廃墟に住まう烈火の獣

    作者:波多野志郎

     その工場はかつて山を切り開きそこに作られた。
     しかし、その工場から流れ出す水による水質汚染と不況の煽りを受け、その工場は閉鎖へと追い込まれることとなる。
     そして、そこに無人の廃墟が生まれる事となった。
    『グ、ルル――』
     その廃墟に一体の獣が君臨していた。その体は灼熱の炎に包まれ、その四肢は強靭極まりなく。ねじくれた角の奥、赤い双眸には凶悪な光が宿っていた。
     廃墟の王――イフリートは周囲に視線を巡らせ、ゆっくりと動き出す。他に動く者はいない――いれば、何の躊躇もなくこの獣が殺し尽くすからだ。
     獣はまさに獅子がそうするように、廃墟を巡回し始めた……。

    「新しいダークネスが見つかったぜ?」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の言葉に、灼滅者達の間に緊張が走る――そうするのに充分なほど、ヤマトの表情が真剣なものだったからだ。
    「敵はイフリート――神話の存在である巨大生物「幻獣種」だ。このダークネスは理性を持たず破壊と殺戮の衝動のままに暴れまわる危険な存在だ」
     イフリートが発見されたのは、とある山奥に残された工場跡の廃墟だ。様々な要因により捨て置かれ無人となったここは、不幸中の幸いイフリートが住み着いても問題はなかった。
     なかった――そう、過去形になってしまったのだ。
    「問題は、この廃工場に買い手がつきそうだって事だ。そうなれば最後、どれだけの犠牲者が出るはめになるかわからない」
     だからこそ、今この時に倒すしかない――ヤマトはそう言葉を続けた。
    「イフリートは廃工場の中を徘徊している。建物そのものはほとんど原型も残ってないんだけどな? 逆を言うと向こうもこちらも隠れる場所がないって事だ。こちらがイフリートを補足するのが先か、あちらがこちらを見つけるのが先か? 違いはあれどやる事は同じだ。孤立せず、周囲を警戒しながら挑んでくれ」
     敵はイフリート一体のみ。だが、その戦闘能力はこちら一人一人を大きく上回る――その獣と真正面から力を合わせて戦わなくてはいけないのだ。
    「イフリートはファイアブラッドの持つサイキックを使って来る。一撃一撃がこちらとは比べものにならないほど強力な上に回復までこなしてくるんだ、こっちもしっかりとした役割分担が重要だ」
     こちらの有利な点は人数と出来る事の幅だ。事前にしっかりと作戦をたて、誰が何をするべきか? それを決めて対処にあたるべきだろう――そして、そこにこそ勝機があるはずだ、とヤマトは付け足した。
    「ここまでくると俺の全能計算域もこういう答えを導き出すしかない――真正面からの実力勝負、これがもっとも勝率の高い作戦だ」
     ヤマトはそこまで告げて、前髪を掻き上げて続ける。
    「敵は強敵、だが、お前達にはチームワークと思考する頭がある。力だけが勝敗を決するんじゃないと神話の獣に教えてやれ――頼むぜ? 灼滅者!」
     ヤマトはそう締めくくり、灼滅者達を獣が君臨する戦場へと送り出した……。


    参加者
    鵺鳥・昼子(トラツグミ・d00336)
    宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)
    橘・瞬兵(蒼月の祓魔師・d00616)
    阿羅耶・炎(紅蓮の蜘蛛・d01748)
    不知火・隼人(フォイアロートファルケン・d02291)
    洲宮・静流(湧きいずる清流・d03096)
    慈山・史鷹(哀を叫ぶジャマー君・d06572)
    御蔭・夕鶴(夢見人・d08031)

    ■リプレイ


     ――山の空は既に秋の気配を漂わせていた。
     だが、橘・瞬兵(蒼月の祓魔師・d00616)は違う意味の汗を感じて額を拭った。吹く風は冷たいぐらいだ――それは、緊張による汗だった。
    「えっと、廃工場かぁ……こういう何か出そうな所って、苦手だなぁ。昼間だし、もっとリアルに怖いものが待ってるのは分かってるんだけど……」
     その廃工場を一望出来る場所から見下ろし、瞬兵は溜め息をこぼす。ここをイフリートが徘徊しているのだ――その事に誰もが緊張を抱いていた。
    「遠祖神、恵み給め。祓ひ給へ。清め給へ――」
     目を閉じて精神集中を行っていた洲宮・静流(湧きいずる清流・d03096)が祝詞を紡ぐ――呼吸を整えると静流が静かに告げた。
    「さあ、行こうか」
    「あぁ、そうしよう。強敵を真正面から、チームワークと戦略でぶっ倒すなんてワクワクするね。やってやろうぜ!」
     笑みを浮かべ言ってのける鵺鳥・昼子(トラツグミ・d00336)に、うなずく仲間達の口元にも笑みが浮かぶ。
     灼滅者達は、前衛が周囲を取り囲み中心に中衛と後衛が集まり進んでいく。阿羅耶・炎(紅蓮の蜘蛛・d01748)は周囲に糸目を走らせ、肩をすくめた。
    「一言で廃工場と言ってもなかなか広いようだ」
    「そうね、あの巨体だから――」
     炎の感想に御蔭・夕鶴(夢見人・d08031)もそう口を開こうとした瞬間だ――その一陣の熱風に灼滅者達が身構えた。
    「慌てるな、落ち着いて距離を取れ!」
     まず反応したのが静流だ。それに全員が反応するより速く、あえて前へと駆けた者がいた――昼子だ。
    「ひひひ、いくぜ! ショーダウンだ!」
     昼子が地面を蹴る。道すがら飲んでいたトマトジュースの缶を放り捨てると地面を蹴っていた。
     熱風の正体は巨大な炎の獣だ。それが振るう拳をライダースーツへと変身した昼子がチェーンソー剣を振るい迎撃した。
    「瞬着……強化外骨格、烈火見参!」
    「今度はこちらの番でしょう?」
     そして、火柱のように赤いマフラーをなびかせてスレイヤーカードを解放した不知火・隼人(フォイアロートファルケン・d02291)が炎の中からその身を表し跳躍、炎が鋼糸を振るった。
    『ガアアアアアアアアアアアアアア!!』
     炎の巨獣――イフリートが傍らの瓦礫を足場に後方へ跳び、間合いを開ける。槍を受け止め、鋼糸を振り払って着地する。
    「相手にとって不足なし……どころか、おつりが来すぎる気もするな」
     龍砕斧を手に慈山・史鷹(哀を叫ぶジャマー君・d06572)が言い捨てる。質量はそのまま圧迫感となる――この神話の存在にして巨大生物である幻獣種の圧迫感は凄まじいの一言に尽きた。
    「流々として清冷たる清水も時に濠流となり押し寄せる」
    「……はじめます」
     静かに静流と夕鶴がスレイヤーカードを解放する――まずは、奇襲は防いだ。本番はここからだ。
    「――――」
     宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)が首にかけたヘッドホンを知らず知らず指先で撫でていた。その感触と共に思い出すのは自身の闇堕ち、そして正気に返った時のあの光景と喪失感だ。
    「……戻れないのなら、その呪縛から解き放つよ。君の炎と僕の炎、どっちが熱いか勝負しようよ」
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     綸太郎の呟きに、大気を震わせイフリートが吠える。破壊と殺戮、その衝動のままに炎の獣が動く――ここに幻獣種を相手とする、壮絶な死闘の幕が開けた。


     襲い来るイフリートに対して灼滅者の陣形はこうだ。
     前衛のクラッシャーに隼人と夕鶴、ディフェンダーに昼子と綸太郎、中衛のキャスターに静流、ジャマーに史鷹と炎、後衛のメディックに瞬兵といった布陣だ。
    『ガ、ア――!!』
     地を蹴ったイフリートは砲弾のように綸太郎へと迫る。その拳に炎を宿す巨獣がレーヴァテインの一撃を振り下ろした。
    「ぐ、う……ッ!」
     その衝撃だけで体中を持っていかれた――そう錯覚しそうになる。しかし、綸太郎は後方へ一歩下がり、上段に構えた刀を渾身の力で振り下ろした。
     雲耀剣が巨大な腕を傷つける。だが、イフリートの太い腕を封じるにはまだ足りない。
    「……こいつでも無いか…ま、じっくり探すしかないか……さて、やろうじゃねぇかっ!」
     隼人が跳び、螺旋を描く妖の槍を杭のようにその脇腹へと串刺にする。その螺穿槍も厚い筋肉に阻まれたかのように鈍い手応えを返した。
    「俺が相手になってやるぜ、牛野郎!」
    「炎さえ凍てつく酷氷、食らうといい!」
     その足へと昼子がギルティクロスの赤いオーラによる逆十字を放ち、静流のフリージングデスがイフリートの燃える二の腕を凍らせる。それに煩わしげに両手を振るうイフリートに、史鷹が目に見えるほどどす黒い殺気を放出した。
    「そんじゃ、まずは領域展開っと。最初から全力で行かせて貰うぜ」
    『ガ、アアア!!』
    「炎を継ぐ名家の血筋として恥ずかしくない狩りをしろ、とは言われましたが……これなら文句はないでしょう」
     ヒュオン! と炎の鋼糸が宙を舞う――宙の鍵盤を叩くようにその指先が動き、イフリートの右足へと巻きつき、絡め取った。
    「えっと、僕の役目はメディックとして、戦線を支える事、だね……うん」
     キッと表情を引き締め、瞬兵はその右手で自分の胸に触れた。治癒の力を宿した温かな光は、瞬兵により強力な癒しの力を与える。
    「闇の力も、あなたも……組み敷いてみせる」
     真っ直ぐにイフリートの懐へと潜り込み、夕鶴がその胸元に歪なハートマークが浮かべ自己強化した。
    「――――」
     夕鶴がイフリートを見上げる――イフリートは両手の間に生まれた炎、バニシングフレアを躊躇なく地面へと叩きつけた。
    「安寧の時を得るために……その燃えたぎる炎と衝動を、灼滅してあげる」
     長い銀髪をひるがえし、夕鶴が炎を突っ切り言い放つ。巨獣と灼滅者達の戦いが加速していった。


     熱気に汗を流し、背筋は凍る――灼滅者達の誰もがこの矛盾を経験していた。
    『ガアアアアアアアアアアアア!!』
     地響きと共に跳躍したイフリートがその全体重をに載せたレーヴァテイン の拳を静流へと振り下ろした――誰もがそう思っただろう、それを防いだ者以外は。
    「助かった」
    「平気! お代はキスでいいぜ!」
     静流の短い礼にその身を盾にした昼子は冗談めかして言ってのける。その昼子へと瞬兵がすかさず右手をかざした。
    「輝く御名の下、邪悪に立ち向かう者に、救いの光を……」
     ジャッジメントレイの裁きの光条に癒され、昼子は唸るチャーンソー剣を振るう。ギギギギギン! と火静流花を散らしながらイフリートはそのチェーンソー斬りを受け止めた。
    「そこ……!」
     そこへ綸太郎のデッドブラスターによる漆黒の弾丸を撃ち込まれた。イフリートはそれを振り向き様の裏拳で弾くが――夕鶴がその懐で頭上に右手を掲げる!
    「そう好きには、させないから……!」
     音もなく影の鎖は刃を構築する――夕鶴の足元から放たれた斬影刃がイフリートへと突き刺さった。
    「貴様は、赦されるに値するか!?」
     そして、静流のジャッジメントレイの光条がイフリートを照らす――二歩、三歩、とよろめいたイフリートへ炎はティアーズリッパーによってその腹部を切り裂き、史鷹は龍砕斧へと影を宿し渾身の力で振り回した。
    「お前のトラウマ見せてみろ! って、イフリートにトラウマってあるのかね?」
     確かなその手応えに史鷹は軽口を言い放ち、警戒するように唸るイフリートへと言い捨てた。
    「地道な作業も、塵も積もればってな。少しずつ削らせて貰うぜ」
     ――史鷹のその言葉こそがこの戦いを物語っていた。
     一撃の破壊力に長け、膨大な体力を誇り、回復までこなす――まさにイフリートとは神話存在と呼ぶにふさわしい恐ろしい相手だ。
     そのイフリートに対しての灼滅者達のアドバンテージは数だ。手数。能力の豊富さ。そして、その組み合わせが生み出すコンビネーション――特にジャマーの史鷹と炎に至っては史鷹が積み上げたものを炎が斬弦糸で更に重ねていくのだ。いかにイフリートが強靭な個体であろうと、徐々に形勢は不利となっていく。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアア!!』
     イフリートが地を蹴る。その掌から噴出させた炎、バニシングフレアを前衛へと叩きつけよう――として、その巨体が空中でバランスを崩し地面に転がった。
    「ハハ、やはり……ケモノですね」
     片目を見開き、紅の瞳で見下しながら炎は嗜虐の笑みを浮かべる。炎の封縛糸によって捕らわれ、動きを狂わされたのだ。
     しかし、イフリートの反応は早い。すぐさま立ち上がり間合いを開けようとする――だが、そこには既に銀の髪をなびかせ夕鶴が踏み込み、死角へと回り込んだ史鷹が龍砕斧を振り上げていた。
    『ガ、アアアア!!』
     夕鶴の斬影刃がその胸に、史鷹の黒死斬がその右の脛を深々と切り刻む――ガクン、と片膝をついたイフリートに静流と瞬兵が同時に動いた。
    「さっきのは見切られた……、ではこれならばどうだ? 追撃つきの、とっておきだ!」
    「輝く御名の下、堕ちたる哀れな獣に、裁きの光を……」
     静流のマジックミサイルが右と左の肩を撃ち抜き、瞬兵のジャッジメントレイの裁きの光条にイフリートはのけぞった。
    「よいしょっと! こいつで終わりだイフリート!」
     そこへ昼子が飛び掛った。のけぞったイフリートの首にぶらさがるように腕を回すと反動をつけて一気に宙へと放り投げる!
    『ガ……ッ!』
     宙を舞ったイフリートが短い苦痛の声を漏らす。地獄投げを極めた昼子が、会心の笑みで告げた。
    「頼むぜ、不知火! 宗谷! 阿羅耶!」
    「いくぞ、ここで決めよう!」
     昼子の声に隼人が地面を蹴る――そして、綸太郎もそれに続いた。
    「ケモノはケモノらしく――狩られなさい!」
     ザシュ! と炎のティアーズリッパーが十字にイフリートの胸元を刻む――そこへ、隼人が妖の槍の切っ先へと、綸太郎が刀の刃へと、それぞれが体内から吹き出させた炎で包み、レーヴァテインを繰り出した。
     ドォン!! と地面にイフリートの巨体が叩き付けられる。二度、三度、とその手がもがくように宙を掴み――やがて、力なく落ちた……。


    「皆さん、お疲れさまでした」
     小さな吐息と共に炎が言うとようやく全員が緊張を解いた。
     イフリートが倒れた後もそこには熱気が残っている。思い返せば心臓が凍りつきそうなほど、恐ろしい敵だった。
    「凶暴なだけの獣は、滅ぶだけだ」
     そう静流はこぼす。どんなに恐ろしい相手でも仲間がいれば戦える――この結果は確かにそれを証明していた。
    「えっと……うん、それでもみんな無事でよかった……」
     特にメディックとして戦い抜いた瞬兵の安堵は強いものだった。それに史鷹も力を出し尽くした、と満足げに笑ってうなずいた。
    「せめて、この魂は……穏やかな夢を見られますように」
    「――――」
     夕鶴が静かに祈りを捧げ、綸太郎も宿敵へと黙祷を捧げる。あれは自分だ――闇に堕ちたままであったなら、同じ運命を辿ったであろう、もう一人の自分なのだ。
     だからこそ、滅んだその先に彼等せめては魂の安息を祈った。
    「さて、お疲れさんだっ! 腹減ったし、皆でファミレスでも行くか!」
    「お、そいつはいいじゃん! 行こうぜ!」
     隼人の提案に昼子も満面の笑顔でうなずいく。他の仲間達もその提案に笑みでうなずいた。
     こういう事が明日への英気になる――勝った灼滅者達は明日を人として生きなくてはいけないのだから……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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