都会の片隅にひっそりと佇む雑居ビルの一室。一見小さなベンチャー企業のオフィスにも見えるが、室内にはそれに不似合いな高性能パソコンが置かれている。
「これで情報は全部移せたのだな?」
「はい、社長。後は本体のデータを消すだけです」
部下の男は高級スーツを着た社長に外付けハードディスクを渡すと、本体の初期化作業に入ろうとする。
「いや、それならこの方が早い」
言うと社長は懐からナイフを取り出し一閃。パソコンのディスプレイがバラバラになる。
「……社長。壊すならこっちのハードディスクもお願いします」
どちらかというと『も』ではなく『を』だろうという指摘に応え、再びナイフが煌めく。
「では移動を始める。金庫は私が持って行くから、花里君は先に下の車に行きなさい」
「分かりました」
部下を送り出した社長は部屋の奥から金庫を取り上げると、中にハードディスクを入れて鍵をかける。
「しかし、この時期に札幌へ拠点を移せとは、ハルファス様も何を考えているのか……」
悩ましげに顎へ手を当てるも、主君の意図を推し量ることはできない。ならば指示に従い動くのみ。
社長の名前はムーン……。ハルファス軍の一員で、ソロモンの悪魔の1人だった……。
最近動きの無かったハルファス軍が、札幌へ移動している……。多数のエクスブレインが予知したこの事件は、迷宮化、SNK六六六、斬新京一郎と事件が連続するホットスポット北海道を更に加熱した。
「今回の相手……ムーンも配下の1人で、主にカード情報のハッキングを行っていました」
ムーンの移動を予知した五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)の話によると、彼らは夜闇にまぎれ人気の無い間道を車で移動するのだという。
「途中でセルフのガソリンスタンドに寄った際、スタンド内の自動販売機で飲み物を買いに全員で車外に出ます。ここを狙って襲撃をかけてください」
姫子は車のナンバーをメモした紙を渡し、車で逃走されると追いつけないため気を付けてほしいと続ける。
「他は人払いや戦闘音と、いつも通りの対応で十分です」
夜間戦闘だが明かりはスタンドの物があるので問題無い。前述の2つも元々客はいないが念のためのレベルだ。
「次に、ムーンと部下達の能力を説明します」
強化一般人の部下はそれぞれ、契約の指輪&ジャマー、バトルオーラ&ディフェンダー、サイキックソード&クラッシャーで、ムーン自身はマジックミサイルや預言者の瞳に加え、解体ナイフのサイキックも使用できる。ポジションはメディックだ。
「ムーンは支援役が得意なようです。総合的な強さは都市伝説とその取り巻き程度ですね」
つまり、ダークネスとしてはやや弱い部類の相手だ。とはいえ、ソロモンの悪魔は奸智に長ける相手でもある。油断は禁物だ。
「珍しくこちらから攻めることができ、普段は表に出ないソロモンの悪魔を倒す機会です。必ずものにしましょう」
何かと落ち目のハルファス軍。そろそろ退場の頃合いなのかもしれない……。
参加者 | |
---|---|
宮守・優子(猫を被る猫・d14114) |
三条院・榛(猿猴捉月・d14583) |
シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038) |
レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883) |
雨宮・夜彦(高校生人狼・d28380) |
綱司・厳治(真実の求道者・d30563) |
夏目・サキ(暗くて赤くて狭い檻・d31712) |
セトスフィア・アルトフォード(よくわからない生き物・d32010) |
●仰天の車上荒らし
国道から外れた道にあるセルフスタンド。ソロモンの悪魔達が立ち寄るというこの場所に到着した灼滅者達は、誰もいないことを確認すると適当な場所に身を潜める。
(「ちょっと……、眠い、かも……」)
いつもはそろそろ寝る時間なのか、夏目・サキ(暗くて赤くて狭い檻・d31712)が欠伸をかみ殺す。周囲に民家やアパートはなく、明かりの点いている建物はこのスタンドくらい。時間からすれば当然だが、人通りは無くあまりにも静かだ。
(「予知をかいくぐって現れない、なんてことはないでしょうけど……。ん?」)
周囲を警戒するシャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)の視線の先に、車のヘッドライトが現れる。じきにスタンドへ乗り入れた乗用車から、4人分の人影が現れた。
念のため4人が車から離れるのを待った後、灼滅者達は忍び足で車の陰に回り込む。
「ナンバー一致確認っす。ムーン達の車で間違いないっすね」
「りょーかい。じゃあ人払い始めるね」
右手でOKのサインを作る宮守・優子(猫を被る猫・d14114)が小声で仲間に伝えると、レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)が同じく小声で返し百物語を語り始める。
「こちらもESPを起動した。頼んだぞ、雨宮」
「おう、任せな。よっ……と」
次に消音にと綱司・厳治(真実の求道者・d30563)がサウンドシャッターを起動すると、雨宮・夜彦(高校生人狼・d28380)が怪力無双で車をひっくり返しそっと地面に戻す。音は大丈夫でも、車中にあるだろう回収予定のハードディスクを潰すわけにはいかない。
「さ~て、悪魔の前にまずはこっちをイタイイタイしちゃいますよお」
セトスフィア・アルトフォード(よくわからない生き物・d32010)は怪しい笑みを浮かべ武器を取り出すと、後輪の車軸を切断し、反対のタイヤは矢を突き刺してパンクさせる。
「さぁ、こいつで終いや……!」
最後に三条院・榛(猿猴捉月・d14583)が前輪を切り飛ばすと、車は見るも無残な状態に変わり果てた。
「く、車が……っ!?」
「これをやったのはお前等か!」
そうこうしている内に戻ってきた強化一般人達が驚きの声を上げるが、この状況を冷静に見る者が1人いる。
「若い男女にその武装……。3人とも陣形を整えなさい。彼らは恐らく武蔵坂です」
懐からナイフを出し身構える男。高級感のあるスーツを着ているところからも、この男がムーンで間違いないだろう。
●ホワイトなムーン?
急ぎ態勢を整える両陣営。車を挟み対峙した前衛達は、障害物を避けて互いに回り込む。
「最近の子供はひでぇことしやがるな。これがゆとり教育ってやつか?」
「それならもう終わったよ。それに、酷いことならオジサン達の方が得意だよね?」
飛んできた気弾を槍を回して弾き返すと、レイッツァはそのまま槍を突き出し反撃する。
「そうそう。それに、世代で一括りにすんのはどうかと思うで?」
「でも君達が車上荒らしなのは変わらないよね? ということはお互い犯罪者なわけだ」
続いて榛が同じ相手に炎を蹴り込むと、その横から光る弾が飛んでくる。
「はい、残念賞! って、機械オンチな社長さんよりアンタの方が悪魔っぽいっすねー」
「ムーンは、見た目も、悪魔っぽくないよね」
光弾をカバーした優子は、ライドキャリバーのガクに援護を指示すると自身はシールドを構え敵前衛に突撃し、サキは槍を突き立てる。
「社長を馬鹿にするな……」
反撃の爆光が前衛陣を覆う中、厳治が数人分のガードを引き受ける。
「逃走中に全員で車を離れることが馬鹿以外の何なんだ? お前達も部下なら社長の飲み物くらい買ってきてやれ」
力を抑えられながらも影を操りディフェンダーへ回り込ませ、霊犬のキントキには仲間を回復させる。
「つっ……。社長は仕事に関係ない雑用を部下にさせない主義なんだよ!」
「信頼はあるみたいね。一応はソロモンの悪魔ってところかしら?」
前衛に支援をかけながらムーンに語りかけるシャルロッテ。抜けたところしか見えないと感じた相手へも油断は見せない。
「当然です。暴力や脅迫で部下を率いるなど愚の極み。部下とは恩で率いるものなのです」
「ま、まさかのホワイト企業宣言だとっ!?」
あまりの発言に手元の狂う夜彦だったが、何とか爪を命中させる。
「プッ。ダークネスが御恩と奉公語るとか草不可避。笑いが止まりませんねえ~」
一方のセトスフィアはハイテンションのままジャンプすると、飛び蹴りを炸裂させる。
「やはり人間は、技術は見るものがありますが大多数は下等ですね。不穏分子を抱えるのが普通など、私には理解できませんよ」
無論、ダークネスであるムーンにとっては忠義心など利用するものでしかない。ムーンは単に、面と向かって貶めたら部下が裏切るじゃないかと言っているに過ぎないのだ。
「鳥野君が厳しいか……。私と花里君で交互に回復、風宮君と鳥野君は壁役狙いで攻撃を。サーヴァントを連れているなら脆いはずです」
故に、部下が使える内は切り捨てない方向で最善を尽くす。霧を振り撒き援護をすると、鳥野を覆う炎が消えていく。
●鳥の羽は散り、風は凪いでいく
互いの策がかち合いディフェンダーの削り合いとなった戦いだが、強化一般人1人対して灼滅者側は2人と1台。先に限界を迎えたのは鳥野の方だった。
「はぁ……、はぁ……。いい加減くたばれってんだ!」
「どうした。動きが鈍っているぞ?」
鳥野の拳を斬艦刀で受けきると、厳治はそのまま腕を振り上げ逆薙ぎに斬り付ける。
「ぐあぁっ!」
「ん~、いい感じですねえ。じゃあそろそろ逝ってみちゃいましょ~」
続くセトスフィアが矢を射ると、たった今斬り付けられた傷口に深く突き刺さる。
「鳥野君っ!」
「うぅ……。社長……すんません……」
傷口から光の粒子となって消える鳥野を見送ると、ムーンは灼滅者達を睨みつけナイフを振りかざす。
「私から部下を奪った罪は重いですよ……!」
トドメを刺したセトスフィアへ向け駆け寄るムーンだが、その切っ先はガクに阻まれる。
「あ、傷入ってたら修理費請求してやるから覚悟するっすよー」
「それは困りました……。ですので貴女には石になって死んでいただきましょう」
「社長の指示は変わってない。壁から潰す……」
花里の魔法が優子の足をかすめ表皮から徐々に石化させていき、風宮の撃ち出した光刃が纏う防具を切り裂いていく。
「そうは、させない……」
サキの鋼糸が交錯し、風宮に絡みつくとその動きを妨げる。
「ん、捕まえた……。やっちゃえ……」
「おっ、チャンス到来やね」
「一発ぶちかますとするか!」
その隙を突いて駆け出したのは榛と夜彦。2人の雷拳と飛び蹴りが、風宮の鳩尾と顔面に直撃する。
「が……っ。社長と俺達が……負ける……? 何故……」
「メンツは悪くない。配置もね。ただ……僕たちの方が上手だったかな」
レイッツァはにこやかに答えると、足元の影を刃と化し風宮の右胸を貫いた。
「気のせいかな? 先程から君達の方が悪役に見えてしょうがないのだけれど?」
「ええ、全くもって気のせいよ……」
シャルロッテは消えゆく風宮を視界の端に入れつつ、キントキとともに回復役を続ける。残るは花里とムーンの2人だけだ。
●花は枯れ、月は沈みゆく
そして、前衛のいなくなった2人を追い込むまではあっという間だった。
「色々言ったりやってくれたりした借り、返させてもらうっすよ」
「ふふふふふふ……。人体切断ショーの始まりですよお。タネも仕掛けもないから楽しんでくださいねえ……」
優子の撃ち出した強酸弾が花里のスーツをボロボロに溶かし、セトスフィアが防御の薄くなった箇所へ手を伸ばして斬り刻む。
「もっと社長と仕事をしたかったのですが残念です……。社長、仇討ちとかいらないんで、ちゃんと逃げてくださいね……」
先の2人同様に光の粒子となり消えていく花里。これで残るはムーン1人のみだ。
「くっ……。私の部下が……」
「へっ、どうした? さっきみたいに『よくもやったな』みたいのはないのかよ?」
「それを見せて奮起する部下がいない今、そんな行動に意味など無いわ!」
夜彦の縛霊手を受けながらも、至近距離から魔法を撃ち込むムーン。その瞳に浮かぶのは部下への弔いではなく、ただただ己の命の危機に対する焦りのみ。
「やはり小物か……。学園に来て初めて戦うソロモンの悪魔が、お前のような奴で残念だ」
厳治は再び影を伸ばすと、刀を構えたキントキとともにムーンへと向かわせる。ムーンは影を避けきれないまでも、キントキの刀はナイフで受け止める。
「さーて、男やったら遠慮なく顔面でもどこでも攻撃できるな」
続く榛は斬艦刀を構えると、鍔迫り合いをするムーン目掛けて全力で振り下ろす。
「ぐあああっ! だ、だが、この程度で私を倒せると思うな……」
瞳を輝かせて体力を回復するムーンだったが、劣勢は決定的だった。例え回復をしても、みるみる内に削り取られていく。
「さて、もうボロボロだけど遺言とかあるかなぁ? 今後の計画とかお勧めだよ」
「ぐっ……。誰がお前達などに!」
「話したくても話せないわよね。聞いたわよ……何も聞かされてないんですって?」
レイッツァの振るう槍が脇腹を貫き、シャルロッテの矢が肩に突き刺さる。
「そ、そのような、安い挑発に乗る……私ではないぞ……」
どうやら『聞いているなら言ってみろ』的な挑発と勘違いしたらしい。エクスブレインを知らないムーンからすれば、カマをかけているように見えるのも無理はない。
「じゃあ、眠いし、早く帰りたいから、さっさと、倒れて、ね……?」
これでトドメと突き出されたサキの槍が、ムーンの喉を貫いた。
「ぁ……、ぁ……」
喉を貫かれたムーンは、断末魔の悲鳴をあげることも許されずに灼滅されていく……。
ムーン一行を灼滅した灼滅者達は、車をスタンドの端に寄せると車中から金庫を回収し、学園に持ち帰ることにする。
ムーンの様子からはあまり期待できないが、中に重要情報がある可能性もゼロではない。灼滅者達は一縷の望みとともに、学園にハードディスクを委ねるのだった……。
作者:チョコミント |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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