修学旅行2015~やんばるの川でカヌー体験!

    作者:三ノ木咲紀


    『武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月23日から6月26日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
     また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。

     修学旅行の行き先は沖縄です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!』
     修学旅行告知のポスターを見たくるみは、目を輝かせて駆け出した。


    「二日目の午後にな、皆でカヌー体験せえへん?」
     くるみは目を輝かせながら、ガイドブックを開いた。
     山原(やんばる)と呼ばれる、沖縄県北部の森を流れる慶佐次川(げさしがわ)。
     沖縄ではヒルギと呼ばれるマングローブの原生林が広がり、亜熱帯の動植物が豊富に生息するこの川を、基本二人乗りのカヌーで進むのだ。
     慶佐次川の両岸には、まるでジャングルのような景色が広がっている。
     細い木の根が目の前に迫る森の中を、動物たちと同じ低い目線から見上げれば、青い空に緑の森。
     亜熱帯の風を感じながらパドルを漕ぐと、出迎えてくれるたくさんの生き物たち。
     シオマネキやヤドカリの集団、カワセミやアカショウビンといった鳥たちもたくさん住んでいる豊かな森。
     鬱蒼と茂る森を抜ければ、広い太平洋へとカヌーダッシュ!
    「ええなあ、カヌー。いっぺん漕いでみたかったんやぁ」
    「くるみさんは体育会系ですねぇ」
     ガイドブックを抱きしめながらニコニコと笑うくるみに、葵は小さくため息をついた。
    「僕は泳げない上に体力がないので、海は苦手なんです」
    「ライフジャケット着るさかい、大丈夫や! カヌーも転覆しにくい構造なんやって。それに、女性や子供でも気軽に漕いでいけるくらい、波も流れも静かなんや。そやさかい、心配いらへん」
     ガイドブックのページを指し示すくるみに、葵は頷いた。
    「なら、大丈夫ですね。……この、発着ポイントの浜辺でビーチコーミングというのも、楽しそうですよ? 貝殻や流木を探すんです。お土産にいかがですか?」
    「それもええなぁ」
     くるみはうっとりと沖縄の海を想像すると、生徒たちを見渡した。
    「修学旅行に行けるお人は限られとるけど、行かれへんお人らの分も、めいっぱい楽しもうな! そんで、お土産とお土産話で盛り上がろうな!」
     くるみはにかっと笑うと、親指をビシッと立てた。


    ■リプレイ


     青く晴れ渡った空の下、慶佐次川河口には生徒たちが集まっていた。
     渡されたライフジャケットを着こみながら、敬厳はくるみに笑顔で声を掛けた。
    「今日はよろしくお願いします!」
    「よろしゅうな、敬厳はん! ホンマ楽しみやわ!」
     にかっと笑うくるみに、敬厳もまた笑みを浮かべた。
    「マングローブ林の中で、どんな生き物に会えるんでしょうね。楽しみです」
    「きっと色んなのに会えんで!」
     はしゃぐくるみに頷きながら、敬厳は頬を緩めた。
     用意されたカヌーに、未散は鷹揚と頷いた。
    「ふむ、中々面白そうな催しではないか。綾よ、我等はこれで探索をしようぞ?」
    「うん! 綾ちゃんやってみた~い!」
     片手をぴょこんと上げた綾は、ライフジャケットを着込むと真っ先にカヌーに乗り込んだ。
    「みちるに誘ってもらっちゃった~、でーとだよでーと~♪」
     はしゃぐ綾は、今までのデートを思い返した。
     今までのデートは、周りにゾンビいたり、戦争の真っ只中だったりで落ち着かなかった。だから……。
    「血が騒ぐね!」
    「ならば! 速度の限界に挑戦してみるのもまた一興!」
    「おー!」
     自慢の筋肉を上手く活用してパドルを漕ぐ未散に呼応して、綾も全力でパドルを漕いで林を駆け抜ける。
     あっという間に見えなくなったカヌーを、葵は驚いて見送った。
    「お気を付けてくださいねー」
     二人を見送った葵はライフジャケットをしっかり着込むと、カヌーが趣味の引率学園教師を振り返った。
    「今日は、よろしくお願いします。……泳げないので転覆は! 転覆だけは避けてください!」
    「わ、分かったよ」
     教師の手をガシッと握り締めた葵は、不退転の決意でカヌーに乗り込んだ。
    「本当に同じ対象学年で、らっきーだったね!」
     二人乗りカヌーを前に、一葉は隣の七星を振り返った。
     七星もまたニコニコ笑いながら、ライフジャケットを受け取った。
    「一葉と一緒に遊べるとか、すげー嬉しいわ」
     かわいい後輩との修学旅行に機嫌良く笑う七星は、カヌーを指差した。
    「ほら、せっかくだから前乗りな」
    「え、僕が前でいいの?」
    「いいよ。いざ、マングローブ探検!」
    「おーっ」
     小さく挙げられた一葉の拳を、七星は見守るようにくすりと笑みを浮かべた。
     カヌーを漕ぐのも乗るのも初めての体験に、イヅナは少しドキドキしながらライフジャケットを受け取った。
     ライフジャケットはしっかりとした生地で、カヌーも転覆しにくいという説明を受けて納得したが、ちょっと怖い。
    「二人乗りだから、前はイヅルに任せたよ!」
    「あ、前に乗るのは俺なのか了解。特等席だと思うんだが」
     イヅナがカヌーに付き合ってくれることを意外に思いつつ、イヅナは前に乗り込んだ。
     日に焼けるだの虫が怖いだので騒ぐことを想像していたが、イヅルは妙に慎重にカヌーに乗り込んでいる。
    「……ちゃんと戻ってこれるかどうか心配。だけど頑張ろうね!」
    「了解」
     緊張するイヅナの気配を背に、イヅルはパドルを握った。
    「わー! カヌー乗るの、俺も初めてです!」
     並ぶカヌーに、侑二郎は感動した声を上げた。
     白い砂浜の奥は、鬱蒼と茂るマングローブ林。これから、あの林の中へ舟で行くのだ。
    「こういう大自然を見ると、あー沖縄だなーって思います」
     感動する侑二郎の後ろで、観月もまたカヌーを興味深そうに見た。
     カヌーと、悠然と流れる慶佐次川を眺める。
    「……流れも緩やかって言ってたし。男ひとりでもなんとかなるか」
    「観月先輩、何か言いました?」
     振り返る侑二郎に、観月は手を軽く振った。
    「ん? いやいや、こっちの話。侑二郎さん、前に座って?」
    「いいんですか?」
     はしゃぐ侑二郎に頷きながら、観月はカメラを手に持った。
    「二年前は遊覧船から、ジャングルクルーズへ繰り出したっけな」
     前回の修学旅行を懐かしそうに振り返った健に、勇介は頷いた。
    「二年前の時と、やっぱり違うね」
     実際にカヌーに乗り込むと。水面がすぐそばに迫っている。
     クルーズとはまた違った迫力に、勇介は水面に手を伸ばして触れてみた。
     跳ね上げた水は、陽光を受けてキラキラと輝く。
     ユラユラ揺れる感覚もまた楽しくて。
    「水が近いっていうのも、この揺れもワクワクする!」
    「アメンボみたく、水辺に漂いながら探索するのは一味違うな!」
     チョイ濡れを寧ろ気持ちイイ位に感じながら、健はパドルを握り締めた。


    「悪いな、わざわざ付き合ってもらって」
     前の席でメインになってパドルを漕ぎながら、アルディマはロベリアを振り返った。
     カヌー体験を希望したのはアルディマだった。
     同じクラブのロベリアは楽しめているのか気になったが、ロベリアは楽しそうに首を振った。
    「いいよ別に。コレも結構楽しいしね」
     誘われたから参加したカヌー体験だったが、ロベリア自身も楽しみにしていたのだ。
     双眼鏡を覗き込んで、色んな鳥や動物を観察する。
     手にしたパンフレットと似た鳥を見つけて、見比べながらロベリアは一羽の鳥を指をさした。
    「おっ、アレがヤンバルクイナってやつかな?」
    「どれどれ?」
     アルディマも目を凝らして鳥を探す。
     楽しそうに観察を続けるロベリアに、アルディマは森を見上げた。
     ここ最近はダークネス情勢も慌ただしいので、修学旅行中くらいはゆっくりとした時間を過ごしたい。
    「偶には、こう言うのも悪くないな」
    「何か言った? アルシャーヴィン君」
    「いや、何でもない。……後で双眼鏡貸してもらっても良いか?」
    「もちろん」
     手渡された双眼鏡を覗き込みながら、静かな時間を楽しんでいた。
    「水辺なら涼し……くないね。早く木陰に移動しよう」
     暑いのが苦手な仙は、なるべく木陰に寄るようにパドルを漕いだ。
     しばらく漕いでいたので大分慣れたが、妙に傾くカヌーに振り返った。
     小さな体を大きく乗り出して、水に手を出そうとする霊犬の黒耀を、小鳥は注意した。
    「落ちないようにな!」
    「係留するまで大人しくしておいで。あまり動くなら膝に乗せるよ?」
     二人に注意された黒耀は、大人しく水から手を引く。
     そんな黒耀に笑いかけた小鳥は、降り注ぐ太陽を眩しそうに見上げた。
     同じ水の上でも、大きな船とは違う感覚があって楽しい。
     楽しいが、暑いものは暑い。
     仙がバテないように木陰に寄った小鳥は、意味ありげに見上げる黒耀の背中を撫でた。
    「行っておいで」
     小鳥の言葉に、黒耀は嬉しそうに仙のお膝に飛び乗った。
     マングローブ林の奥。少しだけ離れた場所に、一隻のカヌーが停まっていた。
     マングローブの木漏れ日が輝く中、聞こえてくるのは鳥の鳴き声と風と波の音。
     静かな二人きりの場所で、仲次郎は周囲を見渡しながら言った。
    「やー、まぐろさんから誘うのは珍しいですねー。いつも私からですのにー」
     二人きりの静かな時間、いいものですねー、と目を細める気配に、まぐろは後ろにいる仲次郎に声をかけた。
    「あーる」
    「ん? なんですかー? まぐろさん」
    「改めて言うことでもないけど。高校も卒業して、もうすぐ大人にもなるわけだし……」
     それ以上、うまく言葉が出てこない。
     まどろっこしい自分に心の中で喝を入れたまぐろは、思い切って素直な気持ちを声に出した。
    「あーる! 私はあーるのことが好きよ。だから、一生そばにいてよね!」
     突然の告白に、仲次郎は一瞬目を丸くするが、すぐにいつもの笑みに戻った。
    「もちろんですともー」
     うふふっと微笑んだ仲次郎は、後ろからまぐろをそっと抱き締めた。
    「まぐろさんは、やっぱり可愛い人だなぁ。言われなくても、一生離しませんよー」
     突然の抱擁に、まぐろは何も言えない。そんなまぐろの耳元で、仲次郎は囁いた。
    「大切にしますー」
     仲次郎の優しい声に、まぐろは小さく頷いた。
     初めて間近で見るマングローブ林に、くるみははしゃいだ声を上げた。
    「わ! わわ! ホンマにあれ、根っこなん? 迫力が全然違うわ!」
    「マングローブの間から、恐竜が出てきてもおかしくなさそうです!」
     敬厳もまた、知っている森とは全然違う景色に、興奮したような声を上げた。
    「あ、木の上にいる赤い鳥はアカショウビンでしょうか。きれいですねえ」
    「え? ホンマどこどこ!」
     敬厳が指差した方を見たくるみだったが、大きな声に驚いたのか、アカショウビンは突然空を飛んだ。
    「あ! あぁ、行ってもうた」
    「でもほら、向こうにはシオマネキがいます。ふふ、ダンスしてるみたいな動きですね!」
    「ゴイサギもおる! 写真撮らな写真!」
     ゆったりと流れる慶佐次川に、はしゃぐ声が響いた。
    「やべえ、まじわくわくすんなこれ」
     初めは慣れない様子でカヌーを漕いでいた七星も、次第に慣れて周囲を観察する余裕が生まれていた。
     珍しい植物や動物たちを興味深そうに観察していた七星は、一葉に声を掛けた。
    「一葉も、山とかはお手の物って感じだろうけど。マングローブってやっぱ全然ちげぇ?」
    「僕の山とマングローブは、全然雰囲気違うね。お山はこんな風に根が剥き出しになって、今にも動き出しそうな感じじゃないからね」
     成程確かに、と感心した様子の七星を背中で感じながら、一葉は突然飛び出してきた野鳥に、興奮したように指を差した。
    「わ! 七星殿見て見てっ、ゴイサギに……あれはアカショウビンだっ!」
     アカショウビンの真っ赤な嘴は、お山では見たことがない。一葉はわたわたとカメラを探した。
    「しゃ、写真……写真を撮らなくちゃ」
    「こら危ないぞ」
     わたわたする一葉に、七星は苦笑を零した。
    「まだ時間は充分あるから、あんま慌てんなー? 逃しちまったら、また一緒に見つけようぜ」
    「そ、そうだね!」
     少し落ち着いた一葉は、カメラを握り締めた。
     突然飛び出してきたアカショウビンに、昼子は指を差した。
    「おー、あれがアカショウビンか。マジで赤い! うーちゃんみてあれ! あかい!」
    「えっ、どこどこ!?」
     初季が慌てて昼子の指差す方を見たが、既に林の中へ飛び立った後だった。
     おっかなびっくりパドルを漕いでいた初季は、上げた視線の先にあるマングローブ林に驚きの声を上げた。
    「うわ、すごい。ほんとに根っこが水に浸かってるんだー」
    「すごいね!」
     知識として知ってはいたが、実際目の前にすると迫力が違う。
     昼子と初季はわいわい盛り上がりながら、息を合わせてパドルを漕いでいた。 
     カヌーのオールを、イヅナはよいしょ、よいしょと声を掛けながら漕いだ。
     漕ぐのは一苦労だが、こうやって自分達で探検していくのは楽しいものだ。
     二人だけで漕いでいると、やはり体力を使う。暑くもあるが、水辺のマングローブ林にいるからか、気分的には涼しくて良い。
     イヅナは、テレビで見るのとは大違いなマングローブ林に、感激の声を上げた。
    「珍しい鳥さん達も居るんだよね? 何処に居るのかな? 驚かさないようにしないと」
    「鳥しか興味ないのかお前は。確か他にもヤドカリとか居るらしいから探してみよう」
     鳥を探していたイヅナは、飛び立ったアカショウビンが降りた枝を見つけて指差した。
    「ね! アカショウビン!」
    「ほら、双眼鏡あるから覗いてみると良い。こういう時はカメラと並ぶ必需品」
     イヅルから双眼鏡を受け取ってひとしきり観察したイヅナは、イヅルに声を掛けた。
    「写真も撮ろうよ!」
    「はいはい、忘れてないから大丈夫だって」
     デジカメを川に落とさないように気を付けながら受けけ取ったイヅナは、レンズを自分に向けて自分達撮りに挑戦するのだった。
     発着ポイントから一気に漕いだ綾は、パドルを漕ぐ手を休めると、改めて周囲を見渡した。
     マングローブ林はどこまでも続き、鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
    「うーん、漕ぎ過ぎて日本出ちゃったかもよ~?」
    「日本の一部である事を忘れてしまうような絶景であるな。綾よ、もっと良く見るが良い」
    「んじゃお言葉に甘えて、いっぱい見ちゃう~!」
     綾は未散じーっと見つめた。
     分厚い胸板に、広い背中。この背中と共に、たくさんの戦いを潜り抜けたのだ。
     綾の視線に気付いた未散は、少し首を傾げた。
    「? 何かあったか?」
    「じょ、冗談! みんな新鮮できょろきょろだよ~」
    「そうか。……む、なんだあの生物は? 初めて見たぞ!」
    「あれはね~。……。わかんないから捕まえちゃおっ!」
     カヌーから落ちそうな勢いで身を乗り出した綾を、未散は慌てて支えた。 
    「木陰はやっぱり涼しく感じるなあ」
     小鳥の声に顔を上げた仙は、小鳥の手元にいる生き物に首を傾げた。
    「ところでそっちの、志水の横にいるソレ何だろ。爬虫類? 虫?」
    「え?」
     慌てて周囲を見渡す小鳥に、仙はパンフレットを開いた。
    「へー、トビハゼだって」
    「……ん、トビハゼ」
     思わず悪戯心が生まれた小鳥は、トビハゼの後ろを軽く叩いた。
     音に驚いたトビハゼが、ジャンプするように飛ぶ。
    「……あ、ほんとに飛んだ」
     仙の手元に着地したトビハゼに、仙は思わず騒いた。
    「あ、あんまりこっちにこないで欲しいかな!」
    「黒耀」
     仙のお膝の上の黒耀が軽く脅かす前に、トビハゼは大きく飛ぶとマングローブに着地した。
    「少し遅かったかな?」
    「両生類は慣れてないんだよ」
     苦笑いをこぼす小鳥に、仙は頬をぷう、と膨らませた。
     ひとしきり観察して再びパドルを漕ぎだした侑二郎は、妙に重いパドルに後ろを振り返った。
     観月は漕ぐのを放棄して、夢中で写真を撮っていた。
     進まない船に気付いた観月は、こちらを振り返っている侑二郎に首を傾げた。
    「? 侑二郎さん漕ぐの止まってるよ?」
    「……はー。えっと、あの。観月先輩も漕いでくれません? このカヌー、一応二人で漕ぐものだと思うんですけど」
     侑二郎の抗議に、観月はカメラを掲げた。
    「えー。じゃあこれ撮ったら漕ぐから」
    「絶対ですよ?」
     前を向いて再び漕ぎ始めた観月は、ファインダーを覗き込みながら首を傾げた。
    『……やっぱり手で描いた方が馴染むかな?』
     心の中で呟いた観月は、カメラをそっと置くとスケッチブックに手を伸ばした。
     カヌーを漕ぎ出した勇介は、目の前に広がる大自然に目を奪われた。
     見るもの全てが珍しく、気になるものはすぐに指を差す。
    「あそこ、白や赤の花咲いてる!」
     勇介の指差す方を見て、健が感心したように言った。
    「へえ。ヒルギって、あんな花が咲くんだなー?」
    「あれヒルギ、っていうの?」
    「マングローブのことを、ヒルギっていうんだ」
     健は視線をマングローブの根元に移すと、驚いたように指を差した。
    「……ココはマジでカニが沢山いるな! シオマネキは片方だけデカいハサミのヤツがオスらしいぞ!」
     次から次へと出てくる雑学に、勇介は尊敬の眼差しで健を見た。
    「へぇっ、あれのオスメスってそうやって見分けるんだ! 健くん、すごい、詳しいっ」
     素直な賞賛に照れ隠しするように、健は静かな森に耳を澄ました。
     鳥が鳴いている。水音が聞こえる。大地をめぐるガイアパワーが、体中に満ちてくるようだった。
     同じ流れを感じたくて、勇介も目を閉じて深呼吸する。
    「……大地のエネルギー、かぁ」
     こういう時はご当地ヒーローが羨ましい。
     勇介はそっと周りに意識を凝らした。
    「吸収はできなくても、感じる気がするよ。とってもワクワクして、とっても爽やかで、最高の気分!」
    「そうだ! それがガイアパワーだ!」
     手を握り締めた健は、軽快なパドリングで海へとカヌーを進めた。
    「大海原へ向けて、全速前進!」
    「よぅし、俺も負けてられないよ! 一気に大海原へ出発だね!」
     オールを握る手に力を込めた勇介は、太平洋に向けて全力で漕ぎ出した。
     一気に漕ぎ出した勇介と健に触発されるように、生徒たちは皆カヌーを加速させた。
     緩やかなペースに飽きてきた昼子は、風を切る勢いでカヌーを進ませる。
    「よっしゃ! スピード上げるぜ! 行こうぜ! 水平線の彼方まで!」
     跳ねあがる水しぶきも気にせず、一心不乱に漕ぐ昼子に、初季は慌ててパドルを漕いだ。
    「ちょ、ちょっと! いきなり!?」
     跳ね上がる水しぶきが海水に変わる。
     冷たい海水を浴びて、初季は思わず笑みがこぼれた。
     動きが早くなった生徒たちのカヌーに、くるみは大きな目を更に大きく見開いた。
    「海! なあ敬厳はん! うちらも海行こ海!」
    「そうですね! もうひと踏ん張りです!」
     海が近づき、強くなる潮の香りが二人を誘う。
     敬厳とくるみは太平洋へと漕ぎ出した。


     カヌーの発着ポイントにたどり着いた侑二郎は、ぜーはーと荒い息を整えた。
    「結局最後まで、俺一人で漕いでたじゃないですか! 先輩、貴方って人は本当に、もう」
     肩で息をする侑二郎に、観月は水を差し出した。
    「お疲れ様。お水いる?」
    「水……は、貰います」
     観月の言葉に顔を上げると、水を受け取った。
     発着ポイントの砂浜で、仙は目を凝らした。
    「潮が引くと殆ど砂浜だね」
    「土産に出来そうなものって何だろう」
     小鳥もまた、砂浜を探す。
     生きてるものが多くて、なかなか手ごろな物が見つからない。
    「糸木乃さん、志水さん! こっちに色々ありますよ!」
     少し離れた砂浜で、葵がおもしろい形の流木を振っていた。
    「持ち帰れそうなのあるかな?」
    「綺麗な貝殻あるかな?」
     ハモった声に、仙と小鳥は思わず顔を見合わせて笑った。

     カヌー体験は終わったが、修学旅行はまだ、始まったばかりだった。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月24日
    難度:簡単
    参加:19人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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