永遠の迷子

    作者:四季乃

    ●Accident
    『サミシイ、サミシイ』
     しとどに濡れる耳朶から滑り込んでくる言葉は、迷子になった幼子のように震えていた。
     まるで今生のお別れでも突き付けられたように切々とした声は、仕事で疲労した肉体と意識をじっくりと撹拌し、全てを溶かすような響きを含んでいる。
     雨と、土と、草の匂いが鼻先を掠めてゆく中、重たい瞼を持ち上げると、暗闇の中でもはっきりと分かるほど、白い肌を持った子供の膝が見えた。その場にしゃがみ込んで、小さな両手で自分の右手を握り締めている。
     血の巡りを感じられない、雨の雫より冷たい指先。
    『ワタシヲ、一人ニシナイデ』
     雨音に掻き消されそうな小さな囁きによって、自分の意識が霧散してゆくのを感じた。けれども祈るように握り締められた右手を振り払う力など、もう身体のどこにも残されてはいなかったのだ。

    ●Caution
    「そのお庭は、ほんのりと蒼に染まる紫陽花が絢爛な事から、近所では有名だったのです」
     家人は夫に先立たれた八十過ぎのおばあさんが一人きり。毎日せっせと庭の手入れをしている様が、まるで子供に愛情を捧げているようにも見える事から、幼い子たちは「紫陽花はおばあさんの子だ」と信じているほどだった。
    「可愛い事を考えるよね」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)の隣で己の三つ編みを指で弄っていた九条・雷(アキレス・d01046)は、青い瞳を細めて笑った。
    「その可愛らしい発想が、今回はちょっと不味かった」
     聞けば老い先短いおばあさんを心配した息子夫婦が、自分達の家で一緒に暮らすように話を持ちかけたのだとか。おばあさんも一人で暮らす事に限界を感じていたのだろう、家や庭の事もあり即答は出来なかったそうだが、先日ついに意を決しこの町を去ったという。
    「幼い子達は、どうして紫陽花を――子を置いていくのかと不思議に思ったそうだよ。それから可哀相だ、とも」
     紫陽花はきっと寂しがっている。しかし、そう思えば思うほど、紫陽花がおばあさんを――あるいは、その代わりを欲しているのではないかとも思えてくる。
    「小さな同情は、転じて恐怖を生みました。今回の都市伝説は、そうして生まれてしまった、紫陽花の花なのです」

     都市伝説は、小学生ほどの女児の姿をしているらしい。髪や白いワンピースには青い紫陽花のそれらが散らばり、常に悲しげな表情を浮かべているのだと。
    「どうもこの都市伝説は、紫陽花に同情する方に反応して姿を現すようです」
    「おばあさんに置いて行かれて可哀相、とかそんな風にね。都市伝説は寂しがり屋みたいだから」
     きっと優しい言葉を掛けられたら、嬉しくて連れて行ってしまいたくなるのだろう。ずっと自分の傍に居てもらうために。
     子供たちの発想の逞しさもさることながら、そんな風に発想させてしまうおばあさんの努力もまたすごいものであった。
    「現在おばあさんのお宅は無人となっています。今回はお庭にお邪魔させてもらいましょう」
     お屋敷とも呼べる一軒家の庭は広く、紫陽花を沢山の人に見てもらいたいという願いからか低い柵があるだけで、外からの侵入は容易そうだ。囮や、他の者達が駆けつけるには申し分ないだろう。庭の隅にはプレハブもあるようなので、身を隠すには打ってつけだ。
     敵は雨を使った攻撃を仕掛けてくるらしい。梅雨空の下で戦う事になるだろうが、万全の態勢で臨んでもらいたい。
    「今回の件で、被害者の方が出てしまっています。強敵ではないと思いますが、どうか皆さんで灼滅してもらいたいのです」
    「おばあさんと紫陽花の為にもさ、宜しく頼むよ」


    参加者
    九条・雷(アキレス・d01046)
    愛良・向日葵(元気200%・d01061)
    雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)
    祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)
    紅月・美亜(厨二系姉キャラ吸血鬼・d22924)
    ルティカ・パーキャット(黒い羊・d23647)
    赤石・なつき(そして心をひとつまみ・d29406)
    ユーヴェンス・アインワルツ(優しき風の騎士・d30278)

    ■リプレイ

    ●昏雨
     しめやかに降り注ぐ糸雨が頬を打つ。立ち込める霧にも似たそれは、深更に息を潜める町中を包み込み、束の間の静寂を引き寄せていた。
    「手を掛ける程応えて呉れるなら、老婆もさぞかし名残惜しかったろうの」
     百物語の言の葉を編んでいた祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)は、傍らでそんな風に零したルティカ・パーキャット(黒い羊・d23647)の方を横目で見やり、つと視線を滑らせる。
     往来する人々を、そっと見守るかのように道路沿いに植えられたそれ。
    (「私は別に紫陽花に同情はしない。所詮、花は花だと思っているから」)
     しっとりと水分を含んだ青い花々を見つめながら、彦麻呂が胸の内で呟いた、その時だった。
    「噂には聞いていたが美しい紫陽花園だ」
     感嘆の賛美が、耳に届いた。
    「きっと、家族のような愛情を持って育てられたのだろう」
     気配を感じて背後を顧みれば、紫陽花を見つめて口元を綻ばせる紅月・美亜(厨二系姉キャラ吸血鬼・d22924)が、レインコートに身を包む赤石・なつき(そして心をひとつまみ・d29406)と共に、そこに居た。
    「置いていかれた紫陽花は確かに可哀想です」
     美亜の言葉に悲しげに睫毛を伏せたなつきは、庭に設置したLEDランタンのリモコンをギュッと握り締めると、小さな声音で呟いた。
    「でも、紫陽花が人の命を奪うことになるのは、おばあさんも望んでいないはずです。これ以上悲しみの雨が降らないうちに止めないとです」
    「折角美しう咲いておるに、それで人を誘われるはかなわぬな」
     意を決するなつきの言葉に頷いたルティカは、暗闇の中でもごうごうと燃え上がるような赤い髪を後ろに一つ払い、
    「早めに開放してやらねばの」
     唇の端を、ニッと持ち上げた。

    ●憐雨
     たっぷりと水気を含んだ芝の匂いが、鼻腔いっぱいに広がると、それは何だか懐かしさを思わせた。
     ひたり、ひたり。夜を憚るような足音が、星の瞬きも月の欠片も見当たらない暗闇の中で木霊する。
    (「……紫陽花と、寂しがりやの小さな女の子…か。やァね、ほんと嫌ンなっちゃう」)
     庭に足を踏み入れ、自身の瞳と同じ色に染まるそれらを視界に写した九条・雷(アキレス・d01046)は、喉の奥から込み上げてくる吐息を噛み殺し、紫陽花に居もしない人を重ねて見ては、小さく肩を落とした。
    (「自分で古傷掻っ捌くことになるとは思わなかったよ)」
     指先を伸ばすと、ギザギザした葉っぱの先から雨粒がそろりと伝い落ちてくる。その冷たさに一層、心が掻き乱されるようだった。
     雷は瞳を細めると、己の母が好んだ花に優しく語りかけるように口を開いた。
    「一人は寂しいよね、わかるよ。あたしだってそうだったから」
     そんな風に語りかける姿を、離れた場所から見守っていた愛良・向日葵(元気200%・d01061)は、小さな身体を更に小さくして暗がりに身を潜めつつ、彼女を思う。
    (「雷ちゃん一人でだいじょーぶかなー?」)
     街路の灯りに照らされた横顔は何だか悲しげだ。それは真か偽りか。一体何を思って語りかけているのかは、分からない。
     雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)とユーヴェンス・アインワルツ(優しき風の騎士・d30278)たちが一挙一動を見守り、辺りを注視する中。
    「おいで」
     風が、吹いた。たっぷりとした湿度を孕みつつも、どこか冷たい風だった。
    「一緒にはいてあげられないけど、一人は終わらせてあげられるから」
     刹那、雨粒のカーテンが視界を遮った。
     さわり。そより。雨風に煽られ、紫陽花たちが一斉に揺れ動く。心地良い音が耳朶をくすぐり、雨が肌を濡らしてゆく。
    「っ……」
     小さく息を呑んだのは、果たして誰だったのか。
     寸の間、瞑った瞼を持ち上げると、しとどに濡れた躯体を抱き締めるように、両腕を掻き抱く少女が一人、雷の前に立ち尽くしていた。
    『一人ハ、嫌ナノ……』
     耳の奥にこびりつくような悲痛な叫びは、悲しいくらい幼いものだった。

    ●舞雨
     飛沫が立った。
     それを理解すると同時に、至近で弾けた水音は己の身体を貫いていた。痛みを感じるより先に覚えたのは、触れ合う皮膚の冷たさ、だった。まるで氷を抱き締めているような、背筋が震えるほどの凍てつき。
    「っ…」
     短く息を呑んだ雷の姿に、透き通るような白い肌をした少女が重なった瞬間、カチン、という音と共に辺りが一斉に明るみを帯びる。予め準備していたLEDライトが点灯したのだ。
     それを合図に物陰から姿を現した美亜が、サウンドシャッターを展開すると同時に己の霊犬、輝銀乃獣を呼び出せば、その傍らを彦麻呂が颯爽と駆け抜けてゆく。
     雷が少女――都市伝説の一撃を受け止め、そのまま抱き締めたのを見た向日葵は、すかさず彼女への回復を試みようとしたが、視界の端でルティカがラビリンスアーマーを放とうとしている事に気付き、即座にヒーリングライトを自身に使用する事で重複を避けた。
    「ルティカちゃん、よろしくね!」
     向日葵の言葉に、あいわかったと頷くルティカが癒しのそれを向けた時、華奢な身体を抱き締めていた雷の唇が、都市伝説の額に触れた所だった。
     つぶらな瞳をめいっぱいに見開き、驚愕の色を零す都市伝説。頬には雨なのか涙なのか分からない雫が滴り落ちている。そこへ美亜が一歩前へと踏み出した。
    「実の所私達は君を退治しなければならない。だから、これから荒っぽい事をする……少し離れた場所に移動しないか?」
    『タ、タイジ……? 何デ、ドウシテ…』
    「大丈夫だ、君を騙すつもりなど無い。私も、美しい物を汚すのは不本意なのだよ」
     しかし都市伝説は薄い唇を噛み締め、ブルブルと震えている。その様子に瞳を細めた美亜は「駄目か」と小さく嘆息した。
    (「聞いてくれれば良し……だったが。まあ、聞かなくても紫陽花を傷付けないように戦うだけだがな」)
     哀しげな表情を顔いっぱいに張り付ける都市伝説は、雷を突き飛ばすようににして腕の中から逃れ、その場から離れたのだが、幸いにも彼女の爪先は紫陽花たちとは真逆を向いていた。美亜の言葉が、僅かながらも届いたのかもしれない。真意は分からぬが、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
     狼狽え、惑い、訳の分からぬ怒りに濡れる少女の背に彦麻呂のスターゲイザーが命中するのと、雨音を切り裂くようなソニックビートの音色が鼓膜に突き刺さるのは僅差であった。
    「逢魔が時、此方は魔が唄う刻、さぁ、演舞の幕開けに!」
     それまで闇の中に身を隠し、ひっそりと息を潜めていた娘子が表へと飛び出せば、まるで男性そのものであった姿が嘘のように、明るい声が辺りに響き渡る。
    「今宵は悲しい別れへの訣別の祝い、このにゃんこ一生懸命唄いますれば!」
     突然、沢山の人間が現れ、己を攻撃する事に驚いたのだろう。その挙動に怯えが交じっている。苦しげに胸を押さえて咳を零す都市伝説と、彦麻呂の視線が重なり合う。
    (「彼女には少し同情する」)
     ひとりぼっちで居ること、それが既に綴られてしまった彼女の物語。彼女がこの先、何人の犠牲者を生んでも、その孤独が癒やされることはない。
    (「『可哀想な子』以上にも以下にもなれない、そういう存在だ」)
     ならば己に出来る事は、救いがあるとすれば、それは灼滅する事。
     真っ直ぐな瞳を向けられた都市伝説は、下がった眉を更に下げて唇を震わせる。
    「本物の家族などいない……哀れだな」
     背に向けられた言葉に、少女の細い肩がビクリと震えた。やおら振り返れば、きらきらと目にも眩い光を照り返す銀髪の隙間から覗く紫色の視線が、己を射抜いている。
    「お前もまた、たかが人間の噂に踊らされた一人だ」
     濡れた前髪など気にも止めず、ユーヴェンスはクルセイドソード『ストームブリンガー』を握り締める。すると、敵の身体がこちらを向き、自身の周辺に降り注ぐ雨を掻き集めるような仕草をしているのが分かった。
    「同情はする、哀れにも思おう。だが容赦をするつもりはない」
     ユーヴェンスが小細工など無用とばかりに、真正面から破邪の白光を放つ強烈な斬撃を繰り出すと、都市伝説もすかさず雨粒のそれらを空中で握り締める。そうして手中のそれらを撒き散らすように片腕を大きく外側へ振り払った。
     飛来するそれらは、自然のものは思えぬ生き物のような意思を持って灼滅者達の眼前に迫ると、夏の花火のような音を立てて弾け飛んだ。まるで刃物が弾けて身を斬り刻むような衝撃だ。
     しかし都市伝説もまた、ユーヴェンスのクルセイドスラッシュを喰らい、その凄まじい威力によって転がりこんでいる。
     と、そこへ。
    『キャアアッ!』
     プレハブの中に隠れていたなつきが、黒死斬を持って敵の死角から斬り付けると、
    「時の流れは無常だが、時は私の味方でもあるのだよ。時の呪いを操れる私にはな!」
     それに続いた美亜のペトロカースが命中。それまでの様子を黙って見ていた雷は、芝を蹴ると都市伝説の懐へと突っ込み、その胸部へとシールドバッシュを叩き込んだ。ぐっ、と呻くような悲痛な声が一瞬、嗚咽を我慢するものに聞こえた気がした。
    『ヤ、ヤダ……ワタシ一人ハ嫌ナノ…ソレダケ、ナノ』
    「そうだね、一人は嫌だよね」
     大粒の涙を零して痛烈に訴えかける少女の言葉に、雷は呟いた。えぐえぐと涙を零す姿に、彼女は幼い頃の自分を重ねていた。きっと、先ほどのように抱き締められたかったのは――。
    「我は寂しいからと待ったり人を引きずり込むのは好きではのうての」
     ギンが浄霊眼でユーヴェンスの回復にあたるのを横目に見やったルティカは、前衛達に向かってイエローサインを放ちながら、泣きじゃくる幼子を前に口を開いた。
    「植物なれば己の足で歩いて往くのも難しいやもしれぬが、ともあれ哀しいものはは早ぅ祓うてしまおうぞ」
     子供の感受性もさることながら、傾けた情もエネルギーとして作用してしまったのか。決してそれらは悪い感情では無かったというのに、残念な事であった。
    「別れは無情だとしてもそれはいつの世にも必然、出会いと別れを越えてこそ強くなれるもの」
     そこへ娘子の言葉が語りかけられる。
    「止まない雨は無く、雨の後は洗い流された澄んだ空気に日が差すもの」
     風を叩き割るように振り抜くオルタナティブクラッシュが肩口を強かに打ち、よろけた肉体へ彦麻呂のフォースブレイクが背面へと叩き込まれる。と、そこへ、先ほどと同じ攻撃が前衛達に向かって迫り来る。その直前、雷は前衛達にワイドガードを展開。
    「所詮キミはサイキックエナジーの暴走で生まれた、幻のような存在。消えてしまえば、キミという悲譚はここで終わる」
     灼滅者達の言葉が、都市伝説の中をぐるぐると駆け巡る。言われている言葉が分かるようで分からない。混乱した様子が見て取れた。それでもただただ、それしか知らないかのように腕を抱き締め、寂しさに震える姿は憐れであり、物悲しいものでもあった。
    『ドウシテ、ダメナノ……一緒ニ、居テホシイ、ダケナノニッ』
     頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ都市伝説は、腰まで伸びた髪をぶわりと広がらせる。そうして、降り注ぐ雨を一本の束にすると透き通る槍を形成した。それは少女の頭上で大きく煌めくと、迷いなく眼前の彦麻呂へと襲い掛かる。
     しかし。
    「こんなことしちゃったら、おばーちゃんきっと悲しむよ」
     彦麻呂を背に庇うように間に割って入った向日葵の言葉に、都市伝説の瞳が大きく揺れる。ビクリ、と震えた指先がぎゅうっと握り締められる。まるで祈りにも似たその仕草だった。
    「ちょっと、痛いですよ」
     向日葵の影から飛び出したなつきが、高速の動きで死角に回り込み、ティアーズリッパーを叩き込むと、その隙にギンが向日葵の回復に走る。癒しを受けた向日葵は嬉しそうに破顔して、手を振り上げ、己も前衛達に清めの風を解き放つ。
     良い働きをした、と口元に笑みを乗せた美亜は、都市伝説に向き合うと、
    「認識を、弄る。そう言う手もある」
     赤きオーラの逆十字を出現させ、幼い肉体をギルティクロスを持って斬り裂いた。雨で落としきれぬほどの真っ赤な鮮血を散らした都市伝説は、天を仰ぐようにガクリとその場に膝を突く。ケホ、ケホ、と咳をする度に芝の上に赤い模様が散りばめられた。
    「安心しろ。悲しみも寂しさも、全て風に散らしてやる」
     風が凪ぎ始めた。しかし未だ、静かに雨が降りしきる。己の風で花弁が散ってしまわぬよう、細心の注意を払い、けれども全力の風を剣に纏わせると――。
    「この風に乗っていけ、紫陽花の迷い子よ」
     苦し紛れに放った敵の攻撃は、あたかも万華鏡のように眼前で光を弾き彼の頬を斬り付ける。しかし舞う雨粒のそれらを一瞬で吹き飛ばした彼の斬撃は、小さな少女の身体を包み込むと、そのまま虚空を貫き夜空で霧散した。
     ほとり。濡れそぼった芝の上に、少女が倒れ込む。細っこい首から抜けるような吐息は、ひゅるひゅると冬の木枯らしのようで、今にも消えてしまいそうだ。
     その様子を目にし、一歩踏み出したのは彦麻呂だった。
    「もしキミに…生まれ変わりたい、悲劇では終わりたくないという意思があるなら…」
     夜空に一枚の花弁を浮かべたような蒼と黒の混じる瞳が、彦麻呂へと向けられる。
    「一緒においで。少なくとも私は、キミをひとりにはしないから」
     そっと伸ばされたその指先。少女は眦に大粒の涙を浮かべると、最後の力を振り絞って――その手に、自身の指先を重ね合わせた。
     雨粒となって都市伝説の身体が吸収されてゆく様を目にした雷は、その光景から、つと視線を逸らした。

    ●暖雨
    「時に愛情が誰かを傷付ける事もある……それは悲しい事だな、本当に」
     此度の都市伝説が彦麻呂によって吸収されてゆく光景を思い出しながら、美亜がそんな風に零すと、先ほど都市伝説が倒れていた場所へと視線を落としていたユーヴェンスが、ぽつりと零した。
    「…紫陽花の花言葉は「家族の絆」を意味する。遠く離れていても強い絆で結ばれているらしい。もしかしたら、本当にお前は……紫陽花の心が生んだ、化身だったのかもしれないな」
     なつきと娘子がその言葉に耳を傾けている傍ら、庭に向かって小さく黙祷を捧げていた向日葵は、残された紫陽花たちへと視線を滑らせる。
     すると。
    「雨の似合う花じゃというが、濡れた後の青空もきっと似合うと思うのじゃよ」
     暫し見物、と紫陽花の花々を見つめていたルティカからそのような言葉が零れ落ち、先ほどの冷たい感触を思い出していた彦麻呂は手をぎゅっと握りしめ、睫毛を伏せた。
     ただ雷だけは、紫陽花を一瞥しただけで決して振り返る事もなく、その場を後にした。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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