夕暮れ迫る森の中で。
「北征入道への合力が、そなたらの望みでございますか」
白の王セイメイの前に武者鎧のアンデッドが平服し、深く頭を垂れていた。
「よろしいでしょう。各地に封じていた武者達を呼び起こし、北征入道の元に馳せ参じさせましょう」
「有難き幸せ!」
武者が喜びの声をあげる。優しげに微笑み、白の王は顔を上げた。
木立の向こうを行き交う人間達は、ここにアンデッドが封ぜられていると知る由もない。
「蒼の王コルベインの北征洞窟が現世に出現する事は、私の計画の助けにはなれど、邪魔にはならないのですから」
●現世に舞い戻る亡者
召集に応じて集った灼滅者たちに、埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)は何とも渋い顔で説明を始めた。それもそのはず、白の王の策動とあらば。
「目的は、札幌でダンジョン事件を起こしているノーライフキングへの援軍派遣。送りこまれるのは強力なアンデッドだ」
古戦場に封印されている彼らはほどなく解き放たれる。だが現れてから10分ほどで、今度は地に飲まれるように消えるという。行き先は札幌、ダンジョンへの転移だ。
「よって今回の依頼は、アンデッドが封印を解かれる場所で待機し、彼らが消える前に可能な限り灼滅することとなる」
可能な限り、の理由は個体の強さ。
ダークネスにも準ずる首領アンデッドが一人。首領を守るべく、一人一人が灼滅者よりも強い武者アンデッドが五人いる。
彼らは首領を庇うため、全滅させるのが難しい。しかも10分すると転移し、灼滅していなかったアンデッドは転移した先で回復する。確実に一体ずつトドメをさすのが重要だ。
「もっとも、万一撤退する事態となっても、敵は諸兄らを追撃しては来ない。その点安全性は高いと言える」
首領の武者アンデッドはエクソシストと妖の槍のサイキックを使う。配下のうち三体は日本刀、二体は天星弓のサイキックで戦う。
場所は古戦場、鎌倉市寺分のとある指定文化財の前だ。霊が出る、すすり泣く声がするなどと曰くつきの塔がある。
アンデッドたちが封印を解かれて現れたら10分間の戦闘開始となる。
説明を終えた玄乃が眼鏡のブリッジを押し上げた。
「セイメイが援軍を送るからには、札幌のダンジョン事件が動き出すことになるのだろうな。とにかく可能な限りアンデッドは灼滅してきて貰いたい」
今後の動きに備えなければならないだろうし、と話は結ばれた。
参加者 | |
---|---|
遠藤・彩花(純情可憐な元風紀委員・d00221) |
風間・薫(似て非なる愚沌・d01068) |
天方・矜人(疾走する魂・d01499) |
慈山・史鷹(妨害者・d06572) |
天使・翼(ロワゾブルー・d20929) |
朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070) |
黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134) |
吉国・高斗(小樽の怪傑赤マフラー・d28262) |
●逢魔ヶ刻
午後5時より少し前、鎌倉市寺分。
興味本位で入りこむ一般人を防ぐためか、いくつかの金網と敷地で隔絶された曰くつきの塔の前で、灼滅者たちは準備を整えていた。時間は限られている。
「セイメイ、とうとう絡んできたか……札幌を騒がしくしないためにも頑張らねえとな」
天方・矜人(疾走する魂・d01499)が腕を組んで唸る。骸骨の仮面をかぶったこの場の彼を一般人が見たものなら、都市伝説が生まれる勢いで噂が流れたであろうが。風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)の放つ殺気によって、辺りから人々は離れていた。
既に封印が解かれると思しき辺りには、不穏な気配が漂い始めている。低い唸り声をあげる霊犬・小春に、薫が穏やかに声をかけた。
「小春、あんたは盾や。しっかり守るんやで」
応じるように元気な鳴き声が返る。赤い目を細めて、朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)がぼやいた。
「セイメイの奴……ただでさえ北海道がゴタゴタしてるって時に。これ以上何か持ち込まれてもキツイのにさぁ」
「愛する北海道へ大量の骨を向かわせる訳にはいかねえからな。ここで出来るだけ潰しておくぜ!」
小樽出身である吉国・高斗(小樽の怪傑赤マフラー・d28262)の意気は高い。傍らを舞う黒いウイングキャット・にゃんまふも、高斗とおそろいの赤いマフラーをなびかせてやる気満々だ。
「時間制限もあって厳しいだろうが、少しでも倒しておかねぇとな」
カードを解放しながら慈山・史鷹(妨害者・d06572)が呟く。
依頼の成功条件は配下のアンデッド五体の灼滅だが、可能なら首領も狙っていきたい。その点全員の意志は統一されていた。
遠藤・彩花(純情可憐な元風紀委員・d00221)が仲間を庇うように前に進み出る。いつも通りの小さめのWOKシールドを装着し、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「依頼の成功、まずはそれのみです。短期決戦になりますが、油断せずに行きましょう!」
無言のまま黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)が頷いた。ダークネスはすべからく倒すべき標的。もとより油断はしないが、先日共闘した矜人がいるのは心強い。
「怪我してもええから、成功さして皆で帰るで」
警戒態勢の小春を伴い、薫が呟いた時だった。
わずかに日が翳った一瞬、難の変哲もなかった地面の中から湧き出すように、一群の武者が現れていた。黒漆や緋縅、かつては戦場で鮮やかに輝いたであろう武具は色褪せ、土と古の返り血に汚れている。そしてそれらを纏うのは、もはや往時を想うべくもない骸骨たちだった。
「よう、おたくら何処に行くんだ? 逢魔ヶ刻とは言うが、まさか髑髏集団と会うなんてな。可愛い子なら大歓迎なんだけどよぅ」
軽い調子で声をかけたのは天使・翼(ロワゾブルー・d20929)だった。その背には青い寄生体が翼のように組織を広げつつある。彼らの出現で『戦場』が成立し、音が外界から遮断できたのを翼は感じていた。
刀を手にしたアンデッドが顔を見合わせ、弓を持ったアンデッドが主を振り返った。一番後ろにはひときわ大柄な、武具を身につけた骸骨がいる。それは青白く眼窩を光らせ、低い軋むような声をあげた。
『北征入道殿への御助力に馳せ参じる障りとなるならば、薙ぎ払うまで』
『御館様の意のままに』
見る間に人の姿を捨て、三対六腕の異形の巨躯と化した草次郎が呟く。
「……時間は少ねぇ。さっさと片すぞ」
アンデッドたちが武器を構えるのを前に、『タクティカル・スパイン』をくるりと手元で回し、矜人が高らかに宣言した。
「さあ、ヒーロータイムだ!」
●遭遇と激突
配下すら一人一人が灼滅者より強いアンデッド。
けれど戦いようはある。手数の多さと人数は武器だ。
柘榴の背中にまとう魔力が紅い羽根となって顕現し、駆ける彼女の背で揺れた。
「其は静謐なる死の顕現! フリージングデス!」
詠唱とともに武具をまとった骸骨たちの足元に、血のように紅い五芒星が収束する。輝きはその上に存在するものの熱を奪い、軋みをあげた。数体から苦鳴があがる。
『裁きの光よ来たれ!』
首領、南条・直利という名前だけが明らかなアンデッドが槍を掲げると、黒い十字がいくつも地から湧きだした。放たれる硬質な光が灼滅者を襲う。
「おう。テメェはこっち向いてろよ」
口調すら別人のように変じた草次郎の腕が、首領に槍を突き入れた。仲間を癒し加護を加えるべく、彩花がツインバックラーのシールドを展開する。
矢を番えた亡者が天へ向けて撃つや、雨のごとく矢が降り注いだ。柘榴を彩花が庇えば、飛び出した小春が矜人を狙う火線を塞ぐ。続いて亡者たちが刀の鞘を払った。
「流石に強いな。ま、それでも何とかするっきゃねぇ……ってな」
斬撃に顔をしかめた史鷹が剣を抜くと、矜人と呼吸を合わせて弓をもった亡者を追い込む。錆びた刃は非物質化し、亡者の精神を切り刻んだ。
「寝起きの所悪いんだが、すぐに土に帰って貰う!」
矜人が見舞うは拳の連撃。武具の合間からあばら骨ばかりが見える体に拳を叩きこむ。
「死人に生きる場所等無い、土に返り」
仲間の傷を癒すビートを奏でながら薫が呟いたが、返ってきたのは拒絶だった。
『我らは御館様の意のまま、戦場にあっては敵を討つまで!』
「なら小樽の怪傑赤マフラー、吉国高斗が相手だ!」
高斗の縛霊手が展開すると、現れた祭壇の展開する結界がアンデッドたちに襲いかかった。動きを阻害されながらも、弓の使い手が仲間を癒す矢を放つ。高斗のの相棒であるにゃんまふは、薫を支援すべく尻尾のリングを光らせた。
『何故御館様の邪魔だてをする!』
「こいつがオレのタスクでね、わりぃな」
翼の意を受け、意志ある帯が翻る。奔る帯が亡者たちを絡めとって絞め上げると、小春の六文銭が撃ち込まれる。
『立て直せ! たかが小童と侮るな!』
叱咤と共に直利が癒しの光を灯し、傷ついた亡者たちを立て直した。この調子で時間ばかり食っては厄介なことになる。考えた矜人は軽い口調で煽りにいった。
「オレ等を倒して手柄を立ててから合流すれば、北征入道に重宝されるかもな! ほら来いよ、オレの首は高いぜ?」
『素っ首貰い受ける!』
低い声が聞こえた時には、既に懐に踏みこまれていた。咄嗟に跳び退こうという首筋を追って迸る斬撃を、飛び込んだ彩花が代わって受ける。返す刀、ならぬ標識でしたたか打ち据えた彩花に、弓を構える亡者へ魔杖を繰り出しながら矜人が笑いかけた。
「悪いな!」
「致し方ありませんね」
微笑む彩花の向こう、史鷹が矜人を狙った亡者に斬りかかる。
「思い通りに動いて欲しくは無いんでねぇ。邪魔させて貰うぜ」
●亡者と生者
膠着状態になったのはほんの2分。弓使いが一体倒れると、そこから流れは一気に灼滅者の側へと勢いを増した。ダークネスへの復讐を誓う柘榴の攻撃は殊に熾烈だ。
「更なる災厄に沈め! セブンスハイロウ!」
七つに分かれた輝きが亡者たちを襲い、紅い輝きとともに引き裂く。もう一人の弓使いが倒れるのを目の当たりにして、首領である南条・直利に攻撃を通すまいとしていた刀使いが叫んだ。
『御館様、我はこれまで! 御助力の為、我らのことはお忘れ下さい!』
「スカル・ブランディング!」
言わせも果てず、矜人が棍のように操る『タクティカル・スパイン』を捩じこまれまた一人亡者が崩れ落ちる。
『主らの忠誠、忘れはすまいぞ』
槍を操りながら呟く直利に、薫が眉を寄せて首を振る。
「あんたらの企みなど誰が好きにさせるかいな」
落城の趣すら漂わせているが、その存在は人に仇をなす。死者を操り尊厳を踏みにじる亡者の王――なればこそ薫の舌鋒は鋭い。
その一方、仲間が確実に傷ついていることを草次郎は把握していた。のんびり構えていたら取り逃がす可能性もあるばかりか、誰か重い怪我を負いかねない。
「……やれるだけやるか」
配下を全滅させるのは最優先項目。草次郎は即座に攻撃目標を切り替えた。巨躯が加速し、炎に包まれた踵が落ちかかるや、にぶい音をたてて一息に亡者の首をへし折る。
「骨クズに戻ってやがれ」
残る亡者は配下が一体。それも傷が重なっている。薫も治療から攻撃へスイッチした。虚をつかれたように刀を構え直す亡者に迫る。迎撃しようという瞬間に飛び込んだ小春の斬撃にのけぞり、サイドに回りこんだ薫の蹴りを避ける術はない。鮮やかな炎の尾をひいて叩きこまれた蹴撃で、くたりと亡者の膝が崩れた。
素早く距離を詰めた彩花が亡者の腕をとらえると一息に投げ落とす。ばきんと音を立てて腰でまっぷたつになったアンデッドは、そのまま動きを止めた。ぱんと手を払って彩花が嘆息する。
「これでトドメです」
『小童めら……』
怒りを孕んだ直利の声が陰鬱に響く。
配下全てを排除し残りは5分。残すは南条・直利だけ、ではあるが。
ダークネスに準じるというだけの力は確かにあった。傷を負っているとはいえ灼滅者8人を相手に、一歩も引かず一人で戦いを続ける。
『貴様は少し目障りだな!』
まともに命中した氷の弾にたたらを踏んで、薫は身を蝕む氷の呪いに唇を噛んだ。
「……膝は折らへんで、絶対」
主を救うべく、小春が必死の浄霊眼で傷を塞ぐ。コートを翻して派手に立ち回りながら、矜人が挑発を重ねた。
「セイメイに何を吹き込まれたかは知らねーが、良いように使われてるだけじゃねーの?」
『戯言も大概にせよ!』
「そこを動くなよ! 赤マフラーキック!」
マフラーをなびかせながら宙を舞った高斗のハイキックが、直利の頭部をまともに打ち据えた。
●矜持と尊厳
武士なだけに忠誠心が高いということだろうか。史鷹は疑問をぶつけてみることにした。そもそも彼らの素性もわかっていない。ダメでもともとだ。
「北征入道が主なのか? いったいお前ら、何者なんだ?」
『主らに語ることはない!』
閃く槍が史鷹をしたたか貫いた。血で咳き込みながらも鋭い鉤爪の生えた狼の腕を振り上げ、叩きつけて距離をとる。と史鷹の前にスカルコートを翻して矜人が飛び込み、背骨を模したマテリアルロッドを捩じこんだ。
「頼る相手を間違えたら、えらい目に合うぜ?」
「困ったね、こいつは。なかなかタフガイじゃんよ」
流しこまれた魔力にのたうつ隙を見逃さず、苦笑しながら翼が寄生体の構成する砲台から毒の砲撃を加える。それに気をとられた直利の背後に柘榴が回りこんでいた。抉るような斬撃が武具ごと彼を引き裂いた。
『ぐおっ!』
「これじゃあ格好つかへんさかい、小春……気張るで」
薫の指先を離れた柔らかい輝きが史鷹を癒し、気丈に鳴き返した小春が連続で六文銭を叩きこむ。足が止まった頭上に彩花が舞い、体重を乗せた踵落としを見舞った。草次郎の槍が残った骨を削りながら突き込まれ、よろけた直利を高斗がとらえた。
「その忠義は尊敬するが、お前達を北へは向かわせないぜ! 天狗山ダイナミック!」
いつもの白いジャージもあちこち血に染まっているが、構わず山頂から豪快に叩き落とすような投げ技を放つ。まともに決まったが、赤いマフラーをなびかせて追いすがるにゃんまふをいなし、唸った直利が素早く体勢を立て直した。
刻限が近い。足をなんとか奮い立たせて、彩花は斃れたアンデッドたちを確認した。配下五体全てが砕け、地に倒れ伏している。
「配下は全員トドメを刺しました。大丈夫ですね」
その言葉が終わるより早く、直利が低く構えた槍の穂先を彩花の喉元に突きつける。
『そこをどけい!』
零距離から放たれる氷弾を避ける術はない。
「きゃあっ!」
喉から肩の辺りまで凍りつかせ、彩花の小柄な身体が勢い余って吹っ飛んだ。
今、直利が彩花に代わって立つ場。それはちょうど彼らが現れた場所であり、恐らくは北へ征くための陣があるのだろう。戦いの構えを解いて、ただ一人残った武者が唸る。
『主らとの決着は預けた』
「時間はまだまだあるぜ、もうちょい付き合えよ」
肩に突き立った矢を引き抜いて翼が笑う。彩花を助け起こすと、史鷹は血を拭って直利に向き直った。倒すには至らなかった。あと5分、あるいはもう少し――時間があったら。
「近い内にまた会う事になるかもしれねぇが……そん時はきっちり灼滅してやるよ。骨でも洗って待って居やがれ」
『我が首欲しくば来るがよい。我が家人を討った咎、免れぬものと思え』
鬱々たる声が応じると、唐突にその姿は地に吸い込まれるようにして消えた。
●闇のむこうへ
今までが嘘のように辺りは静まり返り、あまりにもあっけない戦いの終わりを告げる。
残されたのは五体のアンデッドの屍と、誰ひとりとして傷を負わぬもののない灼滅者たちだった。十分間を戦い、サーヴァントに至るまで誰も欠けずに済んだのは戦略に因るところが大きい。とはいえ、ことに彩花と史鷹、小春の傷は重かった。
「あんたもよぅ頑張ったわ、お疲れさん」
もう一撃を受ければもたなかったに違いない、白い体に無数の傷を負った小春が嬉しげに尻尾を振る。よろける小春の頭を撫でて、薫が微笑んだ。
仲間の傷を癒している間に、仕留めたアンデッドたちの骨は過ぎ去った時を思い出したように風化していった。身につけていた武具も色あせ、崩れ、ほどけてゆく。
戦いで荒れた広場は矜人が手早く均し、痕跡を消した。音を遮断していたこともあり、人には勘付かれずに済んだようだ。古戦場なればこそ幾多の死者が眠るもの、騒ぎになるようなことは忍びない。
「曰く付きの土地らしいし、変なのに見つかる前に退散だな」
矜人の言葉に頷き合い、灼滅者たちはその場を後にした。
首領である南条・直利こそ仕留める時間はなかったが、強力な兵たる配下のアンデッドを出来たのは大きな戦果だった。
朽ちた身をもって亡者たちが馳せ参じる、北の戦場。
そこでどのような争いが起ころうとしているのかを、今知る術は、ない。
作者:六堂ぱるな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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