ニンジャ・イズ・ジャスティス!

    作者:海乃もずく

    ●Nightmare
     夢を見ている。
     夢の中で、誰かが自分に呼びかけている。
    『汝、ご当地怪人・イガヘッド。ダークネスとして生まれながら、同胞たるダークネスを灼滅する者よ』
     奇怪な兜を被ったダークネスが、自分に呼びかけている。
     いや――違う。この声は、自分に向けられたものではない。もう一つの自分、闇の人格へと向けられたもの。
    『ハリー・クリントンという殻に閉じ込められた、孵る事なき雛鳥よ。灼滅者という罪を犯す汝に贖罪を与えよう。我、オルフェウス・ザ・スペードの名において』
    (「ミス・オルフェウス!」)
     魂の奥底に眠る、ダークネスとしての人格が浮上を始める。
     灼滅者であるハリー・クリントンは抗うが、その意識は強力な存在によって押さえ込まれたまま。
    『我が手にすがるならば、灼滅者という罪は贖罪され、汝は殻を破り、生まれ出づるであろう』
     呼びかけに応える闇の人格は、強い歓喜に包まれる。急浮上するダークネスの意識を、引き戻すすべはない。
    (「ユーがこのスレイヤーのクライムに贖罪を与えるというのならば、ミーは喜んでその手を取りまショウ!」)
     悪夢は終わらない。
     闇の力は強さを増す一方で、抵抗の意思はあまりにか細く。
    (「さあ、ハリーハリー! ハリーハリーハリー!」)
     
    ●JUSTICE
     白昼の地方銀行前。周囲には多くの人だかり。マイクを持ったレポーターが、カメラの前で話している。
    「3人組の強盗がこの銀行に立てこもってから、2時間がたちました。13人が人質としてとられており――」
     そこへ。
    「Wasshoi!」
     扉を蹴破り、建物内に躍り込む長身の影。
     農紫色のニンジャ装束。真っ黒な皮膚。全身を覆うたくましい筋肉。
     首から上は巨大なイガ栗。顔はない。
    『ご当地怪人イガヘッド、ここに颯爽とエントリー! ユーらクリミナルはデスあるのみデス!』
     ボロさの増した赤いスカーフが、首もとから翻る。
     イガヘッドは強盗へと、イガ忍者ビームを発射! 哀れ、強盗は爆発四散!
    『スレイヤーであった過去のクライムを償いまショウ。ヒドゥン・ニンジャタウンの秘伝のニンポーで!』
     顔面からイガ忍者ビームが発射され、3人の銀行強盗は爆風に散る。
     イガヘッドは天へと拳を突き上げる。もし彼に顔があれば、勝ち誇った笑みが浮かんでいただろう。
    『全てはミーの、そしてグローバルジャスティス様の正義のために!!』
     
    ●ニンジャの行方
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)は、考え込みつつも話の口火を切る。
    「行方不明だったハリー・クリントンくんを見つけたよ。……闇墜ちしていた」
     最近、前日の晩までは普段どおりだったのに、朝には姿を消している灼滅者がふえている。
     そのうちの1人、ハリー・クリントンが闇墜ちしていることが、確認されたという。
    「ハリーくんは当地怪人イガヘッドとなって、とある銀行強盗を殺すの」
     自らの正義を実行し、人々に礼讃の心を植え付け、ご当地パワーを増そうとしているらしい。
     ダークネス人格といえ、イガヘッドが殺人を犯せば、ハリー・クリントンを救い出すことは不可能になるだろう。その前に阻止しなければならない。
    「みんなが介入できるタイミングは、イガヘッドが銀行に乗り込んだ直後だよ。それまでは銀行の外で待機してね」
     ご当地怪人イガヘッドは、かつて世界4大栗の一つと呼ばれたアメリカグリのご当地怪人。出身はイガ忍者の里(ヒドゥン・ニンジャタウン)。秘伝のニンポー、ニンジャケンポーを使う。
     絶滅しかけているアメリカグリをイガ忍者の里で極秘に栽培していたのが、アメリカンコンドルの策略かどうかまではわからない。
    「アメリカとグローバルジャスティスこそが正義と信じる、かなりの武闘派だよ」
     銀行強盗犯3人と、人質13人を救出・保護し、ご当地怪人イガヘッドと戦い、かつ、ハリー・クリントンの意識へ呼び掛けねばならない。
    「銀行の周りは野次馬がたくさんいるけど、ギャラリーがいなくなれば、イガヘッドは早々に撤退を試みるよ。彼の目的の一つには、目立つことがあるみたい」
     逃げるときには、ミジンガクレの術を使うだろう。手を休めずに戦う必要があるという。
    「イガヘッドが撤退する気が起きないよう、ギャラリーは残しておくか、あるいは、3カ所ある出入り口を塞いで、撤退自体を不可能にするっていう方法もあるね」
     ハリーに対する声かけだが、これが正しいという方法はない。イガヘッドは力づくでハリーの精神を抑え込んでいる。
    「どんな言葉がハリーくんに届くのか、わたしにはわからない。でも、声は聞こえているはず。ありったけの言葉で、ハリーくんに呼びかけて」
     戦闘にしろ、説得にしろ、真っ向勝負になるだろう。
    「救出が無理なら、灼滅せざるをえないかもしれない……」
     イガヘッドはもはやダークネスでもある。迷っていては、致命的な隙をつくってしまうだろう。
    「今回助けられなければ、ハリーくんは完全に闇落ちしてしまう。そうなったらもう、もう助けることができなくなってしまう。……お願い、どうか、そうなる前に」
     助けてあげてと、カノンは強い口調で言った。


    参加者
    柳・真夜(自覚なき逸般刃・d00798)
    姫切・赤音(紅爍・d03512)
    緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)
    桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)
    碓氷・炯(白羽衣・d11168)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)
    齋藤・灯花(麒麟児・d16152)
    一空・零菜(マジゴッドっスよ・d20512)

    ■リプレイ

    ●アイサツ
     白昼の銀行強盗事件。建物のまわりは、物見高い人だかり。
    『Wassoi!』
     正義を下しにエントリー、ご当地怪人イガヘッド。自身のジャスティス守るため、グローバルジャスティス様のため。裁きのビームが悪人に迫る!
    『ユーらクリミナルはデスあるのみデス!』
     しかしそこへ、イガヘッドを阻む、新たなヒーローのエントリーだ!
     ESPで違和感なく関係者に溶け込んでいた灼滅者に、不意を打たれるイガヘッド!
    「ドーモ、武蔵坂スレイヤーです」
     両手を合わせ、正しくアイサツをする丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)。
    「ドーモ、イガヘッド=サン。イソラ・レナっス」
    「えっと、どーも、一般的灼滅者です。……で、よかったです?」
     続く一空・零菜(マジゴッドっスよ・d20512)と柳・真夜(自覚なき逸般刃・d00798)。
     アイサツは重要。イガヘッドも両手を合わせる。
    『ドーモ、スレイヤー=サン。イガヘッドです。イヤーッ!』
     イガヘッドはアイサツ直後にイガ栗手裏剣を投擲! その間およそ0.01秒! タツジン!
     しかし灼滅者もタツジンの域。齋藤・灯花(麒麟児・d16152)の跳び蹴りが、イガ栗手裏剣を蹴り弾き、さらにイガヘッドの顔面へ!
    「會津がヒーロー、灯花推参! 貴方が自らを正義と称するなら、灯花達もまた正義!」
     軽々と蹴りを止めるイガヘッド。灯花は蹴り足に力を込め、大見得をきって堂々と叫ぶ。
    「ウニヘッド、あなたはまちがっています!」
    『名前のミステイクはスゴイ・シツレイ! 反省してくだサーイ!』
    「知ったことか、このウニ野郎!」
     桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)も清楚系女子をかなぐり捨て、シールドバッシュを叩き込む。
     そんな中で一瞬の死角をつき、音もなく迫る影。
    「お相手頂きましょう」
    『ワッツ!?』
     碓氷・炯(白羽衣・d11168)は背後から槍を穿つ。しかし、先ほどの場所に、イガヘッドの姿はない。
    『HAHAHA、それは残像デース! ……オゥ!』
     灯花はクリの頭へとビーム、詠子は回し蹴り。その双方を叩き落とすイガヘッドへ、炯はぐるりと回転させた長槍を撃ち込む。
    「イガヘッド、貴方には引っ込んで頂けないと困ります。これは絶対に退けない戦いなんです」
     戦いの裏では、避難誘導が進んでいる。
    「正義だか何だか知りませんが、まァオモシロい面構えになったモンですね。……えェ、ズイブンとゴキゲンじゃねェですか」
     姫切・赤音(紅爍・d03512)は出口までの障害物を排除し、避難用のルートを確保。
     緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)は、自身のビハインドと、2台のライドキャリバーと共に、強盗の移動を開始する。
    (「ガンバルゾー!」)
     人質誘導は丁寧に。避難移動は迅速に。
     今はまだ、舞台を整える段階だから。

    ●戦いの裏側で
     強盗犯は気絶させ、速やかに外へと引きずり出す。
    「真の強盗のエントリーだ! 栗狩りだ!」
     ちくさとビハインドのレッドは、おそろいの仮面でギャラリーにアピール。何が起きたのかざわつく屋外ギャラリー。
     エウロペア(d04163)と織絵(d03318)は、強盗犯を気絶させ、隼(d04291)は、強盗犯を素早く捕縛。
    「さ、ちくさどの! 疾くハリーの元へ!」
    「お疲れ様、ヴァンキッシュ。あとは任せてくれ。……頑張れよ」
     ちくさとレッド、ライドキャリバー達は戦場へと引き返す。
     依然、イガヘッドとの戦いは続いている。イガヘッドの姿が二重、三重にぶれ、武器と拳が空を切る。イガ栗手裏剣が小次郎と真夜の上半身で爆発する。
    「灼滅者であることが罪だとは、私には全く思えませんけれどね。ダークネスとはやはりその辺りの理が違うのですね……」
     爆風に合わせて跳躍し、真夜は壁を蹴って地面に着地する。
    『クリミナルも、スレイヤーも、オールキルなのデス! それがジャスティス!』
     灯花の真後に現れ、ビームを放つイガヘッド。
    「正せる人を正さず、殺して正義を名乗るなど……愚の骨頂!」
     灯花は振り返りざま、ビームで応戦。双方のビームが至近で激突、競り負けた灯花が壁へと叩きつけられる。両者の間に、跳び蹴りで割って入るちくさ。
    「笑顔が足りない! そんなんハリーさんじゃないやいハリーさん返せ!」
     炎を巻く蹴りもスウェーでかわされ、炯の槍も宙を薙ぐ。
    『ミーの名はハリーにあらず、ご当地怪人イガヘッド。かつてスレイヤーであった罪をつぐない、ジャスティスに生きる男なのデス!』
     イガヘッドは身を翻し、縦横無尽に飛び回り、顔を光らせビームを放つ。
    「ざけんな、こんな生ぬるいビームでヒーロー名乗るんじゃネェよ。すっこンでろ偽者!」
     肩口から黒い煙を上げ、痛みをこらえながらも、詠子は叫ぶ。
     イガヘッドを戦場に引きつけるかたわら、人質と強盗犯は速やかに移動を続ける。
    「そのロッカーの後ろを抜けて、裏口まで抜けてください」
    「自分に続いて欲しいっスよ!」
     赤音の誘導と、零菜の先導により、戦場を離れる人質達。戦場のイガヘッドを見やり、赤音はかすかに目を細める。
    「……しかしまァ、ズイブンとセンスの無ェザマですね」
     建物の外では、紗里亜(d02051)が突撃レポートふうに、ギャラリーたちの関心を引きつけている。ギャラリーに潜むサクラ役が、場を巧みに盛り上げる。
    「イガヘッドだって? 入った子供たちは大丈夫か? 彼らが出てこないぞ!」
     関心を高めるギャラリーの中、紗里亜は人質を連れて出てきた零菜へと、マイクを向ける。
    「中は一体どうなって……え、ヒーロー同士が争ってる!?」
    「そうっス、まだ中には一味と人質がいて、ヒーローの戦いは続いているっスよ!」
     銀二(d08733)とキィン(d04461)は人質の避難を全て終え、武士(d09817)とひなた(dn0181)は出入り口には施錠とバリケードを施す。
     紅コートの天才探偵という触れ込みの織絵が、ギャラリーに向け、声を張り上げる。
    「未だ現場では賊と戦ってるようだ。皆でイガヘッドの名前を叫んで応援しよう!」
     人ごみの一角から、やたらと力強くイガヘッドコールがわきおこる。自然と唱和するギャラリー達。
     わき上がるイガヘッドコール。
     この声が続く限り、イガヘッドは帰らないだろう。自信の正義を示すために。
     銀行内の避難誘導は完了、イガヘッドの撤退を防ぎ――。
     ――今、ハリーへ呼びかける準備は整った。

    ●忍者倶楽部
     ある山の中に、古風な屋敷がある。
     さまざまな忍者と、忍者に興味を持つ者が集う場所。忍者倶楽部。
     ――かつて、ハリー・クリントンという灼滅者がいたところ。
    「ハリー、しっかりしてください。貴方の意思はそんな簡単に屈するものではないでしょう」
     雷光まとうアッパーカットを振り抜く真夜。かする拳に、揺れるイガグリ頭。
    『HAHAHA、ハリーの意識はグッドスリープ! 声は届きまセン!』
    「人の手借りて、いい気になって満足そうだな。しかしヒーローってのは形は様々だがよ、譲れぬ何かを持ってるもんだ」
     イガヘッドの長針を盾で受け、小次郎は攻勢に出る。
    「お前さん、妥協したよな? オルフェウスの口車乗って、自らの意志を甘んじたよな? ハリーの足元にも及ばん」
     あいつは、人の笑顔を守ることと、すけべ根性発揮するときは妥協しねえんだ。
     小次郎はシールドを振り下ろす。両腕を頭上でクロスし、イガヘッドは盾の一撃を受け止める。
    『ミーの譲れないものはミーのジャスティス! ミス・オルフェウスの声に応えたのはジャスティスを貫くミーの意思!』
     イガヘッドの袖口から、弾幕のように長針が飛ぶ。赤音とちくさから、回復のサイキックが交錯し、灼滅者側も体勢を立て直す。
     回避行動をとりながら、小次郎はイガヘッドの様子をうかがう。
    (「負けられぬ戦いほど、相手の流儀の添いつつ、気が付かぬうちに綻ばせてやるもの」)
     決定打でない言葉でも、揺さぶりをかけることができたなら。
     真夜がためらいがちに口を開く。
    「えっと、戻ってきたらちょっとだけおっぱい揉んでもいいですよ……?」
     真夜がそう言った瞬間、イガヘッドの左手が動いた。豊かな胸をむにっと掴む。
    「……」
    『……』
     戦場の時が一瞬止まった。
    「イガヘッド、あなたに揉んでいいとは言ってません!」
    『ノー! ワッツハプン!』
     互いに後方に飛びすさり、距離をとる真夜とイガヘッド。
     割り込んだちくさが、イガヘッドに蹴りかかる。
    「ハリーさん、今のはハリーさん!? 聞こえているんだよね!」
     やわこいGカップの胸当てを突き出し、ちくさは炎の蹴りを繰り出す。
    『ミーはイガヘッドデス! ノーハリー!』
    「うっせーばーかばーかばーか! ハリーさん、ハリーさんはおっぱいいっぱいな頃の方がおもしろ恰好いいよ!」
     ぷっと頬を膨らまし、イガヘッドにあっかんべするちくさ。後退するイガヘッドへ距離を詰め、ビームを受けながらも前に出る。
    「……だから帰って来てよ。また一緒に遊ぼう、ハリーさん」
    「そうだ、ハリー! 帰ってこい!」
     出入り口で戦場封鎖を担う面々も呼びかける。
    「ハリーよ、思い出せ。忍者倶楽部にてたわわに実っている果実達を! そのまま完全に堕ちてしまえば拙者一人で堪能させてもらえるわけだが……それで良いのか?」
     隼の言葉に、エウロペアの声が重なる。
    「ハリーよ、そなたは決して、アメリカグリ一辺倒の男ではないッ! わらわは覚えておるぞ!」
    「起きろ、クリントン! 栗のイガだろうと硬い渋皮だろうと、この『雪角』で纏めて貫いてやる!」
     和弥(d03497)は人間手裏剣と化し、熱い忍者魂の塊となって特攻説得(物理)を試みる。
    『誰が何と言おうと、このボディはまだミーのものデース!』
     イガヘッドは黒手裏剣を乱射する。その勢いは依然として強烈なまま。

    ●傷鳴りの十字塔
     丘の上にある廃教会。聖堂には、ひびだらけの硝子十字。
     傷鳴りの十字塔、とその建物は呼ばれている。
     ――そこは、かつてハリー・クリントンという灼滅者がいたところ。
    「貴方が居ないと、あの教会が暗くて困るんですよ……! 戻ってきて盛り上げて下さい」
     霊力が網状に放射され、イガヘッドを包み込む。小爆発の中、イガヘッドの姿が消える。
     背後に回り込むするイガヘッド。炯の目はその動きを捉えている。繰り出される槍先。
    「今までのように男のまろ……ろまんを追い掛けて下さいよ」
    『ハストだのロマンだの、そんなものに屈するわけにはいきまセン!』
    「それでも、それがハリーさんです。私達はそんなハリーさんを連れて帰りたいんです!!」
     詠子の片手にはシールド、片手にはグラビア誌。
     不潔なものや下ネタは、詠子自身は見るのも聞くのも耐えられない。
     ……でも、ハリーの好きなおっぱいで、彼を連れ戻すことができるなら。
    「ハリーさん。沢山の大事な物、好きな物も。居場所だって見つけたのでしょう? これを見て、思い出してください!」
     詠子はグラビア誌をイガヘッドの顔に叩きつける。豊満美女のサービス写真を見たイガヘッドは、詠子の胸へと栗頭を向ける。
    『セルフバストのアピールは、ないのデスカ?』
    「……私のは……じ、自信が無いんです! 何を言わせるんですか!!」
     頬を紅潮させた詠子は、手加減なしにシールドを叩き込む。
    『そんなやり方は無駄デス! ユーらは皆、ミーのジャスティスに裁かれるのデス!』
     真っ黒なイガ栗手裏剣が、灯花へと命中する。
    「人を裁くのは、力ではなく法だって習いました!」
     灯花はひるまない。距離を詰め、思い切り拳を振り抜く。
    「闇と化さなければ、人は何度でもやりなおせるのです!」
    「命を狩り取るのがニンジャの仕事なのか? クリントン」
     灯花に続く、レイン(d02763)の声。
    「クリントン、聞えているか? 傷鳴りが随分と寂しいことになっているんだ。クリントンがいないと、真面目ばかりで味気ない」
    「お前の道を思い出せ、ハリー・クリントン! そいで早ぅ戻って来ぃ! 学園祭の準備、手伝わんね!」
     レインだけでなく、緒璃子(d03321)も。そして、明(d01101)と、カズヤ(d13597)も。
    「戻ってきて、ハリー! 大切な人がいなくなるのは、もう嫌だから……。貴方は私の大切な友人だから……!!」
    「ハリーせんぱい! オレ、アメリカ栗のこと、ハリーせんぱいから教わりたいんです! それから、傷鳴りでおしゃべりしたり、ゴキゲン草のおせわをしたり……」
     後方からの支援に徹していた赤音が、前に出る。構えるニンジャソードは、かつてハリーから贈られた物。
    「……ま、センスが良いかどうかは別ですが、存外悪かねェシロモノでね」
     皮肉めかした口調は変わらずに。ポケットに両手を入れたまま、赤音は唇の端をつり上げる。
    「暑苦しいのは他に任せますが、一遍しか言わねぇからよく聞いとけ」
     赤音の繰り出す、ローラーダッシュからの激しい蹴り。
    「手前が居ねェとな、ウチが薄ら寒いンだよ。さッさと帰ってこい、ハリー・クリントンッ!」
     膝をつくイガヘッドを包囲し、彼らは手を休めずに追撃する。
    『オーマイジャスティス! ミーが破れる!? そんなことは、あってはなりまセン!』
     イガヘッドは立ち上がる。当初の勢いは、随分とそがれていた。

    ●武蔵坂学園
     東京都武蔵坂市に、灼滅者の通う学校がある。
     生徒達は学生として、灼滅者として、共に学び、笑い、戦い、助け合う。
     ――かつて、ハリー・クリントンという灼滅者がいたところ。
    「武神大戦天覧儀の時にもその闇堕ちした姿を見たけど、変わってないわね」
     螢(d06312)は昔を思い出し、ため息一つ。セクシーなチャイナ服で悩殺アピールしながらも、栗頭を叩き割る気満々で。
    「正義が何か、簡単に見失うんじゃない! 刀の下に心を置いて、力の使いどころを誤らないのが忍者だろう? 頑張れ、戻って来い!」
     徒(d25006)は、ハリーとは学園の生徒同士以上のつながりはない。けれど、助けに行く理由はそれで十分。それもまた学園の正義。
    「ハリーくん、何そんな力に負けちゃってんのよ。貴方の力はその程度のものだったの? ほら、とっとと戻ってきなさいな。また部室でゆっくりお茶でも飲みましょう」
    『ノーノーノー! これ以上、ハリーへ話かけるのはやめてくだサイ!』
     イガ栗ビームがほとばしり、声をかけ続けていたセイナ(d04572)の髪をかする。
    「ハリーさん、あんたとは一度しか一緒に戦ったことはねーっスけど……」
     インフィニティをふかしつつ零菜が叫ぶ。
    「あの時、自分はヒーローの姿を見たっス! 闇に落ちた怪人の姿なんて、ハリーさんには似合わねーっスよ!」
     あの時、零菜はハリーと連携して、グリュック王国の怪人にとどめを刺した。ヒーローに憧れる彼女には、大切な思い出。
    「あの、怪人を沈めた光景は忘れてないっス! あの時の……イガ・忍者・ダイナミックを!」
     ハリーと連携した時のビームを、零菜は今、イガヘッドに向けて放つ。
    『まずいデス、このままデハ……ハリーがウェイクアップしてしまいマス』 
     力が入らなくなっていく両手を見下ろし、イガヘッドがうめく。負傷やバッドステータスでは説明のつかない、じわじわと全身を襲う脱力感。
     それはすなわち――ハリーの目覚め。
    『絵空事の理想や、スレイヤー同士のなれ合いや、柔らかおっぱいに、ミーのジャスティスが負けるというのデスか!? ありえまセン! アンビリーバブルなのデス!』
     イガヘッドは矢継ぎ早に長針を投擲、壁に幾本もの穴があく。ヴァンキッシュとインフィニティが針の弾幕に飛び込み、機銃掃射で反撃。
     間隙をぬい、詠子と炯の槍が神速の早さでイガヘッドへ向かう。詠子の槍からは冷気のつららが、炯の槍先は螺旋を描いてイガヘッドの肌へとめり込む。
    「貴方を倒し、ハリーさんを連れ戻す。それが僕の正義です」
    『グローバルジャスティス様のためにも! ミーは……!』
     なおも言葉を続けようとしたイガヘッドへと、赤音のニンジャソードがまばゆく輝く。栗頭にヒビを入れる、強烈な斬撃。
    「たたみかけます!」
     間髪入れずに真夜の抗雷撃が、零菜のバベルブレイカーが命中する。吹っ飛ぶイガヘッドへと跳躍し、灯花はオーラの拳で連打を見舞う。
    「今のハリーは、カッコわりーです! もとのヒーローに戻ってください!」
     灯花の赤いマフラーが、イガヘッドのマフラーに対抗するように、激しい連打の風圧にひるがえる。
     両脇から、ちくさと小次郎が距離を詰める。
    「ヒーローは! 悪い奴に屈したりしない!」
    「金髪スケベ、てめえもいつまでこのヘタレに好き勝手させてねえで、さっさと帰ってこい」
     気持ちを込めた、ちくさの人間手裏剣。同時に、小次郎の跳び蹴りが流星を散らす。
     大きく吹っ飛び、壁に叩きつけられるイガヘッド。巻き上がったホコリが、その姿を遮る。
    「ハリーさん」
     詠子が祈るように呼びかける。
     ……壁に手をつき、身を起こしたその姿は。
    「拙者……帰ってきたで、ござるよ……」
     一回り小さくなった体に、見慣れた金髪が揺れる。
     ハリー・クリントン――灼滅者として、ここに帰還。
     大きな歓声とどよめきが、建物の内外から一斉にわき上がった。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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