●運命の日
――その日も、普段通りに過ごしていた。
強いて言うなら、いつも見上げている月がほんの少しだけ曇りがかっていた位だろうか。
奇妙なまでに寝苦しいその日、『ボク』は夢の中で其れを聞いた。
「紫鬼よ。……ダークネスとして生まれながら、灼滅者という『罪』により、意識の深層に閉じ込められ、同胞たるダークネスを灼滅する者よ」
――聞いてはいけない。キイチャイケナイ。
必死で自分に言い聞かせるも、其の声は弱く、儚く。
「紫乃崎・謡という殻に閉じ込められ、孵る事なき、雛鳥よ」
――その呟きだけで、『闇』が蠢く。
ボクの中に眠る、『闇』が。
「我、オルフェウス・ザ・スペードの名において、汝の罪に贖罪を与えよう」
抗いがたきその声に、ボクの中の、『其れ』が叫んだ。
「この子の生き様が罪だというなら、わたしが償ってあげるわ!」
(だって……謡とわたしは、鏡の様な物だもの)
そう……『わたし』達は、表裏一体の合わせ鏡。
なれば、謡の罪は、『わたし』の罪。だから……。
「我が声を聞き、我が手に縋るならば、灼滅者という罪は贖罪され、汝は殻を破り、生まれ出づるであろう。……汝は、贖罪を望むのか?」
……外へ出て、罪を償う。ただそれだけ。
「望むわ! だから、外へ出して頂戴! 贖罪のお嬢サマ!」
膨張する『闇』を抑え込もうと抗うが、『ボク』の意識は、声に含まれる力に抑え込まれ、ただ、闇へと飲まれていく。
「例えこの命が罪でも、まだ消える訳には…」
消えゆく意識の中で、『ボク』はただ、ひたすらに朝を待つ。
「存在を奪われても……諦めないよ」
……たった一つの願いを、譫言の様に呟きながら。
●月明かりの夜
北海道にある、とあるゲーム会社。
そこは、最近流行のスマホゲームを下請けする会社だった。
宵闇に光る月明かりに照らされる会社の前に、1人の少女が立っている。
それは、『謡』と呼ばれていた少女によく似ていた。
けれども、その姿は明らかに歪。
……周囲に、包帯が浮かんでいるから。
勿論、誰も気に留めない。
「着いた、着いた♪ さぁて、と愉しませてもらえるのかな?」
心底、愉快そうに、嬉しそうに、少女は笑う。
――『わたし』が、笑う。
「さて、と。キミ達は、わたしを愉しませてくれるのかな? それとも……つまらないからさっさと殺しちゃうことになるのかな?」
――クスクスクス。
夜の闇に響く笑い声。それが……世界を満喫する為の、第一歩。
「早く来なよ。……キミ達の求めるモノは、此処にあるよ」
自分の胸に手を当てて、無邪気に笑い、人々の『恐怖』を味わうために、少女は足を踏み入れる。
――それは……自らの罪を贖う第一歩。
●絶望と言う名の、愉悦
「……やっと、見つけた。……でも、これは一体、どうして……?」
ふと、脳裏を過った其れに気が付き、思わず呟く北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)。
彼の呟きに集まって来た灼滅者達を見回し、優希斗は一つ小さく頷く。
「皆。見つけたよ。謡さん。……ある日急にいなくなって、足取りの掴めなかった、彼女のことを」
優希斗の囁きに、灼滅者達が思わず息を呑む。
「どうやら謡さんは、『紫鬼』と言う名の、もう一人の彼女へと闇堕ちしていたらしい」
――紫鬼。
謡と言う名の少女が抱える『わたし』。
「彼女は北海道にある、とあるゲーム会社の前に月の綺麗な夜に姿を現す。……そこで働く人々を殺戮し、更なる高みに至る為に」
――何故なら……。
「……彼女が強くなるための糧こそが、人々の絶望であり、恐怖だから」
だからこそ、手始めに会社にいる人々を、惨殺する。
ただ、力を得るために。
「でも、彼女は望んでいる。自分を愉しませてくれるそれ以上の何かを」
例えば、自分を愉しませてくれる者達との、殺し合い。
その果てにある、彼らが倒れていく時の絶望と言う名の愉悦。
それもまた、彼女が更なる高みへと至る為の、手段であるが故に。
「……謡さんの意識は、深い眠りに落ちている。だから……彼女を取り戻す為の呼び掛けは、戦いの中ではさほどの効果を現さないだろう。それでも、もし、起こすことが出来れば、或いは……」
――しかし、それは余裕がある時の第2の策。最善の策は……。
「会社にいる30人の人々から死者を出さず、その上で、皆が倒れずに紫鬼を死力を尽くして愉しませ、止めることにあるんだ」
優希斗の言葉に、灼滅者達は首を縦に振った。
「紫鬼の使う技は、鬼神変、ブレイドサイクロン、蹂躙のバベルインパクト、レイザースラスト、シャウト、グラインドファイア。ポジションは、クラッシャー。……どうか、気を付けて」
優希斗の呟きに、灼滅者達の背に戦慄が走った。
「皆が闇に堕ちたら本末転倒だ。だから……紫鬼を灼滅したところで、誰にも君達を責めさせはしない。……でも、謡さんを救いたいのなら、これが最初で最後のチャンスだ。……選択は、君達に委ねるよ」
優希斗の見送りに灼滅者達は頷き、静かに教室を後にした。
参加者 | |
---|---|
伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458) |
平坂・月夜(常闇の姫巫女・d01738) |
苑田・歌菜(人生芸無・d02293) |
葛城・百花(クレマチス・d02633) |
王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644) |
煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509) |
アリス・ドルネーズ(バトラー・d08341) |
不動・大輔(旅人兼カメラマン・d24342) |
●
其れは美しい月の夜。
空を見上げたわたしは、心の奥底から湧いて来る衝動に笑った。
鏡に映さずとも、自分がそんな顔をしているだろうことは、手に取るように分かる。
……まだ明るい2階のフロアへと足を踏み入れた。
本来であれば、愉しい殺戮と言う名の贖罪をすることが出来る、その場所に。
けれども、その時……。
「そうはさせないわよ!」
そう叫んで最初に介入したのは、葛城・百花(クレマチス・d02633) 。
予測に従い、易々と会社に侵入した紫鬼の前に立ち塞がり、そのまま彼女に手加減無しの螺穿槍。
「あっ、やっぱり来たんだ~♪」
不意に起きた戦いの音に、それまで仕事に集中していた人々が思わず其方を見た瞬間……悲鳴が上がり、我先にと逃げ出そうとする。
悲鳴はまるで波の様に周囲に伝播し、そのままパニック状態になり収拾がつかなくなりそうになったその時だった。
「こっちです! 慌てず、騒がず避難して下さい!」
苑田・歌菜(人生芸無・d02293) が確保した出口に誘導する様にアリス・ドルネーズ(バトラー・d08341) が声を張り上げる。
一瞬、誰なのか、と怪訝に思う者達もいたが、自分達と同じスーツに身を包んだキィンや八雲達に声を掛けられて、何とか秩序を取り戻して避難する。
其れを追おうとする紫鬼の前に立ちはだかったのは、伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458) 。
「こんばんは、紫鬼。私達の大切な方を返して頂きましょうか」
祈りを籠めてワイドガードを展開しながら静かに告げる征士郎に気を取られた隙をついて王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644) が、WOKシールドを紫鬼に叩き付けた。
「夜は必ず明けるものだ。ウタ君、もう起きる時間だよ」
「へぇ……やっぱり、皆来たんだね! これは、スッゴク愉しいことになりそうだなぁ!」
謡に呼び掛けながら、さりげなく奥まった人がいないエリアに向かう様に移動する三ヅ星。
敢えて三ヅ星を追わずに避難している人々の所に向かう素振りを見せた彼女の前に飛び出し、其れを遮るのは不動・大輔(旅人兼カメラマン・d24342) 。
紅一文字を振るうと、紫鬼は其れを片手で受け止め、彼を弾きとばそうとする。
「絶対に助けてやるからな!」
負けじ、と四股に力を籠めて踏ん張る大輔を少しだけ興味深げに眺めながら、足で地面を擦り、暴風を生み出す、紫鬼。
発生した荒れ狂う風が、前衛の者達を傷つけ、衝撃でガラス窓が甲高い音を立てて割れ、消火器が派手に吹き飛び、避難中の人々目掛けて突っ込んでいく。
もし当たれば容易く人の命を奪うであろうそれらだったが、カリルや、千幻を初めとした援助を申し出た灼滅者達の何人かが撃ち落とし、またある者達は人々の為に壁の様に立ちはだかった。
結果として僅かな破片や欠片が、人々に掠り傷を負わせ、或いは転けつまろびつさせはしたものの、倒れたり怪我を負った者達は、歌菜の他に、小次郎や、弥々子等救出班がまとめて担ぎ上げ、最短の避難経路を頭に叩き込んでいた志織等の適切な案内を受けて瞬く間に会社から離れていく。
その間に征士郎は、煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509) や、平坂・月夜(常闇の姫巫女・d01738) 達と共に、紫鬼を、奥の10人弱ならば何とか戦うことの出来る広さのある、人気のない会議室へと誘導していた。
会社から避難した者達は、入り口で待機していた者達が引率し、純也が優希斗に予測させていた紫鬼の攻撃の範囲外となる、安全な公園へと速やかに誘導している。
「こっちは任せて、お前たちは早く行け! 謡さんのこと、頼んだぜ!」
「弥々子は、歌菜ねぇも、謡さんの事も大好きだから! 後のことは弥々子達に任せて、早く行って!」
「皆の事、信じてるから。歌菜先ぱいと、月夜ちゃんなら、絶対に連れて帰って来てくれるって!」
「ありがとう、皆!」
「謡様は、私達が殴ってでも必ず連れ戻しますから!」
速やかな避難を仲間達がさせている一方で、和奏や、弥々子が八重華と共に、他のフロアも含めて見回りを申し出ると、2人は仲間達に人々の避難の後事を託して、急ぎ戦場へと馳せ参じる。
仲間と協力してできる限りのことはやった。だからこそ、一般人にもう被害が出ると言うことはないと言う確信が持てる。
歌菜や、アリスと一緒に、徹が謡に声を届けたい人達を集めて、逃走経路を塞ぐ為の包囲網を作ることを考慮に入れて、その後を追った。
「……必ず、帰れよ」
潮が、その背を見送ると、夜宵や蔵乃祐と共に、救命及び治療の為に、避難場所として指定されていた公園へと速やかに移動した。
●
「ウタちゃーん、助けに来たよー!」
戦場に辿り着き、仲間達と共に退路を断つ様に立ち回りながら、ウインクする、彦麻呂。
戦場には聊か不釣り合いな声とテンションに気を引かれ、一瞬其方を向いた紫鬼の姿を、カシャッ、と撮影する。
一瞬呆気に取られた紫鬼を、気合を込めて、迅狼を伸ばして、その体を貫き手痛い一撃を与える百花。
そこにすかさず歌菜が連携してシールドバッシュをその腹に叩き込み、思わず目を見開き喀血する紫鬼。
「さっさと眠りなさいよ、紫鬼。私は、謡に用があるの」
「にゅ、歌菜ちゃん、アリスちゃん早く戻って来てくれて良かったです―!」
大輔を癒しながら、月夜が軽く弾んだ声を上げたのに強く頷き、鋭い眼差しを向ける、歌菜。
――此処までおよそ3分。もし、仲間達の手助けがなければ、もっと時間が掛かったのは、疑いない。
「アリス・ドルネーズ。九条家室事件九条家ゴミ処理係り」
冷静に呟きながら、アリスが敢えて真正面からぶつかり合うことで、紫鬼の気を引いていた百花の横から飛び出し右腕を人狼の爪に変え、一撃を見舞う。
放たれたその一撃が深々と紫鬼を切り裂くと、紫鬼は愉しそうな笑みをさらに深めた。
「アハハハハッ! 皆集まって来た! もっと、もっと愉しもうよ!」
「貴方と話している暇はないのです。我々は謡様に用があるのです。早々に退場してくれませんか?」
挑発を叩き付けるアリスに口では答えず紫鬼は腕の全てを獣化させて彼女を討ち取らんと振り下ろす。
けれども其れは、朔眞が微笑を浮かべながら受け止め、お返しとばかりにシールドバッシュ。
「ほぅら、鬼さん、こちら」
朔眞の甘やかさを感じさせる挑発に、敢えて乗る紫鬼。
「そうやってからかって来るんだね! いいよ、ならばキミから潰してあげる!」
その瞬間、三ヅ星がチェーンソー剣で鬼化した腕に斬りかかり、耳障りな音と共に一回り大きくなった腕を砕く。
「キミはもう忘れてしまったかもしれないけれど」
「何?」
顔を顰めている『わたし』ではなく、『ボク』の……ウタ君のことを思い浮かべて。
「『ミヅって呼んでもいいかい?』って言ってくれたこと。ボクはとっても嬉しかった事、今でもはっきりと覚えているよ!」
告げられた其れには深い思い出が宿っていて。
その時の喜びは……決して色褪せることなく。
――だから……今度は、ボクの番。
「ウタ君! 一緒に帰ろ!」
空いている手を差し伸べ、太陽の様な笑みを浮かべて。
「うたチャン……! うたチャンは、ももチャン、さくチャン、せいしろークン、みづクン……同じクラブの……んーん、其れを通り越しても、かけがえのないナカマ。皆が悲しむ顔も、うたチャンが後悔する顔も……ましてや敵対するミライなんて見たくない! だから……帰ってオイデ。あたし達の……ンーン、皆の所に!」
三ヅ星と同じ様に……届かぬ、と知りながら、その手を差し伸べ、想いの丈を籠めて呼びかけるルシア。
手は届かぬが、声は心に届いたのだろうか。
声に圧される様に放たれたアリスの鋼糸に三ヅ星に砕かれつつも尚巨大な腕を締め上げられ、苦痛に顔を歪める紫鬼。
「にゅ、謡先輩―! 皆、謡先輩が戻って来るのを待っているのです―!だから、一緒に帰るのです―!」
絡め取られた腕による攻撃を寸前で止め、周囲に展開している包帯が、三ヅ星を締め上げようと放たれるが、月夜が撃ち出した符によってその威力を大きく減じられ、三ヅ星の頬を掠めて怪我を負わせるに留まった。
――留まって、しまった。
「正直、私はいつかはあるかも、って思ってたわ。でも……こんな形で、とは思わなかった」
語り掛ける様に、囁きかける様に。
征士郎の影から飛び出し、接近してその足を抉り取り、紫鬼の蹴りを牽制する歌菜。
「ほらほら、その程度?!」
足を切り裂かれ、血を流しながらも、嬉しそうに笑う紫鬼。
けれども、歌菜は紫鬼を無視して、『ボク』……謡へと呼び掛ける。
――そう言う所は、同じなのね……。
ふと、ひたむきに強さを求めるその想いが、表裏と評された紫鬼と、謡の本質に感じられて、ほんの少しだけ寂寞たる想いが脳裏を過った。
――でも……。
「強くなりたいなら、戻ってきなさいよ。だって、私も、謡と一緒に強くなりたいもの……だから……!」
「ウタ様が、貴方の様な自らの闇に負けるハズがない。だから……絶対に諦めません。紫鬼……貴方の思う様には、させませんよ」
黒鷹が牽制も兼ねて攻撃を仕掛けている間に、仲間を庇い負傷した朔眞を癒しながら、再度問いかけるは征士郎。
「ウタ様……聞こえているのでしょう? 私達の声が……貴方に帰ってきて欲しいと考えている、私達の想いが」
「そうだぜ、うたたん。柄じゃあねーが、俺、結構、うたたん、オメーの事、気に入っているんだぜ?」
征士郎に合わせる様に、後ろから声を掛けたのは、既濁。
「それでよぉ、戻ってきたら今度はこの間行けなかった奴も呼んで、バーベキューとか行こうじゃねーか。盛大によ」
――その為には……。
「戻って来て貰わなきゃ困るんだよ、うたたん」
「分かるだろ! お前は1人じゃねぇ! 俺達がいる! だから諦めるな!」
既濁に続けて声を張り上げながら、大輔が星の力を帯びた膝蹴りを叩き付け、続けて牙が刃を振るう。
連続して放たれた攻撃を、辛うじて紫鬼が受け止めた隙を逃さず、百花が、零距離まで接近し、ガンナイフで撃ち貫く。
その一撃が、獣化していたその巨大な腕を一時的に痺れさせた衝撃で、一時的に照準を狂わされる紫鬼。
その様を見ながら、毒づくように呟く百花。
「自分にとって生きる事は戦うことだって、私に言ったわよね。……何よ、この有様は」
怒りを帯びた呟きに、ほんの僅かに怯む紫鬼。
――そう。これは……。
「このまま、眠ったまま、抗う事さえせずに死ぬなんて許さないわよ。もう1人のアナタ? だったら尚更超えるべき壁でしょう!?」
百花の鋭い問いかけは、紫鬼、いや……彼女の中に眠るもう1人の『わたし』を揺さぶるには、十分だった。
●
「そう……其れが皆の望みなの……。でも……謡は『わたし』なの! わたしは、謡の犯した『罪』を贖罪する為にもっと強くなることを決めた! だから……キミ達にその邪魔をさせはしないよ!」
悲痛さを感じさせる紫鬼の叫びが、周囲をビリビリと震わせる。
叫びと同時に、自らの傷を癒す紫鬼に対して、有無が恐らく故意だろう、少し大仰な仕草をしながら問いかける。
「やぁや、初めまして贖罪の君。二つで一つ、実に素晴らしきかな」
謡ではなく、敢えて紫鬼に問いかける有無。
そう……謡と、紫鬼は、陰陽の合わせ鏡。即ちそれは、二つで一つ。
「しかしな。そのままでは彼女は死に絶える。代わりの贖罪なんておやめ」
「……何故?! 灼滅者は、存在自体が『罪』! だから……わたしが、代わりにこの子の罪を贖うと決めたのよ!」
「にゅ、でもそんなことをされちゃったら、謡先ぱいはいなくなってしまうのです―! そんなのは嫌なのです―!」
「灼滅者が罪人なんて今更過ぎじゃん! 私たちがどれだけダークネスを殺してると思ってるのさ」
紫鬼の償いを明確に否定する、月夜と、彦摩呂。
「……貴女や、謡が罪なら……私はもっと罪ね」
月夜が清めの風で仲間達を癒す傍ら、炎を地に這わせながら、悟りきったように呟く朔眞。
朔眞とタイミングを合わせてシールドバッシュを放った征士郎が優しく囁く。
「ウタ様。聞こえていますか? オルフェウスにウタ様が何を言われたのか、私達には知る由はありません。ですが……ウタ様が帰って来ることを……心が戦い続けているのを……私達は知っています。だから、そんな贖罪などと言う言葉に、惑わされないでください」
お返しとばかりに、征士郎に襲い掛かろうとする紫鬼の右腕を、アリスが封縛糸で縛り上げた。
「貴方の好きにさせるわけには行かないのですよ、紫鬼」
「……『わたし』は、本当にいい友達を持ったのね。……こんなに、返して欲しいって言ってくれる友達を。……でも、それだったら、尚更、わたしを倒してみなよ! 謡を返して欲しければ、もっと、もっと愉しませてよ!」
挑発する紫鬼に大輔が袈裟懸けに刃を振るって紫鬼を切り裂き、其れに連携して、百花が螺穿槍で容赦なくその体を穿った。
周囲の魔力を吸収して塞いだ筈の傷が再び広くなり、紫鬼は少しだけ苦しげな声を上げる。
「紫鬼君にいつまでも好きにさせていいの!? ウタ君!」
三ヅ星が必死の形相で声を張り上げ影縛り。無数の影の手が紫鬼の周囲に浮かぶ包帯を締め上げ、アリスの糸と絡んで更に彼女から攻撃力を奪う。
「早く戻ってきなさいよ、謡。適者生存の世とはいえ、とか言いながら怪我してまで人を助けてた貴方と一緒に……私だってもっと多くの人を守るために、強くなりたいんだから……!」
制約の弾丸で追撃を掛ける歌菜の攻撃に、紫鬼の体が傾ぐ。
深い、深い眠りに落ちているにもかかわらず、自分の中の『何か』が揺らぐような、そんな感じだ。
『ボク』は……もう一人の『わたし』は、依然、眠り続けている。
それでも、『わたし』の中で寝返り位はするものだ。
そう……皆の声は、『ボク』の自発的な寝返りを、確実に増やさせている。
『わたし』は、あの子の贖罪の為に戦うことに躊躇いはない。
――だから……。
『ボク』への声が『わたし』の攻撃の手を緩めさせることはない。
戦い、強くなることは、誰よりもわたしの……否、わたし達の望みの筈だから。
でも、征士郎達も誰一人として倒れない。
――絶対に負けない。必ず皆で笑って帰るんだ。
その為に……紫鬼には、誰一人としてやらせない覚悟があるから。
どの位の間戦い続けているか分からないほどの時が経ち……遂にその時が訪れる。
殺傷ダメージが溜まり、思わず崩れかける大輔。
「ちっ……マズイ……!」
「やっと1人……!」
歓喜の声を上げて、鬼化した腕で襲い掛かる、紫鬼。
此処で1人でも倒せば、自分の力が強化できる。そうすれば……!
――けれど……。
「やらせませんよ」
傷だらけになりながらも、征士郎がWOKシールドを掲げて身を持って庇う。
謡から貰ったWOKシールドの展開していた結界が、限界を超えて甲高い音を立てて消滅し征士郎を貫いた瞬間……紫鬼の無意識が、ほんの僅かに彼に止めを刺すことを躊躇させた。
「ウタ様……!」
その僅かな間に謡への想いを力に変えて、魂を凌駕させた征士郎が黒鷹と同時に攻撃する。
征士郎の影が、紫鬼を縛り上げ……黒鷹のポルターガイスト現象が、彼女を激しく揺さぶった。
「皆とこれからも一緒に強くなるために、帰るよ! ウタ君!」
すかさず三ヅ星が神薙刃でその体を切り刻み。
「一緒に帰るんだ、皆の所へ……!」
大輔が膝立ちのまま、渾身の力を振り絞って紫鬼の足を地面から蹴り上げ。
動きを止めた紫鬼にアリスが、月夜が、歌菜が一斉に攻撃を仕掛け、最後に……。
「……おやすみなさい、次はいい夢で会えるわ」
朔眞が何処か慈愛を感じさせる様な呟きを放ち、スターゲイザー。
その蹴りを受けた紫鬼は、尚も立ち上がり微笑んだが、限界が来たのか、グラリと膝から崩れ落ちていく。
「……キミ達の勝ち、ね。もう1人の『わたし』……ううん。『謡』によろしく」
「おやすみ、紫鬼。……いつかまた、夢の中ででも会いましょうね」
征士郎の静かな手向けの呟きと、朔眞のまるで赤子を抱く母親の様な優しさに満ちた微笑みをその脳裏に刻みながら……『わたし』は、『ボク』の中で再び眠りについた。
●
地面に倒れる謡を、そっと百花が受け止める。
戦いの最中に何時の間にか流れていた涙で其の目を腫らしながら。
「……皆……?」
まるで、今、目が覚めたかの様に、微睡から覚める様な表情でゆっくりと瞼を開く、謡。
謡の呟きに百花が何も言わずにギュッ、と彼女を抱きしめる。
「おはよう……おかえりなさい、謡。……悪い夢からは、醒めたかしら……?」
「……ええ……」
言葉少なに、まだぼんやりとしたままに。
それでも、そっと答える謡に、心底から安堵した様に、歌菜が目尻から零れ落ちた一筋の白い滴を拭う。
「お帰りなさい」
「にゅ、謡先ぱい、お帰りなのです―!」
「お帰り。……うたちゃん」
「……ただいま、皆……」
歌菜の労わりと月夜の歓喜とルシアの迎えに、漸く自分が悪い夢から覚めたのだ、と理解した謡が、少しだけ微笑んで、小さく首を縦に振った。
――お帰りなさい……皆の想いの籠められた其れに、優しく耳朶を温められながら。
作者:長野聖夜 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 3
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