ノリノリエンジョイ全力ライブに潜む影

    作者:飛翔優

    ●小さな幸せ、大きな一歩
    「みんなー! 今日は本当に、本当にありがとう!」
     地方都市の、小さな小さなライブステージ。
     観客も二十名ほど、小さなライブ。
    「今まで私……アイドル、ミナトをを支えてくれて……ようやく、ここまで来ることができました! 今日はみんなのために、精一杯……頑張ります!」
     ファンが一人もつかない時代に比べたら大きな一歩。
     ステージ上でマイクを握るアイドル淫魔・ミナトは瞳の端を拭ったあと、腕を大きく振り上げた。
    「それじゃ、盛り上がっていこー!」
     小規模ながらも、上がる歓声は天へと届く。
     前奏が流れ、ボルテージが高まりだす。
     クライマックスに向けて加速し始めたとき、入り口から新たな観客がやって来た。
     年齢は恐らく二十代。
     目鼻立ちの整った、おおよそアイドルライブとは縁がなさそうなイケメンだ。
     彼は髪を軽く払った後、まっすぐに歩き出す。
     ステージを囲み、盛り上がり始めた観客たちなど気にせずに。
     邪魔者だと言わんばかりに、無造作に肉体を切り裂きながら。
     口元に、小さな笑みを浮かべながら……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、いつもの表情で口を開いた。
    「最近、ラブリンスター配下の淫魔が頻繁にライブを行っているみたいです」
     今まではバベルの鎖があるため、ライブを開いても客が集まることはなかった。しかし、仲間になった七不思議使いたちに噂としてライブ情報を流してもらうなどして、一般人を集めるのに成功したらしい。
    「もっとも、売れない地下アイドルくらいですが……それでも大きな進歩、ですね。こんなことを言っていいのかはわかりませんけど……」
     ともあれ、それだけならば問題はない。
     そう、それだけならば……。
    「正確には、ライブに来るのが一般人だけならば、ですね。しかし、この噂を聞いて、ライブ会場にやってくるダークネスがいるようで……」
     このダークネスはライブ会場に到達すると観客を蹴散らして殺し、そのままアイドル淫魔のところへと向かうらしい。
     目的は不明だが、ライブ会場の一般人が殺されてしまう事態は避けるべきだろう。
    「ダークネスがライブ会場に入る前に、灼滅してほしいんです」
     続いて……と地図を広げ、地方都市のライブ会場を指さした。
    「皆さんに赴いてもらうライブ会場はこの場所。ライブを行っているアイドル淫魔の名はミナト、やって来るダークネスは淫魔・イツキですね」
     会場の正面入口部分で待機していれば、早足でやって来るイツキと接触することができるだろう。
     後は灼滅すれば良い、という流れになる。
     イツキは男性型の淫魔で、見た目は目鼻立ちの整ったイケメン。
     灼滅者八人と同等程度の力量を持ち、妨害特化。
     バラ色の微笑みにより複数人を魅了する、耳元に甘い言葉を囁くことで攻撃を鈍らせる、幸せな未来の幻影を見せることで拘束する……と言った技を用いてくる。
    「以上がイツキに関する説明ですね。後は……」
     葉月は若干視線を落としながら、続けていく。
    「事件を未然に防ぐためにライブを解散させる、という方法もあります。この場合、ライブを邪魔されたミナトとの戦闘になりますが、一般人を安全に避難させることは可能でしょう」
     ミナトの戦闘力はさほど高くはないが、途中でイツキが乱入してくる可能性がある。その場合、勝利するのは難しくなってしまうかもしれない。
    「以上で説明は終了します」
     地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「どんな手段を取るかはお任せします。どうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)
    蓮華・優希(かなでるもの・d01003)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)
    竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)
    サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)
    アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)
    霞・闇子(小さき裏世界の住人・d33089)

    ■リプレイ

    ●ゲリラライブ、開幕
     注目を促す音がなる。
     ざわめきが静まった。
     開幕を告げるアナウンスが聞こえて来る。
     地方のライブ会場入口前に陣取った灼滅者たちは、漏れ聞こえてくる楽しげな喧騒に耳を傾けながら門の方角に意識を張り巡らさせていた。
     人払いを済ませたからだろう。受付はおろか、警備を行う者も今はいない。
     物珍しげに寄ってくる者もいない。
     やって来る者は、一人だけ。
     目鼻立ちの整った顔立ちを持つ男性淫魔・イツキだけ……。
    「……」
     真っ直ぐに歩いてくるイツキを発見した灼滅者たちは、進路を塞ぐように移動。
    「さて、此処から先は通行止めだ」
     アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)の言葉を受けたイツキが小首を傾げながら立ち止まった時、蓮華・優希(かなでるもの・d01003)は一礼する。
    「ボクの名は蓮華・優希。あなたはイツキ、だね?」
    「いかにも。いやはや、このような美しい女性に出迎えられるとは思わなかったが……さて、どのようなご用件かな? こう見えても私は忙しい身。口惜しくはあるが、今は貴方をエスコートする暇はないのだけれど……」
     恭しく一礼してく優希を冷たく見据えながら、言い放つ。
    「あなたの目的を聞きに来た」
    「……ほう?」
     鋭い視線を浴びながら、続けていく。
    「確かに気ままに生きることも悪くは無いけれど、そのために誰かを犠牲にすることは違うと思うけれど、どうかな? それとも誰かに頼まれたの?」
    「……ふむ」
     イツキは顎に手を当てて考える仕草を見せた後、肩をすくめた。
    「残念ながら、まだまだ僕らの関係はそこまで深いわけじゃない。付き合ってくれるのなら考えてもいいけれど……有り体に言えば、言う必要はないってところかな」
    「では、やりあうしかないな」
     聞いても無駄だろうと、アルディマは身構える。
    「我が名に懸けて!」
     武装し、盾を構え睨みつけた。
    「しかし、どうにも空気が読めないようだな、お前は」
    「僕には、邪魔をする君たちのほうが空気が読めていないと思うけどね」
     再び肩をすくめ下がっていくイツキに、さらなる言葉を投げかけた。
    「ここはただのライブ会場だ。場違いはさっさと失せるが良い」
    「……奏でよ、天使のしらべ」
     アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)もまた赤いロングドレスを身に纏い、トライアングルを構えていく。
     灼滅者たちが武装していく様子を、イツキは静かに見守っていた。
     対照的に、ライブ会場からは涙混じりの元気な声が聞こえてきて……。

     微かに聞こえてくる歌のリズムに乗り、サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)はさっそうと帯を放った。
    「テメェもただの客ならどうでもよかったがな」
    「おや? 人とダークネスとで扱いが異なるのはあたりまえじゃないかな? もちろん、女性は除くけれどね」
     軽い調子で帯を弾いていくイツキに、影がさす。
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)がジャンプキックを放っていく。
     腕に受け止められたがゆえに跳躍し、上空にて右足に炎を走らせた。
    「アイドルさんの邪魔はさせませんから!」
     落下の速度を加えたかかと落としは、クロスする腕に寄って阻まれる。
     炎を与えることには成功した。
     翡翠は口の端を持ち上げながら、体のバネを活かして距離を取る。
    「ファンの皆さんみたいに熱くなってみます?」
    「君も熱くなってみないかい? 僕の腕の中」
     言葉を遮るように、優希が盾突撃を放った。
     右腕に阻まれるも、力比べへと持ち込み語りかけていく。
    「綺麗過ぎる顔も女性にとっては嫌味にはならないかな? 少しでも傷つけば釣り合いが取れると思うけれど?」
    「ふふっ、確かにワイルドな顔立ちも魅力的かもしれないね。でも、僕の趣味じゃ」
    「別に語らなくてもいいですよ……」
     反論を遮るように、竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)はギターをかき鳴らす。
     激しきビートで、イツキの体を揺さぶっていく。
     イツキは優希を弾くとともに、姿勢を正した。
    「ふふっ、だったらこれはどうかな?」
     バラの花が咲きそうな微笑みが、前衛陣に向けて放たれた。
     アルディマは受け止め、偽りの感情を振り払う。
     振り払うための力を与えるため、盾領域を広げていく。
    「私たちは、誰一人として惑わされたりはしない」
    「伽久夜さんとのセッション、行っちゃうよー!」
     更には神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)がギターをかき鳴らしながら歌い出す。
     明るく、朗らかに。
     アップテンポを使い分け、ただただ前向きな詩を紡ぎ出す。
     全ては仲間のため。
     今日、この場所で、ファンのためにライブを行っているアイドル淫魔・ミナトを守るため!
     ラブリンスター一派のアイドルが狙われる事件は珍しくないような気もするけれど、今回は謎が多そうな一件。
     もっとも、彼女はダークネスでも頑張ってきたアイドル。少しくらいは応援したい。
     アイドルのファンは、全力で守りたい。
     同じアイドルとして!
     主と同様楽しげにナノナノのソレイユが翡翠を治療していく中、霞・闇子(小さき裏世界の住人・d33089)は戦う中でも楽しくなってしまいそうな歌声を聞きながらは拳を握りしめる。
    「それじゃ、こんな無粋なダークネスはさっさと倒してしまおうか!」
     仮面の向こう側で目元を緩めながら殴りかかり、イツキを後方へと退かせ――。

    ●アイドルライブにバラ色のほほえみは必要ない
     イツキの作り出す、幸せな未来の幻影。
     アンジェリカの前に現れた未来は、果たしてどのような光景だっただろうか?
    「……」
     溺れることなく、惹かれることなく、アンジェリカは目を細めていく。
     イツキは、人を堕落させて悦に入る最も嫌悪する型の淫魔。
     決して、演奏会の邪魔をさせるなどあってはならない存在。
    「……」
     トライアングルの澄んだ音色を響かせ、アンジェリカは幻影を振り払う。
     更に一音、二音と鳴らし、己の影を浮き上がらせていく。
    「夜闇のしらべ、第三楽章・影喰」
     最後の一音を鳴らすと共に、影がイツキに襲いかかった。
     イツキが影に飲み込まれていくさまを前に、サイラスはバベルブレイカーを構え懐へと踏み込んでいく。
     影を打ち破ったイツキに螺旋状に回転し続ける杭を突き出し、左腕に阻まれながら、距離を詰めて言い放った。
    「テメェに恨みはねぇ。だが、放置すると危なさそうなんでな」
    「……ふふ」
     微笑みとともに弾かれ、距離を取る。
     サイラスが構える中、イツキは口を開いていく。
    「そうだね、僕は危険だ。なにせ、全ての女性は僕のものなんだから。男の君にとっては、邪魔だろう?」
    「……」
     反論する意味もないと、サイラスは腕を刃に変えて斬りかかった。
     右腕に阻まれるも、更に後方へ追いやることに成功する。
    「……」
     よろめきながらも、イツキは微笑む。
     薔薇が咲きそうな艶やかさで。
     はねのけるため、結月はギターをかき鳴らした!
    「ふっ、ゆきたちはそんな邪悪な笑顔に負けたりしない! そろそろこの、ゲリラライブもクライマックス! 最後までミナトちゃんが歌い続けられるよう、ゆきも全力で歌い続けるよ!」
     楽しげな歌声で邪悪な微笑みをかき消して、前衛陣を正常な状態へと戻していく。
     ソレイユもまたハートを飛ばし、ゲリラライブを飾っていく……。

     結月が中心となって治療を行い、アルディマが中心となって防衛してきたからだろう。特に大きな被害がもたらされることもなく、戦うことができていた。
     有利な時だからこそ、油断はできない。
    「さて、みんなの状態を回復しろ! これで動きやすくなったろ?」
     闇子は風に言葉を載せ、結月の歌声をサポートした。
     受け取りながら、優希は腕を醜く肥大化させていく。
     イツキに殴りかかり、右腕に阻まれながらも膝をつかせていく。
    「醜いところもあった方が魅力的だと思うのだけれど、そうは思わないかな?」
    「そういう人もいるかもしれないね。……そう、僕も女性の醜さは気にならない」
     ――君のような女性も、タイプだよ。
     優希の耳元にささやかれていく言葉を微かに危機、伽久夜は肩をすくめながら杖を掲げていく。
    「残念、あなたの囁きは薄っぺらくて心に全く響きません……」
     囁きを断ち切るように、放つは激しき雷。
     雷に貫かれ、イツキが動きをとめていく。
     すかさず伽久夜は跳躍し、杖を大上段から振り下ろした。
     脳天へ叩きこむとともに、魔力を爆破。
     爆風に乗って退きながら、尋ねて行く。
    「逃げようとはしないんですね」
    「……逃げる? 僕が? まさか!」
     おかしそうに、イツキは笑う。
    「どうして僕が逃げなきゃならないんだい? 可愛くてきれいな女性たちから。灼滅者風情から、なぜ?」
    「……」
     反論は耳に留めながら、翡翠は白塗りで片刃の巨大な剣を振り上げた。
    「無粋な方には退場願います!」
     大上段から振り下ろし、体に斜め傷を刻んでいく。
     今が好機と、アンジェリカが踏み込んだ。
    「鬼神のしらべ、第一楽章・縛撃」
     トライアングルの音色が響くとともに、衝撃を受けたイツキが動きを止める。
     アルディマが防衛を捨てて猛追し、炎斬撃。
     斜めにイツキを切り裂き、顔を上げた。
    「ふふ、ふふふ……」
     傷口を抑えながら、イツキはゆっくりと倒れ伏す。
    「できれば、女性にトドメを差してもらいたかったなぁ……ふふ、ふふふ……」
     断末魔の含み笑いをかき消すように、ライブ会場からはひときわ大きな歓声が響き渡り……。

    ●ライブの後に
     戦場となった 入口前を元の状態に戻すころにはもう、ライブは最後の曲へと映っていた。
     紡がれたのは、別れを惜しみながらも再開を願うバラード。
     会場で聞いた灼滅者たちは、有志を募り楽屋へと向かった。
     顔パスで通された灼滅者たちは、ライブを終えて呆然としているミナトを発見。
     気づく様子がなかったから、闇子が話しかけていく
    「あの~……ミナトさんですか?」
    「え、あ……はい。あなたたちは……?」
     闇子は名乗る、ライブを聞きに来た武蔵坂学園の灼滅者だと。
    「あ、えと、その……ありがとうございます! わざわざ脚を運んで、ライブを聞いてくれて……とても、嬉しいです」
     目の端に涙を貯めている、邪気の感じられぬ笑顔。
     受け止めた上で、翡翠は冷たい飲み物を手渡しながら投げかけた。
    「ライブ成功おめでとうございます」
    「コンサート成功おめでとうございます」
     伽久夜も花束を手渡した上で、化粧台に栄養ドリンクを一パック置いていく。
     ありがとう、と笑顔で返していくミナトの手は、結月が優しく握りしめた。
    「ライブお疲れ様っ。ゆきもアイドルだから、ぜったいあなたには負けないけど、でも、お互い、これからもがんばろーね?」
    「……はい、私も負けません! もっと多くのファンのみんなを、もっともっと楽しませていきます……!」
    「……」
     今の雰囲気に、外でのできごとを伝えるのは無粋だろうか。
     ならば後で……と考えながら、サイラスもねぎらいの言葉を投げかけた。
    「涙ぐましい努力、ってやつか? ……まぁ、お疲れさん」
    「……はい!」
     その後、灼滅者たちはアンジェリカの伝言など明るいお話を選んで行った。
     締めくくりとして、闇子がブレスレットを手渡していく。
    「今度もライブ見に来ますので、がんばってください。よかったらどうぞ」
    「……はいっ! 今度も心より楽しんでいただけるよう、頑張ります! ……どうです? 似合ってますか?」
     語りながら、ブレスレットを身につけはにかむミナト。
     様々な感想を述べた上で、外であったことなどはメモにしたため手渡した。
     今言うようなことじゃないから、落ち着いた時にでも読んで欲しいと伝えた上で。質問も、可能なら答えて欲しいと付け加え。
     ミナトは喜んで受け入れた。
     別れを惜しみながら、見送ってくれていた。
     アイドル、淫魔、少女……全てを内包している、心からの笑顔で……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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