しけった炎

    作者:灰紫黄

     福岡は白島、男島。かつては軍事施設であったが、現在は巨大な石油備蓄基地となっている、福岡県沖の小島である。その岸壁に、多数の炎獣が集結していた。
    「ガイオウガ様ノ無念、イカニシテモ果タサネバナラヌ」
     黒き炎の主、クロキバはそう言った。
    「アフリカンパンサーノ座ス軍艦島ハ、間モナクソノ姿ヲ見セルダロウウズメトハ話ヲツケタ。本懐ヲ遂ゲタ後、アフリカンパンサーノ地位ヲ我ラガ占メルナラバ、軍艦島ヘ導コウト……」
     獣の声には苦々しい色がにじんでいた。軍艦島に攻め込むには、もはやうずめに身柄を売り渡す以外にはなかった。
    「オ前達ノ、命、アズカラセテモラウ」
     けれど、いや、だからこそ。もう形振りなどは構ってはいられぬ。なれば、仇敵を討つことでしか、幻獣の誇りは取り戻せないのだ。
     
    「結論から言えば、イフリートの敗北よ」
     口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)は苦虫を噛み潰したような顔でそう告げた。エクスブレインがクロキバ達の動きをつかんだ頃には、状況に介入するには手遅れだった。
     うずめの傘下に加わることを条件にアフリカンパンサーに挑んだクロキバ達であったが、返り討ちに遭い、今は道後温泉で傷を癒やしている。
     獄魔覇獄で武蔵坂と敵対し、配下のイフリートを失ったクロキバがアフリカンパンサーを倒すためには仕方のないことだったのだろうが、しかし結果はそう上手くはいかなかったようだ。
    「……まぁ終わったことはしょうがないとして、問題は道後温泉ってところよ」
     道後といえば、ゴッドセブン『もっともいけないナース』のDOG六六六の拠点である。案の定、いけないナース達がイフリートの傷を癒やしてやっているらしく、このままでは多くが懐柔されてしまうだろう。
    「事件の運びとしては、前から起きてる道後の事件と変わりはないわ」
     いけないナースとイフリートがいるところを襲撃し、どちらか一方を灼滅できれば依頼は成功だ。当然、いけないナースは客たるイフリートを逃がそうとするので、ナースを相手取るのが無難だろう。
    「イフリートはヘラジカみたいな姿をしていて、角を武器に闘うわ」
     使用するサイキックはマテリアルロッド、およびファイアブラッドに準じる。
    「あと、いけないナースは主に殺人注射器タイプのサイキックを使うわ」
     ただし、攻撃力は灼滅者のそれとは段違いだ。油断はくれぐれも禁物である。
     なお、イフリートは湯に浸かって傷を癒やしており、ナースもそれに付き添っている。時間も遅く、周囲に人気はない。また、月が出ているため光源を用意しなくても問題はないだろう。
    「じゃ、頼んだわよ。放っておくとDOGは戦力を増強させかねないわ」
     多種族でさえ手なずけるのが、淫魔の恐ろしさであった。

     止まぬ水音は、湯がとめどなくあふれていることを意味している。赤い毛皮で滝のごとく流れ落ちる湯を受け止めながら、獣は泣いていた。涙を湯に隠して。
    「いいのよ、強がらないで」
     白いナース服を纏った美女は、自らが湯を被るのもかまわず、獣を抱きしめた。濡れた白布からは、肌色がしっとりと透ける。
    「あなたの痛みも、弱さも……わたしが癒して、あ・げ・る」
     悪戯っぽく笑って、頬にキス。獣はより真っ赤になって、おおんと雄叫びをを上げた。
     


    参加者
    源野・晶子(うっかりライダー・d00352)
    鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)
    リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)
    川西・楽多(ウォッチドッグ・d03773)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)
    東郷・勇人(中学生デモノイドヒューマン・d23553)
    水無瀬・涼太(狂奔・d31160)

    ■リプレイ

    ●炎獣と美女
     立ち上がる湯気は月の光を移して白雲のよう。岩を削って造られた露店風呂は自然の面影を強く残していて、人里とは思えぬ幻想的な雰囲気を醸し出していた。滝湯を浴びるのが、幻獣であったならなおさら。
    「あら? 招かざる客……でしょうか」
     灼滅者達の気配に気付き、ナースがこちらに向き直る。けれど、体はぴたりとヘラジカに密着させたまま。
    「DOG六六六、その企みは潰させてもらうでござる」
     物語の忍者のような口調で……否、そのものの鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)がそう告げる。傍らには霊犬の土筆袴もいる。
    『…………』
     ナースに遅れて警戒態勢をとるイフリート。まだ癒えぬ傷から、炎が噴き出る。滝湯が落ちるそばから蒸発するほどの熱気だ。
    「おっと、そっちとはやりあうつもりねーぜ。潰すのはそっちのナースだからよ」
     イフリートの威迫を受け流すように、東郷・勇人(中学生デモノイドヒューマン・d23553)が言った。片腕には大型のバベルブレイカー、もう片方には同じく大型のバスターライフル。戦争をしに来たと、言葉以上に語っていた。
    「クロキバには世話んなったし恩もある。無闇にコトを荒立てる気もねェ。ガイオウガとやらの復活にはテメェの力だって必要なんだろう。だから今は退け」 
     と、言い捨てる水無瀬・涼太(狂奔・d31160)。クロキバ達とは何度か共闘したことがある。目の前のイフリートもその一体かもしれない。
    「ですってよ、エンジョウちゃん?」
     悪戯っぽく笑って、ナースはイフリートの背を撫でた。けれど、獣はそれに返事はしない。ただ、岩のようにその場に佇むだけだ。
    「僕たちは、あなたと戦うつもりはありません」
     源野・晶子(うっかりライダー・d00352)を守るように前に立った川西・楽多(ウォッチドッグ・d03773)は、静かに語り掛ける。その言葉を、晶子が継ぐ。おそるおそる、ではあるが。
    「えっと、あの……わたし、たちはガイオウガ……さんの力を奪ったアフリカンパンサーと敵対しています。力を取り返すまででも、また一緒に戦ってもらえないですか」
     敵は同じだ、と彼女は言う。おそらくイフリートもその言葉を疑ってはいないだろう。かつての『ゴッドモンスター』でもそうだったから。
     だがやはり、返答はない。イフリートはただ沈黙したまま全身から火を噴いていた。
    「エンジョウちゃん。危ないから、今は離れててくれる? もしまた会えたら、イイコトしましょ、ね?」
     ナースの態度はまるで、弟をあやす姉のようだ。よしよしと撫でて、獣が自ら離れるのを待っている。その間、見えない緊張の糸が灼滅者とナースの間にあった。物言わぬ炎獣はそれだけの威圧と、押し固まった劇場とを背負っていた。いつ爆発してもおかしくない。このまま去ってくれるのが、誰にとっても最良かもしれなかった。
     イフリートはやがて、ナースから少しずつ離れていく。炎の涙を流し、遠くなっていく背中を誰もが無言で見送った。

    ●獣は去りて
     イフリートがいなくなったのと同時、緊張の糸はぷつりと切れた。肩が凝った、とでも言いたげなリリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)だった。
    「さて、予定通りに事が運んだかしら」
     最初から、灼滅者の狙いはいけないナースのみ。この状況を待っていたのだ。
    「蓮華……いや、なんでもない」
     武器を構え、神経を研ぎ澄ます龍造・戒理(哭翔龍・d17171)とは対照的に、何か言いたげな蓮華。ビハインドゆえ、言葉は持たないが、なんとなく戒理には伝わってきた。が、だからこそ何も言わなかった。
    「さ、あとは掃除するだけだね」
     人造灼滅者たる白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)の体を寄生体がはい回る。自らの肉体と引き換えに得た、戦う力。それは闇に終焉をもたらす、滅びの力。
    「野暮な子たちねぇ、お仕置きしちゃおうかしら」
     うーんとひとつ伸びをして、ナースは両手いっぱいに注射器をそろえて見せた。治療目的でこんなに使うことはない。当然、灼滅者を倒すためのものだ。真っ黒い毒液がたっぷりと充填されている。狙いは、前衛の勇人。だが、それよりも早く楽多が動く。間に立ちはだかり、光の盾を展開。
    「…っ 大丈夫ですか…!?」
     シールドを突き破り、無数の針が腕に突き刺さった。傷口から流れる血が、炎となって夜闇を焼く。
    「傷付いた男の子ってそそるわぁ」
    「っ、ダメぇっ!」
     舌なめずりする淫魔に、思わず涙目で引き金を引く晶子。何を隠そう、楽多とは恋人同士である。分かってやっているのか、ナースもにやにや笑っている。
    「余裕だね?」
     純人の体に巻き付いた匠帯が意思を持つかのようにうごめき、次の瞬間には鋭くナースを穿つ。断ち切られた白衣から、艶めかしい肌がちらりと見えた。
    「いいわね。強い子も、好きよ?」
     恍惚とした表情で、傷口を撫でる。当然、DOG六六六としての仕事でもあるだろうが、イフリートや他のダークネスへの接待は自らの快楽のためもあるのかもしれない。いわゆる、趣味と実益を兼ねてというやつか。
    「俺だって、やられてばかりじゃないぜ!」
     杭打機が叫んだ。否、勇人だ。勇人が小さいのではない、バベルブレイカーが大きすぎて体が隠れたのだ。身の丈以上もあるそれの後部から爆炎を吹き出し、急加速。一気に距離を詰めると、そのままの勢いを敵に叩き付ける。ナースは衝撃で転がり、湯船にどぼんと落ちた。
    「ふふ、お姉さんとお風呂に入りたいの?」
     冗談めかして笑う。けれど、一度乾いたはずの白衣は再び濡れて、冗談ではすまないほどに透けていた。

    ●白き魔性
     いけないナースとてダークネス。簡単な相手ではない。だが、灼滅者達は確実に攻撃を重ねていく。
    「ふふ、おいたはここまでよ」
     リリシスは視線だけでウィングキャットに命令を下し、右手で十字を切った。尻尾のリングから放たれる猫魔法がナースの動きを抑え、さらにその隙に赤い逆十字を重ねる。肉体ごと精神を断ち切り、白衣にも血の印が残った。
     手に突いた自分の血をなめ、ナースは淫靡に笑む。
    「おいたはどっちかしら。可愛がって・あ・げ・る」
     無数の銀の針が、獲物を求めて閃く。が、無理やりその行く手を涼太が遮った。
    「好きにゃさせねェよ」
     両腕を交差し、受け止める。痛みが走り、命を吸われる感覚に襲われる。それでも、一歩も退がる気はない。ライドキャリバーの機銃掃射に合わせ、縛霊手を力づくで振り抜いた。
    「DOGの計略、阻止させてもらう」
     戒理の手にした槍から、氷の弾丸が放たれる。普通なら、この温度では氷はすぐに溶けてしまうだろう。けれど、霊力を伴った氷はむしろ熱気を圧倒し、湯気を切り裂いて突き刺さる。濡れた白衣の一部が、凍りついた。
    「土筆袴、しっかりするでござるっ!」
     ナースの歌声に惑わされ、霊犬は守るべき主に攻撃した。忍尽は一瞬だけ落ち込むも、すぐに思考を切り替える。ナースさえ倒せば、催眠も解けるはず。直線の最短距離を匠帯で貫く。
    「まったく、可愛くないわ」
     灼滅者の猛攻に、苦笑を浮かべるナース。状況は劣勢。逆転もおそらく難しい。それでも、瞳の奥には炎にも似た情欲が燃えていた。淫魔が淫魔たる本能。だが、灼滅者達がその程度の欲望に焼き尽くされることなど決してない。
    「男はいつまでも可愛いままじゃいられないんだよ!」
     デモノイド寄生体がブレイカーごと勇人の腕を飲み込み、巨大な杭剣と化した。小柄な体で懐に潜り込み、一息で振り下ろす。
    「楽多くんっ!」
    「はい!」
     まずはライドキャリバーが突撃。瞬間、晶子は標準の中心にナースを捉え、ライフルから光線を放つ。だが、それすらも囮。頭上から、傷から炎を走らせた楽多が迫る。
    「これは少し効きますよ……!」
     ナースの体をひっつかんで、再び跳躍。頭から岩に叩き付ける。小悪魔の角の片方が、音を立ててへし折れた。
    「あらあら、困ったわぁ」
     荒い息を吐きつつ、ナースはなんとか立ち上がる。もはや満身創痍。けれど、月に照らされる肢体は、それでもなお艶めかしかった。

    ●湯気は夜闇に消える
     灼滅者の猛攻がいけないナースを文字通り削っていく。火花が散る度、白衣が裂け、血が飛び散る。
    「テメェじゃ足りねェんだよ」
     吐き捨て、壁を蹴って高く跳ぶ涼太。求める力にはいまだ及ばず。そのためには、試練が必要だ。だが、目の前の敵は足りない。なら、さっさと滅ぼすまで。流星の軌跡を描きながら、重力を込めた飛び蹴りを放つ。
    「挽回でござる、土筆袴!」
     主の命にわんと応え、走る霊犬。忍尽も音もなく並走。片方は残魔刀、もう片方は赤き標。コンマのずれもなく、同時に攻撃を叩き込む。
    「終わりよ。沈みなさい」
     リリシスの縛霊手が、ナースを捉える。巨大な腕の節々から霊糸が放たれ、淫魔の体を縛り付ける。食い込んだ糸が、肉体の豊満さを強調しているようでもあった。痛みに悶える様は、妖艶を通り越していた。
    「蓮華、とどめを」
     こくりと頷き、蓮華はナースに肉薄。戒理もまた影の腕を無数に放って敵を縛り上げる。そのせいでさらに淫らさが増したような。一瞬、蓮華がまた何か言いたげにしていたが、気のせいだろうか。
    「これで、お掃除完了だよ!」
     純人の槍が、踏み込みと同時に螺旋を描く。大気を巻き込み、渦を起こしながらナースを貫いた。衝撃で、湯気が吹き飛ばされて視界が晴れていく。
    「……ふふ。穴、開けられちゃったわね」
     少しだけ笑うと、ナースはがくりと事切れ、湯気とともに大気に解け消えた。

     ダークネスの灼滅を確認した灼滅者達は、すぐに撤収を始めた。長居してよいこともないだろう。
    「ま、こんなところね」
     銀の髪をかき上げ、呟くリリシス。ひとまずいけないナースは倒した。DOGにはまだ多くのダークネスがいるのかもしれないが、今回はここまでだ。
    「片付け完了、と」
     現場を掃除していた純人であったが、さすがにやることもあまりない。すぐに手ぶらになった。
    「じゃ、さっさと帰っか」
     サーヴァントと武装をスレイヤーカードに収納し、踵を返す涼太。これからも戦いが続く以上、体を休めるに越したことはない。何より、肝心のクロキバもまだ見つかっていない。
    「土筆袴、お互い修行が足りぬでござるな」
     遠い目の一人と一匹。主をかばい、お色気攻撃に惑わされた土筆袴であった。忍尽は全然うらやましくはない。本当に全然うらやましくない。でも修行が必要な気がした。
    「……俺は何も思っていないぞ」
     訳知り顔で頷く蓮華に、思わず首を横に振る戒理。それでも男の子だから仕方ないね、みたいな表情だったので、もう何も言わなかった。
    「そうだ、皆さん、おひとつどうですか?」
     去り際、楽多が団子を取り出した。花より団子、色気より食いっ気か。好物というだけあって、すごく美味しそうだ。
    「サンキュ! 俺もうハラペコだぜ!」
     団子に真っ先に飛びつく勇人であった。戦闘後、しかも育ち盛りの少年であれば空腹も当然だ。見ている方が笑むほど、幸せそうに団子を頬張る。
    「わたしも、もらうね」
     晶子が団子を手に取れば、楽多も微笑みを返す。空気が熱く感じるのは、きっと温泉のせいだ。そうに違いない。
     月光が照らす中、灼滅者達は帰還する。黒き炎の行方は未だ知れず。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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