スタンガン男は余裕を見せたい?

    作者:どうら熊


     夜遅く、駅から少し離れた裏通り。仕事帰りの女性が呟いた。
    「油断してたかな……」
     早く家に帰ろうと、近道をしたのが良くなかった。
     目の前で両手を広げ、行く手を遮っている男がいる。他に人の姿は無い。
     にやにやと笑みを浮かべてにじり寄って来る、中年のサラリーマン風の男。どう見ても不審者である。
     女性はバッグから護身用のスタンガンを取り出して、牽制するように電極の青白い火花を見せ付けた。
     普通なら怯みそうなものだが、男の笑みは消えない。
    「おやおや、怖い物を持っているねぇ」
     突き出されたスタンガンを気にする事もなく、さらに近寄って来る。
    「……っ!」
     本能的に恐怖を感じた女性は、意を決して男にスタンガンを押し当てた。
    「……酷いなぁ、僕はまだ何もしてないのに」
     男は平然と立っていた。そして、呆然としている女性の肩を掴んだ。
    「まあ、これからするんだけど、ね」
     女性はある噂を思い出した。
     スタンガンを持っていると、スタンガンが効かない男に襲われる……という噂を。
     
    「皆さん、今回の都市伝説――スタンガン男は、女性の敵です。灼滅をお願い致します」
     ピシッとしたスーツを着込み、野々宮・迷宵(高校生エクスブレイン・dn0203)が、眼鏡をくいっと直しながら言い切った。OLのお姉さん風コスプレだ。
    「まずは、前述の女性の安全を確保して下さい。現場となる裏通りに入って来ないようにすると良いでしょう」
     直接注意しても、ESPで遠ざけても構わないようだ。
    「次に、スタンガン男の出現条件を整えて下さい」
     条件は「夜遅く、ひとけの無い裏通りを、スタンガンを持った女性が歩いている時」とのこと。
    「要はおとり作戦ですね、おとり役以外の方は身を隠していただく必要があります」
     一応、おとり役は女装した男性でも可能だそうだ。
    「スタンガン男は、おとり役の前方に現れ、近付いてきます」
     こちらにスタンガンを使わせて、効果がないことを見せ付けようとしてくるようだ。
    「次に、戦闘に関しての情報です」
     戦場となるのは、車一台が十分に通れる位のほぼ真っ直ぐな裏通り。立ち並ぶ建物の裏手に挟まれたような場所で、小さな街灯はあるが、建物の間や上の方にまでは光が届かないようだ。
    「相手はスタンガン男ひとりです。攻撃方法は素手と雷。雷を拳に宿したり、放ったりしてきます」
     素手による攻撃は「鋼鉄拳」雷を拳に宿すのは「抗雷撃」雷を放つのは「轟雷」のサイキックと見ていいようだ。
    「以上で説明を終ります」
     迷宵は手元の資料を閉じると、眼鏡を外して灼滅者たちに向き直る。
    「夜道を歩く女性が被害に遭わないように、灼滅をお願いします。どうかお気をつけて……」
     そう言って、迷宵は手本のようなお辞儀をしてみせた。


    参加者
    帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)
    東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)
    新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    夏目・凛音(ミミの優しい吸血お姉さん・d22051)
    セシル・レイナード(レッキングガール・d24556)
    楠木・夏希(冥界の花嫁・d26334)
    白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)

    ■リプレイ

    ●安全確保
     夜遅く、駅から少し離れた裏通り。そこへ入っていこうとする仕事帰りの女性に、帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)が声を掛けた。
    「すみません、この道を通ろうとすると先で変な人に絡まれちゃいますから、この道は避けた方がいいですよ」
     丁寧に言われ、素直に足を止める女性。だが、ふと怪訝な顔を見せる。
    「じゃあ、あなたもここにいない方が良いんじゃない?」
    「あ、私は近くで待ち合わせをしていて……」
     と、優陽の言葉どおり、本当に待ち合わせをしていた様に、楠木・夏希(冥界の花嫁・d26334)新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)夏目・凛音(ミミの優しい吸血お姉さん・d22051)の三人が、手を振りつつ近付く。
     夏希がふと気付いた風を装って、言う。
    「あ、OLさん? 最近この裏通りってぶっそうで、変態が現れるんだよ?」
    「えっ?」
     再び同じ注意を受けて驚いた彼女は、凛音にも訊ねた。
    「そんなに有名な話なの?」
     凛音がしっかりと頷くと、彼女は頭を抱えてため息をついた。
    「最近、油断してたのかも……教えてくれてありがとう。あなた達も気をつけてね?」
     足早に去る女性を見送りながら、辰人が言った。
    「OLさんの安全は確保できたね」
    「次は、裏通りの人払いだよね?」
     確認する夏希に「うん」と答える辰人。首から下げていたLEDライトを点けて、裏通りへと入っていく。
     殺界形成による人払いが済むのを待つ間、優陽は凛音の持つスタンガンのチェックをしていた。火花はきちんと出る。
    「この火花を見たら、踏み込むからね」
     凛音はスタンガンを受け取り、静かに頷いた。
     丁度その時、裏通りの奥でライトが大きく振られ、すぐに消えた。準備が整った合図だ。
     入り口で待機する優陽と夏希を残し、凛音は薄暗い裏通りへゆっくりと進んでいった。

    ●おとり作戦
     凛音が裏通りの半ばまで歩みを進めた辺りで、前方の暗闇から中年のサラリーマン風の男が、浮き出るように姿を現した。両手を広げて行く手を遮り、にやにやと笑みを浮かべながらにじり寄って来る。スタンガン男である。
    「……ッ!」
     凛音は一応、驚いた様子を見せてスタンガンを取り出し、火花を出して男を牽制する。
    「おやおや、怖い物を持っているねぇ」
     笑みを強めてさらに近付く男に、凛音は「えいっ」とスタンガンを押し当てた。やはり、男は平然としている。
    「……酷いなぁ、僕はまだなにもしてないのに」
     そう言って、男が凛音の肩に手を伸ばす――
    「スタンガンが効かないことって、そんなに凄いことなのかな?」
     不意に後ろから掛けられた声に驚いて男が振り返る。と、その顔面に拳が突き刺さった。勢い良く殴り倒されて地面に転がる。殴ったのは山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)だ。
     行き場のない想いを乗せ、とりあえず普通に殴っただけなので、ダメージは無い。
     突然の出来事に、転がったまま顔をおさえて透流を見上げることしかできないスタンガン男。そこへ透流の後ろから白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)が進み出る。
    「仮にも超常の存在だしね、スタンガンなんか効かないのが普通よね」
     透流の言葉に続いた幽香のセリフにムッとして、何か言い返そうとするスタンガン男。だが、顔にライトの光が当てられ、怯んでしまう。
     ヘッドライトで男の顔を照らしながら建物の間から出てきたのは、東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)だ。
     イヅルのヘッドライトの光の輪が、男の全身を確認するように動く。
    「……まさかスーツの下にゴム式の全身タイツなんて着込んでたりしないよな?」
    「馬鹿にするな!」
     超常の存在としての普通以下を疑われたスタンガン男は、眩しさを振り払うように勢い良く起き上がった。
    「僕はスタンガンでは傷ひとつ付かない、痛くも痒くもない。弱い奴が頼りにするスタンガンが、だよ? 最高じゃないか!」
     ガラン、と音が響いた。
     セシル・レイナード(レッキングガール・d24556)が放り投げた電機式のランタンが、その辺に転がった音だった。
    「ああ、つまり、自分が勝てそうなヤツにしか喧嘩を売れない糞野郎ってことだろ?」
     ランタンの明かりに浮かび上がったセシルの姿が異形化していく。両腕からは茨が生え、左目には薔薇が咲いた。
    「痺れるより痛い目みせてやるぜ」
     セシルが睨みつけるスタンガン男の後方では、駆けつけた優陽、夏希、辰人の三人が凛音と合流して戦闘態勢をとっていた。前後からの挟み撃ちの形だ。
     周りを取り囲む灼滅者たちを見回して、スタンガン男は両腕に雷を迸らせた。それはまるで、スタンガンの電極のようだった。

    ●戦闘開始
     前後を挟まれたスタンガン男が始めに狙ったのは正面の透流だった。殴られた仕返しとばかりに、雷を纏わせた両の拳を同時に突き出す。
     攻撃を受けた透流の体がビクンと震え、全身を痛みが襲う。
     だが、透流は痛みに耐えつつ、おもむろにスタンガンを取り出した。
    「何のつもりだ?」
     スタンガン男の疑問に、透流は火花を見せつけながら答えた。
    「スタンガンが効かないってことを見せつけたいんだったら、この攻撃を受けてみせたらいい」
     言うが早いか、スタンガンを構えたまま突進する透流。
    「何を馬鹿な……そんな手に乗るか!」
     と、あざ笑うスタンガン男。
     その顔面に、スタンガンを握り込んだままの拳がめり込んだ。透流の実力である。
    「山田が一緒だと頼もしいな……」
     思わずイヅルが呟いた。
     吹っ飛ばされたスタンガン男は、反対側にいた優陽のグラインドファイアによって中央へと蹴り戻される。
     男が燃えながら転がっている隙に、イヅルは顕現させた炎の翼で自分、幽香、夏希に破魔の力を付与していく。同時に、イヅルの霊犬ワルツは浄霊眼で透流を癒した。
     破魔の力を受けた幽香が、体勢を立て直したスタンガン男へと接近する。と、小柄な幽香の接近を甘く見たのか、迎え撃つ顔に笑みが浮かんでいる。
    「か弱い乙女ですものね?」
     そう言って振りかぶった腕を巨大化させると、男の笑みが固まった。
    「どう? 試してみる?」
     幽香は返答を待たずに異形の腕を叩き付け、さらに破魔の力を重ねた。
     その反対側からは、同じくイズルの援護を受けた夏希が、ビハインドであるノワールと共にスタンガン男の攻撃力を削ごうと、共に技を繰り出していた。
     夏希が降臨させた輝く十字架からの無数の光線が、スタンガン男を捕らえる。だが、狙った効果を上手く与えられなかった。
     一方、ノワールの霊撃はしっかりと効果を与えていた。涼しい顔(?)で役割をこなす彼に対し、対抗心を燃やす夏希は頬を膨らませるが、当のノワールはそ知らぬ顔(?)である。
     そんな風にスタンガン男へと攻撃が集中する中、セシルは距離を置いて立ち、生命維持用の薬物が入った注射器を取り出した。それを、景気付けとばかりに首筋へと突き立てる。
     過剰摂取による一時的な肉体の暴走。その負荷に、セシルは眉をひそませた。
    「ちっ、やっぱこの感覚は苦手だぜ。だが……これで、ギアが入った」
     ポジションを活かして、スタンガン男の加護を破る効果を多く得たセシル。それに対し、辰人は別のアプローチを試みた。
     辰人の足元から伸びる影が触手となり、スタンガン男の体を縛り付ける。敵の強化を阻むのではなく、より弱くする狙いだ。
    「ふん、こんなもの」
     と強気なスタンガン男に対し、辰人はニコリと不敵な笑みを返す。
     その意図が分からず、不審そうに見返すスタンガン男の頭に、飛来した魔法弾が直撃する。
     男は、即座に弾丸を放った凛音に向かって飛び出した。素早く飛び退いていく凛音に向けて、手のひらから雷撃が放たれた。
     雷は空中の凛音を捉えた。衝撃で体勢を崩して落下するが、猫のような身のこなしで着地する。
    「やりましたね」
     その雰囲気は普段のほんわかしたお姉さんのものではなかった。

    ●続く戦い
     戦いが進むにつれ、その流れの向きは明らかになりつつあった。透流の拳が順調にダメージを与え続ける中、スタンガン男は加護を執拗に破られ、弱体化を防ぐことができずにいた。
    「くそっ、主にお前のせいだっ!」
     セシルに向かって突進し、雷を纏う腕を押し付けようとするスタンガン男。だがそこに、体ごと割って入る者がいた。
    「セシルちゃん危ないっ!」
     男の攻撃を代わりに受け、膝を着く優陽。
    「俺に任せて」
     イヅルがラビリンスアーマーで優陽の傷を癒す。精彩を欠く今のスタンガン男の攻撃ならば、回復の手は十分に足りていた。
     徐々に動きの鈍ってきたスタンガン男に凛音が飛び掛る。
    「いきます!」
     空中で一度ジャンプすることによる変則的な位置からの攻撃。放った猫のような影が男に襲い掛かるが、寸前でかわされてしまう。
    「まだ動くのね?」
     攻撃をかわしたスタンガン男を見て、幽香がスターゲイザーで更に機動力を奪う。
    「さて、そろそろかな……」
     辰人が解体ナイフを手に、スタンガン男に肉薄する。
    「お前を、切り裂いてやる」
     変形したナイフの刃が男の体を切り刻み、弱体化が更に進む。
     スタンガン男は、辰人の不敵な笑いの意味を理解した。だが、まだ負けられないと、夏希を狙って雷を放つ。
     狙われた夏希は直撃を覚悟して身をすくめるが、そばにいたノワールによって難なく庇われた。
     転んでしまった夏希に手を差し伸べるノワール。
    「あ、あれくらい、一人で対処できたんだから!」
     と、夏希は手を借りずに起き上がったものの、
    「あ、ありがと……」
     と、きちんとお礼を言う夏希。
     夏希は、さも当然といった態度のノワールから目を逸らし、スタンガン男に妖冷弾を撃ち込んだ。
     戦いの終わりは近い。

    ●決着
     セシルの振るった咎の茨による正確な斬撃が、弱りきったスタンガン男を捕らえて切り裂く。
     よろめく男に、幽香がバベルブレイカーの杭を高速回転させて打ち込んだ。
     続けざまに攻撃を受けたスタンガン男が、目の前の二人のどちらかに反撃しようと踏み出す。しかし、二歩目が踏み出せなかった。
    「たかが茨と侮るなよ、スタンガンより痺れるだろ?」
     セシルの言葉に、スタンガン男の顔から表情が消える。
    「あら、余裕の笑みはどうしたのかしら。でもあなたの気持ち、今なら分かるわ。追い詰めたあなたを見ると笑みが出るもの」
     二人がひたすら繰り返してきた攻撃の成果だ。
    「くっ……」
     一旦、後ろへ逃げようとするスタンガン男。そこへ、セシルと幽香の間をすり抜けるようにして追いすがったのは、凛音だった。
     密着するほどに近付き、雷を宿した掌底で真下から顎を打ち抜くと、スタンガン男の体がふわりと宙に浮いた。
     それを追って飛び上がり、拳を振りかぶったのは、透流だ。
    「スタンガン男さん、覚悟を決めるといい」
     いまだスタンガンを握り締めたままの拳が、スタンガン男の胸に打ち付けられ、その勢いのまま地面へと叩きつける。
     同時に、すでにぼろぼろだったスタンガンは粉々に砕け、スタンガン男もまた、散っていった。

    ●後始末
     スタンガン男が消えた場所で、優陽が風を吹かせて、祈りを捧げた。風に乗って都市伝説の思念がこの場所へ留まらず天へ還るように、と。魂鎮めの風にそういう力があるわけではないが、祈りは祈りである。
    「さ、皆さん、アップルティーでもいかがですか?」
     と、用意して来た魔法瓶を取り出して見せる優陽。
     振舞われたアップルティーで一息入れたあと、辰人の提案で戦場のあとを片付けていくことになった。
     その最中、ふとイヅルが言った。
    「物騒な世の中ではあるが、スタンガンを持ち歩いているのもどうなんだろうか?」
     辰人がそれに応える。
    「護身武器を持たないと歩けないくらい今の日本の治安も良くないのかな?」
    「まあ、今後も使わずに済むのなら、それに越したことはないと思う」
    「そうだね」
     と、そうこうしているうちに片付けは終わり、
    「皆お疲れ様」
     と、幽香のあいさつでそのまま解散となった。

     灼滅者たちの活躍で、今夜またひとつ、都市伝説の脅威を減らすことが出来た。

    作者:どうら熊 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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