ぼくの黒歴史ノート

    作者:宮下さつき


    「休みの日に何でこんな事……」
     友人らは今頃楽しく遊んでいる頃だろう。大体試験が終わったばかりなのだ、連日の試験勉強での寝不足を取り返させて欲しい。それに先週買った小説も、まだ一頁も開いていない。
     庭の掃き掃除をさせられている少年の口から出るのは、愚痴ばかりだ。
    「ねえ、ちょっと」
    「何だよ――……ってそれ!」
     物置を整理していた母親がぱらぱらと捲っているノートに、見覚えがあった。母親は怪訝そうな表情で、首を傾げた。
    「このわけわかんないノート、あんたの?」
    「ちょ、何見てんだよ!」
    「大体この『漆黒の魔術師ハルト』って何よ。あんたの事?」
    「ぎゃああああああ!」
     漆黒の魔術師ハルト、もとい晴人君は乱暴にノートを奪うと、先程まで掃き掃除に使っていた箒に跨り、空へと飛び出した。
    「俺の馬鹿、こんなもん捨てりゃ良かったのに……いや、違う。俺は今魔法で空を飛んでいるんだ! そうだ、俺は漆黒の魔術師! 早速仲間を増やしに行くぞおおお!」
     

    「……そんなわけで、中学2年生の頃に空想を書き綴ったノートを母親に見られた少年が、闇堕ちしようとしている」
     いわゆる中二病的な設定が詰まったノートである。妙に疲労を滲ませた表情で、神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)は切り出した。その少年とやらは少々メンタルが弱すぎる気がしないでもない。
    「現在高校1年生の黒岩・晴人は読書が好きなごくごく普通の少年だ。だが、ソロモンの悪魔に堕ちかけている今となっては、得た力を存分に振るいたいという欲望のままに動こうとしている」
     仲間を増やしたい、というのもその一つのようだ。彼は中学時代の同級生に声を掛け、強化一般人にしようとしている。
    「今回バベルの鎖を掻い潜るには、彼が同級生に声を掛ける瞬間に接触すれば良い。ただ、その同級生達というのが、当時晴人と気の合った……早い話が中二病仲間でな。晴人に話を持ちかけられれば、あっさり強化一般人になっちまう」
     彼らが強化一般人になるのを防ぐには、晴人の気を引く必要があると言う。
    「彼が好みそうな設定を盛り込んで戦いを挑めば良い。すごい技名を付けたサイキックを披露しても良し、殲術道具を伝説の装備だと偽っても良し。使い魔とかに憧れているみたいだから、サーヴァント自慢も効くかもな。とにかく、彼の世界観に乗ってやってくれ」
     早い話が中二病を演じてこい。大真面目な表情で、ヤマトは言ってのけた。
    「一旦戦闘に持ち込んでしまえば、彼の友人らも逃げていくだろう。場所も広い河原の高架下、周囲を気にせず戦える。ちなみに晴人の能力だが、例のノートで魔導書のサイキックが使える他、遠距離単体攻撃の『全てを射抜くガーンディーヴァ』と」
    「それマジックミサイルじゃね?」
    「その隊列全員を氷漬けにする『哀哭のコキュートス』に」
    「それフリージングデスですよね?」
    「更には自身が傷付いた時には『魔眼』を開眼するという」
    「預言者の瞳じゃないかな?」
    「つまりはそういう事だ」
     そういう事らしい。
    「まあ、思う所は色々あるだろうが。今はまだ本人の意識が残っているが、放っておけばダークネスになっちまう。彼の為にも、ひと芝居打ってやってくれ」


    参加者
    護宮・マッキ(輝速・d00180)
    古海・真琴(占術魔少女・d00740)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    三和・悠仁(偽愚・d17133)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)
    桜井・オメガ(オメガ様・d28019)
    羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)

    ■リプレイ

    ●中二的お約束展開でお送りします
    「何、お前も晴人に呼び出されたの?」
     初夏の日差しを避けるように高架下にしゃがんでいた二人の少年が、友人の姿を認めて立ち上がる。
    「晴人は? 呼び出しといて遅刻?」
     ぐるりと辺りを見回したその時、彼らの頭上から声が降ってきた。
    「待たせたな!」
    「晴人?!」
     季節外れの黒いコートを翻し、箒で空から舞い降りる少年。日差しを遮る物が何も無い上空で友人らが揃うのを待っていた為に、汗だくである。
     それでも、魔法を目の当たりにした少年達は心をくすぐられたようだ。目を輝かせる友人の顔を見たハルトはニヤリと笑い――
    「ちょーっとマッター!」
    「誰だ?!」
    「コンジキのスーパーウルトラファイター、ファムだよ!」
     ばーんと効果音がしそうな仁王立ちで土手の上に立つ、ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)。戸惑うハルトを指し、
    「ナカマ増やす、止めにきた。トモダチ大事にしないの、カミサマゆるさない!」
     強化一般人になどさせないと息巻いた。そんな少女の登場に驚いた表情を見せるが、
    「神が……御子を寄越しただと……? だが、俺も引き下がるわけにはいかない」
     脳内で勝手な設定を練り上げ、友人らに歩み寄る。だが。
    「初めまして、ルーキー。魔法の世界へようこそ。歓迎するわ」
     突然差した影に見上げれば、箒で中空に浮かぶ女性達。優雅に河川敷に降り立ったアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は、気品漂う振る舞いで握手を求めるように手を差し伸べる。
    「私は、魔法庁人材管理部初級者育成係に所属する魔法使い。『白夜(ホワイトナイト)』とでも呼んでちょうだい」
    「初めまして。私は、魔法庁人材管理部で修業中の魔法使い。そして、我が使い魔の……魔力蓄積中で、こんな姿になっているのはお許しを」
     続けて古海・真琴(占術魔少女・d00740)が頭の上で丸くなっているウイングキャットのペンタクルスを指せば、ハルトは息を飲んで二人を見つめた。
    「まさか『機関』がこんな早く来るとはな……」
     良く言えばノリが良いタイプなのだろう。あっさりと灼滅者達の言葉に乗っている。
    「魔法を使うにはきちんとした心構えが必要よ。実力を確かめさせてもらうわ」
    「丁度良い、戦うならそれで用事も片が付く……俺も参戦させてもらおう」
     土手を下りながら、低い声音で話すのは三和・悠仁(偽愚・d17133)。魔の監視者を名乗り、ハルトを値踏みするように眺める。一方、彼と共に下りてきた護宮・マッキ(輝速・d00180)はフランクな態度で話しかけた。
    「やあ兄弟。ちょいとこいつを見てくれよ」
     左目を覆っていた眼帯を外し、右目と異なる赤い瞳をハルトに見せつける。もちろん、カラーコンタクトだ。ふわふわの霊犬を指し、瞳の色を犠牲に召喚したのだと説明する。
    「名はシュヴァルツアウゲンシュテルン。僕は『色喰い』って呼んでるけど」
     当のブラックポメは、不思議そうに主を見上げているのだが。
    「色喰いの刃の切れ味……キミの体で試してみるかい?」
     更に彼らの後ろには、3人の少女が控えている。立て続けに現れる灼滅者達を訝しむどころか、ややオーバーリアクションに見える動作で額に手を当て、
    「まったく、なんて愉快な日だ……!」
     灼滅者達に向き直った彼は、物語の主人公にでもなった気分なのか、楽しそうだ。既に友人達の事は頭から抜けている。
    「漆黒の魔術師ハルト! お前の心に闇が蔓延ってるのが見えるぞ!」
    「罪喰らう冥界の鰐よ。契約に従い、正しき闇の力を貸して欲しいなの。罪を量るアアルの天秤を此処に、変身っ!」
     魔法剣士(マジックフェンサー)を名乗る桜井・オメガ(オメガ様・d28019)がダイナマイトモードに、羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)がエイティーンでエキゾチックな美女に変身すれば、すっかり灼滅者達に釘付けだ。
    「闇、だと? 面白い、お前達を倒し、闇をも従える魔術師だと証明してやる!」
    「――それでは、始めようか。血に塗れし崩壊の序章を――」
     崩壊の序章と書いてルビはカタストロフである。埜口・シン(夕燼・d07230)の言葉を皮切りに、各々が武器を構える。
    「……今さら罹患中? いやいやいや」
     中二病に縁など無かったのに。さらりと台詞を言ったはずの張本人が、少し遠い目をしていた。

    ●異能バトル開催中
    「まずはお前からだ! ゆけ、ガーンディーヴァ!」
     修行中と聞いて侮ったのか、魔法の矢で真っ先に狙ったのは真琴。だが、割って入った悠仁に受け止められる。
    「その力、世界にとって害悪と為り得るか確かめさせてもらう」
     目の前で戦闘が始まった事と彼の放った殺気が相俟って、ハルトの友人達は我先にと逃げ出した。これで気兼ねなく戦えると、アリスは死の魔法を唱える。氷を振り払うように駆けた先に、鋭く光るファムの緑黒曜石のナイフが迫る。
    「ばーりあ!」
     バリアを張ればあらゆる攻撃が無効化されるという彼女のそれは、小二病というものではなかろうか。体勢を立て直す間も与えず、異形化した腕を振り下ろすマッキと、絶妙な連携を見せるブラックポメ。
    「くっ……コキュートスの亡者の叫びを聞くがいい!」
     急激に温度が下がり、彼の近くに居た前衛の体温を奪う。それをものともせず、シンは静かに告げた。
    「今の君が手にした力は虚妄に過ぎない……」
    「なん……だと?」
     辺りを包む彼女の魔力を孕んだ霧は、仲間を強化するだけでなく、戦いの舞台の演出にもなっている。
    「ハルト! この自ら所有者を選ぶ伝説の聖剣『ソルラスカ』でお前の闇を断ち斬ってやるぞ!」
    「まさか、あの聖剣がお前を選んだと言うのか!」
     雰囲気の飲まれた彼は避ける事も忘れ、オメガの神霊剣に斬りつけられる。続いて真琴の影が彼のコートを裂き、サナが漆黒の弾丸を撃ち込んだ。
    「炎の海に沈め!」
    「ウルトラヒーリングウインド!」
     黒歴史ノート、もとい魔導書を開き、火柱が上がるも、ファムの戦がせた風が鎮火する。
    「……強い。が、闇に頼り過ぎている。このままでは自我の崩壊も近いな」
    「ええ、よくないわね。闇の影がちらついてる」
     影業を操りながら頷き合う悠仁とアリスに、ハルトは不満げな表情を見せた。
    「さっきから闇、闇と……なんなんだ!」
    「私利私欲の為に魔法を使う者は、終いには魔に囚われて悪魔化する……でしたっけ? 先輩」
    「あ、悪魔?」
     真琴の言葉に、不安の色が浮かぶ。
    「ああ、瞳の色どころじゃないね」
     肉体丸ごと悪魔の物だとマッキが言えば、信じないとでも言うようにかぶりを振った。
    「そんな事で、戦いを止めるとでも思うか!」
     ハルトの魔力の光線を受けながら、シンはそっと囁いた。
    「目を逸らさないで、ハルト」
    「魔法が使えるようになったんだ! 恥ずかしい妄想なんかじゃないんだ!」
     再びノートを開き、原罪の紋章を刻む。話を聞きたくないと言わんばかりだ。
    「冥界の鰐よ、罪を喰らい裁きなさい」
    「イグニートグラムウェル!」
     サナの影がワニを模り、ハルトの足に食らいついた。そこに炎を宿したたオメガの蹴りが炸裂する。仕返しをしようとノートを捲った時、ぽつりとファムが呟いた。
    「魔術師、カッコいい。でも、ボウソウしちゃってるの、カッコ悪い」
    「……!」
     格好良かれと思ってやっていただけに、純粋な少女の言葉が突き刺さる。
    「じゃあ、俺はどうすれば!」
    「祓い落とすわ」
     私達の指導は厳しいわよ、とアリスが言えば、ハルトは振り絞るような声で返した。
    「……頼む」
     少年の体が、悪魔を宿す。
    「遍く偏在するマナに命ず。我が敵を穿ち抜く魔法の矢となれ」
    「我が名において命じます! 我が力となれ、闇の翼!」
     アリスと真琴に合わせ、ペンタクルスも魔法を放った。ハルトは連続する攻撃に晒されながらも、魔導書に記された禁術を唱え、灼滅者達を猛火が襲う。
    「これで灼滅とか救い無さ過ぎて笑えないから、助かってくれよ」
     炎の中から飛び出した悠仁が、殴り飛ばすように黒酔嵐を振るった。ハルトは腹部を強打されて咽ながら、苦し紛れにフリージングデスを唱える。すかさずマッキが癒しの風を吹かせ、ブラックポメも浄霊眼で援護した。
    「お前は善良な魔術師のはずだ! 闇に負けず、正気に戻るんだぞ!」
     オメガの強烈な斬撃が彼のコートを裂き、よろめく。一気に間合いを詰めたファムが、鬼神変を叩き付け、ハルトの顔を見上げた。
    「負けちゃって、オシマイ。イヤじゃない?」
    「……嫌だ」
     紡伽から炎を迸らせ、ハルトの視界にシンが滑り込む。
    「じゃあ、目を逸らさないで。自らの強さで漆黒を塗り替えてこそ、真の力は手に入るものだから!」
     自分の闇に負けるなと叫び、蹴り上げた。後ろに吹き飛んだ体が、火の粉を散らしながら地面に転がる。
    「裁きと、救いの、光あれ!」
     サナの放った光条が、ハルトの体を貫いた。

    ●反省会のお時間です
    「すみませんでした」
     目を覚ました晴人は、開口一番謝罪を口にした。見ず知らずのあなた達が来なければ、自分はきっと悪魔になっていただろうと項垂れる。
    「あー……まぁ、今回は運が悪かっただけというか」
    「ほらほら、いつまでも下を向いてない方がいいぞ!」
     悠仁が慰めるように肩を叩き、オメガに促されてようやく上げた顔は、真っ赤になっていた。そんな彼を見て、シンははにかむように笑い、
    「初めまして。君の、仲間だよ」
    「仲、間……?」
    「どうせならその力、私たちの所で振るいません?」
     堂々と漆黒の魔術師として力を振るえますよ、と真琴が言えば、晴人は驚いた顔をした。
    「え、だって。俺、中二病で、迷惑かけて」
    「地で中二病みたいな奴もいっぱいいる学園だから、気軽に来ちゃえばいいんじゃない?」
    「中二病ね。この学園にいるとその辺の感覚が麻痺してくるわ」
     マッキとアリスがこれっぽっちも気にしていないと言えば、ますます目を丸くする。
    「アタシ、『なんとかくろの魔術師』とってもカッコいい、思うよ? 恥ずかしがらない、イチバン!」
     ファムに背を叩かれ、晴人は初めてあどけない笑みを浮かべた。
    「うにゅ、一緒に行くなの。よろしくお願いしますなの!」
    「……こちらこそ、よろしくな!」
     晴人は差し出されたサナの手を、しっかりと握り返した。

    作者:宮下さつき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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