修学旅行2015~ガンガラーの谷でリフレッシュ

    作者:篁みゆ

     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月23日から6月26日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
     また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。

     修学旅行の行き先は沖縄です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
     
    ●ガンガラーの谷
     ガンガラーの谷は鍾乳洞だった場所が崩れてできた、亜熱帯の森です。自然が沢山残されていて、足を踏み入れて初めてその雄大さを実感することが出来ます。
     谷の広さは約14500坪。東京ドームとほぼ同じ面積です。歩行距離は約1㎞。ツアーガイドさんに先導されて歩く約1時間20分の旅は、自然の神秘を感じられる素晴らしい時間になることでしょう。

     幻想的なケイブカフェを出発すると、谷間に広がる森を歩いて行くことになります。多種多様の樹木が息づく森の空気は驚くほどに爽やかで、心身ともに浄化されていく感覚を味わうことができるでしょう。亜熱帯性気候の森ですから、珍しい昆虫や鳥などを見ることもできるかもしれません。

     次に種之子御嶽(サニヌシーウタキ)イナグ洞・イキガ洞という洞窟があります。薄暗いため、ランプに火を灯して進みます。鍾乳石のあるこの洞窟は古来より住民に信仰されてきた場所の一つで、良縁や命の誕生、子どもの健やかな成長などを祈るために遠くから人が訪れている御願所(ウガンジュ)となっています。

     先へと進むと、森の賢者と呼ばれる大主(ウフジュ)ガジュマルと出会うことが出来ます。推定樹齢150年とされる巨大なガジュマルは今もまだ成長を続けており、ガンガラーの谷の番人たる存在となっています。

     ガジュマルの木の上作られたツリーテラスは手作りで、森を一望できる秘密の展望台となっています。森だけでなく、海も同時に見ることが出来ます。

     最後に、古代人が住んでいた跡とされる武芸洞を見学できます。ガンガラーの谷は約1万8000年前に生きていた「港川人」の居住区としての可能性も高く、今もまだ発掘が続けられています。

     ツアーで疲れた身体を休めるならば、出発地点でもあるケイブカフェで一休みはいかがでしょう?
     鍾乳洞そのままのカフェでは、コーヒーだけでなくパッションフルーツやシークァーサーのジュース、ハイビスカスソーダなどをいただくことが出来ます。沖縄ならではの素材を使ったアイスも楽しめるので、ゆっくり休みながらツアーを振り返るのもいいでしょう。
     
    「ねえ、素敵だと思わない?」
     ガンガラーの谷の記事の載ったページに付箋を付けた雑誌を手に、遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)が興奮した様子で話しかけてきた。
    「ガンガラーの谷は沖縄を代表するパワースポットのひとつなのよ。雄大な自然を間近で感じて、わたし達も少しパワーを分けてもらおうよ」
     鳴歌はガンガラーの谷の見学ツアーに参加するようである。
    「一緒に行ってみない?」
     雑誌を差し出して、鳴歌は微笑んだ。
     ひとりで自然のパワーを受け取るもよし、もちろん仲間達と一緒に思い出を共有するのもいい。
     ツアーのルールを守って、楽しい時間を過ごそう!


    ■リプレイ

    ●大自然の中へ
     ガイドさんに先導されて進んでいくと、視界が緑に染まる。緑と言っても一言で言い表せないような様々な色が、優しく包み込むように皆を出迎えてくれた。
    「ちゃんと虫除けスプレーかけましょうね」
    「おおっ! 律希さん感謝っすよ!」
    「さすが律希ちゃん、いたれりつくせり女子!」
     律希が腕や足の露出部分に虫除けスプレーをかけて回ると、蛇目や清純はその心遣いに喜んだ。
     彼らは【御殿山2-9】の仲間。一面の緑に囲まれ、見おろされて大きく息を吸ってみる。
    「森とか見るとすごい癒し感じるよ~」
    「空気の味も全然違う気がするね。体の中からきれいになりそう」
    「この緑々した光景はこころが癒されますねー」
     織兎も薙乃も思わず笑みを浮かべて、双眼鏡を構える。火華は綺麗な風景にシャッターを切りまくっている。
    「パワースポット……む、何か元気になってきた気がするぞ」
     自然だけでなく、それを見つめる仲間達の写真も取って行くアカツキ。写真が欲しいものには後で渡すと約束して。ポーズを取る仲間達も、自分も入った自撮り風の写真も、良い思い出になるはずだ。
     織兎と薙乃、火華たちは鳥を見つけたら教えてね、そう約束して今度は双眼鏡を覗きこんだ。どこにいるのだろう、枝の先や葉の裏までじっくり探すタイプにあちこち双眼鏡を動かして探すタイプ、性格が出ている。
    「あ、あれ! あそこにいるっすよ!」
    「え!? どこどこ?」
     双眼鏡を覗きこんだまま蛇目が葉の陰を指さす。律希は駆け寄って、蛇目の見ている方向へと双眼鏡を向ける。
    「本当だ! 小さくて可愛い鳥がいるね!」
     普段教室では静かにしているつもりの律希だが、鳥好きということもあってついはしゃいでしまう。可愛い動物を見たら、落ち着いてなんいてられない!
    「どこどこ?」
     薙乃も同じ方向を探しつつ、ふと見た皆の表情に思わず笑みが漏れる。凄く嬉しそうな皆の顔は、教室で見ているそれとは全然違って新鮮だ。
    「あ、ねぇねぇあの鳥珍しいやつじゃないですか!? ほらあれあれ!!」
    「あっ、ほんとだね~」
     鳥図鑑を眺めるくらい楽しみにしていた火華のテンションが上がっていく。普段からワーキャーうるさい火華だが、いつもよりましているのはやはり日常から抜けだした時間だから。近くにいた織兎は火華に肩をゆすられつつも双眼鏡を当てたまま、仲間達においでおいでをする。律希が一番に反応して、上気した顔で移動してゆく。
    「んん!? どこじゃー、任せるのじゃー!!」
     火華に劣らぬテンションで駆けつけたアカツキが、これでもかとシャッターを切りまくる。そんな仲間達の様子を、清純は新しく買った防水デジカメでパチリ。
    (「鳥とか植物とか、普段気にしたことないけど、絵本の挿絵みたいな圧倒的自然だぜ」)
     パチリパチリ。自然を写しているはずなのだが、大半にカワイイ女の子が写り込んでいたりする。
    「何撮っているっすか?」
    「風景を撮ってるんだぜ」
     手元を覗きこんだ蛇目に、今まで撮った写真をプレビューしてみせる清純。
    「風景というより……」
    「いや、人だって自然の一部だからね! ほ……ほんとうだよ! なぁ!」
     誤解だイケメン!! 友達だろ――そんな清純の声が緑の空間に響き渡った。

    「圧巻やねえ……緑の匂いも水の匂いも濃いけど、甘くてええ香りもする……」
    「すっげーでかー!」
    「本当に圧巻だな」
     枢と悟と晶、【Chaser】の三人は谷間に広がる森に思わず息を呑んだ。圧倒的な自然が、三人を迎え入れてくれたのだ。
    「清々しく神秘的な中に……どこか不気味さも感じないかい?」
    「畏怖って言う奴なんかも」
     普段何気なく接している自然が、ここではこんなにも静かな主張をしているのだ。晶と悟は思わず息をついた。
    「枢君、枢君。ちょっとあの葉の下にしゃがんでみたまえ」
     次に晶の目に止まったのは、ガンガラーの谷のホームページのロゴマークにもなっている葉っぱだ。大きな葉っぱの傘の下にちょこんとしゃがんだ枢。
    「葉っぱの傘……小人の世界みたいだ!」
    「素敵やねえ」
    「へーおもろい絵本の世界みたいや」
     今度は三人で葉っぱの下に入り、自撮り棒でパチリ。
    「あの黒い綺麗な蝶、なんやったっけ?」
     常とは違う環境だから、ついついはしゃいでしまうのも無理は無い。
    「あの蝶は……リュウキュウ……って枢君!?」
     かくん、と突然傾いた枢の身体。咄嗟に反応して手を伸ばした晶だけど、支えきれない!
    「っと枢せん……晶先輩!?」
     このままでは二人して転んでしまう。だがそんな二人の腕を力強く掴んで支えてくれたのは、悟だった。
    「ふぅ……怪我あらへんか?」
     差し出された悟の手に、晶は少し戸惑いを見せた。だが。
    「う、二人ともごめん、ありがとう!」
     枢がウキウキと嬉しそうに手を繋いだものだから、晶も手をとって。自然、小さい頃を思い出して微笑を浮かべた。
    (「護るで、大事な2人を。その笑顔を」)
     両の手から感じる温もりに、悟は心で誓った。

     ランプの光りに照らさせて、鍾乳石がキラキラ光って見える。
    「あ、遥神さん、こんにちは」
    「こんにちは!」
     近くに鳴歌の姿を見つけ、勇介は思わず声を掛けた。自然と、一緒に洞窟内を見渡して。
    「ここが沖縄の人達にとってのパワースポットなんだね」
     勇介が思い出すのは、この4日間で見てきた沖縄のこと。
    「ここに生きてきた人たちも、本当に魅力的な人々なんだなってすごく感じた」
     明らかに違う空気が、背筋をぴんとさせるようで。普通の場所とは違うのだなと感じさせる。
    「そんな各地の人々の願いや祈りが積み重なった場所がパワースポットになるのかな、なんてね」
    「沖縄にはね、ここ以外にも本当にたくさんのパワースポットがあるのよ。ここが王国だった頃から……ううん、もっと前から、自然と人の思いが大切にされてきたからかもしれないわね」
     鳴歌の言葉を受けて、勇介はそっと灯りの向こうへ視線を移す。
    「俺も、分けてもらいたいな、太古からの人々の、心の強さ。俺、弱いからね……強く、なりたい」
     真剣な表情から零される小さな呟きは願いを抱いていて。きっと、神秘の力に届いたことだろう。

    ●森の賢者に会いに
     森の賢者という名がふさわしい大主(ウフシュ)ガジュマルは、存在するだけで人々を圧倒させる。
    「ぅ、わ……でっ、かぁい……!」
    「おぉ。巨大なんだよ~。枝の上に家が立ちそうだね」
     やはりその大きさに圧倒されて、【天文台通り2-C】のゆずとステラが声を上げた。
    「ううん、唯でっかいんやなくて……なんやろ……すごく落ち着く、大きさっちゅーか……確かに森の神様とか賢者様って言われたら納得しちゃうん……」
    「ガジュマル、樹齢150年でごぜぇましたか? 大きさもさることながら、おいらが生まれるずっと前から生きていらっしゃるってとこが素晴らしいものでごぜぇますな」
     ゆずの隣で文刑も、ガジュマルの重ねてきた歳月を思い、その神秘的な魅力に目を細める。
    「樹齢150年ですか、圧巻ですね……!」 
    「間近でみると迫力が違うわね。この垂れ下がってるの、枝じゃないのよね……なんだっけ?」
     テティスの横で茜が首を傾げた。その様子に気がついて、テティスは急いで植物図鑑をめくる。
    「ええと、垂れ下がっているものは気根と言って、根の一種だそうです」
    「へぇ、そうなの。教えてくれてありがとう」
     お礼を言って、顔を見合わせて表情を崩す。その近くで文刑がぽつりと呟いた。
    「150年の歳月、どんな景色を見ていらっしゃったんでごぇましょうか? ――皆様方は、この大きな木を見て、どんな事を感じられやしたか?」
     つ、と視線をガジュマルからクラスの仲間達に移し、文刑は問う。
    「自然が長い年月を掛けて作り出したこの風景は、人のエゴでいとも容易く壊れるくせに、人は之を再現できないんだから凄い事なんだとおもうよ~」
     テラスから見える景色も巨大なガジュマルも、失うことは易く、得ることは難しいもの。ステラは心から、すごいと思った。
    「お爺ちゃんが盆栽を育ててたのよ。小人みたいな、可愛いのだったけど。でもこれは、神様ね……」
     ほう、と思わずため息を付いたのは茜だ。ずっと長生きして谷のずっと向こうまで見ているガジュマルは、きっといろいろなことを知っているのだろう。
    「わたしも、この大樹のようにどっしりと構えることができたら……」
     いつも動じない憧れの人を木に見たような気がして、テティスは自分もしっかりしなければと気を引き締める。
    「大きいの見てると、怪談じゃなくても御話とか作りたくなるっ」
     上手く言葉に出来ないけれど、感じたことは活かしたい、ジェーンもガジュマルからパワーをもらった気がしていた。
    「……はっ、いっけない! こゆのこそ写真に収めないとっ」
     見とれていたゆずが我に返り、インスタントカメラを構える。
    「景色だけじゃなくて……皆で一緒の写真も撮らなもったいないんよぅ♪」
     素敵な記念撮影のお誘いに、のらない者など誰もいない。

     圧倒的な存在感を持って、森の賢者は【御殿山2-9】のメンバーを見下ろしている。いや、その神秘的な空気で包み込んでくれているといったほうが正しいだろうか。
    「わー、ガイドで見て楽しみにしてたけどカッコいいなー。ファンタジー世界でこういうトコありそう」
    「森の賢者なんてRPGっぽい二つ名も伊達じゃないね」
     彦麻呂の言葉の通り、ここはまるで日常化に切り離された異世界のようで。琥太郎も感心したように見上げて呟いた。
    「コレはすごいわ……見守られてるっていうか、そんな領域すら超えちゃってる気がする」
    「私達が生まれるずっと前から、ここで沢山の人を出迎えて……包み込む様な雄大で優しい命を感じるの」
     適切な言葉が見つからない。けれども実際に同じ光景を目にした人にならば、『すごい』の一言で通じるものがあるだろう。香乃果は自分の口から自然に「会えて良かった」と言葉が漏れた事に気がついた。
    「すごい」
     美しさと壮大さに息を呑んだ侑二郎が、絞りだすように言葉を紡ぐ。
    「これが自然の偉大さ、なんですね」
    「こーんなに存在感のある樹を見たの、はじめてかも!」
     長い時間をここでずーっと生きてきた、すごい樹。八千代はそっとその幹に触れる。森の生命を優しく見守り、力強く聳える姿に目を奪われた紡も、そっと八千代に倣った。
    「分かんないけど、俺はこうやって見て触っただけで、なんとなーく、すごいパワーをもらえた気がするよー!」
    「うん。すごいね、自然の息吹、感じるの」
     肌から、空気を取り込んだ体内から、パワーが満ちていく気さえする不思議。
    「わたしもちょっと深呼吸ー……ほんとなんだか空気が澄んでて、大自然の神秘をすごく感じる気がする」
    「すっげーなー! なんかこう、自然って偉大だなー!」
     深呼吸した仁奈の横で、勘九郎が感嘆の声を上げている。だが。
    「……何かもっとうまいこと言いたいけど言葉が! 出ない! とにかくすごい!」
     くすくすくす、仲間達から思わず笑みが漏れる。大丈夫、感じていることはみんな一緒。この場を訪れた皆の、共通する思いだから。
    「ガジュマルの近くに沖縄の妖精が住んでて、仲良くなれば幸運運んでくるんだって」
    「幸運を運んでくる妖精さん。私も、仲良く、なりたいな」
     なむなむと手を合わせる仁奈に紡も倣う。
    「わ、妖精さん? 私もお祈り!」
    「えっと、こうですか」
     香乃果と侑二郎も手を合わせてお祈り。
    「仁奈ちゃんも香乃果ちゃんも紡ちゃんも、妖精みたいな感じあるけどね。仲良くしたら幸せ運んで貰えるのかな?」
    「えっひこまろちゃん、そうじゃなくても仲良くしよ!」
     彦摩呂の呟きに、弾かれたように仁奈が彦摩呂の手をとった。
    「そだ、女子で写メ撮ってもらおうよ」
    「いいですよ、はいはい並んで」
     侑二郎が彦摩呂のスマホを受け取ってはいちーず。
    「折角だもの、思い出は形に残さないと」
     今度は紡が男子をパシャリ。
    「神様は信じていないけど、でもこの木には何かがあるって思えちゃう」
     琥太郎がもう一度、森の賢者を見上げた。
    「明日何があるかわかんないオレ達だけど、また皆で来れたらいいな」
     また、皆で来たいね――想いが重なっていった。

    ●身体を休めて
     鍾乳洞の中にあるケイブカフェは独特の雰囲気を醸し出している。
    「ふふ、雄大な谷だったわね、トゥ」
     武蔵坂に来る前は色々な地形を見てきたモイラだけど、それでも大主の威容はすごく印象に残っていた。御願所も心惹かれたし、得るものが多かったと思える。
    「ふぅ。ね、ちょっと休んでこ?」
     1時間半歩き通しで少し疲労を感じる。モイラは灯十郎に先んじて二人分の席を取ろうとしたのだが。
    「え? トゥ!?」
     ぐい、と腰を引かれて、椅子に腰掛けた灯十郎の膝の上に乗せられてしまったモイラ。
    「何を恥ずかしがることがあろうか。俺は平気」
     モイラは自慢の彼女だから、恥ずかしがることなんてなにもないと灯十郎は思う。自宅ではよく灯十郎の膝上に甘えて座るけれど、まさか衆人環視のカフェでやる日が来るなんて思わなかった……モイラは恥ずかしさが抜けない。シークァーサージュースとハイビスカスソーダを運んできてくれた店員さんが、二人を見て微笑んでいた。
    「うぅ、恥ずかしい……」
     灯十郎は片手をモイラの腰に回して支えながら、平然とジュースを飲んでいる。対照的に赤面しながら、モイラはハイビスカスソーダを口に含んだ。
    「折角だから、モイラちゃんのハイビスカスソーダも一口ちょうだい?」
    「大主も笑ってるわよ? もぅ」
     そう言いつつ、モイラは自分のジュースのストローを、灯十郎へとさし出すのだった。

    「鍾乳洞がカフェってすっげーな! 秘密基地っぽい!」
    「……凄い場所のカフェだな……浄化されそう……浄化されたら多分消えるな、僕」
     歓声を上げた彰二の横で呟かれた幸の言葉に、周りからの反応は。
    「幸……お前……消えるのか……?」
    「幸……惜しいやつを亡くしたな……」
    「えっ、幸消えんの……? せめて食ってからにしとこーぜ」
     それぞれ彰二、豹、兎紀のコメントである。とりあえず消えるなら食べてからということでそれぞれ席に付けば、他のクラスメイトたちはすでに席をとっていた。
    「甘くて冷たくて幸せー。これ、家でも作れるのかなぁ」
     冬人が頼んだのはアイスコーヒーと黒糖アイス。家でこのアイスが作れたら、家でも幸せが味わえるのだが。
    「冬人、作るんならクラスに持ってくるよな?」
    「……って持ってくるまでに溶けるってば、兎紀」
     持っていけるものなら持って行きたいけれど、なかなかに難しい。
     他では見ないメニューばかりで迷いに迷ったが、彰二はちんすこう味のアイスを頼んだ。そして一口。
    「おぉ! バニラの中に香るちんすこうがほのかに……香る……えーっと……」
     食マンガみたいなコメントを目指したが、ちょっと無理だったようだ。
    「赤いのはいいことだ」
     ハイビスカスソーダに口をつけた織絵はコートの袖の色とソーダの色を見比べてしみじみ。
    「……スイートポテトとも違う不思議な味ですの。でも美味しいです!」
     イシュテムが選んだのは紅芋アイスだ。コーヒーアイスとパッションフルーツジュースを選んだヒビキは、他の二人の選んだものが気になっている。
    「いしゅてむさん、おりえさん、それ一口、貰えませんか?」
    「一口ずつ交換しましょう! 私からはこちらです!」
     イシュテムが差し出した紅芋アイスと、織絵のハイビスカスソーダ、ヒビキのパッションフルーツジュース。少しずつ交換すれば、いろいろな種類が食べられて幸せが増すというもの。
    「兎紀くんも彰二くんもどーぞです!」
    「わ、ふゆとさんとしょうじさんのも美味しそう……一口……」
     イシュテムもヒビキも、他の仲間の頼んだものが気になって。
    「いいよ、交換しよう。幸もよかったら、交換しない?」
    「一口くれるなら、ね」
     冬人に幸、兎紀に彰二も加わって、交換の輪は広がっていく。全種類制覇もしてみたくなってくる。
    「食いたいやつには一口やるよ」
     甘いモノが得意ではない豹は、一口ずつ分けはするが甘いもののお返しは遠慮して。
     と、シャボン玉がふんわり。織絵が飛ばしたそれに目を奪われたのは銀二だ。ついつい目を奪われてほけーっと見てしまったが頼んだアイスが溶けてしまうと気がついて。
    「アッそうです沖縄らしくちんすこうの入ったアイスも食べ……、食べ……?」
     目を離したのは少しの間。その間に少し溶けてしまったのならわかる。だが。アイス自体が姿を消しているとはこれいかに?
    「ナノナノお前、僕のアイス食べましたね……」
    「……ナ、ナノ?」
     なんのこと? とでもいいだけなナノナノを逆さにして振り回す銀二。食べ物の恨みは怖いのだ。
    「……しっかし、暑いね」
     お洒落重視で見た目暑そうな織絵とイシュテムを二度見したりして、幸は普通に楽しんでいる自分に気がつく。こんな時くらいは、普通に楽しんでもいいはずだ。
    「あ、そーだ、デジカメ持ってきたんだった。全員で写真撮ろうぜ、写真」
     豹の提案で、ガンガラーの谷を訪れた御殿山キャンパスの高校2年9組全員が集まって思い思いに並ぶ。それぞれのカメラやスマホを店員さんに渡して、思い出の一枚を撮影してもらうことにした。

     森の賢者の見守る地で、思い出を重ねて。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月26日
    難度:簡単
    参加:36人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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