武者アンデッド北へ~殺ぎ落とせ

    作者:鏑木凛

     夜に最も映える色が白ならば、ここに佇む男もまた、世に映える存在と呼べるだろう。
    「北征入道への合力が、そなたらの望みでございますか」
     薄い唇を動かした白の王セイメイの前に、武者鎧のアンデッドが平伏していた。
     白の王の言葉を耳にしてか、アンデッドの頭が深々と地に擦りつけられる。
     アンデッドの反応に、白の王はゆっくり頷いた。
    「よろしいでしょう。各地に封じていた武者達を呼び起こし、北征入道の元に馳せ参じさせましょう」
     唇に刷いた笑みを絶やさずに、白の王は言葉を続けた。
    「蒼の王コルベインの北征洞窟が現世に出現する事は、私の計画の助けにはなれど、邪魔にはならないのですから」
     
    「白の王セイメイが、援軍を派遣しようとしてるみたいなんだ」
     狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)が手帳を静かに閉じる。
    「札幌のダンジョン事件を起こしてるノーライフキングのところへ、ね」
     教室に漂う空気が張り詰めた。
     しかもただの援軍ではない。鎌倉時代の武者を思わせる姿をしたアンデッドだ。
     彼らは古戦場などの因縁がある地域に封じられているため、出現まで少し余裕がある――そう、出現するまでは。
    「問題は出現後だよ。……タイムリミットは、出現してから約10分」
     睦は僅かに語気を強めた。
    「時間が経過すると、北海道のダンジョンに転移してしまうんだよ」
     幸い、アンデッドが現れる場所は判明している。山中にある史跡公園だ。史跡公園には神社があり、アンデッドの群れはその神社の参道から少し外れた森の中に出現する。
     灼滅者たちは出現地点に前もって待機しておき、地に呑まれるようにしてアンデッドが消える前に、一体でも多く灼滅する。
     それが今回の目的だと、睦は話す。
     出現するアンデッドは、強力な武者1体と、配下の武者が8体。
     刀使い4体、弓使い5体の計9体で構成されている。
    「アンデッドが使う技も、日本刀と天星弓のものに酷似してるよ」
     群れを率いる刀使いのアンデッド――出会い頭に名乗る気質らしく名を武光(たけみつ)といい、群れを率いているだけあって、彼は配下よりも精強だ。
     もちろん配下も強敵には違いないため、油断は禁物だろう。
    「アンデッドは、全員ディフェンダーとして布陣しているよ」
     灼滅できなかったアンデッドは、転移後に回復してしまうため、確実にとどめを刺すことが重要となる。
     また万が一、灼滅者が敗北を喫しても彼らは決して追ってこない。当然だろう。彼らの目的を考えれば。
    「……白の王……セイメイが援軍を出すぐらいだからね」
     再度、睦はその名を繰り返す。
    「札幌でのダンジョン事件も、大きく動き出そうとしているのかもしれないよね」
     灼滅者たちが頷くのを確認してから、睦は柔らかく目尻を下げた。
     いつものように薄く微笑む。そうして彼女は、最後に告げるのだ。
     いってらっしゃい。お願いするね、と。


    参加者
    花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)
    風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)
    黒咬・昴(叢雲・d02294)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    音鳴・昴(ダウンビート・d03592)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    刻漣・紡(宵虚・d08568)
    ホワイト・パール(瘴気纏い・d20509)

    ■リプレイ


     迫り上る影が木々の合間に生まれた。
     人を模った影は甲冑を纏っているものの、肉も筋も失った骨そのものだ。月明かりに照らされた青白い人骨の群れは、神社の参道からほど近い静寂の森を、ガシャガシャと派手な音で荒らす。
     彼らは知らなかった。自分たちを待ち構えている存在を。
    「武蔵坂学園、敷島雷歌!」
     9体のアンデッドがしかと捉えたのは、気迫に満ちた今を生きる者たちの姿。
     礼儀とばかりに敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)が名乗りをあげた。
    「護り刀を、なめんじゃねえぞ!」
     口上が響き渡ると、聞き届けた刀使いの一体が大口を開けて笑う。
    「良き若造じゃ。儂は武光。いざ参ろうか!」
     武光と名乗った刀使いが得物を月に翳すと、周りのアンデッドたちも動き出した。
     足元にちらつく灯りが、人骨の輪郭や色を浮かび上がらせる。不気味な光景の中を、ジェット噴射の勢いで飛んだ黒咬・昴(叢雲・d02294)は、弓使いを蹂躙した。
     敵が出現する前より気を集中させていた風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)が、妖気を氷柱へ変え撃つ。夏場らしからぬ冷たさに翻弄された弓使いを悟り、クラレットは声を張り上げた。
    「凍らせたわよ! チャンス!」
     始めの勢いは大事だ。繋げた波は、確実に仲間を引っ張り上げる。
     応じて地を蹴ったのは堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)と雷歌、そして刻漣・紡(宵虚・d08568)だ。朱那が一足先に跳ね、炎を躍らせた。空色の瞳に映った赤は武器に宿って燃え盛り、弓使いを叩く。
     彼女が着地するより一瞬早く、雷歌も同じ色を纏っていた。人骨に延焼した炎を目印に、紡の影が斬りかかる。鋭利な先端が裂いた傷に、弓使いの顎がカタカタと鳴った。
     ビハインドの紫電が顔を晒した直後、五本の矢が滑空する。ふたつは傷ついた骨を癒し、ふたつは彗星のごとく黒咬と花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)を射貫く。最後のひとつは、雨のように前衛に降り注いだ。
     矢雨の隙間を縫うように、刀使いが踏み込んでくる。構えを取った重い斬撃がホワイト・パール(瘴気纏い・d20509)と雷歌の腕を裂き、焔をぐらつかせる。そして武光の月光衝は迷わず前衛を薙いだ。
     森がざわめく。生と死の匂いに充ちた場に動揺したのだろうか。森の音を感じながら音鳴・昴(ダウンビート・d03592)が靴裏へ描いたのは、流星の煌めきだ。重力任せに弓使いを蹴る彼の後ろでは、霊犬のましろが浄霊眼で前衛を支えに急ぐ。
     音鳴の影を踏み、死角から焔が弓使いへ放ったのは急所を絶つ斬撃。駆け抜けた赤に白が続く。
     ホワイトは目にも止まらぬ速さで弓使いの元へ飛び込み、身を守るものごと斬り裂こうとした。しかし弓が彼女の一振りを防いだことで未遂に終わる。引き結んだ唇が言葉を紡ぐ代わりに、ホワイトの眼差しが武光を捉える。
     紡の声が、時間の経過を報せた。
     そこまで見届けた武光は、灼滅者たちの猛攻を目の当たりにし、再び笑う。
    「これ以上、北に厄介ごと持ち込まれても困るのよね」
     大笑いを遮って黒咬が拳に気を集束させた。
    「ここで戦力を削らせてもらうわよ!」
     凄まじい連打が放たれた余韻が消えないうちに、クラレットの足が摩擦の炎を纏って一蹴する。集中砲火を受け続けた1体の弓使いが、漸く仰臥した。
     弓使い2体が、淡々と空へ照準を定める。無数の矢が降り注ぐのも構わず、朱那は赤に変えた交通標識を振りかぶる。
    「一体でも多くぶっ飛ばすよー!」
     弾んだ声と武器が、がつんと音を立てて弓使いの兜を割った。
     別の弓使いが重々しい威力を乗せた矢で、ましろを射貫く。奮い立つましろの背を撫でて、音鳴は敵を睨みつけた。
     ――ここで逃したら、今度は北まで片付けに行く羽目んなるんだろ?
     気怠げに頭を搔いた音鳴は、霊力を放射して弓使いを縛り上げる。
     束縛により鈍った者の脇から、もう1体の弓使いが紡へ矢を射た。続く刀使いの過重な斬撃が、クラレットと焔に襲い掛かる。
     両者一歩も譲らない戦線は、気圧された方が負ける。睨む目つきは変えずに、しかし体内から噴出した炎よりも平静に、雷歌は敵を見据えていた。炎を宿した斬艦刀の富嶽が、ごうと叫んで弓使いの骨を砕く。彼の動きを見届けた紫電が、霊障波で応戦した。
     刀使いの居合斬りが朱那へ痛みを与え、矢継ぎ早に武光の鋭い一閃が前衛へ入る。
    「斬り潰します」
     宣言と共に敵を粉砕するための一撃を寄せた焔は、弓使いの胸元へ叩きつけた。
     北の地には行かせない、と紡の力強い掌が夜霧を前衛のところへ漂わせる。霧は仲間の傷を癒すだけでなく、形を虚ろにさせた。
     ――此処で出来る限り、食い止めるわ。
     紡の意気込みは、胸の内で力となる。
     揺らぎもしない敵陣営へ、非物質化させた剣を刺し込んだのはホワイトだった。霊魂を直接狙った一撃に、弓使いの頭部が苦痛そうに唸る。
     2分経過したことを紡が叫ぶ。じわじわと時は迫っていた。


     どん、と重たい破裂音が轟く。弓使いから溢れた音だ。
     魔力を彼の体内へ流し込んだばかりの黒咬が、弓使いの窪んだ目元を覗く。表情なき骨では、苦しんでいるのかさえ判らない。
     地面を滑るローラーが散らせた火花は、クラレットの足に炎を纏わせる。
     ――またセイメイ? いつも暗躍してるわよね。
     絶対性格悪いに決まってる、と唇を少しばかり尖らせて、クラレットは弓使いを蹴り上げた。
     突然、弓使い2体による雨が、戦場に止め処なく降る。別の弓使いは、矢に篭めた癒しの力で傷ついた仲間を支えた。
     弓使いの挙動から視線を逸らさず、朱那は噴きだした炎を武器へ伝わせる。身軽に跳ねて叩きつけようとした一振りはしかし、宙を切った。
     首を傾いだ朱那の眼前、避けたばかりの弓使いが、強烈な力を秘めた矢で音鳴を射貫く。
     ましろからの治癒を受けてすぐ、音鳴は星と重力の加護を得た蹴りを弓使いの肩口へ落とす。そして踵で察した敵の状態に、思わず声をあげた。
    「いけそうだ、頼む!」
     音鳴の言葉に雷歌と紫電が応える。紫電の霊障波と、雷歌の物質としての姿を失った刃が、弓使いの魂を完全に断ち切った。
     崩れゆく弓使いを見届けた刀使いは、仕返しとばかりに雷歌へ斬りかかる。別の一体が武光の月光衝が灼滅者を痛めつけた隙に、もう1体の重い斬撃が黒咬に直撃した。
     抜刀した焔が、弓使いに一太刀を浴びせる。だが直後、刀使いの居合切りは焔の膝を折らせた。
     大丈夫、大丈夫と何かに言い聞かせるように小さく祈った指先で、紡は夜の霧を招く。霞む景色は敵の視界。灼滅者たちの姿をおぼろげに浮かび上がらせる。
     祝福の風をホワイトが招く。風が穢れを浄化していく最中、黒咬はジェット噴射の力強さを連れて弓使いの元へ突撃した。狙うはただひとつ、バベルの鎖が薄まる――死の中心点。
     上等よ、とクラレットが注射器を振って波打つ毒薬の音を確かめた。
     ――こういう制限時間付きのゲームってのは、燃えるわ!
     揺らがない光が宿った瞳は、クラレットの意志の強さを示す。その意志に違わず、弓使いへ毒薬を注射した。
     澄み渡った夜空から、何度目になるかわからない矢の雨が降る。
     2体分ともなれば、頭上にばかり気を取られがちな雨天だが、矢風は迷いなく突き抜けた。彗星の衝撃を乗せた矢は、真っ直ぐに朱那へ向かう。僅かに振り遅れた腕はしかし、衝撃だけで痛みもなく顔の前で構えられる。代わりに、きゃうん、と甲高い鳴き声が響いた。
     朱那を庇い矢を受けた霊犬のましろが、力なく伏せる。しかし消え失せてはいない。咄嗟に朱那はましろを撫で、ありがと、と精一杯の感謝を込めて囁いた。そして轟々と滾る炎を宿した武器で、弓使いへ殴りかかる。
     後ろでは、弱々しく震えながらも立ち上がったましろへ音鳴が呼びかけていた。
    「……来い。下がってろ」
     短く鳴いたましろが、音鳴の足元へ擦り寄る。そんなましろへ何事か呟き、音鳴は地を蹴った。力の限りの殴打の後、放出した霊力で弓使いを縛る。怒りの乗った一撃に、甲冑越しに悲鳴を挙げたように骨が鳴く。
     骨の鳴き声を耳にして、雷歌は深く息を吐いた。
     ――たく、死人をわざわざ起こした挙句に、北海道まで飛ばすとはな。
     まるで彼の考えを読み取ったかのように、紫電が顎を引く。雷歌が武器へ這わせたのは炎だ。紫電が落ちついた様子で霊撃を敵へ寄越し、連ねて雷歌が一撃を見舞う。
     刀使い2体の斬撃が、ずしりと黒咬とホワイトへ圧し掛かった。そこへ武光が、冴え冴えとした月を連想する衝撃を重ねる。
     だから紡は夜霧を絶やさない。唯一メディックとして立ち続ける彼女が背負うものは、繊細なその身を常に折ろうとしてくる。けれど。
     ――セイメイの企み……思う様には進めさせないの。
     安寧を願う少女の心は、無慈悲な悪意を霧で払っていく。
     刀使いの猛攻を躱して、ホワイトは弓使いの身の守りごと斬り裂いた。
     刻々と過ぎゆく時間の区切りを、1分ごとに紡が報せ続ける。
     灼滅者が目標とする弓使い殲滅まで、残る3体。敵も時間も、待ってなどくれない。


     5分経過と共に戦法を切り替える灼滅者も多かったが、結局のところ標的は弓使いに絞られていた。
     体力が削れた敵、仲間が攻撃した対象を狙うことは、彼らの脳裏から離れていない。だからこそ1体ずつ確実に攻めてこれた。
     握る拳に集束した気を、黒咬が弓使いの懐へ入れる。凄まじい衝撃が甲冑や骨を抉り、同じ箇所をクラレットが冷気の氷柱で貫く。
    「何度でも阻止してやるわ!」
     ヒーローだからね、と胸を張ったクラレットの脇を、赤色標識を掲げた朱那がゆく。滑り込むように弓使いの元へ流れ、そのまま標識を振り上げた。強打を受けた弓使いは耐え切れず消失する。
     しかし、降れよ降れよと矢の雨は止まず襲い掛かる。そして秘められた力を先端へ添えた矢が、ホワイトに突き刺さった。
    「こほ……っ」
     咳のような息を零し、背を強か打ってホワイトは倒れる。
     ましろの斬魔刀と共に、音鳴が弓使いへ殴りかかっていく。そして尾を引く蜘蛛糸のような細さで霊力を網状に放射した。束縛を受けた弓使いが、もがくように全身を揺らす。
     体内で沸々と滾る炎を、雷歌は武器へ宿した。
    「何考えてるんだか知らんが……」
     紫電の霊撃と合わせた攻勢は、確実に弓使いの体力を削っていく。
    「簡単に行かせるかよ」
     唸るように低く伝った声にも、敵が怯む様子は無い。
     刀使いの攻撃には躊躇いも当然無かった。振りかかる刃に、灼滅者たちも息が上がり、疲れが見えてきていた。しかし迫る時間は間近で、敵の数も減りつつある。
     総攻撃の姿勢を示す仲間たちの様子を、紡はひたすら見守った。今までも見守ってきた。だから腕を広げる。仲間へ言葉を捧げる。
    「……出来る限り支えるから」
     ――攻撃の手、止めないで。
     あと少しだと、誰もが実感していた。焦りはしないが纏う空気でわかる。紡の手が呼んだ霧がそっと彼らの背を押し、唇は時間を報せた。
     黒咬が風を切って弓使いに殴りかかり、魔力を流し込んだ。
     敵の骨が軋む音を確認しながら、クラレットは毒々しい注射器を突き立てる。クラレットが作った勢いに、朱那も乗じる。どんなに戦いが厳しくとも失わない明るさを、朱那は炎に代えるかのように得物を振るう。燃え上がる熱意の塊が、弓をへし折りそうなほどの衝撃をもって繰り出された。
     繋いだ連携はまだ終わらない。
     雷歌が紫電と共に駆けた戦場に、立ち込める意志がある。護りを固く。そんな雷歌の信念が、神霊剣として敵を穿つ。紫電の霊撃も重なり、ぐらりと弓使いがふらついた。
     連なる絆に紡も心寄せる。穏やかな素振りからは想像もつかない奥深さを心に抱き、紡は夜霧による癒しをもたらす。後悔も憤りも――根で燻る想いを封じたままに。
     百億の星が降り注ぎ、そこに刀使いたちの攻撃が繋がる。武光もまた、幾度目かの月光衝で灼滅者を追い詰めていく。
     一鳴きしたましろに、音鳴が頷いた。
     ――ほんと面倒くせー事しかしねーな。あのノーライフキング……。
     セイメイに対する苦言を噛みしめる。軽やかに疾駆した蹴りは、流星の煌めきで弓使いへ炸裂する。
    「もうすぐ残り1分を切るわ……っ」
    「任せて。骨だらけの體に、大穴を開けてあげる」
     紡の伝達に黒咬が口角を釣り上げて応じた。バベルの鎖が薄くなる一点に的を絞り、黒咬の技が貫く。
    「さぞ風通しがよくなるから、この季節にはピッタリでしょう?」
     彼女は涼しげな顔で、朽ちゆく弓使いへ告げた。


     刀使いたちの連撃を凌いでクラレットの氷柱が舞い、朱那が滾る赤を宿した一撃を喰らわす。赤に続けとばかりに雷歌も、這わせた炎で弓使いを叩き、紫電の霊障波が更なる痛みを敵へ施した。
     矢雨は未だ終わらない。灼滅者たちの身も心も貫くように、矢の雨が遅いくる。
     駆使した携帯は、否が応にも灼滅者へ時間を教えた。10分経過の瞬間――癒しを仲間へ招きながら、紡は数字が二桁に乗った事実に声を震わせた。約10分。それが、灼滅者たちの利いていた制限時間だからだ。
     しかし最後の最後まで、がむしゃらに能力を揮ってきた彼らは諦めない。
     狙いは外さないわ、と黒咬の百裂拳が閃光を弾けさせる。クラレットはサイキックを凝縮して毒薬に代え、弓使いの髄の髄まで注射針を刺し込んだ。
    「伊達公より有名になってから出直しなさい!」
     有名になったら倒してあげる。クラレットの勝ち気な調子は、現在に至っても揺るがない。少しばかり離れた場所で笑う武光の声が響いた。
     月夜に抗う赤色の標識を翳すのは朱那だ。武光のがさつな笑い声をも打ち砕くように、けれど狙いは違わず弓使いへと振り下ろされる。笑いを搔き消したのは、彼女の一手だけではなかった。
     歌だ。張り詰めた空気を揺さぶる歌が、戦場を撫でていく。
     神秘的な歌声は、音鳴が口ずさんだものだ。伝説の歌姫を連想させる歌が、5体目の弓使いを死地へと葬った。
     不意に、人骨たちの足元がずぶりと沈む。
    「次に会う時、逃がさないの」
    「アンタは次あった時、私が粉微塵にしてあげるわ」
     あっという間に下半身まで地に埋もれた武光たちへ、紡と黒咬が決意を贈る。
    「然もなき言じゃな。なれど……」
     ――本意あり。
     枯れた大口を開けて笑う武光は、刀使いと共に地へ吸い込まれるように消えていった。
     やがて、戦場だった森に静寂が返る。闇夜に相応しい静けさが。
     意識を取り戻した焔が、近いうちに大きな戦いが起きそうだと呟くと、仲間たちも頷いた。胸がざわつく。大戦の前触れを誰もが感じているのだろう。
     けれど、彼らを包み込んで吹く夜風は優しかった。
     追う時間にも物怖じせず立ち向かった灼滅者たちの髪や頬を、そっと撫でていく。
     次なる戦いまでのひとときを――彼らの時間を応援するように。

    作者:鏑木凛 重傷:花藤・焔(戦神斬姫・d01510) ホワイト・パール(瘴気纏い・d20509) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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