焔、湯に煙る

     福岡県白島、男島。
     かつては、下関要請の一翼を担う軍事基地。
     現在は、巨大な石油備蓄基地となっている、福岡県沖の小島である。
     その小島の岸壁に、多数のイフリートが集う。

    「ガイオウガ様ノ無念、イカニシテモ果タサネバナラヌ」
     その中心には、黒い毛皮のイフリート、クロキバがいた。
    「アフリカンパンサーノ座ス軍艦島ハ、間モナクソノ姿ヲ見セルダロウ」
    「ウズメトハ話ヲツケタ。本懐ヲ遂ゲタ後、アフリカンパンサーノ地位ヲ我ラガ占メルナラバ、軍艦島ヘ導コウト……」
     クロキバは、苦渋の表情を浮かべる。
     アフリカンパンサーを討つためとはいえ、うずめ様の配下に成り下がらなければならぬのは業腹なのだろう。
     だが、他に方法はない。
     武蔵坂の灼滅者さえも撃退する軍艦島に、アカハガネたちが離脱したことで更に勢力を縮小させたクロキバたちが攻め入るには、これしか方法がないのだから。

    「オ前達ノ、命、アズカラセテモラウ」
     そのクロキバの言葉と同時に、海上に島のように巨大な軍艦が姿を見せ、イフリートたちが、力強く吼え猛った。
     因縁の決戦の幕開けである。
     
    「という戦いがあったみたいなの」
     困ったように首を傾げ、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が集まった灼滅者たちを見回す。
    「下総・文月(夜蜘蛛・d06566)さんの予測もあって、イフリートの動きを察知できたんだけどね。もう戦いに介入できるタイミングじゃなかったんだ」
    「ふむ……」
     顎に手を当て、白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)が眼鏡の奥の目を細めた。
     クロキバは、うずめ様の傘下に加わる事を条件に、軍艦島に招き入れてもらい、アフリカンパンサーに勝負を挑んだ。
     獄魔覇獄の後の反乱騒ぎもあり、クロキバの求心力はかなり下がっており、単独でアフリカンパンサーを討つことは不可能だったのだ。
    「だから、仕方なく他のダークネス組織を後ろ盾にして、本懐を遂げる……苦しい選択だけどね」
    「獄魔覇獄で武蔵坂学園に協力を断られたこともあり、我々にも頼りにくかったのだろうな」
     まりんの言葉に遥凪が渋い顔になる。
    「で、その戦いはどうなったんだ?」
     集まった灼滅者のひとりの問いに、エクスブレインはええとね、と資料をめくる。
    「戦いは、アフリカンパンサーの勝利。クロキバたちは、うずめ様の取り成しで撤退を許されて、今は戦いの傷を道後温泉で癒しているようなんだ」 
    「随分のんびりしたもんだ」
    「それだけならいいんだけどね」
     まりんが困り顔なのはそこに理由があった。
     温泉には、ゴッドセブン「もっともいけないナース」配下のいけないナースがおり、イフリートの傷を癒している。
     戦いに敗北し傷ついたイフリートたちは、その優しさにほだされて、もっともいけないナースの仲間になってしまう危険が高いだろう。
    「敵は2体。いけないナースとイフリートだよ。名前はあすかとトキワ。どっちも女性で水着を着ていて、全裸での戦いにはならないから安心してね」
     その言葉に何人かの視線が泳ぐ。それと気付かず、エクスブレインは説明を続けた。
     いけないナースはサウンドソルジャーとクルセイドソード、イフリートはファイアブラッドと無敵斬艦刀に似た攻撃を仕掛けてくる。
     私に似ているな、と遥凪が口にし、そうかもね、とまりんは笑う。
    「イフリートは道後温泉にある旅館のひとつで湯治をしているんだけど、いけないナースは『お客様に安全にお帰りいただくことを再優先』するために、自分が足止めして逃がそうとするみたい。2体を相手にするのは大変だから、無理に両方と戦わないでイフリートのほうは逃走させるのもいいかもしれないね」
     はいこれ写真と見取り図。言いながら資料を差し出した。
     風情ある竹垣に囲まれた2階建ての本館と別館。それから露天風呂が大小ひとつずつ1階にある。当たり障りのない一般的な温泉旅館だ。
    「大きいほうは誰でも入れるようになっていて、2階のお客さんも入りにくるみたい。小さい露天風呂は別館の個室についているんだけど、敵はこっちの小さいほうにいるよ。小さいって言っても、何人かが同時に入れるくらいの大きさはあるかな。正当な方法なら個室を通って行かなきゃならないんだけど、まあ1階の露天風呂だし、侵入方法はいろいろあるよね」
     露天風呂は、完全ではないものの竹垣の衝立でいくらか隠されており、こちらからもあちらからも丸見えということにはならない。またかけ流しなので水音もあり、まったく静かということもないようだ。
     接触のタイミングは夜。新月を過ぎたばかりで月光に頼ることはできないが、視界を妨げない程度には照明があるので行動に支障は出ないだろう。
    「今回は、どちらかのダークネスを倒せば成功だよ。この事件を放置したら、イフリートはもっともいけないナースに完全に籠絡されて、その配下になっちゃう。だから、その意味でも阻止しなきゃならないんだ」
     みんななら大丈夫って信じてる。にっこり笑って、まりんは灼滅者たちを送り出した。
     
     水音が穏やかに耳を打つ中、引き締まった身体を繊手が撫で上げていく。
     優しく触れた張りのある胸には、歪に裂き傷の痕が浮かんでいる。朱に染まる柔肉が重なり、大小さまざまな傷痕の残る首筋を艶めく唇がついばんだ。
    「傷の痛みはもうないようですね」
     耳元で囁く女は淫魔。ヒトの姿を取り緩やかに肌を弄ばれる獣もまた女。湯のためだけでない熱に頬を赤らめ、茶化すように唸ってみせた。
     はじめは、傷を癒すための治療と言って。次は、心を癒すための治療と言い。強張った身も心も解きほぐし、己の指で絡め取っていく。
     慈しみと快楽を与えるその手管は、獣を籠絡するに容易い。
     逞しい中にも女らしさを失わない腕に腰を引き寄せられ、淫魔は妖しく微笑み、不意に視線を獣から逸らした。
     それは、招かれざる客の来訪を告げる。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    普・通(正義を探求する凡人・d02987)
    マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)
    霧凪・玖韻(刻異・d05318)
    ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)
    永星・にあ(紫氷・d24441)
    空本・朔和(おひさまスタンピード・d25344)
    ジェノバイド・ドラグロア(穢れた血の紫焔狂牙・d25617)

    ■リプレイ


     広い和室を通り広縁を抜け、露天風呂へと続く扉に手をかける。ガラス張りの向こうは、風情を失わぬ程度にいくつかの竹垣の衝立で隠されていた。
    「菜々花、イフリートが温泉に入ってるんだって」
    「ナノナノ~」
     マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)の言葉に、彼女のサーヴァント・菜々花はちょっと不満げな様子だ。温泉が大好きな彼女たちは、宿敵であるイフリート、そして淫魔が温泉に入っているのにちょっとムカついていた。
     わぁ、大きな旅館ですね。と見回し溜息をつく永星・にあ(紫氷・d24441)に白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)がくすと笑う。
     人差し指を顔の前に立てジェノバイド・ドラグロア(穢れた血の紫焔狂牙・d25617)が静かに、と仕草だけで諌め、そっと扉を開けると、熱気と湿気、そして独特の臭いが流れ込んでくる。
     水音に混じって声が聞こえ、衝立の向こうの様子は窺い知れない。だが少なくとも、今そこにいる淫魔とイフリートの関係は悪くはないはずだ。
    「先の戦争でクロキバたちとは関係がこじれてる……さらに今日、療養中に襲撃するワケだ……印象回復はムズいかァ?」
     中性的な顔にかすかに苦悩を浮かべ、ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)はひとりごちる。
    「(そっか、クロキバさんたち、アフリカンパンサーさんに挑んで負けたんだ)」
     僕たちに話を持って来てくれていれば、何か出来ることも……ううん、過ぎたことはしょうがないか。
     考え、普・通(正義を探求する凡人・d02987)は首を振って思いを払う。
    「今はイフリートさんが淫魔さんに籠絡されるのを阻止、だよね」
    「ま、最悪でもゴッドセブンと繋がり持たれるのはカンベンだぜ」
     頷いてサウンドシャッターを展開するヘキサの言葉に、声を殺して彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)も複雑な表情を浮かべた。
    「……湯治してるところに乗り込むってあたりでどっちが趣味悪いかって話だよね」
     依頼だしそれをする目的も理解はしていても思うことだと遠い目と共に息を吐き、けれど。
    「中途半端な気持ちでいけば喰われるのはワタシ達。だから躊躇も容赦もしない」
     DOG六六六の活動は徹底的に壊してみせるよ。
     それは静かな覚悟。
    「うん、イフリートなんて追い出して、私たちが温泉に入ろうね、ついでに淫魔もやっつけるよ!」
    「ナノ!」
     控えめにぐっと元気よく拳を握るマリーゴールドと菜々花。
     静かに露天風呂へと進むと、穏やかに流れる水音の中、ぱしゃりと大きく水のはぜる音がした。
    「あら……新しいお客様ですね」
     柔らかな甘い声が笑い、音もなく衝立がするりと滑る。否、切断されたのだ。
     殲術道具を手に身構える灼滅者たちに、薄く漂う湯気の中湯につかる姿を見せた淫魔は上気した頬で微笑む。
    「わたくし、あすかと申します。ですが、本日はこの方のお相手をしております。申し訳ありませんが、お引き取り願えませんか?」
     表面だけは丁寧に言いながら連れ添う相手に胸を寄せると、しっとりと濡れたビキニトップに包まれた質量のある柔肉は滑らかに潰れる。
     敵を捉えたまま彼女が身を委ねるのは、彼女よりも体格のよい女だ。同じく湯につかるその肢体は獣の剛の中に女の柔を失わず、燃える瞳でこちらを見据えている。敵か否か、強敵か否かを判じているようだ。
     正面からではなく裏側から侵入してきた霧凪・玖韻(刻異・d05318)の姿を認めても軽率には動かない。
    「(この戦、なんか重要になってそうじゃねぇか、ヘマするわけにゃぁいかねぇ)」
     慎重にいきたいが、戦いを目の前にしてジェノバイドは戦闘狂の血が騒ぐ。
    「ええと、用があるのはそっちの淫魔だけだから、あなたは帰っていいよ、手負いの獣に喧嘩を売る趣味はないしね」
    「ナノっ、ナノ~」
     菜々花と一緒にかえれかえれ~、と主張するマリーゴールドに獣――イフリートは低く唸り、その瞳に剣呑な色を映しあすかを庇うように構えた。
     手負いの獣にも誇りはある。そして、侮られて引き下がる恥は持たない。
     殺気をはらむその視線の前に出て、空本・朔和(おひさまスタンピード・d25344)はまっすぐにイフリートを見た。
    「誇り高いイフリートのお姉ちゃん、湯治してる所を他人に見られるのはイヤだよね? 騒がしくしてごめんね……」
     真摯な言葉に炎の瞳は揺るがない。
    「でも、オレ達そこのナースのお姉ちゃんと戦わなくちゃ、なんだ。できればイフリートのお姉ちゃんとは戦いたくないから、席を外してもらないかなぁ? お願いっ!」
    「なンなら湯につかって、のンびり見物しててもいーぜェ?」
     にひひっと笑ってヘキサが言うと、ヒトの姿を取る炎獣はグルル……と喉を鳴らして唸った。不愉快そうではあるがまだこらえているようだ。
     と。あすかが艶の中に柔らかさのある笑みで添う相手に告げる。
    「身の程と言葉を知らぬ不躾な闖入者の相手などする必要はありません。今はただ、ご自身のことをお考えください。この場は、私が」
    「イフリートさん、僕たちはあなたと敵対するつもりはありません。ここは退いてもらえませんか」
     淫魔の言葉に通の言葉が重なる。
     灼滅者たちの言うことが誠実ならば、彼らは少なくとも今この場で戦う意志はない。しかし彼女に献身的に付き添う淫魔を見捨てることは。
     かすかにためらい淫魔に一瞥をくれるのを見て、
    「淫魔さん、あなたが逃げなければ、僕たちはイフリートさんが退く邪魔はしません」
     告げた彼にあすかは微笑んだ。
    「私がいなくても、あなたのそばには誰かが寄り添うことでしょう。ですから、どうか」
     しなやかな肢体を炎獣に軽く押し付けその肌に唇を寄せる。イフリートは淫魔の前髪を無造作に払い額に口づけをすると、名残惜しげな気配を隠さず身を離した。
     煩悶をまとい一歩下がる彼女を背に淫魔は湯船から出て、わずかにでも彼女を傷付けようとする者があれば容赦はしないとその目だけで灼滅者たちを牽制する。
     白桜色に鳥の翼を模した透かしが施された袖を払い、着物の裾を捌いてさくらえが構えた。
    「アンタ舐めてるわけじゃぁねぇが、元気になったらまた逢おうぜぇ」
     『闇貪り』の意味を持つ狂刀を手ににっと笑うジェノバイドの言葉に、炎獣は豊かな胸を揺らし身を翻した。
     次は討つと語る背が跳躍し、湯船に立ち上がった飛沫の向こうにその姿を消す。
    「お優しい方。私を大切に思ってくださる。だから私はあの方をお守りしましょう。私の大切なお客様ですもの」
     身体を重ねた相手を顧みることなく、どこからともなく現れた剣を取り淫魔は妖艶に微笑んだ。


    「籠絡目的とはいえ、身を挺して足止めなンて仕事熱心じゃねェか」
     感心を素直に表しヘキサはとんっと身軽に跳躍する。
    「一本筋の通った行動、キライじゃねェ!」
     火焔纏う白兎の王、その証たる玉璽を強く踏みしめ放つ蹴撃を、笑みを消さずダークネスは灼滅者ごと剣で受け止めた。
     がっ! 激しく炎がはじけ、打ち払う力を流して火兎が地に足をつく間に、あすかの振るう閃刃は白光をまといジェノバイドへと奔る。
     巨大かつ長大な得物を構え攻撃の体勢に入っていた彼は不意打ちを受ける形になり、正面からもろに受けることになった。
    「ぐっ……!」
    「少し、戦いに身が入っていないようですね。こう見えても私、ダークネスです。武器を振り回すだけで倒せると思われては困ります」
     ぼたぼたと血をこぼし遥凪からの治癒を受ける彼に、ダークネスは困ったように笑う。
     完全に敵と認識すると容赦なく残虐非道なことも厭わない彼であるが、戦い方を定めていなかったことがあだとなったか。
    「いくよ、すわん!」
     小柄な体を躍らせ、朔和が彼のライドキャリバー・ぶらっくすわんと共に素早い一撃を叩き込む。
     淫魔は得物をかざして縛霊手を受け流し、丸みを帯びたシルエットのライドキャリバーの攻撃をかわした。
    「あら、まあ。かわいらしいですね。その……」
     子供の遊びを眺めるような笑みを浮かべ、少しの間を置き。
    「…………おまる、かしら……?」
    「おまるじゃないよ、すわんだよ! すわんカッコいいんだよ!」
     スワンボートにも見えなくもないぶらっくすわんをおまる呼ばわりされて朔和は泣きそうだ。
     その反応をあすかは予想していなかったようで、ごめんなさいごめんなさいとうろたえる。
     隙を突き異形と化した巨腕を振りかざしさくらえが激しい殴打を放つ。だが、ダークネスは得物を振るって受け止める。
    「キミの客は逃がしても、キミ自身は逃がさないよ」
    「最初から私だけを狙っていたのでしょう?」
     ぶつかり合う力がぎりぎりと拮抗する。
     玖韻が迸らせる一閃に彼女は巨腕を振り払い身をかわすも切っ先が胸をかすめ、熱に上気した肌が覗いた。
     たゆん。揺れた胸に幾人かが無意識に反応する。人間は早く動くものに反応してしまうものである。
     だが攻撃者である玖韻はちょっとおかしいくらい冷静だ。年頃の青年にしては落ち着いた様子を指摘すると、
    「生死の境を前にして対面している敵の肢体に興奮を覚えるなら、それは余程の余裕があるか、或いは精神疾患だろう」
     手術に臨む外科医が特殊な興奮をしていたらどうかと思わないか? それと似たようなものさ。
     続けた彼の言葉に納得する。今は戦闘中で、敵は相手を魅了し籠絡する淫魔。確かに気を取られている余裕はない。年齢からすると枯れているようにも思えるが。
    「興奮してもいいんですよ? 私でキモチよくなっていただければ、淫魔として本望ですもの」
    「仕事熱心なんです? でも遠慮しておきます」
     さり気なく腿をすり合わせる淫魔に応え、にあは地を蹴り距離を縮めて妖の槍を繰り出す。
     素早く穿つ穂先が狙い違わずダークネスを襲い、得物で受け流そうとするがその判断は間違いだった。
     づぁっと貫かれた滑らかな肌はあふれ出た血に濡れ、石敷きの床が朱に染まるもかけ流しの湯が洗い流していく。
     ほとんど隠すもののない身体から血を流しても淫魔は表情を変えることなく、ただ少しだけ湯船から離れ灼滅者を見据える。
    「お前は逃がさないからね!」
    「ナノ~!」
     炎をまとい臆することのないマリーゴールドと菜々花の宣言に短く息を吐き、応えの代わりに昏い熱情を含んだ踊りを舞い前衛めがけてひと薙ぎに攻撃を放った。
     その一撃は重くないが広範囲に渡る。
    「今回復します!」
     柔らかな清めの風を招きながら、通は淫魔がこの戦いに乗り気でないことに気付く。だが、その理由は分からない。
     灼滅者たちの攻撃をダークネスは或いは防ぎ或いはかわしていくが、完全に防ぐことはかなわず時折回復を混ぜる。
     傷を癒しながら、あすかはついに笑みを崩した。
    「あなたがたは、ひとりひとりはそれなりに強くても、仲間として戦うつもりはないのですか?」
    「え?」
    「まるで、義務として戦っているよう。それも力任せに」
     甘やかな顔にどこか苦悩を浮かべて告げる淫魔に、灼滅者たちの間にかすかな動揺が走る。
     同じ依頼を受けた仲とは言え互いに感情を抱かず、戦い方もまばら。支援もありかろうじて連携し押してはいるがそれだけだ。
     もしもこの淫魔がもう少し強ければ、押されるのはこちらだろう。イフリートが退かず戦いに加わっていれば壊滅していたかもしれない。
    「役目を果たし倒れることを恐れはしません。けれど、あの方の牙で食いちぎられたほうがよほどましだった……そんな終わりにはしないでくださいね」
     だ、んっ!!
     一息に間合いを詰め激しい剣閃が大上段から振り落とされる。玖韻を狙った白刃は、禍憑の名を持つ刀に防がれ荒い音を立てた。
     受ける力で身を引き、返す刀で振り抜いた切っ先が淫魔の肌を裂く。あすかは迸る鮮血を抑えもせず、ジェノバイドの放った真紅の鎖鎌を掲げた剣で受け止める。
     血に濡れるダークネスは淫らで誇り高く、己が信じる愛のために殉ずる覚悟だった。
     赤色標識を表す交通標識を手にマリーゴールドが床を蹴り淫魔との距離を縮め、がづんと思いきり殴りつける。強かに打ちつけられたあすかは野蛮ですねと笑い、剣を振るい招いた風で自らを癒す。
     軽快に地を蹴りにあが轟と放つ炎蹴を避けきれずに身を焦がし、不意にふらと足元が揺れた。
     淫魔は気丈に振る舞っているが既に満身創痍だ。恐らくその意志で立ち戦っているのだろう。
     それと見て取り通は回復から攻撃に切り替え、契約の指輪に魔力を集めダークネスへと狙いを充分に定めて撃ち放つ。
    「あともう少しです! がんばりましょう!」
    「あとちょっとだよ、がんばろうね!」
     期せず彼と同音異語に激励する主に呼応してぶらっくすわんが突撃を食らわせるもかわされ、朔和の疾らせるダイダロスベルトがダークネスを貫く。
     ヘキサが指を噛み切り玉璽に燃える血を垂らすとウィールが超高速で回転し、グラインドファイアより強く、熱く、『牙』の如く純白に輝く。
    「温泉なンかより熱くてキくぜェ! 火兎の牙ァ!!」
     迸る炎となり鋭い蹴撃はあすかを真正面から捉え、したたかに激しく地面へと叩き付けた。
     押し殺した悲鳴がこぼれ、それでもなお淫魔は戦う意志を失わない。立ち上がれずとも体を起こし、笑みを浮かべて灼滅者たちをまっすぐに見据える。
    「お客様のために最期まで尽くしてこそですから」
     柔らかな笑みに、さくらえは神力を呼び起こしながら告げた。
    「キミのしてる事自体は悪い事じゃないと思う。けれど僕らはキミを逃すわけにはいかない」
     だから。
    「さようなら、だ」
     別れの言葉と同時に、風の刃が狂奔しダークネスへ襲い掛かる。
     ざあっ、と湯の香を巻いて春嵐めいた神薙が消えると、敵の姿はそこにない。
     あの様子では逃げる余裕もないだろう。
    「終わったな」
     風が抜けていった方向を見つめ、狂刀を肩に担ぎジェノバイドが口にした。


    「お疲れ様? 怪我はだいじょぶ?」
     問いかけながら朔和はみんなの傷の確認をし、遥凪も手伝い手当を行う。無傷とは言えないが、充分に休息を取れば問題ないだろう。
    「お疲れ様でした、……お風呂場で戦って汗かいちゃったし、お風呂に寄って帰りたいね」
    「ナノナノ~」
     マリーゴールドと菜々花の言葉に、ヘキサがかぶっているウサミミベレーの耳がぴんっと跳ねる。
    「時間あったら温泉でゆっくりしていきてェなー♪ 汗かいちまったし役得ゥ!」
     水着でひゃっほー!
     そう声を上げる彼はちゃっかり水着を用意していた。
     入ろうというよりは入る気まんまんのふたりに朔和も頷く。
    「ねえねえ、温泉入ってから帰らない?」
     もし余裕がありそうなら、折角だし温泉入ってから帰りたいな!
     元気よく言う彼の言葉に賛同者は少なくなかった。
     くすりと笑って、ふとさくらえは思いを馳せる。
     逃げたイフリート、トキワはもうここに戻ってこないだろう。次に顔を合わせるのはいつか。
     物憂げに目を移した先、玖韻と視線が交わる。別段どこを見ているわけでもない彼の表情はあくまでも無表情。
    「次に会う時は、何か出来ることがあればいいね」
     呟くように通が口にする。
     この戦いで、イフリートに悪い印象を与えていなければよいのだが。
     それを確かめるのは、今となってはかなわない。
     だが、今できることは。
    「行きましょう」
     にあの促しが思案を遮った。ジェノバイドも行こうぜ、と仕草で示す。
     ここで考えていても意味はない。次に進まなければ。
     既に温泉気分でこの場を去ろうとする仲間たちに続いて、彼らも露天風呂へ背を向ける。
     灼滅者が去った後には、ただ水の流れる音だけが響いていた。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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