大鎧を纏ったアンデッドが、一人の男の前で顔を伏せている。癖のある白髪に、背を突き破るように生えた乳白色の水晶。白の王、セイメイだ。
「北征入道への合力が、そなたらの望みでございますか」
セイメイが静かに問うと、武者姿のアンデッドは更に深く、床に額を擦り付けて平伏する。
「よろしいでしょう。各地に封じていた武者達を呼び起こし、北征入道の元に馳せ参じさせましょう」
セイメイの言葉に、アンデッドが顔を上げる。眼窩に光が宿った。
「蒼の王コルベインの北征洞窟が現世に出現する事は、私の計画の助けにはなれど、邪魔にはならないのですから」
「お集まりくださり、ありがとうございます。札幌の地下鉄がダンジョン化していたのはもうご存じだと思いますが……札幌の事件を起こしているノーライフキングに、白の王・セイメイが援軍を派遣しようとしています」
園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)の言葉に、教室内がざわつく。
「援軍は武者鎧を身に付けたアンデッド達で、甲冑の形から鎌倉時代頃ではないかと思われます。源平合戦の古戦場など、因縁のある地域に封印されていました。皆さんには高松市、瑠璃宝の池――壇ノ浦で戦った武士が血の付いた刀を洗い、真っ赤に染まったという逸話のある池に向かって頂きます」
出現前に現地で待機し、池から這い出た所を灼滅して欲しい。そう話す槙奈の表情は、いつになく険しい。
「10分です。夕焼けが池を赤く染めてから、日が落ちるまでの10分間に灼滅して下さい」
出現してから10分経過すると、北海道のダンジョンに転移してしまう。そうなれば、それ以上の手出しは出来ない。
「出現するアンデッドですが、強力な武者アンデッドが1体、配下が5体になります。眷属だからと侮らないようにお願いします」
強力なアンデッドの力量は、ダークネスに匹敵すると言う。配下ですら、灼滅者と同等か、それ以上。
「敵の能力ですが、配下は2体が妖の槍、3体が日本刀と同等のサイキックを使います。一番小柄なアンデッドが最も強力で、こちらは天星弓に似た技を使いますね。配下の回復を図る事もあるようです」
小柄なアンデッドは艶やかな鎧を纏っており、女武者のようだと説明した。
「アンデッド達は全員ディフェンダーです。制限時間内に全て倒しきるのは難しいと思いますが……出来る限り、敵の戦力を減らして下さい」
槙奈の手帳を持つ手に力がこもる。
「敵の数も多く大変だと思いますが、セイメイが援軍を送る以上、札幌のダンジョン事件に今後何らかの動きがあるという事です。どうか、よろしくお願いします」
参加者 | |
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普・通(正義を探求する凡人・d02987) |
海藤・俊輔(べひもす・d07111) |
片倉・光影(鬼の首を斬り落す者・d11798) |
豊穣・有紗(神凪・d19038) |
ペーニャ・パールヴァティー(へっぽこサロード奏者・d22587) |
ジェレミア・ヴィスコンティ(古の血は薔薇の香り・d24600) |
蛇神・あさき(祟り蛇・d30088) |
柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607) |
●燃ゆる池のほとり
瑠璃宝の池は、弘法大師がお経と宝珠を納めて池とした、とされている。それが源平合戦の際に刀に着いた血で赤く染まったという逸話から、いつの間にか血の池などという異名が付いていた。
「池が真っ赤に、か……楽しそうだねぇ」
これから戦いが始まるという状況でも、蛇神・あさき(祟り蛇・d30088)は悠揚たる態度で池を見下ろしている。
「血で赤く染まる池とは物騒ですねえ。北征入道とは新しい主かなんかでしょうか……」
「いま、いろんな勢力が北海道に集結してるんだよね。なんだかよく分からないけど、きな臭い感じ」
同じく池の端でゆったりと構えたペーニャ・パールヴァティー(へっぽこサロード奏者・d22587)が首を傾げると、普・通(正義を探求する凡人・d02987)は険しい表情で池を見つめる。
「北征、北に向かう事を北征……考えるだけアホクセイですね」
緊張を解そうとしたのかペーニャがおどけた調子で言えば、その隣でウイングキャットのバーナーズ卿が呆れたように目を細めた。
灼滅者達が見守る中、日が傾き、太陽が赤く色づき始める。繁茂して緑色をしていた池に影が落ち、赤黒い印象を与えた。それこそ、血に染まった池であるかのように。
ごぼり。水面に、不自然な気泡が浮かんだ。
「真風招来! 来るぞ!」
スレイヤーカードの封印を解除し、片倉・光影(鬼の首を斬り落す者・d11798)が武器を構える。
「迷宮には行かせないよ、絶対にここで止めてみせるからね」
日が暮れて辺りに人気は無かったが、それでも観光地である事に変わりはない。柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)がサウンドシャッターで戦場の音を遮断した。
ザァッ!
「北海道はただでさえもうごたごたしてるし、ここで確実に出鼻挫いとかないとねー」
武者アンデッド達が姿を現すや否や、海藤・俊輔(べひもす・d07111)は獣の爪を顕現させたオーラで槍を持つ武者の鎧に傷を刻んだ。間髪を入れず、豊穣・有紗(神凪・d19038)が赤色の標識を叩き込む。
「こいつらは強制転送だからなぁ、ずるいよね」
ソロモンの悪魔達は車で移動していたのに、と口先を尖らせた。
「でもだからこそ、ここで倒せるだけ倒しておかないとねっ!」
「ああ、まったくだよ。セイメイの考えることはわからないけど、企みを成功させちゃうのは癪だしね、思いっきり邪魔してやろうじゃないか」
ジェレミア・ヴィスコンティ(古の血は薔薇の香り・d24600)の解き放った冷たい炎が水飛沫を凍らせる。夕陽を反射し、赤い花弁が散るように輝いていた。
『――これはこれは、随分な歓待だの』
水音に掻き消されそうな、それでいてはっきりと灼滅者達の耳には届いた、女性のウィスパーボイス 。同時に、矢が降り注いだ。
●開戦
例えるならば、驟雨。防ぎきれなかった矢に裂かれ、肌から血が繁吹く。
「大丈夫、傷は浅いですよ」
おびただしい数の矢に晒された前衛に、通が癒しの風を吹かせる。
「そのナリで話せるのですか?!」
何せ、声を発する為の器官など、とうに朽ちた姿だ。やや滑稽に思いながら、ペーニャは手近な武者にサロードを振り下ろした。水平に構えた刀に受け止められるも、力ずくで押し込むように殴りつける。その背後を狙い、槍が突き出された。
「夜叉丸、皆を守って!」
金属のぶつかり合う小気味よい音が響いた。霊犬の夜叉丸が咥えた刀と槍頭が力比べをするかのように押し合っていると、ライドキャリバーの神風がその体の突撃で彼らを引き剥がす。
ひゅん。玲奈の鞭剣が武者達を弾き飛ばすように大きく振るわれた。次々と傷を刻み付けていく最中、撃ち込まれた妖気に切っ先が凍てつく。同じくあさきもブレイドサイクロンで敵を斬りつけ、自身の能力を高めた。
刀の閃きから生み出された衝撃波をその身に受けながらも、光影は敵との距離を詰める。一打、二打、繰り返し打ち込まれる拳に、武者の体が揺らぐ。拳の連打を引き継ぐように、俊輔もまた拳にオーラを集束させた。槍で突かれる事のない間合いに飛び込み、正拳で突く。
追い討ちをかけるように有紗が影を伸ばした先に、艶やかな赤の鎧が立ち塞がった。その弓につがえた癒しの矢は、満身創痍の武者の元へ。
「ふふ、気の強い女性はキライじゃないよ。でも、出来れば腐り落ちる前に、出逢いたかったな……?」
くすりと口元に笑みを湛え、ジェレミアの足元からコウモリが飛び立つ。狙いは配下だったが、影の翼が届くよりも早く、女武者が割って入る。
『若造が、我を口説くか』
けくけくと薄気味悪い笑い声が上がるのと対照的に、通は前髪に隠れた柳眉を顰めた。多少の庇い合いは覚悟の上だったが、対象を集中させ難い事への懸念。だが、攻撃を遅滞させる理由にはならない。エアシューズを滑らせ、槍を持つ武者のおとがいを蹴り上げた。
後方に下がる隙を与えず、武者が冴え冴えとした一閃を放つ。間に飛び込んだペーニャが攻撃を肩代わりし、お返しとばかりにチェーンソー剣で斬りつけた。彼女を見守るように視線を送っていたバーナーズ卿が、尻尾の先のリングを金色に輝かせる。
敵の胴に幾度も拳を叩き込みながら、玲奈は女武者が矢をつがえたのを視界の隅で認めた。
「鎌倉時代の武者……なら、北征入道って義経に仕えていたっていう武蔵坊弁慶かな?」
『……? 何の話だ』
身構えるも、放たれた矢は後衛へ。光影は龍の意匠が美しい刀で叩き落とそうとしたが、往なしきれずに脇腹を裂かれる。すかさず飛ぶ、夜叉丸の浄霊眼。
回転した槍に斬りつけられても、あさきは気丈に笑った。身の丈に迫る長さの刀身を煌めかせ、彼の神霊剣が加護を砕く。
俊輔の槍から撃たれた冷気と、武者の槍から撃たれた妖気がぶつかり合い、爆ぜた。舞い上がった砂埃の中から飛び出したのは、神風。重厚な体をどうと唸らせ、武者を撥ね飛ばす。
砂煙を掻き消すように、再び矢の雨が降った。止むが早いかペーニャの魔力を帯びた霧が仲間を包み、傷を癒す。この戦いの折り返しも近いはずだが、まだ敵は1体も減っていない。背を伝う汗は、日が暮れてなお残る蒸し暑さのせいか、それとも焦慮のせいか。
●日はまだ落ちない
配下から着実に倒すと決めてはいたが、女武者が自由に動ける状況はいささか危険に思い、有紗は縛霊手の祭壇を展開した。構築した結界は女武者の動きを止めるには至らなかったが、刀を持つ配下2体を縛り付ける。
敵も減ってはいないが、味方も誰一人として欠けてはいない。真っ直ぐに武者達を見据え、玲奈のフォースブレイクが炸裂する。高められた攻撃力の後押しもあり、後ろに吹き飛んだ武者はそのまま動かなくなった。
女武者が弓を引いた。玲奈が風切り音に気付いた時には矢が眼前に迫っていた。間に飛び込んだのは、夜叉丸。
「夜叉丸!」
射抜かれた夜叉丸の小さな体が地に落ちる。心配するなとでも言うようにつぶらな瞳を有紗に向け、一時的な消滅を迎えた。
「楽しんでる余裕はない、かな」
ジェレミアの召喚した無数の刃が、武者達に襲い掛かる。射程内の敵が5体になった事で本来の威力を発揮し、武者達の体を苛む炎や氷を煽り立て、傷口を抉るように広げてゆく。
飛び交う刃の間を縫うように槍を突き出した武者の死角から、あさきが刀で切り上げた。兜が転がり落ち、肉の無い頭部が露わになる。飛び上った神風の突撃をかわして体勢を崩したところに、光影が異形化させた腕を振り下ろした。ガシャリと砕ける音と共に、武者の体が崩れ落ちる。
『ほう。これがセイメイ殿の仰る灼滅者か』
立て続けに配下を2体失った女武者が、感心するように息を吐く。
「セイメイの趣味って暗躍ー? 利用されてるとか思わないのかー?」
武者の刀を両の手で抑え込みながら俊輔が問えば、女武者は首を横に振った。
『北征入道殿への翼賛こそ我が望み。セイメイ殿はそれを助けてくださったのだ』
そもそもセイメイが居なければとうに消滅した身であるのだから、喜んで利用されようと笑い、弓を引く。苛烈なまでの矢の群れが、前衛に降りしきる。
「そっちの身の上話なんて興味ないよっ」
「今、回復します!」
有紗の影が伸び、武者を頭から喰らった。刀で影を裂いて中から這い出た所を、通の護符に賦活された俊輔が九字を唱える。鎧がひしゃげるように破裂し、武者の四肢が飛び散った。
「お前さんと戦ってみたかったんだ……遊ぼうぜ」
槍使いを優先してはいたものの、刀を愛用する者同士戦ってみたかったのだと、あさきが武者と切り結ぶ。それを無粋にも邪魔するように、もう1体の武者が真横から刀を振り下ろした。
「おい、むしゃすんなよ」
盾として立つ自分を素通り出来るとは思うなと、ペーニャがチェーンソーを唸らせる。
『冗談を抜かすとは、まだまだ余裕と見える』
チェーンソーを引くタイミングで、強烈な威力の矢が撃ち放たれた。武器を掲げて受けるには間に合わない。
「……どんな時でも、駄洒落、は忘れ、な」
仲間を庇い続け、癒しきれない傷を蓄積していたペーニャが、とうとう膝を着いた。倒れる前に微笑んだのは、彼女なりの意地か。咆哮を上げ、光影が前へと駆ける。
「災いが集うなんてろくでもない事態、何としても食い止めるぜ!」
少年が拳を叩き込むその上空から援護するように、ジェレミアの影が群れ飛ぶ。よろめいた方向から玲奈の閃光百裂拳が畳みかけ、武者は体を折り畳むように曲げて地に伏した。
女武者が、弓を引く。だが、これまで癒しをもたらしていた通が取った行動は、炎を宿した武器を叩き込む事だった。
「あと少しです、頑張りましょう!」
「転移なんて、させないよっ」
ジェレミアの妖冷弾が刀を握る篭手を凍てつかせ、俊輔の斬撃が鎧の大袖を裂く。
「――……10分っ」
有紗の標識に殴り飛ばされた武者は、跳ねるように地を転がり、池に落ちた。力なく浮かび上がった後、消滅する。
玲奈のマテリアルロッドが、あさきの刀が、女武者に向けられた。
『見事』
避ける事も守る事もせず、女武者は攻撃を受け入れる。致命傷には遠く及ばないが、それでも傷を刻み込む事は出来た。
●誰そ彼の池のほとり
乾いた地面が雨水を吸い込むが如く、音も無く女武者の姿が沈んでゆく。
――次に会う事があれば、絶対に倒す。
女が姿を消した場所を、灼滅者達は静かに見下ろしていた。
日が落ちた。薄闇の中、何事も無かったかのように木々が擦れ合う静かな風の音に混じり、自分達の荒い息遣いばかりがやけに耳に付くようだった。
作者:宮下さつき |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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