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    作者:日暮ひかり

    ●scene
     深夜、東京、某社。膨大な情報が集積されたサーバールーム内には、多数のサーバー機を積みこんだラックが整然と鎮座している。社内に人の気配はなく、時折巡回の警備員の足音がこつん、こつんと、廊下にこだますのみだ。
     どこにどう隠れていたのか。ラックの隙間から、ぬらりと姿を現す影があった。
    『我、充分な叡智を主に送信せり。そして、叡智の持ち主はただ一人、我が主のみ。ゆえに、今より、この地の知識を破壊する』
     一際禍々しさを放つ、紅のオーラを纏ったブエル兵が口を開く。同時にサーバー機が突如爆発し、部屋のあちこちから破裂音が響きだす。
     付き従う3体のブエル兵たちも次々にラックを薙ぎ倒し、機器を粉々に粉砕していく。
     
     異変に気付いた警備員が現場に駆けつけ、絶句する。誰も居ないオフィスに、電話の着信音がけたたましく響き始めた。
     全ては後の祭り。サーバールームは、もはや跡形もなく破壊し尽されていた。
     
    ●warning
    「クソがッ、ブエルの野郎影でコソコソと……!! 今の今まで気づけなかったとは……く……不甲斐ない限りだ……」
    「豊さん豊さん顔がやばいぞー。スマイルスマイル。まあまあ。ていうか正直、おれたちもあれの事後調査とかほぼ忘れてた的なとこあるし…………ごめん」
     猛獣のような眼で唸っている鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)をなだめながら、哀川・龍(降り龍・dn0196)は困ったような笑みを浮かべる。
     悪魔ブエルによる、年末年始の図書館襲撃は失敗に終わった。だがその後ブエルは、ブエル兵を密かに各地のサーバールームへ派遣し、派手な事件は起こさず静かに情報収集を行っていたようなのだ。
    「……で、そのブエル兵なんだけど、情報を盗んだあとはサーバーを壊してブエルのところに帰るみたいなんだよな。吸収した知識のぶん、かなり強くなってるっぽいけど……うん、なんとかして帰る前に倒そ。おれも協力する」
     ちょっとブエルのことは気になってたしな、と龍は一瞬物憂げな表情を見せ、笑った。それを見て鷹神も、悔しさを押し殺すように深く息を吐く。
    「……すまんな哀川、恩に着る。奴らが情報を収集している最中に君達が介入した場合、ブエル兵はサーバーを攻撃せずに応戦するだろう。奴らの目的は全てのデータの収集だからな……その頃合いを狙う」
     
     エクスブレインの指示に従えば、丁度良いタイミングで現場に到着できる。
     時間帯は深夜だが、社内には警備員が一人残っている。わざわざ探してまで対応する必要はないが、最低限の人避けと防音対策は必須だろう。
     また通路が狭く、サーバーを巻きこむ恐れがあるため、広範囲に効果が及ぶ攻撃を使うのは危険だ。その他の注意もしていればより良いし、わざと暴れるのは論外だ。
     敵は3体の配下ブエル兵と、ダークネス並の力を持つ強化ブエル兵が1体。
     配下のほうは、ブレイズゲートでもよく見る一般的な個体だ。一方、強化ブエル兵は魔法系のサイキックも用いて攻撃してくる。
    「こんな所か。ほら、お前メモとるの苦手だろ」
    「うわ、やさしい。怖」
    「うるさい」
     鷹神は要点を書いたメモを龍に渡すと、照れ隠しなのかペンを回しながら言った。
    「情報は重要だろう。奴がサーバー上に保存された膨大な知識を得れば、果たしてどう使うか……悪い可能性はいくらでも考えつくな。早急に灼滅を頼む。……その、頼りにしているのでな」
    「うん。……行ってくる。サーバー壊されて色々データ消えたら、なんかやばそうだしな……ブエルのせいで泣く人はおれももう見たくないよ、絶対」


    参加者
    私市・奏(機械仕掛けの旋律・d00405)
    羽守・藤乃(君影の守・d03430)
    サフィ・パール(星のたまご・d10067)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)
    佐見島・允(フライター・d22179)
    鷹嶺・征(炎の盾・d22564)
    鮫嶋・成海(マノ・d25970)

    ■リプレイ

    ●1
     夜中でも煌々と輝く東京の街が、窓の外から廊下を薄く照らしている。お星様、見えないですねと、サフィ・パール(星のたまご・d10067)は眩しそうに眸を細めた。
     道中の様子を見るに、ここはサーバー管理会社のようだ。佐見島・允(フライター・d22179)は社名をメモに書きとり、ポケットに突っこんだ。
    「くそ、またブエルの奴……俺ももうあいつらの被害受ける人増えて欲しくねーのに」
     苦々しい物言いに、朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)と哀川・龍(降り龍・dn0196)、羽守・藤乃(君影の守・d03430)が複雑な表情を浮かべる。
     皆、ブエル兵にされた一般人を灼滅した事がある。鮫嶋・成海(マノ・d25970)も無関係ではなかった。冷静であれと努めても、思い返すだけで腹が立ち、自然と声音にもにじむ。
    「忘れた頃にナントカってこういう事……何企んでるか知らないけど悪い芽は早めに摘み取るべきですよね」
    「他の敵の動き活発で、見落しそでしたが、動いてるですね……見つけた敵には、しっかりお仕置き、しないとです」
     サフィは一瞬びくりとしたが、己に向けられた怒りではないと察し、こくんと頷いた。
     早く早く、とばかりにサフィの服の裾をひく霊犬のエルを、漣・静佳(黒水晶・d10904)は優しい瞳で見つめる。ヨーキーの子犬そっくりなエルは、穂純の歩幅に合わせて歩くかのこに比べるとだいぶ落ち着きが足りない。
    「哀川さんとご一緒するのも、久しぶり、ね。とても、頼もしいわ」
    「うん、こっちこそ。頼りにしてる」
     ひそひそ話を交わしつつ廊下を進むうちに、鷹嶺・征(炎の盾・d22564)がサーバールームへの扉を見つけた。
    「はふ、サーバー、大きくて迫力あるです」
     暗い部屋の中で、小さなランプが無数に輝いていた。何を知らせる灯りなのかさっぱりなサフィは、不安そうに視線を彷徨わせた。穂純も初めて見るのか、目を円くして驚いている。
    「ねえ哀川さん、ここに情報が沢山入ってるってすごいね」
    「すごいよな。科学ってなんか宇宙だよなあ……」
    「盗まれたり壊されたら会社の人も利用者も機械達も泣いちゃうよ。頑張ろうね」
     龍は頷きを返す。照明スイッチの場所を探しつつ、静佳はぽつりと呟いた。
    「ブエル兵、知識を溜めて貯めて、どうするのかしら」
    「頭でっかちになっちゃうよね?」
    「データを悪用されても、ブエルを強化する事になっても困る。室内は少々荒れるかもしれないがデータ保護代ということで事後承諾してもらう、か」
     そう言った私市・奏(機械仕掛けの旋律・d00405)は『Zauberlied,anfang.』と呟き、殲術道具を身に纏う。『お出でなさい、鈴媛』と藤乃の声がし、彼女は優美な銀の大鎌を大切そうに抱えた。君影草の飾りが闇に揺れる。
    「重要なことも、忘れずに、よ」
     ぱちり、と静佳が部屋の電気をつける。允と成海が短く念じると、針のような緊張感が辺りに満ち、空気が一変した。
    『我、障害を察知せり。ゆえに、今より排除に移行する』
     ラックの隙間から、禍々しい気を纏ったブエル兵がぬるりと滑り出る。続いて通路から転がってきた配下達に対し、允は反射的に悲鳴を上げた。騒いでももう外部にはばれないとはいえ、成海は溜息をつく。
    「てかどーやって情報送信してんの? Wi-Fi対応なの?? 意味わかんねー怖ェ!!」
    「クソどーでもいいわ……ほらムル先輩、今日ぐらいしゃきっとキメて」
    「お、お、おうよ。ナルわーったから押すな、押すなってマジ……ギャー!!」
     妙に饒舌な允を、成海は無理矢理前へ押し出す。表情一つ変えず、老獪に嗤うブエル兵――穂純は心なき魔物を指さし、きっぱりと糾弾した。
    「こっそり盗んだ後に壊して帰ろうなんて、そんなの駄目だよ! 泥棒さんは成敗されちゃう運命なんだからね!」

    ●2
     室内のラックはほぼ等間隔に配置されている。中央を抜ける十字路と、壁際の通路がやや広そうだが、安全に戦える程では無さそうだ。
    「やっぱラックから遠ざけるってわけにゃいかねぇか。ブン殴る時は通路を抜けるように真っ直ぐな!」
    「ああ。被害を最小限に食い止めるよう留意する」
     允の呼びかけに奏を始め、皆が応じる。前衛は中央の十字路を駆け、中後衛は外側から囲い込むべく左右に迂回した。
     まず目標とする配下は、ボスの周囲に陣取り守りを固めている。サフィが見た所、ボスはともかく配下に攻撃が当たらない者はいなそうだ。
    「エル、列攻撃は使わないよう、してくださいね。ちゃんと出来たら、ご褒美あげるですから……」
     サフィの足元を走っていたエルは元気よく一吠えし、短い手足をうんと伸ばして飛び出した。
    「私達も行くよ、かのこ!」
     穂純とかのこが後を追い、サフィは指先に魔力を集め始める。
     機械は苦手だ。両脇にそびえた背の高いラックはビルのような威圧感でサフィを見下ろしていたが、周りを見れば仲間の頼もしい姿も目に入り、ほっとする。
     ――お兄さん、お姉さん、一緒なので恐くない、ですよ。
     斬魔刀をくわえたエルが、1体の配下の足元へじゃれるように突っこむ。きらきら輝く魔矢が穂純を追い越し、ほぼ同時にその右目を撃ち抜いた。
     穂純は鬼の力を開放し、変形した左拳を敵の顔面ど真ん中めがけまっすぐ突き出した――つもりだった。だが残りの2体が回転体当たりでパンチを止め、不気味な嘲笑の輪唱を響かせる。
     配下達の傷がみるみる癒え、厭な気配が広がる。その背後にはボスが――いない。
     死角になったラックの影で何かが妖しく光った。
     気づいた成海は全速で駆け、一番近くにいた龍を横に突き飛ばす。赤く光ったのはボスの眼だ。呪いを受け、右腕の指先から肘までが石化した。重みで肩ががくりと下がり、成海は小さく舌打ちする。
    『我、汝らに混沌をもたらさん』
     ボスがそう言うと、配下達は三方に散り始めた。角を器用に曲がり、縦横自在に転がっていく。
    「逃がしません」
     下手に追うのは得策ではない。征は立ち位置を変えず、右目が傷ついた個体の動きをじっと目で追う。征の口元はどこか不自然な弧を描いていた。笑っているように見えるが、血色の眼は人形のように冷え切っており、翳のある印象を与える。
    「人の集めた情報をこそこそ奪おうなど、許しませんよ。誠心誠意を持って、防がせていただきましょう」
     対象が同じ直線上に出てくる瞬間を見計らい、征は帯を射出した。帯は生き物のように機器をかわしながら、敵の手足をからめ取り、斬り裂く。静佳は縛霊手を構え、呟いた。
    「哀川さん、鮫嶋さんをお願い、ね。強化ブエル兵は、私達が抑えておく、わ」
     龍は頷き、石化した成海の腕に霊力を籠めた符を貼る。静佳は細い通路を横切り、外周から隙を窺うボスの前に回りこむと、にこと控えめな微笑みを向けた。
    「避けないで、くださませ、な」
     放出された霊力が網状に広がり、絡みつき、ボスの機動力を奪う。指揮棒のように舞う帯が脚に切り傷を刻んだ。奏と静佳が抑えについたのを横目で確認した藤乃は、凛としたまなざしで征が捕えた目標を見すえた。
    「ブエルなどに情報を盗ませる事も、破壊もさせませんわ」
     宿敵に毅然たる態度を取りながらも、淑やかな物腰は崩さない。柔和なふるまいには育ちのよさが滲み出ている。足元に咲く影の花は鈴蘭。妖精と共に空を走る花が、魔物を死の輪舞へ誘う。
     だが横から転がってきた別のブエル兵が、滑車のように回転し影を巻きとった。奏達の負担を考えるとゆっくりはできない。通路を塞ぐ邪魔な敵を押しのけ、成海は何とか目標へ辿りつく。
     浄化の力が働き、指に感覚が戻っている。成海は左腕で敵の髭を掴んだ。
    「失敗してんのに凝りてねぇの? テメェ等の頭ん中とんだ幸せお花畑だな」
     間髪いれず、自由になった右腕で砕けんばかりに顎骨を打ち上げた。天井に直撃する勢いで上に飛んたブエル兵を、ライドキャリバーが頭から踏み、止める。
     今の所平気そうだが、サーバー破壊の被害を考えると背筋が凍る。ラックの位置を気にかけながら、穂純の手伝いに来た関島・峻は壁際に下がった。
    「俺が支援するからしっかり撃ち抜けよ、穂純」
    「うん、関島さんいつもありがとう!」
     小遣いをたかる事もあるが、本当は峻の事を頼りにしているのだ。穂純は元気よく頷き、下敷きにされたブエル兵をきりりと見つめる。
     気づいた敵は転がって逃げたが、曲がり角から峻が現れた。紅の刃が鬣を削ぎ、額に一文字の傷が走る。その上をかのこが縦に斬り、十字の傷ができる。
     穂純は指でピストルを作り、そのど真ん中を見事に撃ちぬいてみせた。漆黒の弾は脳を貫通し、魔物は醜くもがきながら倒れこむ。
    「お見事ですわ、朝川さん」
    「やったあ! 連携はお手の物だもんね。次は佐見島さんだよ!」
     藤乃に褒められた穂純は嬉しそうに振り返る。サフィの飛ばした光の輪を連れた允が、流星群のように横を駆け抜けた。
     とどめを刺させまいと他の配下が壁になるが、目立つ攻撃は陽動だ。允の肩を踏み台に大きく跳んだエルが、敵の身体をよじ登り、背面側にぽてんと飛び降りる。そして、倒れた1体をついに斬りふせた。
    「楽勝だぜ……ってマジかよこいつ!!」
     喜ぶ間もなく、残るブエル兵の片方が允を轢き殺さん勢いで転がってくる。全力でUターンした允と敵の間に、霧亜・レイフォードのライドキャリバー、ゼファーが割って入った。
     最短距離で合流を計る征の前に、もう片方が立ち塞がった。意外に大きなブエル兵は、正面を向くと通路をほぼ塞いでしまう。
     迂回すべきか。征は一瞬戸惑い、足を止めた。火力役として立ち回る事は珍しく、慣れないが――深呼吸をひとつし、剣を構える。
    「哀川先輩、突っ込みますので回復をよろしくお願いします」
    「わかった。気をつけてな」
     龍は印を組み、精神統一を始める。宣言通り力づくで突破を狙う征の膝を、ブエル兵は蹄で蹴り返す。骨が痺れる。だが征は踏み止まり、二度目の体当たりで邪魔な敵を押し倒す。
     これが盾たる己の攻めだ。隙だらけの背に剣先を向け、楔を打つように突撃した。
    「攻撃は最大の防御とも言いますし、覚悟していただきましょう。魂ごと消えなさい」
     非物質化した剣が敵を包む邪悪な気を砕く。その瞬間、床に天魔の法陣が現れ前衛の傷を癒した。
     倒れたままのブエル兵を成海のキャリバーが轢く。右こめかみに穂純の飛び蹴り、左こめかみに成海の鉄拳を食らい、立っていた方も昏倒した。庇いあって耐えたツケが回ってきたようだ。ここまで追いこめば、行ける。
     やがて2体目も消え、藤乃の操る影の鈴蘭が3体目の手足を縛りつけた。夜の色をした妖精達が手を繋いで葉の上を渡り、ブエル兵の元へと集う。踊るようにもがき続けた魔物は、やがて手足すらも影に飲まれ、跡形もなく消え去った。

    ●3
     静佳の放った裁きの光が制約の弾丸とぶつかり合った。光に押し勝った弾はそのまま静佳へ突き進み、彼女の胸を破る。
     何という威力だろう。だが、黙する事なら得意だ。ぐっと声を吞む静佳を癒しの気が包み、滴る血が止まった。
    「龍に静佳さんを支えて欲しいと頼まれたのでな」
    「……ありがとう。心強い助っ人さん、ね」
     助太刀に現れた秋篠・誠士郎と霊犬の花へ、静佳は微笑みを返す。誠士郎は歪な笑みを浮かべるブエル兵を見あげた。
    「知識を糧に成長するという点では聞こえは良いように思えるものの、これでは泥棒のようなものだ。……ダークネスの性質上、平和的にはいかないのだろうな」
    『笑止。叡智の持ち主はただ一人、我が主のみ』
     奏はバベルブレイカーに装填された杭を回転させ始めた。会話中の隙を見て撃ちこんだ杭は軽くかわされ、ラックの角を削るに止まった。奏はふうと疲れたように息を吐き、軽い皮肉をこぼす。
    「やれやれ。脳筋も困りものだが、頭でっかちの相手も面倒だ」
     駆けつけた霧亜の帯が二人の防御を固めた。サーヴァントを含め、抑え班もこれで五名。足止めと捕縛を重ねていくことで、攻撃も徐々に当たり始める。数で勝る灼滅者に分断され、ボスと配下の連携はほぼ断たれていた。
     仲間が配下を撃破したのが見えた。サフィの目配せを受け、静佳は中央の十字路に向けて敵を力いっぱい殴る。転がってくるボスの脚を、通路の先に回りこんだ奏が踏みつけた。回転は止まったが、強い重力を受けた脚はごき、と不協和音を奏で、あらぬ方向へ曲がる。
    「さて、マナーの悪い客はそろそろお引き取り頂こうか」
    「盗人猛々しいとは昔から申しますけれど……あなた方の主様は、恥じらいも学ばれた方が宜しいですわ」
    「おりこうなる良い事です。けど悪い事考えるは、よくないです……」
     影の妖精が折れた脚に絡みつき、敵の巨体を真上に吊り上げた。めきめきと骨が折れる音に藤乃は眉をひそめる。サフィの懸命な呼びかけに応えた仲間達が、十字路の四方からボスを取り囲んでいた。成海がエネルギー障壁を拡散させ、魔力での攻撃に備える。
     これでもう、どちらへ行こうが逃げ場はない。
     ――グランマ、悪魔の僕を倒す為、力を下さいね。
     大好きな祖母の顔を想い描きながら、サフィは指先に光を灯す。流れ星のように集った小さな魔力の粒子が、大きな彗星の矢となり吊られた悪魔を撃ち落とす。起き上がろうとしたボスは、痺れに襲われ反撃の機会を逃した。チャンスだ。
    「破壊させていただきますよ」
     征が額に鬼の拳を叩き入れたのを皮切りに、攻撃が降りそそいだ。漸く飛んできた魔弾も成海のキャリバーに阻まれる。
    「これで、お仕舞い、よ」
     静佳は再び光条を指に集めた。撃ち出された光は身構えたボスの横をすり抜け、キャリバーの機体に命中する。鋭い光は一転優しい輝きに変わり、傷ついたタイヤを補修した。心なしか忌々しげな悪魔の視線を受け、静佳は緩く瞬きを返す。
     機械のような魔物が初めて見せた、どこか人間臭い反応に驚いた。
    「……このブエル兵も元々は別の人だったのかな」
     穂純は思わず、頭のすみに置いていた考えをぽろりと言ってしまった。振り向いた藤乃へぶんぶんと首を振り、平気だよと笑って、拳を変形させる。
     穂純は見ていなかった。だが、允は思い出してしまう。
     あの人が『死んだ』、瞬間。色々喋って、やけに明るく振る舞って――必死で忘れようとしたのに。
     実は全く同じ事を考えていたのを知り、心臓を撃たれたような衝撃を受けた。身体に不釣り合いな鬼の腕を、力いっぱい振り抜く穂純の背を茫然と眺める。六つも年下の少女が、自分より余程強い人に見えた。
    「……ムル先輩ちょっとどいて。一発じゃ足りないかもしれないけどぶち込まないと気が済まないわ」
     成海に押しのけられ、はっとする。ヤバイと感じた。これは本当に、方向はともかく力加減は一切考えず、やる気だ。
     大事に備え、允は思考を断ち切って反対側に回りこむ。間に合えと願いながら、腕の奥で眠る羅刹の血を集める。海と太陽が作りあげたしなやかな四肢を伸ばし、一心に駆けてくる成海の姿は、美しくも獰猛な鮫に似ていた。
    「全部ブチ壊してやるよ。っしゃオラァ!!!」
     感情的に振り抜かれたスマッシュは、叩きつける荒波のように激しく敵を襲い、吹っ飛ばした。色々な意味で逃げたいのをぐっと堪え、允は醜く変形した己の拳を固く握る。
     器用な愛想には欠ける後輩が、僅かに笑った気がした。先輩、やっちゃえ、と。ふっと緊張が軽くなり、言いたい言葉が出た。
    「ここにあんのはタダの情報じゃねー、どこかの誰かの生活を支えてる価値のあるモンだ。何で取るモン取ったら壊してくんだよ、コソ泥ヤローが!!」
     堪忍してくれよ――俺に出来る事はコレしかねーの。
     振り抜いた鬼の拳が我ながら恐ろしく、若干目が泳ぐ。だが一瞬で消し飛んだ悪魔の最期と、指に残った骨のぶつかる感触を、允は確りと受け止めた。

     成海と奏は室内の被害状況を確認して回った。ラックの位置のずれや、機器についたすり傷が見つかりひやりとする。考えながら動いていた者と、細かい立ち回りを事前に考えてきた者とで多少意識差があった結果だろうが、大きな損傷は確認できなかった。
    「データ、無事でよかった、わ」
     奏や征と協力してラックを元の位置に戻し、静佳はほっと一息ついた。サフィはエルと一緒に床の血痕や足跡を拭いておく。皆で片付けを終えた後、穂純は冷たい床の上に座りこんだ。
     かのこの頭に顔を埋め、じっと瞑目している。本当はとても悲しいのだろうに。弱音一つもらさない健気な背に、藤乃がそっと手を添え、一緒に祈る。
     允はポケットの中のメモを強く握った。背中をばしんと叩く成海の容赦ない力加減が、かえって優しく感じられた。
    「こうやってブエル兵を灼滅し、企みを潰していけば、いつかブエルへと手が届くでしょうか」
    「大元を叩ければ良いのですけど……」
     征とサフィもそう願わずにはいられない。電気を消し、部屋を後にする時、ふり返ったサフィがふとこう呟いた。
    「夜でもずっと動いてる働き者、ニホンジンみたいですね……?」
     素朴な言葉に少し表情を緩め、龍は答える。そうだな。おれたちと似てるかもな――窓の外はまだ、暗い。
     深海に落ちた星のように、サーバーは静かな光を発し続ける。今日も大切な何かを人知れず守り続ける子供たちは、ネオン街の向こうへそっと姿をくらませた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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