黒猫のカジノ

     テーブルの上で滑るカード、回るルーレットを転がる玉、高速で回転するスロット。それらに五感と頭脳、五体に口先、そして運を総動員し、己の持つチップを、時には命をも賭ける──そう、ここはカジノ。
     カードゲームのテーブルで、ルーレットの台で、スロットマシンで様々な額が刻まれた色とりどりのチップが積み上げられ、消え去るごとに客が時に狂喜し、時に絶叫し、時に打ちひしがれる様が、壁面に並ぶモニターに映し出されている。だがつい先程、両脇と背後で抑え付けるように控える黒服姿のゾンビ──特殊メイクだと説明されている──にこの支配人室へ連行された男には、とてもモニターを見る心の余裕など無かった。
    「チップ、全部溶かしちゃったみたいね」
     針でチクチクと刺すような視線を男に向けてくる、こちらも黒服姿だが、まだ少女の面影を残した、黒い猫耳型のニット帽を被った女が口を開く。
    「別にこのまま帰ったって構わないのよ。無理に止めはしないわ」
     机の上にあるノートパソコンを開いて女は続ける。
    「ただしその時は、最初にチップと交換に貰ったこの映像を、ネットに流すけどね」
     女がノートパソコンを操作すると、男がアルバイト先のファミリーレストランで冷凍庫から出した冷凍食品を懐に入れている映像がディスプレイに映し出される。
    「ニュースで頻繁に報道されているおかげで、バイトテロに対する世間の目は厳しいのよ。折角入った大学だって退学処分になる可能性は大きいし、最悪お店から莫大な損害賠償を請求されるかも知れないわね」
     映像を見せつけ、嗜虐的な笑みを浮かべて言う女に、男はガタガタと震え出す。金ではなく、自分が犯した犯罪を元手に遊べるカジノがあると聞き、勝てば証拠を買い戻した上にバイトで稼ぐ以上の金が手に入る、という軽い気持ちで入って、負けた時のことを全く考えていなかったのが見え見えだった。とうとう膝を突き、顔面蒼白になる男に、女は椅子を立って近寄る。
    「でもね、あの映像以上の犯罪の証拠を持ってきたら、映像は返すし、差額のチップもあげる。そうね、あの映像でやったことじゃ実害は無かったみたいだから、今度は客が口に入れて『ん?』と思いそうなのとか、いっそ確実に文句が出そうなのでもいいわよ」
    「そ、そんな事、どうやって……」
     ガチガチと歯を鳴らしながら尋ねる男に、女は「はぁ?」と不機嫌そうに眉を寄せる。
    「そんな事、じ・ぶ・ん・で、考えなさい」
     指先で男の額をトントンと突きながら、女は答えた。
     
    「斬新京一郎が、札幌のすすきので地下カジノを運営しているって話は聞いてるよね?」
     教室に集まった灼滅者達に篠村・文月(高校生エクスブレイン・dn0133)がそう質問すると、灼滅者達から肯定の答えが返ってくる。
     鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の調査でこの斬新の新しい商売が見つかったのだが、何しろあの斬新発案だから、まともなカジノであるはずがない。まあ地下カジノという時点で既にまともではないのだが。
    「チップを得るために必要なのは、金じゃなくて犯罪。客に犯罪を犯させて、その証拠と交換にチップを渡し、カジノで遊ばせてるのさ。もちろんカジノと言うからには勝つ奴より負ける奴の方が多いものだから、負け分を取り戻すために何度も犯罪を犯す羽目になる奴もいるだろうし、初回だってどんなに軽くても犯罪は犯罪さ。そうやって犯罪を犯すうちに闇堕ちしたり、一般人のままでも犯罪者として配下に加えようとしているのかも知れないね」
     最初は落書きなどハードルの低いものから、負け続けていくうちにどんどんエスカレートしていくという具合だ。そのためカジノの客は下は小学生から、上は年配まで間口が広いのも特徴だという。
    「そういうわけで、みんなには客としてこのカジノに入り込んで支配人と配下のアンデッドをまとめて灼滅させて欲しいのさ。で、そのためにはまず、チップと交換する犯罪の証拠をそっちで用意して欲しいんだけど……」
     文月が言いよどむと、前に座っていた鳴瀬・慎一郎(高校生殺人鬼・dn0061)が席を立つ。
    「分かった。ならその辺の半グレのチームを病院送りにしてくる」
     コンビニへ飲み物を買ってくるというような口調で言う慎一郎の頭を、文月は即座にハリセンで叩く。
    「だから、いきなりそんなにハードル高くしなくても良いんだよ!」
    「殺すんじゃないんだから高くないだろ」
    「「いや、それはお前とごく一部の人間、あとダークネスだけの感覚だから」」
     文月と灼滅者達の言葉が見事にハモった。
    「とにかく、カジノに入ってチップを使い切るか、他に何か騒ぎを起こせば支配人が配下の黒服アンデッドを連れてやって来るだろうから、そこを迎え撃つのが良いだろうね。戦いになれば客の一般人は勝手に逃げ出すから放っといて構わないよ。二度とこんなカジノには足を踏み入れないように言っておくのも、できるんだったらやっといて良いだろうけどさ」
     バシッとね、とハリセンで机を叩きながら文月は言う。
    「で、支配人なんだけど六六六人衆の女で本名は不明、連中の間じゃ『黒猫』って呼ばれてる。武器は鋭い爪が付いた手袋で、殺人鬼とバトルオーラ、解体ナイフのサイキックに似た技を使ってくる。序列は不明だけど、あんたら1人1人と比べたら強敵である事は間違いないから気を引き締めて行きな。それと配下の黒服アンデッドが3体いて、こちらは黒猫に比べたら強さは遙かに下だけど、油断はしちゃいけないよ」
     文月が言うまでも無く、灼滅者達からは既に緊迫した雰囲気が立ちこめている。
    「しかしまあ、斬新京一郎ってさ、叩かれても叩かれてもすぐ次の斬新な商売を始める発想力と実行力、根性には感心するやら呆れるやら、まるでゴキブリだよね。まあ本物のゴキブリみたいに、見つけた側から叩き潰してやれば良いんだけどさ」
     ゴキブリか、それとも斬新を叩く所をイメージしているのか、いつもより力を入れてハリセンで机を叩く文月。
    「札幌で行われている闇堕ちゲームといい、斬新京一郎は多数の六六六人衆に呼びかける力があるみたいだね。このまま放っておいたら大きな事件を引き起こすかも知れないけど、まずは黒猫のカジノをしっかり叩き潰して、なおかつ全員無事に帰ってきておくれ。頼むよ」


    参加者
    阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)
    八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)
    ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)
    伊勢・雪緒(待雪想・d06823)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    アレックス・ダークチェリー(ヒットマン紳士・d19526)
    牧野・春(万里を震わす者・d22965)
    十・七(コールドハート・d22973)

    ■リプレイ

    ●あなたの罪を数えてみよう
     建ち並ぶビルの、色とりどりのネオンが夜を彩る、ここは北海道のみならず、日本でも有数の繁華街、すすきの。
     その一角に建つ雑居ビルの最上階に、まだ十代らしき男女が、ある者はエレベーターで、またある者は階段を上って現れる。
    「ここか」
     その1人が、看板もなく、無機質なドアのノブに手を掛け、押し開く。
     その向こうにあったのは、壁とドアで外と隔絶するように、高級感溢れる内装に、カードが広がるテーブル、玉が転がるルーレット、高速で回転するスロット、そして至る所で積み上げられ、飛び交うチップ。
    「地下迷宮に地下カジノ、地下続きですね。札幌の地下にはラグナロクでも潜んでいるのでしょうか……」
     前に立つ人達の肩越しにカジノの中を覗きながら、伊勢・雪緒(待雪想・d06823)はそっと呟いた。

    『それじゃ、これからエアガンのパワーアップ改造を始めよう』
     受付に備えられたモニターに、アレックス・ダークチェリー(ヒットマン紳士・d19526)がエアガンの違法改造をしている映像が、顔出しとナレーション付きで映し出される。黒スーツにサングラスで流れ者のギャンブラースタイルを気取っているアレックスが自慢げにサングラスに手を遣る側で、改造後の試し撃ちで的のリンゴが粉々に砕ける所で映像が終わり、数秒の沈黙の後、受付の係員がチップを出してくる。
    「こんな感じの犯罪でも大丈夫でしょうか?」
     続いてヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)が出したのは、壁にスプレーで落書きしている映像で、初めてだけどそれっぽく形にしようと試行錯誤が見て取れる。こちらも映像終了後、チップが出るまでに若干のタイムラグがあり、恐らく別の場所から映像を見ている者がいて、受付に指示を出しているのだろうとヴァンは推察する。それが誰かは考えるまでも無かった。
     次に提出された犯罪の証拠は、八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)、牧野・春(万里を震わす者・d22965)、紅羽・流希(挑戦者・d10975)、雪緒らが不良に扮し、深夜コンビニの前にたむろしてゴミをポイ捨てしている映像で、
    「何で俺が不良の演技なんて……」
     撮影の時に、鳴瀬・慎一郎(高校生殺人鬼・dn0061)がそうぼやいていたが、髪の色と言い目つきの悪さと言い、素で不良役にピッタリと言う事は、彼以外ほぼ全員の一致した意見だった。当初は半グレの集団を全滅させようとしたのだが、周囲に止められたので篠介達の映像に参加したのだ。
     その後何人かの灼滅者が罪の証拠をチップに替え、最後に十・七(コールドハート・d22973)が無言で映像媒体を差し出す。
     そこに写っていた映像は、七が男性にナイフを見せて脅している場面で、その後、男性の腹を刺して膝を突いた所を財布を奪い逃走する所で映像は終わる。もちろん刺された男性は知り合いの灼滅者に頼んで演技して貰ったものだが、幸い向こうには気付かれなかったらしく、他の灼滅者よりも沢山のチップが差し出された。
    (「……罪、ね。まぁ、灼滅者ともなればいくらでも用意は可能よね。つくづく、一般から離れた存在なんだと思い知らされるわ、ほんと」)
     心の中で呆れながら、チップを手に七はカジノの中へ入って行くのだった。

    ●勝利と破産の法則
    「3枚交換です」
     ポーカーのテーブルで、阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)が3枚カードを場に出し、代わりに同じ枚数のカードを受け取ると、
    「レイズです」
     壁にスプレーで落書きした証拠と交換に貰ったチップの全てを場に押し出す。チップの枚数よりも、手持ちのチップを全賭けするという行為に気圧されたか、見るからに斬新カジノに来るのは初めてという感じの若い男は「フ、フォールド──」と降りる。そして嗚呼が手札を開けると──、
    「ワ、ワンペア……」
     呆けた顔で男が取り落とすカードは、同じ数字が3つ揃っていた。
    「見かけに似合わず豪快な賭けをするな」
     周りで見ていた客の1人が呟く。
    (「大きなお世話です」)
     むっとする嗚呼。今の客を叩きのめして、その証拠でチップを追加して貰おうかという考えが、頭をよぎったとかよぎらなかったとか。
    「何やってるんですか、最初からいきなり全賭けなんて!?」
     流希が声を荒げる。貰ったチップを仲間に渡すと様子を見ながらカジノを回っていたが、武蔵坂学園でテーブルゲーム研究会の部長として、勝ち方も負け方もそれなりに知っていると自負する彼としては、嗚呼のスタイルはあまりに危ういものだった。
    「その通りです。阿々さんの今のやり方では、いずれチップを全部無くすのは目に見えてますよ」
     春も続いて、やれ期待値がどうだ、やれ流れ的にこうだと理論派気取りで延々と説明するが、嗚呼は早くからそっぽを向いて、目の前に積まれたチップを全部押し出す。が、相手のフラッシュに対して嗚呼の手札は何の役も出来ておらず、ディーラーのレーキが嗚呼の前からチップを回収していく。
    「だから、そんな賭け方をして勝ち続けられる訳が無いでしょう!」
     演技でなく、かなり本気で流希が嗚呼に詰め寄り、春も「だから私が説明した通りにしていれば」と嘆かわしげに言う。
     一方、カジノの他の場所でも、
    「残念ながら私は賭け事には向かないようですね……」
     ルーレットのテーブルで、一点賭けを続けていたヴァンが、最後のチップを使い切り、
    「俺が20でてめえが21だと! そんな偶然あるかよ! イカサマだ!!」
     上下柄物のダボついた格好にネックレスとサングラスでいかにもと言ったチンピラファッションの篠介が、ブラックジャックのテーブルでディーラーに食って掛かる。そうやって仲間が起こす騒ぎに七と雪緒も便乗して、
    「そうよ、このスロットも全然絵柄が揃わないじゃないの、イカサマよ!」
    「そ、そうですね、イカサマですよね」
     2人でスロットマシンを叩いて騒ぎ出す。
    「そのカメラで俺達の手札を見てるんだろう!? チップを返せ!」
     慎一郎もバカラのテーブルの近くに設置された監視カメラを睨み付け、因縁を付ける。
     そうやって灼滅者達がカジノのあちこちで騒ぎを起こしていると、
    「困るわね。負けてチップを全部溶かしたからって、言いがかりはやめてくれない?」
     ゾンビ姿の黒服を3人引き連れ、支配人──同じく黒服姿だが、まだ少女の面影を残した、黒い猫耳型のニット帽を被った女がやって来て声を掛ける。口調こそ面倒臭げだったが、その表情は彼らをどう苛めてやろうかというのがありありと見て取れた。
    「どうも初めまして、嗚呼です。ええと、黒猫さん?」
     そう挨拶してくる嗚呼に、支配人──六六六人衆の1人・黒猫が、ん? と眉をひそめていると、ヴァンが眼鏡を外し、代わりにスレイヤーカードを取り出して封印を解く。他の騒ぎを起こした灼滅者達も、同じように封印を解いて殲術道具を構えると、自分が誘い出された事に黒猫は気付く。
    「何の目的があって、斬新やお前さんはこんな事をしとるんじゃ?」
     そう質問する篠介に、
    「斬新が何のためにやってるかなんて知らないわよ。私はただ、弱い奴や弱ってる奴をいたぶって殺してやりたいから、あいつの商売に協力してるだけよ」
     そう黒猫は答えると、鋭い爪が付いた黒い手袋を装着し、黒服ゾンビ達──特殊メイクでなく本物──も2体がナイフを抜き、1人がシールドを展開させると、カジノにいた一般人の客やディーラーがパニックを起こして出口へ殺到する。
    「もうこんな所へ来てはダメですよ!」
     逃げ出す客達の背中に呼びかけながら、雪緒は霊犬の八風の頭に手を置く。
    「さあ、この斬新カジノもここまでだ。後はお前達を平凡に、陳腐に、殴って、刺して、斬って、殺せば完了だ」
     クルセイドソードを構えて慎一郎が言い、
    「では遠慮なく、派手にいこうじゃないか」
     嬉々とした口調で、アレックスはギャングのようにガトリングガンを構えた。

    ●黒猫跳ねる
    「やれるものならやってみな!」
     強気で黒猫は言い返すと、嗚呼に向かって飛び掛かる。素早く繰り出される爪に回避も防御も間に合わず、すれ違い様に嗚呼の服が数箇所に渡って切り刻まれる。続いてナイフを持った黒服ゾンビが2体揃って斬りかかるが、嗚呼は冷静にクルセイドソードで防ぐ。
    「じゃあ始めようか、ゲームを」
     その間に黒猫に向かってシールドを広げた黒服ゾンビの足を流希が日本刀『堀川国広』で斬り付け、崩れた所を嗚呼がクルセイドソードの輝く斬撃を加える。
    「賭け事は全て失ってから始まりですよね」
     そううそぶいてみせる嗚呼に、黒猫はピクリとこめかみを引きつらせる。
    「援護します」
     ヴァンが巨大化させた右腕で黒猫に殴りかかるが、黒猫は跳び箱の要領でヴァンの腕に手を突き、跳んで避ける。
    「破廉恥な事をしますね」
     雪緒が眉をひそめながら、縛霊手からの光を嗚呼の受けた傷に当てて治療する間に、八風が斬魔刀で黒服ゾンビに斬り付けた所へ、アレックスがガトリングガンを連射。シールドを破られ蜂の巣になった黒服ゾンビは力尽きて倒れる。
    「鍵島製の機関銃だ。なかなかよく出来てるだろ」
     鍵島コーポレーションの兵器開発部門が製造した、対アンデッド用機関銃を見せつけながらアレックスは言う。
    「喰らいなさい」
     ナイフを持った黒服ゾンビの片方を、七がダイダロスベルトで刺し、動きを学習させる。そこへ更に慎一郎がクルセイドソードを振るい、スーツとシャツを袈裟懸けに切り裂く。
    「これでも中身は真面目な学生なんじゃ。ちゃんとゴミは片付けんとのう、生ゴミも社会のゴミも!」
     前衛にシールドを展開させながら、黒猫に向かって篠介が叫ぶと、
    「全くだ。客も客だがそういう店を運営してるこいつらも成敗だ!」
     サポートのために来ていたリリィ・プラネット(その信念は鋼の如く・d33874)も続けて叫び、シールドを重ねる。
    「伸びろ、黄金蛇!」
     春の命令を受けて黄金のダイダロスベルトが黒猫に向かうが、敵は身軽に跳んで避け、ポーカーのテーブルが刺し貫かれる。そこへ一般人の誘導に当たる備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)の命令を受けた霊犬わんこすけの斬魔刀が閃き、浅いながらも傷を負わせる。
    「少しはやるじゃないの!」
     四つ足に近い前屈みの体勢で黒猫は嗚呼との距離を瞬時に詰め、両手の爪で両足に傷を負わせる。続く黒服ゾンビ2体のナイフを、嗚呼は片方を防ぐがもう片方に服を切り裂かれる。
     それを見て黒猫がニヤリと口元を吊り上げるが、その胸に魔法弾が命中し、笑みにヒビが入る。
    「さあ、今のうちに!」
     魔法弾を放ったヴァンの声に応え、流希が傷を負った方の黒服ゾンビに迫り、先程慎一郎が負わせた傷と十文字になるように斬り付けると、前のめりに黒服ゾンビは倒れる。
     その間に嗚呼が負った傷を、雪緒の癒しの矢と八風の浄霊眼で治療するが、足の傷も含めて完全には塞がらず、雪緒の顔に焦燥が浮かぶ。
     七が最後の黒服ゾンビを妖の槍で腹を刺し、穂先を回転させて抉った所を、篠介がエアシューズに炎を纏わせ蹴りつける。腹から血を流し、服に火が燃え移っても立っているゾンビの姿は、ホラー映画もかくやという光景だった。
    「どこを見ているのですか、あなたの敵はこちらですよ」
     嗚呼が妖の槍を振り回して黒服ゾンビの注意を引いている隙に、アレックスがガンナイフで「前十字靭帯、いただくよ?」と足の腱を断つ。更に慎一郎がクルセイドソードの柄で頭を殴ると、何か嫌な事を思い出したように黒服ゾンビは頭を抱えて身をよじる。
    「チョロチョロとうっとうしいですね!」
     黒猫に対しても、春が黄金蛇で足を攻撃して動きを封じに掛かり、わんこすけが六文銭を放ってくると、黒猫の表情から余裕が無くなってくる。
    「オッケー、『少し』からかなりやるに修正してあげるわ」
     それでも再びニヤリと笑って黒猫が言うと、そこからドス黒いものが立ち上り、腕を一振りすると、前衛の灼滅者達へ撒き散らされる。
    「これは……」
     撒かれたものが、殺人鬼である自分にも縁の深いものだと七が気付くと、自分のそれよりも桁外れの殺気に足が崩れそうになるが、懸命にこらえる。流希も同様だったが、大鎌『蝙蝠の嘆き』を大きく一振りして振り払うと、その勢いで黒服ゾンビの首を刎ねる。
    「罪の証拠をチップに変える、か。じゃあ、俺はこれからお前を灼滅する罪をチップに変えるぜ。証拠の品は貴様の命でいいか? どれ位の価値になったかは、後で閻魔様に聞いてくれ」
     黒猫に向かって鎌を突きつけ、流希は言った。

    ●たった一度の人生に
    「失礼」
     囁くようにヴァンが言った直後、黒猫の足にダイダロスベルト『RaptureViewt』が蛇のように巻き付き、螺旋状に切り裂いていく。
    「女性を攻撃するのは気が引けるのですが、そうも言ってられませんね。これほどお強くては」
     一礼するヴァンだが、黒猫にしてみれば火に油を注ぐようなものだ。そこへ雪緒の清めの風が前衛を優しく癒し、同時に七のダイダロスベルトと八風が飛び出し、足の傷で動きの鈍い黒猫は避けきれず帯で刺され、斬魔刀で斬られる。続けざまに篠介が飛び出し、バベルブレイカーを繰り出してくると、黒猫は爪で弾こうとするが、力負けして逆に弾かれ、バベルの鎖ごと体を刺し貫かれる。
    「猫は命をいくつか持っていると言いますが。黒猫さんはいくつですか?」
     目に見える傷は全て塞がった嗚呼がそう問い掛けると、
    「試してみたら?」
     対照的に満身創痍にも関わらず、黒猫は挑発的に返す。
    「そうしましょう」
     嗚呼はクルセイドソードを大きく振りかぶり、光り輝く一撃を加える。それでもまだ黒猫は立っているが、その表情は苦痛に歪み、口の端から血が垂れている。
    「シャァァァァッ!」
     鋭い声を上げ、アレックスが黒猫の懐に飛び込むと、ガンナイフで腹を刺し、更にそこへ膝蹴りを叩き込む。血を流す足で黒猫は懸命に距離を取るが、そこへ待ち伏せたように春の鋼糸が襲いかかり、傷を増やし、抉っていく。この勢いで一気に倒そうと、慎一郎が背後から斬り付け、黒服の背中を大きく裂くが、それでも黒猫は倒れない。
    「こんな、奴らなんかにぃぃっ!」
     黒猫は血混じりの絶叫をあげると、まだこれだけ動けるのかという速さで嗚呼に飛び掛かり、すさまじい速さで連続して爪を繰り出す。顔を、胸を、腕を切り刻まれ、尋常でない血を流す嗚呼に、黒猫が更に懐まで入った直後、半透明の剣の切っ先が黒猫の背中から生える。それが限界だったらしく、剣のように黒猫の姿がだんだん透明化し、遂には完全に消えると、クルセイドソードを突き出した姿勢で嗚呼が立っていた。
    「どうやらあなたも、命は1つだけだったようですね」

    「さあ横になって、早く手当てを!」
     お疲れ様と言う余裕も無く、ヴァンが嗚呼の元へ駆け寄ると、雪緒も加わって応急処置に掛かる。
    「斬新の連中、発想は確かに斬新じゃが、やっとることは全くとんでもない。とはいえ正直、犯罪なんぞ犯す奴はちゃんと罰を受けるべきだと思うんじゃよ」
     支配人室に保管されていた罪の証拠の数々を、無事だったテーブル上に置いて、どうしたものかと考える篠介。
    「本当だね」
     アレックスが相槌を打ちながら、何食わぬ顔でチップをポケットに突っ込む。
    「己の罪の記憶を軽々と語り、それで一時の快楽を貪る……。なんとも、ままならないものですよ……。罪とは、一生己に付き纏う後悔の記憶でしかないというのに……。二度と、この様な事が無い事を祈りますよ……」
     山と積まれた罪の証拠の数々を眺めながら、沈痛そうに流希は呟く。

     神話の時代より罪は存在し、罪が起こらなかった時代などありはしない。
     しかしそれが罪を容認していい理由にはならないはずだ──。

    作者:たかいわ勇樹 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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