『虚恵』のアルバストル

    作者:彩乃鳩

    ●贖罪の悪夢
     奇妙なまでに寝苦しい夜。
     悪夢の中で、何者かが闇に呼びかける。
    『汝、ダークネスとして生まれながら、灼滅者という罪により意識の深層に閉じ込められ、同胞たるダークネスを灼滅する者よ』
     声が。
    『ハイナ・アルバストル(怯懦な蛮勇・d09743)という殻に閉じ込められ、孵る事なき、雛鳥よ』
     声が聞こえた。
    『我、オルフェウス・ザ・スペードの名において、汝の罪に贖罪を与えよう。我が声を聞き、我が手にすがるならば、灼滅者という罪は贖罪され、汝は殻を破り、生まれ出づるであろう』
     魂の奥底で、闇の意識がうごめくのを感じる。
     この闇の蠢動に飲み込まれれば、もはや、人間の意識を保つことは叶わない。
     必死の抵抗を試みる。
     覚めない悪夢はない。
     朝がくればいつも通りに目覚めることができる。
     だが、闇の誘いは甘く苦い。
     ついに、彼は心の片隅で考えてはならない事を考えてしまった。
    『己の過ちで両親を喪い、己の衝動で親友を失くした僕に、生きる資格はあるのか』
     と。
     最初は僅かな心の穴のはずだった。
     それは致命的な隙となり――。
    『皮肉だね。誰より贖罪を求めた僕が贖罪に堕ちるとは』
     ハイナ・アルバストルは『虚恵』へと目覚める。

    ●ソウルボード
     『虚恵』のアルバストル。
     それが、シャドウたる彼の名前だ。
     紳士服を身に着けたその四肢は異様に細く長い。背中からは木の枝のような腕が蜘蛛の足のように生えている 。
     そして、その肉体には首から上が無い。 
     シャドウは片手で己の生首を所持していた。
     瞳に浮かんだハートのマークが妖しく光る。
    「さてさて、ここの花々も随分と見目麗しくなってきましたね」
     生首の口が穏やかに動く。
     シャドウの周りには、美しい草花が咲き誇っていた。目もくらむような輝きを花弁の一枚一枚が放ち、燦然とソウルボードの世界を照らす。
     だが、その代償がごとく。
     その根を張る大地が一刻一刻と灰と消えゆく。それは夢の主を蝕む、何よりの証だった。
     壊れていく。
     吸われていく。
     心の世界が消えていく。
     このひどく美しい大切な何かのせいで。
    「私が咲かせるのです。虚構の、虚構の花を」

    ●武蔵坂学園
    「行方不明になっていたハイナ・アルバストルさんの、居所が判明しました」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が灼滅者達に説明する。
     最近、武蔵坂学園の者の中で夜の就寝前まで普通の生活をしていたのに、朝になるといつのまにか姿を消すという事件が起こっている。
     ハイナもその一人であり、その後の足取りもつかめていなかったのだが……
    「理由は不明ですが、どうやら闇堕ちしていたようです。彼は『虚恵』のアルバストルというシャドウとして、現在ある高名なゲームデザイナーのソウルボードにいます」
     夢に出没しては、不吉な悪夢を見せるシャドウ。
     『虚恵』のアルバストルが見せる悪夢により、夢の主の精神は植物に栄養を吸われるがごとく衰弱していくらしい。
    「目的は悪夢により精神を病んだデザイナーが、殺伐としたネットゲームを作成する事でプレイヤーの心まで荒ませて。更に今度はそのプレイヤー達の精神を狙うつもりのようです」
     ゲームデザイナーを救うためにも精神世界にソウルアクセスする必要がある。そして、その先には『虚恵』のアルバストルとの対決が待っている。
    「ソウルボードに咲く花々は 『虚恵』のアルバストルの分身のようなもの。これを除去しつつ、シャドウを撃退する……というのが最低条件なのですが」
     姫子は先を述べるのをためらい。
     ためらいつつも口を開いた。
    「ソウルボードはシャドウの庭のようなものです。迷っていては致命的な事態になりかねません。私個人としてもハイナさんを救出して貰いのですが……」
     もしハイナを助けるならば。
     ハイナ・アルバストルが、完全に『虚恵』のアルバストルと化す前に。
     ハイナ・アルバストルという存在が、まだ僅かに内に残っている今しかない。
    「今回、助けられなかった場合……もう、チャンスはないってことだね?」
     集まった灼滅者達のうちの一人。
     遠野・司(中学生シャドウハンター・dn0236)が緊張した面持ちで問うと、姫子は重々しく頷く。これが武蔵坂学園に来て最初の依頼参加となる司が周囲をそっとうかがうと、皆がそれぞれ固い決意を抱いているのが見て取れた。
    「ハイナさん……いえ、『虚恵』のアルバストルは人の心の穴を広げ乱そうとします。決して心の闇に負けないで下さい。それが、彼を救う唯一の可能性です」
     


    参加者
    瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)
    村山・一途(硝子細工のような・d04649)
    明日・八雲(追憶の鳴き声・d08290)
    三園・小次郎(燕子花のいろ・d08390)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)
    柿崎・法子(それはよくあること・d17465)
    月叢・諒二(穿月・d20397)

    ■リプレイ



     ……。


    『そんなハイナさんを大切に思う人がたくさん来ているんですから。必ず帰ってきてくれますよね』
    『皆が無事に帰って来れますように』


     ……?
     月叢・諒二(穿月・d20397)は、何かが耳朶をうったような気がした。
    「ふふ、どうかしましたか。諒二さん?」
     ソウルボードには、世にも美しい花々が咲き乱れ。
     幻想的な輝きを見せつけている。
    「見知った顔も多いですね。まあ、『私』自身は初対面になりますか」
     そんな現実には有り得ない世界の中心に、シャドウは悠然と待ち構えていた。
    「私の庭へようこそ、妨害者の皆様方。この『虚恵』のアルバストル、心より歓迎いたしましょう」
     『虚恵』のアルバストル。
     かつてハイナ・アルバストルであった者は、片手には自身の頭を、もう片手を胸に置いて恭しく灼滅者達を迎えた。
    「ハイナ、やっとみつけた」
     変わり果てた悪友の姿に、明日・八雲(追憶の鳴き声・d08290)が叫ぶ。
    「お前がいないから毎日つまんなくて楽しくなくて、胃が冷たくなって、背中が寒くって。二度と会えないかもなんて、思わせてんじゃねー!」
    「はは。相変わらず八雲さんは元気ですね」
    「渡橋と約束したんだ。きみを探して取り戻すのを手伝うって」
    「恢さんも、いつ通りの無表情ぶりで嬉しいですよ」
     シャドウの微笑に、瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)は真っ向から対した。その横では三園・小次郎(燕子花のいろ・d08390)が、一面を覆う光る花の絨毯に顔をしかめる。
    「小次郎さん、どうです? 私の創ったこの景色は」
    「趣味悪ィ花だな、コレ」
     小次郎は短く斬って捨てた。
     美しいそれらが咲き誇るために、今もこの世界は摩耗を続けていた。
    「ねぇハイナさん。ププッピドゥはゆるふわ雑談クラブでしょ? 闇堕ちなんかにマジになっちゃってどうするんです?」
    「ああ、勿論部長として心を痛めていますよ。彦麻呂さん……いや、ヒッコとお呼びした方よろしいですかね」
     ヒッコ。
     それはハイナが、祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)を呼ぶときの愛称だった。だが、シャドウの口にするそれは、どこか寒々しく聞こえてならない。
    「ですがね、灼滅者などというのは所詮は闇に堕ちる存在でしかないのですよ」
    「君の戯言には興味ねーです」
     いつも表情薄い猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)は、珍しく感情を表に示して怒っている。村山・一途(硝子細工のような・d04649)に至っては、殺意すら充分であった。
     助けたい人を邪魔はしない。
     だが、逃したり永久闇堕ちもさせない。
    「そういうわけなので。約束通り殺しにきましたよ、ハイナ・アルバストル」
    「……一途さんらしい。良いでしょう」
     シャドウの瞳に、ハートのマークが一際浮かび上がる。
     呼応するように虚構の花々は、目も眩まんばかりに世界を照らした。
    「虚構の花の中で、貴方達も枯れ果てるが良い」
     今回依頼に参加した大勢の灼滅者達が、孕まれた殺気に思わず身構える。一触即発の空気の中、最後に柿崎・法子(それはよくあること・d17465)が問うた。
    「ところで虚恵って何? 虚栄とか何か別な言葉と勘違いしてない?」
     『虚恵』のアルバストルは――せせら笑う。
    「さて。もう一人の私に、また逢えたら訊いてみては? 逢えれば、ですがね」


    『どうかハイナさんに贖罪ではなく救済を。きっとあの人は、花の本当の美しさを知っている人だと思うから』
    『誰かが背中を押してくれたら進めることもあります。誰かはきっと貴方の周りに居ます』



    「起きろ、D/I」
     声と同時に、恢の影が立ち上がり殲術道具に変化する。プログラムナンバーワンを手に螺穿槍を放つ。小次郎は除霊結界で行動阻害を、諒二は捕縛と炎での削り。仁恵はレイザースラストで攻撃精度を上げた。
     灼滅者達はいつにも増して連携を重視。
     『虚恵』のアルバストルの、体の方を集中的に狙っていく。サポート役の面々は、戦闘の援護と花の除去に努める。


    『一度くらいはLHもご一緒してみたいですし、戻って来て頂かなくては』
    『草を黙々と刈る』
    『堕ちて贖罪なんて、所詮は虚構なのだと。判っているんでしょう、ハイナ先輩だって』


    「貴方達も、無駄なことをするものです――ねえ、小次郎さん?」
     シャドウの背中から伸びる触手が生き物のごとく動く。一撃一撃が必殺の威力を持つそれから。小次郎は霊犬きしめんと共に仲間を懸命に庇う。
    「ハイナ起きろよ、なァ、おはようって返せよ!」
    「だから、無駄ですよ。貴方の声は届きません」
     それでも彼は声を張る。
     沢山遊んで、沢山笑って。
    「またあのラーメン屋行こうよ。次はお前の奢りだぞ」
     唯一弱音を吐けた相手。
    「修学旅行の話、嫌になるほど聞かせてやる」
     すぐに人の事からかうし、ふざけるし、悪い事ばっかりするし。
    「花を愛でるシュミなんて無いクセに、気取りやがって似合わねーぞバーカ」
     でも、寂しがり屋で怖がりなのは気づいてる。
    「ハイナがいないとやっぱ毎日つまんねーよ」
     だから皆で迎えに来た。
    「お前がどう思ってようと、ハイナは俺の大ッッッッ事な友達だから!!」
     ハイナに会いに来た奴がこんなにいる。
    「お前に朝日を見せてやれるまで、絶対に帰らない!」


    『一緒に、鎬を削る仲間だと思ってます。だから、私は、ハイナさんに戻ってきて欲しいんです』
    『行き違いや諍いで傷付け合うことになったとしても。それを是とするブレない心根をハイナくんは持ってるよ』 


     小次郎は、まっすぐに立ち続ける。
     ハイナに、頑張って頑張ってヒーローになるって約束したから。
     絶対にハイナを救う。友達一人救えなくて何がヒーローだ。


    「君の望むゲームは完成しねーですよ。君はプレイヤーに戻るのですから」
    「私は創りたいのですよ、絶望に値する虚構を」
     仁恵は火力担当としてフォースブレイクと鬼神変を交互に繰り出す。
    「腹ん中に居る馬鹿野郎。聞きなさいな」


    『ダチ取り戻す為の戦いなんだろ? キッチリ当てろよスナイパー!』
    『ハイナ、さっさと戻っておいでよ。聞こえてるだろう?』


    「出会って何年になりますっけ。まず贖罪するならにえでしょう?」
    「贖罪? 貴方に?」
    「テメーどれだけ迷惑かけてんです。人の飯を盗ったの一度や二度じゃねーでしょう。謝っても許さねーです。捕まえたら逃さねーですよ」
     君はクソ野郎ですけれど、こんなに沢山人が来てんです。
     何だかんだでにえも君は大切なんですよ。
     馬鹿みたいに迎えに来ましたもの。


    『そんな所で贖罪ごっこなんてしてないで、一番迷惑を掛けた学園に居る私達に死ぬほど贖罪してくれ』
    『話していて腹の立つことも有るけど――居なくなってしまえと思った事は一度もないよ』


    「ハイナ・アルバストルは、生きる資格がないと。自ら闇に堕ち、貴方達の元から去ったのですよ?」
     シャドウの囁きが灼滅者の精神を抉り。
     同時にエンチャントをブレイクする。仁恵はその度に螺穿槍で迎え撃つ。
    「生きる資格なんて知らねーです。テメーを必要としてる人が居るんですから。その事を資格にすりゃ良いじゃねーですか」
     仁恵には頭にきていることがあった。 
    「テメーの罪は一生消えねーですよ。消させねーです、その分もっと必要としてやりますよ。ハイナがハイナで居る理由に成ってやりますよ」
     生きる資格。
     そんな物は自分で作る物だ。
    「テメーがいねえと寂しいってんですよ!」


     彦麻呂は唯一、シャドウの首に牽制を続ける。
    「ほらハイナさん、こっちこっち。『虚恵』がなんぼのもんか見せてくださいよ」
     シールドバッシュで、適宜相手の気を引く。
     それは、シャドウの囁きを集中的に受ける覚悟あっての行為だった。
    「人を殺すのは好きじゃない、彦麻呂さん……ですが、ダークネスは殺すというのは矛盾じゃないですか?」
     シャドウは的確に、相手の闇を詠う。
    「己が罪からは逃れられない。次に悪夢に沈むのは貴方達の内の誰かかもしれません」
    「っ!」
     灼滅者なら誰もが抱える闇。
     もし、贖罪の悪夢を見たとき。自分は耐えられるという保証はどこにもない。
     僅かな心の穴を麻痺させ。
     容赦なくシャドウの触手は全てを吸い尽くす。多数の援護があって尚、灼滅者達は戦列を維持するのに精一杯だった。
    「いや、でも本物のハイナさんの方が切れ味あるし」
     強がりでも。彦麻呂は耐える。
    「別にオルフェウスが許したからって、犯した罪が許されるなんて思ってないでしょ? この間だって私の家、燃やしましたよね?」
     本当は寂しがり屋で構ってちゃんなの知ってるんですよ。


    『闇にガラ明け渡しておいでの今は、本当に必要な仕儀なんでござんすか?』
    『逃げんじゃねーよ。償う気持ちがあるんなら、闇なんざ跳ね除け戻って来い』


     『皮肉なものだね』とかカッコつけてる余裕があるなら。
     さっさと戻ってきてくださいよ。


    『ねえ、こんなところにいないでまた一緒に遊ぼう……?』
    『私の知ってるハイナさんは……まぁ、煮ても焼いても食えないダークネスなんかよりタチの悪い奴なんでね』


     私だって、ハイナさんが居た方が楽しいです。


     祝福の言葉を風に変換し開放し仲間を癒す。
    「個人的な考えだけどね。起きてしまったことはそれまでなんだよ。そこから先償うとか、開き直るとかはその人次第だけどね」


    『こんな所で終わるのはつまらんぞ』
    『アルバストル、お前は何を望む。渇きに何を添えるだろう』


     重傷の者をダイダロスベルトで鎧の如く覆う。
    「だけどダークネスに囁かれて堕ちるのははっきり言って逃げだよ」


    『ハイナ闇堕ちしてんの? マジかよウケるな』
    『まぁ知らない仲ではないし、助けてやるかー』


     法子は回復の手が足りぬ中で戦線を支え。
     声をかけ続ける。
    「資格があるかどうかより『前を向いて生きていきなよ、ハイナ・アルバストル!』このまま逃げるなら……それ相応の覚悟して貰うよ!」
     

    『死ぬならきっかり利子つけて返していただかないと気が済まないんですよ! ……帰ってくるなら、まあ、もうしばらく貸しにしておいてあげますから』
    『闇を光に変え給う』


    「逃げですか。ですがね、法子さん――」
    「『アンタには言ってないよ!』」


    『きれいなものを守ろうとしてついた嘘で、そりゃあいい案ではないかもしれないけどさ。その想い自体は偽りじゃあないんだ、きっと』
    『あいつァ大丈夫だろ、なんせうちの学園はお節介焼きが多いしなァ』 


     『虚恵』のアルバストルにではない。
    「さっきの虚恵の件でアンタに聞きたいことは全て終わったから後は黙ってなよ」
     ハイナ・アルバストルに、法子は想いを叩き付ける。
     彼が戻ったら、多分後で学園の皆に殴られるだろうなぁと思いつつ。


     予感はあった。
     諒二ははっきりと確信する。
    「なんか清算する罪状いっぱい追加されてますけど大丈夫です? 虚構の花なんぞに浸ってる場合じゃないじゃないですか」
     花が。
    「そういうわけで一人ガーデニングの時間は終わりです。帰りましょう、贖罪に相応しい場所へと連れ戻しに来ましたよ。浅くて温くて得難い日常を過ごす皆の所へです」
     虚構の花が輝く。
    「居て欲しいんですよ、これからも適当な距離のどこかに。そういう緩くて薄い"縁"のために僕は来た」
     灼滅者一人一人の手から。
     想いを。
     汲み上げて。
    「況やあなたとつるんだ人々は、ですよ」
     想いは光の粒となって。
    「まぁ、言うまでもなく「それ」を通じて感じてるとは思いますけどね」
     分身たる花々が。
     

    『大事に思ってくれてる人がいるなら、ダークネスの人格なんかに負けてねえで、戻って来なきゃダメだろ?』
    『同じクラブに所属する縁だ』
    『うまい! コレはあなたの好きなカルビだ!』
    『ハイナさん、早く戻ってこないとお肉無くなっちゃうよ?』
    『終わったら焼肉とか何か食べに行きましょう!』
    『ハイナさん、めっ!』


     ハイナ・アルバストルに想いを届ける。 
    「な、に? この声は……」
     シャドウを。
     想いの光が覆う。  
    「虚構のそれと、どっちが綺麗に見えますか? 聞くまでもないか」
     

     光溢れる世界の中。
     八雲は主従一緒に仲間を支え。
     そして、助けるべき悪友を支える。
    「綺麗な花、全部片付けちゃったよ」
    「くっ」
     お前はこんな作り物よりもっと綺麗なもの見てきただろ。
     綺麗じゃなくっても、めちゃくちゃ大切なもの沢山見つけただろ。
     そこにいる資格がないと思うなよ。
     それを守る義務があるんじゃねえのかよ。
     お前を待ってる奴がいるんだよ。
     そんな風に思わせといて、誰かの、俺らの大事な存在になっておいて。
     バックレるなんて許さねえ。
     帰って来いよハイナ! でなきゃ首でサッカーすんぞ!


    『なんだかですが、ハイナ君はそーゆーの似合わないのですよ。取れた頭をサッカーボールにされる前に戻ってきてくださいね!』
    『帰ってきてほしいと思ったからついてきたよ。これから話してみたいことがたくさんあるから』


     まだ繋がってるんだろう、まだそこにいるんだろう?
     はやく帰ろう、一緒に帰ろうぜ。
     我儘なこと言ってるってわかってるよ。
     お前にとって救いかどうかなんてわからない。
     でもお前がいなくなるなんて考えられない。
     絶対に退かないし堕ちないし逃がさない。
     どうなっても。
    「お前が戻ってくるまで!」


    『「ハイナ・アルバストル」ってハイナさんを甘く見るな』
    『ハイナ君が未来を望むなら、いつだって手に入れられるんだよ。皆とのかけがえのない、未来を』


     声が。
     声が聞こえた。
     一つ一つの声が届く度に。
     ハイナ・アルバストルの魂に波紋が起こる。


    「諦めが悪いですね。恢さんも……ハイナ・アルバストルも」
     きみは自分を弱くなったと言った。
     俺はその弱さが好きだよ。
     孤高であることは尊いけれど。
     孤独でなければならないわけじゃない。
    「きみがいなくても、この学園は、俺達は、変わらず過ごすだろう。けれど、変わらず過ごすその日常は、今よりきっと味気ないんだ」
     聞こえないか。
     きみを呼ぶ彼女の声が。

     
    『ハイナー、あんたの彼女さんが悲しんでるぞー。自分の女に悲しい顔させんじゃないよ、このろくでなし』
    『待ってる人がいるんだから、その人の言葉を聞いてあげて』
    『俺はあのくだらない時間が大好きで大切なんだ。だから戻ってきて欲しい……渡橋さんが待ってる! 頑張れ!』
    『縁チャンの望みを叶えるほうに力を貸すッスよ。だから、帰ってこい!』
    『ハイナ兄さんにとって唯一の『花』は此処にいますから』
    『頑張れ恋する女の子!』
    『千本の手も、万の言葉も、届くように扉を開けるのはきっと君の役目だから』
    『貴方を許してくれるのは彼女だけでしょう……違いますか?』


    『ハイナさん聞こえますか、届いてますか……私もみんなも、側にいます。だから一人にならないでください……私まだ、ハイナさんと一緒にいたいんです』

     
     シャドウの動きが、自身の意思に依らず鈍る。
    「……馬鹿、な」
     戻ってくるまで退かないぞ。
     知っているだろ。
     「音楽探偵」は、武闘派だ。
    「きみに借りを、まだ返せていない。貸しもまだ返してもらってない。――今すぐ清算しようとなんて思ってない。……戻ってきてから、考えようよ」
     何度でも立ち上がる。
     迫る触手を仲間が振り払い。恢の突剣が直撃する。
     『虚恵』の体に、無数の罅が走った。


     生きる資格とか、幸せになる資格とか……何を言ってるんですか?
     相変わらず巫山戯たことを考えて。
     そんな下らない物語、半年前に終わらせておくべきだ。

     人を好きになって恋して愛したんじゃないんですか。
     だったらもう、不幸である資格なんてあるはずがないでしょう。
     幸せにする覚悟も、幸せになる覚悟もなしに。
     人を愛していいと思ってるんですか。
     いい加減、ちゃんとしなさい。
     責任を負え。

    「……それも、できないというのなら。私が殺す。ここで死ね」
     

    『オルフェウスぶん殴ってる所見たいんだよな~』
    『普段クラブでお世話になっている先輩なので、ね。返して貰いましょう』
    『何もわからなくても俺にとっては数少ねえ友達なんだ』
    『誰か、の中にハイナがいない、のはやっぱり寂しい、の。だから、帰ってきて』 
    『一足先に、オルフェウスの誘惑から戻ってこれたからね。目覚めを待っている人達が居るんだ、遅刻は許されないよ。ハイナさん』


     一途は、渾身の力を込めて。
    「ああ……紫鬼さんは失敗したのですね。そして、私も……」
     『虚恵』の首へと。
     流星の如きキックを決めて吹き飛ばす。
    「貴方は愛されているのか、憎まれているのか。我が事ながら、良く分かりませんね……ハイナ・アルバストル」
     シャドウは皮肉げに笑い。
    「貴方が、貴方達が。いつまで、ありもしない希望に縋り続けるのか……今しばらく見続けさせてもらいますか……ハイナ・アルバストル、貴方の中で」
     分身たる花々と一緒に。
     『虚恵』のアルバストルの全身が光となって砕ける。 
    「いつか、また虚構の花が咲いたとき……お目にかかりましょう」
     虚構の花が散る。
     皆の想いを乗せた光の泡が集まり。
     やがて真実の形を作る――ハイナ・アルバストルという形を。

    「ハイナ!」

     それは誰の声だったろう。
     ソウルボードの中、眠り続ける彼を皆が囲う。毛布をかけられた顔は穏やかで。
     悪夢を見ていないことだけは確かだった。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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