「ふーむ、まさか安土城怪人の勢いがこれ程とは……命を賭してまで天海大僧正に義理立てしてもつまらん……」
琵琶湖を望む旅館の一室で、天むす怪人は呟いた。
天海大僧正派の下っ端であった彼だが、旗色が悪くなったのを察して、安土城怪人に寝返ることを検討し始めたのだ。
「問題は、どうやって安土城怪人に接触するか……誰かに手引きを頼まねばならんな」
――ガタンッ!
「御用改めである! 津天むす怪人に相違ないな?」
と、次の瞬間――突然に襖が開かれ、段だら模様の羽織を身につけた男が抜き身の刀を手に踏み込んでくる。
「うっ……お、お前達は」
「壬生狼組だ。士道不覚悟にて切腹を命じる」
「ふ、ふざけるな! 俺は勝つ方につくだけだ! それの何が悪――」
怪人の言葉はそこで途切れる。彼の胴と首が、切り離されたからだ。
「……真の武士として蘇るが良い」
壬生狼から放たれた畏れは、怪人の亡骸に纏わり付き……
「……う、うっ……」
彼にスサノオの配下としての、新たな生命を与えたのだった。
「小牧長久手の戦いで敗れた天海大僧正の勢力も、何やら動き始めた様ですわ」
有朱・絵梨佳(中学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、大僧正派の下っ端ダークネスが、安土城怪人側に寝返ろうと琵琶湖方面へ脱走を始めていると言う。
「天海大僧正は、これらの造反ダークネスらを配下のスサノオ――スサノオ壬生狼組に命じて、脱走を阻止。スサノオの配下に造り替えるつもりの様ですわ」
安土城怪人に寝返ろうと言うダークネスを助ける必要は無いが、このスサノオ壬生狼組は目に付いた一般人を躊躇無く斬り倒す様な、血に飢えたダークネスだ。
彼らの活動を見過ごせば、一般人の命が奪われてしまう危険が高い。
「強力な敵ではありますけれど、何とか対応して頂きたいと言う訳ですわ」
「この、壬生狼組のスサノオは、人狼のサイキックに加え日本刀を用いますわ。彼らが一般人を襲うのは、逃走ダークネスとの戦闘を終えた後ですわね」
また、灼滅者達との戦闘が始まれば、やはりまずは目の前の敵に集中するはずで、こちらとしても一般人を守りながら戦う様な事は考えなくても良さそうだ。
「戦闘開始のタイミングですけれど、シンプルに考えるとスサノオがダークネスの部屋に踏み込んできた直後か、ダークネスを倒した直後かですわね」
前者の場合、逃走ダークネスはこれ幸いと戦場から脱出してゆくだろう。
後者の場合、逃走ダークネスはスサノオ配下として参戦する事になる。
「戦いを有利に進められるのは、逃走ダークネスが殺される前に戦いを開始する事ですけれど、その場合、安土城怪人の勢力が多少増強される事にはなりますわね」
どちらにせよ、今回は一体以上のダークネスを灼滅し、一般人の命を守る事が目的だ。
「楽な敵ではないと思いますけれど、貴方達なら勝てるはずですわ。吉報をお待ちしております」
そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
佐久間・嶺滋(罪背負う風・d03986) |
レイネ・アストリア(壊レカケノ時計・d04653) |
近衛・一樹(創世のクリュエル・d10268) |
レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864) |
栗元・良顕(浮かばない・d21094) |
渦紋・ザジ(大学生殺人鬼・d22310) |
紅月・春虎(翼侯・d32299) |
フリル・インレアン(小学生人狼・d32564) |
●
滋賀県某所。日本最大の湖である琵琶湖を望む小さな旅館の一室に、彼は宿泊していた。
「さて、いかにして安土城怪人と接触するか……突然押しかけたところで、怪しまれるであろうな……いや、下手をすれば密偵として斬り捨てられる危険さえある」
劣勢となった天海大僧正に見切りを付け、安土城怪人に寝返ろうとしていた彼――天むす怪人は、いわゆる下っ端ダークネス。確たる思想やイデオロギーではなく、強い方についておこぼれを頂戴しようという、とても単純な思考の持ち主であった。
――ダダダダッ。
「むっ!? 何の騒ぎだ」
と、けたたましく階段を駆け上がる足音。
――ダンッ!
「御用改めである! 津天むす怪人に相違ないな?」
「うっ?! ま、待て……違うのだ、これは誤解だ!」
勢いよく襖が打ち開かれ、姿を現したのは段だら模様の陣羽織を纏った狼男。見るからに鋭利な抜き身を手に、その切っ先を天むす怪人へと向ける。
「壬生狼組だ。脱走とは士道不覚悟。切腹を命じる」
「これはその……ええい、ふ、ふざけるな! 俺は勝つ方につくだけだ!」
現れた壬生狼に対し、逃亡を誤魔化しかけた天むす怪人も、開き直ったように言い返す。
「……真の武士として蘇るが良い」
そんな脱走者を処断せんと、刀が振り上げられたその時――。
「まるで池田屋だな……とかく、変に配下増やされるよりはよっぽどマシだ、相手取らせて貰おうか!」
佐久間・嶺滋(罪背負う風・d03986)のダイダロスベルトが蛇の如く伸び、壬生狼を飛び退らせる。
「何者だ! 壬生狼組と知っての邪魔立てか!」
「惑わぬ風、織り成す虚実、見透かさん」
更なる追撃を掛けるのは、氷雨&凍姫の二振りを抜き放ったレイネ・アストリア(壊レカケノ時計・d04653)。限られた屋内のスペースを苦にせず、斬撃を見舞う。
――キィン!
「貴様ら、そやつの仲間か……或いは安土城怪人の手の者か」
「ダークネス同士が切り合って減ってくのは構わんが、一般人まで手を上げるとはほっとけんな……」
応戦しつつ言う壬生狼に、近衛・一樹(創世のクリュエル・d10268)は冷気纏う冷妖槍-氷茜-を繰り出して答える。
「は、はい……時代劇のようには……いかせません」
こくりと頷き、ややたどたどしい口調で言うのはフリル・インレアン(小学生人狼・d32564)。しかし淀みない動きで、魔力の霧を展開する。
「くっ……良く解らんが、今のうちに……」
「今、寝返ったところで貴方の地位は保証されないでしょうに……かといってもう元居たところにはもどれませんよねぇ?」
「実家に帰れ……」
「ぬ……だ、黙れっ! 安土城怪人とて、この機に一気に兵力を増強しようと考えておるはずよ!」
紅月・春虎(翼侯・d32299)と栗元・良顕(浮かばない・d21094)が、どさくさに紛れて逃げようとする怪人に言葉をかけるが、怪人も今更後には退けない。
「貴様等から斬り捨てて欲しい様だな……」
「真の武士か、笑わせんな。血に飢えたアンタ等がいくら武士のまねごとしても猿まねにしかならねぇよ」
「うにゃ、スサノオ、邪魔させてもらうにゃ!!」
渦紋・ザジ(大学生殺人鬼・d22310)の縛霊手から展開された結界が戦場を包むと同時、レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)はその小さな手に鬼神の力を宿し、殺気に満ちた壬生狼へと飛びかかる。
足抜けを目論む天むす怪人、それを誅殺せんとする壬生狼、そして両勢力の戦力増強を阻止せんと目論む灼滅者。三者の思惑が交錯する、三つ巴の戦いが始まる。
●
――ブンッ!
「遅いっ」
壬生狼の切っ先を受け流し、逆にその脛を斬り付けるレイネ。
「この動き……ただ者では無さそうだな。こちらも全力で行かせて貰おう……今宵の我が刀は血を欲しておるわ」
手傷を負った壬生狼だが、怯む素振りもなく一層殺気と戦意を強める。
「血に飢えたと言っても……頭が回らないわけではないみたいだ」
嶺滋は癒しの矢を放って味方を援護しつつ、壬生狼の様子を窺う。血に飢えた、と言う表現は当てはまるが、それも知性との同居。逆に言えば、理性を有しつつ血を欲する最もたちの悪いタイプと言う事になるだろうか。
「その餓えた姿……まさに壬生狼やな。いくで!」
「とにゃかく、スサノオを止めるにゃん」
両足に朱の闘気を纏った一樹が裁きの十字を切ると同時、レナは猫の手を模した愛用のロッド――にゃんこの手に魔力を集中させ、殴りかかる。
「くっ……お、俺は関係ない! お前達の戦いに巻き込むな!」
「俺達が来なきゃ、アンタとっくに斬られてただろ」
ザジは灯籠から百鬼を召喚し、壬生狼と怪人の両方を襲わせる。可能であればいずれのダークネスも灼滅したいと言うのが灼滅者達の心情だが……。
「取りあえずはこっちかな……」
良顕は黄金銃の狙いを定めると、壬生狼目掛けて引き金を引く。
「飛び道具など……!」
「健気ですね? そうやって大局も傾きつつあるのに必死に其れを覆そうとする。……嫌いじゃないけど、まだ足りませんよ?」
「っ!?」
――ザンッ!
追尾弾丸に対応しようとする壬生狼の死角を突き、春虎が最上段から退魔刀紅を振り下ろす。
「い、いきます」
更なる追撃を試みるのはフリル。光線の如くダイダロスベルトを放ち、息もつかせぬ波状攻撃へと繋ぐ。
「ええい……勝手に殺し合っているがいいわ!」
と、隙を突く様に逃走を図る天むす怪人。灼滅者もその動きをチェックしては居たが、壬生狼への攻撃を中断してまでその逃走を阻止する意図は無かった。
「今日の所は、仕方ないか」
「欲張って何も為せずに終わるのだけは御免ね……」
嶺滋、レイネは再び意識をスサノオへと集中し、攻撃を継続。風の刃が唸りを上げ、鋭く振るわれる二刀と共に敵へ襲い懸かる。
――ギィンッ!
「群れれば勝てるなどと、思い上がるな!」
しかし相手もさる者、目にも留まらぬ太刀さばきによってこれらの直撃を回避する。
「さすが、やるやん……ところでお前ら亡骸から配下作るとか何をするつもりなん? ……ってお前に聞いても知らんか」
「……俺に斬られれば解るやもしれぬぞ」
「教える気は無いってことみたいにゃ」
一樹の問い掛けに、微かに口の端を歪めて応える壬生狼。一樹とレナは、有益な情報を聞き出す事が至難であるのを悟り、すぐさま攻撃を再開する。
――バッ!
氷茜の穂先に宿った氷柱、そして猫の意匠の指輪ルナティック・フェリンから放たれた魔弾が、やや変則的な軌道で壬生狼へと向かう。
「仲間だったのに簡単に切っちゃうのは……どうでも良いけど。迷惑だから」
更に攻撃に立体性を加えるのは良顕。炎を宿した銃剣を突き立てに懸かる。
「ぐ、うっ!」
高い敏捷性と脅威的太刀捌きによって、致命傷を避け続ける壬生狼。とは言え、灼滅者達の攻撃は着実に彼の体力を削りつつあった。
「……ん、その畏れで僕らも配下にできるのですか?」
「斬られてみれば解ると言っている!」
紅月流の呪が宿る杖、紅に魔力を籠めつつ探りを入れる春虎。しかし壬生狼は意図してかせずにか、有益な情報は口にしそうにない。
「悪いが斬られる気はねぇよ。どっちかと言えば、旗色が悪いのはそっちじゃねえのか?」
ザジは鼻先で笑う様に言い返すと、灯籠から炎の蝶を無数に羽ばたかせる。
「こ、こわっぱ共が……調子に乗るなぁっ!」
舞い散る火の粉と、スパークする魔力。表情を歪めながらも、畏れを纏った刀を横薙ぎに振るう壬生狼。
「っ……!」
フリルはこの斬撃を剣で受け止めると、逆に龍砕斧を唸らせる。
――ガッ!
「ぬうっ!」
とっさのカウンターは、次第に動きを鈍らせていた壬生狼の左腕に深々と直撃する。
「不覚……だが、この程度で屈しはせぬ! 戦いはまだまだこれからよ!」
傷を負った左腕の先から鋭利な銀爪を伸ばし、咆吼を響かせる狼。狙いをスサノオに絞る事によって、戦闘を次第に優位に運んできた灼滅者達。
その雌雄を決する時が迫っていた。
●
「はぁぁっ!!」
――ブンッ!
刀と爪を振るい、獅子奮迅の戦いぶりを見せる壬生狼。多くの手傷を負い、戦いの趨勢がほぼ決しようとも、命を惜しんで逃げる様な素振りは微塵も見せない。
「敵前で逃げたら士道不覚悟になっちゃうしね……」
良顕は相手の事情を推測しつつ、しかし淀みない狙いで再び黄金銃の引き金を引く。
「ぐっ?! まだ……まだよ! 貴様等の血を所望!」
「それも終いや」
「あぁ、志も無く罪も無い一般人も手に掛けるって言うんじゃ、その段だら模様の陣羽織が泣くぜ」
エアシューズで疾走し、勢いもそのままに高熱の刃による蹴りを見舞う一樹。それとほぼ同時に、ザジのダイダロスベルトが餓狼に食らい付く。
「よし、攻撃あるのみだ。一気に行こう」
「うにゃ、覚悟するにゃ!」
――バッ!
フォローと治癒に主体を置いていた嶺滋も、大鎌を振るって風刃を放つ。これに呼応したレナは、再びにゃんこの手に魔力を集中させ、インパクトと同時に壬生狼へと流し込む。
「う、ぐうっ……!」
血飛沫を散らしつつ、それでも尚刀を振るい続けるスサノオ。
「此処は、私の距離よ」
レイネは二刀を鞘に収めると、敵の切っ先をすり抜けざまに抜刀。
「ぐあぁーっ!!」
ドサリと刀を手にしたままの腕が、畳に転がり落ちる。
「終わりにしましょう」
「こ、これでトドメです!」
最上段から刀を振り下ろす春虎。フリルも光剣を横一文字に払い、血に飢えた狼に引導を渡す。
「え、えっと……時代劇風に言うと、一件落着……ですね」
逃走した天むす怪人がどうなるのか、窓の外に少し目を向けつつ呟くフリル。
「そうね、興味は無いけれど……戦って死ぬのも彼らの士道なのかも」
目障りなものを断ち切るだけと、それを終えたレイネは感情を籠めずに相槌を打つ。
「安土城怪人の元に駆け込むのでしょうね。いつか戦う事になるかも」
「せやな。その時までは貸しって事にしとこか」
さほど興味なさそうに、しかし現実的な分析をして答える春虎と、軽く口元を緩めつつ不敵に笑む嶺滋。
「うにゃ。今回は一般人に被害が加わらない範囲でやったから、ご当地怪人が逃げても問題にゃいんだけど、今度あったら灼滅かにゃ」
うんうんと、こちらも頷くレナ。
「やれやれ、あんだけの戦いをした割には部屋も壊さずに済んだ方かね」
「少し多めに宿泊料置いておけばいいかな……」
ザジは散らばった座布団や座椅子、テーブルの位置を大まかに直しつつ肩を竦め、良顕も小さく呟きつつこれを手伝う。
「それじゃ戻りましょうか、長居は無用ですし」
眼鏡をかけ直し、概ね室内が片付け終わったのを確認して言う一樹。
かくして、灼滅者達は宿を後にする。
罪なき一般人の命は、餓狼の凶刃より救われたのである。
作者:小茄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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