覚悟なんてできてない!

     先日の戦いから逃げ出し、琵琶湖周辺の旅館に隠れるその男は、悔やみに悔やんでいた。
    「くっそ……。クールな刺青の奴らがいるからなんて理由で決めるんじゃなかったぜ……」
     男は苛立たしげに口に手を当てると唇に付いたピアスをいじり出す。淫魔であるこの男、近くで大きな戦いがあると知り適当な理由で天海大僧正側に付くが、劣勢となるやたちまち逃げ出し現在に至っていた。
    「どうせ少しの間いただけなんだから、いっそ城のオッサンに鞍替えするか……?」
    「鷹野様、お食事をお持ちしました」
    「ん? ああ、中へどうぞ」
     思案に耽る間に夜になっていたらしい。無用のトラブルは避けようと、淫魔はにこやかに旅客のフリをして仲居を招き入れる。
    「で、本日のお料理の説明を……」
     配膳が終わり仲居が口を開いたその時、部屋の襖が真っ二つになり吹き飛んだ。
    「見つけたぞ……。脱退による士道不覚悟により、貴様を粛正する!」
     大剣を突き付けるその姿は、浅葱の羽織を身に纏う1匹の狼。
    「な、何だてめぇ! 不覚悟とか何を言……」
     誰何の声を遮り大剣が振るわれ淫魔の胴が2つに分かれるが、狼が己の畏れを纏わせると胴が繋がり淫魔が立ち上がる……。
     
     小牧長久手の戦いで敗北を喫した天海大僧正の勢力だが、末端の中には安土城怪人の側へ寝返ろうと言う者達もいた。園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)が予知したのもその内の1件だ。
    「事件は離反者の1人、鷹野という淫魔が大僧正の配下に発見されることで起こります」
     配下の名前はスサノオ壬生朗組。大僧正より離反するダークネスの捕縛命令を出された、新選組のような羽織を纏い刀を佩いた一団だ。
    「また、壬生朗組は倒した離反者を配下に作り替えることができます。離反するなら……、ということのようですね」
     ただ、当然ながら鷹野を助ける必要などない。これだけならダークネス同士の話だ。
    「問題なのは、鷹野が普通の旅館に宿泊していたことです」
     このままでは鷹野が倒された後、同じ部屋にいる仲居を始め、宿の従業員や客達に被害が出てしまう。それを防ぐのが今回の依頼内容なのだ。
    「今回、攻め入る方法は2通りあります」
     1つ目は壬生朗組が部屋に入った直後に乱入する方法。これは即座に鷹野が逃げ出すため壬生朗組のみを倒せば良くなるが、安土城怪人の勢力が増えることになる。
     2つ目は鷹野が倒された直後に乱入する方法。両者灼滅を狙うならこれだが、配下化した鷹野を含め2体を相手取る分難易度は高くなる。
    「ただ、どちらの場合も壬生朗組が一般人を手にかけるのは、任務を終えた後となります」
     理由は不明だが、鷹野の部屋に乗り込むまでや配下化した鷹野が倒された場合は人死にを出す真似はしない。戦闘に乱入されぬよう人払いはした方が良いが、部屋で気絶中の仲居の保護を不要と判断したり、2体を相手取る際の優先順位などに有用な情報だろう。
    「次に戦闘方法ですが、壬生朗組は人狼や無敵斬艦刀と同じサイキックを使用してきます。ポジションはクラッシャーです」
     配下化した鷹野は、毒針ピアス、ピアスの乱射、特製ピアスで狙った敵の体力を吸い取るサイキックが使え、ポジションはディフェンダーとなる。
    「壬生朗組が来るまでの間は、隣の部屋を抑えましたので室内で待機してください」
     夕食は鷹野より遅い時間で頼んであり被る心配は無い。但し、事前に鷹野に接触しようと考えないよう注意が必要だ。バベルの鎖でばれてしまう。
     
    「壬生朗組は強めのダークネスです。いざとなれば撤退も視野に入れた策が必要でしょう」
     これは成功条件が『ダークネス1体の灼滅』となっている点からもうかがえる。
    「激闘が予想されますが、どうかよろしくお願いします」
     槙奈から新幹線と宿のチケットを受け取った灼滅者達は、一路滋賀県を目指す……。


    参加者
    笠井・匡(白豹・d01472)
    時坂・綾子(黒百合の誓・d15852)
    東雲・羽衣(花姫カンツォーネ・d20543)
    仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)
    月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011)
    アリス・ドール(斬撃の人形姫・d32721)
    月影・木乃葉(中学生人狼・d34599)

    ■リプレイ

    ●隣室にて覚悟を決める
     遅れてはいけないと昼過ぎにチェックインした灼滅者達は、通された部屋で時が来るのを待ち続けていた。
    「ふむふむ……。いい宿ですね。できればプライベートで来てみたかったです」
     ただ待っていても暇なので、仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)は部屋にあった和菓子を摘まんだり、窓からの景色を楽しんだりしていた。
    「斬り伏せた相手を自分の配下として蘇らせる、ですか……。何とも奇怪ですわね」
     呟きながら月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011)は急須に湯を注ぐ。
    「ほんとにねぇ……。それに、正直どっちも戦力増員してほしくないとこだよねぇ……」
    「ええ、せっかく琵琶湖で戦力を減らしたのに、戻されてはたまらないわ」
     天海大僧正と安土城怪人。笠井・匡(白豹・d01472)の言う通り、どちらも学園としては戦力が増えたら困る勢力だ。時坂・綾子(黒百合の誓・d15852)のように参戦した者達から見れば、水の泡まで行かずとも報われない気分になるのも無理はない。
    「後は士道不覚悟ですか? 時代錯誤なのか時代劇の見過ぎでらっしゃるのか……」
     ふと手にした番組表を眺める東雲・羽衣(花姫カンツォーネ・d20543)の視線の先には、再放送の時代劇が記載されている。
    「どちらにしろ、大した覚悟に感じませんでしたがね」
     呆れた口調で呟くと、ブランシュヴァイク・ハイデリヒ(闇の公爵・d27919)は湯飲みに残る一口分を口に含める。
    「アリス……まだまだ……弱いけど……、敵を……ちょっとでも……減らしたい」
     その決意を胸に秘め、アリス・ドール(斬撃の人形姫・d32721)は自分の精一杯のためにここへ来ていた。1体でも敵を減らせたならば、いつか来る大戦の利となるのだ。
    (「凄いな……」)
     仲間達の様子を見て、月影・木乃葉(中学生人狼・d34599)は自分も落ち着こうと何度か深呼吸する。学園で受ける初の依頼。犠牲者を出さぬためにも絶対に成功させたい。

     そして、もうしばらくの時が流れた頃だった。
    「鷹野様、お食事をお持ちしました」
    「ん? ああ、中へどうぞ」
     鷹野の部屋に夕食を運ぶ仲居の声が、灼滅者達の耳に入ってきた……。

    ●戦場にて覚悟を改める
     いつでも出られるよう、即座に襖に手をかけ張り付く灼滅者達。そして、『ドンッ!』という音を立てて鷹野の部屋の襖が破られる。
    「見つけたぞ……。脱退による士道不覚悟により、貴様を粛正する!」
    「な、何だてめぇ! 不覚悟とか何を言……」
     ここだと廊下へ出ると、すぐ隣の部屋へと突入する。
    「……!」
    「動くななのですー! いきなりですが我々が相手をするのです!」
    「ここで裁きます……。御覚悟を!」
     先頭で突撃した聖也が結界で牽制し、続いて瑠羽奈が鷹野へ槍を突き出すと、纏う白炎に血の赤を混ぜながらも鷹野が前に出る。
    「スサノオ様に……手出しはさせない……」
    「鷹野さんでしたか、哀れな姿になりましたね」
    「まぁ、適当に参戦して逃げて捕まってだし……。自業自得かしらね」
     気絶した仲居を部屋の隅へ運ぶブランシュヴァイクから敵の目を外そうと、綾子がさらに結界を張り巡らせ、霊犬のスコルが六文銭を連射する。
    「我が踏み込まれる側になるとはな。成程、貴様等が武蔵の国の学び舎に集う者達か」
     体から白炎を噴き上げ構えを取る壬生狼組。バベルの鎖を抜けて不意を突ける集団など、確かに学園くらいのものだろう。
    「鬼さんこちら……。どうぞお相手くださいませ」
    「すべて……斬り裂く……」
     まず鷹野からと作戦を立てた灼滅者達。羽衣が右へ回り攻撃し、アリスが左へ回り鷹野を切り刻む。
    「シッ……!」
    「おっと、後ろには通さないよ!」
     そして飛んでくる反撃の特製ピアスは、匡が射線上に立ち塞がり自らを壁とする。
    「だ、大丈夫ですか? その……無理はしないでくださいね……」
    「この程度どうってことないさ。いざとなったら僕もサポートするし、落ち着いて行こう」
     木乃葉の回復を受けた匡は、更に前へ出て鷹野に一撃を叩き込む。受けた感覚では鷹野は大した相手ではない。問題は壬生狼組。手に持つ大剣の膂力は、果たして如何ほどか……。

    ●死地にこそ覚悟を示す
     その後も鷹野を集中攻撃する灼滅者達。倒せるまであと少しに見えるところまで来たが、敵の反撃……特に壬生狼組のそれは熾烈を極めた。
    「一刀必殺……!」
     中段に構えた大剣が一閃。範囲攻撃とは思えない高威力の一撃が前衛陣に襲いかかるが、スコルがその身を犠牲に攻撃のほとんどを引き受ける。
    「犬が狼の前に出れば結果は必然。だが、その上で仲間を守る士道、見事なり」
    「士道ですか……。敵前逃亡者の出る組織がよく言ったものです」
     ブランシュヴァイクが放つ衝撃波を受けながらも、壬生狼組が言葉に動じた様子はない。
    「戯言を……。我等壬生狼組、その程度で揺らぎはせん」
     愚直なまでの信念を打ち破るには、言葉だけでは足りないようだ。そしてやり取りの間を縫い、今度は鷹野が無数のピアスを投げつけてくる。
    「っつ~……。そろそろ君には退場してもらうよ。さぁ、行っておいで!」
    「影の国へ……いってらっしゃい……」
     だが、壬生狼組と比べて半分の威力も無い攻撃に怯む者は無く、反撃する聖也とアリスの影が鷹野を包み込む。
    「悪いねぇ……。前座の出番はここまでだよ!」
     そして、続く匡の一振りが鷹野の魂を打ち砕いた。
    「……スサノオ……さ、ま……」
     そのままくずおれると、鷹野は身に纏う白炎に焼かれるように消えていく。
    (「よし……。まず1人だ……」)
     鷹野の灼滅を確認した木乃葉は、緊張にはやる鼓動を抑えながら傷付いた仲間達を癒し、態勢の維持に努める。
    「生まれ変わりし貴様の忠義、見せてもらったぞ。次は、我が天海様への忠義を見せる時」
     語ると壬生狼組は深く息を吐き、大剣を平正眼に構え直す。
    「忠義ですか……。無暗やたらと血を散らさないのも、命令に忠実である証ですか?」
    「……言葉には言葉を返せども、敵の問いに答える義理は無し」
     帯を操る羽衣の問いを切り捨てる壬生狼組。会話は受けるが質疑は受けない……。情報を手に入れるのも一筋縄ではいかない組織のようだ。
    (「真っ白くてもふもふなのに、ぜんっぜん可愛げがないわね……!」)
     血煙の背景が付きそうな様相に愛でる隙は一分も無い。そんな壬生狼組へ綾子は遠慮なく炎を撃ち込んでいく。
    「士道だか使命だかは存じませんが、離反者を無理矢理従わせるなんて感心できませんわ。最も……、どちらも擁護する事情はございませんわね」
    「敵からの理解など求めはしない。我はただ、道を行くのみ……!」
     瑠羽奈の帯に貫かれた傷に眉一つひそめず、己を鼓舞し傷を塞いで力を溜める壬生狼組。尋常ならざる殺気が、戦場を包み込んでいく……。

    ●覚悟に殉じるが士道なり
     1対8でなお怯まぬその態度は、覚悟だけでなく実力も備えたものだった。
    「この一刀にて躯となるがいい……!」
    「届かせません……!」
     アリスへ向けられた大剣の前へ割り込む羽衣に、壬生狼組渾身の一撃が振り下ろされる。
    「流石でらっしゃいます……。けれど、こちらも負ける訳には参りません」
    「気合だけで立ち上がるか。なれば、気が尽きるまで斬り続けるのみ」
     限界を超え反撃してくる羽衣の蹴りを打ち払うと、次に振るう刀で言葉通りに羽衣を地に伏せさせる。
     しかし、いかに壬生狼組が強くとも、灼滅者達の攻撃が効かないわけではない。
    「この一撃でえっ!」
    「ぬうっ……」
     聖也のロッドに背を打たれた壬生狼組が、この戦いで初めて口から血を流す。
    「しかし、我が士道と覚悟、人の身で止めるに能わず!」
    「関係無い人達を巻き込むのがあなたの士道なんですか!? そんなの認められません!」
     再び闘気を漲らせる壬生狼組に対し、たった二文字の言葉を免罪符に一般人を殺めるのは許せないと怒る木乃葉の魔法が突き刺さり、集めた闘気を霧散させた。
    「覚悟とか……簡単に口にする……言葉じゃない……」
     木乃葉の魔法を隠れ蓑に間合いを詰めたアリスの斬撃が、壬生狼組の足を縫い止める。
    「小娘が……。それは覚悟の高みを諦めた者が、覚悟した者を羨む言葉に過ぎん!」
     続く灼滅者達の攻撃を耐え忍ぶと、壬生狼組は再びアリスに刀を向ける。
    「士道とか覚悟とか、難しいこと言われても分かんないよ!」
     だが、次は匡がカバーに入り攻撃を受けてしゃがみ込むと、そのまま炎を纏わせた蹴りで壬生狼組の足を払う。
    「ようは倒すか倒されるか。そんであんたはここで僕らに倒されるんだ!」
    「天海様の誇る我ら壬生狼組が、このようなところで敗北するなど……!」
    「十分ありえると思うわよ。あの程度の淫魔をわざわざ捕縛しにくるなんて、大僧正サマも苦しいんでしょ?」
     下に気を取られた壬生狼組へ、次は綾子のかかと落としが炸裂する。
    「まあ、最後まで逃げなかったこと『だけ』は、評価を再考して差し上げましょう」
    「更なる被害を防ぐため、ここで灼滅させていただきますわ」
     ブランシュヴァイクの蛇剣に巻き付かれ動けない壬生狼組の眉間に、全魔力が込められた瑠羽奈のロッドが打ち込まれる。
    「ぐぁっ……。て、天海様……。申し訳……ございませ……ぬ……」
     最期に天海への言葉を残すと、壬生狼組も自らの炎に包まれるように消えて行った……。

     戦闘に勝利した灼滅者達は、仲居が目を覚まさぬ内に一通り片付けようと作業に入る。
    (「やはり何も残りませんか……」)
     後片付けの最中、ブランシュヴァイクは壬生狼組や鷹野が消えた跡を調べてみたが、他のダークネス同様全てが無に還り、情報となるようなものは見当たらない。
    「ん……。わたしは……」
    「よかった、気が付いたんですね」
    「あ、東雲さんは休んでてくれよ。もうすぐ終わるしさ」
     木乃葉や匡の言葉から、羽衣は自分が戦闘不能に追い込まれたことを思い出す。どうやら重傷を受けているらしく、体に痛みが残っている。
    「あの……、壬生狼組は……?」
    「バッチリやっつけてやったですー!」
     Vサインを決める聖也の笑顔は達成感に満ち溢れている。
    「あの……守ってくれて……ありがと……」
     たどたどしいながらも感謝の言葉を述べるアリス。前衛陣の中でもよく狙われた彼女は、羽衣や匡、スコルらの活躍が無ければ真っ先に倒れていただろう。
    「このくらいでよいでしょう。そろそろ、わたくし達の部屋に夕食が運ばれる時間ですわ」
    「そうね。どんな料理が出て来るのか楽しみだわ」
     瑠羽奈や綾子の声で片付けを切り上げた灼滅者達は、部屋へ戻って美味しい食事を取り、風呂で戦いの汗を流し、柔らかい布団の中で眠りにつくのだった……。

    作者:チョコミント 重傷:東雲・羽衣(花姫カンツォーネ・d20543) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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