武蔵坂学園の修学旅行は毎年6月。
今年の修学旅行は、6月23日から6月26日までの4日間。
参加するのは小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達。また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われる。
そして、 修学旅行の行き先は沖縄。
沖縄ならではのものを食べたり、観光地を巡ったり、美しい海で泳いだりと楽しみ方は人それぞれ。この機会に、東京では味わえない経験をしてみよう。
沖縄には、島バナナ、というものがある。
当然、バナナの仲間ではあるのだが、日本で一般的に食べられている輸入品とは違う品種で、小ぶりな実、濃厚な甘みとほどよい酸味、もっちりした触感が特徴である。
つまり、すごくウマイ。
一般家庭の庭先などで植えられており、沖縄で親しまれている種なのだが、流通体系が整っておらず、本州の流通ほとんどない。
ならば、沖縄を訪れて食すほかあるまい。
商業的な生産はあまり行われていないが、幸い、本格的な流通を目指している果樹園からお誘いをいただいたのでお邪魔してしまおう。
いや、するしかない。
なお、島バナナは未熟なまま収穫し、吊るして熟すのを待つため、バナナ狩りは難しいが、修学旅行の生徒達が食べる分は用意していただいている。
では、存分に味わおうではないか!
子供扱いされるのは嫌なくせに、猪狩・介(ミニファイター・dn0096)はいつにもまして子供っぽかった。
「楽しみだね、島バナナ!!」
というか、テンションがやたら高い。バナナと聞いて楽しみすぎて仕方ないらしい。
「前は機会を逃しちゃったから、僕は絶対に行くよ! 君はどう!? 島バナナ興味ない!?」
というか、正気じゃないんじゃない。このままどっかへ走っていきそうな勢いだ。
「せっかくの修学旅行だからさ、後悔だけはしたくないよね。君だって、そうでしょ?」
介はそう言って、にやりと笑みを浮かべた。これ以上ないくらいのドヤ顔で。
●
6月26日、武蔵坂学園修学旅行2015最終日。灼滅者達はある使命を果たすべく、果樹園を訪れていた。
その使命とは……
「「島バナナァァァアアアッッ!!!」」
魂の限りシャウトする『バナナクラブ』の面々。そう、島バナナこそが彼ら彼女らの目的であった。
「よっしゃー! バナナ食べ放題!! てやば!」
興奮のあまり、思わず獣の姿に戻ってしまう咲良。果樹園のおじさんに見られないうちにさっさと人間形態をとる。
「あ、咲良はまた人間に化けてんのか。ダメだろ。狸や狐の真似したら。喋るモモンガの方が目立っていいのに」
「フェレットだけどね!」
紀梨の定番のボケに、同じく定番のツッコミを返す。ぶっちゃけ他人からは何だろうとかまわないけれど、本人には大事なことなのだろう、たぶん。
「ゲェー! モモンガァ!」
「今は人間だって!?」
ナナコには、人間形態でもそう言われる始末。もしかすると、生まれつきモモンガっぽい雰囲気があるのかもしれない。
アホやってる二人と一匹そっちのけで、ひらりは島バナナ一番乗り。
「んー! やだこれもっちり美味しい! 小さい分旨味が詰まってるんですかねこうぎゅーって!」
圧倒的な密度、濃厚な甘み、そして小悪魔的な酸味。全てが普通のバナナとは違う(普通のバナナも美味しいよ!)。驚きの味に、ひらりのほっぺも本当にとろけてしまいそう。
「「……ゴクリ」」
目の前であまりにも美味しそうに食べるものだから、生唾が。
「「いっただきまーす!」」
ナナコと咲良は黒くなった皮をむいて、白い身を頬張る。途端、味わったことのない風味が口の中に広がった。
「!! おいっしい!!」
思わず目を丸くする咲良。驚いた顔はちょっとモモン……げふんげふん、フェレットっぽいかもしれない。
「ところで、島バナナがあるってことはモチロン島梨もあるよなぁ?」
そう言って、紀梨は周りをキョロキョロ。そしてすぐにドヤ顔で、
「え、ない?そいつぁなしだぜ! ……梨だけになぁっ!」
と言い切った。世界ドヤ顔図鑑があったら、三ページ目くらいに載ってそうな見事なドヤ顔であった。
「梨センパイもバナナ食おうぜ! 滅多にないって! 更にメチャうまだぜぇ!」
「おいやめろバナナ近づけんな。やめろそんな卑猥な形したもん近づけんな! ぎゃー!」
島バナナ両手に迫るナナコ、逃げ回る紀梨。大丈夫大丈夫、そのうち慣れるよ。種が^スポット数えてるうちに終わるって。
「それなに?」
「骨付き肉に見えませんか? バナナの皮で作ってみました」
ひらりはいつの間にか、山盛りになったバナナの皮でなにやらクリエイションしていた。
「ところで、あなたは……近所の小学生?」
「このちくわが目に入らぬかー! 咲良だってばー!」
人間形態が見慣れないらしく、首を傾げるひらりに、ちくわを掲げて叫ぶ咲良。ちくわあるところ咲良あり。
そのあと、口いっぱいにバナナ突っ込まれた紀梨を引きずりつつ、バナナ狩りに勤しむバナナクラブのメンバーであった。
●
もちろん、クラブ以外で参加している生徒もいる。敬厳もその一人だ。それほどに島バナナは魅力的なのだ。
讃えよ、バナナを。
「すごくおいしいですよ、介さん!」
「そりゃよかった。やっぱバナナは最高だよ!」
にっこり笑顔を見せる敬厳に、介はうんうんと頷く。お互い、一昨年の修学旅行にも参加しているのだが、島バナナは食べずに帰ってしまった。それを取り返すかのごとく、たっぷりと味わう。
26日は金曜日。家の風習らしく、女子の装いをした敬厳は調べた知識を披露して見せた。
「島バナナは一本の幹に一房しか実がならないんですね。しかも強風に弱いそうです。台風の通り道になっている沖縄だと、栽培も一苦労でしょう」
島バナナの木を撫で、淡く笑う。実をつけてくれたことに感謝して、これからの息災を願って。
「なるほど……でも、そんな沖縄だからこそ豊かな食文化が根付いているのでしょうね」
澄み渡る晴天の主のように、太陽が強い光を放つ。目を細めながら、流希が呟いた。皮をむいて、ぱくり。南国の風が口に広がる。
「沖縄は美味しいものが多いと思いましたが、その中でも格別に美味しいですねぇ……」
島バナナだけではない。ソーキそば、ラフテー、ゴーヤ……亜熱帯の気候が独自の食文化を育んでいるのだ。当然、東京も悪くはないのだけれど、その土地で食べるものには、やはりそれだけの意味がある。
独自の、といえば、楠乃葉の食べ方もだろうか。彼女は餃子の聖地、宇都宮のご当地ヒーローであり、中でもスイーツ餃子を得意としている。素材を楽しんだあとは、言うまでもなくスイーツ餃子を作り始める。
「出来たの、島バナナ大福餃子風揚げサンド!」
潰した島バナナを餡子と揚げた餃子の皮でサンド。ぱりっとした皮と甘い餡が絶妙のハーモニー。餡子とバナナの色のコントラストも美しい。
「私ももらっていいかしら?」
「どうぞ、みんなにもお裾分けなの!」
摩那が尋ねれば、楠乃葉は満面の笑みでそれに応えた。
「ンーも食べるヨ!」
むいた皮に埋もれていたンーバルバパヤもサンドに食いつく。楠乃葉が作るそばから次々に口に放り込んでいく。
「んー、うまいヨー! しまバナナン最高ダナ!」
もっきゅもっきゅもっきゅ。作っては食べ作っては食べ。この果樹園、灼滅者に食い尽くされるんじゃないだろうか。
「……ふむ。普通のバナナと違って、酸味があるって聞いてたけど、こんな感じなのね」
イメージしていたのは、酢豚のパイナップル。南国のフルーツという共通点はあるけれど、しかしそれとも一味違う。
「お土産に持って帰ったら皆、喜ぶかしら」
本州ではなかなかお目にかかれない島バナナだ。クラブの仲間へのお土産にしようと、まだ緑色の身を分けてもらう。少しは知名度アップに貢献できたらいいな、と思いつつ。
●
野外用の簡素なテーブルに向かい合って座っているのは、恵夢と希咲良だ。幼馴染み二人での参加だ。
(「……すげぇ」)
恵夢は三本目をむきつつ、テーブルの向こうに視線をやる。すると、バナナの皮の山を高くしていく希咲良が目に入った。体のどこに入っているのだろうか、実は異次元とつながっているんじゃないだろうか、などと暑さにやられたような思考がよぎる。……考えたら負けな気がした。
「……むこうにあるのと、違う、ね。これも、おいしい」
マイペースアンドハイペース。にっこにこしながら次々にバナナを消していく。鮮やかな手品のようだが、しかし種も仕掛けもない。
「希咲良、ゆっくり食べないと詰ま」
「……ッ」
「って! 言ってるそばから!!!」
まるで未来予知みたいに、ドンピシャのタイミングで顔を青くする希咲良と、もっと青くする恵夢であった。背中をとんとんと叩いて、水を飲ませてやる。
「ゆっくり食べろよ。時間もバナナもあるんだからな」
「……ゆっくり、食べる」 小さくうなずくけれど、本当に分かっているかどうか。そんな恵夢の気も知らないで、バナナの木を見上げて言う。
「恵夢ちゃん、恵夢ちゃん。バナナ狩り、したい。お土産に、欲しい」
「お土産つったって、希咲良じゃ、もう木ごと持って帰らせてもらわないと、量、間にあわねぇだろ」
「……いじわる」
「意地悪じゃねぇよ。……そんなに来たいなら、学校と別に来ればいいよ」
「……ん。じゃあ、また今度。ふたりで、来よう?」
やくそく、と小指を差し出す希咲良。拒否権なんて、ない。
そこから木々を挟んで向こう側、こちらも二人の灼滅者が向かい合って座っていた。絵夢と鈴夢だ。双子の仲良し姉妹、一卵性双生児の彼女達は、遺伝子レベルでそっくり。何も知らぬ者の目には、鏡合わせの画にも映ったかもしれない。
「あむあむ……うん、濃くておいし~ねっ」
と、はしゃぐ鈴夢。早速、実を頬張れば、普通のバナナとは違う濃厚な甘みが口の中に広がる。それでもしつこくはなく、また次へと手は伸びていく。
「もう、そんなに急がなくても」
そう苦笑しつつ、絵夢は島バナナをひとつ手に取る。優しく皮をむけば、中から綺麗な白い実が顔を出した。
「小ぶりで可愛いバナナさんですね。……いただきます」
頭の方を少しかじる。控えめな食べ方は性格だろうか。すると、何を思ったのか鈴夢がにやりと悪い笑みを浮かべた。
「絵夢、こっちこっち。耳貸して」
ちょいちょいと手招きからのこそっと耳打ち。途端、みるみる絵夢の顔が赤くなっていく。
「ちょ、何を言うの……!?」
「えー。ほらほら、こんな感じ」
真っ赤になった絵夢をからかうように、鈴夢は同じ食べ方をして見せた。双子だから、その姿は自分とほぼ同じ。もう顔から湯気が出そう。
「それにしても、おいしいね。お土産に買ってこうよ、島バナナっ♪」
「う、うん。お土産ね。買っていこう」
勢いで頷いたけれど、買って帰ったら家でもからかわれるかなと思う絵夢だった。
●
介がひとりで島バナナをもきゅもきゅしていると、そこに声をかける一団があった。この三月までクラスメイトだった、七、ヤマト、エアン、百花、紅太の五人だった。
「ふぃしゃしぶりー」
バナナを口に突っ込んだまま手を振る介。とても大学生には見えない。
「おっす、久しぶり。元気してたか?」
と大和。続いて皆も挨拶を交わす。前は教室で会っていたのだから、少し会わないだけでもかなり久しぶりな気がした。
「バナナまっ黒。い……傷んじゃってる? あ、中は真っ白だぁ」
おそるおそる皮をむく百花。けれど、外見に反して実は綺麗なままだ。島バナナは熟れると皮が破れたり、実が落ちたりするので青いまま収穫して、吊るして食べ時を待つ。皮が全体的に黒くなれば、食べごろだ。
「熟すまで吊るしておくって面白いわね。食べれる飾りみたいな」
まだ吊るしてあるバナナを見上げて、七が呟く。ちなみによくある市販のバナナも青いまま輸入されて、黄色くなってから出荷される。
「なるほど。小腹が空いたら一本、とか」
くすり、と小さく笑む。エアンの脳裏にはかつて戦った島バナナ怪人の記憶がよみがえっていた。
「うおぉ!! ヤベェ、マジうめぇ!」
介に負けず、バナナをもっしゃもっしゃしている紅太。とても大学生に見えないパート2。
「よっしゃ、そろそろ始めっか」
ひとしきり生のバナナを楽しんだ後は、揚げバナナ作りだ。大和はタオルを頭に巻いて、簡易コンロで調理を始める。百花がむいたバナナを揚げては砂糖をまぶし、揚げては砂糖をまぶし。真剣なまなざしには、職人の貫録があった。
「うおおぉ!! 揚げてもマジヤバェ!!」
「やっぱりバナナは最高だね!!」
揚げバナナを次々に消費していく紅太と介。アツアツのバナナをはふはふ言いながら食べている。
「わんこそばみたい。バナナだから、わんこ島バナナ!」
「え、わんこ島バナナ? 斬新だけど、語呂がいいね」
百花の笑顔につられて、エアンもにっこり笑う。一緒に食べるバナナが甘いのは、けして砂糖のおかげだけではないだろう。
「みんなこっち向いて。はい、ピース!」
七がボタンをシャッターを押すと同時、ぱしゃり、と音が鳴る。修学旅行も今日で終わり。だけど、思い出はなくならない。
「みんな今どこ学部よ?」
紅太がそう聞いたのを皮切りに、それぞれの学部の話で盛り上がる。といっても中心は、教育学部に入った紅太に、観光学部の大和が勉強を教えたことだったけれど。成績は……推して測るべし、といったところか。
ふわり、と一足早い夏の風が吹き抜ける。ある者には最初の、ある者には何度目かの、そしてある者には最後の修学旅行。良き思い出を作れたなら、幸いなことだろう。灼滅者達は、お土産の島バナナを手に果樹園を去る。
若人達よ、バナナと共にあれ。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月26日
難度:簡単
参加:18人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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