修学旅行2015~世界のはての青

    作者:日暮ひかり

     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月23日から6月26日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
     また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。

     修学旅行の行き先は沖縄です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
     
    ●Ends of the earth――はての浜
     地球は丸い。世界はどこまでも繋がり、果てがない。
     それでも世界の果てと呼ばれる自然の絶景は、この地球上にはいくつか点在する。
     『果て』の名に相応しい神秘の島が、ここ日本にもあるのをご存知だろうか。
     
     沖縄本島から飛行機で30分の久米島。更にそこから船で15分ほどの場所に、その無人島はひっそりと存在している。
     周囲のメーヌ浜、ナカノ浜も合わせて、その島は『はての浜』の総称で知られる。
     無人島であるのに、何故『はての浜』なのか。浜しかないからだ。
     珊瑚由来の真っ白な砂浜が、長さ約7キロにも渡って延々と続くだけ。
     宝石のように透き通った海が、四方に果てなく広がっているだけ。
     途方もなく広い島には、木の一本すらない。
     空と、海と、砂。あるのはたったそれだけ。それがどんな言葉より美しい。
     白と青以外の色が存在しない海は、忙しない日々から切り離された別世界だ。
     砂に波紋を描く潮風も、埋もれた貝や珊瑚の欠片も、浅瀬で遊ぶ熱帯魚も、訪れた者に余計な干渉はしない。ここで時間を気にするのは太陽だけだ。波の音とともにゆっくり、ゆっくりと時は流れ、やがて海に隠れるように日が沈む。
     雲を渡り歩くように白い砂を踏めば、きっと世界から取り残されたような気持ちになる。
     心細くも、怖くもない。
     その時あなたを満たすのは、自然に包まれゆったりと羽をのばす幸福だ。
     東洋一の美しさともいわれる癒しの楽園、久米島はての浜。
     ここで時を忘れ、のんびり一日を過ごすのは、何にも代えがたい贅沢なのかもしれない。
     
    ●intermezzo――修学旅行三日目
     で。
     以上を、哀川・龍(降り龍・dn0196)的に纏めるとこうなる。
    「すごいやばい無人島あるんだけど、三日目の自由行動でお前らも行かない?」
     
     お前の説明能力がやべえよ、という視線も龍は特に気にしない。何がすごくてやばいかを頑張って説明するより、写真を見せた方が早いからだ。
    「この一日コースってやつおれ申しこんどいたからさ。午前出発で、日が沈む前に帰ってくる的なやつ。んーだいたい6時間ぐらいぐったりできるっぽい」
     はての浜で一日のんびりしてくるツアーに行くらしい。
     夕飯までには余裕で久米島のホテル着くってさと、龍は適当に修学旅行のしおりを捲る。いつもながら凄まじく大雑把な説明だったが、乗った者達もこのさい細かいことは気にしないことにした。何やるつもりなんだと苦笑気味に問われれば、龍はゆるやかに笑って返す。
    「べつに何も。おれ一度こういうとこ行ってみたかっただけだから。みんなの邪魔はしないし、お前らもやりたい事やりなよ。あ、声かけてもらったら遊ぶしな!」
     天国みたいだろ、この島。
     世界の終点っていうか、何もかも忘れられそうって感じ。
     だから流れに任せて、ぼんやりするのもいいかなって――それが忙しないのは苦手な彼らしい、幸福な時間の過ごし方のようだ。
    「おれの地元も日本海とは近かったし、たまに遊んでたけどさ、やっぱ沖縄の海ってぜんぜん違うんだろうな。楽しみだな、修学旅行。みんなもさ、いい思い出、いっぱいできるといいよな」


    ■リプレイ

     澄んだ水が海と陸の境界を曖昧にする。遠く水平は、地球を融かしたようなエメラルド。砂に腰を下ろし、ただ海を眺めていた。
     世界の果てまで行こうと誓った相手は誰だっけ。思い出せないまま、隣に葉が居る。
    「夜が来たら、きっともっと綺麗なんだろうな」
     ほろ苦い言葉。どこか不安げな流し目。いつか天の川を見に来ようよ、なァ、こっちを向いてくれ――。
     煩わしさも苛立ちも錠へ抱く感情までも、今は波の中。不思議と穏やかな気持ちで葉は曖昧な笑みを返す。夏の陽を透かす緑の眸の中に、ひどくちっぽけな自分が居た。
    「……お前の目は、この海と同じ色をしてるんだな」

     透き通る白と青はどこまでも深く、遠い。はてのない世界に確かな赤がひとつ。白い砂を掌に乗せ、鮮やかに笑う君の色。
    「冷たくて気持ちーぜっ、ほら、雪灯っ!」
     儚げな君は白む世界に溶けてしまいそうで、繋ぐように名を呼び、手を伸ばす。雪灯の白い掌は確かにあたたかくて、萌火をほっと優しい気持ちにする。手を引いたまま波打ち際を歩き、小さな飛沫をかけあっては笑った。
    「笑ってる雪灯は可愛いな!」
    「萌ちゃんも、可愛いよ……? 白も青も、赤色も。みんな綺麗だね……とても、綺麗」
     きらきら、お日様みたい。笑う君を見る度、温かな気持ちで胸がいっぱいになるの。

     あまねく白と青に溜息ひとつ溢し、デジカメで写真を一枚。お気に入りの白いワンピースを着て、チェアに寝そべればまるでお姫様の休日。全てが綺麗――持ってきた本も閉じ、少女は空を仰ぐ。お散歩しようか泳ごうか、悩む時間まで幸せ。やがてひより姫は波音と共に、幸福な微睡みのなかへ。
     素足をくるぶしまで海に浸し、実は足元の砂を見ていた。白い珊瑚の砂は、故郷瀬戸内海の黄味がかった砂とは色も感触も違う。ぼーっと遠くを見詰め、無意識に呟いた。
    「……すごいな……」
     波の音、潮の匂い、擽る砂の粒。全てを感じ、癒されるひと時は、目を開けたまま見る夢に似ている。

     人の声も何処か遠く、漣がやけに耳に響く。並んで砂に寝そべれば天上の国に来たようで。
    「此処なら冷たい海も優しい風も眩しい太陽も全部感じられるじゃない?」
     世界にふたりぼっちみたい――千華流の呟きに、君となら楽しそうだと奞は微笑む。
    「僕もね、君の隣に居られること、嬉しく思うよ」
     波に揺られる貴女の水着が、綺麗。孤独も不安もない。共に在る心地好さと、倖せが二人を包む。ねぇ、起きている――戯れな言葉も波音に溶け、千華流は青い夢へ溺れてゆく。
     これも後の笑い話になろうかと、奞は安らかな寝顔を眺めた。青と白の世界。天理嬢には、本当によく似合う。

    「無人島だー! 最高の天気で、最高のロケーションだー!」
    「おらおら、志歩乃おせえぞー!」
    「速いー! 待って待ってー!」
     元気な【井の頭中2】達は、上着を速攻脱ぎ捨て海へ突撃。輝く水面に感動し、銀子の瞳もきらきら。一方勇介の瞳は何だか悪戯っぽくきらきら。すっげぇ青いぜと銀子が振り返った瞬間、海水を引っかける。
    「しょっぱ! やりやがったな勇介、今度はこっちからだ!」
    「わきゃー!? や、やったなー!」
     遅れてきた志歩乃も被弾し、水鉄砲で勇介を狙い撃つ。気分は浜辺のスナイパー、だがキャスターの如く逃げる勇介は強敵だ。クラッシャー銀子は水を蹴り上げようと足を振りあげ――バランスを崩し、背中から海にダイブした。
    「紺夜さん、大丈夫? っておわわわっ!?」
     助けに来た勇介まで腕を掴まれ海にダイブ。やっぱり油断大敵だよーと志歩乃は思ったが、あれ、もしかして本気で溺れて……?
    「わわっ! 二人とも、だ、だいじょぶー!?」

     ビキニの上に白衣を着て、深々見は学術書を読んでいる。サーフパンツにパーカー姿の悠仁は暫く海を眺め、一応声をかけた。泳ぐ気はないらしい。
    「浅いとこで水でも掛け合う?」
    「何その……違和感溢れる光景。却下」
    「恋人っぽくない? 役得でしょ男の子!」
     んなわけあるかで一蹴されると思いきや、意外な返答が。
    「……お前じゃなければと思わなくはねぇが、まぁ、認めなくは無い」
     悩殺されちゃった、と絡みにいくも、そこはばっさり否定された。本音を投げかけられる相手として、貴重だとは思ってるんだがな――彼が小さくこぼした言葉も、やがて静かな波音に溶けてゆく。

     初めて見た海を前に倭は大興奮。景色も綺麗、海も綺麗、そして水着姿の可愛い後輩がいっぱい! ナンパの品定めを始めた倭の耳に、突如激痛が。
    「……そこのキミは何をしようとしてるのかなー?」
    「なんだよ柚姫ちゃん、耳引っ張んないで……痛ェって!!」
     なんでそこでそうなるの、ていうかボクとでもいいよね?
     すっかりご機嫌斜めの柚姫からお説教。そんなに構って欲しいなら遊んでやるって……の一言が見事に逆効果だ。含みのある笑顔、怖い。
    「じゃあ泳ごっか、きっと服のままでも冷たくて気持ちいいよ?」
     引きずられていった倭が、海に投げ込まれるまであと3秒――。

     額の汗を拭い、円はふと隣を見た。
    「ていうかその服暑くないの。ソレ水着とは俺は認めないかんね?」
     パラソルの下、チェアに寝そべり優雅にルートビアを飲む白い生物。優雨の着ぐるみ風水着は見るだけで暑い。そっと目をそらし、砂の城作りを開始する。
     視線を感じた。アッこいつ絶対崩す気だわ――そう思った瞬間蹴りが飛んできた。すかさずスポドリ目潰しで応戦する。
    「ルートビア飲みませんか」
    「その手には乗らねぇよ!?」
     隙を窺う優雨の足から、円は辛くも城を守りきる。まったりしに来たのに疲れたわ――砂に倒れ込む彼を横目に、優雨は温いルートビアを飲んでいた。

     青く澄んだ海。水着で波間を駆ける【廃城】の皆。だがそんなこと関係ないね!
    「ボクはここで見守ろう。皆は心のままに楽しむといい!」
     巨大黒パラソルが異様な存在感を放つ。その下で手を振るモーリを眺め、小夜と矜持は呆れ顔だ。
    「いつもどおりに不健康ですわ……」
    「人として終わっていらっしゃるのね」
     厳しい意見もどこ吹く風の城主様に、螺子がスキップしながら駆け寄る。
    「あそぼーったらァ、ほら早く早く!」
     がしっ。
     右手確保。
    「……やだ」
    「左手確保! そちら側はお任せしましたわっ」
    「大体何ですの、そのやる気の無い格好は!」
     駆けつけた小夜が左手も確保し、矜持が上着をはぎ取る。砂浜で必死に犬かきする彼を三人でずるずる引きずって。
    「せーェのーォッ!」
     螺子のかけ声で海に投入。
     ……沈んだ。
     それはもう鮮やかに。
    「は、灰條さま、泳げなかったのですかっ!」
     脂肪がないから一切浮かないんだよ――海水と共に恨み言を吐く浮世離れした城主様。いつになく身近に思え、一瞬慌てた小夜も思わず笑う。
    「おーっほっほ、不様ですわねぇ!」
     矜持の高笑いが響く中、小夜が投げた浮き輪にすがりつくモーリ。その横をぷかぷか漂い、螺子もきゃらきゃら笑う。初めての海、初めての友達と。皆のキラキラ笑顔は矜持のカメラの中へ。

     心笑われる、否、洗われるような景色に潜むRB団の名コンビは、今日も宿敵リア充の研究中。フレアトップにウォーターデニムの水着は、二年前の海とはまた異なる魅力。流石相棒と親指ぐっする刑一の顔をクロエはじっと眺めた。
    「どうしました。素顔忘れたとか言う訳じゃないでしょう? で、ですよね?」
    「滅多に見ませんが忘れるわけないのですよー」
     けーちならまぁ、見られても良いかな。少々照れを覚えつつ、クロエはリア充っぽく刑一にサンオイルを塗りたくる。
     夕陽の中、サバト服を脱いだ互いの素顔を最高の記念写真に。研究は建前。これが本題な事は、刑一には内緒だ。

     歩いて、歩いて、歩く。風と空気、太陽を全部感じて歩く。何もかも全部ちっぽけだ。青に重ねるのは宿敵の姿、けれど。
    「この光、覚えておくんだ。空も、海も、浜も、全部光っているよね」
     あ、写真、と小さく呟く無常に、良かったら海と一緒に撮るよと龍は言う。綺麗と思ってくれて嬉しいから、と。
     島のはてまで歩いた榮太郎は、空と海を眺めながらぼんやりと過ごす。今日は『何もしない』をする日にしましょう――取り出したのは携帯型の釣り竿。
     真っ直ぐな針と釣り糸を海に垂れ、太公望でも気取ってみようか。のんびりと静かな自分の時間を、ゆっくりと楽しむ。

    「無人島に一つだけ持っていけるとしたら何持ってく?」
    「懐かしいね、それ」
     子供の頃、巨大ロボットと答え笑われた思い出が蘇る。今度は真剣に帰りのボートと答えたら、つまんねと冷ややかに一蹴された。笑われた方がマシだ。
     ホント何もないね。退屈そうなアカネの一言に、アオトがリュックを探れば。
    「あったよ、カードが!」
    「……ぷっ! あはははは!! なんであんの!?」
     きっと最初で最後の姉弟一緒の修学旅行。まさか無人島でカードゲームするなんてあの頃は思わなかったけど、嬉しい。お気に入りのドラゴンで騎士団を焼き払う姉さんは、愉快そうに笑っていたから。

     浮き輪で浅瀬を漂う誠士郎を発見し、龍は驚いた。隣の信彦を指し大学の友達、と尋ねるが、居候と言われて更に吃驚だ。家でも学校でも何かと忙しい、偶にはのんびりと。
    「お前とは付き合い長ぇからなぁ。まさか居候したり、一緒に戦うことになるとは本当に思わなかったよ」
    「武蔵坂へ来る前も含めると小学の時からの付き合いだからな。これが腐れ縁というものなのだろう」
    「楽しそうだなー秋篠家。おれも今度差し入れ持って泊まりいこっかな?」
     沖縄も一生に一度行けるかどうかだが、と誠士郎は苦笑する。信彦の提案で、皆へのお土産探し勝負にくり出す事に。長い付き合いや縁が多いのも良いものだ。珊瑚の欠片や貝殻が砂の上に重なっていく。

    「空も海も青くて青くておこめさ……星司さんの瞳の色みたいだね?」
    「……え、それ口説いてる?」
     冗談を言いあい、休憩しようかと砂浜に座る。農学部で知り合った壱里と星司はのんびり空を見あげ話す。出身や弟分、学校や将来の事。東京と新潟の距離は少し遠いけど、二人の距離は段々近づいて。
    「紀伊野君は園芸ですっけ。今度何か育て方教えてくださいねー」
    「うん。手間がかかるけれど、その分実りも大きいし楽しいと思う」
     熱い。星司が下を見れば、何気なく足が砂に埋められていた。黒豚のせいろ蒸し食べたいね――互いに砂蒸しにし返し、先に埋まった方の奢りねと笑った。

     青い水着に白いシャツ、麦わら帽子で水花も夏模様。日焼け止めを塗った方が良いですよ、とパーカーを脱ぐ龍に声をかけた。つい弟に世話を焼くように今夜の風呂の心配までして、自然と背中に日焼け止めを塗り……はっとする。
    「……あ、一応同級生ですしあまり触らない方が良いですか?」
    「あはは、全然いいよ。ありがと」
     允とのんびり浅瀬を泳いだ後は、二人砂浜を眺める。すごい。やばい。このままふらっとどこかへ行ってしまいそうだ――『はて』だよなと、龍も頷く。
    「あいつも海好きだし来れりゃ良かったけどなー、学年がな……」
    「留年する?」
     縁起でもねえ。枝分かれした珊瑚石を握る允に、龍は魚に似た珊瑚石を渡した。お土産、と。
     異世界みたいな絶景だよなと健も笑う。流木を手に砂浜を駆け、思い描くは故郷の海。長ーいドラゴン二匹を二人で召喚だ。
    「空と海の蒼の隙間を颯爽と飛翔する伝説の白龍降臨!」
    「えーと世界のはての超強い龍!」
     描いた線の間から驚いたヤドカリが顔を出す。スポドリ片手に、ありのまま自然体で過ごせるぶらり旅に乾杯!

    「それにしても、一面の青って、壮大で素敵な風景よね」
     腕を組み、波打ち際を歩きながら、深雪と昴は水平線を眺めた。吸いこまれるような青。世界に二人きりになったような錯覚。昴の腕の熱を抱き、深雪は波の音に包まれる。
     修学旅行の為に買ったという青のビキニから覗く胸。先程日焼け止めを塗った事を思いだした。腕に伝わる柔らかさを、妙に意識してしまう。
     目が合った。何でもない、と微笑まれ――深雪ははっとした。周りの目が気になり、一層ぎゅっとしがみつく。
    「僕達恋人同士だしさ……」
     恥ずかしい――でもくすくす笑いながら頭を撫でられると、なんだか幸せで。

    「世界の果てって、こんな場所なのかなぁ」
     夏の日射しに瞳を細め、千尋は日焼け止めを塗りながら呟く。隣からは気怠い生返事。ゲイルは泳ぐ気がないのか、パーカーを羽織りごろ寝中だ。千尋はうつ伏せになる。
    「ねぇ、ゲイル。日焼け止め、塗って?」
    「わー、千尋さんったらだいたんー」
     豊かな胸がビキニから零れそうだ。ゲイルは棒読みを返し、腰に跨った。
     旅行前に言ったあんな事、そんな事が頭を過っても、いざこうなると手出しできない。興味が無いのか、大事に扱う故律儀なのか。何されてもいいのに、と彼女がにんまり誘う。今までにない気持ちは――確かに感じるけど。

     空と海に閉じ込められた蒼の空間で、中心に貴方を映し、只、二人で過ごす。
     水色の水玉柄の白ビキニを着たアイリスエルと、腿まである黒い水着を着たジュリアンは砂浜を歩く。多忙な中、共に来れて幸せだ。
     この景色を表現する曲があるだろうか――きっと壮大な交響曲ができるんじゃないかな、とアイリスエルは返す。
    「いっそのこと作っちゃいましょうか?」
     彼の背を覆う傷、燃える炎の文様。傷が通る左眼を細め、彼女が笑む。傷も、過去も、隠すことは何もなくて。視線が交わった瞬間、不意に想いが溢れた。
    「貴女を愛している」
    「私も愛してる……、もう離さないんだから」

     波音を聴き、莉奈と恢は並んで麦茶を一口。砂に描いたSOSは無人島のお約束。それを見た彼は頭の痛そうな顔をしたけれど。
    「……莉奈ね、恢くんがすき」
     開放的になってふと、恢には初めて伝える事を囁く。仲の良い友達皆に言ってきた言葉だ。
     『Like』に聞こえなかった。
     咽ながら麦茶を飲みこみ、そうか、と恢は漸く一言返す。
    「俺も好きだよ、きみのこと」
     Likeに聞こえただろうか。指に絡めた亜麻色の髪がするりと離れ、夏の匂いがした。
     莉奈は俯き、木の枝を握る。焼けた風が熱くなった頬を撫でた。砂に綴るのはさっきよりずっと大きな救難信号――SOS。

     青い世界に浮かびエルザは天を仰ぐ。何もかも忘れ、このまま消えてしまいたい。出来もしないくせに。
    「よく気にしてくれるが、こんな女の何が良いんだ?」
     海から上がった彼女の壊れそうな横顔に、無意識に古い友人の面影を重ね見る。これが好意に似た自己満足と感傷なら――。俺は嘘つきだが、この思考こそ嘘であってほしい。
    「正直言って、悩んでいる。でも一緒にいて楽しいのは、確かだ」
     沈黙。既濁の葛藤を感じ、エルザは俯いた。でも彼は、容姿のみで言い寄る者とは違う。
    「……泳がないか」
     信頼したい。
     無心を求め海へ誘う。その先を考えるのは、どうしても怖くて。

     足元の貝殻を拾い上げ、白と青の少女はそっと陽に翳す。俺にとって白と青は香乃果の色なんだと、峻は茫と思った。いつだって彼女が隣に居るから、この楽園にも溶けこめる。
     思い出すのは昨年の夏の宣言。結局泳げないままで、と香乃果は照れ笑いした。
    「去年の夏の思い出の隣に、今年の思い出も並べてね」
     今年は同じ位綺麗な貝殻を。
     あの時貰った二番目に綺麗な貝殻は、今も部屋に置いてある――あの貝殻だけはちゃんと。
    「……有難うな。ああ、一緒に並べとくよ」
    「……良かった。邪魔かなって少し心配してたの」
     叶うなら、来年の思い出もその隣に。二人を遠目に眺め龍は思う。貰ったマース袋とフェルト人形も、大切に持っていようと。

     嘗て共に見た茜の海は、今は空映す青。白いワンピースにレヱスの日傘がくるり。眩しいのは陽の所為にして煌介は眸を細めた。拒まれ、尚抱く璃乃への愛。筒抜けだろうに――狡い。君も、俺も。
    「……学園で叱られたり、初めて恋をして、海に誓ったんだ。もう己を卑下しないと」
     銀の眸はあれから輝きを増したよう。叱咤、初恋、失恋。全て貴方を形造り、糧となる。
    「ひとつも忘れたらあきませんよ」
     足跡と共に今日の思い出を砂へ刻む。私はまだ、留まっていますか。音に出来ない問いは、青の彼方に融けた。
    「君も、俺との日々を糧に、憶えてくれてる……俺達、一緒に歩いてる」

     波と砂を蹴る音、何か懐かしくてさと龍は答えた。
     お気に入りの白いワンピース、お気に入りのバイオリン。お気に入りの場所で、お気に入りの曲を。独りの心地よさと寂しさが奏でる旋律は、波と潮風に共鳴する。誰も知らない朔眞の世界のはての音。
     また会いましょうね。愛しげな呟きと足跡ひとつ、波が静かに攫いゆく。

     全ての白と青を抱えるように、腕を広げてぐるりと回る。同じ仕草をする隣のひとと目が合い、一緒に噴き出した。はての浜のその果て目指し、依子と篠介は歩きだす。
    「お前さん絵になるよな、綺麗な場所がよう似合う」
    「貴方も、広々とした自然合いますよ?」
     錆色の広い背には青空が似合う。振り返った篠介の掌には、宝石のような碧い波のしずく。じっと依子の瞳の色を覗き、何故かにっと笑う。貴方と見ると、世界が色を増す。
     あっちに綺麗な魚がいたよと、濡れた掌をひいた。時の経つのも忘れ何処までも歩いて行けそう。
     何もなくても凄く幸せ。こうして――ずっとあなたと。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月25日
    難度:簡単
    参加:51人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 7
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