●ダークネス
兵庫県小野市は、ソロバンの生産地として知られる。
「電卓がなくなれば、ソロバンを使う人間が増えるはずだ。そうなれば、ソロバンの生産が盛んになるに違いない」
ご当地怪人──ソロバン怪人が言った。
顔を覆うのは、フルフェイスのヘルメット。その額には、着脱可能なソロバンが装着されていた。頭部以外は普通の格好。
「この街で生まれたソロバンが、全国で流通する。それすなわち、ソロバンによる支配! 早速、電卓を破壊しに行こう!」
電卓以外にも計算可能な機械はあるが……その事に気付いていないようだ。
「この地は、ソロバン王国となるのだ! ……いや、もっとグローバルな名前の方がいいかもしれん。グローバルな名前か……」
悩むソロバン怪人の近くを、頭のよさそうな眼鏡の小学生が通りかかった。
「そこの賢そうな少年」
「確かに、僕は賢い少年ですが。貴方は変質者ですか?」
「変質者ではない、ご当地怪人だ。賢い少年よ、王国は英語だと何と言うのだ?」
「キングダムじゃないですか」
「キングダムか。礼を言うぞ、賢い少年。計算する時は、電卓ではなく、ソロバンを使用するがいい。では、さらばだ。──さて、電卓を破壊しようではないか。ソロバンキングダムを築くために!」
常儀・文具(バトル鉛筆・d25406)が、算盤《滑空具足》の手入れをしている。ソロバン型のエアシューズだ。
そこで、ふと思った。ソロバンのご当地怪人がいるかもしれないと。
次に彼は、電卓《自動小銃》に目を向けた。それは、計算機能を搭載したバスターライフルである。
彼は思った。ソロバンのご当地怪人がいるなら、電卓を目の敵にするのではないかと。
文具は、その予想をエクスブレインに話してみる事にした。
●教室にて
「実は私、ラグナロクでもあるんです」
野々宮・迷宵(高校生エクスブレイン・dn0203)の他にも、ラグナロク兼エクスブレインはいる。ある少年には料理の声が聞こえ、ある少女は百発百中の占いを行う。
「私にも、特殊な能力があるかもしれません。まず、このソロバンに私のラグナロクパワー的なものを注入します。ほわあああああああっ! はい、注入完了です!(多分)」
教卓の上にソロバンを立てて「このソロバンが倒れた先に、敵がいるはずです」と手を放すと、ソロバンは北側に倒れ込んだ。
「兵庫県はそっちじゃ……。ど、どうやら、まだ私の特殊能力が覚醒する時ではないようですね……」
しょんぼりしながら黒板に地図を張った迷宵は、普通に説明する事にした。
「常儀くんが予想した通り、ソロバン怪人がいました。敵がいるのは兵庫県小野市です」
と、ソロバンの角で小野市を示す。
「敵は、街中の電卓を破壊しようとしています」
破壊対象は電卓に限られており、ケータイやレジなどは対象外。そのため、それほど大きな被害にはなっていない。あくまでも、現時点では。
代わりにソロバンを置いたりはせず、ただ壊すだけ。
「皆さんは、このお店に行ってください」
複数の店舗が入った商業施設である。電卓も売っているだろう。
「敵と接触する時間帯は、早朝になります」
開店準備も始まらないような時間帯で、客どころか従業員もいない。
「……敵は、開店時間まで駐車場で待っているみたいです」
ダークネスの腕力なら、扉をこじ開けて店内に侵入出来るはず。ところが、その事に気付かず、駐車場で待機しているとか。
「敵が使うサイキックは、ご当地ビーム・ご当地ダイナミック・オーラキャノンです」
電卓好きやソロバン嫌いをアピールすると、攻撃されやすくなる恐れがある。
「皆さんの実力なら、確実に倒せる敵です。ソロバン怪人の灼滅、よろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882) |
墨沢・由希奈(墨染直路・d01252) |
李白・御理(玩具修理者・d02346) |
ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559) |
イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460) |
白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246) |
神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958) |
常儀・文具(バトル鉛筆・d25406) |
●駐車場にて
ソロバン怪人が、早朝の駐車場で開店を待っている。
「そろばんとは、何か失われた魔法の道具だったように本で読んだ気がします」
李白・御理(玩具修理者・d02346)がイメージするソロバンは、浮遊する球の周囲を数多くの球が飛び回っている道具のようだ。まるで太陽系。
「御行儀良う待ってくれてたんやな」
玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)が言ったのとほぼ同時に、ソロバン怪人も灼滅者たちに気付いた。
「店員……にしては子供が多いな。開店時間はまだらしいぞ」
ソロバン怪人の頭部を覆うのは、フルフェイスのヘルメット。ソロバン付き。それ以外は至って普通の格好だ。
「ご当地……怪人?」
墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)が小首を傾げる。
「色々とご当地怪人は見てきたけど、今回のはまた低予算っぽい格好……げふんげふん」
「半端ですね、あの格好」
イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)が言った。彼女の横にはビハインドのヴァレリウスがいるのだが、まだ一般人だと思われている。
「フルフェイスの中って、どうなってるんでしょう……?」
常儀・文具(バトル鉛筆・d25406)と霊犬の糊が、ソロバン怪人の頭部に視線を注ぐ。
「少年も、隠された物を見たくなる年頃か。だが、素顔を晒す事は出来ないのだ。ハンサム過ぎるからな」
実際に美形なのかは不明だ。
「こないな所来たら、戦隊モノやらなあかんかなーって思てまうねぇ。特殊効果を演出してみましょか」
一浄が、つづら折り状のダイダロスベルト──九十九を「てやー」と伸ばす。
「斬新な武器を……武器!?」
驚く怪人の前に蛇がうねうねと歩いて(?)来たかと思うと、人間に姿を変えた。ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)が、蛇変身を解除したのだ。
「はーはっはっはぁ! 埼玉のご当地ヒーロー誕生さー!」
「埼玉のご当地ヒーローだと?(埼玉の名物って何だ?)灼滅者と遭遇するとは思っていなかったが……電卓の破壊は、灼滅者退治をしてからでも遅くはないか」
「算盤よりも電卓の方が優れていると思っているから、電卓を破壊するのか?」
白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)が訊いた。
「もしもそうなら、なんとなく負けを認めているようで格好悪いなと思うのだが……。そこは少し気になる所だな」
「ソロバンの方が優秀だが、世の中に電卓が溢れているせいで、ソロバンの生産量が減ってしまった。電卓は、邪魔な存在なのだ」
「これ以上騒がれても厄介だから、ここで叩き潰してやりましょう」
ライドキャリバーの颪山車を従え、神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958)が扇子を閉じた。
「Schau mich an.(私を見て)」
イブが、スレイヤーカードの封印を解く。
他の面々も、武装を展開。
「そろばんは僕も大好きです。でも、好きだからって他のものを貶しちゃ絶対駄目です」
「そうそう。ご当地怪人全般に言えるけど、推すもののために他を貶めるのはダメ、ゼッタイ!」
文具と由希奈に対し、ソロバン怪人が言う。
「このソロバン怪人に、正論が通用するとでも?」
きっと、ドヤ顔をしている事だろう。
「何か色々と頭痛が痛い感じだけど、これ以上の破壊活動もダメ、ゼッタイだよっ!」
「ソロバンキングダムを築くため、電卓を排除する。計算する時は、ソロバンを使えばいいのだからな」
「私は小さい頃に算盤を習っていたが、算盤を習っていれば、暗算とかする時に結構便利だと思う(この算盤も、最近はあまり出番が無かったが)」
悠月がソロバンをパチパチしている。御理は「あれが『そろばん』ですか」とソロバンの正体を知った。
「算盤を弾く時の音も、良い物だな」
「灼滅者のくせに、見所がある少女だ」
ソロバン怪人が感心しているところで──。
「行こうか」
悠月が、敵に槍を向けた。
●ソロバン
「そこだ」
「なっ!?」
ソロバン怪人を襲う槍は、螺旋の回転を帯びていた。
「思ったよりは威力がある……! 今度は、こちらの番だ」
ソロバン怪人の指先に、ご当地の力が集中。
「受けてみよ!」
ビームが発射された。識の「行きなさい」という言葉を受け、颪山車が仲間を守る。
「……頑丈な機体だ」
「糊、浄霊眼!」
相棒に指示を出した文具は、エアシューズ──算盤《滑空具足》の靴底(ローラーがソロバンの珠になっている)と、バスターライフル──電卓《自動小銃》に埋め込まれた電卓のボタンを敵に見せる。
「僕は、そろばんも電卓も大好きです!」
電卓《自動小銃》のボタンを押すと、数字の光弾が撃ち出された。
「ソロバンだけでなく、電卓も大好き……だと?」
「算盤の達人は、電卓を使うよりも早く計算すると聞いたことはあるけど。やはり、文明の利器には勝てないわよね」
識が、金蒔絵で桜が描かれた赤漆造りの縛霊手──焔で殴りかかる。すると、網状の霊力が放出された。
さらに、颪山車が機銃掃射で続く。
「電卓よりも、ソロバンの方が優れているぞ」
「前期中間テストの数学の点数は、28点でした」
イブは、数学がぜんぜん分からない。化学に至っては8点。
「現代っ子は、この世から電卓が無くなったら困るんですよ。この外道」
「電卓がなければ、ソロバンを食べ……使えばいいのだ」
「願いましては、ソロバンキングダムの廃国です」
どす黒い殺気で敵を飲み込み、ヴァレリウスは霊撃を発動する。
「あと、誰かわたくしに数学を教えてください」
「……28点だと、教える方も大変そうだが……」
「はっはっは、ソロバンとは漢さね!」
ゼアラムが装備している武器は、愛用のバトルオーラのみ。素手で戦う男。いや、漢。
「俺も攻撃するさよー!」
闘気を雷へと変換して攻撃。
「お前も、なかなかの漢だな」
「そ言うたら、爺ちゃんの蔵にでっかいソロバンあったなぁ。よう教えて貰たんやけど、こらまた変な縁で」
一浄が、小振りなソロバンを袖から取り出した。
「怪人さん怪人さん、俺はソロバン好きやでー」
「やはり、そうだったか。ソロバンが好きそうな顔をしていると思っていたのだ」
「綺麗に揃た珠の艶、弾いた時の音色。そして、マッサージ器にも勝りそな、この手触り」
「……マッサージ?」
「まさに、伝統美と機能美やなー」
「え? あ、ああ。そうだな……?(ソロバンでマッサージをするつもりなのか?)」
気持ちよさそうだなーとか考えるソロバン怪人に向かって、九十九が伸びる。
「ぶへっ!?」
「容赦なく狙わして貰いますよって。俺のソロバン好きは、そない嘘でもあらへんで」
「魔法の道具だと思っていましたが……そろばんは、思っていた程じゃないのですね……」
少しがっかりした様子で、御理が祭霊光を飛ばす。
御理が読んだ本には、このような事が書かれていたらしい──。
そろばんは、無数の球の配列パターンが視覚的に使用者を助け、より高度な算術を可能とする物。紀元前2700年頃にバビロニアで生まれたとされる「アバカス」の末裔の1つ。アバカスの名は、ヘブライ語の「塵」に由来する。
古代マヤ文明におけるアバカスの技術は、算術の速さと正確さを悪魔的と慄いた征服者達によって、マヤ文明から抹消されたとも言われている。
──本を閉じた時、御理はこう呟いた。
『なんと。「そろばん」とは、失われた魔法の道具でしたか』
「ソロバンは魔法の道具ではないが、素晴らしい道具であるのは確かだ」
「ところで……電卓だけ壊してるみたいだけど」
由希奈が言う。
「最近だと、単なる電卓より、レジや電卓アプリを使ってる人も多いんじゃないかなぁ?」
「ア、アプリ?(その言葉、聞いた事があるようなないような……)」
「お店は大体レジで計算してるし。スマホの電卓アプリは、電卓持ち歩かなくても、その場で使えるしね」
「スマホ……(スマートな……『ホ』は何の略だ?)」
「あ、私は電卓アプリ派だよ」
ウロボロスブレイドを伸ばして斬り付けた。
「……最近の若者は、不思議な物で計算するようだ。アプリやスマホも、破壊する必要があるか。そのためにも──まずは、灼滅者を片付けねば」
●決着
「受けてみよ!」
ソロバン怪人が、両手に集束させたオーラを発射する。
「ここは任せてください!」
仲間を守るべく、文具が動いた。
「……今のを耐えたか」
「攻撃は、通しません……!」
「これでも喰らえ」
悠月が、オーラを纏った拳を連続で繰り出す。
「算盤を広めたいのであれば、算盤の良い所をもっとアピールすべきではないのか?」
「それも1つの手ではある。だが、電卓を破壊するのも、1つの手だ」
「そろばんが使われないのは寂しいですし、時代の移り変わりもありますよね。でも、そろばんがなければ、電卓も生まれなかったかもしれません」
相棒の糊に回復してもらった文具は、算盤《滑空具足》の珠を高速回転させて駆け、回し蹴り。摩擦によって生じさせた炎で敵を焼いた。
「僕は、そろばんも電卓も大好きです」
「……人間の技術力は、時として、余計な物まで生み出してしまうのだな」
「怪人、此方を向きなさい」
ソロバン怪人が目を遣ると、識がソロバンを手にしていた。ミシミシと音がしているが、壊れても問題ないらしい。
「この算盤がどうなってもいいのかしら?」
「ソロバンを人質に……!(人じゃないけど)だが、その程度で怖気付くと──」
べきょっ。
「ソロバンがぁぁぁっ!?」
「今ね」
風の刃が飛ぶ。
「何という事か……! ん? あれは……」
いつの間にか、地面の上にソロバンが並んでいた。
「……気にしてはいけないわ、颪。やりなさい」
べきょめきょぼごぎょっ──ソロバンを踏み付けながら、颪山車が突撃。
「ななななな何という事か……!」
「とっちめて算盤の上に正座させてあげます」
イブが古い本──Ich brauche dichを開き、ゲシュタルトバスターを発動させる。
「……正座は苦手だ」
「わたくしには、ヴァリーさまが必要なんです。代わりにテストを受けてください」
「……」
ヴァレリウスが霊障波を放つ。
「……ちゃんと勉強しないとダメだぞ」
「これは、簿記試験に最適な電卓さけー」
ゼアラムが愛用の電卓を見せた。
「簿記には電卓が必須さね、ソロバンではダメさよー」
ソロバン怪人を、プロレス式に投げ飛ばす。
「俺のプロレス技はどうさね? 天にも昇る心地よささけんねー!」
「……簿記とか、インテリだったんだな」
「ここで目立てば、ソロバンの宣伝なるかもしれへんよ。怪人さん」
「全国の同志諸君! ソロバン──をっ!?」
「堪忍なぁ」
一浄が、墨染桜の枝杖──夢結びで敵を打ち、魔力を流し込んでいた。
「ソロバンの宣伝が……」
「うーん、とらぬ狸の、ちゅう奴かな」
「失われた魔法の道具じゃなくても、そろばんは確かに優れた道具のようです。ですが、貴方はその国王に相応しいでしょうかね」
御理が、祈りが込められた柊の枝──ひいらぎに捻りを加えて突き出す。
「当然だ。ソロバン以上に優れた道具が存在しないように、このソロバン怪人以上にソロバンキングダムの王に相応しい者はいない!」
「ここまで来ると、この怪人をプロデュースして更生(?)させたくなりそう……。いや、しないよ?」
由希奈が敵に接近し、刀の柄に手を伸ばす。
「悪いけど、不毛な上に熱くもないソロバン活動──ソロカツは、これで終わりだよっ!」
抜き放たれた刃が、ソロバン怪人を斬った。
「ここまでか……!」
背中から倒れたソロバン怪人が、大空を見上げる。
「……ユニットを組むべきだったかもしれない…………」
そう言って、ソロバン怪人は消滅した──。
「何か……今まで以上に考えなしのご当地怪人で、ちょっと疲れちゃった……」
由希奈が溜め息。
「せめて『キングダム』ぐらいは自分で思いつこうよ!?」
「……つくづく怪人さんは気の毒ちゅうか、難儀やねぇ。せめて、伝統が忘れられへんとええね」
一浄が、ソロバンをパチリと弾く。
「ソロバンは廃れぬさね、永遠に生き残るさよー。マニアがいる限り!」
ゼアラムは、怪人の冥福を祈った。
「算盤も、電卓と同じで計算に便利なんですね。使い方は難しそうですが。折角、小野市に来たんですから、興味を持ってみてもいいやも知れません」
最後に、イブはこう付け足す。
「ああ、期末テストは頑張らないと」
作者:Kirariha |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年7月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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