北へ走る命運

    作者:灰紫黄

     昆虫のウスバカゲロウ、その幼虫のアリジゴクに似た頭の男がいた。無論、人間ではない。ソロモンの悪魔と呼ばれる種のダークネスだ。
    「ふむ。北海道札幌市に移動せよ、ですか」
     突然受け取った、本部からの伝令。理由までは知らぬが、盟主ハルファスからそう命令があった。見限って従わぬのもよいが、しかし無意味にこんな命が下るはずもない。
    「……まぁ、いいでしょう。まずは移動しますよ、みなさん」
     これからのことは札幌で考えることにしよう。長居してもいいことはないと、勘が言っていた。

     灼滅者達が教室に集まったのを確認して、園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)は口を開く。
    「集まっていただいてありがとうございます。みなさんをお呼びしたのは、ソロモンの悪魔の動きが察知されたからなんです」
     先の長久手の戦いで台頭した安土城怪人や東京を拠点とする武蔵坂学園、そして学園と半ば手を結んでいるラブリンスター勢力との対立で勢いを減じたハルファス勢力は北海道に拠点を移そうとしているようだ。北海道では地下鉄やSKN六六六の事件や斬新ゲームなど発生しており、ここにハルファス勢が合流すれば何をしでかすかわからない。よって、その前に戦力を削っておくのが依頼の趣旨になる。
     槙奈が察知したソロモンの悪魔は強化一般人を連れて移動中だ。先回りして迎撃してほしい。今回は悪魔達が乗る車をバリケードなどで足止めし、降りてきたところを攻撃することになるだろう。
    「ソロモンの悪魔はアリジゴクのような頭をしています。……100%とは言えないのですが、過去に倒した強化一般人は彼の配下だったようです」
     二年以上ほど前の話になるだろうか。とにかく悪魔は違法賭博で大量に資金を獲得しており、とり逃せば悪用は間違いないだろう。戦力を減らす意味でもそちらの意味でもここで倒しておきたいところだ。
     強化一般人は3名で魔法使いと同じサイキックを使う。また、ソロモンの悪魔はそれに加えて巨大なルーレットで武装しており、断罪輪に似た技を扱える。
    「では、説明は以上です。私が言えたことではないかもしれませんが、どうかご無事で」
     悪魔も一般人もそれほど強力ではない。だが、油断すれば苦戦を強いられることになる。くれぐれも気を付けてほしい、と槙奈は最後に付け加えた。


    参加者
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    樹・咲桜(蒼風を舞う子猫・d02110)
    淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)
    五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)
    イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)
    千凪・志命(灰に帰す紅焔・d09306)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)

    ■リプレイ

    ●車輪を止めろ
     日が傾き、完全に落ちた頃。灼滅者達はソロモンの悪魔に先んじて、通過予想地点に到着した。エクスブレインの指示通り、バリケードを構築するためだ。
    「いちおーよーいしてきたけど……たりないよねぇ」
     スレイヤーカードからクラブショップで手に入れたバリケードを取り出す淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)。しかし、所詮はミニグッズ。走ってくる車を止めるのは無理だろう。そもアクセサリータイプの殲術道具なので、体から離すのもあまりよくないかもしれない。
    「ちょうどいいものがあればなのです……あっ」
     イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)は殺気を放ち、一般人を遠ざける領域を結ぶ。同時、周囲を見渡せばガードレールの少し向こうに不法投棄された粗大ゴミの山が見えた。
    「あれは使えそうだな」
     眼鏡を直しながら、乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)。多少汚れているが、背に腹は代えられない。ガードレールを飛び越えた灼滅者達はできるだけ大きな物を選んで持ち上げる。
    「……これはどうだ?」
     千凪・志命(灰に帰す紅焔・d09306)が見つけたのは、古い車種の放置車両。何があったか知らないが、ここは使わせてもらうとしよう。まさか白骨などないかと中をちらりと見て、怪力無双で担ぎ上げる。
    「これ、で足止めでき、そうね」
     たどたどしい口調で話すのはクラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)だ。服に付いた泥やゴミを払いながら、道路の先に視線を向ける。ソロモンの悪魔が来るまで、時間はそうない。
    「じゃ、速く隠れよう」
     もし車から降りる前にこちらの存在を察知されれば、そのまま逃走されかねない。シオン・ハークレー(光芒・d01975)の言葉に従い、灼滅者達は再びガードレールを越えて茂みの中に隠れた。
     それから、しばらく。息を潜めて敵を待つ。茂みの中でじっとしていると、不法投棄されたゴミの気持ちが分かりそうだった。
    「来たぞ」
     短く、鋭い声。五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)だ。ヘッドライトの光が道路を照らし、エンジン音が近付いてくる。そして狙い通り、バリケードの前で停まった。中から降りてくるのは、異形の怪物だった。アリジゴクのような頭部のくせに、首から下には立派なスーツを着込んで、紳士然とした雰囲気を放っていた。彼に続いて、配下も降りてくる。スーツを着た男と、ディーラーのような格好の男女だ。
     瞬間、灼滅者達が飛び出す。
    「ビビッドマジカルフォーゼ☆」
     樹・咲桜(蒼風を舞う子猫・d02110)がカードをかざせば、名の通り桜色の光が体を包み、武器と防具とを展開させる。傍らにはウィングキャットのバロンも一緒だ。
    「なんだ、こいつら」
    「ど、どうしましょう?」
     武装した集団に囲まれ、浮足立つ強化一般人。けれど、ソロモンの悪魔は動じることはなかった。九つある目を細めて、くつくつ笑う。
    「なるほど、灼滅者ですか。しかも人造ではない」
     値踏みするような視線。何か合点がいったらしく、うんうんとひとりで頷いていた。

    ●賭けるは命
     悪魔勢が後衛一体、前衛三体に対して、灼滅者側はサーヴァントを含めて、前衛が四、中衛が三、後衛が四。数だけなら三倍近く。だが、防御は志命とサーヴァント二体のみ。狙撃種の多い、攻撃的な布陣といえるだろう。
    「通るなら倒していけ、というやつですね?」
     先に動くは当然、技量に優れる悪魔だ。並のダークネスほどではないとはいえ、それでも灼滅者には劣りはしない。赤と黒、ルーレットを模した魔方陣が強化一般人に力を与える。
    「悪いな。ここは通行止めなんだ」
     そう答え、聖太は高く跳ぶ。毒に塗れた手裏剣が敵の前衛に雨のように降り注ぐ。手裏剣は聖太の魂だ。乱射しつつも、一発も外さぬくらいの心構えで投げ続ける。後続の事故を防ぐため、一緒に発煙筒も投げる。
    「備えあれば、ってね♪」
     紗雪の交通標識が黄色に変化。絵柄はヘルメットを被ったネコで、悪魔注意との文字付きだ。前衛に耐性を付与して、防御力を底上げする。
    「カチ割る」
     香が引き金を引けば、バベルブレイカーのエンジンが雄叫びを上げ、炎を噴射して加速する。その名の通り燃える流星と化したブレイカーは、強化一般人を貫く。返り血を浴びるが、気にはしない。
    「調子に乗るな、ガキが!」
     人生経験など、戦場で意味などあるまいが。スーツの男が放った、青い魔力の矢。香を貫くかと思われたが、しかし志命が受け止めた。
    「この程度っ……」
     仲間を守るためなら、自らの身など厭わない。穿たれた腹の中身に空気が混ざるが、それでも退きはしない。それは、倒れた時だけだから。
    「耐えな、さい。今、直すわ」
     夜闇よりなお濃い、黒い影がクラウディオの指輪から放たれる。意思を持った煙のように志命の体を覆い、傷を癒やす。合わせて、志命自身も蛇剣の盾を構築。
    「さぁ、痺れさせるですよ~!」
     イシュテムが赤いフリルのついた縛霊手を振り上げれば、強化一般人を淡い光が包む。霊的因子を強制停止させる結界だ。サーヴァント使い、かつ列攻撃で確率は低いが、一人を捉えることに成功する。
    「これはいかがですかな」
     楽しそうな声とともに、悪魔が印を切る。すると、空間が水蒸気ごとピシリと凍った。フリージングデス。不可視の冷凍魔術だ。灼滅者のものとは比べ物にらない精度と威力。さらに配下の強化一般人もそれに続く。
     攻防は一進一退。悪魔の指揮のもと、強化一般人は統制のとれた動きを見せていた。回り続けるルーレットの如く、まだ結末は分からない。

    ●痛みは代価
     灼滅者の集中攻撃が強化一般人を襲う。
    「えーい!」
     咲桜が両手をかざせば、桜色のオーラが腕に集まる。押し出すように放てば、敵を追尾しその胴体を捉えた。さらにウィングキャットのバロンが肉球のビンタをお見舞いし、その動きをからめとる。
    「行ってらっしゃい」
     その場にひざまずいたシオンは、自らの影にそっと触れる。すると、影は不自然に伸び、スーツの男へと迫っていく。逃げようとするが、遅い。大口を開けた影に飲み込まれ、それこそ影も形もなく消え去った。
    「おや、やりますね……ではこちらも」
     だが、悪魔は意にも介さない。素早く印を切り、お返しとばかりに前衛の二体のサーヴァントを凍結、粉砕した。これで護りは志命のみ。敵の攻撃力を甘く見たかもしれない。いずれにせよこの戦い、長くはならない。
    「忍びの技、その身に刻め」
     高速で光剣を振り抜けば、水飛沫のように光の粒が飛び散る。粒はやがて十字の形、聖太の半身たる手裏剣となって敵に突き刺さった。突き立った刃はすぐに爆ぜ、強化一般人の防御を削る。
    「ぬこの仇ですのっ!」
     トン、と最初は踊るような軽いステップ。けれど次第に加速して、イシュテムは敵の懐に潜り込んだ。そして、さらに最大加速。蹴りは暴風の速度と威力を得て、強化一般人を一薙ぎする。
    「ベットはストレートだ。外してみせろ」
    「ひっ、あ……」
     青い光が香の拳を包み、加速させる。目にも留まらぬ連打は、さながら拳の弾幕。ディーラーの女の視界を閃光で焼き尽くし、同時に全身を打ち砕く。短い悲鳴だけ残して消滅した。最後にすがるような目で悪魔を見たが、しかしアリジゴクは反応しなかった。
    「なるほどなるほど。本部が拠点を移した理由が分かった気がしますよ。要は叩き出されたのですね」
     劣勢にもかかわらず、悪魔は楽しそうだ。自信があるから、ではないだろう。配下の死も同法の敗北も、彼にとっては等しく娯楽なのだ。なぜなら、
    「誰が勝つか分からないから賭けは面白い。まさか灼滅者がここまでの力をつけるなど、誰が想像したでしょうか」
     ルーレットの車輪を回転させ、香を殴りつける。衝撃で道路が抉れ、瓦礫が四方に飛び散った。
    「追い詰めたよっ!」
     紗雪の足元から伸びた影が、真っ黒の氷柱を生み出す。鋭い先端がディーラーの男を斬り貫き、引導を渡す。これで残るはソロモンの悪魔一体だけとなった。だが、悪魔はこの状況においても、愉悦が収まらぬようだった。

    ●地の底に落ちる
     悪魔のルーレットが怪しげな輝きを放ち、前衛に呪いを放つ。香と志命は、体の内側で魔力が炸裂するのを感じた。
    「もうお終いだよ」
     けれど、灼滅者の攻撃の勢いは止まらない。シオンは魔力をロッドに秘め、正面から間合いに飛び込んだ。命中の瞬間、とんと指先でロッドを叩けば、先端から魔力を流し込み、今度は悪魔の内側で破裂させる。
    「くはは。そのようですね。では一人くらい連れていきましょうか?」
     悪魔が右手の指を鳴らすと、無数の魔力の矢が虚空に生まれる。狙いは志命。酷使された肉体は限界に近い。
    「さようなら」
     左手の指を鳴らせば、矢は志命に殺到する。回避もできない。八方から貫かれ、絶命すらあり得るほどであった。が、志命は倒れなかった。
    「……それはこちらの台詞だな」
     精神力だけで持ちこたえる。ダークネスにはない、灼滅者のみが持ち得る魂の力だ。零距離、炎の刃で反撃する。
    「ほほっ、これは素晴らしい。面白いものが見れましたね」
     全身を燃やしながらも、悪魔はまだ笑い続ける。あるいは自らの死でさえ、娯楽なのかもしれない。
    「じゃ、満足して眠れるね」
     咲桜の手から放たれる幻惑の符。ぴたりと貼りつけば、呪いが精神を汚染し、意識をねじ伏せる。そのせいかは分からないが、悪魔はひときわ大きな高笑いを上げ、天に向けて両手を広げた。その笑い声が、断末魔の代わりとなるとも知らずに。
    「大丈夫よ、ちゃんと送ってあげる、わ」
     もう回復も不要と判断し、クラウディオは攻撃に転じる。足元から伸びる、影の腕がアリジゴクの体を捉え、空中で締め上げた。ぎりぎりと圧は高まり、最後にはぐしゃりと潰れて、砂になった。

     ダークネスの消滅を確認した灼滅者達は、後片付けから始めることにした。とりあえず、バリケードはそのままにはしておけない。
    「北に、ね。いったい何があるっていうの、かしら」
     虚空を見つめながら、クラウディオがぽつり。今回の事件は、終わりではなかろう。むしろ何かの前触れかもしれない。
    「さぁ、だが今はこれを片付けよう」
     壊れた冷蔵庫を担いで、聖太が応えた。ハルファスはすでに北海道に移ったらしい。だが、何を企んでいるかはまだ謎だ。
    「でも、ここで悪魔を倒せたのは思うの」
     とシオン。様々な悪事に手を染めていた悪魔が北海道に逃げ延びれば、またよからぬ事件を起こしていただろう。
    「このお金、どうしよう。やっぱり学園に持って帰るべきかな」
     バリケードを片付け、咲桜は車のトランクを開ける。すると、中にはどうやって積み込んだのかというほどの現金や、インゴットが入っていた。傍らのバロンも目を丸くする。
    「放置しても、いいことないですの」
     うーん、と首を傾けるイシュテム。強盗のようではあるが、ここに置いて行っても新たな問題になりそうだ。
    「じゃ、持って帰ろっか♪」
     それしかないね、と紗雪。過去には斬新コーポレーション襲撃で似た例もあることだし、ここは学園の大人を頼らせてもらうとしよう。
    「ところで、なぜ飛行機を使わなかったんだろうな。まさか幼虫だから飛べない、はあるまいし」
     月を見上げ、香が呟いた。北海道に行くなら、空路の方がよかったのではないかと。
    「……飛ぶと火に巻き込まれるからじゃないか」 
    「「え?」」
    「いや、なんでもない」
     冗談に、真顔で返してしまう志命。仲間達がきょとんするのを見て、何か勘違いをしていたことに気付く。どこが勘違いなのかは分からないが。
     ともあれ、蟻地獄はここで潰えた。北海道に巣を張る悪魔は少なくとも一体、減ったのであった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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