んだ。
    「ミスター宍戸の使い走りだな? 俺たちとしてもヤツの好きにさせる訳にはいかなくてな……悪いがここで消えてもらうぜ」
     その名の意味は死刑宣告。ライドキャリバー・デスセンテンスが機銃を連射して牽制すると、弾はその隙に助走をつけて跳躍、星のように流れ落ちて跳び蹴りを見舞った。
    「とにかく、貴女には消えてもらいます」
     切り上げるように槍を振るい、妖気を氷柱に変えて撃ち出す撫子。桜花は手の中に渦巻く風を生み出すと、ナースに向かって解き放ち、刃に変えて切り裂いた。
    (「ダークネスも、泣き言とか聞いてほしいものなんだなぁ……」)
     八千華は掌に影を集めて漆黒の弾丸を生成すると拳を突き出して発射、ウイングキャットのイチジク肉球でパンチして動きを鈍らせる。なんとなくかわいそうな気もするようなしないような感じだが、それはそれだ。
    (「ここで確実に一人、始末させてもらう」)
     いちご怪人の灼滅は後回しで構わないが、イフリートに力を与えようとするのは見過ごせない。朱海はエアシューズを駆動させて接近、加速を乗せてスピンし、炎を帯びたローラーを回し蹴りとともに叩き付けた。
    「動かないで。痛いのは一瞬だから」
     注射器のピストン部からジェット噴射し、いけないナースが撫子に向かって針を突き出した。咄嗟に麗羽が割って入って受け止め、麗羽は自身を包むオーラで傷を癒した。

    ●残されし者
    「ふふふ、あなたも虜にしてあげましょうか?」
    「遠慮する。俺はナースさんには興味ないんで」
     いけないナースが注射器を突き刺し、迦月から生命力を奪い取る。しかし迦月は動じることなくバックステップし、距離をとりながらダイダロスベルトを展開、意思持つ帯を矢に変えて射出した。
    「大丈夫ですか? 今癒します」
    「助かる」
     いちごの可憐な歌声が再び響き、傷から流れる血を止める。ビハインドのアリカはレイピアでナースを突き、受け止めた注射器に小さなヒビが入った。
    「以前も違うナースさんが同じ事してる現場に行きましたけれど、芸が無いですねぇ」
    「あなたも体験してみたらどう? そういうことは言えなくなるわよ?」
     撫子はゆったりとした足遣いで舞うように距離を測ると、突然勢いを増してナースに接近する。素早く死角に回り、ずれ違いざま槍先でナースの足を斬った。麗羽は自身の拳に影を宿して懐に飛び込み、巨大な注射器をかいくぐって拳を腹に叩き付ける。打撃と同時に影が乗り移り、トラウマを植え付けた。
    「長姫さんも撫子さんもなかなかのお手前ですわね♪ 私も負けていられませんわ!」
     仲間の奮闘に刺激され、闘気みなぎる桜花。エアシューズのローラーを回転させ、ナースに向かって一直線に加速する。
    「うぉぉぉぉぉぉぉおっ!!」
     床を蹴って跳び上がり、空中で一回転してナース目掛けて急激な角度で降り落ちた。シューズがナースを捉えた瞬間、星の瞬きが散り、解き放たれた重力が動きを奪う。
    「なぜクロキバたちと協力関係をとるのかしら?」
    「さあ、なぜでしょうね。でもいけない理由があるのかしら?」
     朱海はどうせ答えないだろうともっともいけないナースの居所は諦め、クロキバについて聞くが、返答は朱海の神経を逆撫でするばかり。注射器の針が突き刺さるが、霊犬の無銘が癒しの眼差しを送って回復させ、朱海は剣に炎を走らせて斬撃を見舞った。
    「イチジク、確実に当てて!」
     八千華の指示に応え、イチジクが魔法を発動。魔力の枷によってナースの動きが鈍る。さらに八千華は指輪を敵に向け、呪縛の弾丸を発射。魔弾はナースの胸に吸い込まれ、行動に制約を与えた。
    (「こいつらはHKT系列の営業担当ってところか。人材は適切だな」)
     勢力拡大を防ぐには、いけないナースを倒す必要があるだろう。デスセンテンスが突進すると弾も駆け出し、衝突とともに炎熱纏う蹴りを叩き付けた。

    ●ナースの最期
    「はぁ、はぁ……その程度かしら?」
     いけないナースは灼滅者達の度重なる攻撃に傷つくが、女の意地か、満身創痍になりながらも瞳に宿る意志は強い。
    「もう終わりだな」
     それでも灼滅者達は攻撃の手を緩めることはない。弾はナースの腕を掴むと、力ずくで振り回して壁に叩き付けた。桜花は再びエアシューズで加速、跳躍して跳び蹴りを見舞う。いちごが伝説に迫る歌声が響かせると、アリカがレイピアで斬撃を繰り出した。
     撫子の手から炎が噴き出し、槍を包んで灼熱の刃を形作る。炎熱の槍で一閃すると、間髪入れず麗羽が飛び出して光の盾で殴りつけた。さらに朱海が背後から接近、無銘の斬魔刀とともに燃え盛るシューズを叩き込む。続けて八千華がガトリングガンを連射し、銃弾の嵐が次々にナースを打った。
    「さて、黄泉路送りのご案内と行こうか」
    「くっ……!」
     そして迦月が拳を握ると、腕が膨張し、鬼のそれへと変わる。正面から岩のごとき拳を叩き付け、ナースが吹き飛んだ。床に打ち付けられたナースは最後の力を振り絞って這い、いちごのパックを開ける。
    「いちご……おいしかったわ」
     そしていちごを一粒つまんで口に入れ、笑みを浮かべて消え去った。

    「やれやれです。まったく」
     戦闘を終え、一息つく灼滅者たち。撫子は呆れたように嘆息していた。
    「これで戦力増強はひとまず、阻止できたのかな……。あっ、いちご食べちゃってもいいのかな」 
     敵の残した物とはいえ捨てるのはもったいないので、八千華が頂くことに。食べてみると、強い甘味と程よい酸味が口の中に広がった。
    「お疲れ様」
     いちごがアリカの頭を撫でてやると、頭長の毛を犬の尻尾のように揺らして喜ぶ。
    「なんだかイチゴ怪人さんが不憫で同情しちゃいますわね……」
     故郷を追われ、またも追われて逃げたいちご怪人。桜花が複雑な気持ちで呟くが、それを聞いていたいちごの肩が小さく跳ねた。
    「あっ、いちごさんの事じゃありませんわよ!?」
    「分かっているんですがつい……」
     桜花は慌てて弁解するがいちごは苦笑い。まあ、仕方ないといえば仕方ない。
    (「ダークネスを強化する能力がもっと強大な敵に使われたらどうなるのかしら」)
     いけないナースによるダークネスの強化に、危惧を覚える朱海。手の付けられないような強敵が生まれるのは阻止したい。また灼滅者も強化できるのか、少し気になるところでもある。
    (「もしかしたら近場にいるのかな」)
     麗羽はもっともいけないナースがどこに潜んでいるのか気になるが、居場所を掴むのが容易でないことも想像がつく。相手に次の手を打たせないために、こちらも迅速に対応したいところだ。思いついたことがあれば推理してみてもいいかもしれない。
    「せっかくなので温泉に入りたいですね」
    「あんまり知られていない温泉とか名物とかないか聞いてみるよ。何か発見できるかも」
     いちごが希望を口にすると、麗羽も乗り、旅館周辺の人に尋ねてみることに。そして灼滅者達は解散し、旅館を後にした。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ