修学旅行2015~幻想花 ヴァニーユ・フルールの夜

    作者:西宮チヒロ

     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月23日から6月26日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
     また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。

     修学旅行の行き先は沖縄です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
     
    ●Powder-puff tree
     幻の花・サガリバナ。
     それは、初夏のたったひと月のあいだ、日本でも南西諸島でのみ出逢える、一夜限りの儚い花。
     熱が和らぎ始めた宵の口から蕾を開き、夜に灯るように咲く白や淡紅は、空が白むころにはもう水辺へと零れてしまう。
     花のかたちは、まるでちいさな花火だと言われているけれど、
    「でも、この形……たんぽぽの綿毛にも、似てると思いませんか?」
     ふわふわ綿毛の、そのちいさなひとつの種子。それをもう少し大きく、ふわふわにしたっぽく見えるかも。そう小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)は、ミルクティ色の波打つ髪を緩く揺らして、ほわりと笑う。

     修学旅行3日目の夜。
     石垣島南部・バンナ岳傍のとある農園で、ライトアップされた幻の花・サガリバナ鑑賞ができるという。
     別名サワフジという名の通り、藤のように木々の枝から連なり下がる花は、藤よりも淡く色づき、藤よりも甘く香る。
     ひとつ、ふたつ。
     夜明けを待たずに刻を終えた白花が、幾重もの波紋を描く静かな池。
     その周囲に群生するサガリバナの木々の、そのライトアップされた柔らかな光にぽわりと灯る花たちを仰ぎ見れば、その向こうに広がるのは天満星。
    「あなたも、一緒に逢いにいきませんか?」
     『Powder-puff tree』とも呼ばれるように、柔らかな白と、蕩けるほどに甘い、甘い、ヴァニラの香り。
     その花言葉のように、一夜の幻想と出逢えたあなたにはきっと――『幸運が訪れる』。


    ■リプレイ

    ●歓びの花
     石垣島南部・バンナ岳傍のとある農園へと続くなだらかな道。見たかった花を目指していても、鳴るときは鳴るのがお腹の音だ。
    「晩御飯の前にもう一頑張りなのですよ!」
     綺麗な花を見れば疲れもリフレッシュ! と意気込むかなめ。逸れぬようにと繋いだ手。夜に浮かぶ淡い白を見上げ吐息を零す。
    「うわーっほわーっ」
    「絵本の世界に、入ったみたい、です」
    「それに甘い匂い……美味しそうですよねー……わたあめ」
     ぐぅぅぅぅ。
    「ゆ、夕ご飯まだでしたしっ!?」
     ぱたぱた手を振り誤魔化す翠。
    「みぃ。確かに、お腹、ペコペコ、です」
    「晩ごはんはなんですかねー?」
     くすりと笑顔を交したら、兄たちへの土産写真を撮り終えた初子のカメラで、花の3人娘をぱしゃりと1枚。
     次を共にしたい人へ、この楽しさが伝わりますように。
     そわそわしながら見つけた、ふわふわの花。まるでたんぽぽの綿毛。鳥の羽根。このまま空に飛んでしまいそうなほど、綺麗。
     甘い甘い、お菓子の香り。食べたら美味しかったり、なんてひよりが言うから、はなもなんだかお腹が空いて。
    「そうだ。ねぇ? はなちゃん。明日、何か甘いもの食べに行こうよ」
     内緒のお誘いには、勢いよく頷き笑顔。さすがひよりん! わかってるー!
    「えへへ、明日も楽しみだねー」
     ふわふわ心地、幸せ気分♪
    「なるほど。花火にも、たんぽぽにも見える」
    「綺麗だよね。私も、今回のパンフレットで知ったの」
     都璃とエマ。巡らせていた視線を2人、同じ花でぴたりと止めた。一際煌めくその花は、今宵限りの舞台で誰よりも華やかに香り、ふと都璃が笑みを零す。
    「確かに、お菓子っぽいと思うのも頷ける」
    「もー、都璃ちゃん。子供っぽいとか思ってるでしょー?」
     頬を膨らませて拗ねてみせるエマに、緩んだ口許を隠して詫びる都璃。そのやり取りがなんだか可笑しくて、思わず2人ちいさく笑い合う。
    「そう言えばエマ、叶君にお土産は買ったの?」
    「明日、紅芋のお菓子を買う予定。――そうだ。サガリバナのお土産、一緒に探さない?」
     語らう娘たちが揃いの紅型シュシュに出逢うのは、また明日の話。
     そんなエマへと誘いの礼をした治胡は、織兎とぶらり花香る路へ。タンポポのような可愛らしい花たちに見入りながら、
    「久篠。一緒しててなんだが、俺とこういうトコ来てて良いのか」
    「全然考えてなかった!?」
    「彼女サンとか好きな子とかいねーのか」
    「あ~う~ん、まぁあんまりないかな~。ない、かな~」
     緑の瞳を瞬かせて、意外と考え込む織兎。治胡の相棒は気にしないだろうとの言葉に安堵して、同行の礼を添えて笑顔を返す。
     幸運、持って帰っちゃおう~!
     卒業以来の再会に、誘い誘われ互いに礼を。「元気だった?」と尋ねる櫻に、仲間たちも頷きを返す。
     4枚の花弁の綿毛花。何でお前ら密集して咲いてるんだ、と表情そのままご機嫌うろうろ。気づけば居場所の変わるリアンに、変わらずだなと翔琉は息を吐き、那月がしっかり捕まえる。
    「……花を取るのか?」
    「……駄目かな。那月、背高いから1個取ってよ」
    「こればかりは落ちてくるのを待つしかないな」
     月下美人。聖紫花。命短い花たちを思いながら仰ぐ先には、満天の星。
     『幸運が訪れる』という花言葉が、貴方たちの行く道で実現しますように。そうそっと願った後、
    「記念に1枚撮りたいわね」
    「お、いいな」
     櫻へと翔琉も頷き、花のように集って残す想い出1枚。
    「こうして皆と見れたのって、凄い神秘的なことだよな」
     嬉しいってことかも。翔琉の囁きに、成程、とリアンも頷く。
     1人ならきっと、誰かに見せたいと思っていた景色。このくすぐったい気持ちは、嬉しいって意味らしい。
     夜風に揺れる水辺へと柔らかに落ちる綿毛花。「ケサランパサランみたい」と呟く曜灯に、首を傾げる七不思議使い。
     綿菓子を思わせる見目と香り。バニラで香り付けしたとびきり甘いミルクティでも良いな、なんて勇介が言えば、茶を連想する辺りマジ研究熱心だよな、と笑う健。
     男の子って食いしん坊ね、とクールな曜灯も、記念写真の提案には頷いて。エマも誘ってぱしゃりと1枚。
     又出逢える日が来るとイイよな。
     次も大事な人達と。
     またみんなで見に来れるわよ、きっとね。
     今度は陽桜も一緒に。語らいながら、笑顔で頷く。
     2年前に2人で見た花を、今度は3人で見られる幸運。花との再会刻む、思い出兼お土産の記念写真は、見た人たちにもきっと幸運のお裾分け。
    「ワルゼーちゃん!」
    「おお、エマ殿」
     級友の誘いとあらば、是非とも。意気込みを胸に花咲く広場へと訪れたワルゼーを見つけ、エマも笑顔で駆け寄った。
    「ふわぁ……綺麗……」
     見入りながら息を零す寛子に、見事なものです、と頷く眠兎。
    「戦いの毎日によって荒れていた心が洗われるようだな」
    「香りも良いな。風情を楽しみつつ酒を一杯……冗談じゃよ?」
     言いながら、猯は仰ぎ見た月の彩を橙の双眸に映す。
     花言葉を問えば、返る答え。ワルゼーの博識に感心しながら、明日香はエマと花を仰ぐ。
    「一輪の花に天国を見る……だなんて、気障ったらしいですかねー」
     くすくすと眠兎が笑えば、
    「ここだけ、この夜だけなのよね? それゆえの貴重さが尊いのかなぁ……」
     誰ともなく零す寛子に、鶉も瞳を細める。
    「一夜の花だからこそ尚美しいのでしょうか?」
     この何気ない日々も、振り返ればきっと一瞬。
    「楽しい時は儚いからこそ、良いものなのかもしれないわね」
    「出会いを楽しみ別れを惜しむ。ふむ、中々良い花かもしれんのう」
     ファティマの言葉に猯も頷き、学園の闘いはハッピーエンドで、と望むワルゼーに、まだ昔を振り返る歳でもないじゃろう、と口端を上げる。
     鶉の頬を、優しく撫でる夜風。もっと賑やかなクラスはあるだろう。けれど折角の巡り合わせ。皆との何気ない日々こそ、大事にしたい。
    「こういうのは、たまには良いですね」
     賑やかさをあまり好まぬ眠兎も、寛子やワルゼーに微笑みひとつ。瞬間、ぐぅと響くファティマのお腹。
    「……ところで、月見に団子はいかんのじゃろうか?」
     駄目か? と問う猯に重なるいくつもの笑顔。
     これからも宜しくお願いしますね。鶉の微笑みが、夜に灯った。

    ●ずっと、一緒
     軽やかな足取りで自由気儘に彼方此方歩くポーシャの手を繋ぎ損ねたまま、薫る花に誘われた先。
     花浮かぶ水辺。水鏡に映る夜星。煌めく風景は、高鳴る心に任せて絵に描き留めたいほどで、朝斗は静かに息を吐く。
     陽のぬくもりの残る風が揺れるたび、零れた光花は一層甘く香り立つ。傍に行きたいけれど、壊してしまいそうで。見上げた傍らにくすり笑う。
    「アサト、目が輝いてる」
    「ポーの目も、同じだ」
     また帰りも手を繋げなくとも。今日は夢で、逢える気がする。
     夜に灯る花は、まるで地上に煌めく星のよう。
     身を包む星と、天上に広がる星。2人並んで仰ぎ見る。
    「ふふ、とてもきれいだね?」
    「綺麗だし落ち着くし、素敵なとこですよねぇ」
     里月はゆるりと笑い、連れ立ってくれた礼を傍らへ。狙った角度と位置から綺麗に撮れた写真を満足げに見せる里月に箒での散歩も誘いながら、ふと想う。
     ――ずっと一緒にいられたら、どんなに素敵で楽しいことだろうかなぁ。
     それはまだ、内に秘めたまま。氷雨はそっと星たちに祈った。
     最初で最後の、共に過ごす修学旅行。1日違えただけでも同じ花には巡り逢えぬからこそ、みやびは今宵の出逢いを嬉しく思う。
     幸運の兆しを見落とさぬようにと語る妹へ、
    「不幸じゃないのは確かだけど。みやびはどうなんだ?」
    「……わたしがこれまでに恵まれてきた数多の幸運を想っていました」
     最初の幸運は兄の妹として生まれた事。そう笑顔を灯すみやびへ微笑みながら、竜雅は星を仰ぎ見た。
     今はみやびの幸せを守れたらそれでいい。自分自身の幸運の星は、きっとその後。
     不意に頬をつついたのは、夢ではないと実感したくて。その真意を誤魔化す暁に、ちゃんと側に居るぞ、と優奈もお返し。
     「食べちゃダメ?」「空腹ごとアンタを食べちゃおうかしら」戯れの末に唇へと触れた指先のように、そっとそよいだ夜風に浚われた花たちは、まるで水面に煌めく天満星。
    「あたしの一番星を暁にあげるよ」
    「ふふ、アリガト。じゃ、アタシからは……」
     優奈の掬った星を両の掌で受け取った瞬間、ぐぅと響く音。幻から覚めたら腹ごなし、と自然と2人笑顔を交す。
     幻との呼び名に違わず、木々の緑に儚げな白を映す花たち。同じ想い出が増えた事を歓びながら、これからも良い想い出を共に作ってゆきたいと、久遠と言葉はゆるり語らう。
    「……今度は家族として見に来たいものだ」
     微かに声を零した傍らに、言葉も不思議そうに立ち止まる。
    「そうだね。両親もだけど、空日に見せてあげたら喜ぶかもね?」
     綺麗な景色が壊されないように、灼滅者として頑張らなきゃね。そう苦笑する娘へ、真意が伝わるのはまだ先の話。
     水面に浮かぶ綺麗な白。けれど役目を全うした花の姿は、いつ死ぬともしれぬ灼滅者にも似て。アレクセイは不意に湧いた衝動のまま、月夜を背中から抱きしめる。
    「にゅ!? どうしたですかっ?」
    「いえ……何でもないです。月夜さんはずっと側にいて下さいね」
    「?? はいっ、ずっとご一緒なのですよー」
     ありがとうございます、と毀れる声に、写真を撮り終えた少女がほわりと笑う。
    「大丈夫なのです」
     心配はいらない、と。ぎゅっと、掌を握る。
     刻を終えた花が縁取る池の畔。繋いだ掌を揺らしながら辿る路は、まるで夢のよう。
     生き方さえも花火のようだと、互いに思う。ぼんやりとした頭に、ふと浮かぶ。――アイドルみたい。
    「ねえ、ゆき」
     不意に呼ばれ、弾けるように仰ぐ結月へと、竜生は柔らに微笑む。
    「僕はね、この先も二人で幸せで居られたらといいなと思うんだ」
     もう叶っているけれど、と添える少年へ、頷きながら少女も笑う。
     うん。ずっと、ずぅっと。竜生ちゃんと、一緒。
     彼に幸運が訪れますように。
     花に願う娘と交わる視線。アンジュの目、苺みたい。浮かぶ言葉のまま金の髪を梳いた指先で頬を包み、額へ零す優しい口づけ。
    「……へへ。アンジュ 顔、赤い。可愛い」
     そうツァーリが笑うから、頬はこんなにも熱いのに、つられて笑顔になってしまう。
     これからも共に想い出作り、出逢いの数だけの笑顔を彼に。そう願う娘と寄り添うと、またひとつ増えた思い出を胸に青年も思う。
     俺にとっての花。いつまでも傍で咲いていて。
     甘い香りを運ぶ風に、白のワンピースの裾と三つ編みが柔らかに揺れた。
     薫、と呼ぶ声に応えながらゆっくり振り向いた娘を抱きしめると、恥じらう頬の熱に触れながら唇を重ねる。
    「今度は、二人で来ましょうね」
     花よりも尚甘く紡がれる言葉と声。頷きながら、浴衣越しに伝わるぬくもりへと身体を預ける。
    「大好きです、翔也さん」
     2人の願いは唯一つ。これからも甘く幸せな時間が、ずっと続きますように。

    ●甘く薫る
     甘やかな芳香を運ぶ風が、娘の黒髪と制服のスカートをふわりと靡かせた。
    「――誰が、一番好きな人か。わかりますか?」
    「……一番、は難しい」
     好きの度合いを比較した事なぞなく、故に答えがない。
    「でも好きだってのは揺るがない」
     それは、白焔にとっては至極当然の想い。紅い瞳を見つめていた鞠音は、その答えにちいさく頷いた。
    「……多分、羨ましいです」
     そう零しながら、それまで以上にどこか違う場所を見つめる娘。傍らに並び、白焔もまた白花を仰ぐ。
     馴染みのある芳香は、お菓子を作る想希の香り。いつも隣で俺を包む幸せな香りを頼りに歩く悟の、その愉しげな足取りにエマも続く。
     ポケットにはうさぎのぬいぐるみ。そのちいさな相棒を掌に乗せ、白花と良く似たまんまる尻尾に軽く唇を寄せた。
    「なあ、エマ。一緒に記念写真とらへん?」
    「……想希くんに?」
    「俺独りは心配しよるからな」
     愛おしさを滲ませる瞳に、エマもひとつ微笑んで。
     この幸せな夜が儚い泡となって消えぬように。花とうさぎと目一杯の笑顔をファインダーに詰め込みシャッターを切ると、ふと揺れる花の影。
    「……あ。えまと、さとる」
    「アイちゃん!」
     久しぶりの再会に弾む声。同行の誘いを断る理由なんて知らぬ娘は、笑顔で頷き並び歩く。
    「この匂い……は、甘いおかし、食べたくなっちゃう」
    「うんうん!」
    「…………もっともこもこしてたら、わたあめ、ぽい。ふわふわ」
    「でしょう!?」
     拳をぐっと握り強く頷くたび、ミルクティ色の髪もふわふわと揺れて。えまと一緒。そうこくこく頷くアインホルンに、そうかも、とエマも柔く綻ぶ。
     花の種の代わりに、ヴァニラの香りのお菓子をお土産に。甘く広がる香りと味は、夏の夜の想い出。
     水面に浮かぶ白を眺めていた樹は、静かに立ち上がると星空を仰ぎ見た。
    「闇夜に映えて、確かにこれは幻想花と呼ぶに相応しいね」
     夜にしか咲けぬ花は、けれどこうして拓馬たちに寄り添うように咲き誇っている。星の煌めきを帯びたその姿は、波紋に揺れるそれよりも綺麗だと樹も思う。
    「一緒に見られたから、一緒の幸運が来てくれるといいわね」
    「俺は、樹と二人でこの花を眺められる今時が幸せそのものだよ」
     重ねた掌と交した笑顔。甘いひとときを、もう少しだけ。
     夜を彩る花灯りに、隣にはカカベル。最高だと微笑むセオフィラスが思う以上に、娘も幸せ心地。
     ふわり過ぎった夜風に紛れて、額に触れた唇。
    「せせせセオ様今のはあわわわわわ」
    「……額へのキスは祝福、だったかな?」
     今が幸せな時間であれば嬉しい。そう語る声も瞳も甘やかで、一瞬で頬に熱が灯る。
    「私は本当に、お傍にいられるだけで幸せです」
     金糸へのお返しの口づけを願えば、少し屈んだ青年と近づく距離。――不束者ですが、お慕いしております、セオ様。
     傍らで揺れる掌を浚って花路をゆけば、浸るほどに甘い香りと、洋燈のように灯る花。指先から伝わる熱とに、微睡むくるりも途端に覚める。
    「くるり」
     溜息を零しながら見入る娘をそっと呼ぶ。震えそうになる声を支えるのは、あの花言葉。
    「俺、ずっと前からくるりの事が好きっすよ」
     これからもずっと一緒に。その言葉に両の瞳を見開くと、娘は一度言葉を飲み込んだ。声を抑え、ちいさく唇を震わせる。
    「言うのが遅い! もう聞けぬかと思ったぞ、馬鹿者がっ」
     思わず後退った腕を引き止め告げるのは、大事に大事に秘めていた感情。
    「私もお前が好きだ」
     故に、傍に居ることを許可しよう――花言葉への感謝を胸に、満面笑顔の娘へと、虎次郎もまた幸せそうに綻んだ。
     緩やかなぬくもりと喜ぶ笑顔に、冷めた頬にまた灯る熱。照れ隠しに顔逸らし、応える為に少し強く手を握る。
     夜降る星花の溶ける程に甘い吐息に、指先を絡め返した憂が猫のように頭をすり寄せると、
    「……とけンなら、一緒にな」
     花よりも香るバニラの髪を柔く撫で、額へと志郎が口づけを贈れば、互いにほわりと灯る頬。
     この一夜が蕩けても、2人分の幸運は未来まで。
    「しろうくんにずるいことされるの、ちょっとすき」
     心を騒がせる甘く馨る囁き。これからもきっと、彼女には敵わない。
     篠介の伸ばした指先を掠めた花は、水面へとふわり舞い降りた。天満星を映す水鏡に幾重もの波紋を描くそれへ、依子がそっと触れる。
    「幻を見とるみたいじゃな」
    「本当に幻だったらどうしようか」
     この子は標的を香りで誘うそうですから。でも――。
     耳許で甘く囁く唇。跳ねた鼓動は秘めたまま「お前さんの菓子が恋しくなるわい」と、篠介は冗談めかして笑う。
     共に出逢えたなら、幸運のご利益は尚更に。
     例え夢幻の花だとしても、交した言葉と胸に宿るこの甘さは――本物。
     貴方と観れて嬉しい、と微笑むシャルトリアを思わせる甘い香りに浸りながら、ラシェリールは掌に指を絡ませ寄り添った。
     恥ずかしいけれど、いつも甘えろと言われている程だ。それに今は、妹も執事もいない。
    「……ラシェ、今日は甘えん坊だね」
     高鳴る鼓動のままはにかんで、絡む指に力を込めて凭れる娘。その髪を撫でながら零す、可愛いという言葉と優しい口づけ。
     愛してるよ。だいすきよ。幸せを感じながら交す囁きと、永遠と願う青年からの初めての口づけ。――私はきっと、世界一の花嫁。

    ●幸運の行方
     緩く指絡めて渡る夜の先、光を纏い揺らめく花はまるで海に浮かぶ星のよう。数年前、2人泳いだ夜の海も幻想的だったけれど、絡めた指先から伝う熱が確かな現実を教えてくれる。
    「僕はここにいるよ」
     足を止めて振り返り、花灯る水辺で結理が綻んだ。
     前は、君が捕まえててくれたから。
     今は、ここにいたいと僕が願うから。
    「ユウリの願いは叶うさ」
     こんな事を得意気に言ったら笑われるだろうか、なんて思いながら、錠は橙の視線を確りと受け止めた。
     『幸運が訪れる』――なら俺はその幸運を捕まえる。その強い想いは、あの時も、そしてこの一瞬も。
     花の散り際は、美しくも物悲しい。それは人の命も、また。
    「それでも惹かれるのはなぜでしょうね」
     問いながらそっと、堕ち逝く白花を銀の髪へ。
    「……その瞬間を懸命に咲いているから、ではないでしょうか」
     ――そうしてまた来年、綺麗なお花を咲かしてくれる。
     昔を思い出したユエは、髪飾る花に触れ、仰ぎ見た師へと柔らかに笑む。
     この素敵な人に、たくさんの幸福が訪れますように。
     願う心は、メルキューレも同じ。そうして時の流れを想いながら唯、花を送る。
     心を締めつける、水面に毀れてゆく白い花。
    「己が犠牲になることで幸福を齎してくれるんやろか」
    「幸運は……花にも、花に出逢った私達にとっても、でしょう」
     繋ぐ手に力を込める藤乃へ、そかな、と希沙も淡く笑う。
    「ね……ふじ。満天の空から水面へと降るなら、流れ星にも似てるかな」
    「えぇ、きっと……願いを聞いて下さいますわ」
     あなたの笑顔が曇る時は、能う限りの力で晴らすから。隠さないでと願う心は、そっと水面へ。
     掌に籠もる力。花の星に、願うはひとつ。
     幼馴染が幸せであるように。ふじの為にできることなら――きさは、何だって。
     花へ移る心と、水面へ還る願いたち。ふわりと木々の枝先を渡る風は、甘やかな白や淡紅を攫う代わりに、ささやかな夜鳥の唄を耳許に残してゆく。
     幾つもの彩を重ね連なり、淡い粒子を纏って燈る不思議な花。
     この夢幻のような一時に身も心も浸っていた紗夜は、ふと水面に揺れる白花へと視線を移す。
    「……水上の桜の花びらを花筏、と言ったりするけれど。これは花舟、といった感じかしらね?」
     ふわり、ふわり。更けゆく夜の名残のように、毀れる花舟。
     揺蕩う場所が川辺なら、幸運の欠片を乗せてどこまでもゆくのだろうか。
     とても、綺麗だ。
     一度だけ、本で見かけた幻の花。それに出逢えた歓びに、花好む人狼の青年は口許を綻ばせた。
     ふと、金の双眸を過ぎる白。風に身を任せ、踊るように舞いながら刻を終える花を見つめながら、ヴィルは構えかけたカメラを下に降ろした。
     浸るほどに甘い香りと、洋燈のように灯る花へ別れを告げて、青年は再び、来た路を辿る。
    「……また、……この景色を……見に来られたら……いいな」
     その時はまた、この目に景色を焼きつければいい。
     そして、同じ景色に出逢えた人たちに、幸運が訪れますように。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月25日
    難度:簡単
    参加:64人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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