札幌テレビ塔強襲作戦~泡沫の悪夢

    作者:一本三三七

    ●四大シャドウのメッセンジャー
     SKN六六六を率いススキノの夜を支配する淫魔、アリエル・シャボリーヌ。
     いまはまだ地方の一団体でしかないが、いずれは、大淫魔ラブリンスターとも戦える、強力な組織とすることが彼女の望みであった。
    「そのためなら、趣味の悪いカジノの運営だって許可してあげるんだから」
     ふんふんと鼻歌を歌いながら、新たな獲物を探すシャボリーヌ。
     彼女は、夜の蝶となる事ができなかった可哀想な羽虫達に夢を与える事で、配下を増やしてきている。
     灼滅者によって灼滅されたものも多いが、それを差し引いても、なかなかの軍勢が整いつつあったのだ。
     と、その時、シャボリーヌの頭部のシャボンが粟立った。
     あわてて左右を確認するシャボリーヌ。
     その背後から、小柄な女性の淫魔が声をかけてきた。

    「あなたが、シャボリーヌちゃんだねぇ」
     やっと見つけたと、嫌みっぽい笑いを向けてくる淫魔。
     おそらく自分には届かない実力。
     だが、SKN六六六の配下の誰よりも強い力が感じられる。
    「えぇ、ワタシがSKN六六六のアリエル・シャボリーヌよ。それで、あなた誰? ただの淫魔じゃないのでしょう?」
     シャボリーヌは内心の動揺を悟られぬように努力しつつ問い返す。
     だが、この問いに対する返答は、シャボリーヌの想像をこえていた。
    「ボクは唯織、淫魔の唯織だよ。そして、贖罪のオルフェウスのメッセンジャーでもある」
     と。
     唯織と名乗った淫魔は、更に詳しい説明を行うと最後にこう付け加えたのだった。
    「勿論、ボクも手伝ってあげるからねぇ」
     シャボリーヌに断るという選択肢はありはしなかった。

    ●深夜の札幌テレビ塔
     唯織と名乗った淫魔によってもたらされた情報により、『ラグナロク計画(プロジェクト)』の支援作戦の一つ、札幌テレビ塔征圧作戦が発令された。
    「こんな仕事、新参のハルファスにでもさせておけばいいのよ」
     そんな愚痴を言いつつも、シャボリーヌは深夜の札幌テレビ塔に足を運んでいた。
     最大の障害と思われる武蔵坂学園の灼滅者については、唯織と名乗った淫魔が対策しているので、安全だと説明されたが、本当に安全かなどわかったものでは無い。
     それでも、シャボリーヌには作戦に参加しないという選択肢は無かった。
     贖罪のオルフェウスの意向に逆らうのは得策では無いし、作戦を成功させれば、ラグナロク計画における大きな功績にもなるだろう。

     彼女の後ろには、眠らされたまま縛り上げられた人影が3つ。
     彼らはオルフェウスに特別な悪夢を見せられている一般人であり、今回の作戦の最重要アイテムである。
     地上90.38mの展望台で、彼女は、悪夢を見る3人を彼女のシャボンで包み込む。
     オルフェウスの悪夢が、他の雑音に邪魔されないように、そして、その悪夢が生み出す波長をシャボンのうちに閉じ込めて増幅させるのが彼女の役割であった。

    「あんた達は下の様子を見てきなさい。あの女から連絡があり次第、灼滅者を迎撃するのよ。私の所には絶対にこさせちゃダメなんだから」
     シャボリーヌは配下の淫魔にそう命じる。
     作戦完了まであと6時間。
     シャボリーヌにとって、長い夜になりそうだった。

    ●緊急事態
    「集まっていただきありがとうございます。早速、説明をはじっますね」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は、知らせを聞いて集まった灼滅者達に一礼すると、札幌で起きようとしている事件について説明を始めた。

    「発端は、行方不明になっていた天城・翡桜さんです。彼女が、贖罪のオルフェウスのメッセンジャーを名乗り、札幌のススキノに現れたのです」
     姫子はそういうと、心配げに眉根を寄せる。
    「彼女が何故闇堕ちしてしまったのか、どうして、贖罪のオルフェウスのメッセンジャーとなっているのかは分かりません。しかし、彼女の伝えたメッセージにより、SKN六六六の淫魔、アリエル・シャボリーヌが動き出したのは確かなようです」
     姫子はそういうと、B1サイズに引き伸ばされた札幌テレビ塔の地図を広げて、詳しい説明を始めたのだった。

    「淫魔となった翡桜さんが、札幌テレビ塔周辺の警戒を行っています。まずは、翡桜さんの身柄を取り押さえるのが作戦の第一段階になります」
     姫子はそう説明し、地図にマジックで書き込みをすると、説明を続けた。
    「翡桜さんについては、別の班が対応を行いますので、皆さんには、展望台にいるアリエル・シャボリーヌへの対処をお願いします。
     シャボリーヌは、眠らされた一般人3名と、配下の護衛淫魔3体と共に展望台に立てこもっています。
     この一般人3名は、シャボリーヌのシャボンの泡に閉じ込められているようです。
     このシャボンの泡は、シャボリーヌを倒すか、或いは、シャボリーヌがこの泡から一定距離離れると破壊されます。
     シャボンの泡を破壊し、眠らされた一般人3名を救出するのが、今回の作戦の目的となるでしょう」
     そう言いつつ、姫子は地図に新たな情報を書き加えた。
     姫子の話を総合すると、シャボリーヌは、配下の3名の淫魔に対して、頻繁にエレベーターで下の階の様子を見てくるように命じている。
     また、札幌テレビ塔の内部にも、警備のための強化一般人や淫魔達が配置されている。
     ただ、シャボリーヌ配下の淫魔や強化一般人は、ススキノの夜の職業で働いていた女性達が多く、警備については素人の域を出ない。
     翡桜の指示が出るまでは、自分の持ち場付近をたむろしているくらいなので、その目を掻い潜るのは難しくないと思われる。
     といった状況であるようだ。

    「翡桜さんが指示を出すのを阻止できれば、テレビ塔内の淫魔達は組織だった動きは行いません。
     あとは、護衛の3人がエレベーターで階下に来るタイミングを見図らって襲撃すれば、目的を達する事ができるでしょう。
     ただ、シャボリーヌとの戦闘が長引けば、配下の淫魔達が異変に気づいてかけつけてきたり、もしかすると、斬新コーポレーションの増援もあるかもしれません。
     シャボリーヌを灼滅できれば大成功ですが、場合によっては、シャボリーヌをわざと逃走させて距離を取らせる事でシャボンの泡を破壊させるという作戦も考える必要があるでしょう。
     このあたりは、現場の判断が重要ですので、皆さんで話し合って対策を考えるようにしてください」
     そう言うと、姫子は、集まった灼滅者達の目を見て一礼すると、最後に、

    「ラグナロク計画の詳細は不明ですが、恐ろしい計画であるのは間違いありません。このラグナロク計画に、贖罪のオルフェウスが加わるというのならば、見逃すわけにはいきません。危険な作戦ですが、みなさんの手で、この陰謀を打ち砕いてください」
     そう付け加えて、説明を終えたのだった。


    参加者
    琴月・立花(徒花・d00205)
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)
    花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)
    泉明寺・綾(釘にはこうだわりがある・d17420)
    客人・塞(荒覇吐・d20320)
    ヴォルペ・コーダ(宝物庫の番犬・d22289)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)

    ■リプレイ

    ●外階段を登れ
     夜の闇に隠れビルの谷間を走る影。
     札幌テレビ塔を目指す灼滅者達は、淫魔アリエル・シャボリーヌとその配下に気取られないように、敵の勢力下である地下街と、展望台から確認されやすい大通公園を避けて、ビルの影に隠れるように移動していく。
     テレビ塔内部に潜入し、エレベーターを利用して展望台を目指すのならば、地下から潜入するのが第一の選択肢となるが、彼らの選んだ作戦は違ったのだ。
     札幌テレビ塔にある、453段の外階段を登り、アリエル・シャボリーヌを奇襲する。それが、彼らの立てた作戦なのだ。
     ビルの影を移動しつつ接近することで、問題なくテレビ塔の至近まで近づくことができた。作戦は順調に推移している。後は外階段を使い、展望台に登っていくのみだ。
     猫変身した、星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)が先行して確認した結果、外階段の周囲には見張りは立っていない事がわかる。
     配下をエレベーターで何度も行き来させて様子を伺わせるような、用心深いシャボリーヌが、外階段の存在を知って見張りを立てていない理由は無い。
     おそらく、シャボリーヌは外階段の存在を知らないのだろう。
    「シャボリーヌさんは、もともと博多の人だから、地理に疎くても仕方ないのでしょう」
    「札幌に来た後も、すすきのを拠点に活動していたようだしね」
     えりなの予測に、詳細なテレビ塔地図を用意して今回の作戦に貢献した、押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)も頷き、外階段に向かう為の見つかりにくいルートを、皆に指示していく。
     警戒はされていないといっても、テレビ塔にはSKN六六六に淫魔達が集まっている。
     偶然、たまたま発見されるというミスを犯さないためにも、慎重な行動が求められるのだ。

     そして、慎重に行動して、数分後。
    「無事に、2階に到着したな。まずは、ここまでは及第点だ」
     地味目な色のスーツにサングラスを付けたヴォルペ・コーダ(宝物庫の番犬・d22289)がそう呟く。
    「確か、普通の一般人が歩いて階段を登ると、20分弱かかるのよね?」
     琴月・立花(徒花・d00205)の確認に、
    「うん、そうだよ。そうなると……10倍の速度で走り抜けても2分はかかる計算かな」
     彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)が、展望台に続く階段を見上げつつ、頷いた。
    「エレベーターでの昇降なら60秒程度ですのにね」
     えりなは、展望台のエレベーターが下降を開始したのに気づいて、そう嘆息する。
     もし、彼らがエレベーターよりも早い速度で階段を駆け上れたならば、作戦の幅は大きく広がっただろう。
    「エレベーターは直進やけど、階段はそのまわりをぐるぐる回ってるんやから、道のりが全然ちゃうわ。まあそれでも、エレベーターの往復時間で登り切れるんやから、ホンマ、灼滅者は凄いわぁ」
     泉明寺・綾(釘にはこうだわりがある・d17420)は、気を引き立てるように言う。
     楽観は禁物だが、現状は、悲観する要素も全く無いだろう。
    「やっと掴んだ尻尾……ただ、今回は依頼の成功が最優先だな」
     客人・塞(荒覇吐・d20320)も降りてくるエレベーターを見上げつつ、作戦の目的を再確認する。
     と、その時、
    「皆さん、エレベーターが止まったっス! 今っス!」
     エレベーターのランプを注意深く見ていたハリマの声にすぐさま仲間達は階段を登り始めた。
     最後に残った、花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)は僅かに震える手で、胸元の懐中時計をぐっと握りしめると。
    「私は、一人じゃない……」
     そう奮い立たせるように呟き、先行していった仲間の後を急いで追いかけるのだった。

     300段以上の階段を一気に登り、突入一歩手前まで来た彼らは、そこで、一時身を隠すこととする。
     階下に降りた取り巻きの淫魔達は、再び展望台に向かってエレベーターで登ってくる筈だ。
     その淫魔達をやり過ごし、もう一度、彼らが下に向かった時が、突入のタイミングである。
     登ってくるエレベーターから身を隠す為、灼滅者達は鉄骨の影などに紛れる。
     ここで見つかれば、作戦は失敗だ。
    「……この服は派手だったかな?」
     なんとか気付かれずにエレベーターをパスしたさくらえが息をつく。
     この時、綾が、持ってきた煉瓦でバリケードを作ろうとしたのだが、思ったよりも音が響くということで、慌てて取りやめることとなった。
     バリケードがあれば、いざという時に心強いが、発見される危険を犯してまで作る事は無いだろう。
     そして、灼滅者が息を潜める事、20分弱。
     展望台の中で、シャボリーヌがぶるりと体を揺らした。
    「何か嫌な気配がするわ。敵が近づいているのかしら」
     鳴らない携帯電話に忌々しげに見やった彼女は、傍にいた淫魔達に居丈高に命令した。
    「お前たち、何か異常が無いか調べてらっしゃい。どんな危険も私に近づかせないのよ」
    「はっ」
     シャボリーヌの命令に従い、また3体の淫魔達がエレベーターに乗り込んでいった。

    ●惑乱の泡姫
    「淫魔さん達がエレベーターに乗ったようです」
     猫変身を解除して、エレベーターの動きを注視していたえりなが皆に知らせを送る。
    「これで、エレベーターの往復の2分と見回り時間の3~5分、シャボリーヌは一人だけだ」
     サングラスの位置を絶妙にかえて、ヴォルペが言うと、皆、戦いの準備を始める。
     そして、
    「シャボリーヌ、随分好き勝手やってくれたみたいだが、今回も上手くいくと思うな!」
     塞の声を合図に灼滅者達は、最後の上り階段を駆け抜け、シャボリーヌのいる展望台へと乗り込んだ。
     シャボリーヌの姿を確認すると同時に、塞がダイダロスベルトの帯を射出する。
     いきなりの攻撃を受けたシャボリーヌは、驚きの表情で灼滅者達を見た。
    「えっ、灼滅者! どうして? どこから来たっていうの!?」
     塞のレイザースラストがシャボリーヌの肉体に与えたダメージは大きくなかったが、精神に大きな動揺を与える事ができたようだ。
    (「やはり、外階段の事、知らなかったようですね。まぁ、テレビ塔に立てこもったのも、オルフェウスの指示のようだし、仕方ないのかもしれませんが……」)
     だが、そんなことを相手に言うつもりもない。桃香も強化も兼ねたレイザースラストをシャボリーヌに向かって放った。
    「くうぅ! こんな時に下僕達はどこいったのよっ! あいつら、私を守るのが仕事でしょうっ!」
     ダイダロスベルトに貫かれたシャボリーヌは、自分の指示も忘れて、配下達を罵った。
    「おっと、今度はこっちがお留守みたいだぜ?」
     ヴォルペが更にレイザースラストを放つ。
     更に、囚われた一般人に視線を向けたさくらえが、シャボリーヌに睨みを利かせた。
    「すすきのの女性達を闇に染めるだけじゃ飽き足らずってとこ? キミの想い通りになんて、させやしない!」
     螺穿槍を放ち、シャボリーヌを打ち貫く。
    「ああんもう、煩い連中ね!」
     シャボリーヌは、情熱的に腰を前後に振ると両足を大きく開く変則的な足使いで踊るように灼滅者達に近づき、霊犬2体とビハインドを含む前列を蹂躙した。
     そのダンスはキレキレで、ゴッドセブンと呼ばれる者の実力の片鱗を表していた。
     だが……、
    「私だって負けませんっ♪」
     えりなは、私の歌は皆の心を繋ぐ星の架け橋なのとばかりに、ロックのリズムから迸る情熱を、☆お星様ギター☆に乗せてシャボリーヌへと撃ち放つ。
     シャボリーヌのダンスとえりなの歌が交差し、互いの音楽性が互いの音楽性を侵食すべく、鍔迫り合った。
     そこに、新たな音が割って入った。音楽性とは無縁ながらも、美しい響きの鋭き剣戟音。
     立花の居合切りだ。
    「その泡を切り裂くには上等すぎるかしら?」
     立花の攻撃に、シャボリーヌの頭の泡が慌てるかのように泡立つ。
    「泡の人! 釘バの錆になるんや!」
     今度は綾が待っていましたとばかりに影縛りを放つ。影を絡め取られたシャボリーヌの動きが一瞬ぎこちなくなり、シャボリーヌをじわりと追いつめていく。
    「ボクもやるっスっ!!」
     仲間達の戦果に奮い立つように、ハリマも負けじと縛霊撃を放ち、霊力の網でシャボリーヌを捕えた。
    「もう、煩いったらないわっ!! これでも喰らって倒れなさいよっ!!」
     シャボリーヌは甲高く叫ぶと、苛立ち紛れに竜巻を放った。
     その旋風は、主人をまもろうとした霊犬2体とビハインドに深手を追わせた。
    「お父さん!」
     えりなが叫ぶと同時に、桃香はまっちゃにかけより、ハリマも傷ついた円を抱きとめた。

     その後も、灼滅者とシャボリーヌの攻防が繰り返される。
     配下を隔離し奇襲で攻撃したといっても、敵は、ゴッドセブンの一角を占めたダークネス。ここまで有利な状況を積み重ねて、やっと互角に戦える強敵なのだ。
     灼滅者達の攻撃を甘んじて受けながらも、攻撃の手は緩めず、なおも激しさを増していく。
     回復に手数を割けば、回復した以上のダメージを受けて、そのまま押し込まれる事は見えている。
     ならば、ダメージを回復するよりも、ダメージソースを減らす事が重要なのだ。
    「倒れなさいよ、もぅっ!」
     シャボリーヌは、少しだけ涙目になりながら、クラッシャーとして多くのダメージをシャボリーヌに与えてきた立花に狙いを定めて集中攻撃する。
    「なめるな、そして、瞬きのうちに割れなさい」
     勿論、ただやられる立花では無く、カウンターを狙うように攻撃を仕掛けていく。
     立花とシャボリーヌ。2人は互いにダメージを積み重ねる。
     だが、その力の差は歴然であった。
    「暖かな癒しの光を、立花さんに……。ヒーリングライト」
     桃香の懸命な回復も間に合わず、シャボリーヌの轟雷をまともに受けた立花が、遂に膝をついてしまったのだ。
    「くそ、シャボリーヌめ……」
     すぐさまヴォルペがこれ以上ダメージを喰らわぬよう、立花を自分の後ろへと移動させた。
    「あらら、たいへーん! 次に倒れるのは誰かしら?」
     傷だらけになりながらも、シャボリーヌは嬉しそうに微笑んだ。

    ●後一手
     状況は1対7。
     ビハインドのお父さん、霊犬と円とまっちゃに続き、クラッシャーの立花が倒された事で、戦況は灼滅者側が不利であるように見える戦場。
     だが、シャボリーヌも多くのダメージを受けて、足元が覚束なくなってきている。
     今はもう、笑みを浮かべる余裕も無く。踊りにもキレがなくなり、頭を覆うシャボンの泡も白く濁り気泡ができはじめていた。
    (「このままなら、押し切れそうだね……でも。」)
     さくらえが、そう戦況を分析した時、彼の懸念が現実化してしまった。
     灼滅者達がシャボリーヌとの激闘を繰り広げている、戦場で、ウイーンとエレベーターが動き出す音が発せられたのだ。
     それは、見回りに降りていた淫魔達が戻ってくる予兆であった。
    「くっ! 援軍が来たら倒せるもんも倒せなくなるわ! ほな、闇堕ちしてでも……」
     綾が、自らを闇堕ちさせるべく気を高める。
     自分が闇堕ちしてもシャボリーヌを倒せば差し引きプラス、そう考えての行動だったが、何故か、その意志は強まる事は無かった。
     何か、心の中にブレーキがかかったような……。その感覚をもどかしく思った綾は、
    「止せ、あの女よりお前の方が大切だ」
     と言うヴォルペに肩を引かれて我に返り、闇堕ちを諦めた。
     が、闇堕ちができなくても、シャボリーヌを逃がすという選択肢も無い。
     綾は大声で、エレベーターとシャボリーヌの間に割って入って撤退阻止するように仲間に呼びかけた。
     エレベーターが到着したとしても、シャボリーヌがエレベーターに逃げ込めない状態ならば……、まだ、灼滅するチャンスは十分あるのだ。
     が、この提案にさくらえは異議を唱えた。
    「危険すぎだね。敵は最低でも淫魔が3体、この戦いの状況が伝わっているのならば、それ以上の援軍がエレベーターから現れる可能性だってあるよ。そうなれば、挟撃されて止めを刺されるのは、ワタシ達になる」
     さくらえの正論に、綾は悔しそうに口元を歪める。
     更に、
    「そ、それに私達の後ろには一般人さんがいます。もし、私達がエレベーター側に移動すれば、シャボリーヌから一般人を守る事ができません」
     意を決したように言った、桃香の言葉が灼滅者達の方針を決定した。

    「あら、思ったよりも賢いのね。そういう頭の良い子は好きよ」
     シャボリーヌはボロボロになりながらも、再び余裕を取り戻して息を長く吐くと、頭のシャボンの泡の艶が少し戻ってくる。
     そのシャボリーヌに対し、ヴォルペが吐き捨てる。
    「あぁ、賢いさ。追い詰められたお前が、自暴自棄になって腹いせに一般人を殺してしまう危険に思い至るほどな。お前からは、そういう、小物臭がぷんぷんするのさ」
     ヴォルペの辛辣な言葉に、シャボリーヌの頬が引き攣るが、反論は無かった。
     もし、灼滅者達がエレベーター側を塞ごうと動いたならば、一般人の命を縦に脅迫しようと考えていたのかもしれない。
     エレベーター到着まで後一分。
     最後とばかりに、攻撃を集中させる灼滅者達。
     逆に、この1分を耐え抜けば良いシャボリーヌは、天使のような淫魔の歌声を披露して、その攻撃を耐えぬいた。
     そして、後一手の決め手の無いまま、エレベーターの扉がゆっくりと開いたのだった。
     エレベーターの外の惨状に驚きの表情を浮かべた淫魔3体に、シャボリーヌは、
    「いいから、早く私を癒しなさいよ、ほら、早く! 撤退よっ!」
     ヒステリックに指示を出すと、ついでとばかり、エレベーターから一体の淫魔を蹴りだして、灼滅者の足止めをするように言いつけた。
     自分が必死に戦っていた事に気づきもしなかった配下に怒り心頭のようだ。
     そして、取り残されて絶望の表情を見せる配下の淫魔越しに、シャボリーヌは、
    「私は悪く無かったんだからね。オルフェウスのメッセンジャーが仕事をしないのが悪いのよ! だいたい、灼滅者を闇堕ちさせてラグナロク計画の戦力にしようとか、そんな計画たてるなら、灼滅者対策くらいしっかりしろっての、べぇーーっだ!」
     灼滅者相手に悪態をつくと、展望台から去っていった。
     最後は、まるで子供のような悪態であったが、彼女がこの場を離れたということは、この作戦の成功条件は果たされた事になる。
     外階段を使えば、まだ追いつける可能性はあるだろう。
     だが、3階にはまだシャボリーヌの手下が残っているし、目の前には足止めにさせられた淫魔もいる。
     泡に取り込まれた一般人は、シャボリーヌが戦場を離脱した事で、泡が溶け始めている。
     灼滅者達は、足止めとして残った淫魔達を蹴散らして、泡に閉じ込められていた一般人を抱えて撤退をする事を決断した。
    「あの時、うちが闇堕ちしてれば、シャボリーヌは絶対倒せたんやけど」
    「そんな事は言ってはだめですよ」
     残念そうな綾にえりなが諭す。
    「むざむざ撤退を許すなんて」
    「今回の作戦の最優先目的は、一般人の保護。一般人を危険に晒してまで、シャボリーヌの灼滅にこだわる必要はない。今回は見逃してやるが、この次は……」
     塞は決意を新たにし、
    「あぁ、実際に戦ってみてわかったよ。シャボリーヌは、命を掛けてまで倒す程の価値は無いね」
     一般人を背負いながら、さくらえはそう告げる。
    「ええ、HKT六六六のゴットセブンの第6位。あのスマイルイーターよりも下位ですからね」
     桃香も同意している様子。
    「闇堕ちした灼滅者やハルファスが、ここの防衛を任されていたら、おそらく外階段を見落とすことは無かったかもしれないな」
     最後尾で立花を背負いながら、ヴォルペがそう呟いた。

     贖罪のオルフェウスの策略を阻止した灼滅者達は、未だ、悪夢を見続けている一般人を連れて撤退する。
     彼らは、どんな悪夢を見ているのだろうか?

    作者:一本三三七 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月26日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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