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杜の都仙台の夕暮れ。
とあるオートキャンプ場に設置されたプロレスリングの前に、一人のマスクレスラーが立っていた。
表情を隠したマスクの下からは、誰もがわくわくするような喜びの波動が感じられる。
「ケツァールの翼出身のレスラーは全て敗北した。私は全てを失ったのだ」
嘆き悲しむようなセリフを言いつつも、声音は完全にそのセリフを裏切っている。
あきらかに、セリフと感情が合致していないのだ。
「つまり、私もまだまだだったという事だ。これは、師匠の元に戻って修行するしかないっ!」
上機嫌に、そう言い切ったのは、目を爛々と輝かせたケツァールマスク。
彼女にとって自分の団体の完全敗北は、新たなるパワーアップの為の導入に他ならない。
大技を掛ける為には、一度、しゃがみ込まなければならないのだから。
――と、そこに、一体のデモノイドが乱入する。
それも、ただのデモノイドでは無い。デモノイドロード、それも、レアメタルナンバーの一体、ロードビスマスその人である。
「ちょっと待って下さい。あなたのお力を、わたし達に貸してくれないでしょうか」
ロードビスマスは、挨拶の為にもってきた菓子折りをケツァールマスクに差し出すと、礼儀正しく会釈する。
「わたし、こういうものなのです」
彼が差し出した名刺には、ラブリンスター事務所 アイドルレスラースカウト担当 ロード・ビスマス と書かれていた。
「今は、アイドルの時代です。ケツァールマスクさんには、アイドルレスラーの団体を立ち上げて欲しいのです! それが、ラブリンスターの望みなのです」
「……」
菓子折りと名刺を受け取ったケツァールマスクは、ビスマスの目を見て鷹揚に頷いた。
「うむ、アイドルレスラーか。それもまたあり。だが、そのためには、各地にスカウトに行くしか無いだろう。才能のあるものを見つけ出さねばなるまい」
「スカウトキャラバンですね、わかります」
「そうか、わかるか」
ロード・ビスマスとケツァールマスクは、そう言うと、互いに頷きあった。
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「シン・ライリー一派とケツァールマスク派の抗争に、新たな動きが見えそうだよ」
集まった灼滅者たちに顔を向け、鳥・想心(心静かなエクスブレイン・dn0163)は静かな口調でそう切り出した。
「シン・ライリーとの抗争に敗れたケツァールマスクは、自分達の団体を失ってしまったようだ。
そこで、新たなレスラーを発掘するためのスカウト活動を始めたらしい」
ケツァールマスクが探している人材は、未来のアイドルレスラー。その為に未来のアイドルを目指す少女達にスカウトの照準を合わせている。
そんな彼女らを集めてアイドルレスラー団体を結成する――このコンセプトについては、ラブリンスター勢力から何らかの働きかけがあったようだ。
「狙われた少女達は既に、『このままではアイドルになれない』という状況に相対した時、プロレス勝負で物事を解決しようとする――という所まで堕ちかけているようだ。
アンブレイカブルとして完全に闇堕ちさせられてしまうのも、時間の問題だろうね」
そうなる前に、少女を救出して貰いたい、というのが今回の依頼となる。不可能ならば灼滅も考え無くてはならないが、ダークネスとしての危険度が低いと判断したのならば、最終的には灼滅者達の判断による所となるだろう。
「今回狙われた少女のプロフィールを説明しよう。名前は、榊・清水。サカキ・シミズと読むんだね。年齢16歳。高校二年。チャームポイントはおへそで、特技はバックドロップ」
プロフィールに既にもう、アンブレイカブル力が侵食してしまっている。
「歌やダンスはそれなりだけれど、とにかく彼女はうっすら乗った健康的な腹筋に形の良い縦へそと言う自分のおへそ周りに絶対的な自信を抱いている」
アンブレイカブルとして使う彼女のプロレス技にもその自信の程が見て取れる。
おへそで投げるバックドロップ。おへそからぶつかるフライングボディアタック。相手のおへそを狙った中空ドロップキック。おへそとおへそを密着させて相手のおへそ力を吸い取るおへそドレインなどだ。
尚、おへそドレインは一見すると近年の劇場型プロレスに見られる「効くわけないけどリングの上では効くということになっている技」を、ダークネスの力で本当に効くようにしてしまったタイプの技である。彼女の持ち技の中でもバックドロップに次ぐ威力を持つので十分な警戒が必要だ。
「普段は放課後に駅前のガラス戸の前でおへそを出してレッスンをしたり、おへそを出した衣装で路上パフォーマンスをしてみたり、お小遣いでエステに行っておへそのケアをしたりしているようだよ」
日常生活を送る彼女に接触することは難しくない。彼女にアイドル勝負を挑んで勝利し、その上で向こうから仕掛けてきたプロレス勝負にも勝利すれば、説得は容易になるだろう。灼滅者のアイドル力に自信がないのなら、彼女が誰かとのアイドル勝負に敗れ、実力行使に出た所で乱入するというのも手ではある。
「おへそに拘りがあるだけのいたいけなアイドル希望の少女が、無理矢理おへそを売りにしたレスラーにされてしまうのは心苦しい。君達の活躍を期待しているよ」
そう言って灼滅者を送り出した想心は、ミーティングの間ずっと、手に持った本をお腹の前から動かさなかった。
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未来のアイドルを夢見る少女達による、路上でのパフォーマンス。たまたま隣り合った二人がいつの間にやら意地の張り合い、アイドル対決の流れになることは、さして珍しいことではなかった。
既に勝敗は決し、勝者となった栗色の髪の少女は敗れた少女に暖かなアドバイスを送る。そんな美しい光景に、見守っていたギャラリーたちも優しい拍手を送っていた。
「歌もダンスも悪くないと思うけど……いくらおへそから声を出すって言っても、ずっと大声張り上げっぱなしじゃダメだと思うのよ」
「なんですってええええぇっ!」
「ぅえ!?」
敗れた少女――榊・清水は大声を張り上げて立ち上がった。黒いポニーテールがばさりとなびく。フリルで飾ったパステルピンクのチューブトップにミニスカート、ニーハイソックスという露出の多い衣装から形の良いおへそが大胆に覗く。
「な、何よ!?」
「アイドルは、おへそが命! 私のおへそ力の前には、歌もダンスも添え物なのよ! プロレスでそれを証明してあげようぅっ!」
「ちょっと待って何言ってるか全然わかんない!」
「アイドルを、おへそで投げーるぅっ!」
「ぅきゃーっ!?」
低く屈んだ姿勢から一瞬で栗色の髪の少女の懐に飛び込んだ清水は、流れるように背後に回りこみ相手の胴をクラッチした。
美しく、それでいて溜めの少ない高速バックドロップが少女を襲う。
悲劇的な音が路上に響いた。
「ふっ! 今のバックドロップはまだ15%しかおへそ力を使ってなくってよっ!」
「だから……意味、が……」
加減はされていたのだろう。技を食らった少女にはまだ意識があったが、体を動かす余力はない。
「世界は! 私のおへそを中心に! 回っているのよぉっ!!」
「わから、ない……がくり」
騒然となるギャラリーに囲まれて、清水の笑い声だけが高らかに響いていた。
参加者 | |
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稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450) |
巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471) |
中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248) |
叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580) |
リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305) |
クリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977) |
四季・彩華(自由の銀翼・d17634) |
久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285) |
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「榊・清水ちゃん、僕達とアイドル勝負をしよう!
アイドルならおへそも、歌もダンスも魅力的でなければね!」
――四季・彩華(自由の銀翼・d17634)の言葉に自信満々に応じた榊・清水は、些か状況に困惑していた。
『さぁて、いよいよ始まる世紀のアイドル対決っ!
実況は、平和は乱すが正義は守るものっ、熱血の銀さんこと中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)と』
『解説は私、巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)こと、トモサトがお送りいたします』
と、名前入りの席札まで置いて、持ち込んだ実況席でハンドマイクを握る銀都と飴。
自分達と観客を仕切るトラロープの向こうでは、リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)が観客を煽ったり、稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)が先ほど清水がKOした少女を介抱しているようだった。
清水の隣には彩華の他に久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)も立っていて、顔を向けるとぺこりと会釈された。どうやら三人でアイドル勝負をする展開のようだ。
機材の設置をしていたクリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977)と叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)は少し離れて休憩しているが、彼女らもスタッフなのだろうか。
『業界が飽和状態の今、認知を広げるキャラ作りはこの先も武器になるでしょう。
歌やダンスはもちろん、個性にも注目したい所……そうなると、清水ちゃん一推しのおへそに、二人がどう対抗するかが見所です』
何となく的を射ている気がする解説。
手際の良すぎる準備ぶりに目を丸くしていた清水だが――始まってしまえば、やることは一つ。
イントロが鳴り始めると同時、私にはこのおへそがある――そう思いを固めて踊り始めようとした、その矢先。雛菊と彩華の声が高々と響いた!
「変身!」
「可愛く華麗に決めるよ♪」
キリリッと、あるいはキラッと。
対極の魅力のポーズを決めた二人の姿が、一瞬の内に変じていく!
「え……ッ!?」
スレイヤーカードの封印解除――一瞬で姿を変えた二人にギャラリーも清水も思わず目を奪われた。
雛菊が変じるのは勿論、明石のご当地ヒーロー・シーアクオン! 紫の装甲を纏った戦士の凛々しさに、青と白とで飾られたAラインスカートがフェミニンさを演出。ウイングキャットのイカスミがヘルメットをすぽっと取れば、暖かな雛菊の笑顔がギャラリー達の心を掴む。
一方、彩華はその青い瞳と銀の髪との調和の取れた水色のアイドル衣装に姿を変えた。ガーリーなトップスとギャザーの効いたミニスカートは如何にも正統派アイドルの装い。大胆に覗くその肌は白く、肌理細やかさたるやギャラリーの女性陣が羨望の眼差しを向けるほどだ。
『開始早々個性炸裂! スーパーヒーローとスーパーヒロインの登場で一気にギャラリーの視線を釘付けだッ!』
『そうですねー。これは清水ちゃん、ド不利ですよ』
一瞬呆けてしまったものの、慌ててダンスを始める清水。
しかし、おへそ一本で勝負する彼女に対し、灼滅者達は二重三重のアピールを重ねる。
雛菊がイカスミと一緒に特撮の殺陣を交えて凛々しく舞えば、彩華が正統派アイドルの愛らしさと華やかさをキレッキレのダンスで表現する。
何より二人共、おへそを使って丁寧にしっかりと歌を歌ってみせた。
そして曲が大サビに差し掛かったその時!
「スタイリッシュモードっ!」
「プリンセスモードっ♪」
掛け声とともに二人の体が瞬けば、二人の衣装が更なる変化を魅せるのだ!
『まさかの二段変身ーッ! 観客を襲う感動の台風ーッ!
彩華・雛菊の勝利が決まったーっ!』
『決まりましたねー。おへそ回りの使い方も完璧です』
清水自身も敗北を受け入れざるをない、圧倒的な観客の支持。
そして決着の後に明かされる驚愕の真実!
『ちなみに彩華ちゃんは男の娘です』
「うえぇっ!?」
アイドルらしくない声を出してしまった清水一人を責めることは出来まい。
騒然とするギャラリーに向け、彩華は可愛らしい姫系男の娘アイドルの風格を漂わせてポーズを決めた。
「ありがとっ♪」
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「まだよっ! おへそ力の真髄をプロレス勝負で教えてあげようっ!」
「受けたっ! 時間無制限三本勝負、最初の貴女の対戦相手はこの二人よ!」
「話が早いっ!?」
ギャラリーの中から私服を脱ぎ捨てつつ現れた二人の少女――その姿にギャラリーから感嘆の声が上がる。
『オーロラカーテン、リリアナ・エイジスタ!
肉体言語で語るオンナ、クリミネル・イェーガー! 両選手リングインッ!』
『リングは無いですねー』
輝く金髪をたなびかせ、白く美しい肌をワイルドな豹柄のリングコスチュームから大胆に晒してみせるリリアナ。
白のロングヘアの下、艶のある褐色の肌を戦化粧で飾り立て、ゴールドのリングをあしらった黒のビキニで包んだ姿のクリミネル。
白と黒。二人のコントラストがタッグを組んで、互いの魅力を高め合っていた。
「ボクらのおへその力、みせてあげるよ。プロレスでねっ!」
「アイドル力ならまだしもっ! 私のおへそ力は銀河一っ!」
「なんて脳筋……いや、脳へそ?」
と、思わず呟いたのはセコンドに立つ秋沙である。
ここでカーン、と持ち込んだゴングが鳴らされる。
「おへそで投げーるっ!」
「ッ、いきなり!」
先制を狙ったの清水だ。定石を無視した開始直後のフィニッシャー、バックドロップを、敢えてリリアナは見事に受けきる!
「くっ……まだまだっ!」
カウント2でフォールを返せば――。
「やるねっ! なら、もう一発!」
と、清水がもう一度タックルを仕掛けてくる。が!
「――甘いよっ!」
そのタックルを直前で切り、今度はリリアナが逆に背後を取り返す!
腰に回した手が一瞬ぐぉんと鬼神の如くに質量を増し、勢いそのまま華麗な弧を描いてリングにかかる人間橋!
『こちらも必殺、ジャーマンスープレックスっ!』
『1……と、清水選手素早くフォールを外します。こちらも見事なおへそぶりです』
二人は一旦間合いを離し、軽く呼吸を整えた。
「そのおへそと腹筋、伊達ではないようねっ!」
「当然っ! 全力で行くよっ!」
――互いに必殺技を一発ずつ見舞ってからの仕切り直し。
おへそを誇示し、おへそを狙い、おへそを晒し、おへそで投げる。おへそを中心にスープレックスと空中殺法がスイングする激しい攻防!
『おへそとおへそが火花を散らす、仁義なきおへそ合戦ですねー』
『と、ここもカウント2! リリアナ、有利な態勢からクリミネルにタッチだ!』
『猟犬と呼ばれる彼女の戦いぶりとおへそに注目です』
快音を響かせてタッチを交わし、一気に駆け出すクリミネル。
一息ついて少しふらつくリリアナを、秋沙が慌てて抱きかかえる。
「リリアナちゃん、大丈夫?」
「うん……ありがと」
そっとおへそ周りを撫でる仕草は、心配しているようにしか見えないだろう。
その影で、祭霊光の光が灯っていたとしても。
嬉々として飛び出したクリミネルの第一撃は――。
「よっしゃあ!」
「っ、うぐぇ!?」
――実はプロレスでは反則だったりするナックルによるボディブロー!
『相手のおへそを潰してしまえば自分の方が美しい。ダーティですねー』
『なんともダーティな猟犬ぶりだー!』
『……略して、ダ犬ですね!』
「駄犬言うな! てか無理して弄らんでええんよ!?」
ツッコみながらもクリミネルは拳を打ち込み続ける。
容赦無いその連撃に――清水の瞳に怒りが宿る!
「私のおへそに……気安いのよぉ!!」
「ムっ……!」
仕掛けたのは、ベアハッグのように抱きついておへそ力をおへそで吸い取る、おへそドレイン!
にやり、と清水がアイドルとしてはどうかという笑みを浮かべる。
「どう? ギブするなら今の内――」
ガツンッ!
――その言葉を遮るように、クリミネルの額が清水の額に押し当てられた。
「……舐めるな」
「――ッ!?」
他の誰からも見えない所で睨みつけ、浮かべたのは猟犬の笑み。
『クリミネル、逆に清水の体を引き寄せるー! 体を完全に密着させて! ベリートゥベリーで投げ捨てるーッ!』
「リリアナはんっ!」
「うんっ!」
声を掛け合い、黒と白の少女が宙へと跳んだ。
『リリアナがクリミネルを踏み台にして更に飛ぶ! クリミネルはそのまま加速を付けて……清水のおへそに踵落としーッ!』
『リリアナ選手、トンボを切って落ちてきますよ。おへそが輝いて見えます』
『そして――白いリリアナ爆弾投下ーッ! そのままフォール! 1、2――3! 清水動けないっ! 黒と白のモノクロ絨毯爆撃がリングを焦土に変えたーッ!』
『リングは無いですねー』
鳴らされるゴング。一本目を制したのはリリアナ・クリミネル組だった。
●
続いて行われた第二試合。先のアイドル勝負を戦った彩華と雛菊がタッグを組んだこの試合は、予想もつかない大波乱が待っていた。
「おへそが大事なら、こんな手段じゃなくても、きっと他に良さを伝える手段は沢山あるよ。
清水ちゃん、君はアイドルなんだから!」
「それで負けたんじゃない、私は!」
「アイドルはおへそが命――なら。その力を……力づくな手段やなく、歌やダンスにも尽力するべきなんよ。
もし、ずっとそうしていたならわたし達は……」
『雛菊ちゃん達がおへそを割って説得しているようですね』
『腹だな』
二人の説得に心動かされながらも、清水は戦いの衝動を抑えられない。
「今更、そんなのっ!」
「わからずやっ!」
叫んで雛菊は清水を逆さまに抱え込んだ。敢えて、おへそとおへそをくっつけ、アナゴのオーラを身に纏い!
『ツームストンパイルアナゴダイナミックーッ! ここで雛菊、彩華とタッチに……あーとっ!?』
『清水ちゃんが足を掴んでますねー』
「雛菊ちゃんっ!」
すかさず飛び出す彩華が握る、右拳に纏う雷は蒼。風切る音に放電の瞬きが混ざり、起き上がる清水を下から打ち上げる!
「聞いて、清水ちゃ……」
「やだっ!」
言葉を続ける彩華の横をすり抜けて、清水は雛菊に飛びかかった。雛菊はすかさず間合いを離すも、清水の狙いは変わらない。
「……お、男の子とくんずほぐれつとか恥ずかしいっ!」
「えぇーっ!?」
『ピュアだなっ!?』
『男子のおへそは別腹でしたか』
ちょっぴり頬を赤らめながら清水は雛菊に狙いを集中させる。下がる雛菊。飛び蹴る清水。これだけの展開ではとてもプロレスにならないし、地力で勝る相手に狙われ続けては危険だ。
『このままではおへ……あれ? 銀さんちゃん?』
好戦欲をうずかせながらも解説の仕事を全うしていたトモサトさん――飴がふと横を見ると、居るべき者がそこに居ない。
「謎の乱入男参上っ!」
『あーっ!?』
実況する者のない戦場で、謎の乱入銀都がダイダロスベルトを振り回し、雛菊の危機をカットしていた。居てもたってもいられなくなったらしい。
「ず、ずるいです! それなら私だって……デウ!」
待ってましたとばかりにライドキャリバーのデウカリオンが、飴を乗せて一直線に突撃をしかける!
「行きますよーっ!!」
加速そのまま、炎に燃えた足が清水の体を狙って――。
「そこまでよっ!」
「へぶしっ!」
横合いから飛び出した秋沙のグラインドファイアが、清水を軽く蹴り飛ばしながら灼滅者達に割って入った。
「あ、秋沙ちゃ……」
目をぱちくりとさせる飴に向き直り、ふぅ……と小さく息をついて秋沙は言う。
「乱戦になっちゃったら、一般人の人巻き込んじゃうよ?」
「うっ……」
四人で清水を相手取る形になり、清水もそれに応じた結果、一般人との仕切りにしていたトラロープはもう目前にあった。
「脳筋は、お互い様だったね……」
秋沙のため息の背後で、カンカンカン、とゴングが鳴る。裁決は――ノーコンテスト。
●
晴香は一人ゆっくりと、清水の下へと歩を進める。着ていたスウェットを脱ぎ捨てれば、細身ながらも実に豊かな肢体に、それを見せつけるような星条旗柄のビキニスタイル。
最終戦の緊張感を前にして尚、生唾を飲む悲しい観客の男達である。
席に戻った飴と銀都――トモサトさんと銀さんがマイクを握り直す。
『最終戦、シングルマッチを務めるのは、伝説の後継者! 稲垣・晴香だーッ!』
『さぁ、最後まで隠していたおへその力は如何程でしょうか』
響くゴング。それと同時に素早く駆け寄ってロックアップ。
互いの肩に手を置いて、力比べの体勢――が!
『清水が跳んだ! 一歩引いてのドロップキック! 晴香のおへそに突き刺さるっ!』
よろめく晴香。攻めこむ清水。
『続けざま! もう一発! 二発! 三発! まさかこのまま――っと、今度は晴香も跳んだ! その場跳びで高く高く、打ち下ろすようなドロップキックで迎撃ーッ!』
受ける。受ける。何度でも受けて……その上を行く技で返す。
(「プロレス技が使えるのと、プロレスができるのとは、違う」)
ここまでの試合を見て、晴香はレスラーとしての清水を看破していた。
晴香はプロレスの出来ないアンブレイカブルを相手に、プロレスを仕掛ける。
「清水ちゃん、貴女のおへそは確かに魅力的……だけど、技も! 心も! それに追いついてない!
それを今、私が教えてあげる!」
「おへそが茶を沸かすわねっ!」
――ボディアタックを受ける。ドレインを躱して、バックドロップを受ける。跳ね除ける。ボディプレス。フォールされながらのドレイン。ギリギリで返して、またバックドロップを受ける。
もう駄目だ。誰もがそう思ってからが、晴香のターンだった。
『ここでもう一度フォー……カウント0!?』
観客が沸く。
『即座にブリッジで跳ね除けて! 起き上がってバックの取り合い! クラッチの切り合い! どちらが取る! どちらが取る!』
観客が沸く!
『……っ、晴香、クラッチしたまま膝を畳んだっ! 清水バランスを崩す! 膝を着いたまま! その姿勢のままっ、バックドロップーッ、ホールドーッ!!』
『1、2――3ッ!』
観客が――沸き返る!
●
「……本当に、来ないの?」
「ええ」
――人々の立ち去った夕暮れ。リリアナの誘いを断って、清水は寂しげに微笑んだ。
「おへそは常にお腹に一つ……本当の輝き方を見つけるまで、誰かと共には居れないわ」
言葉の意味はよくわからないがはっきりと言い切った清水に、尚も強く学園へ誘おうという者は居ない。
「自己紹介はいずれまた、だな」
「って、熱血の銀さんでしょ。良いマイクだったわよ」
「……しまらねぇぜ」
トモサトさんに笑われながら後ろへ引っ込む銀さんに代わって、クリミネルが前に出た。
「あんた、エェヘソやったで……」
「あなたも……ううん、あなた達みんな、ね」
去り際、清水はおへその底から声を出す。
「私の次くらいには、素敵なおへそだったわよっ!」
作者:宝来石火 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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