武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
今年の修学旅行は、6月23日から6月26日までの4日間。
この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。
修学旅行の行き先は沖縄です。
沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
2日目の午前は美ら海水族館を見学します。
イルカが好きな方、ワクワクしたい方、ぜひ少し足を延ばしてください。水族館から5分ほどの場所に大人気のイルカショーが楽しめる『オキちゃん劇場』があります。
沖縄の青い海を背景に、グレーの体がしなやかに力強く跳ねる姿は迫力満点。音楽にあわせてくるくる回ったりボールをつついたりする姿はユーモアいっぱい。さあ、手拍子で盛り上げて。
劇場の名前にもなっているミナミバンドウイルカのオキちゃんはなんとショーを続けて今年で40年。他にもオキゴンドウのゴンちゃんや芸達者なイルカたちが見せる芸の数々に笑顔になること間違いなしです。
近くにある売店『オキちゃんパーラー』で買ったアイスやジュースを片手に楽しむのもいいかもしれません。マンゴーやシークヮーサー味のアイスはいかが?
イルカラグーンではイルカ観察会が行われています。口を開けたイルカに歯を見せてもらったり、トレーナーがイルカについての解説をしてくれます。これであなたもイルカ博士になれるかも?
餌をあげたりタッチしたりできるふれあい体験も貴重な思い出になるでしょう。
「せっかくのショーですから、大勢で見た方が盛り上がると思うんです」
修学旅行のしおりと数冊の本を抱え、隣・小夜彦(大学生エクスブレイン・dn0086)はアンティークグリーンの瞳をやわらかく細めた。
ふせんのついた1冊を広げれば、青空をバックに跳ねる流線型のシルエット。3頭同時に綺麗なアーチを描くイルカたちはどれほどの練習を重ねたのだろう。
調べているうちにすっかりイルカに魅せられてしまったと、小夜彦はガイドブックのページをめくる。
「沖縄は初めてではないのに、行くたびに新たな楽しみが見つかるものですね」
照れたように肩を竦めて。
「せっかくですし、ご一緒にいかがでしょう?」
初めての沖縄の人も、そうでない人も、今年だけの思い出を作りに。イルカたちは愛嬌たっぷりに歓迎してくれるはず。
さあ、皆で修学旅行を楽しもう!
●ハロー、ドルフィン
吸い込まれそうに鮮やかな空と、陽光を受けてきらめく海原。
ふたつの青を背景に、飛沫がひとつ跳ねた。きらきらと輝く透明な水の玉がプールに返り、波紋を広げる。涼やかな音を響かせたダークグレーの尾びれが皆を歓迎するように左右に揺れた。
「あっちで……イルカさんに、触ったり餌あげたりできる、みたい。……いって、みようか?」
「わぁ、是非。もっと近くに、行きたいです」
立花が広げたガイドブックを覗き込んで、ミユは唇を綻ばせた。陽太の足取りも軽くなる。初めての修学旅行にそわそわするのも、2度目の思い出に期待するのも、クラブの皆と一緒ならまたひとしおで。
浅いプールへと近づけば、水面から顔を出したミナミバンドウイルカとご対面。くちばしみたいに長い口を開けてこんにちは。
「わ、わ。おっきい……!」
藤の瞳を丸くして千尋が思わず立ち止まった。
反対に身を乗り出したのは織兎。食べかけのマンゴーアイスを口に押し込んで、プールの縁にしゃがみこむ。
「わ~可愛いな~」
「おお、綺麗な歯並び。じゃが私とて負けはせぬぞ!」
華織が白い歯を見せてにらめっこ。じーっと見つめあう様子を後ろから見て、六華は長い髪を揺らして微笑んだ。本で読んだとおり、賢くて良い子。
「大丈夫……こわく、ないよ」
立花に撫でられて、背に隠れていたフィンナーシュも一歩踏み出す。じっと待ってくれるイルカに頬が緩んだ。
「怖いって、思って、ごめんなさい、です……」
楽しげに尾びれが跳ねる。きらきらと宙を舞う水滴を浴びて陽太が歓声を上げた。
「わぁ! イルカも喜んでるみたいですね」
「きゅいきゅいーって鳴くんですね。なんだか、可愛い……」
六華が胸の前で拳を握る。そのまま皆で順番に握手したり、撫でてみたり。弾力のある感触にミユは頬を紅潮させる。
「嬉しい……。イルカさん、どうもありがとう」
続く餌やりも順番に。おっかなびっくり、あるいは勢いよく。魚を投げる仲間達と頭を上下に振るイルカの仕草を見ているだけで、織兎の笑みは深くなる。
「……わぁ、ちゃんと食べた……! いいこ、いいこ」
「大成功なのじゃー♪」
千尋の頬がマシュマロみたいに緩んで、華織のアホ毛がぴょこんと跳ねた。
「さぁ、参りましょう」
足取り軽いシアに手を引かれ、榛名は眼鏡の奥の瞳を細めた。振り向く笑顔と跳ねる三つ編みを眺めながら寅綺と沙雪も歩を進める。
「シアさん、そんなに急がなくてもイルカは逃げないと思うよ」
「ほい、ドリンク皆の分も買ってあるよ」
プラスチックのコップの中で、氷が涼やかな音を奏でた。追いついた2人に差し出せばふわりと笑顔が返される。ついでに皆で写真を1枚。
階段状に浅くなったプールの縁に辿り着けばつぶらな瞳に出迎えられた。
「結構目が可愛いですね」
「大きいけど、思ったほど威圧感はないんだ……」
微笑む榛名と瞬く寅綺。
「へぇ……別にヌメヌメとかはしてないんだなぁ」
「意外とこう、すべすべしていて、ゴムみたいな感触なのですわね」
濡れた掌と黒っぽいグレーの頭を見比べる沙雪に、シアも感心したように頷いた。予想と違う触り心地に皆で顔を見合わせる。わくわくは増すばかり。唇は自然と綻んだ。
「わーい! 修学旅行ですー! 沖縄ですー! イルカですー!!」
真夏のひまわりみたいな笑顔を振りまいて、めりるはぐっと身を乗り出す。
「イルカですよー、かわいいですね。癒されるですよー」
「餌やるついでに自分が喰われンなよォ?」
シャッターボタンを押しながら紬が頷く傍ら、透は肩を竦めながらも穏やかに目を細める。こんなに間近で見るのは透だって初めてだ。
「うわ~海が綺麗~。ついに来ちゃいました!」
出番のなさげなゴミ袋(水しぶき対策)をそそくさと鞄にしまって、真琴はイルカの待つプールに近づいた。つぶらな瞳に頬を緩める。
「そうだ、写真撮っていただいてもいいですか?」
「イルカさんとお写真撮れるですか?」
頷く係員にめりるの瞳がますます輝いた。4人とイルカでハイチーズ。紬の片手にはちゃっかり買っていたアイスがあったり。
「イルカはかわいいし、甘いのは美味しいし。こういうのも案外いいものなのです」
「真冬さん、お手、そのイルカ覚えてるかもしれませんよ」
皆がイルカに触れる様子を見つめる小郎。表情には出ていないけど、左手に持ったパンフレットはかすかにしわが寄っている。
「……いえ、ついなんとなくです」
このくらいお手の物、なんて思ったわけでは。振り向いて、またつぶらな瞳に向き直る。
「ちゃんと言ってから撮るし」
『不意打ちのお顔、美味しく頂いたのです』
わずかばかり目を細める薫。花々々々は唇の端を持ち上げて指をスマホに滑らせた。後で詫びにアイスをおごってもらおう、そうしよう。
『けらけら』
花々々々のカメラがクラスメイトの姿を次々収める。
うきうきと鳴き声をまねていた美菜は、しかしすかさず笑顔でカメラ目線。逆に初めての手触りに夢中になっていたはるかはまるで気づかない。身をかがめてイルカの背を撫でる表情を撮られまくり。
ゴムみたいな感触の下に確かな命の気配。
「……しかも食べられるんですよね」
ぽつりと小郎が呟いた。
「薫ちゃん、どしたでごぜーますか?」
「うぁ、イルカっておいしいかなって」
美菜に覗き込まれ、ぽろりと考えていたことを口に出せば、はるかがスケッチブックにペンを走らせた。
『まあ、鯨が食べられる訳だし』
サイズで区分されるだけのイルカが食べられるのは不思議ではない。けど。
真冬はつぶらな瞳で見上げてくるイルカとクラスメイトを見比べた。
「皆さん割と食い気ですね」
「食べないでくだせー!」
くるり。水中でイルカが一回転。
「わーっ、イルカだっ! すごーいっ、初めて見たっ!!」
プールの前でテンションを上げる尊。バンリは鼻息荒く手を伸ばす。ナスのようだと聞き及んだ触り心地は果たして?
「触んのは良いけど、ドジって水ん中落ちんなよー」
前のめりなクラスメイトたちに奈暗はケラケラと笑う。
「頭の上に呼吸できる穴があるンだってよ! えっとォ……この辺か?」
「海に適応してるんですねぇ。生命の神秘です」
図鑑を広げて実物と見比べるヘキサとはつり。まじまじと見つめたイルカの頭には確かに穴があいている。きゅうっと音がした。イルカの鳴き声って、実は鼻の音なのだ。係員の解説に目を丸くして、皆でますます見つめてみたり。
「わ……つるつるだけど、ムニって弾力あるね。鱗の魚とはやっぱり違う感じ」
星希が掌に伝わる感触を分析する。なるほどなんだかナスっぽい。水の中で動きやすくなるための進化にしみじみ頷く。
順番に手を伸ばす間にもイルカはおとなしく水面にたゆたう。手触りをそれぞれに楽しんだところで、せっかくだから記念撮影! ヘキサの声を合図にプールサイドで身を寄せる。
「ほらお前らも何やってンだよ! 早く並べってェ!」
「わーいっ、写真ーっ!!」
「待って待って、私も入る!」
わいわいと肩をぶつけてくっついて。皆でかがんで水面近くに顔を寄せれば、イルカと一緒にはいチーズ!
はて、バンリの表情が妙に緩んでいるような。
「うおぉぉ! ミラはイルカこんな近くで見た事ないヨ!」
新緑の瞳を輝かせ、魅羅はエルヴィラの手を掴む。腕を上下に振られるに任せてプールに視線を落とせば、つぶらな黒い瞳が見上げてくる。
「ここって写真とってもいいのかしら」
「いいみたいですよ」
というか、すでに撮っています。カメラを掲げて瑠璃が微笑む。
「まあ」
見守るスタイルだったのは一緒だったようで。笑みを交わす2人の視線を、弾む声が呼び戻す。
「瑠璃ちゃん餌とかあげてみル? あ、でも撫でれるのカナ?! 撫でても見たいナ!」
「そうですね、触らせてもらいましょうか」
「可愛いですわね、イルカさん」
満面の笑みに引き寄せられて、皆でふれあいのひと時を。
●スマイル&キュート
「すごい! かわいい! ぎゅーってしたい!」
「気持ちは凄く分かる」
ぐっと拳を握る蒼月の言葉に澪が深々と頷いた。オフホワイトのスカートを押さえて波琉那がプールを覗き込む。
「ミナミバンドウイルカはお腹の黒い斑点が特徴……と」
クラスの皆で見つめる先、濡れてつるりと輝くグレーの体が水面から身を乗り出して、色の薄いお腹を見せてくれた。くるりと回って今度は背中。順番に触ってみて、とトレーナーに声をかけられ、緋織がゆっくり指を伸ばす。
「ちょっと失礼するね」
顔を上げてじっとしているイルカの頭にそっと触れれば。
「……わあ、すべすべ……!」
「へえ……結構しなやかな肌なんだね……」
「おぉ。意外とつるつる。不思議な感触~♪」
華やいだ声を上げて、珠緒はちらりと視線を横へ向けた。やわらかに手を動かす波琉那の微笑み。かわいい。次はこっち。はしゃぐクラスメイトの姿に頬が緩む。
「女の子たちにちやほやされやがって、羨ましいなお前!」
伸ばした太一の手が空を切った。
「お?」
顔を上げてもう一度手を伸ばそうとしたら、イルカはふいっと珠緒の頬に口先を当てた。
「わ。ありがとう。賢いんだねー♪」
「いいないいな」
きゅーっと鳴き声が響いて。
「笑ってんだろソレ!?」
地団駄踏んだ太一に水が跳ねた。忍び笑いが横から聞こえる。首を傾げる蒼月と緋織。全てを目撃した澪がしかめつらしく腕を組んだ。
「諦めよ、太一。海の人気者には敵わない」
トレーナーの指示でぴたりと動きを止めるイルカを前にジュラルはほうと傍らに視線をやった。
「これはミューレさんの言う通りホントに教祖様より賢いんじゃ……」
「まさかそんなことは……ははは……」
テストで赤点取ったりはしたけれど、さすがに動物よりは。思いつつ乾いた笑いを上げるワルゼー。
発端のヴィントミューレはと言えば、イルカの前にしゃがみ込んで何やら語りかけている。教祖様爆発ってなんだ。
ワルゼーがイルカに手を伸ばす。
「ふふふ可愛いヤツめ、よしプレゼントを……」
「落としてイルカが飲み込む恐れのあるものは先ほど片付けられましたが」
すかっと手が空を切ってバランス崩した瞬間をヴィントミューレのカメラが捉えた。
黒々したつぶらな瞳を見つめ返して、好弥は切りそろえた髪を傾ける。
「そういえばイルカってなんとなくでしか知らないのですよね」
「傍で見るのも初めて~」
瞳を輝かせた夏奈が手を伸ばす。握手すれば、感触はなんだかゴムみたい。
「キュッキュしてスベスベだね~」
「どれどれ……こ、これは!」
手を伸ばした好弥が目を見開いた。
「濡れてますね」
まんまである。確かに独特の手触り。京と織姫も順番に手を伸ばす。
「わたしたちより遥かに年上なんだよね……こんなに可愛い顔して、あざとい!」
「あざとい……のか?」
笑いながら拳を握る織姫の言に首を傾げる京。好弥がしみじみイルカを眺める。
「40年以上生きるなんて知らなかったです」
「……ということはっ」
夏奈の台詞は水音に遮られた。跳ね上げられた水は頭から降り注いで。
「わわっ」
「あはは~びしょびしょ~」
「……ひょっとして狙ってたのかな?」
そんなパターンになる気はしてた。
大きく開いた口にギザギザした歯が隙間を開けて並んでいる。覗きながらも腰が引ける佐奈子の隣で燈は夕焼け色の瞳を丸くした。近くで見ると意外と大きい。
「エサって、ああ、そっか。お魚だよね?」
傍らに置かれたポリバケツ。ぬるっとした手触りに花火は息を詰めた。でも、仲良くなるためなら、負けない! 意を決して掴んだサバを軽く放る。
「食べたー、あはは~」
「あっ、俺も俺も!」
丈介が身を乗り出して、バケツに手を突っ込んだ。放り投げた魚は目測を誤って、追いかけたイルカが水を跳ね上げる。
「わっ」
濡れた頭を左右に振って見下ろせば、つぶらな瞳が申し訳なさそうに見上げてきて相好を崩した。
「かわいいなぁ」
「えっと……、ちょっと撫でさせてもらうね?」
そっと伸ばした指先の感触に燈は頬を緩めた。すっかり肩の力が抜けた佐奈子もダークグレーの背を撫でる。
「ありがとう。イルカさん」
かわいいね。皆で顔を見合わせた。
「よお、また会ったな」
前の修学旅行で会った奴だ。リアンはそう告げながら手を伸ばす。背中を撫でられたイルカは心地よさげに鳴いて朝焼けの瞳を見つめ返した。なんだか、くすぐったい。
「きっと嬉しいからだよ」
楽しそうな顔をしている。指摘する潤子の声こそ弾んでいた。ね、と視線を向けられて、カーティスも頬を緩める。
「嬉しい、か」
イルカに触れていた掌を見下ろして、ゆっくりと握りこむ。目を細めるリアンを挟んで2人もイルカに手を伸ばした。
「わーい♪ ナイスキャッチ」
「ふわーっ、イルカさん可愛いー!」
愛嬌たっぷりに口を開くイルカに笑いかければ、時間はあっという間に過ぎていく。さてこの後はどうしよう?
●ハートにタッチ
トレーナーからのレクチャーにふむふむと頷いた後はプールから顔を出すイルカとのご対面。仁奈と香乃果は一緒にそっと手を伸ばす。
「えへへイルカさん初めまして」
「撫でさせてくださいね」
濡れてつるりとした背中に触れればかすかに押し返されるような感触。鳴き声はなんだか笑ってるみたいで、2人の口からも笑みが零れる。
「いつかイルカさんと一緒に泳いでみたいな」
「その時は一緒に泳ごうね、香乃果ちゃん」
「うん!」
キューキューと響く鳴き声。
瞳を輝かせていた翠里は、不意に我に返って顔を上げた。もしかして、ひとりではしゃいでいたのでは?
「如月さんも、一緒に触ってみないっすか?」
少し早口に告げられて、昴人は目を細めた。楽しむ姿を見ているだけでも楽しい、なんて口にするのはさすがに恥ずかしいけれど。
「折角の貴重な体験だもんね。無駄にしないよう楽しもうか」
横に並んで手を伸ばせば、翠里の笑みが深くなった。
父も一緒にいられたら、とリギッタが眉尻を下げたのはわずかの間。
「代わりに、後でたくさん土産話をすることにしようか」
「はい、たくさん、お話、しましょう、です……!」
リアが頷く。そのためにはいっぱい楽しまないと。でも、イルカさんを前にしたらちょっと緊張。
「ほらリア、大丈夫だよ」
「……! お姉ちゃん、イルカさん、食べてくださいました、です……!」
頬を染めて振り向けば、やわらかな瞳が頷いた。
「お前、触ってきなよ」
「あらあら、私からですか?」
数歩離れた場所からプールを示すアレクシスに、ソラは笑みを含んで了承の意を示した。穏やかなイルカの仕草に自然と肩の力は抜けていく。
声をかけられ近づいたアレクシスも、つい母国語で話しかけてから口を噤む。
「……この仔らは、言葉に依らず通じ合う様ですわ」
「イルカには、言葉、いらないの?」
ソラの囁きにそっと掌を動かして。
「いいなぁ」
小さく呟いた。
ディアスは笑みを浮かべてイルカを撫でる。
「すべすべしてて……美味しそう」
身の危険を感じたのか否か蠢く体。
「食べませんから」
餌をぽいっと……フェイントかけても騙されず。笑みを深めた。賢い。
近づいてみれば意外と大きくて。見せてくれた歯は鋭くて。
後ずさりそうになる鈴と千波耶。
「いやいやここのイルカは厳しい修行に耐え抜いた猛者達……」
「待ってリン、猛者ってむしろちょっと怖い!!」
ドキドキしながら一歩を踏み出せば。
「あら、フレンドリー」
「ぐわー鳴き声カワイイなんだこいつ!」
強張った表情はあっという間に笑顔に変わる。自分へのお土産はぬいぐるみで決まりかな? 視線を交わしてレッツゴー。
●ショータイム!
青空の下、広がる海を背景に、オキちゃん劇場ではいよいよショーの開始。
水面から尾びれがにょきにょき。頭を下にしたイルカたちが手招きするように尾びれをぷるぷる振って観客を歓迎する。
「ねぇ、見てイルカだよ。イルカ!」
「ふふ、せっかくだからいちばん前の席に行ってみない?」
振り返った拓馬の表情があまりに楽しそうで、樹の心もイルカに負けず高く弾む。濡れるかもしれないけどそれがまたいいのだと笑いかければ、異議が上がるはずもなく。
他の魚や樹の好きなチンアナゴもまた今度見に行くとして。今はここでしか見られない姿をぜひとも近くで。2人並んでプールを見上げた。
1頭ずつ紹介されたイルカたちが所狭しと泳ぎ始める。
「オキちゃーん!」
同じく前方の席についた雅が手を振った。
水中をぐんぐん進んだかと思えば、流線型の体が水面を割って宙に舞う。くるくるとさて何回転? フィギュア選手みたいに体を捻りながら再び水中に消えていく。
「わー、すごいジャンプっす!」
跳ねた水飛沫がかかるのもなんのその。続く動きに目が離せない。
「40年……野生のイルカなら寿命を迎えるほどの高齢ですね」
力強く華麗に飛び跳ねる姿に老いは感じない。磨き抜かれた芸に嘉月は感嘆の息を漏らした。芸の合間を縫って、視線を横にやる。
「お互い大学生ですね、どうですか? 学業の調子は」
「初めて触れる分野も多くて楽しいですよ。嘉月さんは……あ」
言葉を途切れさせた小夜彦がプールを指さした。
水が割れる音。グレーの体がしなやかに、高く高く跳びあがる。
「ひぇ……あんなに高くジャンプするんすね……!」
「アンネ、アンネ、すごい。イルカすごい。かわいい」
ぽかんと見上げる暗音に、足をぱたぱた動かして興奮する澪。2人ともアイスを手にしたままイルカたちの動きを目で追いかける。
4メートルを超えるゴンちゃんが泳ぐさまはまさに圧巻。暗音は思わず肩を竦めて。
「アンネ、アンネ。……アイス。ついてる」
「……きひひ。あ、ありがとっす、澪ちゃん」
頬を染めて、照れ笑い。
音楽が鳴る。手拍子が響く。
「あれ? 舜、退屈か?」
「いや、普通にすげーなと思いながら見てるけど」
相槌は打っていたが単調すぎたろうか。ひらひらと手を振れば、アスールが頷いた。
「あの舜がいきなり大はしゃぎし始めてもびっくりだしな!」
「オイ。『あの』って何だ」
「あ、全員潜った! 次は何をするんだろう?」
視線が外れた隙にマンゴーアイスを一口いただき。肩を跳ねさせる様に笑顔を返した。そのまま一口交換して、ショーのクライマックスへと視線を戻す。
劇場の右側、2頭同時にジャンプしたイルカがぽーんと綺麗な放物線を描いてプールに返る。続いて左側にも別の2頭が華麗にジャンプ。
中央からはゴンちゃんが大きな体で水を割ったかと思いきや、オキちゃんが高く高くジャンプする。リズミカルに、力強く、優雅に。蒼穹に舞うグレーの体。
やがて音楽は止み、一列に並んだイルカたちがショーのはじまりと同じく尾びれを立てて挨拶した。あっという間にお別れの時間。だけど目に焼き付いた景色はきっと忘れないだろう。
空さえも泳いだイルカたちは「またね」とばかりに尾びれを揺らす。
どこまでも晴れ渡った空に、割れんばかりの拍手が響き渡った。
作者:柚井しい奈 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月24日
難度:簡単
参加:70人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 6
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