美人秘書はお仕事第一

    作者:一縷野望

    「いやーかなんわぁ。そんなん言われたかて、なぁ?」
     いつも通りの曖昧な切り出しに、伏木・鶫(フシキ・ツグミ)というヴァンパイアの少女は眉を顰める。
    「誰の口を塞げばいいの?」
    「古い考えおしつけるんは、よーないと思わへん?」
    「ご託はいいわ」
     しかし今の浅沼社長の台詞で鶫はターゲットを把握する。
     この男の死んだ父親、前社長の右腕と言われた重鎮高田を消して欲しいのだ。
    (「そういえばしょっちゅう『忠言』とやらを寄せられてるものね」)
     鶫が口元を持ち上げるのに、浅沼はおおとわざとらしく瞠目してみせる。
    「さすが鶫ちゃんは話がはやいわぁ。なぁなぁ、わし、老人はそろそろ引退したらええと思うねん」
     気に喰わぬ者を黒板消しで拭うように消してくれた娘へ、中年男は手を叩き目尻を下げて媚び笑顔。
     そんな男へ、鶫は掌をついっと差し出す。
    「?」
    「ちょうだいよ、飴ちゃん」

     ベリーショートの社長秘書は舌でベタベタに甘い飴を転がしながら、スマホを耳に当てる。
    「仕事よ」
     響いてくる落ち着いた中年女の声に、鶫は信頼滲ませ瞼を下ろす。
     

    「本織・識音が派遣したヴァンパイア秘書『伏木・鶫』の動きを予知できたよ」
    「本当に自分勝手な男だね、この社長は」
     杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)がやや不機嫌に瞳を眇めるのに、同感と灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)も頷いた。
     神戸財界を担う人物の悪しき欲望を満たす暗躍、そうするコトで識音は神戸財界を支配下に置こうとしている。
     
     社長浅沼の今回のお願いは『目の上のタンコブである先代社長右腕の抹殺』だ。
    「狙われてるのは重役の高田さん。彼がタクシーで自宅に帰り着いた所を、部下3人を連れた鶫が接触するよ」
     ――社長から大事な話がある、至急こちらの車に乗り換えて来て欲しい。
     浅沼が鶫を秘書として置いているのは高田も知っている、だから素直に従い彼らの車に乗り込む。
    「前回と違って穏やかなんだね、表面上はだろうけど」
     淡々とした面差しの殊は口元だけを皮肉に歪める。
     
    「みんなには車に乗せられる直前に介入してもらいたいんだ」
     ただし、鶫も先日灼滅者達に煮え湯を飲まされているため、介入されたら最優先で高田氏を殺そうとする。挑発されてもそれはブレない。
     更に今度は練度の高い配下を連れてきているので、なんらかのアクシデントで鶫が攻撃を外したとしても、浮き足立たずに高田氏を狙い打つ。
    「助けるには多いと4回庇わなきゃいけないってことだね」
    「その通り」
    「具体的な依頼の成功条件は、前回と変わらずかな?」
    「そうだね。強化一般人3人の灼滅の上で――」
    『高田氏の無事』か『鶫の灼滅』のいずれかを満たすのが成功条件である。裏を返すと、どちらも満たすのは難易度が高いというコト。
     ――高田氏の命を優先するならば、なんとしてでも護りきりかつ安全な場所へ逃がす事が求められる。つまりそちらに手を裂かれるので、攻撃はどうしても手薄となる。
     ――高田氏の命を諦めるのならば、最初から攻撃的な布陣が敷ける、また高田氏を狙う鶫に対して先手も取れるため、鶫灼滅の目が見える。
    「どちらの場合も、鶫は部下2人が倒されたら撤退しようと試みるよ。今回は介入直後の撤退ではないから、気を付けて」
     灼滅狙いで逃がしたくないのなら、退路を塞ぐ等の工夫が必要だ。
    「前回のデータから鑑みるに、力を低く見積もられたり舐められたりすると、撤退せずに戦う可能性が高いと思う」
     ただその場合、斃れるまで執拗に狙う。複数で挑発したとしても、1人ずつ斃す怜悧さは持っている。
    「鶫はスナイパーでダンピールとバトルオーラ相当の足技使用、で……」
     黒板に書き付けながら標は続ける。
    「部下の強化一般人は、マテリアルロッド使いのクラッシャーが1人と、サイキックソード使いのジャマーが2人。あと彼らはシャウトも使用するよ」
     
     以上、と標の唇が閉ざされたタイミングで殊が口火を切る。
    「……両方成し遂げるのは無理かい?」
     逃がすのは業腹、しかし一般人も護りたいとの想いは灼滅者の多くが持つものだ。
    「具体的な方法はボクから提示はできない。でも挑戦を阻むつもりはないよ」
     極限まで知恵を絞り、勇気と覚悟を携えて行けば、あるいは成し遂げる事ができるやもしれない。
    「今回の依頼の成功条件は、高田さんの命を救うか鶫の灼滅。どこまでを目指すのかを決めるのはキミ達だよ」
     そう、託すように標は締めくくるのであった。


    参加者
    ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)
    杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)
    諫早・伊織(糸遊纏う孤影・d13509)
    神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958)
    ルチア・イルミナ(神獣ノ背ヲ往クモノ・d21884)
    千重歩・真斗(微睡み・d29468)

    ■リプレイ


     タクシーのライトが舐めるよう光で縫った先に浮かぶのは、品の良い日本家屋。
     若い秘書の言に老人が納得し身を屈めれば、ドアの前立ちはだかる少女のアメジストが瞳に飛び込んでくる。
    「暫くぶり」
     秘書の鶫が舌打ちしたのに、杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)は口元に弧を描き、ちらと紫苑を横へ流す。
    「相変わらず、つまらない仕事してるみたいね?」
     返事の代わりに鶫は片脚立ち、即座に高田老の腹へ蹴りを放つ。だがハイヒールがめり込んだのは、紫苑受けとめた諫早・伊織(糸遊纏う孤影・d13509)の二の腕であった。
    「ひとのかわいい妹分に怪我させて……」
     足下から飛び出した黒狐が怒りを代弁するよう激しく地を蹴った。
    「ただですむ、思わんといてや」
    『……ッ、雨宮』
    「はい」
     辛うじて狐を払いのける鶫の脇、進み出た中年女は素早く棒を接合し高田の胸をつく。
     ガン!
     返るのはヤケに金属的な感触。アスファルト焦がし割入ったのは、神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958)の颪山車。
     ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)は、俯き加減で宙を指さした。その腕へ絡む帯は、伊織へと到達し手当するように包む。彼の口角はつり上がるも震え、それは鶫の嘲りを誘った。
    「?!」
     まだ状況が把握出来てない老人の左右に、ペンライトめいた輝剣携えた配下が2人。だが彼らが剣振るう前に真横横切る白い粒。
    「飴ちゃんやるさかいに大人しくしとき!」
     わざと大振りの一撃で車輪を飛ばし、ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)は老人へ口早に告げる。
    「高田はん 早う逃げ そいつらあんたを殺す気や!」
    「あ、あぁぁ、あ」
     状況は把握できたが、激しくなる動悸に立ち上がれない。そんな老人の首筋への一閃は殊が胸で受け、続く一撃は黒い仔犬が果敢に身を挺す。
    「邪魔だから消して、なんて身勝手なお願いだよね」
     瞳に掛かる前髪払い、千重歩・真斗(微睡み・d29468)は傍らに戻る霊犬コロをねぎらうと紅蓮の狙いを雨宮へ定めた。
    「はい。むざむざ殺させる訳には、いかないです」
     仲間が雨宮へ総攻撃を仕掛けるのにあわせて、アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)は殊へ迷宮鎧を着せた。
    「お仕事中失礼いたしますの、灼滅者ですわ」
     す、
     上流階級の娘が日傘を畳むように翳した剣で、苦を滲ませる雨宮を刻み、ルチア・イルミナ(神獣ノ背ヲ往クモノ・d21884)は不遜に鶫を見上げる。
    『……はっ! 塩飴とは皮肉が効いてるわね』
     頬に当たり落下した飴を踏みつぶした鶫は、再び足を振り上げる。だが蹴りが放たれる前に、識は老人を颪山車へ乗せ走り出した。
    「御免なさいね。でも……」
     命が惜しいなら大人しくとの淡々とした指示に、老人に二言なく従うのである。


     充分に戦場から離れた所で説明を求め縋り付く高田を一瞥、
    「今日のことは運が悪かったと思って、忘れるが吉よ」
     識の裾を巻き上げる風を受け、老人はガクリ崩れ落ちた。

     一方、
    「裏の黒い仕事は秘書の仕事、あんたらはその手足って事か?」
     防御よりの布陣の中、ダメージを叩き出すのはベルタである。ダークネス程の力量差がない強化一般人相手に、クラッシャーの力は遺憾なく発揮される。
     ふわり、羽衣のように舞う帯は苛烈に尖り容赦なく雨宮の肩を穿つ。ハイヒールを脱ぎ捨てた鶫は舌打ちすると紅の霧で癒した。
    『も、申し訳ありません』
    『そう思うなら仕事なさい』
    『はっ!』
     最小限の動きでベルタを捉えに掛かるロッドは、伊織の割り込みに阻まれる。返す刀で魔導書からの呪いで猛乱れる心。更にかき回すように、殊は手の甲を押しつけた。
     鈍い音と共に浮いた顎先へ、ルチアの身から弾けた蒼が着弾する。
    「灼滅者は安全第二ですの」
     示すように金散らし下がるルチアに入れ替わり現るは、スート象るロッド構えたアリスだ。
    「スペードの槍!」
     髪靡かせ駆け込むアリスの傍らで響くは『Change suit The Spade!』の電子音。
    「突き刺してでも、止めます!」
    『ぎゃっ!』
     ここまで身を強化に蝕まれていては助ける事叶わぬとの愁いは堪え、アリスは歯を食いしばり殴り飛ばす。
     剣を縦に構え前衛に向けて目映い光を解き放つ男の1人へ、真斗は男の1人へ漆黒をぶつけた。
     雨宮にはね除けられて牙を剥くコロの勇敢さに真逆なのは癒し手の男。前衛の疵を数えるナハトムジークへ鶫は悠然と肉薄する。
    「……ッ」
     短く呑まれた後荒くなる息、彷徨う切れ長の瞳……鶫が膝蹴りの如く足を浮かせればぎゅうと目を閉じ竦む身。
    『ふふ、怖いなら帰れば? 止めないわよ』
     まるであの日の事を揶揄するように、唇を歪める鶫の傍でナハトムジークは辛うじて震える指を翳しベルタへと矢を遣わせた。
     矢の癒しが施された次の瞬間には、鶫はくるり回転、つま先にためたオーラでベルタを苛む。
    『今のアンタは狙う価値ゼロよ』
     そう嘲笑う様に、ナハトムジークは本気で笑いかけて慌てて押さえこむ。


    「悪いけど、目の前の凶事を見過ごすほど薄情でもないんでね」
     識と颪山車が戦線に復帰し、灼滅者側の防御力と回復力はますます厚くなる。特に颪山車は主の命で必死に庇い、識の風は敵側ジャマーの攻防削ぎを一気に解除する。
     一方、殊と伊織が撒いた怒りによりクラッシャー雨宮の攻撃目標はぶれはじめた。
    『鶫様、私には構わず!』
     叫びあらゆる戒め解除を解除する雨宮尻目に、鶫はベルタへ連撃見舞うべく踏み込んだ。
    「クラッシャーのボクを潰す作戦か、一緒やな」
     鳩尾の一撃、顎への二撃目。噎せ返りつつもベルタは符を展開、もちろん狙いは雨宮だ。
    「そやけど、ボクらの方が何枚も上手や」
     ナハトムジークと伊織からの手厚い回復を受けてにぃと笑えば、鶫の眉が不機嫌に歪む。その間も仲間の攻撃は止むことは、ない。
    「リベンジマッチの駒が一歩進みましたの」
     ハイパーバイリンガルを通し響くは、育ちの良さをふんだんに感じさせる幼い声音。
     しかし振るう切っ先は苛烈なる力、狙いは過剰に鋭く、ルチアは雨宮の命をこそげきった。
     ……しかしここにくるまで時間が掛かっているのも、事実。
     つまりそれは、灼滅者側も相応に癒やせぬ傷を蓄積させているという事に他ならない。
    『押し切るわよ』
    『『はい』』
     同僚の死にも一切浮き足立つ事なく、男達はルチアに狙いを揃える。
    「させないわよ」
    「お相手しますぇ」
     割入る殊と伊織は、身を削らせながらも厭わず盾と魔言霊を繰り出して、今度は真斗の指輪で疵負う男の心をかき乱しに掛かる。

     鶫側は、最大火力のベルタを執拗に狙うも、護り手の割入りと伊織と殊の付与する怒りで集中攻撃も儘ならない。
     一方の灼滅者側は、粛々と鶫から配下を引きはがしていく……。
    「高田さんは無事保護できた」
     真斗は虚空に逆さ十字を描くと、紙箱を飛ばすように軽く弾いた。
    「社長の欲望は潰えたけれど、それだけじゃあまだ足りない」
     紅十字で食い荒らしながら、真斗は静かに口元を拭った。
    『鶫様』
     頷き合った男達は光剣の柄を握り直すと空に掲げた。
    『撤退……を。ここは、私どもッ……』
     部下達は真斗の傍に包囲の綻びを見出し狙い撃ち。
     だがそれが最後の攻撃となった。満身創痍の男はアリスの背から羽ばたく帯により命を手放す。
    「ごめんなさい……もう、倒すしか……」
     浮かない面をさらさらの錦糸で隠し、アリスは哀しげに俯いた。
    『後は頼んだわ』
     最後に一撃と真斗を狙いオーラ高める、その時――。

    「ほう、今回も強化一般人がやられたら帰るんだな。やっぱ見立て間違えてなかったかもな」

     道化が罠の紐を、引いた。


     鶫という女は軽んじられる事を何より嫌う。それは武術者が舐められるのを嫌悪するのに近い。
    『懲りてなかったようね』
     蹴打届かぬのが忌まわしい。描いた十字架でナハトムジークの胸を裂き、一度履いたハイヒールも脱ぎ捨てた。
    「甘いんだよなぁ」
     鮫が歯を剥くように嗤い初めての自己回復。
    「殺し合いの場で撃退する程度で勝ち気取りなんて」
    『鶫様、落ち着いてください』
    『煩い、アイツを落とすわよッ!』
    「落とすだけ?」
     殺さないのかと、獰猛な獣の前に腕を差し出すように道化は嘯く。
     かちり。
     鶫の噛みしめた歯の音が場を叩くように響いた。
    (「……良く効くもんね」)
     半ば呆れるも識の眼差しは相変わらず一定の冷え込みを帯びたままで。傍らで颪山車がスロットルを吹かし装甲を戻すのをちらと見た後、真斗へ祭壇を開放し光で癒す。
     感情暴発に紛れるように殊と伊織は目配せし同時に地を蹴った。
    「感情豊かなお嬢様の御守も大変ね」
     背後に纏い付く声と紫苑に男が振り返った拍子に、狐の尻尾ががら空きの背中を裂いた。
    『かっ!』
     護りが緩んだ所を薙ぎきるように重力纏うた蹴りを叩き込む殊。
    「ほんま、うちのお嬢さんはええ子やわ」
     妹分へほくほくと頬緩める伊織、殊とハイタッチ。だが2人とも囮役の体力を気遣うのは忘れない。
     ディフェンダーが多くて攻めに欠くのなら、とことん庇い抜いて戦線を長く維持する! それは識もしっかりと見据えた作戦の軸だ。

    「ほら脳筋って遠距離攻撃苦手じゃん? 前回よりぜんっぜんダメだね」
    『その割りにはもう足がガクガクじゃない……ッ!』
     箍が外れたようにナハトムジークを狙う鶫。追随する部下だが、見切りを嫌い連続しては追い込めない。
    (「これは、ジャマー狙い一辺倒で平気そうだね」)
     コロの優しげな眼差しが疵と身に残る綻びを完全に消し去ってくれた。
    「ありがとな、コロ」
     星へ願いを――想いの強さを帯びた槍へ、物質的な力を籠め捻る真斗。呼吸を整え、一気に貫いた。
    「高田さんは『無事』お帰りになられましたよ」
     そのままお帰りになったらと促しながら、アリスは退路を断つように路の綻びに回り込みスペードをくるり回転、揺蕩う帯で呻く男をつるし上げる。


    「あなたはこのお仕事……暗殺業に向いてらっしゃらないと思いますわ」
     時に護り手に庇われ、自己回復で引き延ばしたが、そろそろナハトムジークの限界が見えてきた。だからルチアは楚々とした唇で、毒を吐き始める。
    『あァ?!』
    「それが素かぁ。下品だな」
    『煩いクソ男は黙りな!』
     だが同時に――。
    「削り役としてはここで仕事せんと、な!」
     しゅるりん!
     器用に注射器を回すベルタ。
     どすっ……!
     細い針にそぐわぬ鈍い音で男の肝臓を刺し貫き、中の液体を渾身の力でもって押し込んだ。
    『つぐ……み、様。逃げ……』
     ガクガクと痙攣し瞳を見開いた男が倒れる。その直後ナハトムジークも倒れ伏した。
     ふうと溜息、ルチアは肩を竦める。
    「あなたが随分と手間取られるから皆さん死んでしまいましたの」
     ドレスの裾を持ち上げるように影つまみ、ルチアは優雅な所作で投擲。
    『このガキ!』
     影で護り剥がされ上品秘書のメッキも剥げた鶫は、乱暴に十字架を描きルチアへと叩き出す。
    「たまには颪ではなく、私が庇うのもいいわね」
     雅さすら感じさせる所作で左腕を広げ識は袖を朱に染めた。この軽口は半分以上は嘘だ、彼女もまた鉄壁防壁として仲間達を護り続けきた。
    「さて……」
     そこから自己回復にまわろうとするも、ふと感じた気配に祭壇を下ろす。そして真っ赤な着流し翻し、再び展開、焔に咲く桜。しゅるりしゅるりと伸びた糸で鶫を捕らえた、仲間の攻めの標となるように。
     そんな識の疵が肩口に刺さる矢を起点に塞がっていく。
    『!』
    「戦場も個人も見る事できないんだな」
     凌駕したナハトムジークは痛む躰抱え未だ憎まれ口。
     ――なあに最悪死ぬ程度で済む。
     命なんてとっくに賭けている。
    「仕留めきれないなんて……その辺のHTK六六六人衆の方がよっぽど優秀ですの」
     負けじとルチアも毒を垂れ流す。
    『あ、アンタ達まとめてぶっ殺してやる!』
    「でないと、上司の方――識音さんにも、怒られちゃいますものね」
     お可哀想ですと囁いたアリスの眼差しには、強化一般人には向けられていた慈悲の欠片もない。
     颪山車の銃撃音に混じり響く電子音と共に、掲げた紅は麻痺の色。
    『このっ!』
     辛うじて転がり躱した先に置かれるように真斗の漆黒が着弾、鶫の足を石へと変える。

     集中攻撃を徹底したこと、とにかく護り手が庇いを意識した事、更には挑発役を後衛に置き鶫の攻撃手段を制限したのが非常に効いた。
     それでもナハトムジークとルチアを倒したここで去れば、次に繋がる――その目論見を読んだように、鶫の胸ぐら掴んだベルタは仲間の輪の中心へ投げ捨てた。
    「そろそろお帰り?」
     更にはしつこく立ちはだかってきた娘が見据えてくるから収まりがつかない!
    「お片づけも一人でできないなんて、だらしないのね?」
    『ちっ!』
     前回の台詞にたっぷりの皮肉を塗してお返しすれば、折り曲げた膝が持ち上がり……颪山車の花のシートが弾け飛んだ。
    「まぁ、こんなものね」
     良き仕事を褒めるわけでもなく、主識は終始淡々とした笑みで裾を後ろに流して嫋やかに回し蹴り。仲間達もそれに続く。

    「因果応報、報いはうけてもらいますぇ」
     伊織がばらまく符をそれでも必死に払った鶫だが、
    「油断大敵。敵は一人じゃないんだよ?」
     声と貫く紅蓮の痛烈、2人がはしゃぐ声、もはやどれが先かも認識出来ない。
    『……その楽しげな声、ぶち壊してやるわ』
     殊の肩をつかもうとするも指はぴくりとも動かない、アリスと真斗が重ねた麻痺のせいだ。
    「秘書が勝手にやりましたってのは常套文句やけど」
     序盤に集中攻撃を喰らうも、庇われ最後まで立っていたベルタは、仲間へ手をひらり。
     続けて澄んだ音たて開いた祭壇、伸びる糸は足癖の悪い秘書の躰を絡め取る。
    「ちいと人の道外れた落とし前ちゅうやつ、ここでつけたるで」
    『外れな……っうぐっ』
     掻きむしるように霊縛の糸に爪を立てるも虚しい抵抗、斯くして飴ちゃん好きの足癖悪いヴァンパイア秘書は此処に果てた。
     未来、浅沼の我が儘で失われるはずだった善良なる人々の命を、灼滅者達は救ったのだ!

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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