●香ばしい匂い
「それだけじゃ足りないだろう!」
焼肉店はたくましい男たちで溢れている。筋肉質な体が引き締め合って、暑苦しいことこの上ない。
注文をメモする店員のリストはどんどん長くなっていく。そしてしらばくすると肉を焼く香ばしい匂いが漂い始める。
「そろそろ、そろそろ!」
およそ三十人近い男たちが、待ちきれないと言うように涎が滴った。そして焼かれることで落ちる肉汁。
今すぐ食べたいという気持ちが店内に満ちた瞬間、一人の男が現れた。
「ここにある全ての肉をオレによこすんだ!」
突然店内に響き渡った声に、男たちは動きを止めた。そして口々に拒否する言葉を上げる。
「どうしても譲らないと言うのだな……」
男が言葉を終えるのと同時に悲鳴が上がった。そして悲鳴は少なくなり消える。屈強だったはずの男たちは、残らず息をしていなかった。
●これぞ肉料理!
「今度は肉だ」
はっきりと告げた宍戸・源治(羅刹鬼・d23770)が、豪快な笑みを見せる。そして須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)からの情報を話し始める。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、まりんたちエクスブレインの未来予測が必要になる。
源治の予感が的中して、今度は肉料理を求める都市伝説の存在が明らかになった。肉に惹かれて現れ、目的を達成できればそのまま消えてくれる。
しかし拒否されるとその場にいた者を、全員殺してしまうのだ。みんなにはこの都市伝説の灼滅をお願いしたい。
「肉料理を作る必要があるぜえ」
およそ三十人分の焼肉を用意するのもひとつの手だが、焼くのも大変だ。そのため、みんなにはこれぞ究極と思う肉料理を用意してもらえたらと思う。
数で勝負するのではなく、質で勝負ということになる。今すぐにでも食べたくてたまらない、我慢できない! という肉料理を作ってもらいたいのだ。
「数品用意すればいいみたいだな」
肉料理に惹かれて現れた都市伝説が、料理をよこせと言ってきたら拒否してもらいたい。食べさせてしまうとそのまま消えてしまうので、最初からやり直しになってしまう。
食べられないことに怒った都市伝説が攻撃を仕掛けてきたら、灼滅あるのみだ。都市伝説は咎人の大鎌を使ってくる。
「終わったら、みんなで肉料理を食べるってのもいいよな?」
そう言った源治が改めて仲間を見渡すのだった。
参加者 | |
---|---|
勿忘・みをき(誓言の杭・d00125) |
紫乃崎・謡(紫鬼・d02208) |
満月野・きつね(シュガーホリック・d03608) |
夏炉崎・六玖(夜通し常識外れのシミュレータ・d05666) |
アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770) |
宍戸・源治(羅刹鬼・d23770) |
押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336) |
藤花・アリス(淡花の守護・d33962) |
●調理タイム
「……意味わかんねー、せっかくなら一緒に食えば楽しいのに」
美味しいものは独り占めするよりもみんなでシェアしたいと思う満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)が、本当にわからないというように首を傾げた。ひとつに結んだ銀色の髪が、動きに合わせて背中を滑っていく。
女の子らしい格好も世に言う女の子らしいことも滅多にしないきつねは、見た目も話し方も少年のようだった。
「そうだな。皆殺す理由がわからない」
曇天色の髪から覗く露草色の瞳を細めた勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)が同意するように頷くのと同時に声が上がった。
「おっしゃあ合法的に良い肉を食う絶好のチャンス!」
嬉しそうに宍戸・源治(羅刹鬼・d23770)が材料を取り出していく。そしてしっかりとエプロンを付けた。
やる気は十分という様子の源治と一緒に夏炉崎・六玖(夜通し常識外れのシミュレータ・d05666)の笑い声が響く。
「牛ステーキ肉!」
六玖の手には使える予算で買ったそこそこ良い肉が握られている。
「良い肉を使って作るもんに、変な調理はいらねえ」
ヒレステーキを作る予定の源治がさっと肉を焼いていく。旨みをぎゅっと閉じ込めるように表面を焼くと、胃を刺激する良い香りが漂う。
源治的な黄金率は、焼けた肉の色とピンク色が二対八だ。ナイフは何の抵抗もなくすっと肉に吸い込まれていく。
後はさっぱりとしたステーキソースをかけて口に運べば、旨味を含んだ肉汁がじゅわっと広がる。
「口の中でステーキソースと肉汁のハーモニーが奏でる協奏曲、たまんねえだろ?」
好みでわさびを添えて食べるのもいい。
「俺の調理法も至ってシンプルに焼くだけだよ」
源治の隣で超強火で肉を焼いていた六玖の手元からは煙が出始めている。
「やべえ煙出てる! けど引かない!」
ひっくり返すと、両面に岩塩とブラックペッパーがまぶされた肉がいい音を立てる。そこに料理酒を投入すると、一気に引火した。
「あはははははは! フランベとか言うらしいけど何これやべえ!」
一瞬上がった炎に六玖が楽しそうな声を上げる。
「びっくりしました、です」
ウサギのぬいぐるみを抱きしめる腕に思わず力を入れた藤花・アリス(淡花の守護・d33962)が小さな声で呟いていた。
「お菓子作るのは好きだけど肉料理って良くわかんねぇな……」
焼かれていく肉を見ながらきつねが首を傾げる。しかしちゃんと策はある。
「これをじっくり焼くだけで簡単美味しい夢の味!」
どーんとマンガで見るような骨付き肉を取り出す。甘いもの好きなきつねの夢がケーキのホール食いなら、お肉好きな人の夢は骨付き肉にかぶりつくことなのではと思ったのだ。
「俺はハンバーグだな」
言いながらみをきが牛ひき肉と玉ねぎで作ったハンバーグの中にチーズを仕込み俵型にする。こんがり焼いてガーリックソースを絡めると、鉄板から華やかな弾ける音が響く。
「どうぞ、です」
料理は得意じゃないアリスだが、その分お手伝いをしようとみをきに準備していたナイフを差し出す。
「ありがとう」
受け取ったみをきがハンバーグの中を割るとミディアムレアな柔らかな断面が覗く。そして香ばしい匂いと共に肉汁ととろけたチーズが溢れ出していく。
「えっと、牛さんばかりだと飽きちゃうかもしれませんから……」
言いながらアイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)がごそごそと取り出したのはラム肉だ。
「わたしはジンギスカンさんを作ろうかな? って思います」
料理ができるから大丈夫と用意しておいて鉄板の上に野菜を置いていく。しかしできるという言葉は本当かというほど、計量は無視だ。
ラム肉を入れてどばーっとスパイスと隠し味で味付けしていく。
「味見はしなてくていいのでしょうか?」
年上にはしっかり敬語を使うみをきが、アイスバーンの手元を見ながら聞いてみる。
「え? しないです」
言いながらアレンジと、さらに何かをどばーっと入れる。そんなアイスバーンの隣で、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)が買い揃えた彩り野菜を手慣れた手つきで刻んでいく。
さらに手際よくお皿にレタスを盛り付ける。
「お肉を使った、色々な料理が沢山……美味しそうです、ね」
ほわっと微笑んだアリスが瞳を輝かせる。
「質で勝負するというなら、準備も万端といかねばね」
作ったごまドレッシングに隠し味として謡が少しラー油を加える。謡の言葉に頷いた押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)の準備も万端だ。
「栄養満点、トマトの酸味がいい感じで肉の旨味を引き立てるこのメニュー。煮込んだことでより奥深い旨みが……」
カンペを読むハリマの前には豚バラのトマト煮込みと炊いた白米が並べられていく。バランスも考えずに一心不乱にお肉……もいいとは思うがやっぱり気になってしまう。
口直し用の千切りキャベツやサラダも用意されているのだった。
●お肉に誘われて……
「しかし肉に誘われてくる都市伝説……発端どんな噂だったんだろうなー」
ずらりと並べた肉料理を見ながらハリマが呟いた時だった。
「ここにある全ての肉をオレによこすんだ!」
突然真後ろから大きな声が響き渡って、アリスの体がびくりと震える。振り向くのと同時に長い髪が大きく揺れた。
「あげられない、です」
アリスの言葉に男の片目が細めた。
「誰がこんな美味そうなモノを喰わせてやるか!」
六玖が料理を庇うように前に出て、男の視界から料理を消した。
「こんな最高のヒレステーキ、頼まれたってくれてやるかよ」
さらに何をバカなことを言っているんだというように、源治が大げさにため息を吐いて見せる。
「かぶりつきたいよな?」
見せびらかすように骨付き肉を持ち上げたきつねが男の目の前で振った。
「……ま、あげないけどなっ! へへん、ざまーみろ!」
言いながらきつねは空いている片手であっかんべーをする。そんなきつねの横で、謡が最後の仕上げをする。
沸騰したお湯で豚肉をしゃぶしゃぶして、冷水に入れる。そして用意しておいたお皿に手早く盛り付けていく。
「美味しそうかい?」
どこかミステリアスな紫色の瞳で謡が男に問いかける。今にも肉に飛びつきそうな勢いなのを見て、謡はゆっくりと首を振った。
「残念だけれど、都市伝説に食べさせる分はなくてね」
「どうしてもよこさないというのか!」
「はい、都市伝説さんにお料理はあげません」
アイスバーンの返答に、すぐにでも男の怒りは爆発してくれそうだ。そしてみをきがとどめを刺した。
「馬鹿か。手間暇かけたモノをお前になんぞ食わせるものか」
「誰が馬鹿だ!」
叫ぶのと同時に男が無数の刃を召喚する。空間から現れた刃は後ろにいた灼滅者たちを一気に斬り裂いた。
「料理のためにも速攻でぶっ潰させてもらうよ!」
せっかくの料理を冷たくするわけにはいかないと、一気に地面を蹴った六玖が死角から男を斬った。
「5分あったら終わるかな?」
呟いた六玖に、男がさらに怒りの声を上げるのだった。
●肉への執着
「テメエを倒してこれは俺が食う!」
片腕を異形巨大化させなら源治が挑発するように男に声をかけながら地面を駆けた。その勢いに驚いた表情を見せる男に拳を振り下ろす。
料理は絶対に渡さないという気持ちで一杯な源治の攻撃は容赦なく男を吹き飛ばした。飛ばされた男が手をついて立ち上がる頃には、ハリマと霊犬の円が飛び出していた。
円の攻撃を避けた男に、ハリマが雷を宿して押し出しを胸に決めた。さらにアイスバーンが射出した帯が男を貫いた。
「に、肉を前にして引き下がれるかー!」
声を荒げた男に謡が音もなく忍び寄った。まるで獣のように、しなやかに体を操る。
息をつく暇も与えずに迫った謡が炎を纏って男を蹴り飛ばす。ふわりと重さを感じさせずに着地した謡とは対照的に、大きな音を立てて男が転がった。
「くそ……、何でオレに全部よこさない!」
「お菓子もらえなくて怒るならわかるけど……」
怒り狂う男を見て、きつねが首を傾げた。
「肉料理もらえなくて怒るのって理不尽じゃね?」
そこのところどうなのというように眉を寄せつつ、きつねが帯を射出させた。避けるように駆け出した男の後を帯は追っていく。
道を塞ぐように、みをきのビハインドが攻撃を仕掛ける。同時に飛び出していたみをきが、慌てて横に飛んだ男に飛び蹴りをくらわせた。
自分の思い通りに動けなくなった男の体を、追っていたきつねの帯が貫いた。
「な、何を言う……お菓子ならともかく肉だぞ! 肉!」
痛みを堪えるように顔を歪めた男がきつねに向かって吠える。
「でも、あげられない、です」
しっかりとウサギのぬいぐるみを握ったまま、アリスが駆け出す。合わせてアリスのウイングキャット、りぼんが真っ直ぐに男に突っ込んだ。
肉球パンチに男が気を取られている間にアリスは跳躍した。そのまま勢いをつけて、男を蹴飛ばす。
「そうそう、オレの肉には手を出させないよ!」
アリスに賛同する六玖の声に男が目を見開く。気づいたときには斬り裂かれる痛みに男が声を出した。
「い、意地でも食べてやる!」
大鎌を構えた男が一気に振り切る。黒い波動が前にいた灼滅者たちを襲うのだった。
●戦いの後で
振り下ろされた刃にハリマの体が斬り裂かれる。
「回復します、です」
すぐに反応したアリスが治癒の力を宿した温かな光をハリマに向けた。
「皆で仲良く分けっこできねぇ奴は肉料理食べるの禁止っ!」
その間に迫ったきつねが標識を赤に変えて、きつねが男を殴り飛ばす。よろめいた男に、アイスバーンの影が迫っていく。
四匹の子羊の姿をした影が、愛らしくも素早く動く。
「ジンギスカンさん、都市伝説さんを食べちゃってください」
アイスバーンにジンギスカンさんと呼ばれた瞬間に、影が男を飲み込んでいく。
「うわぁ!」
さすがに子羊の姿をしていても、影は影。男の悲鳴が響いた。
息も絶え絶えに影から逃れた男の目の前にハリマが現れる。突き出すのと同時に網状の霊力を放射して男を縛りあげていく。
「もう終わりでいいかい?」
食に訴えて獲物を捕らえる。謡にとっては普段と変わらない狩りだ。
すっと伸ばした謡の片腕が異形巨大化していく。そして狩りの終わりに挑むため、音もなく地面を駆ける。
素早い身のこなしで縛られた男の体をとらえた。殴られてふらついた男を六玖が死角に回り込みながら斬り裂く。
「肉食だからと言って粗暴で良い訳がない」
すでに肉しか見えていない男をみをきは見据えた。食べるということは、即ち生命を頂くということ。
ぐっと身を低くしたみをきが思い切り地面を蹴った。そして高速回転させた杭を男に突き刺す。
「次は食事のマナーから出直してくるといい」
言葉にしながらみをきが離れるのと入れ替わりに、源治が男の目の前に迫る。そして殴りつけながら魔力を流し込んだ。
「最後の一撃だぜえ!」
源治が離れるのと同時に男の内部から爆破が起こった。男の体が霧散して消える。
「よし! みんなで食べよう!」
これ以上冷めてしまう前にと、六玖が料理を見て首を傾げた。そういえば費用はどうなるのだろうか……。
支給されないとしたら、今月分の食費から……もしそうだとしたら……。
「ガッツリ食うしかねえ!」
自分の作ったステーキなんて八等分したら一口しかない。他のみんなからも分けてもらおうと、六玖が瞳を光らせる。
「至福の一時ってやつだぜ頂きまぁす♪」
さらにテンションを上げた源治が瞳を輝かせる。そして幸せそうな顔で肉をじっくりと噛みしめた。
「手間暇かけた分、味も格別だろうね」
倒すまではと、お預けしていた謡も料理に手をつける。
「これなら円も食べられるっす!」
ハリマ共々、肉好きな円なのだった。
「よかったら、どうぞ、です」
胸元からペットボトルを取り出したアリスがウサギのぬいぐるみと一緒に首を傾げる。
「ありがとうです」
どこか眠そうでやる気のなさそうな声を出したアイスバーンがペットボトルを受け取った。
「やっぱ美味しいものって、皆で一緒に食べるから美味しいんだよな」
たまには肉料理も悪くないと、きつねが笑みを見せる。
「皆さんの料理、美味しそうです」
料理を覚え始めたのは一年前ぐらいからのみをきが改めてみんなの料理を見ていく。基本的に好きな人のために一生懸命料理したい派のみをきだ。好きな人のためにレシピを増やそうと視線を仲間に移した。
「……よければレシピ、教えて貰えませんか?」
みをきの言葉にきつねが瞬きする。
「お菓子作りなら好きだぜ」
そう言いながら糖分を取り出す。砂糖が主食という、とんでもない甘党のきつねなのだった。
作者:奏蛍 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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