『ゆりこさん』になりたくて

    作者:海乃もずく

    ●学校の『ゆりこさん』
     ざあざあと雨の降る晩は、学校に『ゆりこさん』が出る。
     レトロなセーラー服に赤い傘、右手には血のりでべったりの裁ちバサミ。『ゆりこさん』は、仲違いをした友達を殺した帰り道。
    「あなた……見たわね?」
     『ゆりこさん』と目が合ったら気をつけて。切り刻まれて殺される。

     ――昔から怖い話が好きで、『ゆりこさん』の話が一番好きだった。かわりばえのない、退屈な毎日。怖い話が唯一の楽しみ。
     雨の日は、『ゆりこさん』になったつもりで、夜の校内を歩いてみる。そう、ただ、歩くだけ。なりきり遊びのようなもの。
     ……そのはずだったのに。
     いつの間にか、私の手には赤い傘と、赤く染まった裁ちバサミがある。
     目の前には、恐怖に顔を歪ませる女の子。
    「あなた……見たわね?」
     私が声をかけると、彼女の顔が恐怖で歪む。不思議な高揚感が私を包む。『ゆりこさん』だったら、ここでどうするんだったっけ――。
     
    ●怖い話は好きですか
    「私の水晶玉に、『一般人が闇堕ちしてタタリガミになる』事件が映ったわ」
     遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)は、水晶玉に手をかかげて、中を見つめる。
    「ただし、まだ人間としての意識はかろうじて残っている。つまり、ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていない状況なの」
     だから、救出が間に合い、彼女が素質を持つなら、闇堕ちから救い出して灼滅者に。
     完全なダークネスになってしまうようであれば、灼滅を。
    「美雨音・友莉(みうね・ゆり)さん、中学生。彼女は学校でうわさされていた『ゆりこさん』の怪談話が好きで、いつしかなりきってしまったの」
     友莉は、都市伝説『ゆりこさん』の行動をなぞるタタリガミになりかけている。戦闘になれば、怪談蝋燭相当のサイキックを使う。
    「『ゆりこさん』になりきった友莉さんは、雨の日に、生徒玄関で雨宿りをしていると現れるわ。大人数で待つと出てこないから、3人が限度かな」
     友莉を闇堕ちから救う為には『戦闘してKO』する必要がある。その時点で人の心がある程度戻っていて、灼滅者の素質があれば、生き残るだろう。
    「そして、友莉さんの人の心に呼びかけて、タタリガミとしての力を弱めることができるの」
     学校は退屈でおもしろくない、友莉はそう考えている。けれどそれは、平凡で退屈な日々の価値に、気づいていないから。
     そこを思い出させてあげてほしいと、鳴歌は言った。
    「あとは、友莉さんが『ゆりこさん』として現れた時に、何か意表をつくリアクションをするといいかも」
     怪談話の登場人物になりきっている友莉が、『ゆりこさん』でいられなくなるような。
    「でも、手酷くからかったり、友莉さんをおとしめることは、しないでね。心を閉ざされると、言葉も届かないわ」
     水晶玉から顔をあげた鳴歌は、あらたまった口調で続ける。
    「友莉さんが『ゆりこさん』になり、姿を消してから半年。行方不明の友莉さんを、お友達も、家族も心配している。みなさんの手で連れ戻してあげて」


    参加者
    月代・沙雪(月華之雫・d00742)
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    識守・理央(オズ・d04029)
    御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)
    常儀・文具(バトル鉛筆・d25406)
    富芳・玄鴉(語り部フォーさん黒カラス・d33319)

    ■リプレイ

    ●学校の不思議たち
     ――ざあざあと雨の降る晩は、学校に『ゆりこさん』が出る――。
     四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)は、校舎の屋上に立っていた。ここからは、生徒玄関と周囲の様子がよく見える。
     悠花はいつでも飛び出せる体勢を整える。
     暗闇が徐々に濃さを増す、夜半時の生徒玄関。雨宿りをする3人へ、赤い傘を差した1人の少女が向っていく。
     月代・沙雪(月華之雫・d00742)は猫の姿になり、物陰からそんな彼らの様子をうかがっている。
    「……遠くに憧れるからこそ、足元にある大切な物を見落としてしまう。そういった事、なのでしょうか?」
     呟く沙雪を、犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)が見やる。
    「そうかもしれません。今ならまだ、平凡で退屈な日々の価値に気付く事も出来るでしょう」
     学校の怪談『ゆりこさん』として、タタリガミに墜ちかけている少女、美雨音・友莉。
     現実の日々より、怪談のほうが魅力的……そんな気持ちが、友莉の闇墜ちを促した。
     近づいた友莉が口を開こうとした矢先、3人の中にいた長身の男が振り返る。
    「どうもこんばんは。あっしはしがない七不思議の語り部にございやす。貴女の纏う不思議に惹かれ、こうしてやって参りやした」
    「……え?」
     思いがけない言葉に、友莉の目が見開かれる。
     奇抜な服装に、洒脱な口調。富芳・玄鴉(語り部フォーさん黒カラス・d33319)は大きく手を広げ、口上を続ける。
    「さてこれより現れますは、不思議なあっしの仲間達」
     雨宿りをしていた1人、識守・理央(オズ・d04029)が、明かりの中へと踏み出す。魔術師衣装に仮面姿。
    「ご機嫌よう。私は『図書館の悪魔』」
    「夜中の図書室に現れる、仮面の悪魔でございやす。魔法を教えてくれやすが、人に秘密を喋ると魂を食べに来やすのでご用心……」
     次いで、花衆・七音(デモンズソード・d23621)が黒い合羽を脱ぐ。その下から現れたのは、闇が滴る黒い魔剣。七音のシャドウ形態。
     友莉は両手で口元を押さえる。
    「うちは『演劇部の人食い魔剣』や!」
    「もとは演劇部の小道具でいやすが、本当に心臓を刺し殺した御仁でして。今はドス黒く変色した黒い血を滴らせ、夜な夜な校内を徘徊している魔剣でございやす」
    「うそ、何で……。か、怪談……!?」
    「そんなに驚くなよ。同じ『怪談』だろ? 迎えに来たのさ」
     『図書館の悪魔』に扮した理央が、くぐもった笑い声をたてる。
    「そしてあちらは、『図工室の妖精』と『生物室の腕砲男』でござい。『生物室の腕砲男』は生物兵器の成れの果て、もとは兵士の遺体であり……」
     玄鴉の目配せに、御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)が恨めしげな表情で現れる。腕のDCPキャノンを、これ見よがしに露出して。
     『図工室の妖精』という常儀・文具(バトル鉛筆・d25406)は普通の小学生に見えるが……1人だけ普通であることも、この状況ではかえって異常にも見える。
    「……信じられない……」
     呆然とした表情で、友莉は呟いた。

    ●『ゆりこさん』と友莉
     友莉が『ゆりこさん』でいられなくなるような、意表をついたアプローチを。
     狙いは当たり、友莉は『ゆりこさん』らしさを失いつつある。そこへ駆け込む一匹の猫が、友莉の前でくるりと回って人間の姿に。
    「ひゃっ!?」
     口をぱくぱくさせる友莉を前に、変身を解いた沙雪はスカートの裾をはらう。
    (「……猫変身解除後は、やはり猫耳は付けた方が良いのでしょうか?」)
     とはいえ、友莉を驚かすことができたし、それでいいだろうと沙雪は思い直す。駄目押しとしては申し分ない。
     黒い魔剣から、人間形態に戻った七音が、友莉を見てにぱっと笑う。
    「……なんてな! 驚いたか?」
    「友莉さん、ごめん。普通に会ったんじゃ、話聞いてもらえないと思って」
     靱も腕を戻し、穏やかに声をかける。
    「美雨音・友莉さん、初めまして。常儀・文具です」
    「騙してごめんね」
     文具がぺこりと頭をさげる。理央も仮面を外して謝ってから、本題に入る。
    「でも、君を『迎えにきた』のは本当。半年も家に帰ってないんだろ?」
    「帰る……?」
     いぶかしげな友莉。
    「私はこの学校の怪談だから。帰る場所はこの学校よ」
    「はて、それは如何なもので?」
     玄鴉はさらりと、友莉の言葉を切り返す。
    「怪談に扮したあっしらに、あんなに動揺しておいて、それでもご自分を怪談だと?」
     友莉の瞳が揺れる。
    「……友莉なんて知らない……。私は……学校の怪談、『ゆりこさん』……」
    「いや、あんたは美雨音・友莉さんや。なあ、半年間、『ゆりこさん』になってて寂しくなかったんか?」
     友莉は虚を突かれた表情で七音を見返す。玄鴉の声が真剣味を増す。
    「覆水は盆に帰らず。盆にまだ水が残っているうちに、元の在り方に戻りなさいやせ」
    「違……私は……!」
    「貴女の大切な物、何でしょうか? 思い出して下さい、それはここで得られる物なのでしょうか?」
     家族や友人も心配しているはずです、と沙雪は真剣に問いかける。
     そんなの知らない、と友莉は弱々しく首を振る。
    「……『ゆりこさん』は……友達も、家族も、いないし……」
     数歩下がる友莉へと、靱は数歩踏み出す。
    「思い出して。君は以前の生活を退屈に感じていたかもしれない。でも、今はない温もりが確かにあったはず」
    「違う……私は『ゆりこさん』……怪談の中で、生きるから……!」
     友莉の中のダークネスが、『ゆりこさん』にしがみつこうとする。鬼火のようなものが、周囲を巡り始める。
     危険を感じ、文具はスレイヤーカードを解放する。あふれ出る膨大なエナジー。
    「先輩方、避けてください!」
     文具は三角定規を巨大化させ、友莉の鬼火を受け止める。
     同時に、悠花は屋上から身を踊らせる。エアライドで滑空し、マテリアルロッド『棒』を友莉へと叩き込む。
    「悪い子へのお仕置きの時間です」
     衝撃に後退する友莉の体に、影のにじむ沙夜の鋼糸が絡みつく。五指を巡らせ鋼糸を操り、沙夜は友莉へと問いかける。
    「改めて聞きましょう。貴方は誰ですか?」
    「私は、『ゆり――『ゆりこ』――『ゆり――」
     鬼火が縮む。
     しかし、それも一時限り。鬼火からはみるみるどす黒い煙が広がり始める。
    「……私は、『ゆりこさん』……。雨の夜だけ現れる、学校の怪談」
    「やはり、その『ゆりこさん』になりきろうという精神を、改めさせなければいけませんね」
     悠花は一気に闘気を高め、迫る鬼火を全て弾き返す。

    ●平凡で退屈で、大切で素敵な
     音を遮断し、人払いを済ませた夜の中学校。
     雨の中、三色の鬼火がゆらめく。
    「生まれた時から持っていた石ころを、貴女は今落としてしまいそうになっておりやす。けれどその石ころは、本当はとても綺麗な宝石でございやす」
     赤い鬼火を払いのけ、玄鴉はロケットハンマーのエンジンをふかす。
    「取りこぼすと、本当に後悔なさいやすよ。本当に……」
     弧を描く回転殴打が、鬼火を散らし友莉へと命中する。飛び回る緋色の炎を、文具は赤い印鑑型の光盾で押し戻す。霊犬の糊が刀を咥えて援護に回る。
    (「何かに憧れること、自分を変えようとすることは素晴らしいです。でも、入れ替わることは間違いだから。友莉さんのまま変わらないとだから」)
     そのために、『ゆりこさん』を終わらせる。
    「怪談話も、一人だけだと寂しいですよね。誰かにお話しての怪談です」
    「私は、『ゆりこさん』だから、話を誰かとしたことなんて……」
     文具の言葉に友莉は答えかけ、ふと、何かを思い出すような表情になる。
    「大事な友達、待ってますよ」
     文具は絵具を溶き伸ばしたようなダイダロスベルトをふるう。
     沙夜は順序を意識し、言葉を選びながら、小盾で打ちかかる。
    「友莉さん、考えてみてください。その身の衝動は誰のものでしょう」
    「……衝動、って?」
     沙夜の言っていることが理解ではきない、といった様子の友莉。それを見て、沙夜は自身の認識を修正する。
    (「美雨音友莉は、自己の内にあるダークネスの衝動を分かっていない」)
     友莉自身にじっくり考えさせたくても、今は友莉の状況理解が伴っていない。
     加えて今は戦闘中、しかも仲間達も個々に説得を展開している。これでは、段階を踏んでの説得は難しい。
    「私は『ゆりこさん』。だから、『ゆりこさん』の気持ちは私の気持ち」
    「これはもう、KOするまで殴ったほうが早いですね」
     悠花は闘気を拳に集め、激しい連打で友莉を攻め立てる。
    「日本では中学校までは義務教育なので、面白い面白くないにかかわらず行かないといけませんよ」
     悠花も声もかけるが、反応は鈍い。
     既に一度、『ゆりこさん』の皮は破れ、美雨音友莉は表層へ出かけている。
     それでもいまだ、友莉という人格は精神の底に沈み、本来なら通る言葉が通らない。説得手段として悠花が考えていた、学園への勧誘も尚早だろう。
     ならばと、悠花は攻撃の手を一層強める。今なら、倒しても救出できるだろうと。
     沙雪は護符を投げ、守護を司る式神を召還。味方の護りを固め、傷を癒やす。
    「半年もこの場所に居るのです きっと貴女の家族や友人も心配しているはずです」
     非日常に身を置く沙雪だから、日常の大切さが痛いほどわかる。友莉にも、それを知って欲しいと思う。手遅れになる前に。
    「非日常に憧れる事に異を唱えませんが、普段の生活を、退屈だと厭わないで下さい」
    「以前の生活には、今はない温もりが確かにあったはず。このままだと、その温もりを壊すことになりかねない」
     沙雪の説得に、靱が言葉を重ねる。
     青い鬼火が生み出す幻影を、靱は体当たりで受け止める。腕の砲口が光り、DCPキャノンの一撃が友莉の体をよろめかせる。そこへ、七音の螺穿槍が撃ち込まれる。
    「普通を失って、うちみたいな化物になったら、もう家族にも友達にも会えへん」
     それは寂しいやろ? と問いかける七音。
    「……友達……私の……」
     友莉は小さな声で繰り返す。
    「普通っちゅうんは退屈や思うとるかも知れへんけど、それは手放したらあかんで」
     沈んでいた友莉の心へ、七音は手を伸ばす。言葉をかけ、ゆっくりと引き上げていく。
    「半年も家に帰ってないんだろ。ちゃんとご飯食べてた? 君の好きな食べ物は何?」
     理央の言葉に、友莉はきょとんとした表情になった。
     無意識に言葉が口をついて出る。
    「プリン……カラメルのかかった」
    「食べに行こうよ。友達と一緒にさ。それともお母さんにつくってもらう方がいい?」
     答えて、友莉。
     理央は機巧槍の魔術式を稼働させ、冷気のつららを次々と射出する。
    「君の言葉を聞かせてくれ。『ゆりこさん』じゃなくて……美雨音友莉!」
     鬼火が消え、超常のオーラが霧消する。
     友莉の体から力が抜け、その場に倒れ伏した。

    ●新しい日常へ
    「さてちょいとお耳を拝借。これより語りますのは、落としてしまった宝物の価値に気付きを拾い集める少女の物語――」
     玄鴉はぱたりと手帳を閉じる。
    「怖い話? いいえ、これはきっとそう、幸せな物語のはじまりはじまり……」
     美雨音・友莉はかつての日々を尊く思い、伸ばされた手を取り、灼滅者の道を選んだ。
    (「結果的に、美雨音友莉の平凡な日々が失われた事には違いない。彼女は『こちら側』に来てしまった」)
     沙夜の視線の先には、事情説明を受ける友莉がいる。
     これから友莉の進む道が明るいものだとは、沙夜には言い切れない。けれど、昏く先が見えない道も、共に歩く事は出来る。その手を引いてあげる事は出来ると思う。
    「――てなワケでな、美雨音ちゃんは夜の学校を半年間、さまよっていたんや」
    「私、私……は、恥ずかしい……」
     七音の説明を聞きながら顔を赤くしていた友莉は、とうとう頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
    「まずは帰って、家族と友達を安心させてあげてください」
    「友莉さんは、半年も行方不明だったわけですから」
     文具と悠花の言葉に、はい、と友莉は素直に頷く。
    「さて。君には灼滅者の才がある。もしも刺激的な毎日を望むなら……僕が君を導こう。おいで、僕達の学園へ。心躍る日々を保証するよ!」
     実は怪談とかオカルト好きなんだよね、と理央は人懐こい笑みを見せる。
    「学園なら、非日常も存分に堪能でき、日常も忘れずに過ごせます。日常と非日常のバランスが取れているのです……多分」
    「『多分』?」
     沙雪の語尾に、友莉は首を傾げる。
     こほん、と靱が咳払いを一つ。
    「俺達の学園に来れば、現の中にも怪談に劣らない魅力を見せてあげる。退屈だなんて言ってる暇なくなるよ?」
     靱の微笑みに、友莉もつられて笑顔になった。
    「よく考えてみます。……『私』を連れ戻してくれて、ありがとう」

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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