手負いの獣達

    作者:彩乃鳩

    ●福岡県白島、男島。
     かつては、下関要請の一翼を担う軍事基地。
     現在は、巨大な石油備蓄基地となっている、福岡県沖の小島である。
     その小島の岸壁に、多数のイフリートが集う。
    「ガイオウガ様ノ無念、イカニシテモ果タサネバナラヌ」
     その中心には、黒い毛皮のイフリート、クロキバが居た。
    「アフリカンパンサーノ座ス軍艦島ハ、間モナクソノ姿ヲ見セルダロウ」
     クロキバは、苦渋の表情を浮かべる。
    「ウズメトハ話ヲツケタ。本懐ヲ遂ゲタ後、アフリカンパンサーノ地位ヲ我ラガ占メルナラバ、軍艦島ヘ導コウト……」
     アフリカンパンサーを討つ為に、うずめ様の配下に成り下がった。
     だが、他に方法は無い。
     武蔵坂の灼滅者さえも撃退する軍艦島に、アカハガネ達が離脱した事で更に勢力を縮小させた、クロキバ達が攻め入るには、これしか方法が無いのだから。
    「オ前達ノ、命、アズカラセテモラウ」
     そのクロキバの言葉と同時に、海上に島のように巨大な軍艦が姿を見せ、イフリート達が、力強く吼え猛った。
     因縁の決戦の幕開けである。

    ●武蔵坂学園
    「てな感じでクロキバ達に動きがあったみたいだぜ」
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)がびしりとポーズをつけながら灼滅者達に説明する。
    「クロキバは、うずめ様の傘下に加わる事を条件に軍艦島に入り、アフリカンパンサーに勝負を挑んだ。以前の反乱騒ぎで、クロキバの求心力はかなり下がっていたし。苦渋の選択だったんだろうな」
     クロキバは獄魔覇獄で武蔵坂に協力を断られている。こちらに頼りづらかったという背景もあるのだろう。
    「で、その戦いはどうなったんだ?」
     集まった灼滅者のうちの一人が先を促す。
    「戦いはアフリカンパンサーの勝利。クロキバ達は、うずめ様の取り成しで撤退を許されて、今は戦いの傷を道後温泉で癒しているんだけどな」 
     下総・文月(夜蜘蛛・d06566)の予測もあり、イフリートの動きを察知はできたものの、既に武蔵坂は戦いに介入できるタイミングは逃している。問題点は、敗北したクロキバ勢が滞在している場所にあった。
    「道後温泉はゴッドセブン『もっともいけないナース』の配下が活動していて、イフリート達と接触中なんだな、これが」
     DOG六六六のいけないナース達は、傷ついたイフリートをそれはそれは献身的に介抱しているらしい。
    「その手練手管に、クロキバ達が陥落されてしまう危険性が高い。DOG六六六の勢力を拡大させないためにも、それは阻止しないとな」
     現在一組のいけないナースとイフリートが、とある温泉宿で湯治していることが判明している。今回の依頼は現場に乗り込み、二人を引き離しDOG六六六の勢力拡大を阻止することだ。
    「このいけないナースの名前はチユ。『お客様に安全にお帰り頂く事を最優先』にするからな。戦闘になった場合は、自分が足止めしてイフリートを逃がそうとするだろうぜ」
     ダークネス二体と同時に戦うのは厳しい。
     実力を考えればチユに的を絞って対処し、イフリートは相手の望み通り逃走させた方が良いかもしれない。
    「放置していたらクロキバのイフリートは、もっともいけないナースに完全に籠絡されて配下になってしまうからな。くれぐれも頼んだぜ」
     ヤマトは灼滅者達に親指を立てて見せつつ……最後に静かに呟いた。
    「仲間の造反で捕えられて、武蔵坂学園に救われて。こっちの『頑張ってイフリートを率いて』っていうメッセージに奮起して軍艦島へ攻撃して……クロキバも今はどこかで傷を癒しているのかね」

    ●道後温泉
     とある宿の露天風呂。
     広大な敷地を贅沢にも貸切にして。
     共に湧き出る湯につかり。DOG六六六のいけないナース、チユはイフリートを繊細な手つきで撫でつけた。
    「傷も随分良くなってきましたね」
    「……」
    「そろそろ何か話してくれると嬉しいのですけど」
     人の形をとったイフリートの青年は答えない。
     先の戦いで心にも体にも大きな傷を負った彼は、ただされるがまま。魂が抜け落ちた人形のように、心も口も堅く閉ざしていた。
    「安心して……きっと私が全て忘れさせてあげますから」
     チユはそっと相手を抱きしめる。
     静かな二人の時間が、ゆっくりゆっくりと時を刻む。
     どれほど経ったろうか。火照った肌を震わせて、淫魔は小首を傾げた。
    「――招かれざるお客様が来たようですね。でも、大丈夫。あなたは、私が守ります」


    参加者
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    ティート・ヴェルディ(九番目の剣は盾を貫く・d12718)
    日影・莉那(ハンター・d16285)
    双見・リカ(高校生神薙使い・d21949)
    果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)
    浅山・節男(勇猛なる暗黒の正義の使徒・d33217)
    奥田・文太(喰い尽くし不思議使い・d33323)

    ■リプレイ

    ●ダークネス二人
     道後温泉のとある宿。
     二人のダークネスが逗留する場所である。露天風呂に通ずる脱衣所において、灼滅者達は扉を吹き飛ばした。一見奇襲が失敗したような形だ。だが、これは卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)が中心となって仕掛けた策だった。
    「強い敵と戦えりゃいいが……そうも言ってられねーか」
     普段は眼鏡のティート・ヴェルディ(九番目の剣は盾を貫く・d12718)は、戦闘時に着用するコンタクト仕様。今回の基本構想はイフリートを避け、淫魔を打倒することが第一。このまま淫魔が単身来れば良し。来なければ改めて突入する手筈だ。
    「招かざるお客様が来たようですけど……?」
     チユはいつまで待っても姿を現さぬ相手に、違和を覚えて湯から出ようとする。灼滅者達は構えるが、そこで意外な人物が動く。
    「!」
     イフリートの青年が、淫魔の手を掴み引き止めた。これは灼滅者と淫魔の両方の意表をつく。その動作が何を示すのか、誰もが掴み損ねた。
    「クロキバ勢がどちらを選ぶにしても、此方は覚悟をもって受け入れる必要がありますね」
     こうなっては仕方がない。
     西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)を始め、灼滅者達は警戒しつつも露天風呂の方へと移動する。あられもない淫魔のアップに、見慣れぬ奥田・文太(喰い尽くし不思議使い・d33323)は視線を彷徨わせた。
    「じょ、女性が大きく肌を出すのはあ、あまりよくないんだな」
    「あら、随分初心なお客様がいるようね」
     チユがパチンと指を鳴らすと、瞬時に白衣姿へと変わる。
    「これでよろしいかしら?」
     淫魔の豊満な肉体の線が白衣越しにはっきりと出ていて。裸体とは違った色気があるのが困りものだったが。そして、その片手はイフリートの青年としっかりと握られている。
    (「同種の仕事じゃ籠絡されかかってる奴が多いみたいだが、こいつは少しはマシな方なんだろうかね」)
     日影・莉那(ハンター・d16285)が青年を見やる。精悍な顔立ちの左目周辺には古い火傷の跡があり。両眼には何の感情も浮かんでいない。
    「大丈夫、何も心配はいりません」
     イフリートを安心させるように、淫魔は微笑みかけ。
    「あなたは私が守ります」
     同時に、灼滅者に殺気を放つ。
     チユが口笛を吹くと、周辺の水が宙に浮かび変質した。サイキックエナジーにより変幻自在に形を変えて毒性の液体が襲い掛かる。
    (「心身共に傷付いた時に優しくされたら籠絡するのも無理はないですね。しかしこちらにも都合があります」)
     浅山・節男(勇猛なる暗黒の正義の使徒・d33217)は、ラビリンスアーマーで防御力を高め、チユとイフリートの行動をよく観察する。
    「すみませんが、今は何も言わずに退いてくれませんか。そしてクロキバさんの下へ帰って下さると嬉しいのですが」
     イフリートの虚脱した目が、節男と合う。
    「生きるつもりがあるならともかく、死にたいなら、ここで介錯してやるが?」
     レイザースラストで反撃する果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)には、敵意と殺意が見え隠れする。作戦の都合上、積極的にイフリートを狙いはしないが、本心では奈落は敵全てを灼滅したいと思っていた。
     灼滅者として、ある意味正しい姿勢ではある。
    「淫魔は全てを忘れさせると、言っているんだよ。イフリートさんの過去の想いを否定している」
     双見・リカ(高校生神薙使い・d21949)は、イフリートが何を言い出しても『受容と傾聴』を丁寧に続けるつもりだった。
     力でも容姿でも手管でも淫魔には勝てない。
     だが、それでも出来ることはあるはずだった。

    ●沈黙のイフリート
     織久が螺旋槍で突撃し接敵する。
     すると、自然に淫魔の傍にいるイフリートとも至近することになる。
    (「ガイオウガ復活の影響が不透明な状態では、全面的な協力は難しいでしょう。しかし、セイメイやパンサーの打倒であれば学園にも利があります」)
     兄や親しい人間が所属する学園は盾・拠所として、織久は自分なりに大事にしている。学園に利のある行動は何か、と考えたときにイフリートの動向には気を配る必要があった。
    (「ですが、このイフリートはいまいち読み切れない。殺意も狂気も感じない」)
     西院鬼伝承武器たる闇器を扱う、織久だからこそ怨念の類には自然敏感となる。戦端が開かれたというのに、青年は未だ虚ろなまま。
     ティートからすると、その様は面白くないものだった。
     ちょっとばかり腹が立つ。
     ボロボロの時にヘタに声を掛けても、自分だったら全然嬉しくないし寧ろ余計惨めになる。それに正直何と言えばいいのかも分からない。
     迷いはしたが、イフリートに言葉を掛けるのは止めておいた。
     ただ、本来ファイアブラッドよりも派手に燃やせて強大であろうイフリートに。
     このままでいいのかと。
     立ち上がりたくないのかと。
     少しでも、心に火が灯ればと。
     心から願う。
    (「せめて派手に燃やして戦うさ」)
     ティートはシールドバッシュで攻撃を引き付け仲間の盾となり、猛然と淫魔へと向かう。闘志の炎を燃やす姿は、イフリートの目に確かに焼き付いていた。
    「……」
     その上でイフリートの青年は動かない。淫魔の手を取ったまま。奇妙なことに淫魔も灼滅者も、イフリートを戦闘外に置くという方針は一致している。そのまま攻防は激しくなっていく。
    「牙を抜かれて家畜に成り下がるようなやつに興味はないな」
     斬影刃で莉那が斬り込み。
    「悔しかったら根性見せろよ……ライラプス、回り込め!」
     主人の言葉に応じて、霊犬が淫魔へと向かう。
    「彼らは家畜ではありませんよ。大切な私達のお客様です」
    「なんとも節操のない勧誘だな。らしいと言えば、それまでの話ではあるが」
     チユがイフリートを守るように水を操る。
     毒、催眠、石化……多様な悪影響をもたらす流水に晒されながら、奈落は万が一、イフリートが参戦した場合を考えて遠距離サイキックで攻撃していく。リカはオーラキャノンを放ち。文太はイエローサインで味方全員にBS耐性を配っていった。泰孝は最後手として、必要に応じて味方を回復させて皆が存分に動けるように努める。
    「残念ですが、このままでは危険ですね。お客様、この場は私にお任せになってどうか」
     チユがイフリートに逃亡を促す。それでも青年は頑なに動こうとしなかったが、女は繋いだ手に軽く唇をつけた。
    「最後までお付き合いできず申し訳ありません……貴方の傷がいつか癒えることを、一人の女として願います」
     ただ相手の無事を祈るように。
     イフリートはついにその手を離した。
     淫魔の顔をしばし見つめた後、不安定な足取りでその場を去っていく。灼滅者達は敢えてそれを見送る。青年の姿が完全に見えなくなるのを確認してから、節男はチユに改めて向かい合った。
    「やっぱりイケメンは得ですね、いけないナースがつきっきりとか」
    「ふふ、お恥ずかしい所をお見せしましたね。私、ワイルドなイケメンが好きですので」
    「僕も手負いになれば看てもらえますか?」
    「……ワイルドな、イケメンが好きですので」
     灼滅者は肩をすくめた。
    「無理ですか。そうですか」
     
    ●淫魔の献身
     不確定な存在が去ったことで、戦況は苛烈さを増す。
     両手が自由となったチユは、巨大な注射器を幾つも取り出してみせた。
    「さて、お注射の時間ですよ」
    「い、痛そうなんだな」
     文太の言葉は決して過言ではない。
     一刺しされるごとに深刻なダメージを加えられると共に、ドレインによる回復が行われる。バッドステータスの付与だけでも危険であるのに、回復と攻撃の一体化は厄介なことこの上なかった。
    「胸クソ悪い。ぶっ潰してやる」
    「あら、怖い。ワイルドな人は好きですけどね」
     ティートと莉那が攻撃しつつも壁となる。霊犬のライラプスも主人に倣いながら、浄霊眼でキュアに専念した。
    「此方も余裕を持って戦える訳ではありませんからね」
     織久は黒死斬、ティアーズリッパーと繋ぐ。距離が開けば牽制を入れて、そこから高速の動きで敵の死角に回り込みながら斬り裂く。
    「ダークネスは殺る」
     イフリートの参戦を気にしなくてよくなった奈落も、ニサンザイブレイドの重い一撃を繰り出しチユへと迫る。
    「私もそう易々と倒れるわけにはいきません。無口なお客様とお約束しましたので」
    「本当、イケメンって得ですね」
     節男はダイダロスベルトを射出し、七不思議の言霊でキュアし、ラビリンスアーマーで仲間を回復させる。攻撃と回復の両方を担う様に立ち回り、戦線を保てる事を意識した行動を心掛けた。
    「癒しの泉が、悪徳の沼と化すとは。哀れなことよ」
    「回復がなかなか追いつかないね」
     泰孝は怒りを使って囮となっているティートの防御力を上げ、悪影響を与える液体の被害に対処していく。文太も最優先で味方列を回復させた。ばら撒かれるジャマ―行為に、リカは集気法でカバーする。
    「どうやら、私への対策もしっかり立てているようですが……」
     淫魔のエフェクト付与により、灼滅者達の動きは徐々に鈍くなっていく。そんな意志は元よりなかったが、イフリートを追うことは出来そうもない。そして、それこそがチユの最大の狙いであるようだった。
    「万が一、億が一、兆が一でも……あの人に危険が及ぶようなことはさせません」
     少しでも長く、足止めする。
     そんな意志を灼滅者達は感じていた。
    「あちらも回復を多用してきましたか」
     闇焔からデスサイズを振るい、織久が対応する。淫魔が時間稼ぎに移っているのは明白だった。
    「このっ」
    「っと、その攻撃は見切ったぞ」
    「しまっ……」
     巨大注射から莉那が身を翻し、鋼鉄拳の一撃を叩き込む。ブレイクにより、チユの妨害向上の力が解除される。
    「さっさと終わらせるっ」
    「っ!」
     最も損傷の激しいティートが傷をものともせず。機会を逃さず炎を纏った蹴りを放つ。淫魔は燃え盛る炎に苦悶の声を漏らした。
     灼滅者達が畳み掛ける。
     リカが確実に攻撃を当てて削っていき。奈落が火の花を飛ばす。節男は七不思議奇譚で追撃した。
    「まだ……まだ、です」
     淫魔は最後まで抗わんとするのを止めない。
     操る水の勢いも次第に弱まっていくのは隠しようもないのに。
    「す、凄い執念なんだな」
    「淫魔の情念か」
     長期戦を支えた回復組も余裕が生まれる。
     文太が殺人注射で意趣返しを成功させ、泰孝がマジックミサイルを撃ち込む。文字通りの総攻撃をダークネスは受け続けた。
    「……う、く」
    「もう立っているのも精一杯か……沈め」
     奈落の斬撃が直撃し、白衣を纏う淫魔は倒れ――

    「待テ……武蔵坂学園」

     全身に灼熱の炎を纏う獣が――女の体を受け止めた。

    ●イフリートと淫魔
    「ヤハリ……コウナッタカ」
     黒い毛並に、鋭い牙。輝く左目の灼眼付近には古い火傷の跡。
     神話の存在である幻獣種が、灼滅者と淫魔の間を少しでも離すように位置取る。
    (「さっきのイフリート……戻ってきたということですか?」)
     織久の疑問は、味方のみならず敵にも共通する。
    「お客様……何で?」
    「牙ヲモガレタ家畜モ、少シ根性ヲ出ス事モアル」
    「……ようやく話してくれたと思ったら、他の女のことを口にするなんて無粋ですね」
     チユは地に伏し苦笑しながら、莉那に視線を送る。
     イフリートは、ぼろぼろになった淫魔をちらりと確認してから灼滅者に相対した。輝く炎の勢いに、戦場の温度が急激に上昇する。
    「頼ミガアル。此処デ、手打チニシテ欲シイ」
     灼滅者達に投げかける言葉には、悪意はないが妥協もない。
    「迷うは道理、されど悔い無き選択を選ばれよ」
     泰孝は一歩前に出てイフリートに語る。
     
     魂癒し、傷塞ぎ、癒すは闇の獣とて求める救いたろう。
     が、そこに魂胆、欲望ありては悲しき事よ。救済足りえぬ。
     獣は獣と、魂なき人形を手繰るが如き。

    「これでは救いも癒しも足り得ぬ。童の人形遊びが如き悲しさよ」
    「……」
    「他を想う真心なきダークネス故にというには、憂いしか感じぬ」
    「……悪イガ。正直、言葉ノ意味ハ理解デキナイ」
     灼滅者が包帯に冷や汗滲ませ平易な言葉で言い直そうとする前に、イフリートは続ける。
    「ダガ、想イハ伝ワッタ。武蔵坂ニハ要ラヌ心配ヲカケタヨウダ」
     巨大な獣は、そこでリカに鼻先を向けた。
    「ソコノ娘ノ言ウ通リ。俺ハ過去ノ想イヲ否定スル事ハ出来ナイ」
    「……イフリートさん」
    「灼滅者ノ娘ヨ。オマエノ中ノ慈悲ニ感謝スル」
     頭を下げるような動作を、灼滅者達に見せる。 
    「オマエ達ノ目的ハ、我々ガ吸収サレナイヨウ二スルコトダロウ? 俺ハ、淫魔ニ属スル気ハナイ」
     ……クロキバノ命令デモアレバ別ダガナ。
     イフリートは静かに付け加えた。
    「コノ淫魔モ、ココマデノ重傷。暫ラクハ動ク事モママナラヌ。武蔵坂ノ目的ハ既ニ達ッシテイル」
     確かに今回の依頼の性質上、戦果としては充分なのは事実だ。
    「ドンナ思惑ガアルニセヨ、コノ女ニハ恩ガ有ル。コレ以上ヲ望ムトイウナラバ、今度ハ……我ガ炎ガ相手ヲスル」
     瞬間、灼熱の業火が大空に舞う。
     連戦ということを抜きにしても。灼滅者全員を亡き者にするに充分な熱量が、そこかしこに漂う。誇り高く包み込む、極限まで研ぎ澄まされた炎だった。 
    「イフリートとやるつもりはないさ……今のところは、な」
     炎の牙を見せつけられながらも。
     奈落は動じず応える。敵意と殺意をロングコートの内に秘めながら。
    「今ノトコロ、カ。俺ニトッテハ、ソレデ充分ダ。闇堕チノ覚悟ヲシテイル者ノ匂イモスルシナ」
     そう言ってイフリートは、火傷跡がある左目を節男の方へと油断なく向ける。
    「淫魔ノ女ヨ。武蔵坂ノ気ガ変ワラナイ内ニ去レ」
    「……分かりました。でも、最後に一つ」
    「……」
    「貴方のお名前を」
    「カグヅチ」
     淫魔は満足したように微笑んで、傷ついた身体を引きずるように場から去る。イフリート……カグヅチは女の背を見ようとはしなかった。
    「借リガ出来タナ、武蔵坂ノ灼滅者。俺モ、居ルベキ場所ニ戻ルトスル」
    「い、生きてるならまだや、やれる事があるのに。こ、ここで燃え尽きてるなんて残念過ぎるんだな」
     文太のエールに、イフリートは実直に頷く。更に泰孝が言い募る。
    「クロキバ殿にも同義の言葉、及び武蔵坂との邂逅望むならばこの様な場で無く彼の本拠、鶴見岳にて言の葉交わそうとの伝言願いたい」
     これに対しての返答は単純ではない。
    「礼代ワリニ言ッテオク……モシ、クロキバト話シ合イタイ、ナラバ。直ニ探シ当テテ伝エタ方ガ良イ。ナルベク早ク……手遅レニナル前ニナ」
     カグヅチは炎を纏って彼方へと跳躍する。
     宿敵の眩い姿に、ティートはふとある可能性に思い当たる。
     自分は愛する者を守る力を欲した時、炎が応えた。
     もしかしたら。
     あの強大な炎は療養によるものだけではなく。
     今回、このダークネスも同じだったのではないか。証拠などありはしないが、何故かそう思えた。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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