正しい叡智の使い方

    作者:彩乃鳩

    ●秘密裏に動くブエル兵
     通信系大手企業のサーバールームの隙間から異様な影が抜け出す。
     獣のパーツを繋ぎあわせたようなフォルム。
     強大なソロモンの悪魔ブエルの創造せし眷属――ブエル兵。
    「我、充分な叡智を主に送信せり」
     現れたのは四つの影。
     そのうち、明らかに強大なオーラを放つ巨体の隊長格が厳かに告げる。
    「叡智の持ち主はただ一人、我が主のみ。ゆえに、今より、この地の知識を破壊する」
     他のブエル兵は頷くと、得た知識をさっそく用いてサーバールームを破壊にかかる。
    「ははははははっは! ひゃっほーい! 風だ、俺は風になる!」
    「超必殺ブエル螺旋ハリケーン台風サイクロン……etc」
    「破壊故に創造あり、ただそれだけのこと、なりおりはべりいまそがり」
     嬉々として暴れまわる手下達に、隊長格のブエル兵はぽつりと呟いた。
    「貴様等……知識の使い方が何か間違ってないか?」

    「ブエル兵が、各地のサーバーから情報を取得していた模様です」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が、灼滅者達に報告する。
    「年末年始の図書館襲撃事件が失敗したソロモンの悪魔ブエルは、どうやらブエル兵を秘密裏に各地のサーバールームに派遣していたようです」
     充分に情報を得たブエル兵達は、サーバーを破壊して帰還しようとしている。
     多くの知識を得たブエル兵は、ダークネスに準じる程に強力になっているため、急ぎ灼滅する必要がある。
    「全く事件らしい事件を起こさずに静かに作戦を行っていた為、いままで気づけなかったのが悔やまれます」
     ブエル兵関連のことについて言えば。
     灼滅者側が、ソロモンの悪魔ブエル達に関して、調査が足りていなかったのも今事件が起こった一因のようだ。
    「今回、灼滅をお願いしたいブエル兵は四体。隊長格は別格の強さを秘めています」
    「知識を得たブエル兵か。手強そうだね」
     今回、初めてブエル兵と相対することになる遠野・司(中学生シャドウハンター・dn0236)は気を引き締める。
     場所は、大手企業のオフィスビル。十階建ての建物の、五階がサーバールームだ。当日には、何人か夜遅くまで残業している者がいる。
     現場に突入するのは、ブエル兵達が動き出す直前。
     情報収集が済んでいない状態であるため、このタイミングならブエル兵達はサーバーをまだ攻撃しないためだ。
    「こちらが戦闘に敗北した場合。残りのデータを収集し、ブエル兵達はサーバーを破壊して撤退してしまいます」
     ソロモンの悪魔ブエルが、サーバー上のデータを全て収集してしまえば、その知識をどのように悪用するかわからない。
    「それにサーバーが破壊されれば、大勢の人達が被害を被ります。そうならないためにも、皆さんよろしくお願いします」


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    深束・葵(ミスメイデン・d11424)
    東屋・紫王(風見の獣・d12878)
    枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)
    二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)
    イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)
    雨摘・天明(空魔法・d29865)

    ■リプレイ

    ●侵入
    「こっそりいくばい……」
     二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)が旅人の外套で、一般人に見つからないように先を急ぐ。ブエル兵達が動き出す前にサーバールームに到達しなくてはいけない。
    「残業って大変だなあ。俺もいつかこんな日が来るのかな……」
     東屋・紫王(風見の獣・d12878)は、闇纏いを利用して人に見つからない様に潜入。オフィスビルに侵入するなか。残業で残っている社員達をちらりと見やった。
     深夜に近い時間帯だというのに、オフィス内は多くの人々が仕事に勤しんでいた。ESPの効果のおかげで、とりあえず積極的に見つかる心配はなさそうだ。 
    「ブエルはまだ暗躍を続けるか……何か情報を手にいれなければ、いずれ手遅れになる……」
    「んむ。最近聞かんだったけんね。放置しすぎたかねぇ……」
     イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)は玄室に籠り情報の無い敵の動向に、歯がゆい思いを募らせた。牡丹と、雨摘・天明(空魔法・d29865)も同意する。
    「ブエル兵……確かにしばらく、見てなかったなぁ……。でも、他は他で忙しくて……」
    「通信系の企業だったら、個人情報てんこ盛りに持ってそうだよね」 
    「奴らの目的を阻止しねーと。残業してる人達に迷惑をかける事は可哀想ですし」
     深束・葵(ミスメイデン・d11424)が懸念を口にしながら、ビル内を眺めた。姿を隠して侵入する猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)が、歩く通路の端々にも灯りが漏れている。誰かが今も働いている証拠だ。
     対して、影道・惡人(シャドウアクト・d00898)はと言えば、戦闘で損する思考を大いに嫌う性質であった。
    (「サーバーもどーなろーと興味無し、むしろそんな事気にして損したくねぇ。が、敵の用事を無くして帰らすのもアホらしいし、壊れたら壊れたで仕方無ぇ程度には気を付けるかね」)
     万事に横着かつマイペース。闇纏いで少しでも早く現場に向かう。一概に灼滅者といっても、目的や嗜好は人それぞれだ。
     枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)は、皆と一緒に静かに行動しつつ、今回の相手について考えていた。
    「姫子さんの話からすると、今回のブエル兵……今までのと違う気がする……」
     ふざけた感じではあるが、配下のブエル兵も最低限知識レベルなら、隊長格に匹敵するものがあると推測していた。
    「サーバールームの近くにも人がいるです」
    「サーバエンジニアって大変だなあ……」
     問題の五階。
     サーバールームの前まで来てみると、何やら話し込んでいる会社員達がいる。ヒッソリと息を潜めていたイサは、皆に頷いてから社員達に近付いた。
    「あー、今日も帰れそうにないなー」
    「近々サーバーを大々的に変えないといけないからな……おや、君は?」
     こちらに気付いた相手に、王者の風を使って説得する。
    「貴方は何も見なかった……お疲れとは思いますが、お仕事に集中を……」
     たちまち一般人達は、力が抜けた状態になって、その場を離れていく。一人だけぼんやり残っていたが、紫王が当て身で眠らせる。物陰に寝かせて安全を確保。
    「あとは司に任せるばい」
    「はい。外のことは任せて下さい。サーバールームの、ブエル兵をお願いしますね」
     当て身が余程効いたのか、疲れているのか。
     灼滅者達の横で、日本の企業戦士は起きる気配もなく熟睡していた。

    ●邂逅
     広い室内には名前の通り、多くのサーバーが設置されている。
     タワー側の機械群が並ぶ中、浮かぶ異形の影。
     獅子の頭と、車輪のように生えた複数の獣の足――ブエル兵は一斉に、足を踏み入れた灼滅者達に目を向けてくる。
    「隊長! パターン青! 灼滅者です!」
    「どうやら、我々の作戦が察知された模様!」
    「ヒャッハー! 見つかっちまったぜい!」
    「……お前達、もう少し静かに報告しろ」
     最も体格が大きい隊長格が、他のブエル兵を窘めた。ちょっと押しが弱い天明も、これには押され気味だ。
    「テンション、高いよね」
     だが、仕事はしっかりとこなす。サウンドシャッターで音を遮断しておくのは忘れない。
    「隊長、交戦許可を!」
    「俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ!」
    「……交戦を許可する。ただし、もう少し落ち着け」
    「「「イエス、マイ・ロード!!」」」
     ブエル兵達は、戦列をなして襲いかかってくる。唯一、隊長格だけはどこか疲れた様子だったが。
    「何か余計な知識まで手に入れてるね。まあ良いか、始めよう」
     紫王が鏖殺領域を発動する。柔和な笑顔に反して。どす黒く底冷えする重たい殺気が、否応なくジャマー能力を高める。 
    「これ以上情報は奪わせんよ!」
    「「「む」」」
     双ツ爪。
     蟷螂を模した鎌が組み込まれた縛霊手で、牡丹は相手へと飛び込む。ビハインドの二重・菊も顔を晒すで続く。 
    「熊本弁の方言娘を認識」
    「方言って、良いね」
    「萌え」
    「……お前達、もう少し真面目にやれ」
     知識欲が旺盛なのか。
     ブエル兵達は、灼滅者一人一人を興味深げに分析していた。
    「さあさあ、おいたはイケねーですよ。人のお仕事を邪魔するふてー奴らは成敗です」
    「こちらはプラチナブロンドの外来人」
    「チェコ人と推察」
    「無表情不思議子、萌え」
     仁恵のブレイドサイクロンが、敵群を斬り刻む。高速の剣が威力を増すのを、ブエル兵達は止める術がない。
     その勢いのままイサはスターゲイザー。
     葵とライドキャリバ―の我是丸は、レイザースラストとキャリバー突撃で攻撃する。
    「おぅヤローども、殺っちまえ」
     惡人は、まずは弾丸を嵐のように撃ち出し。戦場全体を常に見渡しながら観察する。敵のみならず、味方の攻撃にも注意を向ける。
    「……通信系大手企業のサーバー。……壊さないように、慎重に戦うよ、うん……」
     仲間と狙いを合わせて、天明はダイダロスベルトで相手を貫く。そんなポニーテールの少女を、ブエル兵達はいそいそと注視した。
    「この子は、あれだな」
    「弱みを見せず、苦労を抱え込むタイプ」
    「面倒見が良く、ちょっと押しに弱い、ごく普通の女の子……良いと思います」
    「う」
     ちなみに、全て図星だった。
     案外、鋭い連中である。
    「やり方はどうあれ、貪欲に知識を求める姿勢は分からないでもない……けど」
     水織の夢は誰かを救う魔法使い。
     覚えた知識は自分の夢の為。
     つまりは『覚えた知識は誰かを救う為』……それが、彼女の信条だった。
     ブエル兵が知識を求めるのは、己が主人がため。
     ソロモンの悪魔ブエルがどのような動きをするか分からない。
     サーバーへの流れ弾を防ぐ為、なるべく狙いをつけ。契約の指輪から、制約の弾丸を放ち。一人前の魔法使いを目指す少女は、相手の動きを制限することを図る。
    「枸橘・水織……」
    「愛称は、みお……でどうであろうか」
    「みおちゃん……うん、良い響きだ」
     パラライズを喰らいながらも、ブエル兵達は何やら語り合っている。隊長格は、仲間のそんな姿を半眼で睨んだ。
    「お前達な……いい加減にして、ちゃんとやれ、ちゃんと」
    「ですが、隊長」
    「これも、ブエル様のため」
    「知識の収集を怠るわけには」
    「もういい! 口ではなく、手を動かせ! 手を!」
     一応、隊長の言う事を聞く気はあるらしい。
     返事だけは威勢良く。三体のブエル兵は、ぎっと目を光らせた。
    「水も滴るブエル兵の叡智の力を受けてみろ!」
     身体を回転させながら、ブエル兵の一体が突撃してくる。言葉通りというべきか、横回転に合わせて水流が出現した。
    「ぴゃあ! 冷たかよー!」
     牡丹が、ずぶ濡れになりながら体当たりを受ける。
     間をおかず、後続のブエル兵が動く。
    「人は水辺に集まるもの。それは歴史が物語る」
    「ずぶ濡れの子って……良いですよね」
     灼滅者達は、勢いよく水を被る。陸にいながら大波に晒されているようなものだ。
     滴る水滴は拭っても拭っても、キリがない。
    「どうだ! 我らが叡智の攻めは!」
    「いや、どうだと言われても……」
     服が水を吸って気持ち悪いし、不快なのは間違いないのだが……それを除けばただの体当たりである。
    「愚かな……水属性の攻撃の、偉大さを理解せぬとは」
    「気分が何となくションボリするであろう」
    「ずぶ濡れの子って……良いですよね。大切なことなので、二回言いました」

    ●叡智
    「うー、ずぶ濡れだ」
    「大丈夫? キュアするよ」
     フォロー体質の葵が適宜、ずぶ濡れになった仲間をメディックとして治癒していく。
     ともあれ。
     サーバーを水で濡らして、台無しにはできない。
    「サーバーを傷つけないように気をつけて戦いますよ。残業させられた挙句にサーバー壊されたりしたらかなわねーじゃねーですか」
     残業している人達のためにも、仁恵はできるだけ被害を抑えて戦うことを心掛ける。鬼神変で、水を撒き散らす一体をサーバーと離れた場所に飛ばす。
    「ハハハ! もっと、ずぶ濡れになるが良い!」
    「こっちばい」
     牡丹もサーヴァントと共に、ずぶ濡れになる攻撃から仲間を庇いつつ。ブエル兵達を出来るだけサーバー等の機械から引き離し、破壊活動や流れ弾を極力減らすよう立ち回る。
    「せめて被害は最小に抑えたいね。顔面狙おう、顔面」
     スナイパーの紫王は、部位狙いを利用する。精確無比なフォースブレイクの一撃が容赦なく、ブエル兵の顔面に直撃し。敵はもんどりうつ。
    「目が! 目があああ!!」
    「大丈夫かっ!?」
    「ふわりとした雰囲気なのに、攻撃は躊躇無く苛烈だぞ!」
     慌てふためくブエル兵達に対して、隊長格は紫王から目を離さずに対峙する。
    「気をつけろ……あれは獣に恐怖される狩人の眼だ」
    「狩人って、我々と物凄く相性良いじゃないですか!」
    「我々は全身が獣ですよ!」
    「だから、気をつけろと言っている!」
    「……隙だらけだな」
     じゃれ合うブエル兵達に、イサがフリージングデスで攻撃。
    「ぐはっつ!」
     すっかり濡れ鼠状態の、天明はフォースブレイクを。
    「ずぶ濡れはなんとか……いや、すごく困るけどなんとか耐えてみせるよ……」
    「げふっ!」
    「おのれ、不意打ちとは卑怯な!」
    「ぁ? 勝ちゃなんでもいんだよ」
     惡人は援護射撃で敵の出鼻をくじく。
     そもそも不意打ちというよりは、これは敵の不注意というほうが正しいであろう。
    「うぬぬ、一口に灼滅者といっても色々いるのだな」
    「いいや、あれはあれだ。良く評価されると恥ずかしいから、つい悪ぶってしまう、あれと見た」
    「悪いことが許せないが、面白いことは大好き……と言うやつか」
     戦いは次第に激しさを増していく。
     ブエル兵達は何を思ったのか、踊りながら子守唄を合唱し出した。
    「羊が一匹、羊が二匹……」
    「ブエル兵が一匹、ブエル兵が二匹……」
    「ブエル兵が一匹いたらニ十匹はいる、ブエル兵が二匹いたら……」
     ふざけた歌だが。どのようなカラクリなのか、それを聞いていると不思議と眠たくなってきてしまう。
    「ね、眠いけど……なんとか……」
     目をこすりつつも、天明が螺穿槍で攻撃する。
    「大体君たちネットに偏った知識で喋りすぎでしょうて」
     仁恵は、パッショネイトダンスで対抗した。速いニ拍子のリズムに特徴のあるステップで、故郷の舞曲をアレンジして軽快に踊る。
    「知識在ると言うならもっと知的に喋りなさいな!」
     踊り、舞い、技を振るい、態勢を整え、敵を翻弄。見ているだけで舞踊曲が聞こえてくるかのようだ。
    「む。見事なダンスと共にダメ出しを受けるとは!」
    「良かろう! ならば、知的に喋ってやる!」
    「貴方様の、演じていらっしゃるのは、ポルカと申しまして。チェコほか山岳地帯で広がりをみせていらっしゃる……」
    「知的って、そういうことじゃないよね」
     猿神鑼息。
     黄金色に煌めく、葵の回転砲。咆哮をあげて、稲妻の如き轟音で敵を穿つ。
    「ふぎゃああ!!」
    「こ、これは三猿の力、なのか?」
    「三つの叡智……流石と言うべきか」
     猿神と因縁が深い葵だが。
     このブエル兵達を相手にしていると、何か力が抜けてくる。
    「獣頭では『蓄積』だけで『活用』まで頭が回らなかったのは不幸中の幸いだろうけど」
     知識というのは、使いようなのだと改めて思う。
    「貪欲に知識を求める事は良いけど、誰かに迷惑をかけたり独占したりするのはやめて」
     水織はペトロカースで、相手の動きを鈍らせて。果敢にもブエル兵にしがみつく。
    「うおっ!」
    「なんとも熱烈のハグだが」
    「振り落すまでのこと!」
    「あなた達を通じて、ブエルを説得するんだから」
     会話が可能な様子から、水織はメッセージを送信してもらおうと考えていた。どんな相手であっても説得から入る。それこそ、振り回されるぐらいの覚悟だった。

    ●賢者
    「こうなれば、奥の手!」
    「これを喰らうが良い!!」
    「必殺! 叡智の力4!!!」
     ブエル兵達の身体が輝き出す。
    「これは、情報にあった恥ずかしい攻撃……?」
     三体のブエル兵は、恐るべき速度で回転すると――強烈な旋風を巻き起こす。
    「っ」
     しがみついていた水織も、これにはたまらず吹き飛ばされる。台風のような、激しい強風が灼滅者達に吹き付ける。
     すると、当然。
    「きゃっ」
     服が飛ばされそうになるほどで。
     特に、スカートを着用している女性陣にはダイレクトで恐ろしい攻撃だった。
    「ブエル様を説得したくば、後の行動で示すのだな!」
    「見たか、我らが叡智!」
    「これぞ、太陽より北風作戦!」
     厄介なことに、一度風を受けるとめくれた服は元に戻らない仕様のようだった。
    「た、耐えるよ。耐える、けど……できれば早めに、キュアを……その……ね?」
     ひたすらに我慢する天明だが、最後にぽろりと本音が漏れる。
    「分かってる。ちょっと、待っててね」
     葵は猿神鑼息でシールドリングを発動。あるいは七不思議の言霊で、キュアとヒールをしていく。
     一方、全く意に返さない者もいる。
    「なもんどーでもいんだよ」
     惡人はシャウトで自身を回復すると、フリージングデスで反撃する。
    「なっ、我らの攻撃に全く動揺がないだと!」
    「感情は戦闘の前と後にだけありゃいんだ、今は欠片もいらねぇ」
     風に逆らい、言い捨て。
     これまでの攻防から推定したことを味方に伝える。
    「おぅそいつにゃ、神秘が効くぜ」
     何度か数種の技を試したことと、仲間の攻撃の反応から導き出した結論だった。惡人はずっと観察を重ねていたのだ。
    「ははーん、なるほどなるほど。そういえば叡智ってなんですっけ……?」
     仁恵が捩れた長い杖で、フォースブレイクを繰り出す。紫王はバニシングフレアで。水織は魔法の矢を飛ばす。
    「うみゅう……眠……」
     眠気を押して、牡丹もグラインドファイアで攻めた。ブエル兵達は、一挙に崩れ出す。
    「ぐっ!」
    「これは!」
    「たまらん!」
    「戦列を乱すな! 下らぬ攻撃ばかりするから、こうなるのだ!」
     隊長格が味方を叱咤し、巨大な身体をフル回転させる。鋭い刃物のような牙と爪の高速回転。斬撃の嵐が乱れ撃つ。
    「戦いとは、こうやるのだ!」
    「おお、隊長!」
     これには、灼滅者達も大きな被害を負う。
     ダメージは元より、切り刻まれたことにより防御面も大幅に――
    「くっ……貴様等、いったい何の叡智を得た……!!」
     ずぶ濡れになり。服を破られ。
     イサは羞恥して身悶えしていた……何というか眼福だった。
    「やるぜ、隊長!」
    「服破りとは!」
    「そこに痺れるあこがれる!」
    「……いや、そういうつもりは全くなかったのだが」
     自分でも気づかぬうちに、隊長格にも叡智の影響が出ているのかもしれない。妙に士気が上がったブエル兵と、灼滅者達が激突する。
    「眠気などに、羞恥などに惑わされはしない!! この身が苛まれようとも、決して魂までは折れはしない!!」
     気丈にも眠気と羞恥を耐えるように。
     ずぶ濡れたまま。破れた服のまま。イサは、ブエル兵の前に立ちふさがる。
    「全てが凍る……凍えて、眠れ」
    「北欧美人」
    「胸など邪魔なだけなのだがな……とか」
    「くっ殺姫騎士に、やられるなら本望!」
     強力なフリージングデスの魔法により、 ブエル兵の一体が凍りつき消滅した。
    「全力でいくばい」
    「ああもう、ダークネスはみんな勝手なんだから……!」
    「氷の次は炎……げはっ!」
     牡丹と天明の、炎を纏った蹴りを連続で喰らい。
     また一体。
    「馬鹿な、我々の叡智が!?」
    「こんなエンチャントなんて、何ともないもん」
     水織によって動きの鈍ったところに。
    「ぶっ倒しますよ、ぶっ倒れて下さいね」
     愚かの翼による仁恵の一撃を浴び、断末魔の叫びが上がる。
     隊長格が思わずサーバー近くまで後退するが、『今は』欠片も気にしない惡人は構わず追撃する。
    「そのサーバーを壊したら知識も得られなくなって本末転倒じゃないかな」
    「むむ」
     一瞬の逡巡が敵に生まれる。その隙を、紫王は逃さず。黒死斬が急所に炸裂した瞬間――勝負は決まった。
    「使い走りには相応しい最後だろう」
    「申し訳ありません、我が主……ただ、今回の叡智は送信しなくて正解だったかも……」
     ブエル兵達は跡形もなく消え去る。
    「んじゃ後は任せたぜ」
     横着な惡人は、さっさと戦場を後にした。牡丹は戦闘跡を出来る限り片付けておく。
    「綺麗にして帰るばい」
     残業戦士達に、黙祷を捧げつつ紫王達も速やかに撤収を始める。最後に葵は、サーバールームに振り返って呟いた。
    「本当に怖いのは流出による拡散だからね。バベルの鎖があるから、うちらのことは大丈夫だろうけど」

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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