拳に託すは

    作者:東城エリ

     月明かりが地上を照らす。
     戦っているのは2人の男だ。
     響き渡る打撃の音と風を切る音。
     足下に散らばっているのは、砕かれた不揃いなコンクリート。
     踏みしめる度に微細な破片になる。
     それは砂煙となり闇夜を灰色に塗り替えた。
     幾撃か互いの打つ音が響いた後、決着がついたのか、片方が瓦礫を絨毯にして地に伏した。
     月下に立つのは勝者。
     影をつくるのはひとりの男。
     勝利を確かめるように、月に吠える。
     荒い息と共に、手にした巨大なハンマーを下ろす。
     青い髪は重力に逆らうように立ち上がり、青い瞳は不敵さを湛えている。
     己の強さを確かめるように、拳を握り、敵に言葉を紡ぐ。
    「……お前、いい拳だったぜ」
     恵まれた体格には、盛り上がるほどの鍛えられた筋肉。
     胸部中央にあるのは核なのだろうか、そこから羽を広げるように腕へと広がる赤い刺青。
     ラグビーのユニフォームは激しい戦いを経て、裂けてしまっている。
     戦いは幾度も繰り返されてきたのだろう、万全とはいえない状態だ。
     それでも、敵が現れたなら、全力で向かって行くのだろう。
     強者に挑むのは、巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)であった者の己が存在を確かめる為の儀式。
     
    「先日、闇堕ちした巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)さんが見つかりました」
     そう語り始めたのは、斎芳院・晄(大学生エクスブレイン・dn0127)。
     近くには、御門・薫(藍晶・dn0049)の姿があった。
     巨勢さんは、今、手負いの状態のようです。
     闇堕ちしてから、見つかるまでの間、戦いに明け暮れていたのでしょう。
     強者を求めて、挑み打ち勝っていく。
     己の強さを確かめているのかもしれません。
     巨勢さんの身体を乗っ取ったダークネスは。
     もし負けていたのなら、見つかりはしなかったはずですから、勝ち続けている。
     それは凄いことです。
     ですが、それも続かないかもしれません。
     連戦すれば、傷も負います。
     万全とは言えない状態で戦い続けて、それが今の状態を引き起こした。
     今を好機と思い、巨勢さんを取り戻して下さい。

     巨勢さんが居るのは、とある街外れの廃材置き場。
     この場所で、挑んでくる敵を次々と薙ぎ倒しています。
     戦っている場所が衝撃やそれまでの戦いで円形の闘技場のようになっています。
     闘技場とするその周辺は、コンクリート片や鉄骨などが散乱し、足場は悪いです。
     明かりとなるのは、月の光くらいです。
     襲ってくる敵が一段落した頃合いに挑むのが、ちょうど良いのではないでしょうか。
     周囲のことは気にせずとも大丈夫です。
     もし、やってくるとしても挑みに来る敵だけでしょう。
     それまでに、巨勢さんを乗っ取っている者に挑んで打ち勝って下さい。
     巨勢さんは二度目の闇堕ちです。
     巨勢の魂に多大な負担を掛けてしまっているのは事実でしょう。
     その分、彼の身体を乗っ取っているダークネスの主導権は前回よりも強くある。
     主導権を手放すことを、容易く承諾するとは思えない。
     無理矢理引きはがした場合、巨勢さんを構成する要素、たとえば記憶や性格が変わってしまう、などといった後遺症が発生するかもしれません。
     殴り合い、力で圧倒したとしても、それでは足りないと言うことでしょう。
     巨勢さんを乗っ取っているダークネスのことを知り、説得する必要があるのではないでしょうか。
     巨勢さんとは表裏一体の存在だと、頭にいれて対処する必要があると。

     巨勢さんを乗っ取っているダークネスのことですが、元人格である巨勢さんよりも好戦的で攻撃的。
     感情的で少し卑怯な一面もあるようですが、男らしく潔い性格です。
     彼にも名はあるようですが、今はまだ不明です。
     一般人や灼滅者は、個々ではダークネスに及ばない矮小な存在だと認識しているようです。
     ですが、彼には一度灼滅者に倒された経験があります。
     そのこともあり、恨み憎んでいるかも知れません。
     彼の執着する点を知ることができれば、説得するとき上手くいくかも知れません。
     私達にも拘りのようなものがあるように、彼にもあるのでしょう。
     譲れない何かを知ることで、巨勢さんを取り戻す一助となるなら、彼と相対して彼を知るのは悪くない。
     彼が手にしている武器は、ロケットハンマーとダイダロスベルトの2つ。
     正面から挑めば、挑戦と受け取って戦ってくれるでしょう。
     手負いでなければ、手強く厄介な相手だったはず。
     油断せずに挑んで下さい。
     
     もし、救出が無理ならば、灼滅ということになります。
     その時には、迷うことなく対処する必要があります。相手はダークネスですから。
     今回、助けることが出来なければ、完全な闇堕ちとなり、助けることが困難になるでしょう。
    「巨勢さんの救出、よろしくお願いします」
     そういって、晄は皆を見送った。


    参加者
    陰条路・朔之助(雲海・d00390)
    佐藤・司(大学生ファイアブラッド・d00597)
    小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)
    檮木・櫂(緋蝶・d10945)
    中川・唯(高校生炎血娘・d13688)
    ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)
    北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)
    破鋼・砕(百芸は一拳に如かず・d29678)

    ■リプレイ

    ●強き者
     街外れの廃材置き場から響いてくる打撃の音。
     幾往復か聞こえてきた後、月に吠える声が響き渡ると、静寂が戻ってくる。
     勝敗が決まった後は、次の対戦相手が現れる前に、冬崖を取り戻さなければならない。
     行動は迅速に。
    「こちらの方は、任せて」
     御門・薫(藍晶・dn0049)と、戦いを邪魔されぬように援護してくれる仲間たちに任せ、冬崖のもとに向かう。
    「ちゃんと連れ帰ってあげないとね」
     要が確かめるように口にする。

     月明かりの下、冬崖は次の対戦者を待っているのか、立ったままでいた。
     休息と呼べるものなどしていないのだろう、あちこちに傷を受けて、まさに手負いという様相だった。
     陰条路・朔之助(雲海・d00390)と小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)、北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)や檮木・櫂(緋蝶・d10945)の腰に取り付けた明かりが、円形闘技場を照らし出す。
     戦いが始まる。
    「未来を革命する力を!」
     ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)がスレイヤーカードを翳し、解除コードを叫ぶ。
     込められているのは、救出が叶わないという未来を拒絶し、望む未来を手に入れる気持ち。
     冬崖の事は戦場でしか知らなかったが、それだけでも誇り高さ、信念の強さ、何より不撓不屈の精神は感じるものがあった。
     だからこそ、ナタリアは冬崖に敬意を表し、守る為の戦いに死力を尽くそうと誓う。
     彼と彼の帰りを待つ人達の為に。
     冬崖が対戦者かと顔を上げ、こちらへ眼差しを向けた。
     浮かぶ表情は、どこまでも好戦的で失われることのない攻撃性。
     地に置いた巨大なハンマーから手を離さずにいたのを、そのまま持ち上げ、肩に柄を乗せた。
     佐藤・司(大学生ファイアブラッド・d00597)は灰の瞳を僅かに細め、傷ついてなお闘志を失わない冬崖を見やる。
    (「守る為に戦える奴が、一番強いって俺は信じてる」)
     誰かを守るという強い縁が、自分を強くするのだと。
     冬崖もそうであると、司は知っている。
     中川・唯(高校生炎血娘・d13688)は思う。
    (「今度は私が冬崖先輩の為に」)
     自身の為でもあったけれど、力を尽くそうと。
     己の拳を磨くことに全てを掛ける破鋼・砕(百芸は一拳に如かず・d29678)にとって、向けられる拳は受け止める気でいた。
     返すのは拳をもって返し、対等に。
     それだけでも通じるものがあると知っていたから。
     葵は思い出す。
     何度か同じ依頼を受け、向かったこと。
     戦場で自分が力を振るえるのは守ってくれる人がいるからだ。
    (「君の覚悟を無駄にはしない。必ず連れて帰るよ」)
    「次の対戦相手はお前らか。誰が相手でも不足はねぇ。その勝負、受けてやろう。そして手にした勝利で、俺が俺であることを証明する」
     俺が俺であるために、存在を賭け戦い、そして勝ち続けるのだと。
     冬崖であった者は、ハンマーを地面に打ちつける。
     轟音と共に衝撃波が打ち寄せた。
     相対する攻撃重視の葵と櫂、守りの力を増した司と砕、ナタリアとビハインドのジェド・マロース、朔之助のライドキャリバー、ド根性がその力を受けながらも留まる。
    「オレたち仲間のこと、忘れてんじゃねぇよ!」
     鉄兵が怒った声音で言葉を紡ぐ。
    「あなたは、本当に得たい強さを得られていますでしょうか…?」
     桜が問いかければ、ひみかと鋼は優しく呼びかける。
    「どうか、どうか戻ってきてください」
     負けないでくださいと、指を組み合わせ祈る。
    「そんな力に頼らなくても強いよ。大好きな先輩。 負けないで」
     もっと格好いいところ、見せてと。
    「巨勢はアンタが思う程弱くないぜ。支え合いつつ、バカやれるヤツらもいるしな」
     治胡が仲間の方へと視線をやった。
    「あなたのこと、なんて呼べば良いのかしら。冬崖ではないのでしょう?」
     櫂は、恋人の冬崖と表裏一体のカレのことを、知りたいと思っていた。
     名は存在を照明するものであるし、強いカレのことを忘れないためにも。
    「参宿だ」
    「名無しじゃなくて良かったわ。なんて呼べばいいのかと悩むところだったもの」
     朔之助は流星の力を宿した重き一撃を繰り出し、参宿の機動力を奪いにかかる。
     互いが互いを逃がさないように、納得するまでやり合う覚悟を負った者たちが向かい合う。
     相棒のド根性はフルスロットルで自己回復を促す。
    「そんなボロボロになるまで何やってんだ。それで頂点に立つ力を得たとして、その先お前が求めてるもんが本当にあんの?」
     守る為に身体を鍛えてきたのだろうと、問いかける。
     参宿にも冬崖と共通する思いがあるのではないかと。
    「本当の俺の力を十全に振るうための傷なら、いくらでも喰らってやる」
     以前、灼滅者に倒された経験が、眼前の冬崖にとっては仲間でも参宿にとっては憎い相手として見えるのだろう。
     強くあれば倒されることはなかったのだと、本当の自分が持つ強さを追い求めてしまっているのかもしれなかった。
    「とても残念。…とても、ね」
     心配してる子が居るでしょ、と七は悲しみを面に浮かべる。
    「力比べといこうじゃないか」
     最後まで付き合うと、葵がクルセイドソードを非物質化する。
    (「僕が誰かの為に力を振るうというなら、今もそうだ」)
     外傷を発生させない刃を参宿に振るう。
     己が勝つ為だけの力と、誰かを守る為の力。
    「冬崖と参宿の拘り。どちらが本当に強いのか、もう一度身を以て知ればいい。僕らは何度だってお前に勝つ」
     とことん付き合ってやると、普段、冷静沈着な葵は珍しく眼差しに好戦的な一面を覗かせた。
    「ぶつかって来いよ、退けてやるよ」
    「――悔しさを忘れないこと。己の実力を知ること」
     覚えはありませんか? とナタリアが問う。
     参宿の心の奥底に眠る冬崖へ届くように、思いを込めて。
     クルセイドソードから破邪の光を放ちながら、強い一撃を叩きつけた。
     ジェド・マロースは霊的な衝撃を発する。
    「…参宿さんも、冬崖さんも、強いと思いますですよ。自分の強さをたしかめたいというのは分かりますです。…だれかを守ってあげれる強さ、すてきなのです」
     そうあろうとすれば、鍛える努力が必要であるし、きっと日々地味な鍛錬をしていた筈。
     朋恵が駆ける。
     エアシューズから摩擦熱で炎が生まれた。炎と共にその繰り出される激しい蹴り。
     ナノナノのクリスロッテが櫂の傷を癒す。
    「うちも堕ちたことあるから、そんな馬鹿なことと突き放せんのやけど。でも…放っておけたら、此処にうちらは居らんしな。帰って来るまで物理で引きずり出すで!」
     薫はとことん付き合う積もりだった。
    「強さだけを求めた先に何があるのか。頂点に立った時アナタに何が残る? アナタの存在意義は私たちが証明してあげるわ」
     そう言って、櫂は羅刹天を上段に構え、真っ直ぐに神速の斬撃を振り下ろす。
     長い黒髪が風圧で背に流れる。
    「冬崖は私にとって世界そのものなの。表裏一体というのなら、全力で受け止める。だから一緒に来て欲しい」
     どちらか片方だけをたぐり寄せて抱いたりはしないと、櫂は言いつのる。
    「冬崖だけを必要だと言わないのか」
     やや勢いが削がれた参宿が、声のトーンを落とす。
    「一緒に戦う仲間、要りませんか? 一人で戦って、勝って嬉しいのは私だってわかります」
     だけど、ひとりは独りなのだと唯は知っている。
    「信頼できる仲間がいて、連携が嵌った時の一体感とか気持ちいいですよね。自分のフォローしてくれた時の感謝の気持ちとか、喜びを分かち合ったり、逆に辛さを共有することとか、冬崖先輩は好きなんじゃないんですか?」
     唯は唯の知っている冬崖を思い出し、その時に感じて思ったことを言葉にしていく。
     死角から繰り出した斬撃で、確り地に立つ参宿を揺さぶる。
    「力だけ、破壊の力もそりゃ一つの強さだけどよ、全て倒さんと強さを確信できねぇくらい自信ねーの? 本当に強くなる奴は弱さも認められるし、そもそも自分を強いたぁ思ってねーだろ」
     司は自分なりの強さを証明することで、訴える。
     自分の仕事は倒れないこと。そして倒れさせないこと。
    「俺が言えた事じゃねぇが、尻は最後まで自分で拭け! 檮木に心配かけてんなバーカ!」
     バイオレンスギターの弦を激しく掻き鳴らし、生まれ出たメロディでもって攻撃をする。
     砕は口の回る方ではなかった。
     その代わり、拳に全力を篭めて殴り合おうと、冬崖と参宿に挑む。
     普段から拳撃を極める事に執心している砕は、ただ破壊力があるだけではない、心身に響く拳を求めていた。
     言葉にしないかわりに、砕が放てる最高の拳を真っ正面から繰り出すのだ。
     正面からぶつかっていく。
     高速回転させ突き立てるように、鍛えた肉体の一部を巻き込む。
    「学園祭が来るぜ! 早く戻って来ねぇとつまんねぇだろ!」
     学校行事のこと思い出せと香艶が豪快な性質に見合った声で、呼びかけた。
    「まだまだ遊び足らねーんだから、そんなとこでチンタラしてんじゃねーぞ」
     まごまごしてんなよと奏夢が追い立てる。
    「さっさと帰ってこいよ、皆待ってるみたいだぞ?」
     唯には任せておけと、ルフィアが視線を送る。
    「お前の力、一体今何に使ってるんだよ。いい加減目を覚ませ」
     楽しくなさそうだぞと、エマが口にした。
    「今の先輩めっちゃダセーっすよ! 綺麗なカノジョさんに心配かけてるところとか、特にダセー!」
     チャラい口調ながら、漣の素直な気持ちを表している。
     薫は葵に治癒の光を降らせ癒す。
    「巨勢先輩は守る為の強さ、参宿さんは勝ち続けるための強さで、強さの種類は違うけど、鍛えるための方向性は合ってるよね」
     強くあるには鍛えなければならず、戦うにしても守るにしても根源的なところは同じなのではないかと。
     京夜はプラチナチケット使って、廃材置き場の関係者っぽく立ち回る。
     霊犬のワルツと共にイヅルが周囲へと注意を向けた。
    (「俺は、巨勢先輩が絶対に戻ってきてくれると信じていますから」)
     露香は警戒を続ける。
     視界に動く者が入れば、敵だと判断されれば、警戒して居る中から、対処すべく外側へと足を向けていく。
     キィンと亜介も相手取るために向かう。
    「これから、冬崖さんと沢山の思い出を一緒に作りたいです」
     みんな待ってるんですよ、とマギ。
     允が楽しい行事を一緒に行けなかった悔しさを滲ませながら、早く気づいて答えを出してくれたらと願う。
    「無節操な戦いばっかし続けてたって、あんたの本当に欲しい強さは、俺は手に入んねーんじゃねぇの?」
    「俺たちもその優しさに報いなきゃいけないね」
     冬崖が出した答えに、晴汰は優しい人なのだと思う。

    ●守る者
    「冬崖、お前のお仲間ってやつは、変わったのが多いようだな」
     参宿は灼滅者に憎しみを抱いているはずだが、参宿本人にも理解を示してみせる者までいることに驚いているようだった。
     闘気を雷に変換し、拳に宿した力を司へと肘を曲げたまま突き上げ放った。
    「…いいパンチだな」
     くらくらする程の衝撃を司は耐えて見せ、参宿の方へと視線をやり、不敵な笑みを浮かべる。
    「冬崖は常に仲間を守る為に盾になってくれていた」
     朔之助はエアシューズに炎を纏い、炎の弧を描き蹴り上げた。
     ド根性は常に満タンの状態でいられるように自己回復をしている。
    「魂を明け渡したのはお前の為なんかじゃない。あいつだけの為でもない。自分以外の誰かを守る為だ」
     葵は破邪の光を放つクルセイドソードで下段から斬りあげる。
     冬崖が仲間を守りたい心を持っていること知っている。
    「彼の強さの行き着く先は、私達とあります」
     流星の如き煌めきを宿した苛烈な蹴りを喰らわせ、ナタリアは勢いを減速させ、地に降り立つ。ジェド・マロースがナタリアを守るように隣にいた。
    「心配してる人達のため、あなたをこれ以上傷つけさせないためにも、冬崖さんを返してもらえませんか」
     参宿に体を明け渡してなかったら、守れなかった人も出てたかもしれない。
     朋恵の手にある魔導書が放つのは、サイキックを否定する魔力を宿した光線。
     クリスロッテがふわふわハートで司を癒す。
    「冬崖がディフェンダーに拘りを見せていたのは、守れる強さが欲しかったからよね。今までに何度も戦うその背中を見てきたけれど、力及ばず倒れて、悔しい思いしてきたのを近くで見てきた…。貴方が守らなきゃいけないものは沢山あるのよ」
    (「私はこれからだって、貴方のそばで支えになるわ」)
     櫂は、腰に携えた羅刹天を鞘に収めた状態から、一瞬の間もなく引き抜き、僅かな煌めきの残滓を残して、斬り伏せる。
    「全てを受け入れるというのか」
    「ええ、参宿も冬崖でもあり、冬崖も参宿でもあるもの。否定しないわ」
     赤の瞳が逸らされることなく、参宿を見つめた。
    「帰ってきて欲しい人がいる。そんな人すら無視して黙り込むなんざ男じゃねぇよな。本当に強くなりたいんなら、今すぐその闇から出てきな!」
     奥底へと繋がる扉を司が叩く。
    「いつも誰かを守ってるお前が、大切な物を自分で傷つけたら。一番傷つくのは巨勢だ」
     そんな姿は見たくないから助けにきたよ、と嵐の力強い声。
    「また仲間になって欲しいです。ずっと仲間でいて欲しいです」
     慣れた動作で、体内を循環する自らの血を炎へと変え、炎真爛漫に付与する。全身が炎に包まれたまま、勢いを削ぐことなく、唯が突っ込んで参宿へと突っ込む。
    「力が目的になってるそこの誰かとおめぇは違う」
     司は意志を持つ帯で全身鎧のように覆い、癒しと守りの力を強化する。
    「変にグレる前に相談しろよ。俺でなくても、小鳥遊とかいるだろ。んで、また司お兄さんとも遊んでくれよ」
    「その拳から、答えは見いだせた?」
     求道者として、突き詰める答えが違うのは分かっている。
     参宿にも冬崖にも答えが見つかれば良いと思う。
     砕は左拳に雷に変換した闘気を篭め、突き上げた。
    「ああ」
    「もし貴方より弱い筈の僕らに、ここで負けるようなら…、一度巨勢さんに体を渡し、彼を通して貴方の持たない強さを学ぶのも良いんじゃないですか?」
     咲耶が見方を変えれば、違いが分かることもあるのではと問う。
    「大事なもんも、そん人に大事にされとる自分も両方守って見せてや」
     凛とした一浄の声。
    「冬崖は力を頼ったのは弱いからじゃねぇ。…だから信じているんだ、お前が帰って来るのを皆でな! まだお前の心が折れて無いなら帰って来い!」
     美樹が、もう一度立ち上がって来いと呼ぶ。
     巨大なハンマーを地に置き、参宿は巨体を投げ出す。
     土煙の上がる中、参宿は苦悶の表情ではなく、どこか満足げな表情を浮かべていた。
    「お前が手に入れられなかったモノは、俺が求めるモノとは違うんだな」
     一緒なら同化してしまうだろう。
     だが、同じでありながら、違う思考、戦いのスタンスを持っている。
     名が違えば、十分に違う個だ。
     あいつは仲間を守る為の強さを。
     俺は、戦い抜くための強さを。
     どちらにも必要なのは、それを貫く強さだ。
    「ああ、そうだ」
     冬崖は闇の中から立ち上がり、降りたった参宿と向かいあう。
     互いに傷ついていた。
     参宿が傷ついていれば、当然冬崖も傷ついている。
     冬崖を呼ぶ声も、参宿に話しかける声も、ふたりは聞こえていた。
     自分達に関わる者たちの声が、眠っている筈の冬崖を叩き起こしてしまった。
     そのつもりで来ている仲間たちだ。
     冬崖は上へと浮上する。
     闇に残るのは参宿。
    「お仲間に怒られに戻るんだな」
     参宿はさっさとあっちに行けと、手を振って冬崖を追い立てた。

     目を開くと、月が浮かんでいるのが見えた。
     あちこち受けた傷が痛む。
     これもあいつが受けていた痛みでもあった。
     久しぶりの夜風だ。
     冬崖は半身を起こすと、手をあげた。
    「ただいま」
    「やっと起きたか?」
     朔之助が笑みを浮かべて、ゴンッと一発頭を殴った。
    「どんだけ皆が心配したか、クラブに戻ったら思い知らせてやる」
     冬崖に手を差し伸べ引っ張る。
    「覚悟しとく」
     新たに出来たたんこぶを撫で、微苦笑を浮かべた。
     唯はほっとしたのか、涙が出そうなのを堪えながら、ドヤ顔をする。
    「これでノーサイドですねっ」
    「お帰り」
     櫂は冬崖を抱きしめて、万感を篭めていった。
    「ああ。ただいま」
     櫂の髪を撫でる。
    「随分、待たせてしまったな」
    「お帰り、冬崖。また皆と遊ぼうね」
     桐が八重歯を見せ笑った。

     円形闘技場で戦い続けた強き者は、守る者へと還り、場を去っていく。
     呼び戻しに来た仲間たちと。

    作者:東城エリ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 4
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