武者アンデッド北へ~陰武者

    作者:佐伯都

     白いノーライフキングの足元、古式ゆかしい大鎧姿のアンデッドが平伏していた。
     一門の頭領から御家人が下知を待っているような、その光景。
    「北征入道への合力が、そなたらの望みでございますか」
     白いノーライフキング、セイメイの言葉に、大鎧姿のアンデッドが更に頭を垂れる。
    「よろしいでしょう。各地に封じていた武者達を呼び起こし、北征入道の元に馳せ参じさせましょう」
     ぶわり、と梅雨時期のなまぬるい風がセイメイの髪をたなびかせた。
    「蒼の王コルベインの北征洞窟が現世に出現する事は、私の計画の助けにはなれど、邪魔にはならないのですから」
     
    ●武者アンデッド北へ~陰武者
    「テストが終わったばかりなうえ修学旅行該当学年の人は準備で忙しい所だろうけど、ちょっと広島のほうまで行ってきてほしい」
     成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は地図帳を開き、瀬戸内海に面する、とあるポイントへサインペンで丸をつけた。
    「目的地はここ。あまり全国的な知名度はないけど、地元では源平合戦の古戦場ってことでそこそこ知られてる。ここに、武者姿をした、ダークネスに準じる強力なアンデッドが出現する」
     その企ては白の王・セイメイによるもので、札幌のダンジョン事件を起こしているノーライフキングへ援軍を送り込む意図があるようだ。
    「源平合戦の古戦場、ってことからも想像できるように、ひとくちに武者姿って言っても鎌倉時代の大鎧姿だから、見ればすぐわかると思う。因縁のある土地に封印されていた所を、セイメイが目覚めさせた……って所だろうね」
     時刻は真夜中とは言え、武者姿のアンデッドが出現するまでまだ時間はある。しかし問題は、出現してから10分程度後に、地面へ飲まれるようにしてまた姿を消してしまうという所だ。
    「消えたあとは北海道のダンジョンに転移してしまうから、出現ポイントで待機して、転移される前に灼滅する、って事になる」
     このポイントに現れる武者アンデッドは全部で11体。ボスとその配下10体、という構成で、ボス格の強力な武者アンデッドは畠山・為重(はたけやま・ためしげ)の名を持つことがわかっている。
    「畠山はダークネスに準じる戦闘能力、配下も灼滅者とは互角以上に渡り合える能力を持つから、正直なところ10分以内の灼滅は難しいと思う」
     しかし灼滅できなかった場合、札幌のノーライフキングに合流してしまうため、なんとか知恵を絞って灼滅を目指したいところだ。悪い事は重なるもので、アンデッド達は全員が防御と耐久力に優れているため、そういう意味でも灼滅は難しい。
    「ただまあ……もし敗北したとしてもアンデッドは時間が来れば転移してしまうから、追撃されるとかそういう心配はない。そっちの意味では安全と言えば安全、か」
     逆説的に言えば、10分後のことは一切考えなくともいい、という意味でもある。そこをどう考えるかは灼滅者次第、という所だ。
     白の王セイメイが援軍を送るという事は、そのまま札幌の一連の事件が大きく動く可能性を示唆していると考えるべきだろう。可能なかぎりここで援軍を潰し、札幌の事件の推移を警戒しなければいけない。
    「10分以内の灼滅は難しい所だと思うけど、この先何が起こるかわからないからね。用心だけは怠らないように」
     可能ならば灼滅を達成してほしいが、無理もしてほしくない。樹はやや複雑な表情のまま、地図帳といつものルーズリーフを閉じた。


    参加者
    細氷・六華(凍土高原・d01038)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    東雲・悠(龍魂天志・d10024)
    桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)

    ■リプレイ

    ●陰
     腰まで届くほど長く白い髪を梅雨時期の湿った風に踊らせ、細氷・六華(凍土高原・d01038)は目を細める。海に面した森の中、ちょうど教室二つか三つほどの空間はおあつらえむきに樹木が少なかった。
    「一定数まで倒せれば、一気に楽にはなりそうなのですけれど、ね」
     苔むした倒木が多い所を見ると、風雨か何かで巨木がいくつも倒れたあと、なのだろう。
    「畠山、か……豪族の名前らしいけど、死んでしまえば源氏だろうが平家だろうが関係ないね」
    「補給線を断つのも重要ですからねえ」
     ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)の脇へ車輪状の殲術道具が顕現し、最後方をあずかる桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)が目を細めた。
     その視線の先には、ぼう、と狐火のように、燐光のように暗闇へ浮かび上がってくる複数の影が捉えられている。藪に潜んでいた橘・彩希(殲鈴・d01890)が飛び出し、それに東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)と千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)が続いた。
     きしむような錆ついたような、耳障りな、鎧の音。すっかり肉も溶け崩れ、骸骨がむきだした頭がいくつも灼滅者達を振り返る。
     敵襲、と存外太く低い声で叫んだ鍬形立物の武者。あれが畠山か、と東雲・悠(龍魂天志・d10024)は足元の芝を蹴った。充分に出現を予測し待ち伏せできる状況が幸いしたか、長槍と野太刀を構える雑兵の脇をすり抜けた悠がひときわ異彩をはなつ大鎧へ肉薄する。
    「我こそは東雲・悠、推して参るぜ!! お前達の思い通りになんかさせるかよ!」
    『熱いな』
     がらんどうの眼窩の奥にともる青い炎。跳躍からの自由落下を上乗せした業火を吹く悠のクルセイドソードを、畠山・為重は中段からの振り下ろしで捌く。
    『名乗られたからには返すが礼儀か。武蔵の国は男衾(おぶすま)が家人、畠山・為重とは我のことよ』
     痛打とはいかないものの畠山に初太刀を入れられたことを優先し、間髪入れず深海・水花(鮮血の使徒・d20595)が斬影刃を走らせた。数の有利がこちらになければ、たとえすぐに傷をふさがれるとしても相手の手数を減らすことは無益ではない。
    「力無き者を守るため、神の名のもと、この力を奮いましょう」 
    「黄泉路に灯りがいるでしょう?」
     畠山を庇うためか、野太刀を手にした兵が七緒の前へ立ちはだかる。波打つ刃の【迦楼羅炎】で、もう中身など詰まっていないであろう胴丸を大きく横薙ぎにした。
     青白い炎を内側にともした胴丸が炎にまかれる、が。真横から襲いかかってきた殺気に、七緒はなかば無理矢理をねじるようにして一歩を退いた。一瞬前まで七緒の頭があった場所には、まるで血糊のように赤錆にまみれた槍先がある。
     繰り出されてきた槍の穂先に気付くのがあと一瞬遅ければ、七緒の頭は串刺しになっていたかもしれない。雑兵でも灼滅者とは互角かそれ以上、と評されていたのは伊達ではない、ということか。
    「……ッ、は、危なかったね、今のは!」
    「油断なく行きましょう。ですが、深く考える必要もなくただ数を減らせばよい、というのは」
     ――わかりやすくて、いいわね。溜息をこぼすように左手へ解体ナイフを構えた彩希は七緒へひんやりと笑う。
    「では参りましょう。ここで終わらせる、その気概で」
     六華の声に応えるように亡者の一団が錆びついた得物をぞろりと掲げた。

    ●武
     10分というタイムリミットを前に、激戦の火蓋がきられる。盾を担う七緒とイヅル、その相棒のワルツ、そこにダメージディーラー筆頭の六華、さらに彩希。
    「まだ時間はあります」
     【皐月ノ雪】によって精度のあがったバベルブレイカーが吼える。すっかり朽ち果てた鎧の、その死の中心点を食い破る杭は凶悪なほどに雑兵の装甲を削りとった。
    「陣頭を征くものに、天魔の力を!」
     中衛のユメと前衛の彩希、そしてイヅルと悠がばらまく炎がそこに拍車をかける。青い燐光に似た火をともした亡者の群れが火に包まれるまでそう時間はかからなかった。
     その業火を打ち消す方法を持たないことはわかっている。最後方からの回復を担う十重も、これならばあるいは、と考えた。
     首領格である畠山をも巻き込んで、すでに戦場は火事場か何かと錯覚しそうになっている。もともと明かりは不要と言われていたが、あかあかと燃えさかる炎で足元には激しく影が交錯していた。
     ぞぶりと錆まみれの日本刀に腕を抉られ、水花が眉をゆがめる。
    「4分!」
     すぐさま十重が、悠ともども積み重なっている傷をひとまとめに癒やすため清めの風を吹かせた。しかしどうしても単体にくらべ回復量が足りていない。
     心得たイヅルが水花を狙いにきた野太刀の雑兵の前へ立つ。傷の一つもなしに帰ることができるだなんてはなから思っていない。
    「さあ、その首置いていってもらいましょうか」
     勿論アンデッドの首など彩希は嬉しくないが、置いていってもらったところで何か情報を吐くわけでもなければ土産にもならない。そもそも遺骸が残るかどうかすらまだわからない。
    「ゆっくり眠っていてくれればよかったものを……ノーライフキングっていうのは、つくづくタチが悪い」
     あえて紙一重で野太刀の斬撃をかわして、イヅルはさらに一歩前へ出る。踏み込みの重さを込めた掌底に紅蓮の炎が宿り、すでに炎にまかれている野太刀兵を苦悶の底へ突き落とす。
     耐久力に優れるという情報に基づき、片っ端から火をつけ、あるいは凍らせることによりスリップダメージを積み上げる作戦だった。
    「畠山さん、少し邪魔です」
     【皐月ノ雪】を手元へ引き寄せながら六華が眉根を寄せる。互いが互いをかばい合ううちに次々と回復していくものだから、やりにくい。
     水花はいったんセイクリッドクロスと援護射撃を挟んで、回復を一手に担う十重となかなか数を減らしに行けない前衛のサポートに回った。
    「白の王の暗躍の結果が、これですか……あのノーライフキングともいつか決着をつけたいところですが、今は目の前の戦いに集中しましょう」
     何を考えているのかをまるで悟らせない、あの終始人を食ったような物言いをする白の王。気に入らない。
    「10分、ねえ。そんなに急がず、ここでゆっくりもてなしてくれよ!」
    『子供にかまける暇はない』
     行かねばならぬ場所がある、と存外真摯に言い放った畠山の眼窩をながめ、悠は片頬だけで笑った。庇われるか、とも考えながら放った妖冷弾は狙い過たずその片袖を凍りつかせる。
     主君への手出し無用、とばかりに野太刀兵が前へ出てきた。イヅルと七緒が比較的装甲の柔らかい四人を庇うように立つ。
    「ファイブラは、血を流すのがお仕事だからね! そうじゃない?」
    「それが仕事かはわからないが、まあ、大筋では違ってはいないか」
     前を向いた視線を全く揺るがすことなく、イヅルは一息に七緒へ言いきる。抜け目なく横槍を入れてきた長槍兵を、お返しとばかりに斬って捨てた。
    「貴方たちが死してなお、その身を捧げると言うのなら」
     その数、残り9体。間違いなくダメージは積み重なっているはずだが、想像以上にしぶとい。
    「私は、神に捧げたこの身で阻止しましょう」
     漆黒のシスター服の裾を業火にたなびかせた水花の手元から、じゃきんと重い金属音が漏れる。土の汚れや、もうすっかり変色している返り血か何かをこびりつかせた鉢金へ銃口を押し当てて、引き金を引いた。
     強く弾かれるように野太刀兵の体が後ろへ吹き飛ぶ。残り8体。
     8分、とやや切羽詰まった声音が聞こえた。しかし前言を打ち消すように十重の言葉が続く。
    「……やれるって桐ヶ谷は信じておりますよ!」

    ●遮
    「赦さない」
     どのみち10分後のことなど、知らない。
    「ノーライフキングも、アンデッドも全て!」
     首領めがけ、異形化した右腕を振るうユメが狙うのはその胸部。割れた胴丸の隙間から覗く肋骨の奥、青く燐光を瞬かせている所。
     畠山を狙えば雑兵が前へ庇いにくる。庇われなくとも畠山にはどのみち入る。ユメにとってはただ一つ、外れさえしなければいい話だった。
    「ここで食い止める。北海道旅行なんかには行かせねぇぜ!」
     悠は不退転の決意を胸に、最後まで諦めない。最初からずっとここまで累積ダメージが入っているはずなのだ、あとひと押しのはず。
     目の前の槍兵を神霊剣で斬りとばし、さらに進んだ。攻撃を肩代わりしながら削りにいく七緒の限界は近そうだったが、十重は残り2分を回った所で回復を捨てる。
     灼滅者は非常識なほど丈夫なのだ、一般人と違いたとえ力尽きたとしてもそのまま死に至るわけではない。
     そして、そこからの展開は驚くほどにめまぐるしかった。積み上がったダメージは確実に雑兵達を追い詰めていたようで、残り1分を回るまでに次々と地を舐めていく。
    「終わりが見えないの、嫌い」
     最大ダメージを叩き出す六華が最後に選んだのはレイザースラスト。もはやみずから燃えているかのように炎を上げる畠山が一瞬脚をもつれさせた。が、それでもすぐにしっかりと両脚で立つ。
    「長いようで、短い10分だったな」
    「でも、それももうすぐ、終わり!」
     ワルツが引き受けていた最後の野太刀兵をイヅルと七緒が仕留め、彩希が削りきれず討ちもらした槍兵を水花の援護射撃が間髪入れずに撃ちぬいた。
     残り20秒、畠山はまだ立っている。
    「源氏か平氏か知らないけど、アンデッドは灼かなきゃならないんだ……徹底的に!」
     ユメの大喝と共に、水晶化した腕から放たれるコールドファイア。サイキックという概念を持たぬものが見れば、それはおそろしく奇妙な光景に思えただろう。
    「凍えて燃えろ、陰武者!!」
     全身にびっしりと霜柱を浮かせ、なおかつそれが溶けもせずに業火に焼かれている、など。
    『子供に遅れを取る我と思うたか』
     瞬間、十重の懐からけたたましくアラーム音が鳴り響いた。はっと我に返ったユメが自分の手首を見下ろす。その針はリミットを示す時刻を指し示していた。
    『まあ、いい』 
     ゆらり、と満身創痍の体を揺らし、畠山はどこか満足感すら漂わせる声音で呟く。この夜、全身全霊をかけて対峙すべき好敵手とまみえた事をまるで喜んでいるかのようだった。
     業火をふきあげる畠山の姿が歪み、そのまま地中へ吸い込まれる。はっと我に返った彩希が周囲を見回すと、すでに倒れていた雑兵は畠山が姿を消すのを見届けるかのように、ざらりと土くれになって消えていくところだった。
     【迦楼羅炎】に両手をついて体重を支えるようにしながら、はあ、と七緒が大きく溜息を吐く。雑兵だけでも灼滅者相当、畠山はダークネス相当と言われていたのだ。完全勝利とまでは行かなかったものの終始こちらが押していた感覚はあり、あと2分、いや1分もあれば畠山を討ち取れていたかもしれない。
    「他もうまくやれているといいね」
    「……やれるだけの事は、やりました。畠山とは、後日決着をつけさせていただきましょう」
     大きく肩で息を継ぎながら六華が呟いた。どうか安らかに、と再び黄泉路へ旅立ったはずの名もなき雑兵へ水花が祈りを捧げている。
     なまぬるい梅雨どきの風が、イヅルとその足元に身を寄せる霊犬の顔を撫でて行き過ぎた。この夜冥府から舞い戻った古強者たちは、果たして何を為さんとしていたのだろう。
     あの禍々しい大鎧を呑みこんだ地面を睨み、悠は不吉な予感に眉をひそめた。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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