エンピツとケシゴム

     夕日が差し込む教室で、少年は鉛筆を走らせる。スケッチブックに描き留めるは、正面に座る想い人の少女。
    「……」
    「……」
     モデルに視線を向けた時、互いの目が合うと頬が熱くなりすぐに視線を下に向ける。
     彼女が好きになって、美術部員としてモデルをお願いして、色々な構図で何枚も描かせてもらって……。
     いつからだろう。彼女を殺してしまいたいと思い始めたのは……。
     思えば1週間くらい前からだった。デッサンを終えたビンを叩き割る、デッサンを終えたボールをズタズタに斬り裂く……。デッサンを終えるとその対象物を破壊したくてたまらなくなるのだ。
    「……きょ、今日はこれくらいにしておくよ。塾、あるんだよね?」
    「う、うん……。今日はどう? 完成した?」
    「あ、その……。今日も途中になっちゃった。スランプかな」
     嘘を吐きながら完成間近のデッサンに消しゴムをかけると、少年は少女を見送った。今はまだ引き返すことができている。でも、いつかはデッサンを完成させてしまうだろう。
     少年はその時が……。楽しみで仕方ないと感じていた。
     
     ある中学校の生徒が闇堕ちしようとしている事件が予知された。
    「堕ちてしまうのは土屋・筆一(つちや・ふでかず)さんという美術部員の少年です」
     予知をした五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)によると、筆一が堕ちるのは六六六人衆で、その序列は六三二位。
    「堕ちた彼は、殺害対象をスケッチしてから殺すという『癖』を持つようになるのですが、今も徐々にその傾向が表れています」
     気付いてからは生物を描くのを止めた筆一だが、唯一描くのを止められない相手がいる。
    「それが、同じクラスの野原・絵美(のはら・えみ)さんです」
     想い人に絵のモデルを依頼するという青春真っ只中の状況だが、デッサンを完成させたらどうなるか筆一自身も理解しており、今は完成を引き延ばすことで耐えている。
    「ですが、まだ灼滅者でない彼がいつまでも耐えることはできません」
     筆一の衝動が溢れ出たその時、彼を止める人間が必要だ。
    「接触方法は2通りが想定されます」
     1つは絵美を教室に来させない方法。接触して今日はモデルが中止になったと伝えたり、どうせ戦闘中に使うのだからとESPで人払いもありだ。教室で待つ筆一に絵美が来ないと話せば、いよいよ嫌われたと勘違いして闇堕ちする。
     もう1つはデッサンが完成し筆一が堕ちた直後に乱入する方法。絵美は筆一が堕ちた時の力の余波で気絶するため、教室の隅にでも運んでおけばいい。こちらも人払い推奨だ。
     中学校への潜入は、どちらもESPや姫子が用意した制服を借りての対応となる。また、後者を選んだ場合は説得で筆一の弱体化を図ることが可能だ。
    「説得は……やはり絵美さんへの想いを中心としたものが効果的と思われます」
     なぜ闇堕ちの衝動に耐えてまで絵美を描き続けたのか、なぜ絵美は何度もモデルになってくれたのか……。筆一が互いの想いに気付いた時、彼の心は灼滅者に味方するだろう。
    「ですが、前者は前者で絵美さんを気にせず戦えるという利点があります」
     どちらにするかは灼滅者達次第だ。どちらの場合も、筆一に灼滅者としての素質があればKO後に灼滅者として覚醒する。学園に誘ってみるのもいいだろう。
     戦闘方法だが、巨大消しゴムで殴りブレイク、高速描画のイラストを一時的に実体化させ攻撃、ばら撒くスケッチブックで回復を阻害、栄養ドリンクで回復と攻撃力上昇の4種で、ポジションはジャマー。壁役が多重にアンチヒールを受けると厳しいかもしれない。
    「情報は以上です。どうか、筆一さんの絵が最後の1枚とならないよう、お願い致します」
     少年少女の淡い青春物語に、バッドエンドは必要ないのだから……。


    参加者
    ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)
    神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    ティート・ヴェルディ(九番目の剣は盾を貫く・d12718)
    間・臨音(マジ狩るリンネ・d21208)
    常儀・文具(バトル鉛筆・d25406)
    山城・榛名(白兵隠殺の姫巫女・d32407)
    ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)

    ■リプレイ

    ●笑っていいのはここまでだ
     現場となる中学校に潜入した灼滅者達は、出会う生徒や教師を何とか切り抜け2人がいる教室近くの廊下で待機していた。
    「無事に来られたのはいいけど、これは何というか……きつかったわね」
     大学生にして中学女子制服を着るという罰ゲー……もとい、試練を乗り越えここまで来たミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)だが、何も問題無くクリアできるとそれはそれで微妙な気分だ。
    「まだいける……。大丈夫……。私はまだいける……」
     同じ状態の神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)は、自分に対する暗示に余念がない。正直それくらいしないと耐えられそうにない。
    「んっ……」
    「何か気になることでも……?」
     時折居心地が悪そうに顔をしかめる山城・榛名(白兵隠殺の姫巫女・d32407)の様子に、煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)が気遣い声をかける。
    「いえ……大したことでは」
    「……ああ、そういうことでしたか」
     胸元を気にする様子に察したのか、2人の会話はここで終了する。
    (「う~ん……。悩みのベクトルが違うのはフクザツな気分ですわよぅ」)
     ごく一般的なサイズである間・臨音(マジ狩るリンネ・d21208)としては、自分が本物の中学生に見られることの方が気になる立場だ。
     一方で、外見や身体的理由以外のことで悩む者もいた。
    (「先程は悪いことをしてしまいましたでしょうか……」)
     潜入中、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)は話しかけてきた男子生徒に転入予定で下見に来たと誤魔化したのだが、相手が学年クラスにフルネームまで伝えた上で、転入後に困ったことがあれば何でも聞いてねと言い残し、更にスキップで立ち去って行ったのだ。
    「まあ、一週間も経てばアイドルやなんかの話題に変わってるもんだ。気にすんな」
     中学男子を経験済なティート・ヴェルディ(九番目の剣は盾を貫く・d12718)の意見は、中々に真実味のある話だ。
    (「絶対に助け出してみせるぞ……!」)
     そんな仲間達の中、常儀・文具(バトル鉛筆・d25406)は筆一の救助に並みならぬ熱意を見せる。……闇堕ち後の筆一が文房具使いな点も関係しているのだが、それは秘密だ。
     そんな灼滅者達だが、1つ共通していることがある。それは教室近くででデッサン完成を待つことからも分かるように、筆一を説得してみせるという思いだ。

    ●描き続けたその理由と
     灼滅者達が待つこと十数分。ついにその時がやって来た。
    「きゃあっ!」
     上がる叫び声にカードを起動させると、灼滅者達は教室へと雪崩れ込む。
    「何だ! お前達はっ!」
     闇のオーラを纏う筆一が、闇堕ちの影響か粗野な口調で声を上げる。
    「ちょっとお節介をしにね……。甘い青春の1ページに、血の赤なんて似合わないわ」
     ミレーヌは絵美や完成したデッサンに目を向けると、それ等から遠ざけるように筆一へと斬りかかる。
    「素敵な絵じゃないの。ただ殺したいだけなら、こんな風に描けるわけがないわ」
    「っ……。こんなものは殺意の足りない駄作達だ……。こうするくらいにな!」
     虚空からスケブを取り出しばら撒く筆一。その一枚一枚には、わざと未完成で留められた絵美の様々な姿が描かれている。
    「このデッサン達……。それだけ絵美さんを想ってるんですよね? こんなにも想っているからこそ壊したくない、だから耐えてこられた!」
     前に出て多数のスケブに斬られる文具だったが、守りを固めながら筆一に声をかけると、霊犬の糊からも回復を受け体勢を安定させる。
    「楽しみをとっておいただけだ! 野原さ……この女は、殺したいから描いたんだ!」
     指差し否定するものの、筆一は絵美を視界に入れようとしない。戦闘中のため敵を視界に入れておきたいのは当然だが、どうも意識しているように見える。
    「好きな人を描き残す……素敵ですわね。でも、ソレを最後の一枚にしてしまうというのは勿体無い。お2人には次のページが必要ですわよぅ」
    「最後まで衝動に抗い続けた意志、絵美さんを大切に想う心……。まだ終わりじゃないよ。その想いを伝えるためにも、戻ってきて……!」
     説得を続けながら、臨音が振り撒く霧に紛れて紫と霊犬の久遠が攻撃を仕掛ける。
    「俺の描いたモノは絵の中でのみ存在が許される! 愛されないなら本物なんて必要ない。次のページも必要ないんだ!」
     顔に手を当て苦しげに叫ぶと、筆一は灼滅者達と距離を取る。
    「それは違います。本当の貴方ならば、絵美さんが何故何度もモデルになってくれたのか、その想いにも気付けるはずです!」
    「それほどまで好いておられる方をあなた自身が傷付ける。そんなことを許すのですか? 闇に屈してはいけません。……戦いなさい! あなたがこの方を守るのです!」
     だが、どちらの意味でも逃さまいと、槍を手にした榛名と剣を構えるウィルヘルミーナが間合いを詰める。
    「五月蝿い! どんなに『僕』が想っても届かない。それが『俺』の結論だ!」
     何かに言い聞かせるかのように怒鳴り散らし、筆一はエンピツと巨大消しゴムを剣と盾のように構える。
    「そのエンピツとケシゴムが削れている分……。あなたと絵美さんが一緒に過ごした時間を表していると思いませんか?」
    「本当に殺して構わねーのか? 自分の気持ちを何一つ告げられないまま、二度と会えなくなるんだぜ?」
     錯乱する筆一に、朔眞の槍とティートの帯が突き刺さった。
    「野原を殺そうとする自分に勝ちに行こうぜ? そのためにオレ達はここに来た。勝って、野原に想いを伝えて来い!」
    「勝つ……? そりゃ『俺』がお前達に……。違う、『僕』がお前に勝つんだっ……!」
     よろめきながら呟いたかと思うと、筆一は急に固まり天井を見上げる。
    「うぅ……。わあぁぁぁぁぁぁっ!」
     そして教室に響き渡る筆一の絶叫。今、彼の中での戦いに決着が付こうとしていた。

    ●描かれ続けたその理由は
     叫び終わった筆一の目に宿るのは、始め見た時と変わらぬ狂気の光。
    「『僕』程度が邪魔しやがって……。でも、例え邪魔が入ろうと野原さんは『俺』が殺す。君達もだ!」
     しかし、巨大ケシゴムを振り回す筆一の動きは精細さを欠いており、口調もダークネスと本来の筆一のものが混じっている。
    「っと……。言動はあれなままだけど……」
    「んふっふ~。ダークネスが表に出てますが、筆一ちゃんが頑張ったみたいですわよぅ」
     攻撃に耐えた紫が反撃で筆一を蹴り飛ばすと、そこに久遠が斬りかかり、臨音が紫の傷を回復する。
    「よくやった! それでこそ男だぜ!」
    「あなたが己の闇に打ち勝った今、残る闇は私達が祓いましょう」
     続いて筆一の健闘を讃えるティートの槍が煌めき、ウィルヘルミーナの聖剣が一閃する。
    「例え力が抑えられていたって、お前達とこの女を殺せば……!」
    「悪いけどそうはいかないよ。人の恋路を邪魔するダークネスは……」
    「灼滅者に蹴られて引っ込みなさい!」
     焦りを滲ませる筆一の守りをミレーヌが斬り裂くと、榛名がそこに炎を蹴り入れる。
    「くそっ! 『俺』がここで負け……れば『僕』がお前を押さえて見せる!」
     筆一の瞳から、狂気の光が一瞬消える。
    「その意気ですよ。もうしばらくの辛抱で必ず……」
    「僕達が悪いあなたを倒します!」
     筆一の努力に応えようと、朔眞が帯を操り、文具が自分の名前を記した盾を叩き付ける。
    「『僕』といいお前達と言い、誰もかれも『俺』をコケにしやがって……」
     心と体の苦痛に顔を歪めながらも、筆一は取り出したドリンク剤を一息で飲み干す。
    「3徹してでも締切までに仕上げる絵描きの根性……。これから見せてやるよ……!」
     構えを取り青す筆一だが、その傷は深い。本当の筆一を楽にしてやれるまで、後一息だ。

    ●互いに重なり1つとなるだろう
     気合を入れ直したダークネスとしての筆一だったが、残る力での勝利はあまりにも遠い。
    「ドリンク1本で勝てりゃスポーツ選手は苦労しねーんだよ!」
    「何徹したとかドヤ顔してる時点で、クリエーターとしては三流ですわよぅ♪」
     例え一時的なものすら見逃さず、ティートの拳や臨音の戦輪が強化を砕く。
    「誰が三流だと!」
     筆一はエンピツを残像が見える程の速さで動かしながら、臨音に怒りの眼差しを向ける。
    「その技は通しません!」
    「どけぇっ!」
     咄嗟に文具が射線に入りビームを撃つと同時に、筆一の描いた戦乙女が槍を投げ、両者の攻撃はクロスカウンターぎみに互いへ直撃した。
    「こちらで援護します。他の方は攻撃を!」
    「心得ました!」
    「よーし久遠。もう一回行くよ!」
     ウィルヘルミーナが歌声で文具を回復し、筆一を引き付けようと榛名の斬撃や紫の燃える蹴り、久遠の六文銭が教室を飛び交う。
    「筆一君にはやるべきことがあるわ。だからアンタはここまでよ」
    「……大丈夫、次はいい夢を見られるわ」
     ミレーヌがナイフを煌めかせると筆一……ダークネスを覆う炎がより大きく燃え上がり、子をあやす母のような微笑とロッドを携えた朔眞が、視界が塞がれた隙を突き最後の一撃を放つ。
    「くっ……そぉっ……」
     力尽き倒れるダークネス。後は、筆一が目覚めるかだが……。
    「うぅ……、僕は……」
     薄らと目を開け呻く筆一。ここにまた、新たな灼滅者が誕生したのだ。

     それから十数分。教室の片付け後、絵美を床に寝かせ続けてはと保健室へ移動。ESPで人払いをし、灼滅者達は筆一に世界の真実を伝えた。
    「その……信じられないかもしれないけどさ、1人だとすっごく危ないんだよね」
     だから学園へと誘う紫。灼滅者に覚醒したとはいえ、ダークネスは到底1人で相手取れる代物ではない。
    「東京……ですか……」
    「お気持ちは分かります。ですが……」
     家族などはともかく、絵美はただのクラスメイト。今生の別れとまでは言わないにしろ、ウィルヘルミーナは2人一緒に来られればと思わずにいられない。
    「でも、正直学園に来ない選択肢はない……。となると、ここはもうただのクラスメイトを超えるしかありませんですわよぅ♪」
    「ははっ、そりゃあ名案だ」
     あっけらかんとした臨音のアイデアに、思わずティートから笑顔がこぼれる。
    「んぅ……」
     絵美の口から声が漏れ出る。あまり長居は出来そうにない。
    「皆さん、そろそろ……」
    「そうね。お邪魔虫になる前に退散するとしましょう」
    「今はまだ、他の人も近くにいないはず。成功をお祈りします」
    「あなたの心の色をそのまま伝える……。そうすれば、必ず上手くいきます」
     文具やミレーヌに促されて保健室を出る際に、榛名や朔眞から応援が贈られるが、自分の想い人がバレバレな件に筆一の顔が真っ赤になる。
    「ん~萌える……じゃない。コレ学園の連絡先ね。ちゃんと結果報告するんですわよぅ♪」
     そしてメモを筆一のポケットに押し込むと、最後に臨音が保健室を後にする。

     きっと筆一からは成功の連絡が来る。そう信じ、灼滅者達は学園へと帰還した……。

    作者:チョコミント 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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