願いを叶える魔剣

    ●闇へ誘う夢
     悪夢を見ていた。
    『汝、ダークネスとして生まれながら、灼滅者という罪により意識の深層に閉じ込められ、同胞たるダークネスを灼滅する者よ。
     花衆・七音という殻に閉じ込められ、孵る事なき、雛鳥よ』
     悪夢の中で、奇怪な兜を被ったダークネスが呼びかけてくる。
    『我、オルフェウス・ザ・スペードの名において、汝の罪に贖罪を与えよう。
     我が声を聞き、我が手にすがるならば、灼滅者という罪は贖罪され、汝は殻を破り、生まれ出づるであろう』
     魂の奥底にある闇の意識が、オルフェウスの囁きに呼応する。
    (「あかん、聞き入ったらあかんけど、抑え……られへん……」)
     七音の意識が薄れていく。
     ああこれが、闇に支配されていく感覚。
    (「かしらかしら? 私に贖罪をくれるのかしら?
     ありがとうなのかしら、ザ・スペード、オルフェウス」)
     代わりに現れた人格は、無邪気で幼く。
    (「お礼に私は貴方のお願い聞いちゃうのかしら
     私は希望のデアボリカ
     貴方が私に望むなら、貴方のお願い叶えちゃうのかしら♪」)
     そして強欲なーー漆黒の魔剣。

    ●雛未のソウルボード
    「はぁ……」
     ここは雛未の夢の世界。夢の中ですら溜息をつく悩める14歳だ。
    「私は希望のデアボリカ。雛未のお願い叶えちゃうのかしら♪」
     黒い闇たまりから、黒いゴシックドレスに身を包んだ少女が現れた。
     右頬と、足元に浮かび上がるスペード、それが彼女のスート。
     右手は魔剣になっており、大きな口と目がついている。
    「本当に!? 今日は、とっても良い夢……えーと、その……」
     言いよどむ雛未に、無邪気な笑みを浮かべて。
    「なんでも叶えてあげるのかしら♪ 3つの願いを叶えてあげるのかしら。さぁ、教えてくれるのかしら?」
    「じゃあね、テレビで見た有名パティシエのケーキが食べたい! あと、雑誌に載ってた可愛い洋服が欲しいの、それから……」
     貧乏育ちの雛未にとって、それは正に夢のような願いだった。
     貧乏な親への不満、可愛い服を着ている友達への妬みの滲んだ願いーー。
    「叶えてあげるのかしら。さぁ私を手に取って欲しいのかしら♪」
     ゴスロリ少女は、べとべととした黒い闇を滴せる漆黒の魔剣に変化した。
     大きな口、二つの目、女性の繊細な手足がバラバラに生えたその魔剣こそ、彼女の本来の姿だった。
     剣へ伸びる手が止まらない。これで欲しい物が手に入る。
    「さあ3つ目を教えてくれるのかしら?」
    「3つ目は、佐藤君と……」
     最後の願いを叶えたらーー代償の請求を。
     大きな口が欲深く、ぐにゃりと嗤った。

    ●教室にて
    「行方不明になっていた花衆・七音さんを見つけました」
     五十嵐・姫子は緊迫した様子で語り始める。
    「就寝前まで普通の生活をしていたのに、朝になるといつの間にか姿を消していて……
     行方知れずになっていたのですが、闇堕ちしていたようですね」
     『希望のデアボリカ』というシャドウになった七音は、一般人の雛未のソウルボードに侵入し、願いを叶えている最中だという。
    「希望のデアボリカは3つの願いを叶える代わりに、代償を要求してくるのです。
     また、言い掛けた3つ目は、現実世界で気になる異性と結ばれたいという願いですが、意にそぐわない形で叶う事になるでしょう……」
     おそらく、佐藤君の意中の相手を殺すなどの残酷な結果が待っている事だろう。
    「皆さんがソウルアクセスした先では、魔剣を握りしめた雛未さんが待ち構えて居ます。
     魔剣は武器として所持される事で、自らのサイキックエナジーを大幅に強化し、所持者のエナジーを奪うようです」
     3つ目の願いを言いかけた所で介入する事となるが、その願いを叶えて貰うまで雛未は魔剣を手放そうとしないだろう。
     しかし、説得なり物理的な手段なりで、雛未から魔剣を奪って欲しい。
     すると妨害された事に腹を立て、魔剣は灼滅者を排除するだろう。
     雛未の妬みの滲む願いから生まれた、2本の黒い剣を従え、猛攻撃を掛けてくる事となる。
     闇の人格に支配されてしまった七音だが、思いを込めた言葉に耳を傾けてくれるチャンスがあるかもしれない。
    「ある程度説得で心が戻ってくれば、人間形態になるようです。攻撃力は魔剣状態よりも低いですが、シャドウハンターのサイキックと同等の技も使うようになり、油断はできません」
     毅然と説明をこなす姫子だったが、
    「なんとか救出して欲しいですが、無理であれば灼滅せざるをえません。
     七音さんはもはやダークネスなのです。選択を迷えば、致命的な隙を作ってしまうかもしれません」
     その言葉には悲しみが滲む。
    「今回助ける事が出来なければ、完全に闇落ちしてしまい、恐らくもう助ける事は出来なくなってしまうでしょう」
     どんな未来を迎えるのだろう。それは灼滅者達の選択と行動が決めるのだ。
     姫子は希望を託して、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    綾峰・セイナ(銀閃・d04572)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)
    カンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729)
    ペリザリス・ペリガン(氷蛇のプリベンター・d27077)
    赤松・あずさ(武蔵坂の暴れん坊ガール・d34365)

    ■リプレイ


    「3つ目の願いは……」
     欲にかられた雛未は、『希望のデアボリカ』と名乗る、魔剣を手にしていた。
    「そこまでよ!」
     雛未の言い掛けた言葉を、綾峰・セイナ(銀閃・d04572)の声が遮った。
    「この剣は危険よ、こんなものに力を借りるぐらいなら、私がケーキやお洋服なら買ってあげるわ」
    「……あなた達は誰?」
     2度と覚めたく無くなるような甘い夢の世界に、突然の訪問者達。
    「耳を貸す必要はないのかしら。さぁ3つ目の願いを教えてくれるのかしら?」
     魔剣の大きな口が、雛未の耳元に優しく囁きかける。
     最後の願いを言い遂げるのを今か今かと待ち侘びて、魔剣から滴り落ちるべとべととした闇と、足元から浮かび上がるスペードが雛未に纏わりつく。
    「初めまして、ボクは月詠・千尋。雛未、どうか話を聞いてくれないか?」
     微笑むような悲しいような、複雑な表情を浮かべ、月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)は言葉を紡ぐ。
    「タダで希望が叶う程、世界は優しく出来ていない。キミの持つその魔剣が最たる例だ」
    「そうだ、にわかには信じられんだろうが、これはただの夢ではない。
     叶えた望みに対して、ふざけた代償を要求する、悪夢よりもおぞましいものだ。
     このまま望みを告げてしまえば、必ずお前は後悔する」
     伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)も、嘘を言っているようには聞こえないのだが。
    「……」
     雛未は考え込み俯いて、でもしっかりと握った魔剣を手放そうとはしない。
    「妾は、名をカンナ・プティブランと申す。お主の手にした魔剣はダークネスという存在、願いを叶えるとしても其れは想い人を洗脳したり恋敵を殺したりする形で叶えかねぬ。
     その剣を手放すのじゃ」
     雛未と目を合わせ、真摯に語りかけるカンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729)。
    「嘘……そんな風になる事、望んでない。でも私には、佐藤君を振り向かせる力は無いから」
     涙声で消え入るように呟く雛未。迷いが少女の心を引き裂くようだ。
    「雛未様の想いが本物であれば、自ずと貴方様の気持ちは想い人に伝わる筈です」
    「ね、本当に好きなら何かに頼らず自分の言葉で伝えなさい。おかしなモノに頼って得た想い人なんて空しいだけでしょう」
     ペリザリス・ペリガン(氷蛇のプリベンター・d27077)や、赤松・あずさ(武蔵坂の暴れん坊ガール・d34365)の言葉にはっと顔を上げ、
    「うっ……うっ……私、頑張ってみる。無理かもしれないけど、自分の力で」
     大粒の涙を流しながら手放した魔剣は、
    「邪魔が入ったのかしら。貴方達許さないのかしら、かしら」
     闇溜りから2本の黒い剣を生み出し、灼滅者達に差し向ける。
     それは、雛未の告げた2つの暗い願いから生まれた剣だった。


    「雛未さんを安全な場所にお願いね!」
     南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)の声に応じて、麗羽が魔剣と雛未の間に割って入る。
    「さぁ、こっちへ」
     安全な場所へ彩里が誘うが、足がすくんでうまく歩けない。
     そんな雛未を、静菜は怪力無双を発動させてサポート陣の後ろへ連れていく。
    「自分自身を磨きなさい。どんなに苦しくても、希望を持ちなさい」
     有無の呟きは、涙の枯れた雛未を諭す。
     そして、黙って付き添っていたキィンが口を開いた。
    「七夕が、近いな。
     あとはどうするか、自分で考えろ」
     サポートメンバー達に保護されながら、雛未は力強く頷いたのだった。


     2本の黒い剣は踊るように進み出て、灼滅者達に毒を帯びた竜巻を放つ。
    「偽りの希望、砕かせてもらう!」
     襲い掛かってくる黒い竜巻を浴びながらも、千尋は跳躍し螺穿槍をねじ込んだ。
     セイナが振るう槍も、毒の風を切り開いていく。
     その先に佇む黒い剣へ、アッパーカットを繰り出す森沢・心太(二代目天魁星・d10363)。
     拳に纏った雷が、敵へ迸る。クルクルと宙を舞う黒い剣の元に駆け寄るのは春陽。
    「don't be afraid!大丈夫、いける!」
     スレイヤーカードを解除し、手にした赤色標識で殴り倒した。
     ペリザリスが巨大なオーラの法陣を展開し、手負いの仲間達を癒す中、
     蓮太郎は単身、希望のデアボリカへ向かう。
     彼の纏ったどす黒い殺気が魔剣を覆い尽くしてゆく。
    「へいナッツン! 何それ今はやりの刀剣女子?」
     ユメの声がして、蓮太郎の放った殺気に包まれたままの魔剣は、大きな2つの目を細めた。
    「これが本来の姿の私。どうかしら、かしら?」
    「いやー別に似合ってると思うけど? でも、戦い続けてきた末路がそれ?
     一度全てを失って、それでもなお戦い続けてきたボクら《人造灼滅者》だからこそ――
     もっと、似合う結末《ハッピーエンド》があるんじゃないの?」
     同じ人造灼滅者として、伝えたい思いがある。
    「ボクは目指すよ。今までも、そしてこれからも。
     悪しきを正す竜となって、夢を追い続けるんだもの!
     だからキミも、そんな闇の底で眠ってるヒマはないでしょ!
     魔剣となるか聖剣となるかは、キミ次第なんだっからさー!」
     ユメの言葉が、七音の意識にかすかに聞こえてくる。
    (「希望の……デアボリカ……何勝手してくれとるんや」)
     七音の目覚めに気づいた魔剣は焦る気持ちのままに、
    「デアボリカ、君が叶える望みは何なのか。
     解らないとは言わせない。今まで君を握りしめ、戦ってきたのは――」
     有無の言葉を遮り、攻撃に出た。
    「邪魔者は直ぐに始末しなくちゃなのかしら、かしら!」
     バラバラに生えた手足を蠢かせ、闇を滴らせながら浮上。
    「折角殲術病院から助かったっていうのに、ここで終わっちゃうのかしら?」
     果敢に声を張り上げるセイナへ、剣先をズブリと差し入れた。
     傷口を庇いながら膝をつくセイナ、しかし退かずに魔剣を見据え、
    「こんなんじゃ私の心は折れないわよ。貴方はこんなことする為に闇に堕ちたの?」
     懸命に声を絞り出す。
    「待っておれ、直ぐに傷を癒そう。仲間を失うのは、もう二度と御免じゃ」
     シロフクロウの羽を生やし、シロフクロウのお面をしたカンナ。
     すぐさま天星弓に癒しの矢を込め、深手を負ったセイナに撃ち放ったのだった。
     一方あずさは配下の黒い剣を相手取り、足元から影を伸ばし敵を絡め取る。
     身動きとれぬ敵へ、ウィングキャットのバッドボーイが羽ばたいて接近。
    「にゃっ!」
     肉球パンチで殴り飛ばされた黒い剣を、ビハインドのララエッグが霊撃で叩き落とす。
     怒涛の攻撃を受け続けた剣達に止めを刺したのはーー。
     心太は腕を異形巨大化させ、刀身を刃も気にせず掴み、そのまま握りつぶした。
    「やはり、数打ちではこの程度ですね」
     ひしゃげた剣が消滅し、デアボリカの闇溜りに還ってゆく。
     もう1本の元へセイナが向かい、マテリアルロッドで殴りつけられた黒い剣は、宙を舞い木端微塵に爆発したのだった。
    「ええ、これで七音ちゃんに集中できるわ。絶対助けるからね、あと少しの辛坊よ」


    「折角生み出したのに、サヨナラなのかしら、かしら」
     玩具を取り上げられた子供のようにシュンとする魔剣を、
     千尋は鋼糸を巻き付け、身動きが取れぬようギチギチと縛り上げる。
    「サリュ、お久しぶり七音。皆の元へ帰りたい? 帰りたくない? “希望”を聞かせてよ」
    「今、楽しいですか? 人の願いを弄んで、よりによってオルフェウスの手下になって。武蔵坂での七音先輩の方が、よっぽど楽しそうにしてたでしょう!」
     夏樹の言葉が耳に入れば、
    「ザ・スペード、オルフェウス! ああ、貴方のお願い叶えてあげたいのかしら、かしら」
     主であるオルフェウスの名を親しげに呼んでみせる。
    「妾達生き延びた者は死んだ多くの仲間達の思いを背負い生き抜かねばならぬのじゃぞ!
     其れなのに妾達の仲間を奪っていったオルフェウスめの手駒等になってどうする!」
     共に病院の生き残りであるカンナや、
    「病院を滅ぼした、オルフェウスの走狗になるだなんて、許せません!」
     首に縄を付けてでも連れ戻す勢いの佐祐理が訴えかけるが、
     希望のデアボリカは恍惚として、
    「オルフェウス様は私に似ているのかしら。
     慈愛や絆や歓喜よりも、許されたいという『願い』を叶える贖罪のオルフェウスーー。
     私に贖罪をくれたお礼に、お願い叶えてあげたいのかしら♪」
     無邪気な魔剣。オルフェウスに陶酔しているのか? 否、
     相手がオルフェウスであろうとも、願いの代償はきっちりと要求し、寧ろ代償を鍵に喰らい尽くしてやる腹づもりでいる。
     希望のデアボリカ、彼女は底なしの欲望を持つダークネスなのだ。
    「貴女にも仲間や、恩人がいたでしょ? かけられた大事な言葉を思い出して!
     贖罪だか知らないけど、オルフェウスに使われてないで意地を見せなさいよ!」
     七音に届くよう、懸命に声を掛けるあずさ。
     槍を手に跳躍すれば、赤毛のツインテールもぴょんと跳ねて。
     狙いを定め、螺旋を描いた槍先が魔剣の大きな口にねじ込まれた。
    「うぐぅ……邪魔をしないでほしいのかしら、あ……」
    (「うちを呼ぶ声がする。意地見せな……あかん、ね」)
     魔剣は押し黙り、葛藤している。
     その隙を見計らい、カンナは馬頭琴の形をしたバイオレンスギターを構え、かき鳴らした。響き渡るメロディが灼滅者達を癒し、体勢を立て直す。
    「花衆先輩、迎えに来ましたよ。あなたを助けたいと想う皆と」
     歩み寄る心太。
    「うちに誘った頃、魔剣の花衆先輩を振ってみたいと言った事がありましたよね。
     今でも振ってみたいと思ってますが、僕が振ってみたいのは『この』魔剣ではありません」
    「そうですよ。それに――私も魔剣の七音さん、振り回したいです!
     次依頼で一緒になったら、連携させて下さい!!」
     力説する静菜。今一番言いたい事それなの!? と、場が和んだ所で、
    「南谷さん、伊庭くん。仲間を取り戻す時の梁山泊の力を見せてやりましょう」
    「ああ。花衆先輩、襟首掴んででも引き戻してやる」
    「任せて、今の私達の願いは、花衆・七音さんと一緒に帰る事だもの!」
     蓮太郎の縛霊手から、魔剣を取り囲むように結界が構築されていく。
     結界に囚われた魔剣を、炎を纏ったエアシューズで接近した春陽が蹴り上げる。
     抵抗する間を与えず、心太は魔剣の柄を握りしめ、
     鬼神変の凄まじい膂力で、刀身の腹の部分をおもいっきり地面に叩きつけた。
    「花衆先輩、聞こえているだろう?
     梁山泊で話していた時は、いつも楽しそうに笑っていたな」
     地面に突っ伏した魔剣は、蓮太郎の言葉をじっと聞いている。
    「今はどうだ。楽しいか?
     何も知らない者を誑し込み、陥れて、そんなことをしていて楽しいか?
     違うだろう。花衆先輩はそんなものを楽しむ人ではなかったはずだ。
     戻ってくるんだ。そうしたら、もっと楽しい話をしよう」
     七音に向けられた言葉。ああ五月蠅い、五月蠅い、
    「五月蠅いのかしら! この躰は私のものなのかしら!」
     身を起こした魔剣は蓮太郎をギョロリと凝視し、迷いなく剣先を向けた。
     欲望のままに、力強く振り下ろされる魔剣――渾身の『グリードハザード』
     蓮太郎は、たとえ斬られようと突かれようと一歩も引かぬと、迫り来る魔剣を迎える覚悟。
    「誰も欠けさせない……花衆さんと一緒に全員で笑って帰るのよ!」
     ずぶりと斬り裂かれた背中から鮮血が溢れ出る。割って入り庇った、春陽の血だ。 
     仲間を傷つけてしまった。
     魔剣の意識の底に囚われた、七音の心がショックに打ち震える。
    「……っ! ずっと眠っていればいいのかしら、七音。私、は……希望のデアボリカなの、かしらっ!」
     七音の意識を懸命に抑え込みながら、
     漆黒の闇に身を包んだ魔剣は刹那、ゴシックドレスに身を包んだ少女へと姿を変えた。


     息絶え絶えの春陽へ祭霊光を撃ち出しながら、ペリザリスは淡々と言葉を紡ぐ。
    「思い出して下さい、貴方と貴方の信頼する武蔵坂学園の仲間達の事を。
     そしてかつて貴方の家族の命を奪ったシャドウの事を。
     家族を奪われた貴方の苦しみは如何ばかりでしょうか、
     そして今貴方は同じ苦しみを、全く無関係な人達に与えようとしております。
     それは貴方の望むところでは無いはずです」
    「……」
     七音を幼くしたような少女は、紫色の瞳でペリザリスをぼんやりと見つめている。
     せめぎ合う2つの心が、彼女の中で拮抗しているのだ。
     そんなデアボリカへ、セイナがマジックミサイルを差し向ける。
    「!!」
     ハッとして右手の魔剣で攻撃を受け止め、
    「ほら、戦うって楽しいでしょ? また私たちと一緒に戦いましょう。戻ってきなさいな」
     セイナの言葉に微笑み返した。
     振り返れば、アクロバティックな身のこなしでにじり寄り、影を宿した武器で殴りつけてくる千尋を相手取る。
    「もっと、楽しませて欲しいのかしら、かしら」
     戦闘に身を投じる希望のデアボリカ、楽しまなければ損という性分は、きっと七音と同じで。
     未だ続く激戦の中、來鯉は身を挺して雛未に流れ弾が来ないよう守っていた。
     戦う灼滅者達の後ろで、七音に帰って来て欲しいと、明海や命刻が口々に呼びかける。
    「私が欲しいのは、あなたの明るく楽しい、ちょっととぼけた笑顔です!
     普段はちょっとふらふらしてますけど、いざという時はかっこよくて頼れるお姉さんです!」
     望むのは、七音と一緒に過ごせる暖かい日常。
    「七音センパイ、ダークネスの言う事にこれ以上耳を貸したらあかんよ!
     うちら人造灼滅者は魂以外は全部ダークネスに譲り渡しとるけど、それは逆に言えばそこで踏ん張る根性はあるってことやろ?
     それやったら、いつもの姿に戻るんは全然難しないはずや!」
    (「なぁデアボリカ、うち戻りたい。体返して欲しいねん」)
    「それは出来ない相談なのかしら、かしら」
     七音と対話するデアボリカの急所を瞬時に見出し、カンナが斬撃を振るう。
    「うっ、油断したの、かしら」 
     痛みに顔を歪めるデアボリカに、あずさは魔導書を開きつつ、
    「これが初対面だけど貴女と私、同じ境遇ね。
     家族をダークネスに全て奪われ恩人に更正してもらったのは、私もそう。
     ……今の貴女の姿は恩人さんも、何より貴女自身も決して望んでない。
     私より長く戦ってきた貴女。……分からないとは言わせない!」
     ヒラヒラと揺れる黒いゴシックドレスを、撃ち放った魔力の光線が貫いた。
     デアボリカは右手の魔剣を振り上げ、影を宿して殴り掛かるが、その挙動には迷いがみられる。
     あずさを庇って殴り飛ばされたバッドボーイを眺め、ズキリと痛む良心。
     七音の心が力を取り戻しつつあるのだ。
    「願い事というなら……そうだね。
     『希望のデアボリカ』ではなく、花衆にしか叶えられないことならあるかな。
     皆のいる、君の居たい場所に戻ってきて欲しい。
     それだけだよ」
     と、優しく声を掛ける麗羽。
    「七音ねーちゃんそんなのに負けちゃだめだよ!
     そいつに負けちゃったら友達にも梁山泊の皆にも会えなくなるんだよ!
     そんなの絶対に駄目だよ!
     其れに僕だって余り話した事もない状態のまま、二度と会えなくなってほしくない!」
     來鯉の言葉は、熱を増してゆく。
    「未だ七音ねーちゃんに僕が作ったお好み焼きを食べて貰ってないし七音ねーちゃんの
     好きな物とか趣味とかそんな事も知らない!
     そんな状態のまま二度と会えなくなるなんて嫌だ!」
     我慢してしれっとしていなければならぬと構えていた小次郎も、言いたい事は言うべきと、口を開く。
     この言の葉に全てを込めて。
    「まだ、青春し足りてねえだろ?
     はやく、もどってこい」
    (「梁山泊の皆……」)
     数々の言葉が、七音を引き戻す。
     自らを手裏剣に見立て、回転体当たりを見舞う蓮太郎。
     戦いを通して、立ち向かってくる者達のひたむききさが、七音を引き戻す。
    「正直、私は花衆さんの事を良く知らない。
     病院でどんな風に過ごしていたのか、何時もどんな事を想っていたのかも」
     エアシューズで向かい来る春陽の、
    「ただ、これから花衆さんの事を知りたいと思うし、
     これからも同じ学園の、同じクラブの仲間として共に未来を生きたいって気持ちはあるから」
     流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りが炸裂し、
    「悪夢の時間は終わりよ、さっさと起きなさい!」
     攻撃の衝撃と激励の言葉が、七音の意識を完全に引き戻した。
    「僕は花衆先輩に戻ってきて欲しいです! 僕達の学園に帰りましょう!」
     心太の声。そう、帰る場所があるから。七音の帰りを願う声があるから。
     希望のデアボリカの右頬と足元から浮かび上がるスペードが薄れていく。
     徐々に七音の姿に戻ってゆくのを皆に見守られながら、目を覚ませば、
    「ボクらの帰る場所へ戻ろう。キミの仲間が待ってる」
    「さあ、帰りましょう。いつもの銭湯でゆっくり、疲れを癒しましょう」
     ほっとして声を掛けてくる千尋とセイナの姿が目に映った。
    「七音センパイお帰りなさい」
     と、命刻も威勢よく呼びかければ、
    「……なんや、えらい騒がしいな」
     自分を囲む仲間達の顔を見回して、七音は笑みを湛えた。
    「ほな、帰ろか! 楽しまなくっちゃ、現実を。それが、うちのモットーやから」
     悪夢の中でオルフェウスに服したあの日から、闇の底に囚われていた七音。
     今こうして、仲間と共に帰還する事が出来たのだった。

    作者:koguma 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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