反逆の鬼狩り

    作者:麻人

    「あぁもう損した!」
     大きな帽子で顔を隠すようにして琵琶湖に宿をとった少女――天海大僧正派の末端兵として動いていた羅刹のひとり。安宿のせいで夕飯の海鮮料理の味はいまいちだ。やけ食いしながら今後のことを考える。
    「どーしよー……寝返るにしたってそう簡単にはいかないよね。安土城怪人って何が好きなんだろ。賄賂賄賂……」
     と、ぶつぶつ今後のことについて頭を悩ませていたその時だった。
     ぎくりと顔をあげる。
     月明かりが障子に人影を映していた。
     おそらくは男。
     そして、手には巨大な刀――。
    「やばっ……」
     慌てて立ち上がるのと同時に障子が一閃。踏み込んできたのは隊服の羽織を纏った半人半狼の男だ。
    「あんた、スサノオ壬生狼組の!」
    「…………」
     寡黙な大男。
     顔の半分ほどを長い髪が覆いその表情は読みづらい。しかし直感で羅刹の少女は撤退を選択した。戦っても勝ち目などない――それは正しかった。
    「!!」
     ざっくりと背中を裂かれた羅刹の少女へと纏わりつくスサノオの畏れ。全身を包み込まれた時にはもう彼女は彼女でなく、従順な瞳で壬生狼組のスサノオの前にひれ伏していた。

    「勝てば官軍、負ければ賊軍とは言うけれど」
     見事な寝返りっぷりと追討の早さに村上・麻人(dn0224) は苦笑して事の次第を説明した。
     遡るのは小牧長久手の戦い。
     勝者の安土城怪人に鞍替えしようと脱走した支配下のダークネスの捕縛命令が出されたらしい。
     新撰組のような隊服を纏い、刀を装備した剣士のスサノオ。
     これに倒されると畏れによってスサノオの配下に作り替えられてしまうのだ。
    「強い方に従いたい気持ちは分かるけど、裏切るのはまずいと思わない? 自業自得。その羅刹の子を助ける意味はない。ただ、一般人を斬り殺されるのは止めなければならない」
     まったく、どうしてこう粛清というものは無関係の者を巻き込まずにいられないのだろうか。

     壬生狼組のスサノオは羅刹を倒した後、目撃者を消すためかあるいは隊規によるものか一般人の虐殺を行う。あくまで倒した後で、最優先事項は造反者を取り締まること。
     タイミング的にも先に一般人の避難を行うことは難しい。
    「現場への到着はスサノオとほぼ同時。となれば、猶予はせいぜいスサノオと羅刹が戦ってる間くらいしかない」
     スサノオは髪の長い大男で無敵斬艦刀を軽々と片手で扱う。見た通り強そうな相手だ。
     戦いを挑むタイミングとしては二通り。
     羅刹を倒す前か、後か。
    「倒す前に踏み込むメリットとしては、戦う相手がスサノオひとりで済むということ。なにしろ強そうな敵だから、それに加えて彼の配下となった羅刹まで相手取るのは難しい」
     しかし、デメリットとして安土城怪人の勢力を増やすことになる。どちらの方針をとるべきか相談しておく必要があるだろう。
     戦闘場所となるのは鄙びた安宿の和室。スサノオは庭側から現れ、羅刹は廊下側から逃走を試みる。放っておけば羅刹は戦闘に加わることなくこれ幸いと撤退してしまう。 
     突入は正面玄関からとなるが、廊下側と庭側、どちらへ回り込んでも距離は変わらない。

    「頑張ってね。できたら二人とも倒すに越したことはないけれど、どちらかでも倒せれば君たちの勝ち」
     ひらひらと振られる手のひら。
     討伐開始だ。


    参加者
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    九凰院・紅(揉め事処理屋・d02718)
    レナード・ノア(夜行・d21577)
    鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)
    紫皇・櫻(尸桜の寵姫・d24701)
    晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)
    正木・高瀬(火難除ける狼・d31610)

    ■リプレイ

    ●裏切り者には死を
    「あら、犬?」
     旅館の庭を駆ける狼を遠くから見かけた仲居は小首を傾げ思った。すぐに仕事へ戻ろうとするが、何故か寒気を感じて立ち止まる。早くこの場から去りたい――……?
    (「違います、俺は狼なんですよ!」)
     正木・高瀬(火難除ける狼・d31610)は心の中で反論した。既に玄関を突破して途中から庭に降りている。向かいの離れが問題の羅刹が泊まっている和室だ。
    「悠長に宿に泊まってるなんて、お馬鹿というかなんというか……」
     鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)がぼやいた時、闇夜を震わせる斬撃の音と鮮やかな浅葱色の羽織が眼に入った。少女の悲鳴も聞こえた気がする。
    「あそこですか」
    「急ぎましょう」
     石弓・矧(狂刃・d00299)は神妙に頷きつつ、SCを解除して妖の槍を構えた。桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)の指先がそっとハンチング帽の鍔に触れる。その指でカードを閃かせ、バスターライフルの引き金に触れた。
    「どうせ倒せないなら、いっそ恩でも売ってみようか?」
    「なるほど」
     レナード・ノア(夜行・d21577)は言葉少なに頷き、音々は顎に手を当てどこか遠くを見つめる素振りだ。
    「敵の敵は味方といいますか。安土城怪人の戦力が増すのは必ずしも悪い事ではないと思いますしね」
     いつまでもにらみ合いを続けられるよりはさっさと潰してもらうのも手、というわけである。彼らが駆け付けた時、壬生狼組のスサノオがまさに羅刹へ斬りかからんとするそのだった。巨大な半狼の踏み破った障子踏み越えて、傷を負った羅刹の前に南守と九凰院・紅(揉め事処理屋・d02718)が連携して滑り込む。
    「助けに来た、こいつは俺等が食い止めるからさっさと逃げろ!」
    「えっ……?」
     羅刹の少女は帽子の下の双眸を瞬いた。
    「助けるって、あんたたち……」
    「お前に構ってる暇はない、逃げるならさっさと行け!」
     なおも襲い掛かるスサノオの突撃を防ぐため、紅はディフェンダーに切り替えながらガトリングガンを構える。
     標的はただ一人――壬生狼組のスサノオ。
    「別に、好きなの選んでいいんですよ」
     高瀬が狼の姿で戦に加わったので、一瞬敵のスサノオかと身を固くした羅刹だ。しかし高瀬はスサノオの背中に奇襲のバスタービームを撃ち込んでからこう尋ねる。
    「灼滅、壬生狼組に倒される、それとも逃走? どうなろうと俺らは知らないです」
    「知らないですって……」
     スサノオの狙いは羅刹。
     彼は突然の闖入者たちを『邪魔な壁』のように扱った。即ち、突破しようとあらんかぎりの力で斬艦刀を振り回す――!!
    「『狩り、開始』」
     瞬時に戦闘態勢に入った晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)はスサノオと羅刹の間に滑り込む。同時にサウンドシャッターを発動。紫皇・櫻(尸桜の寵姫・d24701)は耳を澄ませ、万が一にも一般人が来てしまったら百物語で対応する構えだ。
    「大丈夫、かしら。人目を引かないように逃げるくらい、できるのでしょう?」
     櫻の冷やかな――軽蔑を隠しもしない眼差しに羅刹の少女はカッと頬に朱を走らせた。
    「なによ、馬鹿にしないで」
    「……軽薄な節操なし」
     情け容赦なく、櫻は言い捨てる。
     おや、と音々が首を傾げた。
    「末端の兵隊は勝ち馬に乗って当然では? 裏切りは悪どころか、むしろ機を見るに敏と評価すべき所です」
    「そのどこに信念があるというの?」
     二人は視線を交わしあい、攻撃の手は休めないまま言葉で切り結ぶ。屈辱的なのはどちらにしても羅刹で、彼女はふるふると拳を震わせた後でそれでも捨て台詞を吐いて背を向けた。
    「覚えてらっしゃい! もっと強くなって今度あんたらに会ったらぶっ潰してやるんだから!! これは借りじゃなくて貸しよ!!」
     言い終わるが早いかさっと身を翻して逃げて行ってしまった。
    「あれ、恩を売るつもりがこれ逆になってるのか?」
     目を瞠る南守はクルセイドスラッシュで防御を固めるレナードの背に守られつつ、やはり敵対することは避けられないのかと独りごちる。
    「…………」
     自らスサノオの前に出て直接斬り結びながら矧は殺界を敷いて人を遠ざける。レナードは足音が近づいてこないのを知ってひとつ息をついた。
     一度だけ羅刹の背を見送るように視線を向けたのは矧の方である。
    (「まさか、羅刹を助けることになるとはね」)
     と、溜息混じりの呟きが耳をうつ。
    「どうせ末路は決まってそうだがな」
     台詞の主はレナード。
     その瞳は集気法を用いながら敵のみを見据える。拳を振り切って、呼吸を整える。彼は盾だ。決して弱音など吐かぬ、骨を断たれてもなお立ち上がる気概で戦いに臨むディフェンダー。
     ――ッ!!
     獲物を逃がすまいと狂気の雄叫びを上げる壬生狼組のスサノオ。
     矧は気を引き締め直して、螺子のように唸る妖槍の穂先をその胸元に突き込んだ。固い手ごたえ。そう簡単にはやられてくれないようだ。
    「言葉は不要ですね」
    「そのようです」
     真雪は神妙に頷き、首から下げた形見の指輪を握りしめる。
     そこを中心として戦場に漂う毒の霧――ペトロカース。鼻先を掠めた瞬間、スサノオが唸りを上げて嫌がった。その隙をついた矧は、すっ、と腕を横に構える。羽織の袖から伸びるダイダロスベルトの切っ先が斬艦刀に真っ向から絡みつき、ぎりぎりと激しい鍔迫り合いを演じた。

    ●誠
    「っ!!」
     スサノオの攻撃は破壊力抜群だ。その一振りは森羅万象を断つが如く、自らを包囲する後衛たちを薙ぎ払わんとする。
    「ったく、コイツの修理は時間がかかるってのに……!」
     とっさに癒し手の音々を庇いに入り、スサノオの一太刀をガトリングガンの砲身で受け止めた紅は思わず愚痴った。
     ちょうど砲身の上部に大きな刀傷が走っている。
    「ガトリングガンは犠牲になったのですね。――ムラサキカガミ!」
     音々の指し示す空間に出現した巨大な鏡。紫煙が紅とレナードの周囲を満たして、受けた傷を癒してゆく。
     しかしスサノオは待たず、もう一撃を追加で繰り出した。
    「ッ!」
     重い、かつ鋭い剣撃にレナードは膝をつきかける――が、すんでのところで耐えた。
    「頼めるか」
    「了解です」
     音々は次々とシールドリングを空中に展開して、ひとつずつ順番に味方に飛ばしてゆく。
    「壬生狼組……壬生狼は確か新選組の蔑称だったかしら」
     さて、と呟く櫻。
     まるで生きている獣の如く獰猛な影を操り、味方の背後から的確に一撃を加える。
    「スサノオに誠はあるのかしらね」
    「…………」
     高瀬は是とも否とも言わず、狼姿で敵の足元をちょろちょろと攪乱するように動き回る。攻撃の余波をまるで濡れた犬が水を弾くような仕草でドーピングニトロを発動。一時たりともその足を止めることはない。
     たたみかけるように、真雪は刀形態のクルセイドソードを握り直して距離を詰める。
    「狩らせて頂きますよ」
     その首を狙い、人狼としての力を乗せた剣撃を叩き込む――!!
    「グァッ――!!」
     その時初めてスサノオの口から呻き声が漏れた。
     後ずさり体勢を立て直そうとするが、包囲された状態で逃げ場は皆無。ちょうど背後にいた櫻のレイザースラストが太腿を、南守のバスターライフルが利き手を撃ち抜いた。
    「しっかし、新撰組の畏れにでも影響を受けたのかね」
     カシャン、とまるでパズルを操るような手つきでボルト操作しながら、既に南守は次の攻撃――レガリアスサイクロンによるブレイク狙いに移行している。それはまさに、スサノオが蜃気楼を纏い終えた直後を狙って放たれた。
    「ま、俺は幕末では勤皇派ファンだし、関係ねーけどさ!」
     しなやかな回し蹴り。
    「壬生狼といえば平突きが来ますかね」
    「お、詳しいね」
     羽織の袖を揺らがせる矧に南守が一笑。
    「避けろよ」
     と、声がかかった途端二人は飛び退いた。その間を紅の放つブレイジングバーストが迸る。浅葱色の隊服が赤く塗り替えられた。だが炎は即座に極彩色の剣閃に呑みこまれる。レナードが剣を薙いでいた。撥ねる血飛沫を拭うことなく更に踏み込み、黒死斬による連撃を決める。
    「そろそろ効いてきたか」
     返答は低い呻き。
     だが――スサノオはそれ以上引かなかった。
    「お仕事大好きっ子か、いや素晴らしいね」
     レナードの呟きに櫻が相槌をうった。
    「敵に背を向けない程度の矜恃はあるというわけね」
     激しい魔力とスサノオの丹力が櫻の操る哀悼の十字架――マテリアルロッドと斬艦刀の間で爆発するような鍔迫り合いが起こった。
     さすがに一対一の斬り合いでは分が悪い。
     が――。
    「こちらには仲間がいますからね」
     真雪が下向けた手のひらから生み出される聖なる風が音々のムラサキカガミが醸す紫煙と融け合って味方を援護する。
     最後まで魂全てをつぎ込んだスサノオを突きをレナードは正面から刃でもって受け止めた。
    「殉職なら満足だよな?」
     それは終わりの宣告だ。
     既に紅は懐に回り込んでいる。
    「お前を潰す」
     悪いな、と口先ばかり囁いて紅は遠慮なくレーヴァテインを叩き込んだ。ぐらりとスサノオの上体が揺れた。戦いの中盤に南守が撃ち込んでおいたトラウナックルの効果が表れている。
    「さらばです」
    「じゃあね」
     矧と高瀬が左右からほぼ同時に神霊剣と殲術執刀法によってスサノオの胴を薙いだ。それが致命傷。白炎を傷口から吹き出しながらスサノオはゆっくりと灼滅されていった。
     
    「……次に合う時は、倒さなきゃいけねーんだろうな」
     旅館を後にしながら、南守は帽子の鍔を指先で摘まんでぐい、と被り直した。ため息ひとつ。怪我の酷い人はいないかと聞いて回る矧に最も引き受けたダメージ量の多かったレナードが「ああ、まあ」と茫洋な声色で言った。終わってしまえばなんともない。お疲れさまでした、と音々が言った。
    「一件落着、とはいかないわよね」
    「ええ……」
     櫻の呟きに真雪が頷く。
     戦場の痕跡はできるだけ消した。もうあの旅館が巻き込まれることはないだろう――が、また争いが起こればどこかの誰かが犠牲になるかもしれない。
    「ダークネス組織も一枚岩ではないのですね」
     人型に戻った高瀬は誰に言うともなしにそんな事を漏らした。まるで今回の事件が氷山の一角であるかのような。そんな響きを持っていた。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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