修学旅行2015~揺らぎ硝子に陽を透かし

    作者:鏑木凛

     6月――武蔵坂学園の生徒が心踊らせる、初夏の候。
     はじまりを告げた春を越え、本格的な盛夏を前にした梅雨の季節だ。にも関わらず、手元の用紙に目を通す生徒たちの瞳には、期待の光が宿っていた。
     そう、武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われる。
     今年の日程は、6月23日から26日までの4日間。
     参加するのは、小学6年生と中学2年生、そして高校2年生の生徒だ。
     大学に進学したての大学1年生にも、親睦旅行という名目で、仲間と友好を深める旅が用意されている。

     武蔵野から遥々向かうは、南国の楽園――沖縄。
     どんな出会いと興奮が、彼らを待ち受けているのか。
     それを知る者は、まだいない。
     
     6月23日――修学旅行1日目。
     昼食と夕食の間は、自由選択制で体験学習が行える。 
     そのメニューのひとつとして『琉球ガラス体験』があった。
     琉球ガラス工房内で、自分だけのグラスやお皿、風鈴が作れる。本物の職人の技を見ながら、職人になった気分で挑めることもあり、人気がある体験内容だ。
     工房内は、夏場だと一番涼しい所でも40度を超える。
     噎せ返るような熱気の中で、汗水流しながら作り上げた作品は、形としても残る良い想い出だろう。

     ――琉球ガラス。
     一言で『琉球ガラス』といっても、製法によって違った味わいを魅せる。
     沖縄の海を連想させる、透き通った色に気泡が混入し、独特の味わいをもつもの。
     無数の気泡が入ることで白みを帯び、すりガラスのような柔らかな色合いになるもの。
     表面に、さざ波のような細かいヒビ模様が入ったもの。
     カレットと呼ばれる色とりどりの粒ガラスをくっつけて、でこぼこも作れる。
     形も、流れるような曲線から、波打つように歪んで手に馴染むものまで様々だ。

    ●作ってみよう!
    (1)並んだ見本から、好きな色と形、模様を選ぶ
     基本の色は、透明・橙・青・紫・緑・茶の6色。
     もちろん調合により、ピンクや藤色などの様々な色や、濃淡を作ることも可能だ。
     完成形をイメージしながら、必要な色や粒ガラスなどの材料を揃えよう。

    (2)ガラスの巻き取り
     窯の中で溶けたガラスを、吹き棹の先端に水飴を掬うように巻き取っていく。
     その後、リンと呼ばれる鉄のお椀のような道具に置いて、丸く成形。
     上から更に溶けたガラスを巻いていき、必要な大きさにする。
     カレット(粒ガラス)を飾りたい人は、ここでガラス玉の表面にくっつける。
     カレットを散りばめた台の上で、熱玉を転がすだけだ。不器用でも問題ない。

    (3)吹いてガラスを膨らませる
     吹き棹を空中で吹いて、ガラス玉を成形していく。
     タンブラーなどの大きなグラスを作る人は、元からある型に熱玉を入れて膨らませる。

    (4)ガラスを切り離して、口の部分をつくる
     底の中心に別の棹をつけて、口元の棹を切り離す。
     再加熱した後、洋箸でグラスの口元を広げていき、コテで形を整える。
     洋箸には力を入れ過ぎず、もう片方の手は並行を保ちながらゆっくり動かす。
     動きが早いと形が崩れやすく、遅すぎるとガラスが冷めて固くなる。
     お皿の場合は、棹を回しながら鉄板をガラスにあてて成形していく。

    (5)完成!
     あとはゆっくり時間をかけて冷やすので、職人さんに託す形となる。
     完成した品は、後日自宅へ郵送されます!
     
     しおりに目を通しながら廊下を歩いていた君は、隅にひとつの影を見つける。
     開けた窓から外を眺めている園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)の姿だ。
    「……琉球ガラス……陽に透かしたら綺麗なのよね、きっと」
     妙に落ち着き無い様子で、槙奈は外した眼鏡を空に翳している。どうやら琉球ガラス体験に想いを馳せているらしい。
     うっとりとした表情を指摘するのも気が引けて、そのまま通り過ぎようとした君だったが、すぐに槙奈が気付いた。微かに跳ね上がった彼女は、慌てて眼鏡をかけ直す。
     視線を伏せた彼女の頬は、恥ずかしさを帯びてか、ほんのり赤い。
    「い、いらしたんですか……すみません、お恥ずかしいところを」
     小さな咳払いで仕切り直した槙奈は、君が持つしおりに気付き、おずおずと口を開く。
    「あの、もし良かったらいかがですか? 琉球ガラス体験。私、これにするつもりで」
     沖縄を囲う大海原を閉じ込めたかのような、グラスやお皿、風鈴を自らの手で作れる。
     太陽の光で煌めく琉球ガラスは、修学旅行を終えてからも、思い出を呼び起こすきっかけになるだろう。
    「私もご一緒できるので……嬉しいんです。いつも、みなさんを見送るだけですし」
     期待に胸を膨らませているらしく、話す槙奈の空気は楽しげだ。
    「……あ、時間を取らせてしまってすみません。素敵な修学旅行にしましょうね」
     微笑んだ槙奈に別れを告げて、君は再び歩き出した。
     手にしたしおりを見返して、遥か沖縄の景色に、或いは共に行く友人を想う。
     ――さて、誰と、何をしようか。
     それを考える時間は、たっぷりある。


    ■リプレイ


     工房内での諸注意や手順の説明を、職人が話し終えたあと。若者たちはそれぞれの炉へ散った。
     【竜胆の窟】のブレンダだけは、説明を受けている間、案内パンフレットで仰いで心此処に在らずだった。腕まくりした紫王が、見兼ねて手を差し伸べる。ユメはユメでブレンダに手本を示そうと、ユメが頬を膨らませて全力で棹を吹いていた。酸欠に陥る直前のユメに紫王は眩暈を覚えるが、意外と当人は元気そうだ。
     結局、二人分の助力を受けたブレンダの作品は、本人が殆ど手を添えるだけの状態で完成してしまうのだった。
    「私、不器用だから上手にできるかなぁ」
     選んだ空色に見合わない沈み具合で、灯倭が溜息を吐いた。周りを見遣れば、誰もが器用に吹き棹を扱っているように見えて、不安が募るばかりだ。
     しかし色とりどりのカレットを掬いあげた翼が、大丈夫だって、と心傾く灯倭へ声をかける。
    「大事なのはきっと誰が作ったかとか、どんな想いを込めたかの方だろうし」
     翼は話しながら、賑やかな色彩の粒を台へ散らせた。倣うように灯倭も、翼に相談して考えたオレンジのカレットを台上へ並べていく。一緒に頑張ろうと頷き合った二人が、いざガラスを巻き取るため台へ背を向けた直後、気持ちに沿ったように二人のカレットがきらきらと光を放った。
     何を作るのか告げあう流れに【井の頭中2】がなった瞬間、銀子が赤く焼けた茶髪をぶんぶん振りだした。
    「待て、今考えてんだよ! 聞かれたらアイデアが飛んじまうじゃねえか!」
    「わ、銀子ちゃんなまら悩んでるー? 真剣だねー!」
     頭を抱えだした銀子を前に、志歩乃は雪融けを思わせる笑顔を浮かべて、自分は菓子用のボウルを作ると宣言する。
     あどけなさを隠さずに、勇介も両手でサイズを示しながら、菓子入れを作ると答えた。心なしか煌めいている勇介の瞳を捉えて、すごい、と志歩乃が手を叩く。
     そうしているうちに辿りついたのだろう。銀子は睨めっこしていた見本の中からひとつ、気に入った風鈴にしようと意を決する。
     風神の社に寄り添う薫も、彼女と同じものを作ろうとしていた。燃えるような赤を採った銀子の後ろで、薫は最初に藍色を摘まむ。もう一色、纏わす粒を選んだところで、勇介から悲鳴に近い叫びがあがる。
    「重い! これ結構大変だよっ!?」
     棹へ溶かしたガラスを巻きつけていく過程で、勇介の腕は震えていた。
     可愛いのを作ってみたい。【八幡町キャンパス高校2年5組】の英瑠は開口一番そう告げた。観光客向けに揃えられた見本をじっくり吟味していく英瑠の後ろで、風鈴を作ると決めた九音が薄灰色を手にした。
     皿かグラスかで迷っていた京は、無数の形と色合いを前にほんのり目尻を下げる。十人十色。ひとりひとりを示す作品が、ここで生まれていくのだと考えた途端、浮かんだ願いを口にしていた。
    「届いたら、一緒に飾ったり使ったりしようよ」
     京の提案に二人が首を縦に振る。それぞれの人となりを寄せるであろう未来に馳せた想いは、彼女たちの胸を躍らせる。
     だから九音は信じて疑わなかった。帰宅した後も、風鈴の音を耳にする度に蘇るものを――修学旅行で出会い、紡いだ数々の思い出を。


     ガラスを吹く過酷さの記憶を手繰り寄せて、桐人は花夜子へ手本を見せた。助言を受け呼気を棹へ伝わせた花夜子は、蒼の夜空を膨らませていく。そのうち、見守っていた桐人が驚いたような声をあげる。綺麗に輪郭を描いた琉球ガラスの熱玉に宛てられ、汗ばんでずれた眼鏡を花夜子が押し上げる。想像以上の出来栄えだ。桐人と花夜子は顔を見合わせて嬉しそうに頷いた。
     自分だけが知るワクワク感は、何事にも代えがたい秘密だ。
     ほくそえんだ彩は、大きく吸い込んだ息を、棹へ慎重に吹き込んでいく。イメージした形に近づくよう、棹を回しながら橙の玉を成形していく。
     ――ちょっと不格好だけど、今までで一番の出来だよ!
     それもご愛敬と言わんばかりに、風鈴が一筋光った。
     集まった【星空】に浮かぶ星たちのように、ひとりひとりが光を灯していく。
     たどたどしくリアが灯したのはオレンジ色のグラスだ。極端な明暗の無い、柔らかなオレンジが炉窯の光を反射している。リアは思わず、きれい、と吐息を零した。
     部屋に風鈴飾りたくてよ、と腕を鳴らした奈暗が掌に転がしたのは、赤と青のカレット。散りばめた二色が、陽射しをどのように映し出すだろう。考えただけで期待はガラスの熱玉のように膨れ上がる一方だ。
     迷わずに紫の見本を手にした奈暗を一瞥し、やっぱり自分の好きな色やろか、と吟葉は首を傾ぐ。自然と手が伸びた先にあったのは、無色透明のものと群青に近い色で。そして、ふと視界に飛び込んできた葉月へ、ぽそりと言葉を手向けた。着物を汚さんように、と。
     頷いた葉月が、手慣れた様子で袖や髪を纏めだす。溢れんばかりの気合いは、工房内の温度を二度ほど上昇させた。
     頭にタオルを巻き、職人と見紛う装いで吹き棹を回していたのは遊だ。今にも、虹にまつわる鼻歌を交えそうな軽やかさで洋箸を握り、グラスへ刺し込み口元を広げていく。
     胸躍るような遊の姿に瞠目していた日生は、自らの手元へ意識を戻し、グラスの口を整えた。冷めていく最中に見せる色調の変化は、日生の好む雲や星々、月の動きに似ていた。じっくり明けていく夜と、顔を出した陽光が溶け合う瞬間。日生の指が紡いだのは、その僅かなひととき。
     干物になるぞ、とあまりに夢中な日生の姿を気にかけて、成形を終えた遊はペットボトルを差し出した。
     常に傍らにあった存在感が、今日ばかりは空っぽだ。寂しさを、ニキータは胸の中で呟く。
    「タオル、良し。水、良し。塩飴、ねんおため」
     念のためと言ったつもりの意気込みに溢れた唇で、ニキータは藤色を選ぶ。
     ――風鈴、風鈴なら。一緒、楽しめる。家族一緒、楽しめる。
     形に残る想い出を味わうのは、帰ってから、ミロンと一緒に。
     別の場所では、賑やかな声が【井2C】で行き交っていた。先ほどまで、形や色の見本を示しながら作品を相談していた彼らも、いよいよ本番へと取りかかり始める。
     瞳孔に映したガラスの煌めきに、花火は心奪われていた。職人に相談して、元から用意されていたイルカや猫といったモチーフをグラスに接着する。その際、モチーフとなった生き物たちのガラス細工の愛らしさに虜になったようだ。
     恍惚の眼差しが留まらぬ花火の近くで、夜好は仄かな水色を基礎に棹へ巻き取っていく。まるで沖縄の海や空をガラスに閉じ込めたかのようで、耳をくすぐる涼やかな音を想像して夜好は口端を微かに上げた。
     色合いの相談を職人にしていた璃羽は、受けた回答に静かに頷く。気泡や他の色と合わせれば、黒系統をグラデーションに見せることも可能らしい。色が最も濃い色だけに難しいとは教わりながらも、璃羽の心は挑戦に傾いていた。
     形状を綺麗に保つことを考えながら息を篭める璃羽の横で、燈は洋箸とコテを用いてグラスの口を整える。初めて琉球グラスを目にしたときの感動を、ずっと胸にしまっていた。機会に恵まれたことを喜ぶ笑みが燈の頬を緩ませる。
    「えへへ。みんなビックリしちゃうぐらいキレーなの作ろうねー」
     燈の呼びかけに応じる仲間たちの声が工房内に反響する。
     その下で麗は、棹をくるくると回しながら息を吹きかけ、風鈴の大きさを吟味した。上手く丸く膨らまないなぁ、と呟く夜好をよそに、感覚を掴んだ麗が棹を引き、口を模る作業へ移る。それに璃羽も続くのを見て、夜好は驚きを隠せない。
    「えっ、もうそんな出来てるの? 早い!」
     素直な感想に、お喋りと並んで絶えない笑い声が溢れた。
     同じ頃――。
     藍が滲む悟の瞳に映ったのは、二つの渦だ。天を昇る龍の傍らに立つのは、舞い上がる赤き鳳。二つのグラスは手製だからこそ、全く同じ形にはならない。
     ――俺ららしいグラスやで。
     共に在って似た者同士だとしても、違う二人。だからこそ通う絆をグラスへ宿して、悟は誇らしげに息を吐いた。
     それは髪の輝きか、心を射る瞳か。恵が選んだ二色は、脳裏に浮かぶ相手のための色。
    「わっ! ぐにゃーんってなっちゃった!」
     自力で進めていたが成形の段階で慌てふためいた。職人の手を借りて持ち直せば、青と水の色が柔らかく波打つ。まるで水面のようだと、恵の顔に射した朱の色が、彼の心境を物語っていた。
     ちらりと横を見遣ると、沖縄の空と海の出逢いが、咲耶の手で形を成していた。
    「少しゆがんじゃいましたけど、なんとか無事にできましたっ♪」
     届いたらサイダーが飲みたいと想像した咲耶の鼓膜を、炭酸の弾ける音が涼しげに震わせた。


     付き合いの長さに応じて、知る顔が増えていくものだ。
     【文学部1年】も、日頃より見慣れた面々と行動を共にしていた。
     髪も纏めて気合十分の沙月は、額に汗の粒を浮かべながら、棹に息を吹き込んでいる。がむしゃらに吹くのではなく、歌と一緒で腹筋を使えば何とかなるはずだと、調子を気に留めながら。均等に息を吹いたつもりでも、なかなか左右対称に膨らまないガラスの熱玉も、味があって良いと沙月は頬を僅かに緩めた。
     黙々と頑張る沙月の近くでは、職人や仲間に意見を求めつつ手を動かす幸太郎の姿がある。漣のように揺れる青と白は、幸太郎の地道な努力の積み重ねで生まれた。充満した蒸し返すような暑さに、呼吸を忘れがちになりながら。
     ――でもここの海は嫌じゃない。
     暑さで朦朧となりそうな意識の中で、小太郎は沖縄へ来て耳にした波の音を思い出していた。
     四苦八苦する既濁の手先は、やがて手製ならではの味のある歪さを生む。クラゲと言い張ろう、と自己暗示をかけるように頷いた既濁が視線をずらすと、真琴たちが槙奈と共に吹き棹でガラスを成形していた。共に、というよりは。
    「……そ、園川ちゃん……バトンタッチ」
     眠たげな眼が虚ろになるほど、肺活量とタイミングを見誤った真琴の手が震え、槙奈を頼っていた。わ、私がんばりますね、と槙奈も真琴と並んでガラスへ吹き込む。二人の様子が、級友たちの目には少々危なっかしく映る。
     千波耶もそう考えたのだろう。鮮やかな海の装いを皿の形へ添える千波耶の唇を、笑い声が小さく震わせた。
    「こういうのって、性格出る気がしない?」
     問いかけは、二人を真琴と槙奈を手伝おうとする式夜へ投げられた。確かになあ、と既に一仕事を終えている式夜は頭を搔く。
     製作が落ちついたら記念撮影がしたいと、真琴と沙月が提案する。賑やかな足音と声の止まない工房で、教室で顔を合わせるだけの日々では知ることのできなかった顔があることを、千波耶が痛感しながら瞼を伏せた。
     オトナになる前の記念に鈴とマキナが選んだのは、互いを連想させる青と紫。少し多めの紫に溶けるようにして添う青を、鈴が生む。マキナは棹で絡め取った赤々とした海面に星を乗せる。
     やがて一段落をして汗を拭った鈴は、マキナに肘をつつかれ振り向いた。
    「ねえねえ、さっきのガラス乗っけた台のこと、リンって言うんだってね」
     マキナの口角が不敵に上がる。
    「ほらココにも、あっちにもリン!」
    「何ィ! アナタのリンは私だけよ!!」
     くわっと目を見開き叫んだ鈴に、マキナは声に出して笑った。
     ここには【千川2-9】も集っていた。
    「へー、結構カラフルに出来んだなー」
     黒斗は勢揃いした見本のうち、真っ先に視界へ飛び込んできたオレンジをひょいと掴み、覗きこむ。ガラスに映るのは、千の川を胸に、思い思いに作業に取り掛かる仲間たちだ。
     溶けて橙を押し出していく紫が、熱に浮かされどろりと棹に絡まる。リギッタは棹を掌で転がすように回し、融合しかけの夕焼け空を巻き取った。
     ――私にしては、上手くできたように思う。
     器用ではないと自覚しているからこそ、リギッタは平静さを損なわずに、リンへ熱玉を置く。その近くでは、丸みを緩くして茶碗状にしていた銀都が、完成品を想像して腹を鳴らした。
     ――冷風お茶漬け作ったら、涼しさ倍増で美味しくなるはずだっ。
     そして選んだ色から放たれる涼感に、静かに身を委ねた。
     なかなか風流だ、と幽も棹に紫と橙を器用に巻き取っていく。幽が繋げるガラスの色は、沈んでいく陽が照らした空だ。琉球ガラスの透明感が加わったらどうなるのか、考えただけで表情が不敵さを帯びた。
     吹き棹へ向け細く長く吐いた息に、葵は意識を奪われかける。加減を誤ると一気に膨れ上がってしまう。だから梅雨にケロケロと歌う蛙の姿を思い浮かべながら、じっくり進めていく。
     すぐ傍には、川は川でも天空に流れる川を描く花菜がいた。盛夏を想えば、やはりグラスは欲しいところ。七夕に纏わるご当地ヒーローということもあり、透き通る琉球ガラスの表面へ、彦星と織姫の再会を滑らせていく。
     キィン、と小鳥がコテでグラスの口を整える音が零れていく。多少波打つ口もまた、手製でしか堪能できない味わいだ。
     予想以上の暑さに、ヘルマイは垂れる汗を拭う。柔らかい黄色と浅葱色を揃えたヘルマイの手は、今だけは武器を握ることも、戦う相手を狙うことも無い。只管に制作を楽しみ、出来上がりを待ち望むだけ。
     ――みんながいたから。
     燻り続けた負の感情に囚われずに済んでいることに、ヘルマイはただただ感謝を乗せるばかりだ。自分の作品へ。
     ぽつりぽつりと静香が散らせた赤は、棹の先端の熱玉に接着していく。造り鬼灯のような琉球ガラスの彩りを視認した後、静香はクラスメイトたちを眺めた。
    「……この記憶こそを、硝子の中に秘めたいですね」
     繊細な貌に、赤橙が映る。微笑みの記憶と共に。
     幾つも放り込んだ氷が、カラコロとぶつかって鳴るのを想像しながら、優生は水飴のようなガラスを何度も棹で絡め取り、大きさを増していった。熱せられている間は赤々としたそれも、冷めれば次第に青と白のコントラストが美しく出る。
     そして一通り作業を済ませた優生は、Tシャツの裾で汗を拭き、水を含みながら友人たちの様子を眺めて回った。友人たちの状況が気になるのは、優生だけではない。
    「皆の出来はどのような感じだ?」
     リギッタが期待に目を輝かせて問う。冷却に回した者が殆どで、完成するまで手に取れないのが惜しい。だからこそ、完成品を見てみたいと小鳥を始め、皆が次々口にした。
     そこでおずおずと小さく挙手をしたのは葵だ。
    「出来上がったの、見比べて、いっぱい、お話、したい、な……」
    「おー。それぞれ自作の作品もって記念写真撮ろうぜ」
     銀都も提案に乗る。帰ってからの楽しみが、またひとつ増えた。


     氷霧の前に置いてあるのは、突き抜けるような青空の、透き通る色合い。誰かの瞳によく似ている気がして、氷霧は頬を緩める。
    「……あまり、柄ではないんでしょうが」
     ほんのり赤を孕んだ表情は、いとおしげに青を見つめていた。
     肩を並べて話に花を咲かせられる友の良さが、ここにある。
     キャンドルホルダーの口を作り洋箸を置いたみとわは、隣で形を整えられていく風鈴を視界に捉え、感嘆の息を吐いた。丁寧で惜しまない努力の成果となった、深く澄んだ夜空に浮かぶ満月と星の粒――澪音らしい色使いだね、と。
     すると感想を受けた澪音が微笑む。
    「みとわのも。灯すと、ふわりと優しい灯りになりそうね」
     返す澪音の言葉さえも包むように照らす灯り。新緑の季節に頬を撫でる風のように、みとわの瞳が柔らかく揺れた。
     手本が見たいと願いを向けられた【リトルエデン】の峻が、仕上げまでの流れを一通り実践する。なるほどと真剣な面持ちで頷く仁奈の後ろで、香乃果は灼熱地獄ともいえる窯の様子に腰が引けていた。
    「ど、どうしよう希沙ちゃん、怖くなってきちゃった」
    「大丈夫! 香乃果ちゃんはきさが護るよ!」
     声援を全身で受け止めながら、香乃果は恐る恐る棹を炉窯へ突っ込んだ。
     先に熱玉を絡め取っていた仁奈が、台の上へ転がしながら声を弾ませる。
    「あ、ころころするのすっごい楽しいよ。すごいくっつくー!」
     声の調子に合わせて、ミルクティのふわふわとした髪が揺れた。上手上手と跳ねた希沙も倣って、カレットをまぶすように棹を転がしていく。
     はしゃぐ二人とは対照的に、香乃果は伏目がちに鉄板を見つめ、結局は峻に協力を求めて終えた。
    「工房を出たら皆でアイス食べるか。奢るぞ」
     最後に届いた峻の発言に、遠慮も躊躇いも脱ぎ捨てて【リトルエデン】は諸手を挙げて賛成した。
     違う炉のところで、穏やかな言葉が落ちる。
    「うん、ええ感じに仕上がったんと違うやろか」
     朱彦の掌が、初衣の頭をぽんぽんと撫でる。知ったやさしさに初衣の眦が下がる。初衣が風鈴に篭めたのは、高く鳴る音色はもちろん、思い出もだった。朱彦の手伝いもあって無事完成へこぎつけたことを、嬉しそうにありがとうの言葉で伝える。
     そして、良ければ交換がしたいと告げかけた口は、朱彦から差し出された琉球ガラスのネックレスに、静かに飲み込まれた。
     鉄板で圧すのに力を要するため、汗だくになりながら結弦は状態を伺った。
    「これくらいで良いかな。……先輩、できあがりそうですか?」
     結弦に尋ねられ、槙奈が小さく頷く。彼女と一緒にいた春日も、顔を出して結弦が作っている器に感嘆の声を挙げた。
    「すごいですねーっ」
    「本当、加減、難しいのに素敵ですね」
     槙奈も感想を口走ると、結弦は少々照れくさそうに頬を搔いた。
     立派な芸術作品を仕上げましょうと拳を握ったのは【ましろのはこ】の司だ。首里城の瓦を模した皿を前に、達成感の息を吐く。右に倣えで応じていた芽瑠も、職人の技術を盗む勢いで力として借り、拘りの製作も大詰めを迎えていた。
    「自分的には満足いく出来ですよ。メルさんのも、正に芸術ですね」
     司も芽瑠も、酷似した雰囲気を醸し出している。しかしみゆだけは、独創的な両者の作品に暫し言葉を失っていた。やがて、躊躇いがちというよりも現実逃避に近い素振りで、みゆは呟く。桃色の琉球ガラスへ語り掛けるかのように。
    「……クラブのみんな、どんな反応するかな」
     みゆの心情を察するかのように、丸みを帯びた輪郭を光がなぞった。
     深く濃い青をそこへ敷き詰めて、【闇箱女子部】の瑠璃は棹の先端へ透明なガラスの源を繋いだ。喜んでくれるでしょうか、と流した眼差しは少しばかり距離を置いた先、エルヴィラの背を辿った。
     そのエルヴィラは、琉球ガラスらしい気泡で白濁を加えた皿を、鉄板で圧しながら模る。ミラがお腹いっぱい食べられるように。祈りをガラスの色へ宿したエルヴィラは、同じように作品が見えない位置に腰かけている魅羅を一瞥する。
     贈り物は、完成するまでの秘密だった。だからこそ魅羅も、相手が手にしたときの表情へ続く色を手にする。職人の助力を得て、予め用意されていた金魚の形を掬いながら、高鳴る鼓動を隠し切れない。
     ――修学旅行、とっても楽しい!
     それは魅羅だけでなく、仲間たちも抱いた情の寄る辺。
     きらり、きらりとまたたく星のよう。添える人々の煌きは皆異なり、群れと成している。誰かが、或いは誰かのための、たったひとつのもの。
     そう考えたら、志郎は心を疼かせずにいられなかった。自然と、傍らへかけた声は憂の耳朶を打つ。
    「……これは俺からの我儘なんだが」
     紡ぎあげた思い出の交換を示した四郎へ、憂は喜びを刷いた唇で届ける。
     キミ色の「だいすき」を。一緒に叶える笑顔のひとときを。
     落ち着いて体験した時間を振り返り、流希は出来上がったグラスの熱に煽られて顔を紅潮させていた、良い経験をさせていただきました。
     そう胸の内に染み入った想いを、じっくりと抱き締める。

     絆と想い出を映した琉球ガラスの作品たちは、やがて彼らの手へ届くだろう。
     あるべき場所へ、あるべき姿で。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月23日
    難度:簡単
    参加:69人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 6
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