敗残の牙に寄りし、籠絡の白

    作者:御剣鋼

     ――福岡県白島、男島(おしま)。
     かつては、下関要請の一翼を担う軍事基地。
     現在は、巨大な石油備蓄基地となっている、福岡県沖の小島である。
     その小島の岸壁に、多数のイフリートが集う。
    『ガイオウガ様ノ無念、イカニシテモ果タサネバナラヌ』
     煌々と集まる炎の中心に居るのは、漆黒のイフリート――クロキバだった。
    『アフリカンパンサーノ座ス軍艦島ハ、間モナクソノ姿ヲ見セルダロウ』
     一拍して、彼は「ウズメトハ話ヲツケタ」と、告げる。
    『本懐ヲ遂ゲタ後、アフリカンパンサーノ地位ヲ我ラガ占メルナラバ、軍艦島ヘ導コウト……』
     クロキバは、苦渋の表情を浮かべる。
     アフリカンパンサーを討つ為とはいえ『うずめ様』の配下に成り下がらなければならないのは、非常に腹が立つのだろう。
     だが、他に方法は無い。
     武蔵坂の灼滅者さえも撤退させた軍艦島に、アカハガネ達が離脱した事で更に勢力を縮小させた自分達が攻め入るには、これしか方法がなかったのだから。
    『オ前達ノ、命、アズカラセテモラウ』
     クロキバの言葉と同時に海上に軍艦島が現れ、イフリート達が力強く吼え猛る。
     因縁の決戦の幕開けである。
     
    ●クロキバの行方
    「既に過去の話しでございますが、本筋に入る前に事件の経緯を軽く説明させて頂きます」
     教室に入った灼滅者達を出迎えた、里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)の傍らには、オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)が控えている。
     何か進展があったのは、間違いないだろう。
    「クロキバは、うずめ様の傘下に加わる事を条件に、軍艦島に招き入れてもらい、アフリカンパンサーに戦いを挑みました」
     獄魔覇獄以降、クロキバの求心力はかなり下がっており、自分達だけでアフリカンパンサーに打ち勝つのは、到底不可能だった。
    「本懐を遂げるがため、他ダークネス組織を後ろ盾にするのは、やむを得ない事情がありましょう」
     獄魔覇獄では、武蔵坂に協力を断られている経緯があるので、武蔵坂も頼りにしづらかったのかもしれない。
     そして、その結果。
    「戦いは、アフリカンパンサーの勝利に終わり、クロキバ達はうずめ様の取りなしによって、軍艦島から撤退致しました」
     そしてその戦いの傷を『道後温泉』で癒していた事件は、記憶にも新しい。
    「この事件には多くの灼滅者様が解決に向かわれましたが、肝心のクロキバの行方は、掴めずにおりました」
     一旦、口を閉じた執事エクスブレインは、オリヴィエに視線を向けて、頷く。
     何処か緊張した様子で半歩前に出たオリヴィエは、集まった灼滅者達にゆっくり告げた。
    「僕自身、道後温泉の事件に関わったんだけど、あの事件のあと、クロキバはもっともいけないナース自らが接待してるんじゃないかって思って、直ぐに清政さんに調べて貰ったんです! そしたら!!」
     言葉に熱を帯び始めたオリヴィエは、呼吸を整えるように執事エクスブレインを見やる。
     その視線を受け、執事エクスブレインは静かに本題へと触れた。
    「オリヴィエ様の迅速な情報提供もあり、ついに突き止めることができました」
     ――クロキバの行方を。
     そして、ゴッドセブン『もっともいけないナース』の居場所を――。
     
    ●敗残の牙に寄りし、籠絡の白
    「あと一歩、情報提供が遅れておりましたら、手遅れになっていたかもしれません」
     まさに、迅速な行動が最悪な結末を回避したのだと、執事エクスブレインは付け加える。
     余程急いだのだろう、執事エクスブレインのバインダーの中も、珍しく煩雑であった。
    「クロキバともっともいけないナースは共に、とある温泉宿の離れで湯治をしております」
     獄魔大将で無くなったとはいえ、クロキバ本人が陥落されてしまえば、DOG六六六の勢力はHKT六六六内でも無視できない存在になってしまうだろう。
    「時間帯は20時。この時刻でしたら離れの露店風呂で、もっともいけないナース自らクロキバの背を流しており、一般人や配下が近付くことはございません」
     だが、単独とはいえ、もっともいけないナースは、ゴッドセブンのナンバー2であり、DOG六六六の首魁。
     クロキバも完治してないとはいえ、強力なイフリートなのは変わりないので、2体を同時に相手取るのは、非常に困難を極めるはずだ。
    「幸い、もっともいけないナースも『お客様に安全にお帰り頂く事を最優先』するため、皆様が介入したタイミングで、先にクロキバを逃がそうとするでしょう」
     実力を考えても、もっともいけないナースに的を絞って対処し、クロキバには引いて貰うのが良いかもしれない。
    「本来は手勢を割きたいところでございますが、バベルの鎖に察知される恐れも高まりますので、皆様方だけで事にあたって頂くことになります」
     もっともいけないナースはサウンドソルジャー相当のサイキックの他、彼女固有のものを幾つか使い分けてくるという。
     体力もあるので、全員が総出で挑まなければ、長期戦は免れないだろう。
     クロキバは、ファイアブラッド相当のサイキックしか使ってこないが、そのパワーとスピードは決して侮れない。
    「この事件はクロキバ達にとって災難でございますが、もっともいけないナースを灼滅する絶好の機会を手に入れたといっても、過言ではございません」
     どちらにしろ放置した場合、クロキバはもっともいけないナースの味方に回ってしまうので、その意味でも阻止しなければならない。
     一拍置いて、執事エクスブレインは静かに言葉を洩らした。
    「クロキバが立ち上がることは、もうないかと思います……」
     一度は奮起し、うずめ様の手を借りるという業腹な思いをして挑んだ戦いは、再び大敗を喫し、更に多くの仲間を失い、傷つけた。
     彼に、頑張って仲間を率いて欲しい等の激励に似た声は、届かないかもしれない……。
     だが、しかし。
    「手負いの獣。窮鼠猫を噛むという言葉があります通り、傷を負った獣は普段以上に危険でございます」
     接する際は、細心の注意を払って欲しい。
     そう告げた執事エクスブレインは一拍置いて、ためらいがちに言葉を続けた。
    「ここで決着を付けなくても、クロキバに何らかの形で引導を渡す日は、そう遠くないかもしれませんね」
     ――悔いなき行動と覚悟を。
     そう告げると、執事エクスブレインは何時も通り、深々と頭を下げた。
     
    ●道後温泉にて
    「うーん、傷は治りかけてるのに、どうしてかしらん?」
     月明かりに照らされた露天風呂に、鈴を転がすような声が響く。
     広大な離れを贅沢にも貸切にし、もっともいけないナースは半身を湯に沈めたイフリートの逞しい背中を、献身的にマッサージし続けていて。
     人の姿をとったイフリート――クロキバの隆々とした体には無数の傷が刻まれていたけれど、その殆どが癒えている。
     なのに、彼は黙したままだ。
    「いいのよいいの、何も考えないで、何もかも忘れて、全て任せて委ねて頂戴ねー」
     もっともいけないナースが柔らかく問い掛けても、クロキバは答えない。
     まるで、魂が抜け落ちた人形のように、心も口も何もかもを堅く閉ざすように……。
     静寂にも終焉にも似た穏やかな時間が、立ちこめた湯気と共に流れる。
     しかし、それは不意に途切れ、もっともいけないナースは愛らしい眉をきゅっと寄せた。
    「むむっ、いやーんな気配っ!」
     ぷぅと頬をふくらませた、もっともいけないナースは、直ぐに迎撃態勢を整える。
     ぱちんと指を鳴らすと、白衣よりも際どい衣装を纏い、禍々しい液体の薬瓶が不気味な音を立てて、招かれざるお客様――灼滅者を出迎える。
     その様子をクロキバは興味無さそうに一瞥し、虚脱した瞳は虚空を見つめていた。


    参加者
    伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)
    朧夜・穂風(炎玄の繰り手・d18834)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    アガサ・ヴァーミリオン(燃えるイナズマヒーロー・d27889)
    吉国・高斗(小樽の怪傑赤マフラー・d28262)

    ■リプレイ

    ●白き癒し手
    「小樽の怪傑赤マフラーが相手だ!」
     露天風呂になだれ込んだ一行は逃走を防ぐように、もっともいけないナースを取り囲む。
     白ジャージに赤マフラーを湯煙に靡かせた吉国・高斗(小樽の怪傑赤マフラー・d28262)が、WOKシールドを構えた時だった。
    「ソォォォックス、ダイナマイツッ!」
     靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)の衣服が弾け飛び、裸に靴下とムタンガが再装着!
    「はい、私めがもっともいけない靴下でございマァス」
     頭にも靴下を被った蕪郎は美味しそうに靴下をしゃぶりつつ、サウンドシャッターを展開。首下げ式の灯りがさらにインパクトを添える中、くるりとナースに向き直る。
    「その装い、お揃いでございますね」
    「むむっ、癒し系清純派勝負なら、負けないわー」
     運命の悪戯か否か!
     此処に、もっともいけない靴下と癒し系清純派が激しい火花を散らすッ!!
    「清純派、だったんッスね」
    「HKT六六六の中では、癒し系かもしれませんけど……」
     アガサ・ヴァーミリオン(燃えるイナズマヒーロー・d27889)が生暖かく瞳を細め、オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)が首を傾げる中、ナースは動かぬクロキバに視線を留める。
     思惑はあっても奉仕精神は本物なのだろう、お客様の安全を最優先に動いたのだ。
    「お兄さん、ここは任せて先に――」
    「邪魔させん」
     ナースが撤退を促そうとした瞬間、伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)が影を伸ばす。
     オリヴィエも喰らいつくように漆黒の殺気を横からぶつけ、前方を塞ぐように武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)が、ダイダロスベルトを解き放った。
    「見せてやろう、クロキバ。我らの矜持を、覚悟を」
     黎嚇が視線だけをクロキバに留めると、彼は虚ろのまま。
     多くの同胞と信頼を失う戦いの連続で、重荷に耐え切れなくなったのか。
     否、それだけではないだろうと黎嚇は刃を煌めかせ、朧夜・穂風(炎玄の繰り手・d18834)も戦う意志と覚悟を胸に、黄色の交通標識を掲げた。
    「……そうしてでも、何も考えない楽な状態を、選びたい、のでしょうか……」
     力無きクロキバの姿に、穂風は学園に来る前のことを想い出す。
     力を使うべき時に使うのを躊躇い、家族を死なせる結果を招いたことを。
     そのような酷い後悔を、クロキバにもして欲しくなかった……。
    「……本当は、これ以上彼の誇りを汚す前に、殺すべきなのでしょうけど」
     思惑はあったとはいえ、クロキバには武蔵坂の事情に配慮して貰った借りがある。
     今は、その借りを返すまでだと、霧月・詩音(凍月・d13352)は冷静に影を伸ばす。
    「こんな形で腑抜けたまま、敵に回ってあっさり倒されるのを見るのも癪だ」
     対峙するとしても、互いに納得出来るものにしたいと思うのは、勇也も同じ。
     影の刃を追うように間合いを狭めた勇也は、巨大な鉄塊を勢い良く打ち振った。

    ●互角の接戦
     8人と2体が一丸となった攻撃を仕掛けることで、ナースは戦闘に集中せざるを得ない形に追い込まれていて。
    「イナズマパンチ!」
     強敵を相手に命中率を重視したアガサも、1つ1つ確実に当てることを優先していく。
     プレッシャーを仕掛ける勇也の動きに合わせ、赤いマフラーを靡かせたアガサは、強烈なアッパーカットを繰り出した。
    「積極的なコは好きだわー」
     だが、相手もDOG六六六のトップ。
     その名に相応しい華麗なステップで、灼滅者の攻撃を紙一重で避けていく。
     着実に攻撃が命中していたのは、スナイパーのオリヴィエくらいだ。
    (「やってみるか」)
     戦術上必要とはいえ、不慣れな装備にいささか抵抗を感じるのも確か。
     だが、それを払拭するのも課題だと思った勇也は、腕から伸ばしたダイダロスベルトに炎を織り交ぜる。
     目を見開いたナースが身を翻す僅かな隙を突いて、穂風が黒い殺気を重ね、横から高斗が勢い良く殴りつけた。
    「本当に見る影もねえな」
     ナースには拳を、クロキバに魂を込めた言葉を。
     しかし、高斗が声を掛けた瞬間、激しい剣戟がかき消してしまう。
    「言葉を掛ける余裕はございませんね」
     相手はゴッドゼブンのナンバー2、只の淫魔ではない。
     スマイルイーターや、シャボリーヌより格上である相手に、蕪郎はメディックの黎嚇と声を掛けながら回復に集中する。
     ナノナノのみずむしちゃんも催眠に囚われた仲間を優先して、治癒に飛び回っていた。
    (「ダメだ」)
     湯を使った奇襲を仕掛けようとしたオリヴィエは、寸での所で思い留まる。
     湯にはクロキバが浸かったまま……彼を巻き込む訳には行かなかった。
    「……クロキバ、さん?」
     ふとクロキバと視線が合った穂風は、小さく息を飲む。
     強敵を相手に接戦を繰り広げる灼滅者を前に、虚脱していた瞳は成り行きを見守るように、灯火が揺らめいたように見えて。
    「……何か死ねない理由が、想いが、願いがあるのではないですか」
     詩音も何か問い掛けようとした刹那、怒りが解除されたことに気付いて、直ぐにWOKシールドを構え直す。
    「クロキバ、お前はどうだ、何の為に戦うんだ」
     言葉を届ける余裕がないからこそ、黎嚇は矜持と覚悟を見せるように、治癒を届ける。
     責任も使命も果たせず散るのではなく、その牙で食らいついてみせろと、言うように。
     その時だった。穂風と詩音の攻撃で、ナースのステップが乱れたのは――。

    ●覚悟の差
    「今だ!」
    「狙っていくッス!」
     オリヴィエとアガサが繰り出した斬撃と炎が、注射器ごとナースの右腕を断ち斬る。
     それを合図に黎嚇も鋭い裁きの光条を撃ち放ち、蕪郎も攻撃に転じた。
    「……援護します」
     絶好のチャンスに詩音は銀の指輪を煌めかせ、影の触手を打ち放つ。
     穂風が素早く敵の死角に回り込むと、回復のフォローに回っていた高斗が、強く地を蹴って飛び出した。
    「赤マフラーキック!」
     エアシューズの機動力を生かすように、一気に距離を狭めた高斗は、至近距離から炎を纏った激しい蹴りを見舞う。
     赤い軌跡が。斬撃が。光が。影がナースの体を切り刻み、宙に舞い上げる。
     しかし、それこそナースの狙いだった。
    「「お客様っ、取り込み中につき、急いで離れてくださぁーいっ!」」
     攻撃が落ち着いた瞬間を狙って、ナースが高らかに声を張り上げたのだ。
     咄嗟に勇也が割り込んでみせるけれど、身を張って撤退を促すナースの気迫に、クロキバも重い腰を持ち上げる。
     予期せぬ行動に高斗が喝を入れるように声を張り上げ、覇気がないままのクロキバに蕪郎も発破を重ねるが、届かない。
    「ふふーん、言葉だけじゃなくって体を張って魅せるのもコツよん」
     体を張る方向はさておき、ナースの奉仕精神は間違いなく本物といえよう。
     皮1枚で繋がった腕を癒すナースを牽制しようと、穂風が赤色にスタイルチェンジさせた交通標識を鋭く振う。
     アガサも炎の弾丸を降らせて援護するけれど、2人の動きも何処か散漫になっていて。
    「戦いに集中しろ、声をかける余裕はない筈だ」
     声掛けのタイミングを決めていたのは、勇也1人。
     迷いが出た7人の意識がクロキバに逸れ、強敵相手に命取りになったのは十分だった。
    「これはチャンスだわー」
     ゴッドセブンに相応しい、キレと表現力ある華麗なダンスが前衛を一蹴する。
     ダメージが蓄積していた詩音と高斗が片膝をつき、体を曲げたアガサも苦悶に顔を歪め、血を吐いた。

     戦場に不備はなく、援軍も来ない絶好の機会。
     言い換えれば、その状態で初めて互角で戦うことができる、敵だった。
    「クロキバに声を掛けるのは悪くないが、戦闘中にほぼ全員でやるものではないな」
     炎を宿したダイダロスベルトを繰り出す勇也に、ナースは注射器を構えて迎え撃つ。
     返す刃の如く注射器で刺して体力を奪い取り、その頬は生気を取り戻していく。
    「くそっ!」
    「力負けしてます、ね」
     高斗がシールドで、攻撃をメインにしていた穂風も前衛を中心にBS耐性の付与を狙う。
     崩れかけた前線の護りに手が回った今、望まぬ長期戦を強いられていたのも、事実……。
     回復をフォローしていた、ウイングキャットのにゃんまふは、既に消滅していた。
    「ナース灼滅一択でしたら、仲間同士の連携にも比重を割くべきでございましたね」
     回復が回っていたのは蕪郎が黎嚇と重複しないよう、声を掛けていたからだ。
     攻撃と守備も声を掛け合っていれば、より効果的にダメージを狙えていただろう。
    「……予備動作を警戒するだけでも、少しは違っていたかもしれません」
     防具やBS耐性だけでなく、敵の動きや状況にも注視することが出来ていれば……。
     仲間にも警告を発することもできるので、即座に全員で対応に回ることもできた筈だ。
    「お注射たくさん撃つわよー」
     ナースのダメージも蓄積していたけれど、元々体力が高めな上にディフェンダーのままなので、満身創痍には至っていない。
     最初に倒れたのは、唯一のスナイパーである、オリヴィエだった。
     薄れる意識の中、オリヴィエは懸命にクロキバに訴えるけど、心半ばで力尽きる。
     その間、前衛の回復が追い付かなくなり、詩音も護りを固めるのに手一杯になって。
    「嗤いたければ嗤うがいい、弱い人間如きのささやかな抵抗をな」
     クロキバに矜持を見せてやろう、戦う事と失う事への覚悟を!
     例え剣が砕けようとも戦う、人間の生き足掻く様を見せつけるようにッ!
     倒れ伏した仲間の姿に黎嚇は血が滲むほど唇を噛みしめ、アガサが立ち上がる。
    「人の弱みにつけ込むナースには絶対負けられないッス!」
     如何なる状況であっても、狙いはナース只1人!
     アガサもまた、どれだけ伏しても傷ついても、心折らない気迫で戦いに挑んでいて。
     何としてでも仲間を護りきろうと気合いで肉体を凌駕すると、流星の力を宿した渾身の飛び蹴りを繰り出す。
     熾烈な攻撃を受け続けたナースの顔が始めて歪み、片膝をつかせた。
    「もうっ、次はメディックさんに、お薬たっぷりねー」
     ナースの周囲に展開された毒瓶が蕪郎に差し向けられ、黎嚇が覚悟を決めた時だった。
     眼前に煌々と燃える黒が躍動し、其の身を盾にしたのは――!

    ●牙ノ介入
    『双方、此処デ手打チニシテ貰オウ』
     互いの間に入ったのは、漆黒のイフリート――クロキバだった。
     毒でただれた四肢には火花が弾けていたが、瞳にはそれ以上の熱き炎が揺らめいて。
     敵も味方も驚きを隠せない中、黒き獣は静かに言葉を発した。
    『強敵ヲ相手ニ、恐レズ怯マヌ気迫ト矜持、胸ニ響クモノガアッタ』
     終始攻めに徹する灼滅者の姿は、復讐に燃えていた己に重なるものがあったのだろう。
     だが、次の言葉は、更に予想外のものだった。
    『其方ニハ借リガアルガ、如何ナル思惑ガアレド、向コウニモ借リガアル』
     と、ナースの方をみる、クロキバ。
     ナースの方も想定外だったのだろう、驚いたように大きな目を瞬いていて。
     大きな隙を見出した詩音と勇也が動いた刹那、クロキバが跳躍し、前に立ち阻む。
    『戦イヲ続ケルナラ、自分ガ受ケテ立トウ。相手ニ不足ハナイ筈ダ』
     激戦に感化されたクロキバが、静かな闘志を燃やす。
     そんな中、獣の四肢を癒していたナースが、申し訳無さそうに呟いた。
    「借りを返すっていうなら、ここは任せてすぐに離れて欲しいわー」
    『彼等ノ狙イハ俺デハナイ。其方ガ先ニ引クナラ、俺モ直グニ身ヲ引コウ』
     クロキバは瞳を鋭くし、更に一言付け加える。
    『俺ノ仲間ニモ関ワルナ、モハヤ戦力ニスラ、ナラナイダロウ』
     忠告に似たアドバイスに、ナースはぷぅとむくれるけれど、直ぐに頷いて踵を返した。
    「もうっ、お兄さんが無事に帰るためなら、仕方ないわねー」
     自分が居座る限り、クロキバが引くことはないだろう。
     また、僅かな手勢である一派を籠絡しても、灼滅者を下手に刺激するだけで、デメリットが大き過ぎる。
     深手も負っている今、長居は無用だと、ナースは素早く背を向けた。
    「もっともいけない靴下としては、見過ごせません」
    「まだ、戦えるッス……!」
     蕪郎とアガサが伸ばした言葉をも塞ぐように、クロキバが立ち阻む。
     ――クロキバとの戦闘は極力避ける。皆で決めた方針を前に穂風も動けずにいて。
    『其方ハ良ク戦ッタ』
     ナースが戦場を離脱した今、配下の者から何時追撃を受けてもおかしくない。
     多くが疲労困憊の中、闇堕ちというカードを切っても、勝機は見込めないだろう……。
     悔しさを隠しきれず高斗が吠え、黎嚇が固くした拳は既に血が滲んでいた。

    ●絶望ノ淵ノ灯火
    「クロキバさん! 少しでいいから自分たちの話を聞いてほしいッス!」
     供述通り、直ぐに身を引く気配を感じたアガサが、クロキバを呼び止める。
    (「ですが、長居は無用でございますね」)
     蕪郎が周囲を警戒する中、詩音が先日の事件に関わった、イフリート達の名を告げる。
     仮にも命を預かったのなら、彼らの名前は全て覚えている筈だ、と……。
    「……あなたのように淫魔と共に居ましたが、こちらと交戦せず、全員無事に何処かへ去ったようです」
    「お前の帰りを待っている同胞もいる、顔ぐらい見せてやれ」
     黎嚇の言葉に詩音も頷き、中にはクロキバを気遣っている者も居たことを付け加えた。
    『ソウカ』
     短くも、安堵に似た返事。
     初めて感情が籠った言葉を洩らしたクロキバに、勇也が一言だけと前に出る。
    「腑抜けた姿を見せられるくらいなら、利用されるほうがまだマシだ」
     灼滅者を利用してでも我を通して見せろと告げる勇也に遅れて、穂風が口を開いた。
    「結局、貴方自身がどうしたいか、になると思います、です」
     状況が、仲間が、敵が、理由をどれだけ見つけても、答えは出ないだろう。
     だからこそ、己で決めた覚悟は価値があり、仲間のためにもなるはずだ、と……。
     最後にオリヴィエが、途切れ途切れの言葉を投げ掛けた。
    「僕は、とことん戦いますよ……」
     ヒイロカミは、強い灼滅者に負けたのだから、悔いはないと言った。
     そんな彼を惨めな負け犬にはしたくないから、自分は戦い続ける、と。
    『俺達ニハ関ワラナイ方ガ良イ、ソレガ互イノタメダ』
     余りにも静かに放たれた言葉は、ナースに告げたものと同じもの。
     静かに踵を返したクロキバは、直ぐに闇夜に溶け、消えてしまった。
    「ナースは倒せなかったが、俺達の戦いを見て持ち直してくれたのは、嬉しいな」
    「仲裁に入ったのも、彼なりに武蔵坂を助け、借りを返すためでございましょう」
     ナースに深手を負わせたのは事実、調査次第では尻尾を掴むことが出来るかもしれない。
     自身に喝を入れ直した高斗に、蕪郎も頷く。
    「……あの闘志は、蝋燭の最後の輝きに似た、危うさもあるかと」
     出来れば互いに万全の状態で、邪魔が無い場所で戦いたいものだ。
     絶望の淵で突如灯った炎を想いつつ、詩音は仲間と共に急ぎ帰路に着いたのだった。

    作者:御剣鋼 重傷:オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月7日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 27/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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