武者アンデッド北へ~その身散れども、魂は華

    ●甦りし刻
     ガシャン、と武者鎧の音が重々しく木霊する。
     蒸し暑い湿気を嫌でも感じるこの地に見えるのは、二つの影。
     一方は、見るからに人ならざる者。武者鎧をまとったアンデッドだ。もう一方の影へ向かって、粛々と跪いている。
     そんなアンデッドが平伏する相手は――巨大な水晶の翼を背に生やした青年。
     その名を『白の王セイメイ』と云う。
    「北征入道への合力が、そなたらの望みでございますか」
     詠うようにセイメイが訊ねれば、アンデッドは首肯の代わりに更に深々と頭を下げた。
     身にまとう鎧に恥じぬ、武士としての礼儀を表すアンデッド。ごく一般的なアンデッドと違い、ある程度の力と知能があるようだ。
    「よろしいでしょう。各地に封じていた武者達を呼び起こし、北征入道の元に馳せ参じさせましょう」
     セイメイはそう答えながら、その鋭い瞳を伏せる。
     生温い初夏の風を、水晶と化した肌で感じながら更に言葉を続けた。
    「蒼の王コルベインの北征洞窟が現世に出現する事は、私の計画の助けにはなれど、邪魔にはならないのですから」

     ――北上せしは、永き眠りより目醒し武士(もののふ)の骸たち。
     
    ●諸行無常
    「札幌のダンジョン事件関連か……しかも中々に、厄介になりそうだな」
     教卓にドサ、と大量の資料を置き、溜め息混じりに白椛・花深(高校生エクスブレイン・dn0173)は独り言ちた。
     既に集っている灼滅者たちを頼もしげに見渡し、「お前さん達にゃあ、ちょっと遠出をしてもらうぜ」と話を切り出した。
    「武蔵坂とも因縁深い、白の王・セイメイが動き出した。
     なんでも、件の札幌ダンジョン事件の元凶であるノーライフキングに、新たなアンデッド達を送り出そうとしてんだ。
     このまま放っておいたら……嫌な予感がするよな。けど、今ならお前さん達の手で食い止められる」
     セイメイが呼び起こそうとするアンデッド達は各地に封印されており、未だそれは解かれていない。
     つまり、封印が解かれる場所で待ち伏せすれば、目覚めたアンデッドたちを北上させることなく灼滅できるというわけだ。
     大勢の灼滅者たちが向かう、大規模な作戦になるだろう。
     頼まれてくれるか、という花深の問いかけには、無論、灼滅者たちは頷いてみせた。
    「へへっ。それでこそ、お前さん達だよな!
     ――それで、今回向かってもらう封印場所は、兵庫県内のとある山道だ。
     此処はどうやら……源平合戦にまつわる古戦場だったみたいでな。
     出現するアンデッドはみんな武者みたいな出で立ちをしていて、ボスを含めて全部で8体。全員がディフェンダーだな。
     だが、封印が解かれて10分が経過すりゃあ、アンデッド達は北海道のダンジョンへ転移しちまう」
     つまりは、如何に戦力を削り、確実にトドメを刺すかがポイントだろう。
     花深はそう解説しながら、分厚い資料のページを捲る。
    「そうだ、コイツも言っておかなきゃな。女武者のようなアンデッドには気をつけてくれ」
     曰く、その女武者アンデッドの名は『椿御前』という。
     他のアンデッドよりは小柄だが、その実力はダークネスと同等である。
     身の丈より大きな薙刀を振るって、首を刈り取るのだ。
    「……まるで、首からぽとりと落ちる椿の花のようにな」
     比喩としては美しいが、その威力は惚れ惚れするほど恐ろしい。
     戦いでは気をつけて欲しいと花深は念を押した。
    「しかし、だ……。備えておかなきゃ、ならねえようだな」
     あのセイメイが、新たに札幌へ援軍を派遣した。
     つまり、灼滅者たちの知らないところで大きな何かが動き出そうとしているのだろう。
    「これから待ち受ける『悪い予感』ってやつにさ。
     ……まあでも、信じてるぜ。お前さん達なら乗り越えられるってよ」
     その為にも、どうか。できうる限りの灼滅を。
     花深は灼滅者たちを見据え、静かに後を託した。


    参加者
    夜舞・リノ(星空に煌めく魔法使い・d00835)
    埜々下・千結(杯掬う女帝・d02251)
    華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983)
    神宮寺・刹那(狼狐・d14143)
    御神楽・フローレンス(高校生エクソシスト・d16484)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    浅巳・灯乃人(スターダスト・d26451)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)

    ■リプレイ


     肌を撫ぜる微かな夜風は、初夏特有の湿り気を帯びている。
     鬱蒼と生い茂る木々が月明かりを遮る中、灼滅者たちは兵庫県内の或る山道へと足を踏み入れた。
    「うえ~ん。地面がべちょべちょなんだな~……」
     泥濘んだ道を歩きながら、夜舞・リノ(星空に煌めく魔法使い・d00835)は足元を照らして困ったように呟く。
     すぐ傍へ視線を移すと、彼女の霊犬『ユエ』の足は土で汚れてしまっている。
     無事に帰れたらしっかり洗ってあげなくちゃ、と頭を撫でて、リノ達はその先へと進んでゆく。
     夜伽・夜音(トギカセ・d22134)もまた、今日は滑りにくい靴を用意して準備は万端だ。
    (「花深くんにバッチリ頼まれさんしちゃったの、めいっぱい頑張るさんだよぉ!」)
     自分達を信じて送り出してくれた学帽の少年の姿を思い返し、夜音はグッと拳を握って気合十分。
     そして浅巳・灯乃人(スターダスト・d26451)も、事前に告げられていた『嫌な予感』を撃ち砕くべく、改めて決意を込めて。
    (「嫌な予感を現実になんてさせないんだから! 悪い企みなんて、絶対に阻止してみせるよ」)
     灯乃人は心の相棒へ目配せすると、ウィングキャットは翼をはためかせながら小さく鳴いた。大切な友とは、いつだって気持ちは通じ合っているのだ。
     一方で、埜々下・千結(杯掬う女帝・d02251)は小さく身を震わせていた。
     これは大きな争いの前の、戦い。これからは今以上に、多くの人々が傷つくのだろう。
     嫌な未来が頭に浮かび、千結は思わずぎゅっと目を瞑る。そんなとき、
    『ナノ……』
     彼女を案じて、ナノナノの『なっちゃん』が寄り添ってくれた。心配してくれた大事な友へ、千結はやさしく微笑みかける。
    「……一緒に頑張ろうね、なっちゃん」
     そう囁くと、なっちゃんは『ナノっ!』と明るく頷いた。そして共に、仲間たちの背を見つめる。

     ――みんなと一緒なら、大丈夫。どんなに怖くても、わたしは戦える。

     富士川・見桜(響き渡る声・d31550)は身につけたチョーカーに触れて、目をそっと伏せる。
     私には何ができるだろう? この力を得てから、見桜は常にそう考えていた。
     闇に堕ちた自分を助けてくれた彼等のように――今度は私が、誰かを助ける番なんだ。
     この命を賭して、絶対に勝つ。そして、全員で武蔵坂へ帰る!
     己の名を美桜から、今の『見桜』へと変えたあのときのように。
    『絶対に勝つ』。彼女はそう、覚悟を決めた。
     そして、指定された山道の位置へと辿り着き、灼滅者たちは歩みを止めた。

     ――程なくして、ぬかるんだ地面に異変が起こる。

     ずるり、と生々しい音を立てて這い出てきたのは白骨の躯。それも一体だけでなく、二、三、四……と次々に姿をあらわしてゆく。
     異変に気づいた直後、華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983)と神宮寺・刹那(狼狐・d14143)は時計のアラームをセットする。
     アラームはどちらも、5分、8分、10分に鳴るよう設定されている。時間制限が伴う今回の作戦において、時間が経過するごとの知らせは重要だ。
    (「セイメイ、次は何を考えているのかな……きっとまた大変な事が起きる気がするけど」)
     武者鎧をまとうアンデッド達を見据えながら、灯倭は思考を巡らせる。
     その先に何が待ち受けていようとも、自分が出来る事を、為すべき事を為すのみだ。灯倭のジャケットの背に浮かぶ月と太陽が、月光を帯びて輝いた。
     そして、刹那も。怜悧な金の眼光で敵を捉え、得物を構える。
    「セイメイからの増援部隊、ここで倒しておかないと色々と面倒な事になりますね」
     10分という短時間でどれほど戦力を削れるかは分からないが――今はただ、全力を尽くすまで。
     黙したまま、御神楽・フローレンス(高校生エクソシスト・d16484)は祈り手を解いた。
     相見えし異形の武士共へ、フローレンスの霊犬『シェルヴァ』が勇ましく吠える。全ては悪しき魂を、この地に再び眠らせる為。
     するとその時、アンデッドの群れがパッと二つに割れた。
     その真ん中からゆっくりと、小柄で華奢な骸が歩み出る。
    「呼び声を受けて眠りから醒めてみれば――変わったものだな、現し世も」
     かたかた、と骨を軋ませながら骸は呟く。妙齢の女性の声だ。
     他のアンデッド達と比べても、身にまとう鎧は土に汚れても鮮やかである。
     そして何よりも印象的なのは、奴が手にする身の丈以上の薙刀だ。

     ――椿御前。
     一目で灼滅者達は解した。
     そして椿御前は宣する。薙刀を構え、底なし沼のような眼窩で灼滅者達をジロリと睥睨して。
    「妾の行く手を阻むならば、その首を斬り落とすぞ。現し世の子等よ」


    「初めまして、椿御前さん。私達は貴方たちの邪魔をさせて頂くただの灼滅者やんね!」
     薙刀使いのアンデッドへと、リノはぺこりとお辞儀。その拍子に、黒から青へと移ろう不思議な髪がさらりと流れる。
    「現し世の、すれいやぁ……成程。肝は据わっているようだな、夜に愛された髪の子よ」
     敵ながらも律儀に振舞うリノへと、椿御前は素直にそう零した。
     言葉遣いに品があるとは聞いていたが、まるで歌人のように物事を見立てる癖があるらしい。
     さりとて、遂に戦いだ。
     左胸に手を当てずとも、心臓の鼓動が更に跳ね上がるのを見桜は感じた。
     大きく息を吸い、そして吐く。その動作で眼前の敵に意識を集中させる。
     隕鉄で造られたその冷たさと重さを確認するように、『リトル・ブルー・スター』を強く握った。
    「あなたたちを、行かせるわけにはいかない」
     意志を込めた眼差しを向けて、敵陣へと言い放つ。その声はハスキーながらも明瞭で、古戦場へと力強く響き渡った。
     その声が始まりとなり、両勢力が熾烈に入り乱れる。
     灯倭は九字の印を結び、アンデッド達を激しく揺るがす。しかし、ここで起こったのは奇妙と称していい程の庇い合いだった。
     椿御前を含めたすべてのアンデッドが守護を担う配置についており、受ける傷を半減させるだけでなく肩代わりも発生するのだ。
    「……雪花の戦輪か。妾の時代にはそのような美しい得物は無かった」
     灯倭の『華冰』を興味深そうに見つめ、椿御前は挑発的に口走る。配下が攻撃を引き受けたからか、奴は未だ無傷だ。
    「お褒めの言葉、どーもありがとう。――行って、一惺!」
     主の声に応え、霊犬の『一惺』が鳴き声一つ。トラウマを植えつけた配下アンデッドめがけて斬魔刀を見舞った。
     灼滅者達の最優先目標は、頭たる椿御前でなく配下の灼滅だ。
     アンデッド達と戦いながら、夜音は感嘆の吐息を漏らす。
     戦乱の世に生きた武将であるからか、部隊の布陣に隙がない。
    (「……椿御前さん、すっごいさんなの。喩え話も残っているぐらいだから、きっととってもすっごいお人だったんだねぇ」)
     ――だからこそ……北には行かせられないよぉ。
     スキップをするような軽やかさで高々と跳躍し、アンデッドへと蹴撃を放つ。淡い煌きが暗闇に溶け、夜音は音もなく着地した。
     次いで見桜が全力で聖剣を振るい、アンデッドの一体へと刃を叩き込む。
    「あなた達を絶対に倒したい。そうすればちょっとは自信を持てるから。そうすれば、少しは役に立てたって思えるから」
     だから、私は戦い続ける。これからも。
     覚悟を決めた見桜の言葉が紡がれた直後、椿御前が大きく薙刀を振るった。
     旋風の如き突撃が、前衛を担う千結、刹那、夜音、見桜を襲う。
    「神宮寺先輩、ここは自分が……!」
     直後、ディフェンダーとしての役割を全うすべく飛び出したのは千結だ。
     刹那の前に立ち、暴風を直に受ける。小さな身体は吹き飛ばされ、山道の脇に聳える大樹に激しくぶつかった。
    『ナノっ、ナノナノ!』
     傷ついた友を癒やすべく、なっちゃんがハートをふわふわと飛ばす。
     全身に走る痛みも和らぎ、ゆっくりと千結は立ち上がって。
    「なっちゃん、ありがとう……自分、負けないっすよ」
     己を鼓舞して、黒の弾丸を撃ち放った。
     依然として、敵側の庇い合いは続いている。
     しかし灼滅者達は攻撃をただ与えるだけでなく、アンデッド達の動きを封じるべく妨害も駆使していた。
     リノが凍りつく死の魔法を紡ぎ、アンデッドが一気に4体も氷によって蝕まれてゆく。
    「氷漬けにされている今が好機です、シェルヴァ」
     そのとき、フローレンスが静かに霊犬へと指示を出した。
     利口なシェルヴァは的確に、フローレンスが示したアンデッドへと六文銭を撃ち出した。
     その一体が怯んだ隙を突き、ダイダロスベルトを広げてアンデッドを捕らえる。
    「眠りなさい。神の御心は、いつでも共に在るのですから……」
     その所作は紛うことなき、神に身を捧げたシスターのそれだ。
     今回は愛用のギターを使わない為、楚々とした彼女の振る舞いは崩れていない。ロックな一面もまた、フローレンスの魅力の一つではあるのだが。
     帯の翼に抱かれ、アンデッドの一体は眠るようにして地に伏した。
    「まだまだ! いたーい一撃をお見舞いしてあげるんだから!」
     びしっと指差し、灯乃人は大きな竜巻を呼び出す。
     アンデッド達を一斉に巻き込み、立て続けに灯乃人のウィングキャットが尻尾のリングをキラリと光らせた。
     息の合った連撃を繋げ、もう一体も力尽きる。灯乃人は「猫さん、ナイス!」と声をかけて愛猫の頭を優しく撫でた。
    「強者との戦いは望むところですが、今は作戦を第一優先にさせてもらいます」
     宣言と共に、刹那は冷気の氷柱でアンデッドを貫く。灼滅者達は、立て続けにアンデッドを仕留めていた。
     無機質な電子音が手首からピピピ、と響く。灯倭の時計からも同時にだ。
    「……既に、五分が過ぎているようですね」
     ピン、と狼の耳を立てて、刹那は静かにそう呟いた。


    「それは、時を知らせる道具か? 現し世には便利なものがあるのだな」
     関心するように椿御前が言う。現代にまつわるものが興味深いらしい。
     残り5体となった配下達は、黙々と灼滅者へ反撃をしかける。
     降り注ぐ矢の雨を避けようとするが、千結は誤ってぐらりと体勢を崩してしまう。
     その直後、千結の首元には薙刀の刃が向けられていた。
    「……ッ!」
    「儚げな娘よ。なにゆえお主は戦う? その小さな身体を以ってして、お主に何ができる?」
     唐突な問いかけだ。
     控えめな自分は、椿御前からしてみれば脆そうに見えたのか。だから問うているのか。
     いつもならこわくて、不安に陥る。――けれど、俯いてばかりではいられない。
    「自分は……本当は、とっても怖いっす。これから北で何が起こるのか」
    「ほう?」
     依然として刃は突き付けられたままだ。
     だが千結は自分の意志を露わにし、精一杯に言い放った。
    「けど、今はなっちゃんが……みんながいるから自分は、『わたし』は戦えるんす。
     傷つく人を減らせる可能性が、少しでもあるなら――わたしはそれに賭けたい……!」
     言葉と共に、悪夢を生む一撃を配下にぶつける。アンデッド達の中で混乱が生じる中、飛び込んできたのは見桜だ。
    「くらえ!!」
     流星のような青白い燐光が、宵闇に軌跡を描く。
     上段からの振り下ろしは、鎧武者の兜をかち割って灼滅に至らしめた。
     成功ノルマはあと1体。それを皆が確認すると同時、再びアラームの電子音が鳴り渡った。
    「……残り2分、だね」
    「大丈夫、焦らず頑張ろやんね!」
     灯倭の知らせを受け、リノが明るく皆に呼びかける。
     ユエもまた元気よく吠えて、斬魔刀でアンデッドを斬り裂く。
    「さあ、これでトドメです」
     其処へ潜り込んできたのは刹那だ。
     人狼の尻尾をふわりと夜風に流し、鬼の手へと変化させた腕でアンデッドを鎧ごと叩き潰す。
     これで残るは椿御前と、配下が2体。
     転移まで残り僅かだが、灼滅者達は攻撃の手を緩めることはなかった。
     灯倭は雪花を模った断罪輪を残りの配下へと振るいながら、椿御前へと語りかける。
    「椿御前、あなたに聞きたいことがあるの」
     少女の明るい橙の眼差しが、女武将を見据える。
    「貴女は、セイメイに何故呼ばれるか……彼が何をしようとしているか、知っているの?」
    「さあて、な。妾は呼び声を受けて再び目覚めた。他は知らぬ……」
    「なら……今、椿御前さんは、動けてて幸せ? 戦えて幸せ?」
     次いで訊ねたのは、夜音だった。
     遠くを見つめるようにして、椿御前は間を置いてさらに口を開く。
    「――そうだな。妾は今、新たな生を受けて『嬉しい』。
     現し世を知れて、再びこの得物を振るえて、戦場に立つ女がこれほど居ることも知れて嬉しいのだ!」
     戦乱の世では戦う女は希少であったからこそ、椿御前は歓びのままに叫んだ。
     その直後、大きく振り落とされた薙刀の斬撃が灼滅者達を襲った。
     大きな負傷を受けた前衛達へ、フローレンスは癒しの夜霧を放出する。全快とはいかないが、残り数分を耐えしのぐには充分だろう。
     だが、灯乃人の影がもう一体のアンデッドを飲み込んだところで――、

     10分を知らせるアラームが鳴った。

    「時間、か。また相見えよう。すれいやぁとやら」
     古戦場に響き渡る電子音を聴き、女武将は呟いた。
     椿御前と、最後の一体となった鎧武者の躯が光を帯びていく。
    「椿御前さん」
     消え去っていく前に、声をかけたのはリノだ。
     彼女がぎゅっと抱きしめているユエも、何よりリノ自身も。激しい戦いのすえ身体はボロボロになっていた。
    「またあなたに会えるかな。今度はもっと強くなってあなたに勝ちたいやんね」
     哀しげにそう微笑む。
     骸となった顔から相手の表情は伺い知れぬが、きっとこの思いが届いていることを信じて。
    「沙羅双樹の花の色……『形あるものは必ずこわれ、生あるものは死ななければならない』」
     ふと、夜音の脳裏に浮かんだのは、盛者必衰を示す古の言葉。
     椿御前は今、再び生きていられることが幸せだと言った。
     けれど、屍と化して甦った姿はあくまで延長線でしかない。英霊達の物語は、誇り高いものであって欲しい。
     だからこそ――。
    「待って、椿御前さん! アンデッドじゃあ、駄目なの。戦人の御話は――」
     夜音の切実な言葉が伝わり切る前に、増援部隊は姿を消してしまった。
     彼女の鮮やかな赤い瞳が、微かに揺らぐ。次に彼女等と会う日は、そう遠くは無いのであろうか。
     戦いを終え、灯乃人は心の相棒を愛情込めてぎゅっと抱きしめ、フローレンスは静かに祈りを捧ぐ。
    「……うん」
     見桜の掌に残る、確かな手応え。これは自分達がまた、最後まで戦い抜けた証だ。
    「今回は灼滅出来ませんでしたが、次会う時は必ず……」
     悔しそうに刹那が呟く。殲滅するには一歩が届かなかった。けれど、目標を達成したことは何よりの幸いだ。
    (「次会う時はきっと、貴方達の目論見、止めてみせるから」)
     未だ明けぬ宵闇の中。
     灯倭が身に付けている黎明の鍵が、彼女の誓いに呼応するかのように淡く輝いた。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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