お前の傘は俺のもの

    作者:夕狩こあら

     とある駅の出入口付近に人集りができているのは、雨が降っているからだ。
     灰色の空を眺めながら雨が過ぎるのを待つ者や、迎えの車やタクシーを待つ者、或いは用意していた傘を広げるべく立ち止まる者……。様々な事情で人々が歩みを止める中、とある男の顔だけは雨にも負けず晴れやかだった。
    「雨か。俺様の服が濡れちゃいけねぇ」
     人ごみを掻き分けて雨空を見上げた男は、ふと隣で傘を広げるサラリーマンに目を留めると、
    「おう、お前さん。良い傘持ってんじゃん」
    「えっ、こ……これは」
    「俺にくれよ」
    「そんな! 待っ――ッ、ガァハッッッ!!」
     問答無用で鉄拳を喰らわせ、道路に吹き飛ぶ身体より傘を奪う。
    「傘は天下の回りものって言うだろ?」
     勿論そんな言葉はないが、圧倒的な暴力を見せつけた男に口答えする者など居らず、
    「いやぁ、相互扶助の精神って素晴らしい!」
     厚い胸板を迫り出して闊歩する男の背を、チラと盗み見るしかなかった。
     
    「相互扶助じゃなく、完全な武力行使だろ……これは」
    「人目を憚らず強奪するとは、相当のワルっす!」
     布都・迦月(幽界の調律師・d07478)が長い指を細顎に宛がい吐息した隣で、日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は怒りに拳を固めて口を開いた。
    「この強奪野郎は何を隠そう羅刹で、雨が降った日はそこかしこで一般人を力で捩じ伏せては傘を奪っていくんス」
     傘は万民の物という身勝手な信念を持つ彼は、これまで自分の傘を持った試しがない。奪った傘も雨が止めば捨てるというのだから腹立たしい限りである。
    「灼滅者の兄貴と姉御らには、雨の日に傘を持って奴を誘い、敢えて奪わせて灼滅して来て欲しいんスよ!」
     羅刹が乗り降りする駅は分かっているので、駅から彼を尾行し、人通りの少ない場所で戦闘に持ち込むのが良いだろう。
     勿論、駅の出入口には傘を持つ一般人も居る。傘は無理に死守せず、寧ろ差し出しても良い位だ。
    「この羅刹は、まぁチンピラで、神薙使いと似たような攻撃技の他、懐に隠している短刀を解体ナイフのように使ってくる事が分かってるッス」
     戦闘時のポジションはクラッシャー。
     攻撃の中心は利き手の鬼神変だが、逆の手に持つ短刀とて侮れない。
    「問題は戦場ッス」
     ノビルの声に迦月も麗顔を上げる。
    「駅を出てから自宅のマンションに向かうまでの間に戦闘に持ち込むんスけど、その間で良い戦場を選んで欲しいんス」
     駅は人通りが多いが、暫く奴を歩かせれば簡素な公園や月極駐車場、裏路地などの人気のない場所がある。立ち回るに適した広さを持つ戦場を選んで欲しい。
     ノビルは更につけ加えた。
    「特に弱点はない敵ッス。チンピラとて相手は羅刹、戦闘は力と力がぶつかる激しいものになりそうッス!」
     望む処だと両拳を突き合わせる灼滅者に、ノビルも力強く頷いた。
    「これからの季節、奴をのさばらせると被害者も増えるんで、一般人の恨みを晴らすべく灼滅して来て欲しいッス!」
    「……行こうか」
     迦月に続いて仲間が席を立ち、
    「ご武運を!」
     ノビルはその背に敬礼を捧げた。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)
    志賀神・磯良(竜殿・d05091)
    布都・迦月(幽界の調律師・d07478)
    宮代・庵(中学生神薙使い・d15709)
    綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)

    ■リプレイ


     梅雨入りを思わせる温い雨が降る夜だった。
     改札を抜けてシャツの襟を緩めた男は、肌に絡む湿気に不快を覚えつつ雑踏を縫う。周囲より頭2つも抜け出る巨躯で出口を見た彼は、鬱々と降る雨を前に足留まる人集りを見て口端を歪めた。
    「酷ェ雨だ。こりゃ止まねぇな」
     さぁ今日はどうやって帰ろうかと、既に解を持ちながら思案に暮れた男は、嘲りの内に一叢へと紛れるも、或る者の鋭眼には彼が件の羅刹――蛇乃目・澪胤だと見破られている。
    「目標を捕捉、と……」
     布都・迦月(幽界の調律師・d07478)は小さく呟いたテノールを喧騒に掻き消すと、気配を殺して涼風となり、自らも群集に溶け込んだ。その手には――傘。
    「止まねぇ雨はねぇにしても、バカ正直に待つとはお気楽なモンだね」
     辺りに灼滅者が紛れているとは知らぬ澪胤はクッと笑みを噛み締めると、雨空を見上げる大勢にあって独り低く視線を巡らせ、帰りの傘を捜した。
    「これは親切な……俺様に丁度の傘じゃねぇか」
     傍らの丈夫な紳士傘に目を留めた澪胤は、ゆっくりと視線を持ち上げて持ち主を瞳に映す。降り頻る雨を見上げていた青年は威圧的な凝視に気付くと、徐に傘を差し出し、
    「……どうぞ」
     と、ポツリと呟いた。
    「兄ちゃん、気前が良いな」
     恐怖で手放す者は居たが、自ら差し出すとは珍しい。凡そ感情の読めぬ声色に何処か肩透かしを喰らった澪胤は、然しこれは幸運とばかり持ち去った。
    「もっと抵抗すりゃ公衆の面前で恥かかせてやったのによ」
     それが暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)の傘とは知らず――。
    「……周囲の人に被害がなくて良かったね」
    「ん」
     手元を離れた傘の行く先を静かに見送るサズヤ、その髪をフワリと戦がせたのは神凪・朔夜(月読・d02935)で、
    「目標と接触。尾行を始めるよ」
     予備の傘を渡しながら携帯端末に指を走らせた彼は、小さく短く声を送ると、濡れた舗装路に足を踏み出し、澪胤の後を追った。

    「殴っときゃ良かったぜ」
     傘を奪う瞬間――暴力を振るう快感も然る事ながら、善良なる市民を力で捻じ伏せる背徳や、周囲の暴力に脅える表情、凍りつく空気までも気に入っている澪胤としては、未消化に終わった欲求を持て余したようだ。
     疼く拳で傘を握っていた彼は、ふと公園の入口に佇むフェミニンな傘に気付く。陰より零れる携帯の光に「待ち人か」と呟いた彼は、フリルの奥に隠れる女の顔を見ようと出来心に近付いた。
     面食らったのはその刹那、
    「こんばんは、羅刹のなんとかさん」
     まさか向こうから声が掛かるとは思わず、闇に浮かぶ緋色の瞳にハッと息を呑む。
    「毎度おなじみ灼滅者です。短いお付き合いになりますが、どうぞお見知り置きを」
    「、っ!」
     それからは怒涛だった。
     少女――華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)がサウンドシャッターを展開した直後、街路樹の陰から姿を現した宮代・庵(中学生神薙使い・d15709)が鬼神変を繰り出して巨躯に飛び込み、
    「貴方が蛇乃目さんですね! 公園で話をつけましょう!」
    「ッァア!」
     懐に斬撃を走らせた衝動で無理矢理広場に引き入れる。
     何事かと思う間もない。
    「刻み甲斐ありそう」
     降雨に掻き消されそうな小声を耳に拾ったのも一瞬。眼前には綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)が日本刀を翻し、本能的に懐に差し入れた手を雲耀剣にて手折っていた。
    「ぐうッ!」
     冴えた刃撃に踏鞴を踏んだ澪胤が、砂場に片脚を捕われた時、傍の垣根がさざめいたのは気の所為でなく――、
    「……!」
     白毛の狛犬が青眼の白蛇を首に巻く様を訝しんだ矢先、舌を突き出した白蛇は志賀神・磯良(竜殿・d05091)と成って殲術道具を解放した。
    「祓い給え、清め給え!」
     祝詞を紡ぐ如く流麗なる声は疾風を呼び、敵の巨躯を更に砂地へと押し込んで逃がさず、
    「何で羅刹ってこうもチンピラなの……しかも今回、すっごく頭悪いっぽい」
     可憐な瞳に映した敵影に嘆息しつつ、雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)が縛霊撃にて自由を奪えば、捕縛を受けた澪胤は瞬く間に囲まれていた。
    「ぐッ、どういう料簡だ」
     それが罠と気付いたのは、立ち塞がる一同の中に先程傘を奪った男――サズヤを捉えたからで、
    「その面……傘の恨みってなチンケな理由でもなさそうだな」
     朔夜の手元で未だ光る端末に目を遣り、尾けられていた我が身の滑稽さに笑みを漏らす。
    「愚行の代償は身体で払って貰おうか」
     迦月がそう言って殺意の波動を覚醒させると、澪胤は殺伐とした空気を肺に満たして愈々嗤った。


    「丁度燻っていた処だ。都合が良い」
     お膳立てに感謝する、と異形の怪腕を暴いた澪胤は、颯の如く闇夜を駆けた鏑矢を口角を持ち上げて迎えた。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
    「良いねぇ、やってみろ!」
     可憐なる腕に鬼神の膂力を解放して敵懐へと迫る紅緋。澪胤もこれに巨碗を掲げ、鋭爪に猛爪を突き合わせる。交わる衝撃は波動となって軍場を揺らし、死闘の幕開けを知らしめた。
     力の角逐を破ったのはサズヤのスターゲイザーで、
    「人の物を奪う事を悪事と認識していないのは、ダークネス、だからだろうか」
     婚星の如く頭上に迫った足蹴りは尾を引いて墜下し、利き腕の肩口を打突した後に巨躯を超重力に足留める。
    「ッグ、ッッ! 貴様ア!」
     押し潰すような衝撃に歯切りした澪胤は、身体を跳ね上げて痛撃を拒み、怒号と共に風刃を放った。
    「俺様を雨に濡らした償いだ、血を見せろ!」
     雨粒すら両断する風の鋭刃が一斉に吹き込んだ瞬刻、盾にと踏み出たのは迦月と羽衣。
    「どうしてこんな七面倒臭い奴が多いんだ」
    「傍若無人でも何でもいいけど、なんなのかしら、このへんな思考回路」
     迦月がレイザースラストを差し入れて次々に疾風を手折る中、羽衣がワイドガードを展開して耐性を高める。彼女の霊犬オロピカも六文銭射撃にて弾幕を張り、続く磯良の霊犬阿曇も浄霊眼を注いで支援すれば、4枚の盾は一枚岩となって自陣に傷を許さない。
    「洒落臭え!」
     血潮に飢える澪胤は修羅の如き形相で剛腕を駆り、自らを火球の如くして驀進した。久々の闘いに悦ぶ拳は研ぎ澄まされて威力を増し、前衛を蹴散らそうと突き進む。
     然しそれは朔夜のアンチサイキックレイが阻んだ。
    「嫌だね、こんな自分勝手極まる奴。虫唾が走る」
     魔導書『嫦娥』を披き、突進する巨躯に魔光線を弾く。普段は穏やかな彼が唾棄すべき相手を敵にして眼光を鋭くさせ、語調も凄みを増す――まるで別人だ。
    「がぁアア、ッッッ!」
     袈裟に疾駆した裂傷に激痛を叫んだ澪胤が次に見たのは、フワリと浮かんだランタンの灯と、表情のない花顔。
    「貴方の声も音もちょっと耳障り」
    「……ッッ……ッッッ!」
     刻音の黒死斬が腱より鮮血を噴かせ、雨に濡れる砂地に真紅の血溜りを作る。突然の斬撃に声を失った澪胤は、然し唇を噛み締めた後に反撃の刃を突き立てていた。
    「ッ――」
     深く潜りすぎたか、刻音の繊麗なる四肢は刃の疾走を許して宙に跳ね上がる。
    「ぐぬぬ、乙女の肌をいたぶるとは何たる邪悪! その傷、跡形もなく消して見せます!」
     一片の花弁の如く雨空に翻った身体を見上げ、眼鏡をクイッと持ち上げた庵は癒しの美声を発して傷を慰め、
    「本当、無粋だよねぇ」
     彼女を迎えに天へと舞った磯良が、その腕に刻音を抱えて着地した。皮肉を含んだ科白と共に牽制のカオスペインを刻むあたり、粋な彼の悪戯が利いている。
    「く、っ」
     初めて見る連携という力に翻弄された澪胤は、圧倒的な暴悪を前に凛然たる麗顔を崩さぬ彼等に唇をきつく結んだ。


     蓋し力は己が上だと――澪胤が歪んだ笑みを消さないのは、暴力で生きてきた証があるからだ。
    「華奢な拳だぜ、お嬢ちゃんよ!」
     赤きバトルオーラ『ヴォーヌ・ロマネ』を纏って拳打を繰り出す紅緋に怪腕を合わせながら、認めぬとばかり彼女を薙ぎ払った澪胤は、追撃より守ろうと磯良が差し挟んだ除霊結界をも風刃に蹴散らして力を顕示する。
    「この世は強者のみが淘汰を許される生き地獄。モノ言いたきゃ力を振るえ!」
     刻音が放ったティアーズリッパーに相討ちの短刀を被せた彼は、尚も降り頻る雨に赤い雫を混ぜて叫んだ。暴力こそ生きる糧だと言う不条理な理念がその力を以て灼滅者に迫るも、
    「んん……自分の傘を持てば、それで済むと思うのだが」
    「正論だな」
     雨落つ如く染みたサズヤの科白に迦月がフッと苦笑を零し、場の空気が僅かに変わる。
     感情の絆を強くした両者の連携は速く鋭く、
    「なっ、に……!」
     片や地を滑る一陣の風となって低めの斬撃を、片や天駆ける翼となって頭上より剣閃を翻せば、上下のコンビネーションを受け取った澪胤は初めて退き膝を濡らした。
    「畜生ッ!」
    「存在するだけでムカつくから即刻灼滅しよう」
     間断を許さずオーラキャノンを放った朔夜の連携も抜群。泥濘に脚を沈めた瞬間に凄然たる闘志を押し込めば、反撃する間も摘まれた敵は歯噛して睨むのみ。
    「……ぐぅウウッッ!」
     血反吐と雨、砂の絡む咥内の不快さは言い様もない。
     澪胤は口に広がる鉄の味を砂地に吐き捨てると、短刀を振り翳して毒の風を呼び起こした。
    「ういは、お前みたいな何も考えてないくだらない鬼は大嫌いだわ」
     怨念に満つ竜巻も羽衣の閃光百裂拳に穿たれれば威力は弱まり、
    「何でも自分の思い通りになるって思ってるけど、結局雑多な社会の闇で王様気分なだけ」
    「……小娘が知った口を!」
     主の声に呼応したオロピカが阿曇と揃って斬魔刀を走らせた後は、暴風も微風と変わる。
     毒の心配は庵が掻き消し、
    「流石わたしですね!」
     自信家の彼女の言う通り、手厚い回復支援を行う庵の前に負傷する仲間はなく、初動で掴んだ優勢のまま戦闘は続いていた。
     澪胤を敗色へと導いたのは刻音の雲耀剣で、
    「それじゃ、刻んであげる、ね」
     眼前に飛び込む短刀を頬に掠めた彼女は、血を差し出す代わりに自らの刃を敵の腕に沈め、醜い音を立てて手首から肩口まで切裂いていく。
    「がぁアアアッッッ!!」
     肉を刻まれた手は苦悶に震えて刀を落とし、前屈した瞬間にサズヤが忍めば、その巨躯は見事に空を泳いでいた。
    「……偶には、雨に濡れるのも、良いと思う」
    「おォヲヲッッ、フッッッ!」
     受身も出来ぬ角度で投げられた体躯は泥濘に落ち、温い雨が更に屈辱を味わわせる。
    「傘が欲しかったんだろう? こいつをやろう」
     濡れそぼつ生地を肌に絡めた澪胤を眼下に敷き、迦月が傘を差し出したのは何も慈悲ではない。黒い傘と共に視界に飛び込んだのは彼の一振り『響霊刀・天雷』で、自慢の怪腕に斬撃を走らせて優位を不動のものにした。
     加えて、後衛で戦況を見極めていた回復陣が攻撃に転じたのも終幕を予期させる。
    「傘を奪われた人が風邪を引いたり、大事な持ち物が濡れて困るとは考えないのでしょうか! これだから羅刹は許せないのです……灼滅決定ですね!」
     レインコートを颯爽と翻しながら爆炎の魔弾を連射した庵に続き、
    「まぁ『春雨じゃ、濡れてまいろう』という風情が無いあたり、所詮は羅刹だね」
    「本当、それぐらいの風流とか余裕とか見せなさいよバーカバーカ!」
     失笑を扇に隠した磯良と、嫌悪を露わに頬を膨らませた羽衣が、それぞれ神薙刃とグラインドファイアの遠近攻撃を合わせて敵影に叩き込んだ。
    「嗚おおおをををををっ!!!」
     今際の咆哮を突き上げる澪胤を黄泉路へ誘ったのは、やはり連携の力。
    「さて、一気にいきます」
     紅緋の声に静かに頷きを返した朔夜が、彼女と対角に雨空を舞う。視界一杯に拳のラッシュを、背には雷光閃くフォースブレイクを喰らった澪胤は、最早激痛を叫ぶ声もなく、大きく開けた口より臓腑を搾り出して泥濘に沈んだ。


     どうやら雨は本降りになってきたらしい。
     激闘を制した灼滅者らは沈黙のうちに澪胤の灼滅を見届けるも、その跡は直ぐに降雨に消され、水溜りが広がれば名残もない。
     安堵とも嘆息とも取れぬ吐息がサァァァ……という雨音に紛れた矢先、静けさを取り戻した公園に声を響かせたのは庵。
    「ば、馬鹿な!?」
    「!?」
     驚愕に震える声に一同が視線を集めれば、返る答えは何とも平和で、
    「私が確認した天気予報では、雨は夜更け過ぎに止むと言っていましたが……!」
    「外れる時もあるよ。それが今日っていうのが残念だけどね……」
     朔夜は苦笑して夜空を見上げたが、制勝を得た今ならば温い雨も心地良く感じられよう。月を隠す厚い雲は未だ夜の天蓋を覆っていたが、それより降る雨は勝利を祝って喜んでいるようにも見えた。
    「濡れたな……」
    「これだけ濡れたらもう同じよね。寧ろ開き直るというか」
     既に戦闘で随分と濡れてしまった彼等である。羽衣はそれでも身体を冷やさぬよう傘を差し出した迦月に謝辞を返して之を開き、生地に跳ね落ちる雫の音に耳を寄せて破顔した。
    「雨も温かくなりましたね。梅雨が明けたら夏ですか」
    「ん……」
     愛らしいフリルの傘よりそっと手を差し伸べた紅緋が、肌に触れる雫の温度に季節の移り変わりを読み取る一方、金の艶髪を雨に晒した刻音は、色白の肌に絡み付く血糊が天の恵みに落とされていく感覚を確かめていた。
    「戦った後のどろどろ状態じゃ、とても風情があるとは言えないね……」
    「ん……風邪を引かない様に、早く帰らないと」
     白糸の髪より雫を零しながら、自らの衣服の汚れを皮肉った磯良に、サズヤがぼんやりとした頷きを返す。その手には、奪われた筈の傘が元の姿で確りと収まっていた。

     降り頻る雨の下、シャワーを風呂をと声を合わせた一同は、濡れそぼつ身体を夜道に隠して街を去った。依頼を成功に収めた灼滅者を生憎の雨で見送った公園も、翌朝には燦燦と陽光を注ぎ、平穏を取り戻した喜びに輝いていたというが――その福音は彼等に代わって、街の人々が受け取ったということだ。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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