螢籠

    作者:菖蒲

     森に降る雨は、自然が織りなすカーテンの様だと誰ぞが言っていた。
     一定のリズムで草木を叩く雫は自然と周囲を生き生きとさせるかの如く。
     不意の驟雨が合図の様に、晴れ渡った空は橙色が次第に紺へと混ざり合っていく――夕焼けが夜の訪れを感じさせ、静かな足音に耳を済ませれば草影からふわりと飛び交う地上の星。
     青々と茂る草木の合間から、柔らかなせせらぎに耳を澄ませて現れたそれは、街に灯る光よりもなお鮮やかで。
     灯る光は焔の様だねと、小さな笑みが唇に浮かんだ。

    「蛍を見に行きましょう?」
     不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は柔らかく告げる。
     大らかな春を通り過ぎ、青々と茂る葉は水無月と呼ばれる季節の所為か、天界の水を全て奪うという伝えの通り、雨粒がぼたぼたと空から落ち続けていた。
     強く降り落ちる驟雨が過ぎ去った後――そこには光が灯りだす。
    「儚げで、それから、その時にしか見られない自然の芸術。
     枕草子でも言うの。夏は夜、月の頃はさらなり、なの」
     本を背表紙を撫でた真鶴はだからこそ蛍狩りと夏にも成りきらぬ鮮やかな新緑達を思い浮かべて眸を伏せる。
     折り畳み傘を手にした海島・汐(高校生殺人鬼・dn0214)は天気予報を確認して「雨か」と小さく呟いた。
     天気予報は夕立ちがあるのだと言っていた。
    「雨……だと出かけるのは少し疲れるんじゃないか?」
    「ううん、雨だって素敵。その時にしか見れない物が沢山あるの。
     紫色の花びら、蝸牛に、蛙達がたのしいたのしいと合唱するの」
     紫陽花の畑を通り過ぎ、露に濡れた森の中に飛びまわる蛍達。
     その命を賭けて舞う篝火は優美な景色に他ならない。
    「ね、行きましょう。きっと素敵な世界が見れる筈」
     それは、雨上がりの頃。


    ■リプレイ

    ●rain days
     姿を顕す蝸牛に陽の光を浴びた紫陽花達が色鮮やかで。違う表情を見せる花々を眺める樹は傍らの拓馬を振り仰ぐ。
    「紫陽花の花言葉は家族の結びつき、なんだって」
     その言葉に柔らかく笑みを浮かべた彼女の肩にぽとりと雨粒一つ。
    「あ、雨――……」
     大きめの蝙蝠傘の下に二人、倭と並び立つ彼女は「相合傘って、ちょっと憧れ」と小さく笑みを浮かべる。
    「懐かしささえ感じるよ」と告げた倭へとましろは小さく笑みを浮かべた。
    「夕焼けの残り火に照らされて、青い紫陽花が……とっても綺麗」
     まるで、貴方みたいだね、と。落ちる雫に愛しさを覚えて。
    「今度、大きな傘を買いに行きましょ。内側に青空のある傘でも良いし、外が見えるビニール傘でも良いかも」
     身長差から木の下で雨宿りを選んだ律花は春翔へと小さく微笑みかける。
     鮮やかな紫陽花が目に優しく、雨垂れの様に毀れ落ちる声音は余りにも心地よくて。
    「今度は春翔と一緒の傘で、間近に紫陽花を見たいわ」
     それなら大きな傘を買いに行こう。今度は夜まで居て、蛍を見よう――君が望むなら、また『今度』
     静香、と呼び掛けられたのは偶然だったのだろう。
     言葉を飲みこみ、震える声音で怖いのだと彼女は云う。鼻を鳴らして、眼鏡をくいと位置を直した義和は降り注ぐ雫を眺めながらぽん、と彼女の髪に触れた。
    「一人で考えるから莫迦な方に気が回る。――君にとっての救いが何か。それは僕が知る事じゃないが
     今は、一緒に居てやる。自分は一人じゃないって覚えておくと良い」
     希望に満ち溢れた表情に大きな黒い傘。エルメンガルトの期待の眼差しに由乃はそっと傘を仕舞う。
     降りだす雨に傘の下、森の蘊蓄を聞こうと耳を澄ませるエルメンガルトに違和感を覚えて由乃は唇を震わせる。
    「お前の声より雨の方が煩いと違和感がありますね……」
    「ん?」
     由乃を見るのが好きだから、何が好きかを知りたくて。視線を落とす彼に「さっさと行きますよ」と彼女は歩きだす。
    「私が濡れなくても靴とお前が濡れますからね」
     梅雨は嫌いじゃないと明日等が呟けばギィは彼女を引き寄せた。一つの傘の下、二人きり。肩が濡れるそれでさえも愛おしくて。
     蘊蓄を並べれば聞こえなかったふりをした彼女は小さく笑みを零す。
    「降り止まない雨に閉ざされた小世界。このまま二人で歩いていけたなら」
    「ふん、よく恥ずかしいセリフが出てくるわよね」
     もうすぐ、雨は止むだろうか。
     梅雨は湿っぽくて、憂鬱で。でも、潮と付き合って始めて過ごす季節だから大切にしたいとマサムネは行く。
    「……いつまで、降るんだろな」
     降り注ぐ雨に、傘もない木陰は閉じ込められたかのようで。握りしめた指先は仄かに震えていた。
    「どうしたの?」
     小さく問い掛ける潮にマサムネは「あったかい」と小さく笑った。口付けは、雨のカーテンに隠されて――
     敢えて雨の日に外出するのは煩わしくて、風情を感じて。
    「あまりはしゃいで濡れるなよ、風邪引くぞ」
     その言葉に環は小さく笑みを浮かべる。肩が濡れるのは構わない――寄り添うのは何処か、温もりがあって。
     継霧を見上げて「とっても楽しいですー」と紫陽花を指差せばじい、と水色の紫陽花を彼は見つめる。
     愛らしい笑みを浮かべる彼女だから、その髪にはきっと水色が映えるだろう。
     首を傾げる環へと「なんでもないよ」と首を振る。
     買ったばかりのレインブーツ。バードケージ型の傘。活躍の時を満喫する様に璃衣は瞳を輝かせる。
     るんるん気分の彼女の傘の下に滑り込み翔琉は好いて気の滴る紫陽花をじいと見つめて笑みを浮かべた。
    「梅雨時ならではの風景だな」
     ぶつかる肩に交代した傘の持ち手。きっと晴れ渡れば素敵な空が見える筈だから。
    「雨があがったら美味しいモノを食べて帰ろうか」
     けろ、と鳴いた蛙を指差して、びくりと肩を跳ねさせる小太郎に希沙が笑う。
     紫陽花を眺めて腕にぶつかる肩。今より背が近く、雪降る中に恋心を語り明かした日を思い出す。
     傘を掴む為に握りしめた指先に、とくりとなった鼓動は想いを伝えた日の胸の揺らぎと同じ様で。
    「……も少しだけ、猫背で居て下さい」
     この時期に生まれたんだと告げる月人に瞬いて春陽は小さく頷いた。
    「月人さん、この前お誕生日だったものね」
     お揃いの指輪を眺めながら憂鬱な天気さえも腫れてしまう気がして春陽は笑う。
     青やピンクの紫陽花に、一休みする蝸牛だって可愛い。
    「傘に入れて」と慌てて走る彼女に「か弱いって!?」って笑う月人は傘を傾けた。
     狭い傘の中に二人きり。紫陽花の上で楽しげに雨を浴びる蝸牛に手を振って、晴れたら、ほら、蛍を見よう。

    ●Night party
     雨上がりの水溜りを指差して気を付けてねと杏子が手を伸ばす。そんな彼女に「キョン」と水溜りを指し示す千尋が小さく笑う。
    「あたし、蛍見るの初めてだから楽しみっ」
     【糸括】の仲間達は、蛍の煌めきの中をゆっくりと進みながら各々の思い出を告げる。
     暮れかけた空を見上げて両の手を広げて、和奏は前へ前へと進んでいく。
     輝乃は家の近くの蛍の群生地が有った事を思い出し思い出を口にする。彼女の言葉にも瞳を伏せった渚緒は「僕の故郷はここよりもずっと山深い所でしたけれど」と茫と故郷を描く。
     川のせせらぎに「こんなトコなんか?」と聞いた明莉はふ、と気付いた様に顔を上げる。
    「鈍、動くなよ」
    「ん? どうした木元」
     蛍を掬い上げようとした団扇が脇差の頭にがつりと当たる。感傷に浸った脇差が「ぐ」と声を漏らすのについ笑った渚緒に両の手で蛍を捕まえたと輝緒が小さく笑う。
    「お星様を捕まえたみたい!」
    「すごいねっ、お星様だー」
     杏子と和奏が顔を見合わせ笑い合う。せせらぎの音は、そんな彼等の平穏を顕す様に静かに流れ続けていた。
     待ってと、香り立つ草の臭いにみをきは眉を顰める。きなこを抱きかかえ走るみをきを振り仰いで壱は笑った。
    「みをき、きなこ。おいで――ほら」
     淡く浮かび上がる光を受けて「あ」と一言だけ。ふわと飛ぶ光はきなこの鼻先に一つキスをした。
     くちゅん、と身震いした丸い猫から逃げる様に光が離れていく。
    「今年は、何をしましょうか」
     夏の欠片に、寄り添って腕の中の猫はみをきの腕の中で主人へと頬ずりをした。
     赤い浴衣を追い掛けて、黒い狼は往く。
     朔耶の傍らで尻尾を振るリキはヴォルフの堂々とした佇まいに首を傾げた。
     茫、と輝く光が鼻先に触れる度にヴォルフは身動ぎひとつせずにその灯りを見守っている。
    「綺麗、だな」
     小川に足を浸して十六夜は雨上がりの中でゆらゆらと揺れる蛍に目を細める。
    「よー、すっごく綺麗な空間だな。誘いあんがとだぜ。なんつーか、空に輝いてる星も綺麗だけど、こういうのもいいな」
    「蛍の中の国津さんって、とってもきれい」
     真鶴の笑みに十六夜は小さく笑って「地上で光る星って感じ、だよな」と蛍を指先にひとつ、止まらせた。
     ビハインドのミロンとゆっくり歩きながらニキータは「綺麗」と瞳を輝かせる。
    「蛍、静かに見る。それ、一番、聞いた」
     カメラを構えた彼へと首を傾げた真鶴は「一枚撮りましょうか」と声を掛ける。レンズに収まる彼と光は、仄かに煌めいていた。
     和歌や物語の世界を歩く様に裄宗は往く。光る、飛ぶ。そんな幻想的な世界に彼は小さく息を吐いた。
    「蛍は蝉と同じく、成虫になってからの命がとても短いと聞きます」
     だからこそ、惹かれるのかと呟く彼に真鶴は「マナは、尊いと思う」と小さく笑った。
    「裄宗さんのお話しはとっても素敵で、ずぅっと聞いてたくなっちゃうの」
     蛍の光に誘われて、呟く流希は浮かぶ一句を唇に灯す。
     せせらぎに宵闇印す蛍の火――
    「日本の夏は、幽霊にまつわるイベントが多いですよね。ホタルも霊魂の象徴と言いますし」
     黒い浴衣を見に纏うメルキューレの言葉に真火は背筋に走る不安に視線を逸らす。ひ、と唇を噤んだ真鶴は縋るものがないと二人の袖をきゅ、と掴んだ。
    「こ、こわい」
    「……水野さんも憑かれやすそうですし」
    「……冗談はやめてくださいよ、もう」
     意味深に笑う彼に小さく息を吐く。レジャーシートに花のババロア。ティータイムは優雅に始められた。
    「ほら、指向けたら乗ってきたぜ」
     凄いじゃんと笑う啓太郎の声に善之が自慢げに笑う。故郷で飛び散る蛍の数が少なくなるのはどうしても悲しくて。
    「きっと綺麗な場所だったんだろうな」と告げながらも短命な彼らにしんみりとした啓太郎は瞳を伏せる。
     袖を軽く引いて、好きな景色を見れて良かったよと告げた彼の近くで蛍達はふわ、と舞い上がった。

    ●Night time
     雨上がりは湿気が強い。ひんやりとする空気感にシュガーは目一杯に空気を吸い込んだ。
    「ねぇ……誉くん、寒いから」
     手を、と伸ばすシュガーに誉は小さく頷いた。逸れないようにと無言で握りしめる指先は他に震えて居て。
     長くは生きられないかもしれない、死と隣り合わせかもしれない。
     だからこそ、蛍が美しくて――刹那の幻想が、愛おしい。
     わあ、と思わずもれた声に瞳は柔らかく笑う。庵胡がするりと陽桜に擦り寄れば、蛍達はふわ、と揺れた。
    「きっとね、オスがかっこいーんだよっていっぱい光ってアピールしてるんだね」
     鼻先に触れた蛍にくしゃみを一つ漏らす庵胡が可笑しくて。二人揃って小さく笑う。地上の星を見詰めながら瞳は「私達も大事に守っていかないと、ね」と柔らかく微笑んだ。
    「時兎、手を」
     伸ばした指先にホタルブクロがぽとりと落とされる。行き交う光りを眺めて時兎は茫と聞いた。
    「蛍火に……何、見てる?」
     首を傾げて、問い掛ける。和泉が『死人の魂』と称されるそれをどう思っているのか知りたくて。
    「――命の塊、かな」
     和泉の答えと共に淡く光る塊達が舞い踊る。白檀の香りと混ざり合って、不思議な気持ちになって時兎は小さく瞳を伏せった。
     畔に座り、腕の中に彼女を閉じ込める。「なんだか、ふしぎ」と温もりが近くにある事をスヴェンニーナは小さく笑った。
     指先に乗せた輝きに、流は「そうだな」と小さく呟いた。森の呼気、蛍の光、温もりが、くらりと酔わせて。
    「流は、あげない、よ」
     こめかみに落とした愛しさが。彼女の瞳が遠い未来を見てる様に感じて――自惚れだろうかと腕に力を込めて。
    「大切にするよ」と一言だけ、彼女へと愛情を落とす。
     雨上がりの空気は独特で。九里は「綺麗なものに御座いますねェ」と小さく笑う。
     橙と紫が融け合う空を眺めては真魔は「綺麗、だで」と小さく呟く。彼の髪に光る蛍は美しい。
    「……むう。相変わらずつれないンだからー! きゅうりちゃン」
     拗ねる様に唇を尖らせて。歩きましょうとするりと往く九里の背中を追い掛けて。神無月の思い出に暫し、浸る。
     傘は一つだけ、「ぽわ~っとしてきれいだねぇ」と瞳を輝かせる木毎に結城は笑みを浮かべる。
    「ゆちろ、ほたるって触っていいの?」
     子供の様に笑う木梅と蛍を眺めて結城は小さく頷いた。まるで幼い子供の様で。
     此処は天国だねと微笑んだ彼女がふるりと震えたのを見遣れば、少しだけ寄り添って。
     繋いだ掌の温度に安堵した様にひよりが息を付く。星が降りて来たかの様な錯覚は、悠と彼女を森の奥へと誘った。
    「ね。わくわく、する?」
    「――ドキドキもする、ぜ」
     耳朶を滑り落ちた声に悠は息を飲む。彼と自分。同じ世界を見てるのに違う気がして、見てみたいと瞼を下ろす。
     同じ事を考えている気がして、二人揃って手の甲に止まった蛍に「内緒」と小さく笑いかけた。
     光を追い掛けて、悟の隣に立つ想希は流れ星の様だと喜ぶ彼に小さく笑みを零す。
     肩に乗せた光りの欠片。「求愛してもやらんで」と小さく笑う悟へと頬を赤らめて想希は首を振る。
    「わ」と驚愕を見せた想希へと彼はへらりと笑う。指を絡めて、ペンライトを頬へとぺったりと当てる。
     これからの未来を、想像して、創造しようと誓う様に。
     雨の匂いで肺をせせらぎで耳を満たせば、蛍の灯りにユーレリアは息を飲みこんだ。
    「どうしても、出来ない事……それを、克服したい時」
     どうすればいい、と問い掛ける彼女にジンザは「すごいなぁ」と小さく呟いた。
     悩みを、言葉にするのはなかなかできないから。称賛の声に瞬いてユーレリアは首を振る。
    「それでやってみたなら、きっと。格好いいでしょうね」と彼は告げる。
     言葉を胸に仕舞いながら、声にせず彼女は思う――動き出す時は、お付き合い願えますか、と。
    「やったー蛍だよ!」
     あすなろ先輩と呼ぶららはお気に入りのレインコートのまま、走って行く。
    『素敵な世界がみれる筈』と告げた少女の言葉を反芻しながら翌檜は口にはせずに小さく笑った。
    「先輩、ほらほら、写真撮ろうー? ピースだよっ!」
    「はいはい、ピースピース」
     ぽん、と後輩の頭を叩けば、頭に止まった光は綺麗にフレームに収まった。
     カンテラを片手に森の中。光も灯さぬソレよりもなお明るい蛍がゆらりと揺れた。
    「綺麗だな」なんて言葉で掴まった掌からするりと抜け出して嵐は一つ、捕まえる。
     覗きこめば、ふわ、と光を放つ蛍が二人の秘密の様に揺れている。葵の指先は、つん、と驚かさない様に背中を撫でた。
     一生にごく僅か。愛しい人を見つけるその短い時間の中で「僕も君を見つけられて良かった」と葵は小さく口にした。
     重なる掌に、温かな想いがふわりと湧き立って――この想いは、どうか、消えない様にと。


     濡れないようにと傘の中に引き寄せた涼子の肩が細くて。さくらえは小さく笑う。
    「雨が止んだら、随分静かになった気がするね。ほら、涼子さん」
     あっちに蛍と手を伸ばし舞う光を捕まえんとする桜絵の指先を捕まえて「ダメ」と小さく笑う。
     触れれば消えてしまう気がするから、そう告げる彼女の肩に蛍が小さく輝いている。
    「さくらえさんも、甘いのかしら」
     その肩に下りる光の温かさに涼子はさくらえへと小さく微笑んで見せた。
     久しぶりのお出かけだと笑った伊織に誘われる様に氷霧は森を進む。
    「恋に焦がれて鳴く蝉よりも……」――なんて、らしくないかと苦笑を浮かべて。
     死に別れた姉を思い返す氷霧を見詰めて伊織は苦笑を払って優しく笑う。
    「身を焦がして、焼け尽きる前にあんたに出会えて、よかった」と心の中で思い、共に居てくれる事を幸福に思う。
    「雨、止んで良かったですね」
     想々の言葉に鼓堂は小さく頷いた。想々は雨は似合うけれどとぼそりと呟く声は聞こえない。
     ざあ、と吹く生温い風の中、蛍の話を耳にしてロマンチックだと呟けば、肩に確かな明かりが一つ二つと灯りだす。
     露の匂いに故郷の山を思い出す――「きっと良い故郷だったんだろう」と返される言葉に小さく毀れた笑みをこのまま閉じ込めて。
    「ひか。ひかちゃん……あのね」
     とくり、と波打つ鼓動に茅花は唇を鎖す。夢に描いた宇宙の世界に溺れる様にひかりは宵菫の瞳を見詰めた。
     海色は、きっと同じ世界を見ている筈だと捕まえる指先は迷子にならない様にと確かなぬくもりを感じて。
    「かーや千アピ。ひかも星を掴めるかしら」
     伸ばす指先が飾った彼女の髪先に茅花は柔らかに眸を細めた。夜の帳とゆらゆらと瞬く光を閉じ込めて。
    「――本当に、きれい」
     解ける様な笑みは、呼吸を忘れたかのように、只、密やかに。
     握りしめた掌の温もりに空は灯倭へと柔らかく微笑んだ。「森の中の小さな宇宙、かな?」と笑う彼女に彼は頷いた。
     森の中の素敵な異世界――命の灯に囲まれたと思うだけで神秘的で。
    「空くんの服に止まった蛍が、光るブローチみたいだね」
    「じゃあ灯倭の髪に止まっているのは光る髪飾りかな?」
     二人揃って笑い合って。湿気の香りのする紫色の空を眺める。思い出として抱きしめよう、こんな夜を、忘れない様に。
     蛍を見たい、なんて言葉を忘れずにいたのは直人の几帳面さなのだろうか。
    「誘ってくれてとても嬉しい」と礼を一つ零す貴明に直人は嬉しそうに微笑んだ。
    「蛍籠、っていうんだっけ。藁で編んだのを買ってみたけど」
     紫陽花畑の向こう側、せせらぎを聞きながら愛を求めて光る彼等を閉じ込める事が出来ないと直人は手を下ろす。
     ――暗がりで繋ぎ止めた掌に、あんたなら籠の中に閉じ込められても構わない、なんて。
     はぐれないようにとその手を繋いで千影は歩く。背中を追い掛ける遼平は明かりもない道をゆっくりと歩いた。
    「逢魔ヶ時に君と逸れない様に」
     そんな言葉さえ心地いい。舞う蛍と、柔らかな光は彼に似合うから。
    「あの緑の光。まるで陽の光に照らされた、君の髪のような色をしているね」
     その言葉さえ、擽ったくて。千影は「遼平くんには蛍が似合うよね」と小さく笑う。
     僕らも、彼らの様に光を灯せるだろうかと静かに笑いながら。
     蛍が飛ぶのを、見たかった。そんな願いをかなえる様に、夕陽は雛と寄り添った。
    「……熱くないのが、不思議です」
     愛おしげに指先に乗せた小さな光。夕陽が転ばないようにと抱き寄せた雛が小さく笑う。
     蛍の事も忘れる位に、息遣いを感じる距離は、次第に近づいて行く。
    「――」
     今だけ、雨上がりの森に閉じ込めていて。
     重ねた唇の温もりを忘れない様に――六月の柔らかな雨は、また、静かに二人の下へと降り注いだ。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月6日
    難度:簡単
    参加:79人
    結果:成功!
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