Desperatio tempus

    作者:菖蒲

    ●Orpheus
     夏の夜は寝苦しい。闇の蠢動がハレルヤの元へと囁きを運んだ。
    『汝、ダークネスとして生まれながら、灼滅者という罪により意識の真相に閉じ込められ、同胞たるダークネスを灼滅する者よ』
     声が、する。「呼ぶのはだあれ」と幼子の様に言うハレルヤは知っていた。
     ――これは、自分に呼び掛けているのではない。親愛なる『友人』へ。硝子の向こう側への呼び掛けだ。
    『ハレルヤ・シオンという殻に閉じ込められ、孵る事なき、雛鳥よ』
     胸の奥で煮え滾る憎悪は声の主が己の住処を奪う切欠となった存在だと知っていたから。
     闇が――来る。
    『我、オルフェウス・ザ・スペードの名において、汝の罪に贖罪を与えよう。
     我が声を聞き、我が手にすがるならば、灼滅者という罪は贖罪され、汝は殻を破り、生まれ出づるであろう』
     声への抵抗を見せんと体に力が入る。
     嗚呼、相手は敵だ。殺さなくちゃ、殺さなくちゃ、殺さなくちゃ!
     体を掻き毟り、傷つけたくなる衝動を抑えて彼女は気付く。
     この悪夢は暗く、深い深海の如く――どこまでも落ちていく。
    「あは」
     気付いてしまった。唇が描いた笑みはハレルヤ・シオンというおんなの見せるたったひとつの抵抗。
     此処は敵の掌の上。逆らうこと等許されぬ、温く深い悪夢の中。
     胸の奥から、罅割れた音がして。硝子は、破られた。
     
    ●Desperatio
    「千葉県松戸市、MAD六六六の『密室』事件を調査しに行った灼滅者達が、調査中に市内を警戒しているダークネスに発見されて引き返してくる事が増えているみたい。
     密室事件は、マナ達じゃ予測できないから……皆の調査が頼りなのだけれど」
     密室殺人鬼の密室は、サイキックアブソーバーの及ばぬ場所なのだと不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は困り顔で付け足した。

     灼滅者による松戸市の密室の調査を妨害するダークネス。
     このダークネスがいる限り、松戸市の事件を解決する事は至難となる。
     それで、と付け加えた真鶴は言い淀む。あまり良いニュースではないからだろう。
    「この事件の指揮をとっているダークネスなのだけど、最近行方不明になっていた灼滅者のハレルヤ・シオンさんである事がわかったの」

     行方不明になっていたハレルヤの消息を掴めた幸運は、同時に最悪の状況を告げるものとなった。
    「闇堕ちしたハレルヤさんは、沖縄で灼滅されたスマイルイーターの後釜としてアツシに取り入ったらしいの。灼滅者が『密室』を探しているのは知ってるから、こちらを予測して、襲撃してくる」
     震える声を絞り出し、真鶴が硝子玉の様な眸で笑うハレルヤを思い浮かべる。
     彼女の目的は、真意は解らない。楽しい事が好きだと笑う性質からくる行動なのかもしれないし――他に何かあるのかもしれない。
    「目的は解らないけど、このまま放置するわけにもいかないの。
     でもね、ハレルヤさんは大勢のダークネスに指示を出してる幹部だから対等に戦うのはとってもとっても難しいの」
     正面から叩くのは危険な行為であり、成功率は極めて低い。 
     だからこそバベルの鎖に引っ掛からない少人数でハレルヤの襲撃を行わねばならない。
    「彼女が護衛から離れて一人になった所を奇襲する、ことが大切なの」
     頷く真鶴は周囲の灼滅者達へと「時間制限はあるの」と告げる。
    「猶予は六分。襲撃から六分したら護衛が駆けつけてくるの」
     時間との勝負だと加えた真鶴は六分と言う時間の短さに不安を感じて俯いた。
    「六分間、でもその間に……救出して欲しいの、無理なら灼滅しかないの。
     ハレルヤさんは今はダークネス。迷ってちゃだめ。致命的な隙が出来るし――タイムリミットもある」
     真鶴は松戸市の事件に大きく関与する彼女を救う事が出来なければ、事件解決が難しくなる事を告げ、両の手を組み合わせた。
     彼女を救いだす事が最善。
     彼女を倒す事が最低条件だ。しかし、時間は余りにも限られる。
     六分間――たった、それだけ。
    「みんな、死なないで」


    参加者
    泉二・虚(月待燈・d00052)
    安藤・小夏(折れた天秤・d16456)
    氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)
    十鍼・新(中学生ダンピール・d23519)
    枉名・由愛(ナース・d23641)
    パラケルスス・イルクーリオ(笑わない錬金術師・d27880)
    綱司・厳治(窮愁の求道者・d30563)
    空木・由姫(高校生七不思議使い・d33374)

    ■リプレイ


     こんにちは、こんにちは。
     キミの痛みを、ボクに頂戴――?


     それは、シグナルのようだった。幾度も点滅し続けるライトがおんなの真白の顔を照らしている。病的なほどの白からは想像もつかぬ黒い眼球にはこの夜を照らすと同じ、鮮やかな金が踊っている。
    「くす、」
     唇から漏れた笑みの理由を六六六人衆の男は首を傾げて見遣る。おんなは、ハレルヤ・シオンは「楽しいねえ」と白雪が如き膚を幸福の赤に染め上げて嗤う。
     千葉県松戸市――MAD六六六の本拠地たるこの場所で起きる『密室』事件の解決は、灼滅者達の頑張りが必要となる。エクスブレインの力が及ばぬ場所は『絶望』の箱と称しても良いものだろう。
     点滅し続けるライトの中を一人で進む女の細い肩を茫と眺めたパラケルスス・イルクーリオ(笑わない錬金術師・d27880)は甘いキャンディを舐めながら路地へと踏み込んでゆく。
     周囲には人気は無い、彼女だけだ――そう、六六六人衆の護衛を失くしたこの六分間だけが『絶望』から抜け出せる唯一の『希望』に他ならない。
     絶望(ゆめ)を見るが如く踊る足取りを追い掛けてフリルとレースに飾られたスカートを翻した安藤・小夏(折れた天秤・d16456)は唸る雷をその掌に宿しておんなの元へと飛び込んでゆく。
    (「先手必勝――迷ってる暇なんてないよね?」)
     愛らしい少女が如きかんばせに、俄かに滲む汗は焦りからくる物なのだろうか。女装(かめん)の向こう側で彼はハレルヤの姿に感じた恐怖感に溢れだす汗を隠す様にその掌を握りしめる。
    「あは、だあれ?」
    「……私は虚だ。『あなた』は?」
     ライトを照り返す様に奇妙なコントラストを作りながら光る日本刀の切っ先はおんなへと向けられている。泉二・虚(月待燈・d00052)の瞳は冴え冴えと、冬の月夜の様に冷え切っていた。
     固いアスファルトを見下ろして、誰のものかも解らぬ赤い血だまりを眺めたおんなは首を傾げる。闇色の髪が風に煽られ、その白い肌に絶望の色を映し出した氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)は唇をきゅ、と噛み締める。
    「ボク? ボクはハレルヤだよお」
    「やぁ、ハレルヤ。顔馴染として、一発殴りに来たよ」


     闇よりも深い――淀んだ黒を背にしたままハレルヤは普段と何も変わらぬ笑みを浮かべている。
     ちくり、と胸が痛んだ十鍼・新(中学生ダンピール・d23519)は旧知の仲である彼女の腕から溢れる血液に恐怖を覚える事無くその掌を固く結んでいる。
    「ハレルヤ」
     声音は、怒号の響きに似ていて。絶対助けると唇が震える前に、苛立ちと恐怖感が胸の中を渦巻いている。
     彼女を見詰める新の傍で空木・由姫(高校生七不思議使い・d33374)は学園生の闇堕ちと言う痛ましい事象を目にし、唇を固く閉ざして居た。
    「――そんな」
     柔らかに揺れる髪に絡みつく様なやけに生温く、気色の悪い風は時の流れが遅くなったかのようにも感じさせる。
     由姫の唇が戦慄くのを心配そうに見つめたキントキの小さな声に綱司・厳治(窮愁の求道者・d30563)はふるりと首を振った。
    「仇敵への復讐……それを果たす為に勢力を頼ったか」
     厳治がハレルヤに感じるのも怒りに他ならない。首を傾げ地面を踏みしめて飛びこむ彼女からの攻撃にいち早く気付いた枉名・由愛(ナース・d23641)の姿が見る見るうちに変わっていく。
     背から伸びる翼、羊を思わす角は人間のソレではない。短いスカートからすらりと伸びる足は地面をたん、と蹴る。
    「さあ、楽しみましょう?」
    「全力で戦って、全力で受けとめてあげる。あたしは君の事を全然知らない。
     けど、今なら少し、解る気がするよ。だから、手なんか抜かない!」
     ハレルヤの一手を受けとめたヨシダの傍から小夏が飛び出した。揺れる髪に掠めた刃の冷ややかな感触に構う事無く大きく振り翳すクルセイドソードは彼の華奢な肢体よりも大きくて。
     六六六人衆は強い敵なのだと灼滅者達も認識している。だからこそ、手は抜けないとパラケルススは脚元から肋骨を伸び上がらせ、影で形作る骸骨の中で踊る。
    「……MAD六六六に取り入るとはな……。
     それがオルフェウスを灼滅するためかそれとも他の目的があるのか……同じ『人造灼滅者』同士、ご教授頂けないか?」
     じ、と見つめる彼の言葉にハレルヤの動きが瞬間的にぴたりと止まる。その隙に槍の穂先が彼女を穿つ。
     厳治はこの戦場に立つ人造灼滅者達を見回し、ハレルヤの言葉を待った。
    「キミもそうなの? 人間だから解らなかったや」
     くすくすと笑いながら人ならず姿を変えた由愛や蛇(こおり)と踊る侑紀、級友たる新を見詰めてハレルヤはにこりと笑う。
    「でも、ボクにキミの痛みは解らないや」


     解けない方程式はない。
     重なり合って、捻じれ合って、そのうち解き明かした向こう側に『真実』があるのだろう。
     少なくとも、知的な侑紀が起す癇癪は己の身の内に秘められた不安定な感情のメカニズムだと理解していただろう。しかし、ハレルヤはなんだ――?
     人造である事を厭う様に、人造たるその証左をその身に宿しながら『純正』との違いを気にする素朴な少女の様な側面を見せている。
    「お前に僕の価値観を押し付ける心算は無いがね。
     純粋培養された『純正』と人造の違いを気にするというなら足掻け!」
     叱咤する声音は何処までも鋭い。点滴スタンドを振りまわし、ハレルヤの一手によってその傷口から溢れだしたのは赤黒い液体では無く、闇。
    「足掻いてどうなるの? ニンゲンってね、とぉっても脆いんだよ」
     パパやママの様に――その言葉に由愛が言葉を飲みこむ。器用に抱え上げた殺人注射器。凍て付く氷で彼女の歩みを止めんとする由愛は「あなたは」と唇を震わせた。
    「貴女もたくさんのモノを失ったのでしょうね。
     でも、残ったモノはある筈よ。それは貴女だけのモノ、ダークネスなんかに譲り渡して良いわけがない」

     ――これまでの痛みも苦しみも喜びも憎しみも全部を抱えて、ハレルヤ・シオンとして生きる義務がある。

     嗚呼、その言葉に激昂したようにハレルヤは、少女の様な顔をして苛烈に由愛を攻め立てる。
     投げかけられた攻撃を受けとめてパラケルススが地面を踏みしめ強く奥歯を噛み締める。アスファルトの埃を擦り、靴の底を擦り減らしながら彼は滴り落ちた赤を拭ってぼり、と棒付きキャンディを噛み締めた。
    「お前がしたい事があるのは解った。だが、それを堕ちて達成して何か意味があるのか?」
     紛い物の勝利を厭う様に首を振るパラケルススに立ち替わる様に飛びこむキントキがきゃいん、と鈍い声を上げる。
    「あは、痛いの?」
    「勿論、痛いだろう。だが、お前も理解してるんじゃないか?
     本当の痛みを。その尊さを。目を背けるな、生温い絶望に浸って眠るな」
     声を張り上げる厳治にハレルヤが首を振る。彼女の隙を付かんとチェーンソーの駆動音をけたたましく鳴らしながら飛び込んだ虚の唇が僅かに釣り上がった。
    「返事はしなくともいいまずは聞く事だけに力を使え――」
     どくん、と胸が高鳴った気がしてハレルヤが呻く。
     闇の奥深くで何ものかが呻く声がする。タイムリミットを感じながらも虚は夜色の瞳へと殺意を乗せ刃を振るい上げた。
    「次に闇に抗え、逆らうこと等許されぬ。
     温く深い悪夢の中にあろうと、外側からの助けの手を掴むために意識を保ち続けよ――再び新達、お前の仲間と触れ合う、その為に踏み出すなら力を貸そう」
     そこにあったのは、己から殻を破れという示唆。
     ハレルヤ・シオンというおんなが闇に飲まれないようにと懸命につなぎ止めようとする声。
     攻撃の手を緩めない彼女の懐へと飛び込んだ小夏の足元でヨシダが咽喉を鳴らし噛みつく様に牙を見せる。
    「ッ――」
    「逃げるなよ。どんなに面倒で苦しくてむかついても、楽な方に楽しい方に逃げてたら、君の願いはきっと叶わないぞ」
     少女のような優しいかんばせからは想像もつかない厳しい言葉。叱咤する様な少女の声を振り払う様に死角から繰り出された応酬にヨシダの体が鈍い音を立てて地面へと叩きつけられる。
    「人肌の温かさは大事なのだぜ?」
    「感じられない、想像もつかない。『そんなんじゃ人間にもなれない』よねえ?」
     純粋な灼滅者と、失い続けた人造灼滅者。
     ハレルヤ・シオンにとって喪失感は大きく――そして、羨望のもので。
     駄々っ子のように首を振り「ボクにはないんだよ?」と唇を吊り上げた彼女は『抗うように』その手を振り上げた。
    「ハレルヤ!」
     ぴたり、と彼女の手が止まる。
     後方で殺人注射器を構えた新が立っている。同じ、人造の少年が。
    「オルフェウス灼滅するなら俺や病葉のみんなを頼れよなっ!
     ……俺だって、いつまでも可愛いって頭撫でられてるだけじゃないんだからなっ」
     震えた声音にハレルヤの唇から笑みが消える。隙を見つけたかのように飛び込む小夏の瞳に浮かんだ不安は、バランスの取れた戦線。長期戦なら出来るであろう優位を得られない短期決戦への不安感。
     回復を繰り返しながらも、それでも尚、攻撃のダメージが多く倒れ込んだ護り手のパラケルススが震える膝を無理やりにも立たせていることへの、勝利の絶対条件の崩界。
    「マズいなあ」と唇から洩れてしまったのは、現状を察してしまったから。
    「頼りないって思うかもしれないけど、でも――俺はハレルヤがいないと、嫌だ。
     ずっと一緒に居たいんだ! だから、戻ってきてよ……ハレルヤ」
    「お前が居ないと僕の相棒が辛気臭くて仕方ないんだ。責任を取るべきじゃないか?
     ……忘れた痛みを取り戻さなくていいのか。足掻かなくていいのか」
     新の言葉に重なり、侑紀の声も、震え続ける。
     動きの鈍くなったハレルヤの呻く声を振り払う様に――まるで『硝子越しの誰かの声から抗う様に』攻撃の手が強くなりつつある。
     虚の加えた一撃に、反撃する様に放った影が脚を止めようとする。
     後方から攻撃を加え続ける厳治は暗く堕ちた闇の底から引き摺りださんと咽喉の奥を震わせ、叫ぶ様に声をかけ続ける。
    「目を開け、前を向け、思考を循環させろ。
     痛いのは誰の心だ? 果たすべきは誰の願いだ?
     お前じゃ駄目なんだよダークネス――ハレルヤ・シオンは返してもらうぞ」
    「ボクは――」
     影が作りだす刃が飛び込んでいく。ドス黒い殺気を受けながら後方で叫声を上げた由姫が首を振れば、急ぎ、足を止めようと由愛が注射器を振り被る。
     前線で額から流れる血を拭い、小夏が唇を噛み締めて飛び込めば、ハレルヤは柔らかく笑った。
    「ボクは『ボク』なんだよ。もっともっと痛みを感じさせてよ。
     ――もっと『傷つけ』あおうよ……まだ、足りないんだあ」
    「ッ――」
     に、と笑う彼女が前線へと飛び込んだ。影から感じる冷たさに、宙を舞う様に振り下ろされる蹴撃に。
     バランスをとって攻撃し続けていた灼滅者達がうろたえる。確かに、攻撃の手は弱まった。しかし、言葉を投げかけ続けるだけでは『届き切らない』
     KOするために要される攻撃の数が足りず、ハレルヤ・シオンを灼滅する事も『救出する』こともまだ叶っては居ない。
    「ハレルヤ! こっちに――!」
     新が伸ばした指先に女は丸い瞳を細めて嗤う。
     まるで、『彼』を分解したいと願うかのように。異常性を丸出しにしたダークネスは、殺人衝動(おもい)全てをぶつけようと後方にいた『親愛なる友人』を求めて指先を伸ばした。
    「どうして……貴女は、『アナタ』でしかないのよ?」
    「ボクは『ハレルヤ』だから。……その手をとって、どうにかなるの?
    『ハレルヤ』の痛みだっていうなら、ボクはどうしてこの場に居るの?」
     癇癪を起した子供の様に引き攣った笑みを浮かべるハレルヤに由愛はぐっと言葉を飲みこむ。
     前向きな言葉に乗っかる事は容易だった。
     両親が死んだ時、親戚たちが惨殺された時、病院の灼滅者達が倒れた時。
     その何時だって『居場所』を失くし続けた彼女にとって――もう一度失うかもしれない居場所は怖くて仕方がなかった。
    「―――ボクは……。ボクの『居場所』はどこなんだろうねえ?」


     時の流れとは余りにも残酷だ。
     授業中の六分間、昼休みの六分間、どんな時の『六分間』でも人生では瞬きをするたった一瞬の様なものなのだから。
     KOするにも至らずにハレルヤは立っている。傷の深さは双方同じ――否、ハレルヤの方が少し多い程度か・流れる血潮の赤さを見詰めて彼女は茫と灼滅者達を見詰めた。
     過ぎ去る時を責める事は出来ず――後方から周囲を見渡して居た由姫は交通標識を抱えたまま、タイムリミットが来たのだと告げる。
    「いけませんわ……!」
     震える声音に気付いた様に臨戦態勢を取ったパラケルススの胸へと飛び込んだ黒き殺気を庇う様にキントキが咽喉を鳴らし続ける。
     Danger!
     危険シグナルが頭の中でぐるぐると回りだし小夏は舌打ち一つ、傍らのヨシダを宥める様にその背中を撫でる。
    「ハレルヤ――迎えに来たよ」
     ひゅ、と頬を裂いた刃の感触に背筋も凍る想いを感じ、厳治は侑紀を護る様に体を張る。
     時間の流れは余りにも一瞬で。彼らの瞳にはぼたぼたと溢れだす赤黒い液体がスローで流れ出ている様にも見えたのに。
    「六六六人衆!?」
     新の瞳に不安が過ぎる。絶対に助けたいと願った相手の傍らに自分が居ない――助けると考えて、考えて、ソレだからこそ尚、血液への恐怖を感じずに居られた時間に終わりが訪れた気がしてぐるぐると脳内で撤退路を探さんと彼の息が荒くなる。
    「……行くぞ。撤退だ」
     新の肩を叩き点滅し続ける街灯の下を走り抜ける厳治の言葉に「でも」と唇を震わせた侑紀の脚が竦む。
    「ハレルヤ! そんな夢(いたみ)じゃ、感じる事が出来ないだろう?
     うだうだ言ってないでさっさと戻ってこい! 考えるのは戻ってからでいいんだ。一緒に考えてやる――だかっ」
     前線から声を投げかけた侑紀が追っ手から逃げ出さんと向けた背中へと放たれた応酬は余りにも彼の言葉を無碍にするもので。
     彼女の笑みが深くなっていく。その絶望が、痛みが、刹那的で愛おしい。
    「ボクは」
    「――居場所はここだよ、ハレルヤ・シオン」
     六六六人衆の声音と共に落ちる血液を見下ろしながら浅い息の音を聞く。
     死角に滑り込み、差し込んだ刃を引き抜いて庇う様に身を投じた虚が「早くッ!」と鋭くその時間を切り裂くが如く、ハレルヤと六六六人衆の間にその身を割って入る。
     彼の身体を抱え、走り出す由愛の背中で揺れた翼が膚にこびり付く風で静かに揺れている。
     攻撃を仕掛け掛けた六六六人衆を一度制したハレルヤは撤退していく灼滅者達の言葉にちりりとした胸の痛みを感じ小さく首を傾げ――気の所為だったと瞳を伏せる。
    「……飽きちゃった」
     点滅し続けるライトの下で、『ハレルヤ』は茫と立っているだけだった。

    作者:菖蒲 重傷:氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485) パラケルスス・イルクーリオ(笑わない錬金術師・d27880) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 15/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ