神速

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     生温い風がざわりと森を揺らす。不吉な風と連れ立って山里に現れた異形の騎士は、右腕の刃をすらと振るうと、稲を刈るように容易く人の首を刎ね飛ばした。
     何だ、と呆けた顔で事切れた男の生首が、硝子窓を突き破って傍の民家へ投げ込まれる。飛び出してきた女めがけ跳躍した異形は、その胴を断ち、返す刀で斬り上げ、追ってきた男の鼻を頭蓋骨ごと斜めに両断した。
     力強く、だが重戦士特有の鈍さがない。水や風にも似た、流れるような無駄のない動き。それでいて、人間的な技巧性は大きく欠落している。摩訶不思議な太刀筋にて、蒼い異形は里の人々を狩り続けた。
     夕暮れの赤まで切り裂いてしまいそうな悲鳴の意味を、解しているのか否か。
     金属質な光沢を持つ蒼肌の異形は、つめたい銀の鎧から返り血を滴らせ、まったく別世界の死神めいた佇まいで、血染めの小路を疾駆する。
     
     異形の名はクロムナイト。量産型の兵器。
     これは、とある悪意に満ちた実験の、ほんの一幕にすぎなかった。
     
    ●warning
    「ほーう朱雀門にロード・クロムか。これはまた中々興味深い実験をしておいでだ」
     開口一番に嫌味を言い放った鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は、過去の報告書を読みながら薄笑いで目を眇めた。機嫌は良さそうには見えない。
     ロード・クロムによって人気のない山道に配置されたクロムナイトは、このまま放置すればまっすぐ近隣の里に向かい、一般人を虐殺する事件を起こすようだ。
     里に至る前にこちらから戦闘を仕掛け、倒すべきだろう。
    「ロード・クロムめ……。どうしても君達に邪魔して欲しいようだ。非常に遺憾だが構ってやってくれ」
    「どういうこと?」
    「奴は軍艦島で灼滅された美醜のベレーザから引き継いだ施設を利用し、クロムナイトを量産しようとしている。虐殺、もしくは君達との戦いを通じて経験を積ませ、量産型クロムナイトの強化に役立てよう……という魂胆で、今回の件を計画した。君達が来ようが来るまいが利になるわけだな」
     だが、完璧に見える奴の計画にも穴がある。
     一般人も救い、戦闘経験も積ませない勝ち方が一つだけある、と彼は勝気に笑った。
    「さっさと倒してしまうに限る。兵は神速を貴ぶのだ」
     
     今回戦うクロムナイトは剣を使うタイプで、灼滅者たちの使う様々な技に似た剣技を使ってくる。生命力を奪い取る技も持っており、それを受けると一気に傷を癒されてしまうだろう。
    「量産型とはいえ、本来クロムナイトは決して楽に勝てる相手ではないが……君達ならば或いは、と見込んでの、俺達からの提案だ。最優先事項が一般人の安全確保である以上、戦況によっては早期撃破を諦め、堅実な戦いに移行する必要性は念頭に入れて頂きたい」
     綱渡りの策だが一考を頼む、と、エクスブレインは真面目な面持ちで頭を下げた。
    「……まあ向こうがこっちを踏み台にする気でくるなら、逆に踏み台にさせて頂くのが正しい返礼の仕方だな。君達が持ちうる最高の技と戦術で、完膚無きまでに奴を粉砕してやれ。クロムナイトを灼滅せよ」


    参加者
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    月原・煌介(月梟の夜・d07908)
    ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)
    朱屋・雄斗(黒犬・d17629)
    冬青・匡(ミケ・d28528)

    ■リプレイ

    ●1
     夕陽の赤が冴える山道に、温い夏風が吹く。ささめく葉擦れの向こうに、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)はからころと下駄の音を聴いた気がした。
     ――今なら、私の中で彼に新たな命をあげる事が出来たのに。
     もう二年だ。不思議の語り手となった香乃果は、あの夏に見つけた物語を百物語として語る。池で溺れた少年の話。本当は、少しも怖くない話。心の中に生きる彼をいとおしむような語り口は、どこか切なく響く。
     風がぴたりと止んだ。不穏な静寂が周囲の森までを包み、人を遠ざける。月原・煌介(月梟の夜・d07908)が前もって防音の魔術を施す中、動くものは灼滅者だけだ。示し合わせた通り、一行は敵を待ち構える陣を敷く。
    「ここで倒したとしても、他の個体へデータとして引き継がれてしまうのでしょうか。できれば5分で、決着をつけたいです」
     ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)が美しい声で呟く。黒幕ロード・クロムとの因縁を持つポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)は、男の厭な笑みを思い返し、小さく首肯を返した。
     過去に朱雀門から勧誘を受けている鈴木・昭子(金平糖花・d17176)は、灰色の双眸をまるく開いたまま、瞬き一つせず道の先を見つめていた。
     ちり、と鈴が鳴った。
     きます、と、昭子が短く告げ、鈴鳴りの杖を揺らす。
     走りくる異形の騎士を肉眼で確認し、日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)と朱屋・雄斗(黒犬・d17629)も武器を構えた。
    「俺達が待ち構えているからといって迂回するような素振りはなし、か」
    「……業が付く前に倒さなきゃ……」
     ポルターは風のにおいを嗅ぐと、以前戦った射撃型同様、まだ業の気配がない事を仲間に告げる。それを聞き、冬青・匡(ミケ・d28528)は俄然やる気を高めた。教室で聞いた凄惨な未来――ここで絶対に砕かねば。憤りを闘志に変え、野山の碧藍を映す眦を決する。
     香乃果のタイマーが時を刻み始める。
     それを合図に、八人と三匹は一斉に駆けた。

    ●2
    「……疾きこと風の如く……邪魔するわ……」
     ポルターの呟きに、全員が気を引き締める。初動で狙うは、最大火力による先制一斉攻撃だ。
     直線から頭一つ抜けたのは昭子とライン。疾走する勢いを殺さぬまま、二人は白い鳥のようにふわりと地を離れた。対するクロムナイトは、上空の二人を迎撃すべく右腕の刃で防御の構えをとる。
    「Schall! Gehen Sie!」
     ラインの呼びかけに応えたナノナノのシャルが、杖のト音記号部からしゃぼん玉を生み出した。同時に足を止め、妖気の氷柱を作り始めていたのは香乃果だ。
     しゃぼん玉と氷柱が嵐となって敵を襲い、急激に体温を奪う。凍りついた上腕部めがけ、昭子とラインは急降下ざまに蹴りを放った。重力を一点に受け、凍った腕の一部がプラスチックのようにぱきりと割れる。
     クロムナイトは構わず刃を振るおうとしたが、翠が辿りつく方が一瞬早い。月神の加護を宿す聖剣を大上段に構え、初太刀から全力で打ち下ろす。立て直しは考えない。
     たちまち音もなく跳びこんだ煌介が、風を巻きながら槍を捻り出す。梟の鉤爪を模した穂先が異形の右腕に食いこみ、反撃を阻むうちに翠は素早く後退した。
    「……実戦訓練のつもりなのでしょうか? たしかに、実地に勝る訓練はないと思うのですけど、それってけっこうバカにされていますですよね」
     翠がぷうと頬を膨らませる。対する煌介は瞳に思案げな光を宿し、敵の異形を眺めた。
    「経験なんて積ませないで、しっかり倒してしまうのですよー!」
    「了解。……躍ろう。お前がその為だけの存在だけと云うなら、せめて」
     煌介の呟きと共に、今度はポルターと雄斗がタイミングを合わせ、敵の双肩に飛び蹴りを放つ。
    「……重力加算する星の脚撃……」
     衝撃で槍から抜け、後方に転がり飛んだ異形が、がしゃんと音を立て地に伏した。
    「血染めの未来は僕達が止める。神速を誇るのはどっちか、ここで決めようか」
     疾風の如き連撃の最後を飾るのは匡。半獣化した拳を握りしめ、相棒と共に駆ける。
    「行くよ、にぼし。狼と猫の力をみせてあげよう!」
     ウイングキャットのにぼしも主人とは似た者同士だ。きりと顔を引き締め、にゃーと勇ましく鳴き返す。クロムナイトは逃れようとしたが、重力に縛られた脚部が正常に動かない。
     狼と猫の爪が、露出した腹部を鋭く引き裂いた。
    『グ、ガ、ァアアアアア!!』
     先制成功。クロムナイトが怒りの咆哮をあげた。
     量産、実験、経験。悪意に満ちた言葉が脳裏を駆け廻る。皆、望んでこうなった訳ではないだろうに――悲しみに引かれそうな心を奮い立たせ、香乃果は影を操りながら敵を注視する。アラームは5分、8分、10分後だ。せめて、三度目が来る前に。
    「攻撃が来ます!」
     匡と入れ替わりに、ラインが前に出る。ばくりと裂けた腹部をさらした異形は、彼女に道を開けるつもりがないと見るや、機械的に正確な突きで胸部を刺し貫いた。刃が紅く輝き、腹の傷がぷちぷちと再生をはじめた。瀬戸際で急所を外したラインが浅く血を吐く。
     その時、黒い蝶の群れが敵を空中に連れ去った。
    「Schall、Bitte!」
     シャルがくるりと杖を回し、ヘ音記号の飾りでハートを描いた。傷口に縛霊手をあてるラインに、更なる癒しを与えていく。
     普段はのんびり屋の翠も頑張っていた。御幣を両手で振り、悪しきものを祓うように敵へ打ち上げた。同時に影の蝶が鎧の一部を肉ごと斬り放し、香乃果の足下へ帰っていく。
    「思い通りにはさせません。……この道の先で起きる悲劇を、防ぐの」
     鎧の内側で爆発が起き、焦げた肉と装甲のかけらが道を汚す。だが一瞬の間を突き、クロムナイトは攻撃をねじこんでくるつもりだ。先程と違い、僅かに構えを変えた。
    「……エンピレオ、お願い……」
     ポルターの命に応えるのはウイングキャットのエンピレオ。忠実な世話係は前方に滑空し、今まさに剣を振るわんとする異形へと弾丸の如く飛ぶ。
     ごっ、と水の塊に似た風が全身を強く打つ。
     エンピレオが紙のように吹き飛び、街道脇の木に激突する。余波はポルターとラインが受け、狙われた後衛は難を逃れた。
     衝撃は神経まで達し、痺れを誘う。匡が剣を振り抜くと、開放された祝福の風が前へ吹き抜け、痛みを和らげた。
     デモノイドは進化の途上である、その印象は変わらない。機械的に敵の排除へ動く異形の騎士を後方から眺め、昭子は呟く。
    「あなたは何になるつもりなのですか」
     人語すら操れぬ同胞を見あげ、昭子はきゅ、と拳を握る。
     あなたの意志は、ありますか。
     表情を変えぬまま、淡々と問う。只の兵器なのですか――華奢な腕がごきごきと音を立て、変貌していく。
    『グ、オ、ォオオォ……』
     異形が低く唸った。昭子はだっと駆けだすと、半身をひねって鬼の腕を後方にひき、腹部を一際強く殴りつけた。
     しゃん、と鈴が鳴く。身体をくの字に曲げ、クロムナイトが道の奥にはね飛ぶ。
     煌介の瞳に映る昭子の姿は鮮烈だった。
     夕暮れの赤そのままを映す背は細くとも、何か途方もなく強い意志を背負い、立っているように思われた。ちりりと儚い残響を残す鈴だけが斜陽を照り返し、やけに淋しげに、揺れていた。

    ●3
     アラームはまだ鳴らない。
     残り時間、戦術の是非、考える時間が惜しい。たった数十秒間で、神経を削るような紙一重の攻防が繰り返される。
     クロムナイトが、模範的な中段の構えから鋭い突きをくりだした。刃を腹に飲み、ぐらりと前方に傾いだポルターの背へ、再度刃を突き刺す。抗雷撃に似た電流が寄生体の翼をふるりと震わせ、槍を握る手がだらりと下に垂れた。
     それも一瞬。意識を繋ぎ止めたポルターは、鎧のひびに槍の穂先をすべりこませる。連撃で体力をごっそり削られたが、後退条件の殺傷8割にはぎりぎり達しない。
    「……凍て付く零下の弾丸……対象冷却……」
     直接急所に叩きこまれた氷柱は、深い傷を与えた上で患部を急速冷凍する。香乃果の与えた凍傷が攻撃の度に体力を奪い、溶けた装甲の下から膿んだ皮膚が露出している。
     何故悪魔は人の心を麻痺させ、心無き存在を造るのだろう。憂いを帯びた煌介の瞳が隣の翠を追う。
    「かしこい子にならないうちに……っ、倒すのですっ!」
     戦場は一層めまぐるしく踊る。剣を引きずりながらも翠は駆け、敵を逆袈裟に斬りあげた。清めの神剣が敵の身体を護る闘気をほとんど祓い尽くし、残る一部も煌介の槍がしなやかに絡めとる。
     敵の強化を砕く力を、広く付与しておいた効果が出た。重ねた氷や服破りが治癒する機会もなく、一瞬にして加護は砕かれる。
     実験で作られた自我無き兵器、クロムナイト。
     心で通じ合った灼滅者達のがむしゃらな猛攻に対応しきれず、翻弄される赤子のような姿に、雄斗は一人虚しさを覚えていた。人の命を何とも思わないロード・クロム――男の名を思うと、無意識に眉間に皺が走る。
     寡黙な口先は重く閉ざしたままに、右手の数珠を天に掲げた。逢魔が時へと渡っていく風を一筋に束ね、一気に振り下ろす。不可視の牙は剣とかち合わず、敵の全身を斬り裂いた。散った神風に乗り、藍のリボンが空を舞う。
    「ポルターがんばれーっ! 今回復するよっ、えいえいにゃー!」
     耳と尻尾をぴんと立て、匡は元気よく仲間を鼓舞する。皆が倒れないよう、心も身体も支えるのが僕の役目。経験こそ劣るが、気持ちでは負けないつもりだ。
     回復は5分間不使用を宣言していた彼女を癒すため、ラインとシャルも動く。ハートと癒しの光ごと、藍のリボンが傷口をしっかり包み、止血を施す。
     ――屈する訳には決して、いかない。
     聖樹の枝の先端を飾る虹水晶に魔力を集め、煌介は敵を見すえた。
     己の内にも存在する悪魔の心と、力が生んだ哀しき兵器を目の前にすると、責任と罪の重さが両腕にのしかかるようで。
     けれど今は、仲間への想いがそれを和らげる。それ以上に――デモノイドヒューマンの皆を尊敬しているから。これ以上傷つけさせない、その一心で杖を振り抜いた。
    「真の世界、真の魔法……宿り穿て」
     舞うような軽さで。敵の首にぴたりと杖を添え、力を解き放つ。無駄な力が一切ない所作。その底には敵と似て非なる、意志の力が宿る。煌めく虹の奔流に飲まれながら、異形は咆哮をあげた。
     散りゆく虹の中を、ラインが駆ける。再び振るわれた奪命の刃。しかし再生が上手くいっていない事を察し、ラインは血塗れのまま眉を下げた。
     機転の利かない異形にはわからぬだろう。高い殺傷率を持つ攻撃の数々が、再生不能な程に筋肉を破壊しきっている。
    「朱屋さん。きっと、もう少しです」
     彼女もかなり肉体的に辛そうだ。シャルが心配そうに見ている。日々鍛錬を共にする少女の細い声に応え、雄斗は右手に嵌めていた黒い数珠を外した。鬼の力が解き放たれ、元より逞しい右腕が何倍もの太さになっていく。
    「神様と仏様のコラボなのですっ。ダブル鬼神変で、いきますですよーっ! えーいっ!」
     翠が敵の懐に潜った。ほわんとした掛け声と共に、羅刹化した腕で精一杯のアッパーを打ち上げる。
     顎に拳を喰らい、上空へ投げ出されるクロムナイト。木を足場に、絶妙なタイミングで更に上へと跳んだ雄斗が、天罰の如き拳撃で半ば凍った頭頂を割った。
     きらきら輝く魔法の星屑が夕空から降り、だめ押しの追撃を入れた。ラインも藍のリボンで確り救護しながら、狼神だった少年――匡は、相棒にぼしへウインクを送る。
     地に叩きつけられた敵の痛々しい姿が、香乃果には辛かった。けれど、最期まで目はそらさない。
     戦う痛みと苦しみ。きっと、貴方はもっと強く感じて――傷を分け合うように祈りながら、香乃果は影で手向けの花を織る。
     少しでも早く、おやすみなさい。尖った花弁が前へ飛び、ちりん、と背後で鈴が鳴る。
    「あなたの意志は、ありますか。只の兵器なのですか」
     背から隣へ。隣から前へ。昭子の身につけた鈴の音が、二度目の問いと共に流れていく。異形が発す苦悶の声に、鈴の音もかき消えた。
     この声は、ロード・クロムに届くのでしょうか。
     ねえ、これで何度目ですか?
     朱雀門への複雑な思い。利用される仲間達。腹の内で煮える感情は、少しも表には出さぬまま。
     香乃果の影が胸の防具を斜めに裂く。守るもののない心臓の真上に狙いを定め、やはり表情は変えず。

     ――次はない。
     昭子は、鬼の手刀をまっすぐに突き立てた。

    ●4
     そこに心臓が在ったかは定かでないが、昭子の一撃はほぼ致命傷だった。
     散り際に放たれた一撃も、護り手達が止める。ラインはフラメンコギターを模した兵器を奏で、叙情的なソプラノで浄化の歌を歌いあげた。その調べはどこか力強く、次第にテンポを上げて空に響く。
     燃える心を友がくれた靴に宿し、匡はリズムに乗って滑走する。風より迅く。炎より熱く。空中でくるりと身軽に一回転しながら、全力の蹴りを敵へ叩きこむ。
     匡から煌介へ。煌介から翠へ。翠から雄斗へ。雄斗からポルターへ。ポルターから香乃果へ。香乃果から昭子、そしてラインへ戻る。
     兵器には決定的に欠けるもの。感情の円環で繋がれた神速の連撃は、いっそ美しいほどだ。
     アラームが鳴った。
     はっとする。目の前にはもう、何もない。
     一行は静かに得物をおさめ、息を整える。それ程必死で攻撃していたのだ。香乃果が慌ててタイマーを確認し、5分です、と告げた。
     ――作戦ミスは無かった。途端、全身の力が抜けたように翠がぺたんと座りこむ。
    「つ、つかれました……速攻って、いそがしいですねー……」
     経験を積む間もなかったろう。にぼしと一緒にその横に転げ、匡もふーっと息を吐く。疲労がどっと全身にのしかかったが、夕焼け空を仰ぐ猫達は満面の笑みを浮かべていた。ぴょんと起きあがり、匡は道の遥か先にある街灯りを指す。
    「護れたよ。皆が居てくれたから!」
     にぱりと向けられた笑顔にはい、とちいさな微笑みを返し、香乃果はそっと山道のすみに花束を備えた。昭子も持っていた五束の花を全て、隣に添える。
     傀儡でなく心をぶつけてくる――そんなお前と戦いたかった。煌介が共に黙祷を捧げ、瞼を伏せる。
     敵の面影を偲ぶような花々を眺めながら、雄斗は誰に聞かせるわけでもなく、口中で静かに祈りの言葉を詠む。
     死を見届けたなら、敵も味方も関係ない。皆、平等に送られるべきだ。
    「……他のロードもクロムナイト化出来るのか気になるかな……」
     考えながら歩き出したポルターの白いドレスを、暖かな風が揺らした。昭子はふと風の流れた方を振り返り、ぱちりと緩い瞬きを落とす。
     さようなら。
     どうか、迷いませんように。
     からっぽの道。点々と残る血痕。青と紫の花弁がひとひら、茜色の雲に向かって舞った。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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