修学旅行2015~やんばるの森トレッキング!

    作者:波多野志郎

     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月23日から6月26日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
     また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。

     修学旅行の行き先は沖縄です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!


    「おう」
     南場・玄之丞(小学生ファイアブラッド・dn0171)は、『武蔵坂学園2015年度 修学旅行のしおり』と書かれた本を開いていた。
    「やんばる? 山原じゃねーの?」
     山原と書いてやんばると読むのであるが、玄之丞がそれを知るのは古ぼけた辞書を開いた後だった。疑問を抱いたら、とにかく調べる――勉強は苦手だが、玄之丞は調べる事は嫌いではない。
     だから、憶えていたのだ。以前、個人授業でならった交通標識、「動物注意」の交通標識を。
    「あー、あれがあるんだな! すっげー、見てみてー!」
     そこから興味を抱いた玄之丞は、やんばるの森について調べ始めた。とにかく、調べるのは嫌いではない少年である。図書館の沖縄のガイドブックや動物図鑑、さまざまな本を調べる内に雑学だけには強くなっていた。
    「やんばるの森トレッキングか、これだな」
     修学旅行二日目、昼食後にやんばるの森に訪れる事ができる。ヤンバルクイナをはじめとして、さまざまな鳥や虫、植物などを見られるであろうコースである。元々山育ち、田舎育ちの玄之丞にとっては森の中は庭のようなものだ。自分が行った事がないのなら他人の庭だ、是が非にも制覇してやろうというのが人情だ。
    「うんうん、ヤンバルクイナとか、ヤンバルテナガコガネとか、そういうのもここでなら会えるだろうなぁ」
     本島北部に広がる亜熱帯の植物が生い茂る、その緑が深いやんばるの森は貴重な生き物達の住処だ。天然記念物であるヤンバルクイナやノグチゲラなど、固有の生き物も生息している。渓流沿いを通る全長700メートルほどの自然散策では、多くの発見があるだろう。もちろん、歩くのに危険がないように自然と調和するようにコースが整備されているが、ゴールの渓流植物に覆われた小さな滝までは、しっかりとした靴などを用意するといいだろう。
    「よーし、みんなも行こうぜ! どんな動物や植物が見つけられるか、一緒に楽しもう!」
     何も知らなければ、森はただの森だ。しかし、事前に見よう楽しもう、と前準備をしておけば、途端に森は宝箱に変わる。図鑑や映像でしか見た事のない生き物や植物をその目で確かめる――これは、正しく学ぶための修学旅行にふさわしい場所だった。
     


    ■リプレイ


     やんばるの森は、亜熱帯でも珍しく多雨林であるとされている。その中でももっとも主要の樹種とされるブナ科のイタジイでさえ、他の日本の地域では見られない珍しいものだ。
    「……すごいな」
     その中に一人で踏み入って、彗樹は呟く。自身の故郷の森とは違う、文字通りの初めて見る光景がそこにはあった。
    「地元の山とは全然勝手が違うけど、それがまたワクワクするんだよな。一緒に行こうぜ、玄之丞!」
    「おう、探検だぜ!」
     竜雅の誘いに、玄之丞も笑って応じる。
    「あ、虫除けスプレーも忘れずにな」
     ちゃんと人が楽しむようになっていても、深い自然に踏み込むのである。竜雅は、しっかりと前準備を忘れていなかった。
     やんばるの森の動物と植物を楽しむために、武蔵坂学園の生徒達は森の中を進んでいった。


    「自然がいっぱいだ! ここにいる生き物たちって、レッドデータブックにのってるんだよね」
    「れっどでーたぶっくー? なんかカッコいーねー」
     やんばるの森を見上げて、海砂斗が歓声を上げる。レッドデータブック――その響きに中二心がくすぐられたのか、俊輔は目を輝かせた。
     やんばるの森の中は、命に満ちている。鳥の鳴き声や生き物の息吹、そこは静寂とは無縁だ。灯倭は、独特の緑の匂いがする空気を吸いながら、目を閉じて笑った。
    「よく耳を澄ますと色んな鳴き声が聞こえてきて、楽しいね」
    「樹の幹にある穴って、上向きと下向きがあって、下向きのはノグチゲラさんの巣なんだって。雨が入らないように作ってるって書いてあったよ」
     樹の幹を注意深く覗き込み、シオンがそうD HOUNDの仲間達へ告げる。その時だ、宗嗣が口を開いた。
    「いたな、あそこだ」
    「どこどこ!?」
     有紗が、宗嗣の指差した場所を視線で追う。縦の切れ目が目立つスタジイ、そこに確かに一羽の鳥の姿があった。
     体長は30センチほど。暗赤色の羽衣に、赤い尾羽を持ったノグチゲラだ。そうやって、一つの生き物を見つけられれば、そこに様々な生き物が隠れているのだと意識が向く。
     橙色味のある赤色と顔の下半分黒い鳥を見つけて、有紗は目を輝かせた。
    「あ、ホントウアカヒゲ。割とよく見られるって本当だね」
    「ホントウ、クロヒゲー?」
    「アカヒゲさんなのに、顔から下が黒いんだね……」
     小首を傾げる俊輔に、灯倭も笑みをこぼす。シオンも、その名前から気になっていたからか、ホントウアカヒゲの姿を視線で追った。
    「アカヒゲクロヒゲか」
     スケッチブックに鉛筆を走らせ、海砂斗も思わず笑ってしまう。正しくは、アカはその羽の色でありヒゲは顔下半分の黒いから取られているのだろうが。
    「先を進もう。本命は、まだいないしな」
     フラッシュをたかないようにデジカメに動物達をおさめた宗嗣が、歩き出す。そう、彼らが求める本命は他にいるのだ。

    「ほほう、ここは要チェックだぜ」
     銀都は、スタジイの穴に慎重に鏡によって覗き込む。そこは、キツツキ科であるノグチゲラが掘った古い穴だ。目標の生態は事前に調べてある、このような穴を根城にするのが目標なのだが……。
    「あ、ネズミがいる」
    「オキナワトゲネズミですね!」
     そう笑みをこぼしたのは、蓮だ。今日のために購入したポケット辞典には、目標以外にもそのネズミの事も載っていた。体長は20センチにも届かないほど。黒褐色の毛ごろもの背を、蓮は恐る恐る指先で撫でてみた。
     オキナワトゲネズミは、身を揺する。元より夜行性の生き物だ、その感触を堪能すると、より丸くなるオキナワトゲネズミに手を振って蓮はその場を後にした。霊犬のルーも、ぺたぺたと前脚を名残惜しげに押し付けていた。
    「簡単には見つからないか、でも逆に燃えるぜ!」
    「そうですね、必ずいるはずです。頑張りましょう」
     見つからない目標に闘志を燃やす銀都に、蓮も同意する。木々の穴を探しては覗き込む、それを繰り返す事しばし――あおぞら空想部は、ついに目標を発見する事に成功した。
    「いたぜ! ヤンバルテナガコガネ!」
     手袋をつけた銀都の手には、体長は60mmほどの艶で輝く緑銅色の体と名前のように長い赤銅色の前肢を持つコガネ虫が摘まれていた。サイズで言っても実感は沸かないだろうが、この大きさは日本全土で見られるカブトムシの平均サイズよりも大きいものだ。ルーもものめずらしげに鼻を鳴らして、蓮もその色合いに息を飲む。
    「実物は、写真より綺麗ですね」
    「何を食うんだろうな、これ!」
     虫かごに入れて、食べ物を入れてみながら銀都はヤンバルテナガコガネをじっくりと観察する。
    「あっと、ここで記念撮影いくぜっ」
     デジカメで数枚の写真を撮ると、銀都はヤンバルテナガコガネを元の穴へときちんと戻す事にした。
    「ありがとな」
    「ありがとうございました」
     銀都と蓮が礼を言うのに、ルーもペコリと頭を下げる。見つかってくれた相手への感謝の念が、そこにはあった。

     双眼鏡を手に、チモシーはやんばるの森を進んでいく。その視線は、木々の枝やその影に向けられていた。
    (「当然だけど、青森と沖縄じゃあ同じ森でも全然景色が違うね。まるで外国に来ちゃったみたい」)
     故郷の森とは、まったく違う。だからこそ、チモシーは図鑑の写真で一目惚れした動物に会いたくなったのだ。
    「――夜行性だから、昼は寝てるよね。枝にぶら下がってる? あれって疲れないのかなー」
     ふと、チモシーの視線が止まる。木陰に、ついにその姿を発見したからだ。
    「かわいいしもふもふー♪」
     そこにぶら下がっていたのは、茶色の毛に覆われたオリイオオコウモリだ。夜行性のコウモリらしく、ピクリとも動かない。ただ、その大きなクリっとした目は開かれ、チモシーはふと視線があった気がした。
    (「さすがに飛んでるところは見られないかな。あのもふもふはぜひとも触ってみたいところだけど、がまんがまん」)
     今にも駆け寄りたい気持ちを、チモシーは堪える。一目惚れした相手とのお見合いを、チモシーは心いくまで楽しんだ。

     少しルートを外れ、ダグラスは水場を中心に散策していた。
    「やはり故郷の里とは植物相が違うな……眺めてるだけでもおもしれえ」
     ところ違えば色々と変わるのが自然だ、そして、自然にもまた必然がある。その土地、その気候、ダグラスにとって自然とは生存競争に勝ち残ったモノ達の形だ。その生命の息吹が、つまらないはずがない。
    「へぇ」
     水辺を散策したからこそ、ダグラスは水辺の生き物を見つけられた。パタタタ、と羽ばたく音に振り返れば、そこに黒い翅が特徴的な大きなトンボ、ハグロトンボの姿があった。トンボではあるが、その動きは蝶のそれだ。外敵が狙いをつけにくいようにするその飛び方に、そのハグロトンボが生き抜いた環境の厳しさを見た気がした。


     ジュラルは、カメラを手に音を殺して進んでいく。狙いが、音に敏感な臆病な相手だからだ。
    (「狙うはヤンバル君ただ一羽! 絶対に撮ってみせるぜ」)
     慎重に、ジュラルは周囲を観察する。だから、その鳴き声を耳にしても焦る事はなかった。
    (「――いた!」)
     体長は30センチほど、上面は暗黄褐色の羽衣、顔や喉などの羽衣は黒く、頸部から腹部にかけての黒い羽衣には特徴的な白の横縞が入った鳥――ヤンバルクイナだ。
     素早さに定評があるだけに驚かしたらすぐ逃げられてしまう相手だ。気づかれない様にこっそりとその姿をカメラに収める、そのためにジュラルは慎重にシャッターを押した。
    (「よしよし」)
     ヤンバルクイナは、その先端が白い赤い嘴で地面を突く。こちらには気づいていないヤンバルクイナを、ジュラルは心行くまで撮影した。

    「こんにちは」
     ようやく本命に会えた、と海砂斗はヤンバルクイナを驚かさないように挨拶した。
    「鳴き声はやっぱとーきょーとは一味違うよねー、やんばるーって感じー」
     俊輔はしたり顔で語るが、推してしるべしだ。それに微笑んで、有紗が言った。
    「ヤンバルクイナは個人授業でも標識の問題になってたよねっ」
    「飛べない鳥はただの鳥だー。って、あれ? 鳥は普通は飛べるのかー」
    「飛べない鳥さんも結構いるから、合ってる……のかな?」
     首を傾げる俊輔に、シオンは微笑む。何にせよ、ヤンバルクイナという一番の目的を見る事ができた、それがD HOUNDという仲間達と一緒だったのが、嬉しかった。

    「紅はいい色です」
     満足げに、なこたは水辺をとことこ歩くヤンバルクイナを紅い猫柄★スマホでしゅしゅっと写メした。その嘴と足の鮮やかな紅がいい、なこたは腕の中の霊犬であるたまと一緒に、紅い猫柄★スマホを覗き込んだ。
    「体が少し赤っぽくていいのです」
     そこに写っているのは、ノグチゲラだ。そして、別の写メに写っているのはたまの鼻頭に長い足を乗せたヤンバルテナガコガネである。別の写真には、ヤンバルテナガコガネとなこたが指先で握手している写メもあった。
    「……いないです」
     しかし、なこたは未だ本命に出会えていなかった。竜雅と共に歩いていた玄之丞を見つけると、なこたはたまを抱きかかえて駆け寄った。
    「玄之丞、イリオモテヤマネコは見たです?」
    「イリオモテヤマネコは、西表島固有じゃなかったっけ?」
     玄之丞の返答に、なこたはたまを抱きしめてしょんぼりする。
    「ふにゃ……ここにはいないです? マジですか……」
     そんななこたを、ぽんぽんと前脚でたまが慰めた。そんな時だ。猫についての会話を聞きつけたのは、愛流と鞠音、最中の沖縄猫探索隊だった。
    「我ら沖縄猫探索隊の目的はずばり、沖縄もといヤンバルの森固有種の猫を見つける事だ! 探索するなら夢は大きく!」
    「いや、夢が大きすぎるだろ、新種発見は」
     愛流の力強い宣言に、思わずツッコミを入れる玄之丞。
    「ついでにマムシも探し出すぞ!」
    「ああ、それならいるだろうな」
     いきなり現実的になった、とこちらは竜雅だ。なこたは、こくこくとうなずく。
    「ヤンバルヤマネコもいるかもしれないのです」
    「いや、そんな名前の猫はいないから」

    「愛流ちゃん、お水飲む? ……鞠音さん、暑くない?」
    「おっ、水か。サンキューな、最中」
     水筒を差し出した最中に、愛流は笑顔で受け取った。鞠音もまたそれを受け取り、一つうなずく。
    「はい、暑いです。喉、乾く前に水を飲みましょう」
     彼女達、沖縄猫探索隊は猫とマムシを求めてやんばるの森を突き進んでいた。
    「……マムシ、好き」
     三人の中では一番体力のない最中を奮い立たせたのは、その猫やマムシへのひとえに愛である。鞠音は、深く深呼吸すると小さく呟いた。
    「……甘い味がします」
     やんばるの森の空気を肺いっぱいに吸い込んだ感想を口にした鞠音が、ふと動きを止める。それに、愛流が振り返った。
    「どうした、鞠音? 何か見つけたのか?」
    「……匂いがします」
     鞠音は吸い寄せられるように、そこへ向かう。木陰、マムシのいる場所へ。
    「えへへ、ピース……!」
     最中が、愛流と鞠音もマムシを手にピースサインをする。三脚立てのカメラが、自動でシャッターを切った。汗と泥に塗れていたが、不思議と達成感があった。また、やんばる固有ではないものの野良猫との記念撮影にも成功する――修学旅行でしかできない、それは確かな五感を伴った経験だった。

    「ハブとマングースって居るのかな?」
     葉月は、そう疑問を抱いた。実際、やんばるの森には固有の肉食哺乳類は存在しない、しなかった。しかし、生息域を拡大したマングースがやんばるへと広がっているのは確かだった。
    「ヤンバルクイナ、見られて幸せ」
     とことこと森の中を歩くヤンバルクイナの愛らしい姿に、葉月は満足げに微笑んだ。ノグチゲラやホントウアカヒゲなど、やんばるの森でしか見られない鳥達もその目を、耳を、楽しませてくれた。
    「本当、幸せだよ♪」
     山育ちの葉月にとって、それは懐かしくも新鮮な光景だった。


     ドドドドドドドド、と滝の落ちる音がする。ハイキングコースのゴールだ。
    「水辺には、色々いるなぁ」
     のそりと動くリュウキュウヤマガメや、岩や苔に隠れるように張り付くイボイモリ、緑に黒の斑のオキナワイシカワガエルなど、やんばるや沖縄固有の爬虫類や両生類に、ガイドブック片手に竜雅が笑った。
    「固有種の宝庫とは聞いてたけど、実物見つけるとテンション上がるぜ! 爬虫類や両生類って良く見たら愛嬌ある顔してるよな」
    「すっごいよな、本島とは色合いが違うし」
     玄之丞もそう感心したように、言った。
    (「……自然も、生きている」)
     目を閉じて、滝の落ちる音や自然の音を楽しみながら、彗樹はそう思わずにはいられなかった。
    「せっかくだ、記念撮影でもするか」
    「うん、みんなで最後の滝の所で一緒に写真に撮ろう」
     宗嗣の言葉に、シオンはそう提案する。
    「滝背景に記念写真はなんかかっくいー、皆で撮ろー撮ろー」
    「わー、ぼくも記念写真撮るの賛成~。宗嗣さん後でデータ分けて下さいっ」
     俊輔が滝へと走り、有紗も目を輝かせる。D HOUNDの面々は滝の前での記念撮影を終えると、海砂斗はかなり埋まったスケッチブックを開いた。
    「みんな見る見る?」
    「私にも見せて見せて! 海砂斗。写真もお留守番してる皆に、いいでしょーって見せるんだ」
     スケッチブックを開いた海砂斗に、覗き込んだ灯倭が笑う。
     ゴールの滝で、全員の到着を確認すると武蔵坂学園の一向はその場を後にする。
    「上を見てみろよ、玄之丞。いい青空だぜ!」
     竜雅の言葉に、玄之丞以外にも空を見上げた。滝から覗く空は、どこまでも青い空が広がっている。森の中では見られなかった青は、どこまでも澄み渡っていた。
     その空もまた、やんばるの森の自然と共に訪れた者達の心に強く刻まれたのであった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月24日
    難度:簡単
    参加:18人
    結果:成功!
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