ヒイロカミといけない湯治

    作者:御剣鋼

     ――福岡県白島、男島(おしま)。
     かつては、下関要請の一翼を担う軍事基地。
     現在は、巨大な石油備蓄基地となっている、福岡県沖の小島である。
     その小島の岸壁に、多数のイフリートが集う。
    「ガイオウガ様ノ無念、イカニシテモ果タサネバナラヌ」
     煌々と集まる炎の中心に居るのは、漆黒のイフリート――クロキバだった。
    「アフリカンパンサーノ座ス軍艦島ハ、間モナクソノ姿ヲ見セルダロウ」
     一拍して、彼は「ウズメトハ話ヲツケタ」と、告げる。
    「本懐ヲ遂ゲタ後、アフリカンパンサーノ地位ヲ我ラガ占メルナラバ、軍艦島ヘ導コウト……」
     クロキバは、苦渋の表情を浮かべる。
     アフリカンパンサーを討つ為とはいえ『うずめ様』の配下に成り下がらなければならないのは、非常に腹が立つのだろう。
     だが、他に方法は無い。
     武蔵坂の灼滅者さえも撤退させた軍艦島に、アカハガネ達が離脱した事で更に勢力を縮小させた自分達が攻め入るには、これしか方法が思いつかなかったのだから。
    「オ前達ノ、命、アズカラセテモラウ」
     クロキバの言葉と同時に海上に軍艦島が現れ、イフリート達が力強く吼え猛る。
     因縁の決戦の幕開け。
     そして、その一群の中には、緋色のタテガミのイフリートもいた。
     
    ●決戦の顛末
    「これはもう、過去の話でございます」
     下総・文月(夜蜘蛛・d06566)の予測もあり、イフリートの動きを察知できたものの、既に戦いに介入できるタイミングでは無かったのだと、里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)が告げる。
    「クロキバは、うずめ様の傘下に加わる事を条件に、軍艦島に招き入れてもらい、アフリカンパンサーに勝負を挑んだとのこと……」
     昨年の『武神大戦獄魔覇獄』の後の騒ぎもあって、クロキバの求心力はかなり下がっており、単独でアフリカンパンサーを討つ事は不可能だった。
    「ですから、本懐を遂げるためには、他のダークネス組織を後ろ盾にするのは、やむを得ない事情があったと、わたくしも存じます」
     武神大戦獄魔覇獄では、武蔵坂に協力を断られている経緯もある。
     珍しくダークネス側に理解を示した執事エクスブレインに、灼滅者の1人が急かすように、声を掛けた。
    「その戦いの結果が、どうなったのか知りたいな」
    「戦いは、アフリカンパンサーの勝利でございます。敗れたクロキバ達は、うずめ様の取り成しで撤退を許され、今は戦いの傷を『道後温泉』で癒しております」
     ……道後温泉。
     灼滅者達の間に、戸惑いに似たざわめきが起きる。
     そこはHKT666のゴッドセブンの1人「もっともいけないナース」の勢力地だから。
     その意を察した執事エクスブレインも、神妙に頷いた。
    「察しの通り、道後温泉には配下の「いけないナース」がおり、傷を負ったイフリート達を癒しているそうです」
     戦いに敗北して傷ついたイフリート達が彼女達の癒しを受ければ、その優しさに絆を強め、もっともいけないナースと友好関係になってしまう危険が高い。
     温泉街の地図を広げた執事エクスブレインは、その1点に印をつけた。
    「今回、皆様方に対処して頂きたいのは、温泉街の片隅にある、小さな温泉宿の露天風呂でサービスを行っている、いけないナースでございます」
     名前は、サエ。
     今から向かえば、サエがイフリートに接待を始めようとした所で、接触できるという。
     このタイミングならば、露天風呂はサエに貸し切られているので、一般人が来ることもなく、人払いをする必要もない。
    「戦闘になれば、サエはお客様に安全にお帰り頂くよう……つまり、自分は足止めに徹して、イフリートを逃がす事を優先いたします」
     ダークネス2体と同時に戦うのは、リスクが高い。
     今回の作戦では、どちらか片方のダークネスを灼滅すれば、成功といって良いだろう。
    「イフリートはサエよりも強く、敗残兵とはいえ、手練の者でございます」
     そう告げた執事エクスブレインは、イフリートの名を告げる。
     ――ヒイロカミ、と。
    「見た目は子供ですが、武神大戦獄魔覇獄では、クロキバ陣営の副将を務めた、イフリートの1人でございます」
     その戦いで、ヒイロカミは交戦した灼滅者の配慮もあって、灼滅という事態は回避しており、灼滅者に対して複雑な心境を持っていると思われるが……。
    「幸い、ヒイロカミは皆様と事を構えて厄介事になるのを避けるように、その場から直ぐに離れようとするとのこと……」
     その行動は互いに傷つけ合わないためのもので、憎悪は感じられなかったという。
     それでも、短気なのは相変わらずなので、苛立たせるようなことをした場合は、牙を剥けてくるかもしれない。
    「いけないナースのポジションは、ディフェンダー。サウンドソルジャーとWOKシールドに似たサイキックを使い分けてきます」
     ヒイロカミのポジションは、クラッシャー。
     ファイアブラッドに似たサイキックのほか、炎を纏った剣斧で単体攻撃と列攻撃を織り交ぜてくるという。
    「この事件を放置した場合、ヒイロカミはもっともいけないナースに完全に籠絡されて、その配下になってしまいます。その意味でも配下のいけないナースを灼滅して、友好が結ばれないよう、宜しくお願い致します」
     
     ――その数時間後、道後温泉にて。
    『こんなにもたくさんの傷が……痛々しいですねぇ、すぐに治してあげますよー』
    『オレ戦士、イタクナイ、ヘイキヘイキ!』
     少年の姿をしたイフリートの傷だらけの体を、サエの指先がゆっくり撫でる。
     小さな宿にしては立派な露天風呂だけど、2人の他に人影はない。
     だからだろう、最初は明るく強がっていたヒイロカミが、珍しく弱音を吐いた。
    『オレガ弱カッタダケ。ダカラ、キズ、イッパイツイタ』
    『そんなことないですよー。逞しい背中、綺麗なタテガミ……うっとりしちゃう♪』
     前へ前へと戦ったのだろう、ヒイロカミの背中は他と比べて傷が浅い。
     その背に身体を密着させたサエは、鼻先が触れあうほどの距離で、言葉を交わす。
    『私ともっと仲良くなりましょ。そしたら……もっともっと強くなれますよ』
    『ウン、オレ強クナリタイ! ……ク、クロキバダケダト、心配ダカラナ!』
     サエの言葉は実に魅力的で、ヒイロカミの瞳も強い眼差しを帯びていて。
     その様子にサエがほくそ笑み、さらに体を密接しようとした時だった。
    『あら、招かれざるお客様が……』
     後ろ髪を引かれる思いで身を離したサエの双眸が、ふと刃のように険しくなる。
     ほぼ同時に、ヒイロカミも剣斧を手にして迎撃態勢を整える、が。
    『スレイヤーカ……戦イタクナイナ』
     視線の先に現れた灼滅者達を見るや否や、金色の瞳に困惑の色を浮かばせるのだった。


    参加者
    暁・鈴葉(烈火散華・d03126)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    九葉・紫廉(ローエンド・d16186)
    ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    枉名・由愛(ナース・d23641)
    鈴木・咲良(モモンガじゃないフェレットだ・d25318)

    ■リプレイ

    ●湯煙を断つ
     夕刻を迎えた露天風呂。茜色に染まりゆく空を覆い隠すように、湯煙が立ち込めている。
     それを断ち切るように現れたのは、招かざる来訪者――灼滅者だった。
    「いけない治療はそこまでなのですぅ」
    「悪いな。ちょいとお邪魔させてもらうぜ」
     あたかも正義の味方のように現れた船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)に続いて、九葉・紫廉(ローエンド・d16186)が、バスターライフルを構える。
     スナイパー2人が、いけないナース――サエ目掛けて魔術光線を撃ち放つと、身を屈めるように素早く距離を詰めたオリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)が、死角から鋭い斬撃を繰り出した。
    「DOG! これ以上の勢力拡大はさせない!」
    『ヒイロカミ様、ここは私に……っ! あらステキな子♪』
     灼滅者の奇襲をシールドで捌いてみせたサエは、先客のイフリート――ヒイロカミに撤退を促そうとするけれど、自分好みなオリヴィエに、嬉しそうに目を瞬いて。
    『まあ、こっちには可愛らしいモモン――』
    「モモンガじゃないよ、フェレットだよっ!」
     ぽっと頬を赤らめるサエ。鈴木・咲良(モモンガじゃないフェレットだ・d25318)が脊髄反射の如く飛び出すと、斬艦刀を横に打ち振う。
     スナイパー陣の攻撃が喧騒を呼び込み、撤退を促すサエの言葉をかき消した。
    (「ヒイロカミくん、警戒していないといいけれど……」)
     積極的にサエを狙い撃つスナイパー陣に、枉名・由愛(ナース・d23641)は、一株の不安を抱いていて。
     ヒイロカミ周辺の空気は張り詰め、不気味なまでの静寂が、落ちていたからだ……。
    「はじめまして、ヒイロカミ。私達、貴方と戦うつもりはない、の」
     霊犬のういろと共にディフェンダーに着いたミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)は、戦いの音を遮断する帳を降ろすと、ゆっくり言葉を掛ける。
    『ダッタラ、何ノ用ダ。スレイヤー』
     どちらかにしろ、先に積極攻勢を仕掛ければ、警戒されるのは明らかで。
     獣に似た唸り声を返すヒイロカミに、同じディフェンダーの神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)が、冷静に状況を説明する。
    「私達が用があるのは、そちらのお嬢さんだ」
     出来れば、サエの方から仕掛けて欲しかったけれど、今は刺激しないことが先決。
     ヒイロカミも摩耶の言葉と状況に矛盾を感じなかったのもあり、それ以上の敵意を剥けてくることはなかった。
    「お前とは戦いたくない。我らの友情に免じて、この場は、引いてくれないか?」
    「味方するならお前とも戦う事になるがどうする。我らの方も戦いたくないゆえ、ここは引いてもらえると助かるよ」
     摩耶の説得に、暁・鈴葉(烈火散華・d03126)も邪魔にならない程度に言葉を重ねる。
     相手にも敬意を払う2人の姿勢に、ヒイロカミは素直に頷いた。
    『オレモ、今ハスレイヤート戦イタクナイ。スレイヤーニハ、大キナ借リモアル』
     それは、クロキバやガイオウガ関係無く、ヒイロカミ個人が抱える想いだった。

    ●緋炎の豪勇の逡巡
    (「ヒイロカミ、私も戦いたくないよ」)
    『病院』の人造灼滅者だった咲良は、ヒイロカミに『病院』の時の自分を重ねていて。
     仲間を失い、それでも戦い続けた『病院』の仲間達のことを。そして自分自身を――。
     後衛のオリヴィエも、サエに視線を留めたまま、真っ直ぐ言葉を投げ掛けた。
    「獄魔覇獄では、僕達には勝たないと助けられない仲間がいた。だからあんな事になっちゃった……許して欲しいなんて言わないよ、君の立場なら僕だって怒る」
    『オレ、怒ッテナイ。スレイヤー強カッタ』
    「それでも、一度戦った後でもやっぱり戦いたくない相手はいるよ。少なくとも、こんなもやもやした気持ちのまま戦うのだけは絶対……僕も嫌だっ!」
    『オマエノ言葉、ナガイ、ヨクキコエナイ。デモ……ワカル』
     不機嫌そうに眉を寄せながらも、真摯な言葉が胸の内に響いたのだろうか。
     頼みごとを聞いてくれるなら今しかない。ミツキが再び口を開いた。
    「できれば、ココから離れて欲しい。でもちょっとだけ、待って。ガイオウガ、の戦士である貴方にお願い、が、あって――」
     その時だった。
     攻撃が緩んだ隙を突いて、サエがミツキの言葉を遮るように、声を張り上げたのだ。
    『ここは私にお任せを、ヒイロカミ様が安全にお帰り頂くまでが、私のお仕事です!』
     撤退を促すサエに、ヒイロカミは「ワカッタ」と素直に頷く。サエにもまた、傷を癒して貰った借りがあるからだ……。
     ヒイロカミが踵を返すと同時に、亜綾はメモや薬等を入れたカバンを託した霊犬の烈光さんを、彼の元に向かわせる。
     しかし、追い掛けて来たと誤解したヒイロカミは速度を速め、すぐに姿を消した。
    「また会いたい! クロキバも一緒に! 難しい話はわかんないけどさ、またココア飲んで話しようよ!」
     ヒイロカミの背が見えなくなり、緊張の糸が切れた咲良は、ほっと安堵を洩らす。
     それでも仲良くしたいという想いは変わらず、小さな手を目一杯振ってみせた。
    「ヒイロカミくん、クロキバさんによろしくね」
     咲良と共にヒイロカミの撤退を見届けた由愛も、湯煙に言葉を乗せる。
     ミツキも無闇に引き止めるようなことはせず、直ぐにサエの方に向き直った。
    「今のわざとだろ」
    『さあ、なんのことでしょう?』
     声掛けが間に合わず、軽く笑みを浮かべてみせた紫廉に、サエもにっこり微笑む。
     気難しいヒイロカミに撤退を促す行為については、あえて黙認したものの、それ以外はさせません、という眼だ。
    「いい趣味ね、わたしもああいう純粋な子は嫌いじゃないわ」
    『ふふ、似た者同士、ゆっくり語り合いましょう』
     逃走を阻止するように回り込んだ由愛は殺人注射器を取り出し、サエを見据える。
     サエも鼻から逃げるつもりは無いと言わんばかりに、隙なくシールドを構え直した。
    「客の安全を優先か。良い心がけだ」
     攻勢に切り替えた摩耶も真顔で皮肉の応酬に加わると、サエも嬉々と迎え撃つ。
    「あの様子だと、一声掛けるだけに留めておいて、良かったよ」
    「私も、難しい話わかんない!」
     あのままヒイロカミに声を掛け続けていたら、返って逆効果になっていただろう。
     怒りに任せて余計な事を口走らぬよう、硬く自制していた鈴葉も愛用の武器を構える。
     咲良も後に続くように、身の丈よりも大きな斬艦刀を一閃させた。
    「さあ、楽しみましょう?」
     落ち着いた眼差しでサエを見据えた由愛から醸し出されていたのは、淫魔に近いもの。
     此処に。互いに避けられない戦いの幕が、切って落とされた――。
     
    ●白衣の淫魔との戦い
    「よーっし! 戦うのは得意だよ!」
     今はヒイロカミに対して、敵意がないことが伝わっただけでも、十二分っ!
     難しい話が苦手な咲良は戦いで貢献しようと、積極的に状態異常付与を狙っていく。
    「体力も回復量も高い、と思っておけばよさそうだな」
     ヒイロカミを任されただけあって、サエは中々の手練の者。
     催眠攻撃に注意を払いながら、鈴葉が己の片腕を半獣化させ、鋭い銀爪で力任せに引き裂いた時だった。
    「……うーん色っぽいねーちゃんだな!」
     情熱の篭ったダンスで後衛を狙うと同時に態勢を整えたサエを、紫廉がいけない視線で下から上に眺めてます、どうします?
    「九葉さん……?」
    「ああ、俺だったらソッコー籠絡されてたかもしれな……おおっと!」
     そんな紫廉に声を掛けたオリヴィエは、まだ色仕掛けで照れる事すら出来ないレベルの、健全っぷりな少年であーる。
    「ふむ。紫廉には、物理的な回復が必要そうだな」
    「ナ、ナンデモナイヨ」
     真顔で縛霊手を軽く振ってみせた摩耶に、紫廉は棒読みで首を横に振る。
     不思議そうに首をかしげたオリヴィエを横目に、紫廉はライドキャリバーのカゲロウの特攻合わせて、光の刃を撃ち出した。
    (「後列に狙いを変えたようだな」)
     状態異常を警戒する前衛陣に、催眠を誘発させるのは非効率と判断したのだろう。
     可能な限り、ディフェンダー同士でダメージを分散し合おうと鈴葉が声を掛けると、ミツキが由愛を庇うように立ち、ういろも味方の盾にならんと、戦場を駆け回る。
    「わたしは、このまま治癒に専念させていただくわね」
     唯一のメディックが攻撃に回れば、前衛の負担が大きくなってしまう。
     由愛は仲間の呼吸に合わせて交通標識をスタイルチェンジさせると、後列の仲間の傷を癒し、耐性を高めていく。
    (「クロキバのためにも、頑張らないと、ね」)
     伝言を託すことは叶わなくても、眼前の淫魔の灼滅は、きっと助けになるはず……。
     素早く間合いを狭めたミツキが流星の力を宿した飛び蹴りでサエの機動力を奪うと、亜綾が絶対零度の魔法で更に縛めを重ねていく。
     魔力が込められた氷は湯煙を吹き飛ばし、サエの艶やかな肌を凍てつかせた。
    『いやーん、見えちゃう♪』
     恍惚とした表情で自身の傷口を撫でるサエに、紫廉が反射的に振り向く。
     反対にオリヴィエは息継ぐ暇すら与えまいと、チェーンソー剣を勢い良く横に振った。
    「誇り高いヒイロカミを騙して下僕にする心算だったなら……容赦なんて!!」
     外見は優しい女性でも、人を弄ぶHKT六六六の一派なのは変わりない。
     オリヴィエの攻撃で防御を砕かれ、艶やかな肌を露わにしたサエに紫廉は軽く咳払いし、ライフルを構え直す。
    「ヒイロカミまで加わっていたら、大分厄介なことになっていたな」
     ディフェンダーとスナイパー中心の構成は、護りに長けていても火力は少々心許ない。
     ヒイロカミが参戦していた場合、押し切れたとしても、負傷は免れなかっただろう。
    「そうだねー! この状況でまとめて戦うのって、こっちが大変なだけじゃん」
     咲良も強く頷き、見出したばかりの急所目掛けて、正確な斬撃を仕掛けていく。
     増援を警戒していた亜綾も、仲間を呼ぶ様子すら無いのを見ると、攻撃に集中した。
    (「やれやれ、DOG六六六勢の情報網、侮るなかれ、だな」)
     摩耶はスナイパー陣の火力を活かさんと、由愛と共に治癒に専念していて。
     亜綾がもう一度凍てつく魔法を撃ち放ち、返す刃の如くサエが勢いよく打ち込んできたシールドには、ミツキとういろが身を盾にして味方を庇った。
    「火力がもう少し欲しいところか」
     ならば、方法を変えるだけ。炎の翼を顕現させた鈴葉は、前衛に破魔の力を施す。
     エンチャント破壊を付与されたディフェンダー陣が更に護りを削り、味方の加護を得たスナイパー陣の一斉砲火が、サエを一気に追い詰めていった。

    ●想いを胸に
    「さーて、そろそろだな」
     防戦一方になったサエに、紫廉はライフルの弾丸の撃ち分けの要領で、攻撃手段を切り替えると、勢い良くオーラーを撃ち出していく。
     続けざまに咲良の斬撃を受けたサエは片膝を落とし、肩で荒く息を吐いていて……。
     味方の回復に専念していた摩耶も、役目を由愛に委ねると、漆黒の髪を湯気に靡かせた。
    「行きますよぉ、烈光さん」
     ――今なら、押し切れる!
     そう判断した亜綾は決め技に移行しようと、烈光さんを後衛に呼び戻す。
     だが、その一瞬を狙っていたのは亜綾だけでなく、諦め顔の烈光さんが前衛から後衛へ移動するのとほぼ同時に、ミツキとオリヴィエ、鈴葉が攻撃を仕掛けていた。
    「クロキバの、ためにも、負けられない、の」
    『あらあら、お姉さん、焼けちゃうわ……』
     表情にでていなくても強い意志が籠められたミツキの言葉に、サエは艶やかに微笑む。
     だが、身体は既に満身創痍。摩耶が放った網状の霊力を受け、苦痛に表情を歪ませた。
    「ヒイロカミへのせめてものお詫びだよ……この上お前なんかの首輪をつけさせたりするもんか、絶対!」
     彼等の誇りを売り渡すことだけは、させたくない!
     オリヴィエの斬撃に足を取られたサエは直ぐに距離を取る。傷を癒すと同時に守護を高めようと、シールドを構え直した時だった。
    「必殺ぅ、烈光さんミサイル、ゼロレンジインパクトっ」
     同時に勢い良く飛んできた烈光さんを片手で払いのけたサエは、眼前に迫る亜綾とバベルブレイカーに目を見開く。
     既に防衛に専念していたサエは、シールドに力を込め、亜綾がトリガーを引く。
     火花を散らしながらも鍔競り合う両者。その隙を逃さず、鈴葉が間合いを狭める。
     由愛が奏でる癒しの歌を背に受けながら、鈴葉は勢い良く石畳を蹴って、躍動した。
    「すまないな、そなたにも恨みはないが、容赦は出来んよ」
     一気に攻めに転じた鈴葉は、骨の髄まで削り落とす勢いで、斬艦刀を振り下ろす。
     ――一閃。
     繰り出された渾身の一撃に脳天を砕かれたサエは、湯煙に溶けるように消えていった。

    ●湯煙の向こうに
    「伝言は、できなかった、けど、クロキバの助けになった、かな」
     何ができるかわからない。
     何もできないかもしれない、――だからこそ。
     途切れ途切れで言葉を紡ぐミツキの表情は乏しくても、言葉の端々には強い意志が込められていて。
     その想いに惹かれるように、青色の瞳はヒイロカミが去った方角を見つめていた。
    「軍艦島の件でも、きちんとお話したかったですねぇ」
    「アフリカンパンサーを倒すんだったら、今度こそ目的は一致すると思うのに!」
     メモが入ったままのカバンを手に、亜綾が眠そうに言葉を洩らすと、オリヴィエが悔しそうに「僕達だけじゃ、まだ手も届かないんだ!」と、吐き捨てる。
     宿敵の境遇に思うところがあった鈴葉も、悪意ではない苦笑を静かに洩らした。
    「わたしたちにも、何かできれば良いのだれど……」
     DOG六六六の目論見を阻止したとしても、クロキバ達が歩む道は困難を極めるだろう。
     由愛が物思いに耽る中、咲良は手紙とちくわを、ヒイロカミが去った場所に置いた。
    「私達の気持ち、少しでも伝わってるといいな」
     ――何かしたいという、想い。それだけは伝えたい。伝わっていることを信じて。
     少し思案した咲良は文字が読めなくても分かるように、手紙に肉球をペタンと押した。
    「うむ。個人的にも、ヒイロカミのような単純な奴は嫌いじゃない。からな」
     今は関係を悪化させたくないと思うのは、摩耶も同じ。
     手紙の横に、ウサギさんリンゴを添えた摩耶は、ふと呟きに似た言葉を風に乗せた。
    (「そういえば、獣形態で戦っている姿は、見た事がないな……」)
     前に機嫌を取って遊んだ時も、獄魔覇獄の戦いの時も、少年の姿のままだ……。
    「ヒイロカミやクロキバ達、このまま敵にならなきゃいいんだけど……」
     ただ流れゆくままだと、小狡い者に利用されかねないのは、自分達にも言えること。
     クロキバの行方も気掛かりである中、紫廉は仲間と共に帰路についたのだった。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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